著者の伊藤雅浩先生、久礼美紀子先生、高瀬亜富先生からご恵贈いただきました。ありがとうございます。

ITビジネスの契約書作成について、長きにわたり法務業界の基本書とされてきたのが、“吉田赤本”こと吉田正夫著『ソフトウェア取引の契約ハンドブック』です。その吉田赤本の優れた点を踏襲したうえで、取り上げる契約類型を増やし、最新の法令・判例動向を反映し、さらに赤本でも論じられていなかった重要な法的論点についても分析を加えた、IT契約の基本書が新たに誕生しました。Amazonの初回入荷分は品切れになる予感がします。予約推奨です。


ITビジネスの契約実務
伊藤 雅浩 (著), 久礼 美紀子 (著), 高瀬 亜富 (著)
商事法務
2017-02-15



吉田赤本の優れた点は、IT契約を典型的4パターンに分類してサンプル契約を全文掲載し、パターンごとに理解のベースとなる法的論点を解説したうえで、具体的なサンプル条項を逐条でみながら注意点や交渉上のポイント解説するという、その構成にあります。本書は、その構成のよさを忠実に踏襲しています。踏襲しつつも、本書全体の骨組みとなるIT契約類型の分類方法について、契約の目的を切り口に7つの類型に分ける新たな分類方法を提案。そのうち、ハードウェア資産提供型を除く6類型が、本書の解説対象として取り上げられています。特に、クラウドサービス契約をサービス提供型の中の「機械資源を提供するもの」と捉える考え方や、データ提供契約を役務でなく「データ資産を提供するもの」と捉える考え方は、腹落ち感があります。

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IT契約実務で抑えておくべき重要・頻出論点、そして最新の法令や判例で対応が必要となってきている論点は、私の把握する限りもれなく網羅・言及してあります。以下私のメモも兼ねてリストアップしてみます。

・請負と準委任のいずれを選択するべきか(P31)
・SES契約やラボ契約(エンジニアの人手提供型契約)の偽装請負リスク(P37)
・ベンダのプロジェクトマネジメント義務(P49)
・レベニューシェア式委託報酬と下請法(P51)
・賠償すべき損害の種類の制限(P59)
・賠償金額の上限設定(P60)
・著作権を共有とすることのリスク(P66)
・検収と仕事の完成(P70)
・瑕疵の意義(P74)
・クリックオン契約の成立(P84)
・ソフトウェアライセンスと著作権法の「使用」「利用」(P93)
・知的財産権侵害の責任(P111)
・契約終了時の担保措置と自力救済(P117)
・開発契約の瑕疵担保責任と保守契約との重なり(P126)
・クラウドサービスと善管注意義務・SLAの意義(P140)
・クラウドサービスとユーザーのバックアップ責任(P151)
・クラウドサービスと個人情報の第三者提供/委託(P153)
・クラウドサービスの免責条項の有効性(P156)
・クラウドサービスの廃止は自由か(P160)
・データの法的保護 所有権・著作権・営業秘密・不法行為(P192)
・データ提供と改正個人情報保護法(P195)

250ページ弱の紙幅ですので、それぞれの論点の言及の深さに限度があることは否めません。特にレベニューシェア式委託報酬に関しては、日ごろ悩んでいるところなだけに、もう少し詳細に論じていただけるとありがたかったかも。実務での使いやすさに配慮して(法律書としては)薄めの本に仕上げることを優先された結果だと思いますので、不満というほどのものではありません。

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そんな有限の紙幅の中にあって、特別にページ数が割かれまた脚注引用文献量の多さなどから並々ならぬ著者の力の入れようを感じたのが、「ソフトウェアライセンス契約のデフォルトルール」という一節でした。P88−100にわたり、非典型契約とされるソフトウェアのライセンス契約に対し、各法令の任意規定・強行規定がどう関わり・重なりあっているのかという、基本的なはずなのにみんながスルーしている論点を取り上げて具体的な条文を列挙し丁寧に分析されています。以下、P99の「小括」よりそのエッセンスを引用。

ソフトウェアライセンス契約は私法上の契約である以上、民法の規定が適用される。ソフトウェアライセンス契約は非典型契約であるため契約各論に関する規定の直接適用はないが、対価の支払いを伴うライセンス契約は有償契約なので、第3編「債権」、第2章「契約」、第3節「売買」の規定(民法555条ないし585条)が準用される(民法559条)。同第7節「賃貸借」の規定(民法601条ないし622条)が類推適用されるかについては議論があるが、一般論としては類推適用されないと考えるべきである。
また、ソフトウェアライセンス契約は、著作物(著作権法2条1項1号)であるプログラム等を目的物とするため、著作権法の規定が適用される。ソフトウェアライセンス契約で許諾されていない限り、原則としてユーザは著作権法21条ないし28条所定の「利用」を行うことはできない。もっとも、同法30条ないし50条所定の権利制限規定に該当する行為は、ソフトウェアライセンス契約で禁止されていない限り、ユーザーは自由になし得る。同法21条ないし28条に規定されていない著作物の「使用」も、ソフトウェアライセンス契約で禁止されていない限り、ユーザーの自由である(ただし、同法113条2項の「使用」を除く)。

ライセンス契約については私も様々な文献を見てきたつもりですが、この基本的論点については、学術論文や法律雑誌の記事(たとえば、ビジネスロー・ジャーナル連載の松田俊治「ライセンス契約法―取引実務と法的理論の橋渡し」など)で断片的・抽象的に論じられることはあっても、条文と照らし合わせながら体系的・具体的に、そして簡潔に論じたものはなかったと思います。なお、「賃貸借の規定は類推適用されない」という著者の結論とその理由が妥当かどうかは、様々ご意見あるかもしれません。


IT契約に関する良書は吉田赤本以降もたくさん出版されてきました。しかし、法務に携わる方なら誰もが「やっぱり吉田赤本が一番読みやすいし信頼できる」「けどさすがに1989年刊行だし」「あのスタイルで内容がアップデートされた本がほしい」「誰かが書いてくれないかな」と思っていたはずです。そうは言っても、いざ書こうと思うと難しいからこそ、これだけの長い間吉田赤本を超える基本書を誰も出版できなかった。この壁を乗り越えてくださった著者お三方のこのお仕事は、業界全体に貢献する偉業というべきでしょう。
 
私のおすすめ法務関連書籍をまとめた「法律書マンダラ2017」も、早速本書を入れて更新させていただきました。