Twitterを買収したイーロン・マスクが、AppleのCEOティム・クックに直談判し、「twitterアプリが配信停止になるのではと心配していたが誤解が解けた。ティムは、そんなつもりはさらさらなかったということだ。」とツイートしたことが話題になっています。



これについて、

「さすがはイーロン・マスク、行動力の人だ」
「Appleも話が分かる会社だ」

などと賞賛する向きもありますが、多くのアプリ事業者にとって、これを手放しで歓迎すべきではない行為と考えます。

そもそも、なぜtwitterがApp StoreからアプリBAN(配信停止措置)を受けそうになっていたのか?マスク氏の「Appleによる言論の自由に対する挑戦」と抗議をしていたわけですが、そこが問題の本質なのか?

マスク氏によるtwitter買収劇の当初の目的に遡って、この問題を分析しておく必要があります。

twitterにアプリBAN(配信停止措置)リスクが発生した背景


2022年4月にtwitter買収に名乗りを上げて以降、交渉過程で紆余曲折あり一時は買収資金不足による撤回のウワサも囁かれながら、結局マスク氏は10月28日付でtwitter買収を完了しました。

この買収劇が繰り広げられた半年間、マスク氏はtwitterがこの先生き残るための戦略として経営体制刷新と課金施策強化の必要性を表明し、CEO就任早々に取締役・従業員を大量解雇し、さらには「言論の自由」を守る必要性を訴えトランプをはじめとする閉鎖アカウントを復活させるなど、世間の耳目を集め続けてきました。

その騒ぎの裏で、Appleは「マスクCEO体制となった後のwitterに起こること」を予期し、準備していたのではないかと思われる行動をとっています。App Storeで配信するアプリ審査の基準「App Store Review ガイドライン」を、2022年10月24日付で、事前予告なく同日から改定したのです。

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今回のガイドライン改定では、NFTのアプリ内利用制限などの新たな審査基準がいくつか加えられましたが、その中の一つが、以下のアプリ内広告表示に関する課金ルールを加えた条文です。

3.1.3(g):広告管理App:広告主(商品、サービス、イベントを広告する個人や企業)が、各種のメディア媒体(テレビ、屋外広告、Webサイト、Appなど)にわたる広告キャンペーンを購入および管理することを唯一の目的とするAppでは、App内課金を使用する必要はありません。このようなAppはキャンペーン管理を目的としているため、広告そのものを表示することはありません。ただし、同一App内で表示するための広告(ソーシャルメディアAppへの投稿に使用される販促コンテンツなど)の購入を含め、App内で体験または消費されるコンテンツのデジタル購入には、App内課金を使用する必要があります

一読しただけでは何が言いたいのか分からない文章ですが、「広告(ソーシャルメディアAppへの投稿に使用される販促コンテンツなど)の購入」についても、Appleに対して支払う配信手数料(販売代金の30%)の対象となることが、新たに書き加えられました。

アプリ事業者がユーザーから収益を得る手段にはさまざまありますが、これまで、

・アプリをユーザーが入手(ダウンロード)する際のDL課金
・アプリ内で販売されるデジタルアイテムや拡張機能等を入手する際の追加コンテンツ課金
・動画やニュース等のアプリサービスの提供を継続的に受けるためのサブスクリプション課金

このような手法に限定されていたところ、上記文言の追加により、たとえばユーザーがSNSの中で広告などの手段により「目立たせる」ことを目的に行う課金についても、配信手数料の対象となりました。



イーロン・マスクがとった戦術


これに焦ったのがマスク氏です。

前述のとおり、マスク氏はtwitterを買収するにあたり、経営立て直しのためには企業広告一本槍からの脱却が必須と考えており、買収以前からtwitterユーザーへの課金強化を検討していました。中でも、一番手取り早い施策として、認証済みユーザーに与えるバッジ(マーク)等による販売強化を考えており、自身も何度かそのアイデアをツイートしていました。

ところが、Appleが10月24日にガイドラインを改定したことにより、文言上はこのユーザー課金施策が「広告(ソーシャルメディアAppへの投稿に使用される販促コンテンツなど)の購入」にあたり、Appleに手数料を支払わなければならない可能性が出てきたわけです。

マスク氏はこれに対し、以下のようなツイートでAppleに批判的な論者を煽る作戦に出ました。



「Appleが理由の説明もなしにアプリ配信停止をするぞと脅してきたが、これはtwitterが実現しようとしている言論の自由に対する挑戦だ」と。

実際、12月2日からスタートしようとしていた新しいアプリ課金施策をリスケしたところを見るに、Appleのアプリ審査チームにアプリを提出し、リジェクトを受けていたことは事実なのでしょう。そして、一般論としてAppleの審査チームがリジェクト理由について多くを語りたがらないのも事実です。

しかし、さすがにtwitterほどの大きな影響力を持つアプリを、何の理由の説明もなしに審査プロセスからリジェクトすることは考えにくく、今回の審査リジェクトは、用意周到に改定した10月24日ルールを理由にしたと考えるのが自然です。

ここでマスク氏は、Appleに配信手数料徴収を認めさせないための交渉カードとして「いかに世論を味方につけるか」という戦略に踏み切ることにし、「言論の自由への脅威」を訴える手法を選択したものと思われます。

Appleの打算


実際、このマスク氏の戦略は功を奏しました。

レッシグのような法学者がAppleを擁護する発言をする一方で、フロリダ州知事で次期大統領候補との評判もあるデサンティス議員をはじめとした政治側から、Appleを批判する声が上がり始めたからです。



日本においてもそうですが、米国ではデジタルプラットフォーマーの市場独占に対する政治の風当たりは強まる一方となっています。

そうした状況下で、私企業が言論の自由を脅かしているという論法で火をつけられると、SNSをそれほど利用していないようなアメリカ国民も交えて一気に「デジタルプラットフォーマー憎し」の世論に傾く可能性がある。Appleのクック氏は、この状況をいち早く収束させるべきと考えたのではないでしょうか。

冒頭紹介したマスク氏の「和解ツイート」は、Apple側がマスク氏に会談を持ちかけ、問題となった「広告(ソーシャルメディアAppへの投稿に使用される販促コンテンツなど)の購入」に対する手数料ルールの適用について、ある種の“手打ち”を行った可能性が高いものと考察します。

クローズドなアプリ審査プロセスが抱える課題


Appleのトップを交渉のテーブルに引き摺り出し、和解に持ち込んだマスク氏の戦略は、経営者としてさすがの一言です。しかしそれができたのは、大手アプリ事業者のバーゲニングパワーがあったからこそ。

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本当にクック氏自身が交渉相手だったのかは、マスク氏の動画に映る影しか手がかりがなく不明

中小アプリ事業者の場合、突然のルール改定によって収益が脅かされ、審査が通らなくなり、死んでいくケースがあります。そうしたルール改定や審査プロセスの透明性についてクレームをしても、トップのクック氏はもちろん、審査チームの責任者ですら、個別のアプリ事業者との対話の場に現れることはありません。

独占状態のストアにアプリをリリースするには、デジタルプラットフォーマーがいつ改定するかもわからない審査ガイドラインをクリアしなければなりません。その審査ガイドラインが制約なく自由に改定できてしまうこと自体も問題ですが、そこに書かれた文言の適用・不適用についての透明性について疑問を感じざるを得ないのが、今回のやりとりでした。

マスク氏個人の経営手腕はさておき、デジタルプラットフォームが課すルール適用に振り回されている中小デベロッパーの立場からは、こうした「デジタルプラットフォーマーと大手アプリ事業者にようる密談での解決」は、歓迎できないものであったというべきでしょう。


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2022-12-12