グローバル化で英文契約業務が増えているといっても,IT業界で取り扱われる契約を見渡してみると,実はバリエーションはそれほど多くありません。基本的には秘密保持契約・業務委託契約がメインで,あとはto C向けの利用規約あたりをたまに整備するぐらいだったりします。このあたりの契約はだいたい定型パターンが決まっているので対応もそれほど難しくなかったりする一方で,私の所属するIT×エンタメな業界では,そこそこ重ためのライセンス契約案件がそれなりの頻度で発生するため,苦労は絶えません。

そんな仕事上の都合に加え,以前『ライセンス契約のすべて 実務応用編』共著の際に資料として買い集めていた経緯もあって,書店にあるライセンス契約本はほぼすべて購入しているのですが,比較的最近入手して(ただし刊行は6年前)ほほーと唸ったのがこちらの本です。書店でも見かけないですし,ブログ等でも紹介されていないのは,流通量が少なかったのでしょうか。





本書は,頭書〜WHEREAS Clause〜本文〜そして末尾文言の各条項ごとに,サンプル英文条文→サンプル条文の日本語訳→その解説・位置付け・ポイントをまとめるというオーソドックスな構成ではありますが,中身には以下のような特徴があります。

1.例文がリアル&長め

これまで拝読してきた英文契約ひな形集やライセンス契約本に収められた例文は,紙面の幅,全体を通しての読みやすさ,使いまわしのよさ等を意識してシンプル・短い例文の紹介にとどまるものがほとんどで,その例文から深い洞察を得られるほどのものは見当たりませんでした。それに対してこの本では,「複数の契約事例から主要なライセンス契約条項を著者の独自の判断でピックアップ(「はじめに」より)」つまり実際の取引で用いられた具体性のある条文が紹介されており,読んでいるこちらがシチュエーションを想像しながら「この長さの中に当社に不利なトリックが仕掛けられていないか?」と,契約交渉の矢面に立っているような錯覚に陥るほど。

また,海外の事業者との契約は,地理的に離れた者同士だからこそ事前に細部まで文章化し条件を確認する必要性もあってどうしても長くなるわけですが,他の例文集より条文が長めなところも,そのリアリティを支えています。たとえば,「支払条項」一つとっても,4.1〜4.9まで9つの項番に分けられ,サンプル英文とその日本語訳のみで(解説を含まずに)以下写真にあるとおり7ページ強にも渡る長さ。続くこの条項の解説部分で50ページにも渡るのですから,圧巻です。

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2.公取ガイドラインを強く意識

どういった条件を設定すると独禁法違反となるおそれがあるかが,条文ごとに個別具体的に言及されています。

英文契約=海外事業者との取引であっても,日本企業が自社の産業財産権をベースに技術供与をするのであれば,契約の準拠法は日本法とすべきでしょうし,そうなれば日本の独占禁止法も意識しなければならないはずなのですが,他の英文ライセンス契約の本ではこの辺の説明を端折っているものも少なくありません。例えば,私がよく参考にしている山本孝夫著『知的財産・著作権のライセンス契約入門(第2版)』では,この点には触れられていません。最も大部な『英文契約書ビジネス大辞典』でも,注意喚起的に数か所記述があるのみ。

ただし,この本が刊行された後に公取ガイドラインが改定されていますので,その点はご注意ください。

3.UCCや米国特許法,さらには米国破産法もカバー

UCCや米国特許法のどんな点がライセンス契約にかかわってくるのかを,それらの条文を訳した上で,日本法と比較対照しながら解説してくれます。さらに,ライセンス契約にとってもっとも恐れるべき事態とも言える,相手方が破産した場合の米国破産法の影響までも場合分けしてまとめています。


著者の小高壽一先生は,1962年にIHIに入社された後営業→海外駐在→業務部→法務と,現場から法務へというキャリアを歩まれ,1997年に定年退職された大ベテラン。600ページを超えるこの本を手に取ると,35年に渡る会社生活でのご苦労や法務パーソンとしてのご経験の蓄積があるからこそ醸しだされる「重み」が,ずっしりと伝わってきます。