次々と刊行されるM&A関連書籍市場において、類書になかったポジションを狙いすました、プロ向けの一冊。


中小企業買収の法務
柴田堅太郎
中央経済社
2018-09-05



本書で取り扱う事業承継型M&Aおよびベンチャー企業M&Aは中小規模の案件が多いため、例えば対象会社の十分でない内部管理体制や、小規模案件であることに伴う予算的制約からの作業範囲の合理的な限定など、中小規模のM&A案件であることに伴う留意点についても意識して触れている点は、特定の取引類型に特化している点に加えて、従来の書籍になかったところではないかと思う。(はじめにより)


このように、筆者柴田堅太郎先生自身が述べた特徴に加え、私が感じたポジショニングの妙を推させていただくならば、

M&A契約書の作り方に寄せた書籍
▲妊紂璽妊螢献Д鵐后頁禺事前調査)を中心にリスクポイントの指摘に寄せた書籍

このいずれにも寄せないという「勇気」ある選択をされた点にも、本書の特徴があると思います。

05E5C62C-0E56-4C2E-8EDD-45E807768E36


なぜそれが「勇気」なのか。はっきり言ってしまえば、上記2つのポジションをとらないことで、一見売れにくい本になってしまうから。ぶっちゃけ、「M&Aの契約」とか「法務デューデリ」という文字がタイトルに書いてあるだけで、法務担当者が(自分の会社に特に案件もないにもかかわらず)いつか来るかもしれないその日に備えてとりあえず買っておく行動に走る可能性があるのに、あえてそれをしなかったのは、勇気のいることだと思います。

何回か買収・投資案件にまみれて実務上の悩みを複数抱えたような経験者でないと、一見どう読んでいいのかすらわからない書籍に(もちろん本当はそんなことはないのですが悩みのレベルが高すぎるように)見えてしまう。ある程度それを覚悟したうえで、玄人に向けて「買収・投資する側・される側、このあたりはお互いに注意して取引しましょう」とメッセージするために書かれたかのような、そんな本になっています。この勇気のおかげで、これまでに書籍に書き表されることのなかった本当の実務のエッセンスが可視化された、貴重な書籍が誕生しました。

その類書にないエッセンスの表れを、見出し・キーワードレベルで以下ピックアップしてみたのですが、やはりこれらの「中小企業・ベンチャーとのM&Aの現実」が赤裸々に書かれた本はなかったなあと。

・複数の株主からの買取
・一物二価
・株券交付を欠く株式譲渡
・株主総会・取締役会の不開催
・支配権の移転による取引先による契約解除の懸念
・契約交渉プロセスにおける売主感情への配慮
・新株予約権付社債(CB)または有償新株予約権(CE)による資金調達
・キーパーソンの離職リスク
・経営株主のインセンティブプラン

M&Aだけでなく、最近激増するベンチャーへのマイノリティ投資を含めて書いてくださったことや、類書ではほとんど触れられてこなかったCB・CEにも触れていただいたのも、とってもありがたい。

唯一、これまでに本書に近いコンセプトの書籍があったとすれば、洋書ですがFeld/Mendelson“venture deals”なのかもしれません。といっても、同書を日本で広めたのは柴田先生自身のブログでしたし、同書の立ち位置はVCからマイノリティ出資を受けるベンチャー企業向け、本書は買収・投資を行う事業会社の法務・弁護士向けなので、バッティングはしていません。

791B0652-6A41-4A05-AF54-D5400F4CD6A8


私自身、柴田先生とは先生がまだ大手法律事務所に所属されネット上匿名で活動されていた頃からTwitterを通じてお知り合いになり、実際に会社法・税法関連の法律調査、中小企業のM&A案件、マイノリティ出資案件で何度もお世話になってきました。それらのどの案件も、誠実で信頼のおける、かつすみずみまで配慮と思いやりが行き届いたお仕事ぶりでした。

中小企業・ベンチャーのM&A・投資案件で起用する先生に迷われたら、柴田先生を候補のお一人として検討されることをお勧めします。そしてその際に、本書を事前に読み込んでおけば、柴田先生や相手方代理人との知識面での意思疎通もスムーズ になり、案件が成功する確率が高まることは間違いないでしょう。