商事法務のNBL 2025年1月1日号に、新春座談会「AI時代の法務—人に焦点を当てて」が収録されています。
三菱商事インハウスローヤーの鈴木卓先生からの「AIによって企業法務はどう変わるか?」「非専門家がAIを使って法的検討や判断をできるようになる『法務の民主化』は起こるのか?」をテーマにした問いの数々に、AI契約レビューサービス4社の代表がそれぞれ意見をぶつけ合う、全22ページのボリュームたっぷりな座談会です。
AIリーガルテックの直接の競合同士ということもあってか、全体としてはおとなしめの・常識的な発言が多いかなという印象ですが、個人的には、MNTSQ代表の板谷隆平先生の発言が飛び抜けてキレキレで、共感を覚えるポイントが多々ありました。
その板谷先生の発言の中でも、私が特に注目したのが以下のやり取りです。
企業が法務部を設置する意味・価値というのは、突き詰めれば「リソース有限な経営者に代わって、能動的に社内外の法的リスク情報を集め、優先度を判断しながら一定のリスクは自動的に処理し、重大なリスクは直ちに報告し経営判断を仰ぐ」体制ができる点にあると考えます。この点はおそらく皆さん異論はないでしょう。
これに対し、外部の法律事務所のみに頼っている体制の限界は、"社内の法的リスク情報"についてはどうしても外部からは能動的にアクセスできない・察知しにくい、という点にあるでしょう。時折話題になる法務アウトソーシング論の限界も同様にここにあります。
こうした背景を踏まえると、経営者の“代理”としてリスク情報を逃さず拾い上げる仕組みは企業内部になくてはならないわけです。そして、板谷先生が指摘するように、普通は見逃してしまうような社内の法的リスク情報を漏れなく集め分析する役割は、人間よりもAIエージェントの方が優れているだろう、と思うのです。
具体的な事例で考えてみましょう。
たとえば、取引先J社の重要幹部N氏に気に入られることを目的として、自社社員W氏をN氏との酒の席に同席させ、性接待に供するテレビ局があったとします。
「社員を接待に同席させる義務を負う」と真正面から記載された取引先J社との契約書のレビューが法務部門に依頼されたり、事業部から「うちの社員Nを接待に同席させて、Nさんににちょっと色目を使わせるぐらいは問題ないですかねー」といった法務相談があったりすれば、異常事態に事前に気づけて助かりますが・・・普通に考えて、そんな依頼や相談が法務部にもたらされるはずがありません(笑)。
むしろ、被害社員からのSOSすら組織的に隠蔽されるのが残念ながら世の常。そんなことはあってはならないと、いくら法務研修で啓蒙し、組織を浄化しようとしたところで、そうした情報が漏れなく能動的に報告されることは期待できないでしょう。
でも例えば、
・当社はJ社に制作コンテンツ(≒売上高)の多くを依存している
・J社の重要幹部N氏をキーマン条項に定める契約書が複数件結ばれている
・N氏との会合を目的に当社幹部Aが高級ホテルのスイートルームを借りた領収書付経理伝票がある
・スイートルーム予約日の翌日、W氏から上司Bに対し相談を持ちかけたチャット履歴がある
・その直後、W氏が病欠・長期休暇に入った
・W氏の病欠・休暇理由の明確な記録が人事データベースに存在しない
このような状況と情報をタイムリーに察知・俯瞰・分析し、取引先J社N氏と社員W氏間で何らかの重大なトラブルが発生し、それを事業部や人事部が隠蔽しているのではないかというアラートを、法務・コンプライアンス責任者に発してくれる法務AIエージェントがあったらどうだろう、ということです。
現在でも一部の企業では、社内インフラ上のキーワード解析や支出データクロス集計などが進んできています。2030年という時点を考えれば、社内のさまざまなシステムが連携し、AIエージェントが違和感のある異常値や文脈を捉えてアラートを出すことは、技術的にそれほど遠くない未来だと言えるでしょう。
座談会は、「AIの普及によって人(特に社内弁護士)の価値やチャンスはむしろ高まる」という楽観的な結論で締め括られています。
しかし私は、以下の点から、2030年時点で、テキストベースの業務に終始していた法務業務の多くの部分がAIエージェントに代替されているシナリオは十分あり得ると思っています。
1.自然言語処理(NLP)の加速度的進歩:
現在の生成系AIの台頭によって、長文のレビューや文脈理解が既に実務レベルに達しつつある。
2.ビッグデータ分析とクラウド環境の成熟:
従来は膨大なデータを一括で処理することがコスト的にも技術的にも困難だったが、クラウド技術の普及により、社内の複数データソースを一カ所に集めて解析する体制が整いつつある。
3.部門横断のデータ連携ニーズの高まり:
経理・人事・営業・法務といった縦割りからの脱却が多くの企業で課題となり、そこをAIが橋渡しする動きはDX(デジタル・トランスフォーメーション)の流れのひとつ。
もちろん、データの取り扱いやプライバシー保護のルールをどこまで整備するか、またシステム導入コストや人的リソースの再配置といった現実的課題も並行して生じます。AIエージェントがあまりに企業内のあらゆる情報にアクセスすることは、社員の監視強化という負の側面にもつながりかねません。
しかし、「経営者を代理して法的リスクを収集・処理する」のが法務部の存在意義であることを考えると、経営者の立場からはそうした困難を乗り越えてでもAIエージェントに(文字通り)代替させようとするのが自然では、という思いを強くしているところです。
座談会の中では、AIエージェントによる代替が難しそうな法務領域はどこか?という文脈で、このようなやりとりもありました。
私も数年前まではそう思っていたのですが、この契約法務における自然言語依存問題を解決しうるアイデアがあることを最近知り、考え直すに至っています。
この点についてはまた次回に。
三菱商事インハウスローヤーの鈴木卓先生からの「AIによって企業法務はどう変わるか?」「非専門家がAIを使って法的検討や判断をできるようになる『法務の民主化』は起こるのか?」をテーマにした問いの数々に、AI契約レビューサービス4社の代表がそれぞれ意見をぶつけ合う、全22ページのボリュームたっぷりな座談会です。
AIリーガルテックの直接の競合同士ということもあってか、全体としてはおとなしめの・常識的な発言が多いかなという印象ですが、個人的には、MNTSQ代表の板谷隆平先生の発言が飛び抜けてキレキレで、共感を覚えるポイントが多々ありました。
企業はなぜ内部に法務部門を置くのか
その板谷先生の発言の中でも、私が特に注目したのが以下のやり取りです。
鈴木 2030年というと遠い未来のように感じますが、もう5年後になります。では、5年後どうなっているでしょうか?
板谷 私は(中略)、会社全体をエージェントが動き回って、真に法務が審査する案件を探してくる世界が来ると思っています。つまり、AIというのは標準化する技術ですので、やはり標準から離れるには人間の介入が必要になると思うのですけれども、標準とは異なるリスク、あるいはビジネス的にユニークネスがある案件をエージェントが探し出してきて、法務に手渡しするという世界が来ると思っています。
企業が法務部を設置する意味・価値というのは、突き詰めれば「リソース有限な経営者に代わって、能動的に社内外の法的リスク情報を集め、優先度を判断しながら一定のリスクは自動的に処理し、重大なリスクは直ちに報告し経営判断を仰ぐ」体制ができる点にあると考えます。この点はおそらく皆さん異論はないでしょう。
これに対し、外部の法律事務所のみに頼っている体制の限界は、"社内の法的リスク情報"についてはどうしても外部からは能動的にアクセスできない・察知しにくい、という点にあるでしょう。時折話題になる法務アウトソーシング論の限界も同様にここにあります。
こうした背景を踏まえると、経営者の“代理”としてリスク情報を逃さず拾い上げる仕組みは企業内部になくてはならないわけです。そして、板谷先生が指摘するように、普通は見逃してしまうような社内の法的リスク情報を漏れなく集め分析する役割は、人間よりもAIエージェントの方が優れているだろう、と思うのです。
会社全体をエージェントが動き回って、真に法務が審査する案件を探してくる世界
具体的な事例で考えてみましょう。
たとえば、取引先J社の重要幹部N氏に気に入られることを目的として、自社社員W氏をN氏との酒の席に同席させ、性接待に供するテレビ局があったとします。
「社員を接待に同席させる義務を負う」と真正面から記載された取引先J社との契約書のレビューが法務部門に依頼されたり、事業部から「うちの社員Nを接待に同席させて、Nさんににちょっと色目を使わせるぐらいは問題ないですかねー」といった法務相談があったりすれば、異常事態に事前に気づけて助かりますが・・・普通に考えて、そんな依頼や相談が法務部にもたらされるはずがありません(笑)。
むしろ、被害社員からのSOSすら組織的に隠蔽されるのが残念ながら世の常。そんなことはあってはならないと、いくら法務研修で啓蒙し、組織を浄化しようとしたところで、そうした情報が漏れなく能動的に報告されることは期待できないでしょう。
でも例えば、
・当社はJ社に制作コンテンツ(≒売上高)の多くを依存している
・J社の重要幹部N氏をキーマン条項に定める契約書が複数件結ばれている
・N氏との会合を目的に当社幹部Aが高級ホテルのスイートルームを借りた領収書付経理伝票がある
・スイートルーム予約日の翌日、W氏から上司Bに対し相談を持ちかけたチャット履歴がある
・その直後、W氏が病欠・長期休暇に入った
・W氏の病欠・休暇理由の明確な記録が人事データベースに存在しない
このような状況と情報をタイムリーに察知・俯瞰・分析し、取引先J社N氏と社員W氏間で何らかの重大なトラブルが発生し、それを事業部や人事部が隠蔽しているのではないかというアラートを、法務・コンプライアンス責任者に発してくれる法務AIエージェントがあったらどうだろう、ということです。
現在でも一部の企業では、社内インフラ上のキーワード解析や支出データクロス集計などが進んできています。2030年という時点を考えれば、社内のさまざまなシステムが連携し、AIエージェントが違和感のある異常値や文脈を捉えてアラートを出すことは、技術的にそれほど遠くない未来だと言えるでしょう。
2030年法務AIエージェントは実用レベルに達するか――根拠と懸念
座談会は、「AIの普及によって人(特に社内弁護士)の価値やチャンスはむしろ高まる」という楽観的な結論で締め括られています。
しかし私は、以下の点から、2030年時点で、テキストベースの業務に終始していた法務業務の多くの部分がAIエージェントに代替されているシナリオは十分あり得ると思っています。
1.自然言語処理(NLP)の加速度的進歩:
現在の生成系AIの台頭によって、長文のレビューや文脈理解が既に実務レベルに達しつつある。
2.ビッグデータ分析とクラウド環境の成熟:
従来は膨大なデータを一括で処理することがコスト的にも技術的にも困難だったが、クラウド技術の普及により、社内の複数データソースを一カ所に集めて解析する体制が整いつつある。
3.部門横断のデータ連携ニーズの高まり:
経理・人事・営業・法務といった縦割りからの脱却が多くの企業で課題となり、そこをAIが橋渡しする動きはDX(デジタル・トランスフォーメーション)の流れのひとつ。
もちろん、データの取り扱いやプライバシー保護のルールをどこまで整備するか、またシステム導入コストや人的リソースの再配置といった現実的課題も並行して生じます。AIエージェントがあまりに企業内のあらゆる情報にアクセスすることは、社員の監視強化という負の側面にもつながりかねません。
しかし、「経営者を代理して法的リスクを収集・処理する」のが法務部の存在意義であることを考えると、経営者の立場からはそうした困難を乗り越えてでもAIエージェントに(文字通り)代替させようとするのが自然では、という思いを強くしているところです。
次回予告 契約法務の領域は自然言語から逃れられないのか?
座談会の中では、AIエージェントによる代替が難しそうな法務領域はどこか?という文脈で、このようなやりとりもありました。
鈴木 『Legal Operationsの実践』の座談会の中で、LINE Yahoo!の齋藤国雄さんが「自然言語は時代遅れなのかと思っていた」という場面がありました。(380ページ)。そう思っていたけれども、生成AIが出てきて、読解力がもう一度脚光を浴びると思うようになった、つまり、ある程度のボリュームの文章をきちんと読み解く力が重要になる、ということをおっしゃっていて、その時は、難しいことをおっしゃるなと思っていたのですけれども、つまりは、そういうことなのかもしれないと思うんです。 AIは答えてくれるけれども、やはり言葉をしっかり読んで理解して、それをまた自分の言葉で伝えることというのが、結局また大事になってくるのではないかという気がしています。
板谷 そうですね。少なくとも契約法務の領域は、言語からは決して逃れられないでしょうね。スマートコントラクトなどと言われていますけれども、必ず自然言語を処理する部分は残るとは思います。
私も数年前まではそう思っていたのですが、この契約法務における自然言語依存問題を解決しうるアイデアがあることを最近知り、考え直すに至っています。
この点についてはまた次回に。










