契約法務の学び方


契約法務に関する専門性をどう身に付けていけばよいか?端的にまとめると、
  1. 取引を知る
  2. 条文を読める・使えるようになる
  3. 信頼できる専門書を読みこむ
  4. 判例を研究する
の4つを繰り返すことだと思います。

この類のことは、法務にかかわる方ならば、先輩に一度は言われたことはあるでしょうし、3年ぐらい契約法務に携わっていれば、誰かが教えてくれなくてもその必要性はわかってくるはずです。

では、その各プロセスにおける具体的な勉強法とは?このあたりから、言葉にして明示的に教えてくれる人が減ってきます。

1については、業務を遂行する中で自分の会社と業界のビジネスを観察し、質問し、深い理解に努めること、
2については、六法全書をひもとく癖をつけ、条文を折に触れて素読すること、
4については、判例検索の仕方と読み方を教えてくれる本(私のおすすめは各DBの特徴比較も掲載された池田真朗『判例学習のAtoZ』)があるので、それに従って自分の会社のビジネスに関連した判例をDBで検索し、数多く読みこむこと

だと思いますが、ここで問題となるのが3の信頼できる専門書はどれかという問題です。というのも、契約法務の専門書が、世の中にたくさんありすぎるのです。

契約法務の専門書の決定版はどれか?と聞かれても、これ1冊で契約法務マスターになれるという本はないでしょう。出版されては絶版になり、消えていく契約法務本がほとんどなのが、そのことを端的に示しています。

1冊ではだめなら、いったい何冊の本を買い揃え、どういう順番で読めばいいのか?これが、企業法務パーソン皆さんが本当に知りたがっている情報のように思われます。でもなぜか、これまでそのことをズバリ示してくれる書き物がなかったので、今回試しに私が書いてみることにします。

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1.中村直人『訴訟の心得』


訴訟の心得
中村直人
中央経済社
2015-01-28


いきなり訴訟の本?と意外に思われるかもしれませんが、契約法務をどう学ぶか・契約書をどう書くべきかを考える前に、まずこの本を読むことを提案します。なぜでしょうか。

それは、契約法務がつまるところ紛争予防・早期解決をゴールとする仕事であり、そのワーストシナリオである訴訟において何が起こるのかをあらかじめ知っておかなければ、契約書を書く際に何にどう気を付ければよいのかの勘所や緊張感を持ち得ないからです。

しかし、残念なことに(?)、みなさんが就職されているような企業においては、契約に関する訴訟というものは滅多に発生しません。あるとしても債権回収のようなものぐらいでしょう。発生しているなら不謹慎ですがむしろ貴重な経験ですから、すぐに手伝わせてもらうべきです。発生してないなら(それが普通)、本書を読み、疑似体験と想像をするしかありません。

民事訴訟に関する実務書の中で、細かすぎる専門知識は最小限にして、ゴールから逆算して契約書を書くためのイメージをできるだけわかりやすい言葉で想像させてくれる、企業訴訟に特化した本。その意味でベストなのがこの本なのではと思います。


2.我妻栄『民法案内 1 私法の道しるべ』




さて、次に読むのはこの本です。この本は、契約を規律する「私法」の基本原理、法源、解釈、効力を分かりやすく説いてくれる本です。そのエッセンスをむりやり一言でまとめれば、自由と平等を伸長しときに制約するものが私法であり、民法であるということです。

しかし、この本は契約法務や契約書の具体的な書き方を説いてくれるものではありません。それでもなぜこれを2番目に読まなければならないのか?

それは、この次に紹介する書籍を読めるようになるためです。


3.田中豊『法律文書作成の基本』




さあ、3冊目のこれが本丸です。今回ご紹介する8冊の中核・ハブとしての機能を担う本になります。

契約書作成に関する実務書はたくさん刊行されていますが、中堅以上の実務家でこの本を否定する方は見たことがありません。一方、企業法務の若手でこの本を買ってきちんと読んだ、という方はかなり少ないと思います。

それにはおそらく3つの理由があります。
  1. 本書前半〜中盤が(一見すると)訴状の書き方に占められていて、後半の契約書の書き方にまでたどり着かない
  2. 契約書の書き方パートの導入部分が分かりにくい
  3. 契約書のひな形・サンプルが掲載されておらず一見すぐに使える感がない
私がまさにそう思ってしばらく積ん読状態にしていた張本人ですので、よくわかります。

1点目は全体を通読すれば誤解は解けるはずなのですが、2点目の導入部分は以下のような感じで、法律学を大学で多少学んだ人でも面食らう方は多いはずです。

機仝渋紊砲ける契約と契約書

1 身分から契約へ
「身分から契約へ」という言葉は、他人からの身分的支配に従属する者が人間の多くを占めていた時代から、社会を構成するすべての個人を権利能力の主体として認める時代への転換を示すものとして人口に膾炙しています。現在のわが国では、権利能力の主体である個人が自らの生活関係を形成する手段は、私有財産と自由契約ということになります。
契約の当事者となる個人は、自らの望むところに従って契約上の権利義務を自由に定めることができるのが原則です。この原則は、「契約自由の原則」と呼ばれており、(以下略)

契約書の書き方を学ぼうと思ったところ、民法の基本原理とやらを手短に語られ、何のことを言っているかすらわからず、そっと本を閉じる・・・そんな光景が目に浮かびます。もとより、この本は法律学をしっかり学んだ方向けに法律文書の書き方を指南する本であって、「身分から契約へ」という私法の基本原理ぐらい当然把握しているだろうという前提がありますので、著者田中先生が悪いわけではないのですが。

だからこそ、この本を読む前に、先ほど紹介した『民法案内』を先に読んで基本原理を確認しておく必要がある、というわけです。この導入部分さえクリアすれば、あとは契約書を作成するにあたり本当に重要なことだけがコンパクトに書いてある鉄板書なので。

なお、3点目のひな形・サンプルがないという点については、ひな形というものは所詮ひな形でしかなく、取引に応じて作るのが契約書であって、そんなものに頼っているとまさに引用部にある「契約上の権利義務を自由に定める」力は身につかないぞ、というメッセージなのだと思います。


4.我妻栄ほか『我妻・有泉コンメンタール民法 総則・物権・債権』




さて、続いてはこちらです。この本も、企業内法務パーソンで自分で買っている方は少ない書籍だと思います。値段が高く、分厚いからかもしれません。『内田民法』などのいわゆる大学の教科書・基本書でいいのでは、という意見もありそうです。

その点、先ほどご紹介した田中豊『法律文書作成の基本』P26-27を見てみると、こうあります。

(ウ)参考文献(学説)の特定―起点はコンメンタール
法律問題には「成熟度」があります。一つの紛争に複数の法律問題が含まれていることはよくあります。
(中略)
法律問題の成熟度を知るための最もオーソドックスな方法は、その解釈適用が争点となっている制定法のコンメンタール(注釈民法、注釈刑法、注解民事訴訟法等)に当たることです。コンメンタールは、法律実務家のする文献調査の起点であるといってよいでしょう。
筆者も、毎日の実務の中で体系書と呼ばれる教科書を随時ひもとくばかりか、時には準備書面、法律意見書等に引用することすらあります。しかし、紛争において解決を要請される法律問題が先端性、専門性、国際性を帯びれば帯びるほど、法律実務家のする文献調査がこれで終点になることはありません。コンメンタールを文献調査の起点であるとしますと、教科書又は参考書は起点以前というべきであるのかもしれません。

本来は、『注釈民法』を全巻そろえる必要があるということになりますが、民法改正も予定されている今、復刻版等含めすべて揃えて自宅に置くというのは現実的ではありません。であればせめて我妻・有泉は買う。これは避けて通れない道だと思います。


5.潮見佳男『新債権総論機Ν供


新債権総論1(法律学の森)
潮見 佳男
信山社
2017-06-17

新債権総論2 (法律学の森)
潮見 佳男
信山社
2017-07-12


ご存知の通り、債権法は大改正されました。債権法は契約実務の中でも大原則を担います。さらに施行日も迫っています。

(新条文の判例がまだないこともあり)しばらく新民法のコンメンタールが出ないのであれば、この本を読み対応するしかないのかなと思います。契約各論も出たら買いですね。


6.岡口基一『要件事実入門』


要件事実入門
岡口 基一
創耕舎
2014-08-30


契約を理解し契約書を書くためには、「要件事実論」を知る必要があります。これは一言で言えば裁判官の判断構造のことです。一定の法律効果が発生するために必要な具体的事実、これを要件事実といい、契約書は紛争に備えこれを裏付ける証拠となるようにしなければなりません。

ふたたび、田中豊『法律文書作成の基本』P324-P328より。

1 要件事実論による各条項の分析と位置づけの確認
取引関係に入るための契約を締結するときに契約書を作成する目的は、契約当事者間における行為規範の明確化と紛争発生時における裁判規範の明確化とにあります。
締結する契約が有効に成立することが最低限の要求事項ということですが、契約書を作成する以上、契約締結後、想定した事態が発生した場合に想定した効果の発生を相互に主張することができ、また、紛争が発生した場合に裁判所(仲裁裁判所等のADR機関を含む。)が契約書中の条項に従って判断することができるのでなくてはなりません。
そこで、契約書の作成に関与する法律家としては、当該契約が成立するための要件事実が何かを明確に理解していることが基本中の基本です。例えば、売買契約が成立するためには、〔榲物が確定していること、及び代金額又は代金の決定方法が確定していること、の二つが要件事実ですから、これらの2点が契約書上に明示されていることを確認するのが基本です。
これは当然のことのように思われますが、実際には、契約の成否が争われることも稀ではありません。以下の設例で検討してみましょう。
法律実務家としては、契約書中の各条項につき、紛争発生時に自らの依頼者が主張・立証すべき要件事実が明確であるかどうか、それに対して相手方当事者が抗弁(場合によっては再抗弁)事実として主張・立証すべき要件事実が明確であるかどうかを検討しておく心がけを忘れてはいけません。

ということで、要件事実・抗弁事実とは何かを理解していないと、本当は契約書も書けないということになります。理解や意識をしないで書いている方は多いのではないかと思いますが。

本書は、岡口先生の独自説の記載が多い点を批判する声もあるようです。しかし、要件事実を初学者にも分かりやすく説こうとしてくれる本は、この本を置いて他に見当たらないと思います。


7.吉田利弘『新法令法語の常識』




契約書を日本語で書く以上、言葉には繊細になる必要があります。契約の相手方と裁判官が見て理解できればいいと言っても、その言葉は法令用語にならうのが解釈がぶれるリスクが少なく、損をしない選択となります。

本書は、私の先輩方はみなデスクに常備していた林修三『法令用語の常識 』を底本にしたものです。最低限の法令用語=契約用語をマスターするために、この一冊はそばにおいておく必要があるでしょう。


8.永井徳人ほか『契約書に活かす税務のポイント』




契約書を書くための前提知識として、民法と並んで重要になってきたのが税法です。

三たび、田中豊『法律文書作成の基本』P337-339より引用します。

5 税務の確認
契約の締結は、税務を伴うのが通常です。不動産の売買契約を締結した場合には、売主には譲渡益に対する課税が発生しますし、買主には不動産取得税が発生するといった具合です。
最1小判平成元・9・14判時1336号93頁は、契約を締結する際に税務の確認がいかに重要であるかを教える判例です。
(略)
この事件では、結局、契約当事者双方が税務の確認を怠ったばかりに、当該契約自体の錯誤無効が争われることになりました。契約交渉又は契約書作成の過程において、単なる付随的事項であるとして税務の確認を軽視してはならないことを物語っています。

引用部の見出しに「5」とありますが、田中先生が「契約書作成の基礎的注意事項」として挙げていらっしゃるのが、以下の5つです。

1 要件事実論による各条項の分析と位置づけの確認
2 真意に従った条項であること―錯誤、虚偽表示、詐欺、強迫の排除
3 強行規定と任意規定との識別―違法な条項の排除、特約と交渉力の相違
4 契約の当事者となる者及び締結権限の確認
5 税務の確認

なんと、この厳選された5つしかない基礎的注意事項のうちの1つが、税務なのです。そういう認識を持っている企業法務担当者は、どのくらいいらっしゃるのでしょうか。

企業法務に限らず、一般社会でもビットコインの税務などが話題になっています。国際取引における税務を含めて、今後契約と税務の交差点はますます増えかつ大きく拡大していくことは、容易に予想できます。しかし、税務ばかりは基礎的知識をインプットして意識して経験を積まないと、いつまでも身につかないことを私自身実感しています。

本書は、法務が知っておくべき税務の基礎知識と契約類型別のポイントがまとめられており、契約書作成・チェックの観点からは必要十分な情報が揃っています。

 

まとめ


ということで結論をまとめると、契約法務をマスターしたければ、目の前の業務を遂行しながら取引を知り、条文を引き、上記ご案内の8冊(厳密には2分冊されている潮見本があるので9冊)を買って読み、判例に当たりまくれ、ということになります。そして今日、今からすぐにできることは、この合計4万円弱の本をすべて買って手元(できれば自宅とオフィス両方)に置いておくことです。

・・・と、ここまで長文お読みいただいて、実際に買われる方というのはおそらく数%にも満たないと思います。どんな分野でも勉強の基本は書籍・文献を読むこと。やるかやらないか・できるかできないかより、まず買うか買わないかで勝負が決まると思ったほうがよいでしょう。


おまけ1:「法律書マンダラ2018」もアップしました


ついでに、契約法務以外の書籍も含めてご案内する毎年恒例の「法律書マンダラ」も2018年版にアップデートしましたので、そちらもご覧ください。


おまけ2:「契約系リーガルテックベンチャー10選」も書きました


私が編集長を務めるメディア「サインのリ・デザイン」で、「契約系リーガルテックベンチャー10選」を掲載しました。こちらもぜひご覧ください。


ということで、私の法務Advent Calendar企画の記事を終えて、バトンを @kataxのブログ「企業法務について 」に渡します。