企業法務マンサバイバル

企業法務を中心とした法律に関する本・トピックのご紹介を通して、サバイバルな時代を生きるすべてのビジネスパーソンに貢献するブログ。

生き方・働き方

2017年を乗り切って


今年も1年、大変お世話になりました。

前半の冬から春にかけてはまるで厄年のような出来事が公私ともに発生し、夏ごろになんとか落ち着きを取り戻し、秋に厄祓いをすべく15年ぶりに住む場所を変え、11月から新しい仕事をはじめました。

苦しい、厳しい年でした。心身の健康だけは失わないように耐え忍んで乗り切ったという感じです。

IMG_9543

楽しかった思い出と言えば、夏の終わりにSteve AokiとUnderworldを生で観れたことでしょうか。

今後も一歩ずつ、人的資本としての価値を地道に上げる努力を重ねるのみです。これに関しては近道はなく、文献を読むこと、仕事を通じて実践すること、それらを振り返って少しずつ血肉にしていくことを繰り返すしかなさそうです。

これらと並行して、サバイバルのために収益源を複数にしていく活動にも、より多くの時間を充てていきたいと思います。

来年もどうぞよろしくお願いいたします。
 

メディア編集長になりました

 
昨日、こちらtwitterでもご挨拶させていただいたとおり、メディア編集長を務めることになりました。
syuunin

自分がビジネス領域として興味を持ったリーガルテックの将来像を、クラウドサインというサービスやLegalTech Labの取り組みを通じて具体化しはじめていたこと、そんな折に数年前から知り合いで、自分にはない要素を全て持ち合わせたような橘さん(@d_ta2bana)という若く優秀な経営者から、タイミングよくお誘いをいただいたこと、この2つが大きかったと思います。


「メディア編集長」という、一見するとこれまでのキャリアともこれからのリーガルテックとも無縁のように見える肩書きを提案してくださったのも橘さんでした。ですが、この「編集」という言葉は、これまでの私の仕事と、「契約の再発明」というテーマをメディアと事業の両方を通じて追いかけることになるこれからの私の仕事を象徴する、とても深い言葉だと思っています。


水野祐+平林健吾 Edit × LAW 第1回「契約書」

弁護士は、編集者である。
「キュレーション」とか「戦略的編集」などという昨今ありがちな意味で言っているのではない。弁護士は、旧来的な、いわゆる編集者と呼ばれる職能と同種の編集作業を日々行っている。
契約書の大きな特徴の一つは、一方当事者だけでなく、契約当事者双方によって編集されていくことである。「契約書の文言って修正できるんですね! 一方的に提示されてそれにサインするものだと思っていました」と言う方に出会うこともあるが、契約書は契約当事者の合意内容を実現するためのコミュニケーション・ツールと捉えるのが正しい。
人は、いざ契約書が自分の目の前に差し出されると、契約書の各条項の文言に飛びついてしまい、「文言の海」に溺れてしまいがちである。しかし、実は、契約書の具体的な文言を読む前に、「この契約書が、どのような視点から編集されているのか/されるべきなのか」と考えることは大切なことだ。
契約書には、当事者がその契約によって実現したい目的やテーマがあり、契約書はその観点から編集されている。契約書には必ず「編集者」がいるのだ。


企業法務を長らく続けていて、この仕事っていったい何が・どこが面白いんだっけ?と振り返ると、ビジネスの中で、この「編集者」の役割を担わせてもらえることにこそあるのでは、と思います。
  • 現場、経営者そして取引の相手方など、ビジネスという作品を生み出す著者たちと繰り返しコミュニケーションし、本質を引き出し、タイムリーに形にして世に出させる
  • 自分が著者自身ではないため、決して目立てない存在だけれども、作品の品質や売れ行きを確実に左右する
  • 途中、自分のせいではないトラブルが発生しても、作品を世に出し価値を守るために全力を尽くす
  • そうして作品を成功に導けば、著者から感謝され、「また自分の作品を担当してほしい」と依頼が来る
そんな、根っからの裏方気質の私を思いっきりモチベートしてくれる素敵な肩書きを、ひょんなきっかけからいただくことができました。肩書きに恥じぬよう、メディアと事業の力を借りて、契約の概念そのものを再編集する意気込みで取り組んでいきます。

とはいえ、まだまだスタートしたばかりで名前も(アイデアはほぼまとまっているものの、現在ロゴを作ってくださるデザイナーさんと相談中)サイトデザインも編集方針もかっちりと決まっているわけではない、これからのメディアです。みなさんのご意見もいただければ助かります。どうぞご支援とご協力をよろしくお願いいたします。


そして、このブログをどうするかについてですが、

「契約の再発明」をメディアと事業を通じて考えていきますので、契約関連の話題や書評については、こちらのブログではなく、基本的にメディアの方に書いていくことになると思います。それ以外の法務や知財の話題については、このブログで引き続き、気ままに書かせていただきます。

というわけで、こちらも引き続きのご愛顧をお願いいたします。
 

住む場所を変える

 
このたび、引越をしました。大前研一氏の例のアレ、自分を変革する3つの方法の実践です。


IMG_9273


賃貸借契約書を引っ張り出したら、2002年から15年も同じ場所に住んでいました。私が企業法務マンとして生きてきた年月とほぼ一致しています。この間、会社が何度か変わって「付き合う人」は必然的に変わり、「時間配分」もブログを書き連ねながら意志をもって変えてきましたが、「住む場所」だけは変わらずでした。

いつだったか、自宅のコンピュータをWindowsからMacにして「住む場所を変えたぜ」とかイキがってましたけど、いやーリアル引越のたいへんさはその比じゃないですね(笑)。住民票などの必要となる手続き類の嵐も去ることながら、家から出た自分のゴミの量が途方もなく、我ながらドン引きしました。それでも、逡巡した挙句持ってきてしまった小学校以来の卒業アルバムとか、買い漁ったCDとか、自炊代行に出しきれてない本たちなど、ダンボール8箱分ぐらいが開梱もされず残っています。これらもそう遠くないうちに処分することになるでしょう。

洗濯機・冷蔵庫・オーディオなどの家電、ベッド・イス・テーブルなどの家具、IH対応のキッチンウェアなど、生活に必要なモノたちもこの際に一気に買い直しです。とりあえず、イマドキの洗濯乾燥機ってあんな短時間で完璧に仕上げてくれるんですね。分かってはいましたが、家族ともどもびっくりしてます。

新しい街はとにかく静かで人がおだやかという印象。緑も適度にあり空気もちょっと良い気がします。これまで2つの幹線道路と首都高に囲まれた土地だったので基本的になんらかの緊急車両の音が日常的に聞こえていたのに比べるとあまりに静かすぎて、家の中に漂う静寂にまだ慣れません。とりあえず間が持たないのでストリーミングで音楽を流しています。


ところで、今回の物件を見つけてくださった不動産業者の方は妻の知り合いで、その探し方が少し変わったものでした。ありがちな希望条件・NG条件を私たちにリストアップさせる手法ではなく、「住みたい家のイメージを“写真”で何枚か送って欲しい。ネットで拾ってもらったものでかまわないので」というリクエスト。試しに写真をお送りしてみたところ、本当に1軒目の物件から私たちのイメージにピッタリのところを紹介していただきました。「駅から5分以内/2路線利用可能/1〜2LDK/2階以上/55岼幣紂織妊競ぅ福璽此親邯き…」などと、不動産マッチングサイトでテンプレ化された切り口で検索したのではしばらく見つからなかったと思います(私たちは実際にそれで探していて苦労していました)。人間ならではの感性の紹介、お見事でした。


今回は我ながらいろいろと思い切りました。
残りの人生も、さらに思い切っていきたいと思います。
次引っ越すとしたら海外ですかね。
 

2016年もありがとうございました

 
今年も弊ブログにご来訪くださり、また直接ご存じの方は日ごろ私のことを気にかけてくださいまして、本当にありがとうございました。

「25」

今年の弊ブログ投稿数です。数えてみて、昨年末時点の想定よりも多かったなそんなに書いたっけかな、と驚きました。自己認識なんて当てにならないということがわかります。記録をつけ計測できるようにしておくことの大事さも改めて感じます。

2016年の自分を総括すべくメモに書き出してみたところ、浮かない話がかなり多めになりました。そのままこちらに書くのは控えますがざっくりいうと、ここ数年、いろんな人の期待に応えようとして、応えきれない結果となることが増えちゃってるなと。私の人徳・能力不足もさることながら、そもそも期待の集め方自体が下手だったり間違っているのかもしれません。


IMG_8044IMG_8068
年越しのうなぎとそば


ひたすら反省をしつつ、この年末はいろんな方の話をお聞きしたり読んだりし、来る2017年に向けて気持ちと脳内を切り替える時間を意識して作っているところです。今思っているのは、みんなが行かない道を歩もう、ということ。法務に関しても、どんな話題でもとりあえずいっちょかみしがちな私でさえ、これまでほとんど触れてこなかった分野に対する興味が頭をもたげています。こちらの低更新頻度ブログでもそのうち触れていきたいですし、将来の仕事にもつながったらいいなとも思っています。

2017年もよろしくお願いいたします。
 

キャリアチェンジの2015年


2015年が終了します。今年も私にかかわってくださったみなさまに、御礼申し上げます。

無事に仕事を納めることができ、今年の日本を代表するゲームである『Splatoon (スプラトゥーン) 』を夜中まで思う存分やっていたところ、あまりに白熱して力み過ぎてしまい腱鞘炎になりこの文章をキーボードを打つ手が痛いという、とても年末らしい年末を迎えることができています。



さて、今年は法務パーソンを長いこと続けてきた私にとって、大きな変化がありました。新しい働き方を模索する中でキャリアチェンジをするなら今かなと年初に思い立ち、新たにインハウスの方をお招きし、それまで私がプレイングマネージャーとして抱え込んでいた法務業務の大部分を手放しました。私個人としては実務にもっと携わり法務パーソンとしての専門性を追求したいという欲求もありましたが、会社からそれは望まれていなかったように感じましたし、年齢的にもこのタイミングでバトンをパスすべきと考えたためです。

手放した分、私は新しい分野の仕事で成果を上げなければならないのですが、曲がりなりにも10年超積み上げてしまったおっさんのキャリアがそう簡単にチェンジできるはずもなく、いまもなお暗中模索です。夏に大きな失敗がいくつか続き、そのショックを引きずって集中を欠いた秋にはネガティブなイベントが連続して発生しました。このブログの年末の振り返り投稿を数年分読み返してみると、私は毎年秋が鬼門のようです。


苦しいこともあれば良いことも。10月に3冊目の共著書となる『アプリ法務ハンドブック』を4人の共著者のみなさんと上梓することができました。企画から出版まで2年超と産みの苦しみが大きかった分、記述に込めた意図やその真意をきちんと読み取ってくださる読者の方から「攻めの姿勢がよい」「アプリ提供事業者にとって必携」「この本に助けられた」という声をいただけたのは、大変にうれしいことです。

s-IMG_6331


さて2016年。「ビジネス法務ネタ以外のノイズをのせない」が弊ブログのポリシーでして、私の仕事が法務以外の分野にシフトをすればするほど、このブログでの発信量も減っていくことになりそうです。実際にそうなれば、それは私が企業法務一本槍のキャリアから脱皮できていることの証明とも言えます。逆に、企業法務の未練を捨てきれずやはりここに軸足を置きたいという思いが強くなれば、むしろ発信量が増えていくかもしれません。

そのどちらにせよ、引き続き暖かく見守っていただければ幸いです。
 

振り返れば焼け野原の2014年


2014年が終わります。本年もこのブログをご愛読くださった皆様に、御礼申し上げます。

以下、私自身の一年を振り返りますが、自分の記録のためとは言え暗い話が続きますので、人の不幸が大好きな方以外は、ここでブラウザをそっと閉じてください。


まず、1年前のこの日に立てた抱負を振り返り、自己採点してみますと
「組織の見直しと拡大」  → △ メンバーは育ってくれたが、組織は拡大させきれなかった
「書籍か論文を出す」   → △ 書き上がったが年内出版には間に合わなかった
「契約書のスキルで尖る」 → ☓ 受験勉強をスタートした4月以降トレーニングの手が止まった
ということで30点。みっともないの一言です。

特に仕事については、労働に費やした時間は目に見えて増え社畜度も上がった割には、結果はまったく振るいませんでした。年初に発生した大きな火事はうまく消火できずに延焼し、春には人材の採用に失敗し、夏には複数件のプロジェクトを良い方向にリードできず不調に終わらせ、秋には「キミの対応案センスなし」とダメだしを食らい、今月も別案件の忙しさで目配りができなかった会議でステークホルダーの皆様・社外の偉い方からお叱りを受けるなど、四季折々の駄目っぷり。年末には心身のストレスで身体にも異変が起きました。とにかく前を向いて戦場を走り抜けて命は無事だったものの、振り返れば焼け野原しか残っていなかったといった状況です。

s-yakenoharanoshibuyabyusarmy

どうやら、今年は数年に一度くる“底”の年だったように思われます。4年前の2010年の自分を彷彿とさせます。今までどおりの生き方・働き方では成果も稼ぎも思ったようには上がらないという、法務パーソンおよびサラリーマンとしての自分の伸びしろの限界も感じるようになってきました。当時はそういう予感めいたものはありませんでしたが、ふと思い立って春から試験勉強を始めたのは、お前もこのままではダメだぞという虫の知らせであったのかもしれません。

かろうじて良かったのは、情報法・消費者法・契約法といった自分が強みとしたい法分野に携わりつつ、特許法・音楽著作権・金商法・マニアックな各業法など、今まで関わりが薄かった法分野の経験がこの歳になっても積めている点でしょうか。家族が大過なく元気で過ごしてくれたことにも感謝しています。


来たる2015年は、冒頭述べた今年の積み残しをできるだけ早く片付けながら、焼け野原からの復興を目指し、
「実体法の基礎を固める」
「新しい働き方・カネの稼ぎ方を見つける」
「体力作り」
この3つに絞って生きていきます。
 

勉強法は色々あるけど、手を広げるのだけはご法度ってみんなが口を揃えて言う

 
ブログの更新ができず、「最近どうですか、というか大丈夫ですか笑?」という声掛けをいただくことが多くなりました。いままで本や法務ニュースをチェックしブログを書いていた朝や夜の時間は、毎朝3コマの授業と問題集消化で無くなり、唯一フリーな日曜にでも時間があればブログ書かなきゃとは思ってるんですけど、今月に入ってからは仕事も忙しくなって、なかなかこうしてPCを開いてネットをぶらつく時間をつくれませんでした。

現時点の私の関心事は、合格するにせよしないにせよ、勉強法については後で悔やみたくはないな、ということです。ですので、すでに始めてはいるもののまだ深みにハマってないこの最初のうちに、「司法試験に合格した人」のお話を伺ったり本を読むようにしています。最近読んだのは以下の2冊。


45歳から5億円を稼ぐ勉強法
植田統
阪急コミュニケーションズ
2014-04-17





前者はレクシスネクシス・ジャパンの社長を務めながら脱サラせずに新司法試験を勝ち抜いた植田統先生の、後者は東大在学中に一発合格された山口真由先生のご本。「平日は仕事があるんだから、2時間以上勉強してもかえって生産性が下がる(植田先生)」「必要な情報が網羅された本を選び、サラサラ読みで7回まわせば理解できる(山口先生)」とか、超人ならではのことをおっしゃっていて、これを鵜呑みにしたらダマされる(笑)と思っているわけですが、それでもリアルでお話を聞かせてくださる先輩方の話にも共通しているのは、「焦りで色々手を広げてしまうと、時間だけ費やして“ベテ“になっちゃうよ」という忠告。それだけは胸に刻んで、予備校のテキストから離れて基本書を読み込みたくなる誘惑と戦っている日々です。

それにしても、最大の誘惑は仕事ですかねー。ボーダーラインが合格か不合格かの一本しかない試験とは違って、仕事は頑張れば頑張っただけプロセスに手応えがあり、うまくいけば目に見える成果があり褒めてくれる人がいて、また案件によってはお客様・取引先・社会に与える影響とかも大きいので、面白いんですよね。いままで、仕事をきっちりやらないと気が済まないのは責任感が強いからなんだろう、と漠然と思っていたんですが、どうやらそれだけではなく、この獲物をどうやったら狩れるのかという、自分の中の狩猟民族性がそうさせているようです。たまたまうまくいっているだけからかもしれないこういう仕事の楽しさに自分を甘えさせないようにというのが、目下の課題でしょうか。
 

2013年の締めと2014年の抱負

 
2013年があっという間に終わります。

“企業法務への期待”を正確に捉えた、顧客とビジネスから寄せられる要望に対して素直・忠実な仕事をする

去年の大晦日に書いたこの抱負を胸に、小さな所帯もだんだんと組織らしくなり、M&A、知財、プライバシー、渉外に総会と、様々な仕事・イベントを乗り切りました。総じて仕事運に恵まれていたように思います。

3月には書籍を出しました。3人の著者と編集者の良いところがうまい具合に融合した良い本になって、読んで下さった方からもご評価をいただきました。雨宮さん、片岡さん、そして編集の傳さんに感謝します。

5月に親友を亡くしました。小学校から大学までを一緒に過ごし、社会人になってからもバンド仲間だった彼の死は、自分のことのように思われてなりません。やりたいこと、やれることのぜんぶを、できるうちにやる。守りには入らない。そういう自分の信条に、あれ以来一層のドライブがかかったように思います。

がむしゃらに働いていたら、10月に社内表彰をいただきました。不言実行でも、見て欲しい部分を見てくれていた人がいたということが、直近ではとてもうれしかったことです。

秋以降は、書けないことが色々あって大変でした(笑)。

こうやってブログに書いて思い返してみてもすべてが昨日のことのようで、あっという間に過ぎた一年でした。

s-IMG_8422


そして2014年。

組織としては、社内で表彰されて終わりではなく、社外にも伝わるような成果を。“業務効率を上げた”とか“見えないところでリスクを最小化した”とか、そういうありがちで陰日向な感じではなくて、“ワクワクする”“面白い”成果を出したいです。そのための組織の見直しと拡大が課題です。

書籍か論文は引き続き出したいです。ちょっと頓挫しかけている書籍のプロジェクトがあるのですが、年末年始の今も企画を練り直し、書き直しているところ。自分にしか出せない、でも出たらきっと世の中の役に立てるものを、一つでも多く生み出していきたいと思っています。

組織からちょっと離れた法務パーソン一個人としての取り組みとしては、契約(書)のスキルをとことん高めて尖ろうと思っています。そのために、修行僧が毎朝ひたすら写経をするようなイメージで、コツコツとトレーニングします。企業法務も長くなってきましたので、一朝一夕には身につかない専門性を地道に磨き続けて、他を圧倒したいです。
 
2014年もよろしくお願いいたします。
 

これからの10年のテーマは「絞り込み」

 
ブログを続けている多くの方は、たとえそれが自己満足的なことであれ、何かいいことがあるからこそ書き続けていらっしゃるのだと思います。私にとってそれは何かというと、気が緩みがちな自分にムチを打ってくれるという点にあります。

「10年後の自分」を考える技術 (星海社新書)「10年後の自分」を考える技術 (星海社新書) [新書]
著者:西村 行功
出版:講談社
(2012-06-26)


アメリカの心理学者クレア・グレイヴスは、個人の成長には3つの要素が重要であると言っている。
それは、危機感、行動力、洞察力の3つである。
まず、このままではダメだという危機感がないと、現状に甘んじてしまって成長できない。そして、危機感があっても一歩を踏み出す行動力がなければ、不満を言うだけで終わってしまう。最後に、洞察力がないと、行動を起こしてもそれが実を結ばない。
この3つのなかでいちばん重要なのは、何よりも最初の「危機感」だ。

この点、法務3年目で始めたこのブログは、「企業法務マンの職を選んだ私は、どうすればサバイバルできるのだろうか?」という危機感を日々認識し、それに打ち勝つための行動プランと実績を書き、世の中のフィードバックを得て修正するというサイクルを作ってくれました。お陰様でこの10年はなんとかサバイバルできたように思うものの、最近の自分のブログ記事を見直すと、この危機感と向き合う姿勢が欠けていることに気付かされます。この本を読んで、あらためて将来の見立てを自分なりに洞察し、危機感を持って行動を考えなければと思いました。

1212908_55534280


私が今ビジネスパーソンとしてうっすらとですが想定している“脅威”のシナリオは、主に以下3点です。

・ホワイトカラー業務の機械化
最近よく目にする話題ですが、ホワイトカラーのデスクワーク的な仕事は、基本的にコンピュータに置き換えられ自動化されていくというシナリオはそうだろうと私も思います。法務で言えば、契約書のレビュー・作成、知財の出願関連業務、取締役会・株主総会にまつわるペーパーワーク、取引先の与信審査、内部統制・社内ルール整備。この辺りはこの10年で人間のやることではなくなるということを、脅威として想定しておきたいと思います。

・マネーに関する越境規制の緩和
マネー自体はすでに為替制度等によりグローバル化されているものですが、これがさらに進み、税・金融・決済手段などに関する規制がなくなったりプラットフォーム化したりと、国と国をまたがる取引におけるマネーの移動に関する障害が急速に取り払われていくと想定します。TPPなどにもすでにその端緒は表れているとも言えますが。

・法制度の国際標準化
最後が法制度の国際標準化です。知財関連法からハーモナイズは既に進んでおり、今はEU・米・日のプライバシー保護法制の世界的なネジレが課題視されているところですが、これに限らず法制度は端的に言えば統一の方向に向かっていくと想定します。まず条約が主要国同士で話し合われて定められ、国内法は単に条約を実装するためのものと位置づけられる。今も一部の法律でそうやって作られたものはありますが、この順序が当たり前になる世界を想定します。そんなことになったら、今やっている100年越しの民法改正も単なる徒労ということになりますね(笑)。


以上を一言でまとめれば、世の中の面倒なことやネジレはどんどん取り払われて、そういった面倒さやネジレの中で利食いをしているだけの仕事・職種は滅んでいくんじゃないかと。私は預言者ではないのでこれらの想定シナリオが当たるかどうかに責任は持てませんが、私自身は、10年後にこうなるとしたらどうすべきかを想定して、サバイバルするための戦略を練り、選択と行動をするつもりです。その上で大切にしたい、けど難しいのは、この本にも出てくるとおり、

「戦略とは、やらないことを決めること」

だということ。

今までの私のビジネスパーソン、企業法務マンとしてのサバイバル術が、「全方位的にあれもこれもできる能力・状態を維持し、将来の選択の幅を広げておく」というものであったことは、このブログを振り返っても否定できないところで、それは私の主義でもありました。選択肢を広げるために得意分野を複数持つことは必要ですが、どれも身にならない器用貧乏になることは避けなければなりません。想定シナリオを頭におきながら、自らの専門にすべき分野の見直しと絞り込みをかけていきたいと思います。
 

友の死

 
※彼の命日にバックデートして書いています。思い出しながら、追記することがあるかもしれません。


幼馴染の親友であり、バンドメンバーとして戦友でもある友人が亡くなりました。このブログの本題とは少しズレてしまうようで迷いましたが、今の私を語るには彼の存在は欠かせないので、ここに書かせていただきます。


幼馴染といっても付き合いの長さは半端ではありません。彼とは小・中・高・大と、すべて一緒の学校。といっても示し合わせたわけでなく、本当にたまたまなんですが。そのたまたまってところも、この縁の深さを感じます。

彼は小学校低学年のころから天才肌で子供なのにどこか飄々としていて、勉強にも時間をかけずにテストの点がとれてしまうが必要以上のガリ勉は性に合わないからしない、水泳やサッカーが好きだったりするけれど体育会系の汗臭さは嫌い、スラっとしてモテるタイプだが女子の前では無口でモテようと必死になったりはしない、スマートなヤツ、という感じでした。子供心に、あんな風にスマートにふるまいたいとあこがれていた部分があったと記憶しています。私は、意味のないこと・無駄なことはしないで省エネで生きるタイプですが、そうなったのも彼が振る舞い方のモデルの一人だったからでしょう。

中学のときはクラスが一回もかぶらなかったのでやや疎遠になったものの、高校に入ってすぐその彼とバンドを組みます。当時邦楽しか聞かなかった私に洋楽文化の素晴らしさを教えてくれたのも、今思い返せば彼でした。以降私自身はいろんなメンバーといろんなバンドを組みましたが、お馬鹿だけど自分の感情に素直になれる音楽に理解がある彼ともう一人の高校の同級生と3人で何かやりたいと思い、あらためてその3人でバンドを組みました。全員が大学に入学してからは、そのお馬鹿仲間3人でオリジナルの曲を作るようになり、人並みにライブもやり、はじめてスタジオで本格的なレコーディングもしました。そのはじめてのマニアックなオリジナルアルバム(といっても配布メディアはテープでしたが笑)を、バイト先で気になっていた社員の女性に「もしかしてこういう音楽聞いたりしますか?」と手渡したところ意気投合。その女性が今も一緒にいる私の妻です。彼がおらずバンドがなかったら、私は彼女と結婚もできなかったと思います。同時に、バンドでやりたいことはやりきり、自分が音楽で飯が食えるのか・食うべきかをシリアスに考えることもできました。下手に夢と未練だけをかかえて、社会人になってからバンドマンをめざすなんていう最悪のシナリオにならずにすんだのも、彼とバンドを組めたおかげです。

社会人になってからは、趣味としてバンドは数年間続きましたが、それぞれ仕事が忙しくなり、たまに遊び半分でスタジオに入ったり飲んだり・・・とだんだんと活動は停滞していきます。そして時はたち、2枚目のアルバムのレコーディングからほぼ10年が経とうかという2011年の暮れのこと。ふと昔彼から教えてもらったバンドの映像をYoutubeでみていたところ、何故だか急にベースが欲しくなったのです(これは今思えば何かの虫の知らせだったとしか考えられません)。御茶ノ水で買ったそのベースの写真を速攻でFacebookにアップしたのをきっかけに、久しぶりにまたメンバー3人で集まることになりました。そこで彼から聞かされたのが、まだ分からないが、実は暫く会わなかったうちに癌にかかっていたこと、そして転移が発覚して余命はあまりない、という衝撃の告白でした。私達はどう受け止めていいかわからず、「まじかよ。大変だな。でも考えててもしょうがないから、なんかやろうぜ!」ぐらいの会話しか出来なかったと思います。2012年前半の週末は、彼の抗癌治療の周期にあわせて、彼の指が動く週にスタジオに入り、それ以外の週は自主練や曲作りという日々を過ごし、5月〜6月にかけてバンドとして3枚目のアルバムをレコーディングしました。半分彼のはげましのためにはじめたようなところもありましたが、そんなことも忘れて、これ以上のない自分たちだけのアルバムができたという充実感を、3人がともに味わうことが出来ました。

s-IMG_1162


その後ライブの計画もあったものの、彼の治療周期や体調と日程があわず、何度か見送られ、そのまま2013年を迎えます。すると彼から「みんなで寿司でも食いに行こう」「スタジオに入ろう」と声がかかりました。今思えば、元気に会えるのも今が限界と彼は悟っていたのかもしれません。こちらもうっすらとそんな予感がしたので、せっかくだからと、昨年作成したアルバムの曲にあわせて、お馬鹿なMusic Videoも撮影しました。メンバーの家族がみんな集まって、楽しい時間を過ごしました。

4月。彼が入院先からほぼ遺書とも取れるFBメッセージが私達に送信され、メンバーで病院に集まりました。そんな末期でも彼は「モルヒネうってるから大丈夫w」と、飄々としていました。1時間ちょっと楽しく話して、じゃあね。と。その会話の中で彼が言っていたのは、重い病気になっても自分を見放さないで雇ってくれている会社への恩もあるが、やはり家に帰って家族子供とゆっくり過ごしたいと。彼は仕事も出来る人間でしたし会社も好きだったんだと思いますが、それでも、こういう状況においても傍で支えてくれる家族が一番かけがえのない存在なんだということを、私達に語りました。どちらかというと無口で口下手な彼が、あの状況下で家族への愛や恩を語るのだから、私もしっかりと肝に銘じておかなければと改めて思いました。
 

s-IMG_1653


彼が病床からFacebookに残した投稿が、葬儀でも披露されていました。
ここに転載させてもらいます。

自分には4月に小学生になる娘がいます。
娘は自分から話をすることが苦手で、かつ非常に我慢強い子なので、小学校に入っていじめられてもきっと話してくれないだろうし、人間関係で溜め込み過ぎないか凄い心配です。

そんな娘が今日、自分のベッドに腰掛け、昨日今日あったこと、これからの小学校で準備していることなどを話してくれました。
今までこちらから聞かなければ、幼稚園の話などしてくれなかった娘が色々なことを話してくれました。

その話の最中、自分は涙を堪えることができませんでした。。。
それは昨日妻が娘にある告白をしたことを知っていたからです。

昨日妻は娘に自分の病気のことを告白しました。治る見込みはなく、1ヶ月か1年かわからないが残された時間が多くないことを。

あまり感情を出せない娘も昨日は妻の話を聞き、ひとしきり泣いた後、わかったとだけ言ったそうです。

娘は妻から後悔しないようにパパとたくさん話をするよう言われたことを素直に受け入れ、自分の病室のベッドに腰掛け、色々な話を立て続けに早口で話してくれました。
自分が涙を堪えることができない中、娘は何一つ表情を変えず一通りの話を終えると、最後に笑顔でじゃあねと言って病室を出て行きました。

今もあの笑顔を思い出すと涙が止まりません。自分の娘ながらどんだけ我慢強いんだと。きっと泣きたかったのは、娘も同じなはずなのに。

自分には時間がもうありません。病気になってから今日まで家族に残された時間何をしてあげたら良いかずっと考え悩んでいました。
が、今日娘に答えをもらった気がします。家族の中で特別なことなんてない、普段通りで良いと。

まだ知恵のない娘に妻の思いは十分伝わっていたし、自分にも十分過ぎるほど娘の気持ちは伝わった。また、妻は自分の気持ちを痛すぎるほど感じとり、子供たちや自分に接してくれています。

特別家族のために生きてきたわけではない自分にすらある、この家族という絆は、非常にありがたいものだと今更になって気付かされました。自分の今の目標は家に帰り、家族と生活することです。

皆さんもどうか家族との瞬間瞬間を大切に。
また、この話が身内に余命わずかの方がいる人やこれから直面する際の何か参考にでもなれば幸いです。


残されたご家族には大変失礼な言い方かもしれませんが、友人の一人から見る限り、これ以上ない、美しく格好良さすら感じさせる去り際でした。彼は最期までスマートでした。そのおかげもあって今は悲しくはないのですが、このブログを書いている今彼との付き合いを振り返りながら、気づかずに彼から受けていた恩のあまりの大きさに、打ちひしがれている次第です。
 

2012年の締めと2013年の抱負

 
2012年は、去年の大晦日にアップしたエントリの後半に書いていた予言どおり、「自分が理想としていた働き方に近づけた」年だったという一言に尽きます(放送メディアには出られなかった点と株安の予言はハズレましたが笑)。近づけてみてはじめていろんなことが分かり、結果として、納得ずくで今の新しい職場で働くことができています。プライベートではNYにもゆっくりと滞在できましたし、6月には自分のバンドの3枚目のアルバムを出すこともできた、これまで以上に自由を謳歌した年でした。

自分がやりたいことをやりたいように押し売りして気が済んだ分、来年2013年は、“企業法務への期待”を正確に捉えた、顧客とビジネスから寄せられる要望に対して素直・忠実な仕事をする年にしよう、と思っています。お察しの方もいらっしゃるかもしれませんが、NBL992号に掲載されていた北島敬之さんの「企業法務を考える」を読んで、この思いをより深くしたところです。


s-IMG_1202


ちょっと抽象的なので、もう少し具体化してみます。例えば、「こんなウェブサービスを新しくはじめたいんだけど、どんなことに気をつけたらいいんだろう」というビジネスサイドからの質問に対して、「まずはその考えている仕様を文字に吐き出して整理してきてください」と偉ぶったり、質問攻めにした挙句あーでもないこーでもないとまとまりのない講釈を垂れたりするのでなく、北島さんが強調されていたように日頃から情報を自分で収集し、リーガルなバックグラウンドのない人にもわかる端的な説明を瞬時にできるようにすることも、その一つだと思います。エンジニアでもこれさえ読めばウェブサービスのリスクとその対処方法が自分で分かるようになる、というテキストが欲しいというニーズがあれば作ってみたいとも思っていて、ちょうど今年後半からそんなプロジェクトも進めているところです。

日常業務についても然り。20ページぐらいの分量になりそうな小難しい英文契約書の作成依頼があって「相手との具体的な交渉をできるだけ早くスタートしたく、たたき台でいいので明後日ぐらいまでに欲しいんですけど・・・」と言われたら、たたき台と言わず相手に出しても恥ずかしくないクオリティのものを明後日どころか明日までに作って渡すみたいな、そんな期待への応え方を心がけたいと思います。もちろん、今までもそういう心がけではいましたが、これまではスピードが優先されている場面では品質を多少犠牲にするというやり方を取っていたのを、スピードも品質も両方担保されている状態を追求するために何ができるかをもっと突き詰めたいなと。そのために、日・英の言語運用力の鍛錬はもちろんのこと、日日の業務のマニュアル化・データベース化・新しいデバイスやアプリケーションを使った自動化など、考えられる手段を面倒がらずに追求する必要があるでしょう。組織のマネジメントや、法務業務のアウトソーシング法について深考する必要もありそうです。これも志と知恵ある上司・同僚・友人の助けを借りながら、実現したいと思っています。


また、去年に引き続き今年も法務関係の皆様との新しい出会い・雑誌への寄稿・そして就職と、色々なご縁とチャンスをこのブログ由来でいただきました。勉強不足のまま知ったような口をきいた投稿をアップし反感を買うこともありますが、それでもこのブログに何かのきっかけでご訪問くださり、コメント欄・メール等でご意見やご連絡を寄せていただけるの読者のお一人であることに変わりなく、何らかの興味を持っていただけるのは本当にありがたいことです。

時々、このブログ更新に費やすエネルギーを他に向けてみようかなと思う時もありますが、頂いているご縁・チャンスの恩返しのつもりで、オープンかつ無料で誰もがアクセスできるこのブログという場を借りて、企業法務という側面から世の中をよくするアイデアやそれを思いついていただくきっかけとしてのネタ提供を、家族>会社>自分への投資の次ぐらいの優先順位で細く長く続けていこうかと思います。至らぬ点あれば今後ともご指導のほどよろしくお願いいたします。
 

【本】100の基本 松浦弥太郎のベーシックノート ― 100冊よりも100回の読書

 
最低限の運動をと、たまにジョギングをするのですが、そのいつものコースの途中にCOW BOOKSというとても小さな佇まいの古本屋があります。決して目立たないお店なのに常にお客さんがいて、古本屋街でもないこんな場所になんで人がくるんだろうと、何年も前からずっと思ってました。

cow-out-L


そして先日、シンプルで手ざわりのよい装丁に惹かれて手にとったこの本の著者松浦弥太郎氏のプロフィールを読んだところ、彼が『暮しの手帖』の編集長であり、そして彼こそがそのCOW BOOKSの経営者でもあることを知りました。そのお店の佇まいとこの本に滲む彼の人物像がぴったり重なります。


100の基本 松浦弥太郎のベーシックノート100の基本 松浦弥太郎のベーシックノート
著者:松浦 弥太郎
販売元:マガジンハウス
(2012-09-25)
販売元:Amazon.co.jp


・前半には、松浦弥太郎氏が個人として大切にしている100の基本、
・後半には、氏が経営するCOW BOOKSスタッフ全員で大切にしている100の基本、
あわせて200の基本が見開き2ページに1つずつ収められた本。ですから、文字数に比してかなりの分厚さがあります。

s-IMG_0949


「基本」と銘打っているだけあって、本当に当たり前のことばかりが書いてあります。身だしなみであったり、所作であったり、挨拶であったり、同僚やお客さまに対する態度であったり。なのに、自己啓発書のような“既読感”や“おしつけがましさ”がないのは、「ア、それできてない・・・」と反省させられるところばかりを突かれるからでしょうか。といっても、決して耳障りのいい言葉ばかりではないので、いくつか受け入れられない・抵抗を感じるものもありましたが。

100冊の本を読むよりも、よい本を100回読む

次から次へと数をこなし、「こんなに本を読みました」と言ったところで、いったい何が学べたというのでしょう?残るものは、「100冊の本を読んだ」という記録だけだと感じます。それよりは、いい本を見つけて、100回繰り返して読みましょう。100回とも発見があるような深い本とじっくりつきあえば、多くを学べます。これは人間関係と同じ。100人とつきあうよりも、本当に好きな人と100回会ったほうが、相手と自分の本質がわかってきます。

・・・うう、耳が痛い。

次から次へと本を紹介してばかりの『企業法務マンサバイバル』管理人も、ブログの編集方針を変えるかもってウワサです。

【本】LIFE PACKING ― 電気の自炊

 
高城剛さんセレクトの生活必需品、全88+αをひたすら紹介する本です。文字より写真の方が多い!


LIFE PACKING(ライフパッキング)【未来を生きるためのモノと知恵】LIFE PACKING(ライフパッキング)【未来を生きるためのモノと知恵】
著者:高城 剛
販売元:晋遊舎
(2012-11-15)
販売元:Amazon.co.jp


1日程度の外出/2週間の旅/1ヶ月の旅/3ヶ月の旅/1年以上の定住生活と、期間ごとに分けてあるところがちょっとひねりが効いてます。

s-IMG_0739

これ要らないでしょ(笑)ってものも結構あって、ツッコミどころ満載のこの本を読みながら、改めて自分にとっての「必需品」ってなんだろう?って考えてみると結構面白いと思います。

せっかくなんで、大震災が来てもこれだけは確保して逃げたいという観点で、リストアップしてみました。


1.スマホ
月並みですがiPhone。家族と通信する、調べものをする、自炊した本を読む、写真やメモを取る・・・と、とりあえずはこれがあれば情報は集めて持ち歩けるという意味において。もちろん時計にもなるし、サバイバルに必要な方位もわかりますし、避難生活に飽きたらゲームとかもできますし。

2.コンピュータ
MacBook Pro。仕事をしたりブログを書いたりする「筆記用具」としてやっぱり必須。そして2番めに、iPhoneに収まらない写真・動画・データを入れる母艦・バックアップディスクとして。3番目に音楽(DJ)ツールとして。

3.メガネ
横山やすしだってのび太だって、メガネがなきゃ「メガネメガネ・・・」なわけで、目の悪い私にとっては視界確保は優先事項。愛用の2本は共にCUTLER AND GROSSです。

4.財布
身分証明・クレジットカード・手元現金をしまうものとして。ドクター・コパ曰く身に付けるものは風水的には白がいいらしく、何年かかけて探した(そして妻が見つけてくれた)白革の財布を愛用しております。

5.水
硬度30mg/L以下の軟水が好みです。そういえば最近、水の流通・安全確保と利便性の観点でこのウォーターサーバーを導入しようかと検討中。

6.食料
高城さんのメルマガに影響されて家族で食べるようになって、いまや主食となった玄米。コストパフォーマンスと味のよさでここ1年ほど継続的に食べている銘柄はこちらの発芽玄米。いざというときにどうやって炊くかはさておき・・・。

7.服
渋谷の洋服屋は毎週のように見てまわりますが、(自分が好きなパキッとした色味であることを前提条件として)サイズの豊富さ・素材・縫製・価格のバランスで選ぶと、ワードローブはH&MAmerican Apparelがメインになってます。そこらへんを突っ込んで持っていくことになりそう。

8.下着
なんだかんだいって、靴下を含め下着を揃えるならユニクロが一番のような。ヒートテックもありますし。

9.靴
革靴では運動は難しいですし、デザイン的には好きなCONVERSEでは履き心地や耐久性に何あり。緊急時に履いて逃げるとするとNIKEのコルテッツとかになりますかね。

10.カバン
前職退職時に部署の皆さんからいただいたSOLO-TOURIST スイッチバック55。大容量、バックパック付きでキャスターで転がせるだけでなくまるごと背負うことも可。しかも軽い。1〜9をこれに詰めて逃げます。


こうリストしてみると、iPhoneスゲーを改めて実感。それだけに、高城さんの必需品リストにバッテリー供給用のソーラーパネルが3種類も入っているように、せめてiPhoneに必要な電力を自炊できる手段は確保しておいたほうがいいのだろうなと、冗談抜きで思いました。いざというとき、着るものはどうでもよくなるでしょうし、最低限の水や食料は供給されるでしょうが(カネで買えるものは買うかもしれませんが)、電気が確保できる場所やソケットの数は限られてるはずですからね。
 

【本】サラリーマンの悩みのほとんどにはすでに学問的な「答え」が出ている ― 5月病の解消にはまず「学問」

 
『企業法務マンサバイバル』などという悩める子羊なブログタイトルを名乗る私が言うのも何ですが、なんだかリアルでもSNS上でも、最近「俺/私はこのままでいいのか」と悩んでいるサラリーマンの声を見聞きする機会が増えています。きっと、5月病ってやつですね!

会社を辞めることを本気でシミュレーションしている方も少なくないでしょう。転職はできそうか?転職したら給料は上がるのか下がるのか?転職しても仕事環境が思うように良くならなかったらどうするか?逆に転職しないことを決断した場合にこの会社は存続できるか?存続できない=倒産した場合は?と、考えれば考えるほど悩みは尽きません。

・・・が、この本を読むと、「あ、転職すれば何かがよくなるわけじゃないんだな」「新しい学問を身に着けて、仕事のやり方を変えていかない限り、一生同じ悩みを抱えてくだを巻き続けるんだな」ということが分かります。


サラリーマンの悩みのほとんどにはすでに学問的な「答え」が出ている (マイナビ新書)サラリーマンの悩みのほとんどにはすでに学問的な「答え」が出ている (マイナビ新書)
著者:西内 啓
販売元:マイナビ
(2012-03-23)
販売元:Amazon.co.jp



たとえば、「俺、結構会社の中じゃ誰よりも今の仕事を頑張ってるはずなんだけど、一向に待遇も仕事の面白さも上向きにならないなぁ」というありがちな悩みについて。
同じやり方でがんばればがんばるほど、「同じがんばりの報われ方」は平均すると割に合わなくなります
つまり「仕事の質をあげるために、かける時間や人数を増やそう」「がんばりが足りないから今の仕事をがんばるのみ」では解決しないということは、経済学でいう“収穫逓減の法則”によって明らかになっていることであり、文字通り時間のムダであると。

s-IMG_9009


ではどうすればこの“収穫逓減の法則”から抜け出せるのか?
もはや「読み書きそろばん」程度の知恵だけなら中国や韓国などの国とも差別化することはできないのです。
すでに差別化できなくなりつつある英語やIT技術の類を今から勉強して身につけるのではなく、
日本のビジネスマンのほとんどが、経済学も、マーケティングも、会計学も、組織行動論も、直接的にビジネスと関連しそうな学問のこともほとんど理解していません。そして、自分と上司や先輩の「経験と勘」だけで国際的なビジネスの競争にさらされています。
給料の低さを愚痴る時間をきちんとした学問の知恵と、異業種における知恵を学ぶことに費やして「新しいやり方」を生み出してみましょう。
と、仕事のやり方を変える・変えるために必要な学問をまずは身につけるということが唯一の解であると、著者は述べます。こんな風に、サラリーマンの悩みと、その悩みを解くための学問をわかりやすく紐付けた上で、その学問を深掘りしていくきっかけになる入門書を紹介するというのが、この本の役割。


私自身、学問を馬鹿にし実務こそすばらしいという時期を長く過ごしてきたタイプですが、去年の秋ぐらいから法律一辺倒(一辺倒というほど勉強していたのかはさておき)な自分に行き詰まりを感じ、30過ぎの手習いで経済学を少しだけ学んでみて、悪くなる一方の今をどう変えるのかのヒントをもらった覚えがあります。それ以前にも、新人育成に行き詰ってマネジメントの勉強に凝ってちょっとしたブレイクスルーに遭遇した経験もありました。そんな体験とも相まって、つべこべ言う前にまずはきちんと学問してみたら?というこの本のアプローチには、共感できるところが多々あります。

必ずしも自分がトップクラスの優秀なビジネスパーソンである必要はないと思いますが、少なくとも、そういった優秀なビジネスパーソンに対して適切な質問ができる、言っていることが正しく理解できる、コミュニケーションを円滑に成立させられる程度の学問は、寄る年波を言い訳にせず、常にブラッシュアップして身に着けておきたいと思います。


参考:本書で紹介されている入門書リスト

第1章 なぜ、いくら頑張っても給料が上がらないのか?
ソウルフルな経済学―格闘する最新経済学が1冊でわかるソウルフルな経済学―格闘する最新経済学が1冊でわかる
著者:ダイアン・コイル
販売元:インターシフト
(2008-12-05)
販売元:Amazon.co.jp



第2章 なぜ、お金が貯まらないのか?
予想どおりに不合理[増補版]予想どおりに不合理[増補版]
著者:ダン アリエリー
販売元:早川書房
(2010-10-22)
販売元:Amazon.co.jp



第3章 どうすれば楽して出世できるのか?
世界でひとつだけの幸せ―ポジティブ心理学が教えてくれる満ち足りた人生世界でひとつだけの幸せ―ポジティブ心理学が教えてくれる満ち足りた人生
著者:マーティン セリグマン
販売元:アスペクト
(2004-06)
販売元:Amazon.co.jp



第4章 どうすれば職場の人間関係はうまくいくのか?
【新版】組織行動のマネジメント―入門から実践へ【新版】組織行動のマネジメント―入門から実践へ
著者:スティーブン P.ロビンス
販売元:ダイヤモンド社
(2009-12-11)
販売元:Amazon.co.jp



第5章 どうすれば仕事はうまく回るのか?
世界一わかりやすいプロジェクト・マネジメント【第3版】世界一わかりやすいプロジェクト・マネジメント【第3版】
著者:G.マイケル キャンベル
販売元:総合法令出版
(2011-07-21)
販売元:Amazon.co.jp



第6章 なぜ、いくら仕事をがんばっても家庭がうまくいかないのか?
実践入門 ポジティブ・サイコロジー 「よい生き方」を科学的に考える方法実践入門 ポジティブ・サイコロジー 「よい生き方」を科学的に考える方法
著者:クリストファー・ピーターソン
販売元:春秋社
(2010-04-02)
販売元:Amazon.co.jp

兼業サラリーマンは茨の道

 
退職が決まってから、私が何をやっているのかをお話したいと思います。

もちろん、退職意思決定後すぐに仕事を探しはじめたわけですが、まず最初の誤算が、2月からお話をいただいていて3月上旬に社長への面通しも済ませていたある会社さんへの入社が、その後同社に発生した事情により叶わなくなったこと。就職って本当にご縁だなあと改めて感じさせられた一件でした。

一方でその件のおかげで踏ん切りがつき、これも一つの機会と、前から思い描いていた兼業サラリーマンという働き方をお認めいただける会社さん探しを本格化しました。1社にべったりではなく、例えば週3日通うA社+週1日通うB社・C社というように、複数企業の雇用契約を組み合わせて兼業勤務するという働き方ができないものかという試みです。以前ブログでも書いたように、これには法律や税制上問題もいくつかあるのですが、そういうのは覚悟の上で、自分自身を実験台にして「多様な働き方」の実現に向けた冒険をしてみようかと。

ところが、これが思っていた以上に茨の道でした。

s-1078874_65912525


私としては、
  • フルタイムで法務は要らないが、週1〜2日ぐらいで勤務してくれると丁度いいという企業はそこそこあるはず
  • その分固定的な高い給与を払わなくて済むのは、企業にとってもメリットが多いのではないか
と思っていたのですが、一言で言えば「兼業?なにそれ」「法務がフルタイムで会社にコミットしてくれないでどうする」という会社が圧倒的だったということです。担当者レベルでは興味を持って声をかけて下さっても、人事的には「そんな特殊な条件では受け入れ難い」という会社がほとんどでした。

それでも提案を聞き入れてくださったいくつかの会社とNYから帰国後にお話をすすめさせていただき、4月の初めの一週間を交渉期間に費やしてようやく2社と合意した一方、他の会社とは条件が折り合わず不調に。この契約交渉にかかる負担は馬鹿にならないぞと、やってみて思いました。エンプロイヤビリティが高い低いの問題ではなく、労働者である私個人の生活がかかった中で複数社と並行して契約条件を詰め交渉するのは、相手も自分もものすごく神経を消耗するんですね。安売りはしたくない、かといってお高く止まれば嫌われるという中で、それぞれの会社同士の相性・繁忙期の重なり等にも気を使いながらコミットできるギリギリの範囲を想定し、自分にある種の値付けをしてオファーしその返事を待つ訳で、成約してもしなくてもいやな疲れが残ります。おそらく、条件が折り合わずお見送りとなった企業側も、同じような後味の悪さを感じたことでしょう。

“採用する・されるまでは大変だが、仕事にあぶれても内部労働市場(社内異動)でなんらかの仕事が得られる/企業としても人員配置を柔軟にできるから実は効率的”という、労働経済学でよく語られる日本的労働慣行のメリットは、やっぱり一理あるなあと身を持って実感した次第。健康/厚生年金/雇用保険に入れないという問題や税制がネックだとばかり思っていましたが、もっと手前の問題として、ジョブ・ディスクリプションもあるようでない、かつお互いに雇用契約の交渉慣れもしていないこの日本でこういう切った張ったをするのは、相当な困難を伴います。非正規雇用問題の解消という文脈で厚生労働省が先導する多様な形態による正社員や、濱口先生が火を付けたジョブ型雇用という新しい働き方を認める必要性が唱えられて久しい昨今ではあるものの、言うは易し行うは難しと、目下身を持って体感しているところです。
 
取り急ぎ、現状のご報告でした。


注1:一応お断りしておきますが、いま巷で絶賛バッシング中の「ノマド」や「雇われない生き方」を目指しているわけではありません。私の主義としてはできるだけ“職住接近”でありたいとは思っていますし、時に在宅勤務も効果的とは思っていますが、どこでも集中して仕事ができるほどの集中力を持ち合わせていないようなのと、業務委託で法務をやるのはさすがに法的にグレーすぎるので…。

注2:強いて言えば、「副業」ならぬ「複業」を提唱しているおちまさと×本田直之さんの「ひとりコングロマリット」にイメージが近いでしょうか。

25歳からのひとりコングロマリットという働き方 〜仕事も肩書きもひとつじゃなくていい.〜25歳からのひとりコングロマリットという働き方 〜仕事も肩書きもひとつじゃなくていい.〜
著者:おち まさと
販売元:大和書房
(2012-01-25)
販売元:Amazon.co.jp


 

2011年だけじゃなく、2012年をも振り返る

 
ブログ・twitter・Google+などにその時々に思ったことを書きつけていると良い事も悪い事も色々ありますが、こうやって大晦日に1年の記憶をささっと振り返ることができるのは、まちがいなく良い事のひとつ。

今年は、意識的にネット滞在時間を抑えたため、エントリー数は去年の半分にも満たない水準でした。それでも日付をたどると、そこに書いてあることはもちろん、その前後に起こっていた書いてないことも、行間からはっきりと思い出すことができます。


1月、プライベートな時間のすべてを論文書きに費やしてプライバシー研究の第一歩を踏み出し、

2月には、ノマド的なサラリーマンとしての働き方をテレワーク導入促進のアプローチから少しずつ実現しようと本気で考えはじめ、「自分の働き方を変えさせてくれ」と会社に直談判し、

3月に、ふいに「ノマド目指すなら身綺麗にしておこう」と株を売り払ったりと準備行動を起こし始めた直後、震災と以降の原発不安・計画停電で世の中全体が一気に「ノマドもありかも」モードになり、

4月には、そんな流れを受けて個人的興味だったはずのテレワーク研究が会社の正式業務に昇華し、

5月のソニー事件をきっかけに、クラウドを中心とした情報システムセキュリティと法務の接続について真剣に考え、プライバシー・テレワーク・クラウドセキュリティ・・・と興味のあるテーマがすべてつながってきたなぁなんてワクワクしだしたのも束の間、

6月〜7月は、組織上の色々(書けない)であれれ?とズッこけることがあり、やりたいことがやりたいようにやれず、ひたすら途方に暮れながらも、仕上げなければならない目の前のプロジェクトにひたすら邁進し、

8月は、そんな中で1月に出した論文が学会誌として正式に刊行されてほっと一安心しつつ、

9月は、そのプロジェクトに一区切りがついたあたりで、さらにネット離れが加速し

10月には、家族に突如発生した健康不安に心惑わされつつ、ひょんなことから自炊代行ネタで日経新聞に名前が出るという面白い経験をし、

11月からは、何の気の迷いか経済学を勉強し始め

12月は、これまでの経験から培った信念と判断力を駆使せざるを得ない「総集編」みたいな仕事(これも書けない)をさせていただきました。おかげで予定していた他の仕事は何にもできず、プライベートも相当犠牲になりましたが。

この1年にわたり、引き続き支えてくれた妻に感謝します。いつもありがとう。


さて、きたる2012年の展望ですが、私の中のパーソンオブザイヤー2011である高城剛さんが、メルマガでこんなことを仰ってました。

お正月に立てる目標のようなものですが、僕の場合はちょっと変わってまして、もう一年先の正月に立って、昨年はどんな年だったか思い出すようなことをします。ですので、2012年の正月に2013年の正月をイメージして、そのイメージのなかで2012年はどんな年だったか振り返るのです。
一般的には2012年のお正月に「今年はこんな年になるといいな」と想うでしょうが、僕はどんなときも、過去形で物事を考え(先のことを想像しないし願望しません)るのです。ちょっと変わった考え方だと思いますが、映像や音楽、書籍なども、このような過去形でアイデアを出しています。
ですので、もうじきお正月ですので、僕は「2012年のことを振り返る」と思います。
これはうまく言えないのですが、「願望を持たない」ということなんだと思います。いつも、物事が終わった段階の自分をイメージします。
例えば、映像作品を作る場合も、もう終わった時点にたって「あの撮影は、こんなことをしたな」と振り返り、これからはじめる仕事のアイデアを思い出すのです。最近気がついたのですが、たぶん僕は多くの人と時間の捉え方のようなものが、大きく異なっているんだと思います。

さすが高城さん、ぶっ飛び過ぎてて何を仰っているかよく分かりませんが(笑)、私なりにマネをして2012年を“振り返って”みたのが以下。

“前半のフワッとした景気回復ムードに乗り、ついに働き方も変えて暫く調子が良かったが、後半はまさかの円安そして引き続きの株安・世界情勢不安で景気も苦しくなり、収入的にも厳しさを痛感。

でも、あのときやりたい仕事に素直に、かつ理想としていた働き方に近づけるはずと新たな道を選んだことで、(ティモシー・フェリスの本にあるような“週4時間”まではいかないものの)短い時間に集中して成果を発揮できるようになり、少しは社会でお役に立てる存在にもなれ、ラジオやテレビなどの放送メディアからも声がかかるようになったのは一歩前進か。

s-IMG_7342

事業的なプレッシャーは以前よりも強いし、家でも仕事のことを考える時間が増えた部分はあるけれど、物理的に家族と一緒に居られる時間が増えたのはやっぱり良かった。”


やっぱり、頭おかしい人みたいになりますよこれ高城さん…。まあ、とにかく、失うものは何も無いことだけが取り柄な自分なので、何かしらチャンスが来た時には自分の理想に忠実な選択ができるという点だけは、間違いないと信じています。

私のワガママが周りにご迷惑をおかけすることもあろうかと思いますが、引き続きお付き合い頂ければ幸いです。
 

【本】名著で読み解く 日本人はどのように仕事をしてきたか ― これはもはや新しい“ソーシャル学術論文”だ

 
先月このブログで著書を2冊紹介させてもらったからでしょうか、それとも最近オフィスでもとなりのシマで並んでお仕事させて頂くようになった近所のよしみでしょうか(笑)、海老原さん自ら発売前の新著を直々に献本くださいました。ありがとうございます。


日本人はどのように仕事をしてきたか (中公新書ラクレ)日本人はどのように仕事をしてきたか (中公新書ラクレ)
著者:海老原 嗣生/荻野 進介
販売元:中央公論新社
(2011-11-09)
販売元:Amazon.co.jp




海老原さんの得意技といえば、「昔ながらの日本の雇用の常識」のウソを、データをもとに次々と暴くおなじみのあのアプローチ。しかしこの本ではデータではなく、人事のプロを目指すなら必ず読んでおくべき正統派の名著13冊を発行年順に紹介・引用し、その発行された当時の人事トピックスを紐解きながら、シロウトがまことしやかに語るウソを正していくという、ちょっと変わった手法をとっています。

時代背景・歴史に沿って日本の労働の変遷を語る名著としては、濱口先生の近著『日本の雇用と労働法』があり、こちらもとてもすばらしい本なのですが、法律視点というよりも、人事実務の視点から日本の雇用を捉えなおすこのアプローチの方が、特に社会人経験が長い方には実感も伴ってよく理解できるかも。

そしてこの本がすごいのは、自説の正しさを証明する材料として名著を紹介・引用しているだけではなく、その著者本人に手紙という形で意見・疑問をぶつけ、著者からの回答まで載せるという公開書簡交換スタイルで展開していくところ。例えばこれは「拝啓 清家篤様」とそれに対する清家氏の返答より。

s-IMG_6750

私は、スペシャリスト型人材育成に対しては賛成です。
また、給与のフラット化もある程度は進むべき、という点でも全く同意見です。
ただし、これらの施策により、労働流動性が著しく上がる、とは考えていない立場です。
なぜか?
清家さんも『定年破壊』の中で、「企業内特殊熟練について触れていらっしゃいますが、私は、先生よりこれを重要視しています。そこがポイントです。(中略)つまり、他社では使えない、企業内特殊熟練が積み重なる。そうでなければ、全ての業務を士業に外注しているはずです。だから、専門職だってやはり一企業に長居した人間は特殊熟練の塊となり、転職可能性が減る。欧米(にはセニョーリティがありますが)でも日本でも、40代が転職できないのはそのへんに事情があるのだと思っております。(海老原)
ただ、企業や雇用者が長期的な関係維持を望んでも、関係が流動化せざるを得ない事情が強まってくるのも確かです。一つは個人の職業人生が長くなったこと、もう一つがグローバル化、IT化と言った影響で、企業経営に不確実性が高まったことです。好むと好まざるとにかかわらず、一人の人間の雇用が1社で完結しないケースが増えていきます。(清家)


学術論文などでは、名著の権威を借りて、自説に都合のよい記述だけを引用することは古今東西よく行われています。しかし、そうやって名著をダシにするのではなくて、「ここはむしろこうなんじゃないでしょうか?」といった疑問形の手紙をしたためる格好で、権威ある著者本人にある種の挑戦状を叩きつけながら読者・著者と一緒に考察を深めていくこのスタイルは、“ソーシャル学術論文”とも言うべき、新しい学術論文のあり方を見ているような気分にさえなりました。

何か最近ネット上でみかけませんよね?

 
うん、そうですね。7月以降Google+が始まってそちらには顔をだしてましたが、ネットでの露出を意識的に減らしてみました。

いろんなモノや時間を断捨離しながら見つめ直していて、よくある話だとは思いますが圧倒的にネット絡みでダラダラしている時間が長かったよなという反省にいたったからであります。もともと就業時間中は絶対にSNSには書き込まないというルールだけは守っていた(実名でやってますので当たり前っちゃ当たり前ですが)私ではありますが、そのぶん貴重な朝の数時間や通勤時間をネットで発信するためのネタ探しに費やすことになったりと本末転倒になりそうな状況でした。費やしている時間以上に自分のマインドシェアが侵食されるのがSNSの怖いところで、一番大切な家族のことや自分の今の仕事への集中が削がれる気がして、これは意識的に離れないと危ないと思ったというのもあります。


「今日が人生最後の日だとしたら、私は今日する予定のことをしたいと思うだろうか」

この年になって、スティーブ・ジョブズが30年以上にわたって毎朝自問したというこの言葉の重みを感じています。この質問に“No”と思いながら毎日を送ってきた・いるのだとしたら、なぜそれが断ち切れないのか。どうしたら“Yes”と自信をもって答えられる毎日にできるだろうかと。

s-IMG_5914


とまあぐだぐだ書きましたが、要は今日がここ2ヶ月ぐらい必死こいてなんとか話をまとめあげた案件を役員会に掛ける日でありまして、それがうまくいけばいいなということなんですけどね。
 

【本】スティーブ・ジョブズ 驚異のイノベーション ― 情熱の持てない仕事は続かない

 
スティーブ・ジョブズ 驚異のプレゼン』の二番煎じだったらどうしよう・・・と心配になりながら、やっぱり買ってよかったな、と思えた本。


スティーブ・ジョブズ 驚異のイノベーション―人生・仕事・世界を変える7つの法則スティーブ・ジョブズ 驚異のイノベーション―人生・仕事・世界を変える7つの法則
著者:カーマイン・ガロ
販売元:日経BP社
(2011-06-30)
販売元:Amazon.co.jp



イノベーションを生み出す7つの法則、みたいなマニュアル本的サブタイトルがついていますが、最初から最後まで述べられていることをまとめると、法則は1つに集約されると思います。

それは、自分の情熱に素直になるということ。情熱がなければイノベーションは生まれないし、生み出し続けることもできない、ということ。

「顧客が求めている商品、売れる商品は何か?」から考えるのではなく、「自分が欲しい商品は何か」を追求する。自分が意義がある・美しい・必要だと思うからこそ情熱が生まれ、その情熱こそがいくつものイノベーションを生むんだ。だって現に、家庭用コンピュータにGUIとマウスというインターフェースを持込み(Macintosh)、アニメとCGを融合し(Pixar)、デジタル配信によって音楽の流通を変え(iPod+iTunes)、マルチタッチ技術と優れたインターフェースでモバイルインターネット革命を起こす(iPhone・iPad)という、4度もイノベーションを起こしたスティーブ・ジョブズという才能がそれを実証しているじゃないか。この本は、そう述べています。

s-jobsiapd2


もしかしてあなたの会社の経営者は、「お客様の求めているものは何かを探し、それを起案して報告せよ。コストとパフォーマンスのバランスが良いものは、社として採用しよう。」とか言っていないでしょうか?そのやり方では、顧客のアイデアを拝借し、そこに情熱を傾けているフリをして食いつないでいるだけで、イノベーションが生まれる見込みはない。どうやらそういうことのようです。

お客様の求めていることに答えて感謝されることそれ自体は素敵なことだったり、それによって時に食いつなぐことも時には必要だったりします。でもそればっかりになって情熱が持てないままでは、いつまでもその仕事で頑張り続けられないのも事実ですよね。
 

【本】社会は情報化の夢を見る ― 「twitter、Facebook、Linkedin…そしてGoogle+が社会を変える」のウソ

 
「twitterのリアルタイム性の高さと強力な伝播力が、コミュニケーションを変える」
「FacebookやLinkedinなどの普及によって、webの実名化が進み、組織が変わり、個人の働き方も変わる」

s-1159613_85120857

この本を読んだら、もうそんな台詞は恥ずかしくて口にできなくなるかも。


社会は情報化の夢を見る---[新世紀版]ノイマンの夢・近代の欲望 (河出文庫)社会は情報化の夢を見る---[新世紀版]ノイマンの夢・近代の欲望 (河出文庫)
著者:佐藤 俊樹
販売元:河出書房新社
(2010-09-03)
販売元:Amazon.co.jp



「情報化社会」とは何か ― 結局のところ、それは、技術予測の名を借りた未来社会への願望にほかならない。情報化社会論は五十年間、そうした願望を語ってきたのだ。
本当の問題は、それが技術の必然として語られている点にある。そうすることで「社会がこう変わるのだ」と人々を説得しようとする、というか、人々がそう説得されたがっている ― そのなかで最も重要なことが忘れられてしまうのである。
「社会がこうなってほしい」というのであれば、真正面から、自分自身の願望として、そう語ればよい。そちらの方向へ社会が変わることを私たちが望んでいるのなら、私たちはその方向を選択しているのである。ならば、そのことを正面から認め、その選択に責任を取れば良い。(略)自らの選択を技術のせいにすること ― その責任回避の姿勢こそが真の問題なのだ。
技術を使う時、私たちはその技術の使い方を選択している。つまり、それは技術の問題ではなく、社会の側の問題、私達自身の問題なのである。「技術がこうなるから社会がこう変わる」という言い方は、意識的にせよ無意識的にせよ、それを隠蔽してしまう。情報化社会論がどこかあやしげなのも、最終的には、そのためにほかならない。
一言で言えば、情報化社会論は社会のしくみの問題を技術の問題にすりかえているのだ。そこでは、「情報化」は社会のしくみを考えないための呪文になっている。その呪縛をふりほどいて、はじめて私たちは情報技術と社会のかかわりを本当に考えることができるのである。


私自身、特にFacebook・Linkedin等の技術の普及によって、個人が企業に隷属するような働き方が変わるんじゃないかと期待していた一人ですが、著者に言わせれば、それは自分が理想とする社会を実現させるための行動や努力を自分では何もせずに、他人が作った“技術”という幻想に甘えよう・もし社会がそうならなかったら自分のせいではなく「自分の理想を叶えないようなダサい技術を作った彼ら」のせいにしようとしていたのだと、この一節を読んで恥ずかしくなります。日頃アーリーアダプターを自認している方や、梅田望夫氏の『ウェブ進化論』・津田大介氏の『Twitter社会論』等に感化されてしまった方(実際この2冊は本文中でも引用され批判の対象となっています)などは特に、この本を読んで受けるショックは大きいと思います。
 
とか言いながら、この週末も新しいSNS“Google+”の登場に、また心踊らされているのですが。
 

【本】私の名前は高城 剛。住所不定、職業不明。 ― 大人げないハイパーノマドが集まる国になれ!

 
“あの”高城 剛さんが、自分でQuestionを立てながらAnswerするというスタイルで自分を語る本。テイストとしては成毛さんの『大人げない大人になれ!』にすごく似てます。


私の名前は、高城剛。住所不定、職業不明私の名前は、高城剛。住所不定、職業不明
著者:高城 剛
販売元:マガジンハウス
(2011-02-24)
販売元:Amazon.co.jp


震災前から、トランク2つで世界を放浪しながら生きているという彼のノマド的生活について妻と注目し話題にはしていたものの、最近の報道で見る彼の姿も相まって、苦笑いまじりだったのも確か。しかし、大震災、巨大企業のリスクマネジメント能力の欠如、政府の機能不全という「想像の中の最悪の未来」を一気に目の当たりにしたからでしょうか、彼が144のQ&Aを通じて悪意なく描いていた未来のイメージのほとんどが、震災後の日本につきつけられた課題と重なって見えてきます。

試しに、働き方・ビジネス・法律に関して発言しているところをいくつか引用してご紹介してみましょう。


Q3 なぜ、定住しないのですか?
これには、様々な理由があります。まずは、不安定な時代のあらゆる危機やピンチに備えるためです。それは経済的・政治的危機、天災、それに個人的な問題すべてに言えます。
定住しないことが現代的ピンチを切り抜ける良い手だての一つであるのは、間違いありません。
また、フランスの才人ジャック・アタリは、今後地球人は動けない定住者と非定住者に大きく分かれていくだろうと言っています。彼は、二十一世紀の非定住民族のことを「ハイパーノマド」と呼んでいます。

Q17 これからの社会は、どうなると思いますか?
僕は過去20年にわたり、携帯電話が小さくなって耳に入るようになると、テレフォンのゴールは、テレパシーになる、と言っているように、人々の意識がいつか本当に「つながる」ことになると思います。それはツイッターのフォロワーや巷でいう「つながっている」などという安い発想とは、大きく異なります。本当に意識的に世界全員がつながることになると、それは、一切の隠しごとができず、悪いことが出来なくなる方向に向かっていることを意味します。
メディアの語源がメディウム=霊媒であり、またチャネラーとテレビのチャンネルが同じ意味を持つように、真のインフォメーションチャネリングが、誰でも容易にできるようになるでしょう。100年たつと個人情報保護は、まったく無意味になり、著作物も、すべて共有、になるでしょう。

Q56 不況の原因は、なんだとお考えですか?
僕の解釈では、グローバル化した社会の中での他国との法律の違いが一番大きいと思います。日本は条文化した法律に則っていますが、判例を積み重ねて法的判断に至る英米法のもとでは、フレキシブルな活動ができる。それが出遅れている要因でしょう。
そんなこともわからない世代の人たちにパワーが集中していることが、さらなる本質でしょう。だから、必要なのは政権交代じゃなくて世代交代。

Q97 失敗したときの対処方法は?
悪いことほど、早めにオープンにする。
失敗をごまかしたり隠したりすればするほど、経験上ですが物事は悪化します。
問題点に限らず、あらゆる物事をオープンにすることによって、人々がすべてを見ることができて、「あれとこれを足せるかも」のような統合しやすい環境になるので、結果相対的なパワーが増大します。秘密を増やせば増やすほど、あちこちに壁ができるので、パワーが落ちるのです。


彼の描く未来についての批評・解釈は野暮になりそうなので、読み手である皆さんにお任せしたいと思います。ただ読み終わってぼんやりと、彼のいうハイパーノマドな才能を、国境・法律・宗教の壁を超え率先して受け入れる・集める国が、これからの世界をリードする国になっていくのだろう。そして日本はそういう国になりえるのだろうか?そんなことを思いました。

s-caravan


オススメするのはちょっと勇気が入りますが(笑)、メディアで伝えられる彼のイメージに囚われずに読んでみる価値がある本だと思います。
 

【本】フェイスブック 若き天才の野望 ― 映画観るなら後で読め


facebookの背景にあるハーバード大の寮生活、アメリカの若者文化、ベンチャービジネスのダイナミズム、さらにはマーク・ザッカーバーグの少し気難しいキャラクターが描かれた映画『ソーシャル・ネットワーク』が、昨日から日本でも公開されました。



「映画公開と聞いて、前から耳にはしていたfacebookを使い始めてみたけど、まだ何が凄いのか分からない」
「映画を見て、マーク・ザッカーバーグが好きになった」
「映画で描かれたfacebook創世記の後日談も知りたい」

そんな方は、映画の原作である『facebook 世界最大のSNSでビル・ゲイツに迫る男』ではなく、こちらをお読みになることをおすすめします。

フェイスブック 若き天才の野望 (5億人をつなぐソーシャルネットワークはこう生まれた)フェイスブック 若き天才の野望 (5億人をつなぐソーシャルネットワークはこう生まれた)
著者:デビッド・カークパトリック
販売元:日経BP社
(2011-01-13)
販売元:Amazon.co.jp




映画の原作本『facebook 世界最大のSNSでビル・ゲイツに迫る男』が、ザッカーバーグと喧嘩別れしたエドゥバルド・サベリンの視点から創作・脚色された(なのでザッカーバーグはこの原作に対しては全面取材拒否しています)“人間ドラマ”なのに対し、こちらは、元フォーチュンの技術記者が、本人を含めた緻密な取材をもとにその発展の歴史を冷静に描く“ベンチャー発展の史実書”、といった感じ。

フェイスブックは順調に成功の道を歩んでいたが、ザッカーバーグはワイヤーホグにも同じくらいの情熱を注いでいた。ショーン・パーカーは
「この当時奇妙だったのは、マークがザ・フェイスブックが成功すると100パーセント信じていなかったことだな。マークはほかのこともやろうとしていた」
(略)しばらくして、さすがのザッカーバーグもワイヤーホグに関して頭を冷やして考えられるようになった。「マークもやっと現実に目が覚めた。どれほど時間を無駄にしていたか気がついたんだ。」
ザッカーバーグは、「ワーク・ネットワークス」と名付けた新しいサービスを立ち上げようとした。これはフェイスブックとして、初めて大人を対象にしたサービスとなるはずだった。ワーク・ネットワークスはフェイスブックが大学ごとに設定されたにならって、会社ごとに設定されるクローズドなネットワークだった。
しかしワーク・ネットワークスは失敗だった。スタートしたものの、ほとんどユーザーを獲得できないままに終った。

こんな映画の原作には出てこないザッカーバーグの失敗にも触れられていて、彼が単なる「ネットサービスを生み出す天才」などではないことも分かります。

そんな失敗を、その時々の参謀たちの助けを借りながら、結局はうまく乗り越えてきたザッカーバーグ。

s-IMG_3468


人間のコミュニケーションをオープンで誠実なものにすることで、善良な世界に変えたい。その思想に賛同しない出資者や広告出稿主、社内幹部にコントロールされるような経営にだけはしたくない

重大な意思決定のタイミングが訪れる度に、ザッカーバーグが頑固なほどこのポリシーを守りぬいたこと、そして素行の悪さから業界では滅法評判の悪いショーンパーカーが、どんなに増資をしてもザッカーバーグから会社のコントロール権が失われないように仕組んだ“ある仕掛け”こそがfacebook発展の礎となっているのだと、この本を読むとよく分かります。また、映画やその原作が女性との愛憎やセックスという人間(若者)の本能的な部分に焦点を当てているのと比較すると、同一ベンチャー企業の成長物語のはずが、かなり対照的に描かれていることにも気づくでしょう。

なお、映画よりもボリュームたっぷり(500ページ超)のリアルで詳細な描写になっているだけに、これから映画を観ようという方がこの本を先に読んでしまうと、映画が知ってる事だらけでつまらなくなるので、ご注意くださいね。

2011年に向けて


反省しきりの2010年。
仕事も、プライベートも。

少し時間を作って、このブログを読み直したのですが、まあホントにこの一年自分は何やってたんだろうなと、その空っぽぶりにびっくりしました(笑)。おそらく、自覚している以上に、これまでの心の澱・そして身体的なダメージが溜まっていたのだと思います。特に5〜8月は最低で、9月以降はそのツケが回って・・・という悪循環。ブログってそういう自分の好不調もはっきりと記録されるから残酷です。最後ぐらい綺麗事言ってまとめたかったんですが、もう素直に反省するしかないです。

良かったことは、少しずつ人との出会いと交流が増えてきたこと。このブログやTwitterを通じて私に声をかけてくれる皆さんとの出会いと交流がなければ、ホントに何もない一年で終わってしまうところでした。ありがとうございます。あと、いつもそばにいて支えてくれている妻にも感謝です。

来年は、もっと純粋に笑って、背伸びせず、やりたいと思ったことに素直に、ダメもとでもいいから実行する1年にしたいです。

今年もお疲れ様でした。
来る年も、どうぞ宜しくお願いいたします。


【本】人材獲得競争 世界の頭脳をどう生かすか ― 大学の英語公用語化


日本のグローバル化という言葉の意味を、「日本人が今から英語を必死こいて勉強して世界にうって出て行くということ」と取り違えている人は多いと思います。さらには、「政府が人や企業の世界進出を支援しないのはおかしい」的な言説もツイッターで見かけたりするんですが、それもお門違いです。

国は、主権が及ぶところにある人と企業からしか税金をとることができないのですから、主権の及ばない外国に出て行く人や企業を支援するはずもありません。

もしあなたが最後は日本で幸せに死にたいと思っているなら、目指すべきグローバル化は、あなたが無理に背伸びをして外国で働けるようになることではなく、「日本に住む人と日本に本社を置く企業を強くして、日本が税金をたくさん徴収できるようにすること」なのだと思います。そしてそのために、国は、どうやったら優秀な外国人を日本によんで定住させるかを考えなければなりません(ゆくゆくは日本じゃないところで暮らしたいなら別ですが)。

ということで、今まで間違ったグローバル化を目指していた方は、この本を読んで方向転換しましょう。

人材獲得競争―世界の頭脳をどう生かすか!


シンガポール・インド・中国・韓国を中心に、各国がいかにして世界のエリートを自国に集めようと努力しているか、そしていかに日本がそういう努力を怠ってきたかを、さまざまな統計データで見つめることができます。

s-IMG_2617

遅れをとった日本がグローバル化で巻き返すにはどうしたらいいか。はっきりとは書かれていませんが、この本を読むと一つの答えが浮かび上がってきます。

それは、大学の公用語を英語にすること。

英語で質の高い授業を行うことで、留学生が流入しやすい環境をつくり、日本企業が優秀な留学生を雇って、卒業後数年間は日本に囲い込める環境をつくること。そしてあわよくば日本を好きになってもらい、永住してもらうこと。

大学が「英語で沢山の留学生とともに学問をする場」になれば、英語で供給される世界の最先端の研究成果もダイレクトに生かすことができますし、大卒者を雇う企業がわざわざ英語を公用語にしたり異文化コミュニケーションを教育したりする必要もなくなるという、副次的な効果も期待できます。

ハードルは高いことは承知の上で、少子化という不可避な現実を打開する意味でも、大学にはチャレンジをして欲しいと思います。
 

“日本を成長させる責任”は誰が負担すべきか

 
いつもブログを拝読しているお二人が、政権が変わっても打開策が見えない日本の成長に必要な要素として、「雇用の流動化」を語っていらっしゃいました。

生産性とは何か(池田信夫blog)
問題は日本の古い企業の生産性が低いことではなく、企業の新陳代謝が進まないことなのだ。その大きな原因が、優秀な人材が「終身雇用」によって生産性の低い官庁や銀行やITゼネコンなどに囲い込まれ、新しい企業が出てこないことにある。だから日本の成長にとってもっとも重要なのは労働市場を柔軟にして転職や起業を容易にすることであり、それは単なる「雇用問題」ではないのだ。

なぜ「仕事がない」のか(Zopeジャンキー日記)
「仕事がない」理由のひとつは、日本では経営者がワルモノ扱いされがちなので、経営者がやる気をなくしたり、起業しようと思う人が少ないからだろう。
しかしこの経営者ワルモノ論も、いまの仕事がイヤでも辞められないという日本の雇用構造ゆえに、経営者への憎しみが植え付けられてしまいやすいのが原因だろう。経営者をワルモノ扱いする人は、いまの仕事が不満だけれども、辞めることもできないので、その不満を経営者のせいにしてグチっているだけなのだと思う。

労働市場の流動性を上げて、「イヤな仕事は辞めればいい」ということを可能にしないと、この問題も解決しない。

一方今の政府は、雇用の流動化に逆行するかのごとく、「日本の成長のためには雇用の安定が必要だ」と言って派遣や契約社員を禁止しようとしています。これはつまるところ「企業が負担を背負って日本を支えよ」というメッセージなのでしょう。しかし、すでに今の日本を支えている企業は“日本人”よりむしろ“外国人を親(株主)に持つmixedな子(企業)”が多いということを忘れていないでしょうか。

外国人の親(株主)が、異国の地(日本)で自分の子(企業)が虐げられているのを見たら、きっとこういうことでしょう。
「何もそんな国で歯を食いしばって頑張る必要はない。もっとお前をサポートしてくれる国に行くか、こっちに帰って来なさい。」
こうして、成長が期待できる優秀な企業から日本を去っていきます。

それが嫌だったら、すべての企業を国有化もしくは外資規制しなければなりませんが、これが無理なのは言うまでもありません。そうして日本の成長を支えてくれるはずの企業がいなくなり、前提が崩れた時になって、「プランBはない」「企業に依存していた君たち個人が悪い」と荒野に放置されても、困るわけです。

s-1151833_60755549

では、どうすればいいのか。

政府は、“日本を成長させる責任”を企業にばかり負担させるのではなく、今のうちから個人にも負担させる必要があると思います。企業の非正規雇用を法で禁じたところで、個人の雇用の安定を国や企業として保証することなどできず、結局最後は自分が踏ん張るしかないのだということを個人に理解させ、社会の変化に応じて必要な能力を身につける努力を求めたり、またはもっと積極的にリスクをとって起業をすることを求めたりしてもよいのではないでしょうか。

そして政府・行政には、そういう個人を増やしサポートするためにやるべきこと・やれることがあります。それは、就業者の大多数がサラリーマンかつ一社専属の終身雇用であることを前提とした健康保険・年金・税制度を見直して、働き方をもっと柔軟に選択できる仕組みを考えることです。以前もこのブログで取り上げましたが、日本の社会保険や税制は、サラリーマンの兼業/サラリーマンと自営業の兼業をするには不親切極まりない制度になっているからです。

個人が日本を支えるために働こうという気概を持ったときに、その気概を削がないように気の利いたお膳立てをすること。それが出来れば、日本人だけでなく、日本のことを好きになってくれる外国人が日本を支えてくれるようになるかもしれません。そしてそれこそが、真のグローバル化の姿なのではないでしょうか。
 


【本】起業のファイナンス ― みんなやろうぜ「起業教育」

 
何の本ですか?と聞かれれば、「会社の作り方」の本だよ、と答えるのでしょう。しかしこの本は普通の「会社の作り方」の本とは一味違います。

s-IMG_1421


起業のファイナンス ベンチャーにとって一番大切なこと


複雑なだけで実際はたいして難しくもない登記実務や、知ってても役に立たない知識の代表格である会社法の説明にページを割く「会社の作り方」本が多いのに対し、この本は、
  • 入れ物をどうつくり(法人形態の選び方と事業計画の作り方)
  • その入れ物に入れるお金をどう引っ張ってくるか(資本政策の立て方と投資家の巻き込み方)
という、あまり文字にして解説してくれる人がいない、けど実はあとあと一番大切になる部分に焦点をあてて、私のような素人にも分かるよう丁寧かつ痛快に解説して下さっています。

どういうことかというと、たとえばこんな一節。
これも、法律や税務の本にはあまり書いていませんが、実務上重要になるのが、「説明コスト」です。
「株式会社」というのは誰でも知っていますので、説明するのに手間がかかりません。しかし、たとえば「合同会社」とか「有限責任事業組合」といったビジネスの入れ物を使う場合、「何ソレ」と疑問を持たれた場合には、説明に手間を要します。
これに対して、株式会社なら「株式会社って何ですか?」と質問されることはまずないです。
取引先は「税務上、こっちの方が有利なんですよ」といった話を聞きたい人なのでしょうか?普通、取引先は、そんな豆知識より、商品や仕事がちゃんとしていることを望んでいるはずです。
絶対使うことのない合同会社の法律知識がなぜ不要かの理由をわかりやすく添えてバッサリ切り捨て御免なところが、丁寧かつ痛快。

さて、この本の著者である磯崎先生のTwitterを見ていると、私のような会社員に対していつも「君らぶつぶつ会社員生活に文句ばかり言ってないで起業して日本を盛り上げなさいよ」と叱咤激励されているように思います。でも、「そんなこと言われても色々難しいことがありそうじゃないですか・・・」とすぐに腰が引けてしまうのが日本のサラリーマン。

その「色々難しい」と思われがちな起業に関するよしなしごとをサラリーマンでも分かるように解説し、あとはやるかやらないかは本人のやる気次第、という状態にする、磯崎さんはそんな「起業教育」を率先してやろうとされているのだと思います。

で、思ったのが、会社としても会社に依存しない自立した社員をつくりたいんだったら、スキル教育ばかりでなく、もっとこういう「起業教育」に力を入れるべきではないかということ。会社って、こんなに大変な機能とリスクを経営者と裏方が担ってるからこそお金が集まって君たちの給料が支払われているんだよ、君たちは自分でそれができるの?ということが会社から伝えられれば、「会社に文句ばっかり言ってて俺は何ができるんだっけ?」「私ももっと自立しなきゃ」と、日本のサラリーマンのメンタリティも変わるのではと。

うちの会社でそんな起業教育をやるときは、是非磯崎先生にお願いしますね。
 

【本】実践!多読術 ― 若さとは可能性であり、可能性とは残された人生における選択肢の数の多さである

 
この数年間多読(乱読?)を心掛けてきて、もうそろそろ無闇に本を買い漁るのはやめようかな・・・と思っていたところに、この本と出会い、やっぱり本というものは読み続ける価値はあるんだろうなと思い直しました。単純です。

実践!多読術 本は「組み合わせ」で読みこなせ



大人げない大人になれ!』を、もう少し読書中心の視点で書き直したような感じの本。成毛さんが、どのような視点で本を選び・読み・血肉に変えているのかを、かなり細かいところまで公開してくださっています。

適度に肩の力が抜けているその語り口が、何とも好きですね。

最近、自己啓発本の世界において、「最大の努力をすべきか否か」という論争があるそうだ。私は基本的に努力するのは苦手だし、人に努力を強いるのもいやだ。
第一に無理をすると、なにごとも長続きしない。第二に人生というのは、かなり運に左右されると思っている。とりわけ運の要素が色濃くでてくるのは仕事である。
ところで運というのは、確率論に支配される世界かもしれない。基本的にサイコロのアナロジーが使えるかもしれないのだ。そこでは、サイコロを振る回数を増やすことが必要になってくる。勝ちも来る、負けも来る。その回数をできるだけ増やして、勝ったときにはそれを大事にし、負けたときにはくよくよせず忘れてしまうことにしている。
人生とは博打のようなものではあっても、博打ではないから大丈夫だ。本を買うほどのお金、人と会うほどのお金があればいい。
良質の本を読むのもそうであるし、また社内にだけ留まっているのではなく、社外の人たちと勉強会を行うことも、サイコロを振っていることになる。


私は常々「若さとは可能性の大きさであり、可能性の大きさとは残された人生における選択肢の数の多さである」と思っています。そして、年寄り」にならないために、選択肢をできるだけ潰さずに生きていくことを信条としています。

一方で、選択肢を数多く残すことは、いつまでも人生の「絞り込み」を行わないまま生きていくこととほぼ同義ですから、何の強みも持たない器用貧乏になってしまうんじゃないかと恐れを感じることもあります。
それでも選択肢を多く持つ/潰さないことを優先してきたのは、成毛さんの例えで言えば「サイコロを振る回数をふやし、運をつかみやすくする」ためだったのだと思います。

数多くの本を読むことは、運をつかみやすくすることに資する。先輩のこの言葉を聞けただけでも、最近迷いがちだった心が少し救われた気がします。
 

【電子書籍】iPadがやってきたから、もう一度ウェブの話をしよう ― 電子書籍は、有料メルマガに変わる“専門家のための新しい課金プラットフォーム”になっていくのかもしれない

 
iPhoneアプリ型電子書籍におカネを出して買うのは、この本で3冊目。
1冊目は、自分が共著者でもある『ITエンジニアのための契約入門』。
2冊目は、堀江さんの『拝金
そして3冊目がこの『iPadがやってきたから、もう一度ウェブの話をしよう』です。


梅田望夫 iPadがやってきたから、もう一度ウェブの話をしよう



電子書籍というと、まだ日本ではKindleもiBooksも(出版社との権利関係のいざこざもあって)普及していない中で、とかくアプリの見やすさ・使い勝手に目がいきがちですが、その点だけ言えば文字のサイズが変更できなかったり、インデックス、しおり機能がなかったりとイマイチな作り。しかし、その不便さを上回ってあまりある「電子書籍である意味」を追及したものになっています。

その1つが、とりあげているテーマのタイムリーさと洞察の深さの両立
iPad、iPhone、Kindleによって今まさに進行する世の中の変化を、本よりも早く、かつ雑誌よりも深く分析しています。校了から出版まで少なくとも2〜3か月かかる紙の本よりも、やはりネタが新鮮で、今聞きたいwebの未来の話を専門家の視点から聞きたいことが深く聞ける、そんなところに価値を感じます。

たとえば、なぜGoogleのアンドロイド陣営がスマートフォン市場で(端末数は売れても)覇権を握れない理由について、梅田さんの質問に対しゲストである中島さんが“往復書簡”という形式で答えているこんなところ。少し長くなりますが大変興味深いお話だったので、部分部分を引用させて頂きます。
モバイル・コンピューティングの市場はパソコンのような「どんなシーンでも使える汎用デバイス」が支配するのではなく、キンドルやブラックベリーのような特定用途のデバイスと、iPhoneやiPad(そして近いうちに出てくるだろうiOSを搭載したAppleTV)のような汎用ではあるけれどそれぞれのシーンで使い分けるようなデバイスとが混在しており、ウインドウズのように「ユーザーエクスペリエンスまですべてOSが提供」ということにはとても実現しにくいということです。
それに加えて、マイクロソフトとグーグルでは、誰が「最終的なユーザーエクスペリエンスの責任を持つのか」という部分ですいぶんスタンスが違うように思えます。アンドロイドの場合、HTCやソニーエリクソンのように独自のUIを載せるところまで出て来ています。(略)ウインドウズパソコンでは決して許されなかったことですが、「ユーザーエクスペリエンスの責任を持つのはメーカー」というスタンスのグーグルはそれを容認しています(これに関しては、最近になって少し軌道修正をかけようという試みが行われていますが、オープンソースの性質上、なかなかうまく行っていないようです)。
そんな今の状況を見ると、アンドロイド・デバイスは数だけは出るでしょうが、それが90年代にウインドウズが勝ち得たようなデファクト・スタンダードになれるか、というといささか難しいのではないかと私は見ています。

そして、このようなグーグルの戦略に対し、アップルの戦略がいかに優れているかを、共著者の中島さんならでは技術者の視点を交えて考察してくださっています。
アップルの戦略で私が賞賛しているのは、単に「自前のブラウザーを作る」だけでなく「Webkitをオープンソースにした」点にあると思います。
「ウェブの世界でリーダーシップの地位を築くには、スタンダードを決める立場にならなくてはならず、そのためにはその標準実装をオープンソースの形で提供しなければならない」と認識したアップルは、サファリを作っただけでなく、そのHTML描画エンジンであるWebkitをオープンソースにしたんです。その結果、HTML5/CSS3の主要な機能はアップルが提案した通りになったし、Webkitはモバイルの世界でのデファクト・スタンダードになりつつあります。
自らWebkitを作っているアップルには、当然Webkitの内部構造に詳しいエンジニアがたくさんいます(略)。オープンソースで提供されたWebkitを、その中身も良く理解する時間も与えられずに自社のデバイスに載せなければならない他のメーカーのエンジニアには、そこまでの余力も時間もありません。その結果、同じWebkitを搭載したアンドロイド端末のブラウザーがiPhoneのそれと比べてずいぶん見劣りがする、という状況になっています。
つまり、一見グーグルに比べて閉鎖的・独りよがりに見えるアップルだけれども、ユーザーエクスペリエンスのキモを握るブラウザの技術をオープンソースにするという戦略によって、今の優位性を築くことに成功したというわけです。なるほど、わかりやすい。

そして、電子書籍ならではの特徴の2つめが、読者との交流の要素・インタラクティブ性を備えていること。この電子書籍は、このアプリからのみアクセス出来るURL上で、発売後の今も梅田さんと中島さんの対談形式での記事がアップデートされ続けており、そこでは読者から寄せられた質問に梅田さんと中島さんが答えながら、ITとWebの未来が語られています。

s-IMG_1193s-IMG_1194

この電子書籍を体験して、これまで有料メルマガという“無形”のメールというスタイルで行われてきた専門家としての「洞察の提供」・「読者とのインタラクティブな交流/意見交換」に対する課金を、タイムリーかつ消費者が気持よくお金を払える電子書籍という“半有形“のパッケージに姿を変えて提供していくという手法への変化によって、電子書籍ならではの面白い取り組みができるのでは思った次第。

私自身も、電子書籍の次回作を検討する際には、そんな要素も意識的に入れてみたいと考えています。
 

アジアという生き物、そして華人というエネルギー源

 
この1週間、シンガポールに行ってました。

s-IMG_0177

s-IMG_0591

写真は3本の55階建て高層ホテル・カジノ施設の上に空中庭園とプールを乗せた(!)シンガポールの新しいシンボルタワー、マリーナ・ベイ・サンズと、その空中庭園から見下ろしたまだまだ開発途中のマリーナ地区。

月並みですが、アジアってやっぱり生き物の様に変わってる・成長しているんだな、と実感せざるを得ませんでした。最近の日本に居ては感じることのできない発展のエネルギーがそこには確かにあり、そしてそのエネルギー源は、間違いなく「中国」であることも。

9年前に初めて訪れた時、そして去年の今頃訪れた時からも変わり続けているシンガポール。特に私が一番感じる変化は、増え続ける高層ビルの本数もさることながら、街中に中国語が溢れるようになってきていること。耳を澄ませば聞こえてくるのは中国語ばかり、地域によっては店舗でも主言語であるはずの英語が通じず、中国語しか解さないところもあります。

事実、シンガポール建国の祖であり、現在は顧問を務めるリー・クアンユーは、最近こんなことを言っているそうです。

「2世代後には中国語が母国語になる」、初代首相が予言 ― シンガポール(レコードチャイナ)
リー顧問相は「2世代後には中国語がシンガポール人の母国語になっているだろう」と語り、「中国経済発展の影響が東南アジア地区でさらに拡大することに伴い、シンガポールが東南アジアにおける『中国センター』の役割を果たせるようになることを望む」と、中国語普及の重要性を示した。また、「(中国語の活用により)シンガポール企業が中国国内で確固たる地位を築き、中国に進出している海外企業の中で有利なポジションを獲得することを希望する」と語った。

英語を主言語とした多民族国家を標榜していた時代から、アジアとして決して無視することのできない華人という存在を上手く取り込み、中心に据え、香港をも飲み込む「第三の中国」ともいうべき国家に成長しようという戦略転換に、シンガポールは素直に反応しているのでしょう。

さて、私たち日本と私たち自身は、このアジアの胎動の中で何をエネルギー源にし、どんな生き物になるのでしょうか。
 

兼業成功者のインタビューに見た兼業の現実


兼業という働き方に関する堀江さんのこのブログエントリに、いたく共感するところがありまして。

「兼業」を嫌う日本人(六本木で働いていた元社長のアメブロ)
谷亮子が民主党から参院選に立候補するのに、同じくオファーを受けた高橋尚子は断ったから絶賛というのはまさに、悪しき日本人気質の象徴のようなものだ。別に二足のわらじのどこがいけないというのだろうか?

多くの日本人はサラリーマン専業しかやったことがない、あるいはひとつの職業に一生を費やすのが美徳だと思っている節がある。私も社長をやりながら選挙に出たら猛批判された。片手間でできるのか?と。今まで以上に働くということだ。みんなが休日で休んでいるときも働き、のんべんだらりとテレビの下らないバラエティ番組を鼻くそほじりならが見ているときも、ずっと働くということだ

今いる会社(人材サービス業)に入ってこの数年間、長期雇用という安定と引き換えに1つの会社に束縛される「サラリーマン」という働き方をなんとか変えられないかと考えてきた私。

その一つの選択肢として結構最近まで有力候補にしていたのが、「兼業雇用をもっとメジャーにして、1つの会社に依存しないスキルと収入源を得られるようにし、ゆるやかに雇用の流動化を図っていく」というシナリオでした。考えだした最初の頃は、1社雇用前提にした法制度が障害になるのだろうと考え、こんなエントリもあげてみたりしたのですが、色々調べていくうちに、そういった法制度の問題とは全く違う観点での難しさを痛感させられた次第。

何が難しいかというと、時間です。兼業の成功者たちは、堀江さんが言うように、とにかく寝てない・休んでないんですよ。

その証左として、例えばこの本。

ハイブリッドワーカー 会社勤めしながらクリエイティブワークする


インタビューに登場する6名の方々のほとんどが、昼間のサラリーマン・OL業を“生活を維持するための手段”としてできる限り軽く・短くし、それ以外の時間を“本当に好きな仕事”に当てることで、成功を手にされているんですが、その代わりに、端的に言えば倒れそうになりながら働いてます。睡眠時間2時間が当たり前とか・・・。家族の時間も犠牲にして。ワーク・ライフ・バランス?何・そ・れ?です。

この現実を見せられてしまうと、所帯持ちの普通の「サラリーマン」が、兼業と聞いて「いいなあ、そんな働き方してみたいなあ」と思ってくれそうもありません。

代替策として、
・月水金はA社
・火木土はB社
と出勤日をキレイに2つに分けられたとしても、結局仕事(顧客)は1社のときより増え、次の出勤日まで待っているわけで、専業よりも追われる感じが強くなる状況からは、どうあがいても逃げられないんだろうなあ。

会社とビジネスパーソンとの健全な関係構築を目指す私にとって、貴重な選択肢の一つかに思えた「兼業雇用のメジャー化による緩やかな雇用の流動化」というアイデアが、ますます非現実なものに思えている今日この頃です。

じゃあどうすればいいのかは、目下鋭意検討中でございまして。。。
 
記事検索
月別アーカイブ
プロフィール

はっしー (Takuji H...