企業法務マンサバイバル

ビジネス法務に関する本・トピックのご紹介を通して、サバイバルな時代を生きる皆様に貢献するブログ。

法務

FacebookがOSS規約に設定した「非係争義務」

 
Facebookが、「私たちが作ったOSS(オープンソースソフトウェア)を使うなら私たちに対して特許訴訟するな。したら使えなくするぞ」という、いわゆる“非係争義務”を利用規約に入れてOSSを提供している問題が、エンジニアのみなさんの中で話題になっているようです。私自身は @katax のつぶやきで知りましたが、私の所属企業のエンジニアの間でも話題になっていたようでした。


背景含めて経緯をわかりやすく解説して下さっているのがこちら。

Facebookの特許条項付きBSDライセンスが炎上している件について
Facebook発のOSSを多用して自社プロダクトを構築し商売している場合、事実上Facebookに特許訴訟をすることは出来なくなる。Facebookの訴訟をした時点で、Facebook発のOSSを使う権利を失ってしまうからだ。実際、Googleを初め、社内でFacebookのOSSを使うことを禁じている会社がいくつもある。

問題の非係争義務を定めている条項がこちら。

react/PATENTS at master - facebook/react - GitHub
Facebook, Inc. ("Facebook") hereby grants to each recipient of the Software ("you") a perpetual, worldwide, royalty-free, non-exclusive, irrevocable (subject to the termination provision below) license under any Necessary Claims, to make, have made, use, sell, offer to sell, import, and otherwise transfer the Software. For avoidance of doubt, no license is granted under Facebook's rights in any patent claims that are infringed by (i) modifications to the Software made by you or any third party or (ii) the Software in combination with any software or other technology.

The license granted hereunder will terminate, automatically and without notice, if you (or any of your subsidiaries, corporate affiliates or agents) initiate directly or indirectly, or take a direct financial interest in, any Patent Assertion: (i) against Facebook or any of its subsidiaries or corporate affiliates, (ii) against any party if such Patent Assertion arises in whole or in part from any software, technology, product or service of Facebook or any of its subsidiaries or corporate affiliates, or (iii) against any party relating to the Software. Notwithstanding the foregoing, if Facebook or any of its subsidiaries or corporate affiliates files a lawsuit alleging patent infringement against you in the first instance, and you respond by filing a patent infringement counterclaim in that lawsuit against that party that is unrelated to the Software, the license granted hereunder will not terminate under section (i) of this paragraph due to such counterclaim.

Facebookのように著名でおカネを持った会社になると、その代償として、特許トロール的なものも含めた知財訴訟対応に日々煩わされることになります。そうした訴訟の手間やコストを削減するための1つのテクニックが、こうしたライセンス契約に非係争義務を設定するという手法です。実際、本件について見解を述べたFacebookの声明でも、“As our business has become successful, we've become a larger target for meritless patent litigation. (中略)We believe that if this license were widely adopted, it could actually reduce meritless litigation for all adopters, and we want to work with others to explore this possibility.”と、有名税として訴訟のターゲットにされることにもう疲れたので…みんなこうやって仲良くしませんか、といった心情が吐露されています。 おそらく、数百人はいるであろう知的財産部門のパワーの半分ぐらいが、こうした訴訟対応に費やされているのではないでしょうか。


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ところが、知的財産権のライセンス契約の中でこうした非係争義務を課すことについては、健全な競争を阻害するものとして、法的に問題となる場合があります。公取の知的財産ガイドラインをみてみましょう。

知的財産の利用に関する独占禁止法上の指針(公正取引委員会)
(6) 非係争義務
ライセンサーがライセンシーに対し,ライセンシーが所有し,又は取得することとなる全部又は一部の権利をライセンサー又はライセンサーの指定する事業者に対して行使しない義務(注17)を課す行為は,ライセンサーの技術市場若しくは製品市場における有力な地位を強化することにつながること,又はライセンシーの権利行使が制限されることによってライセンシーの研究開発意欲を損ない,新たな技術の開発を阻害することにより,公正競争阻害性を有する場合には,不公正な取引方法に該当する(一般指定第12項)。
ただし,実質的にみて,ライセンシーが開発した改良技術についてライセンサーに非独占的にライセンスをする義務が課されているにすぎない場合は,後記 (9)の改良技術の非独占的ライセンス義務と同様,原則として不公正な取引方法に該当しない。
注17 ライセンシーが所有し,又は取得することとなる全部又は一部の特許権等をライセンサー又はライセンサーの指定する事業者に対してライセンスをする義務を含む。(P23)

こうした独占禁止法上の問題とならないよう、通常は、ライセンシー(今回のケースで言えばFacebookのOSSを利用する立場の事業者)が契約締結時点で保有している特定の特許権だけを非係争義務の対象にするとか、ライセンスした技術を改良して発生する将来の特許権に限定するなど、一般的なクロスライセンスの限度に留まるように非係争義務の条項をドラフティングします。

しかし、今回のFacebookの非係争義務の書きぶりはそうした限定がほとんどなく、この範囲を超えているようにも思われます。そしてそれは、Facebookとしても法的リスクは意識した上で、明確な意志をもって踏み込んでそうしているように見えます。多大なコストをかけて開発した技術をオープンソースとして広く提供しているのだから、それ相応の見返りの1つとして、合意の上で訴訟コストを下げさせてもらってもいいじゃないですか、この考えに合意できなければ当社のOSSを使わないでいただければそれで結構、という意志です。


私はエンジニアではないので、現在のOSSコミュニティにおいてFacebookがどの程度影響力を与えているのかは正確には分かりません。しかし、Facebookの声明に滲み出る熟慮の末の対応というニュアンスを見るにつけ、今後のOSSの契約実務、さらにはインターネットサービスの契約実務においても、これに倣うような事業者が出てくるのではないかと感じました。
 

【本】『ファイナンス法大全(上)〔全訂版〕』― 業法による規制に専門家はどう向き合うべきか


西村あさひ法律事務所の掘越先生・本柳先生よりご恵贈いただきました。ありがとうございます。





14年振りの改訂ということで、金融業界隈の方々はきっと首を長くしてお待ちになっていたのではないでしょうか。金融業界でない新興ベンチャーを転々としている私のような者にとっても、IPOやストックオプションの法務にはじまり近年では投資契約やファンド法などにも関わるようになってきた時代ですので、このあたりの規制を概観できる文献がアップデートされるのは大変ありがたいことです。


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業法の中でも最も法律が複雑に絡み合い、論点も枚挙に暇がないファイナンス分野。しかも本書は、中国・香港・シンガポールといったアジア金融マーケットの法律も出来る限りカバーしようという意気込みと相まって、この上巻だけで1200ページを超えるボリュームとなっています。さすがに各論点の詳細については本書脚注等で引用されるそれぞれの専門書に譲っている部分も少なくありませんが、それがかえって関連規制を概説するための必要最低限の情報量に留める効果をもたらし、その分野の専門書を読んでいても頭に入ってこなかった各法の骨子や規制にいたる背景が、かえって分かりやすく見えてくることと思います。

業法ならではの、明文化されていない監督官庁独自の運用ルールについても、
「筆者らにおいて金融庁に確認したところ、・・・記載が紛らわしかったかもしれないとのことであった」
「・・・を・・・とする方式もいずれも受理されているようである」
といった“実務”に即した言及が随所にあるところなどは、この分野の業法規制とその運用の恣意性に苦しむクライアントに寄り添ってサポートしてきた経験豊富な先生方が書かれていることを感じさせます。


そういった、業法の実務において交わされる当局との対話・対応の積み重ねの重要性について、序章に書かれたこの一節が、私の胸にチクリと刺さりました。

今日金融関連の規制は複雑かつ重層化して金融機関の自由な活動の足かせになっていることは事実であるが、規制そのものを問題視するのではなく、マーケットのニーズを十分に汲み取った予測可能性と実効性を備えた適切な規制であることこそが必要であるとの認識が必要であろう。あるべきファイナンス・ロイヤーの姿勢は、規制と向かい合い、当局との話し合いを積み重ね、あるべき方向と既存の法規制や法理が単純な論理の組立てでは相容れないときに、それを喝破する新たな解釈や論理を構築することであろう。(P14)

私の属する業界内で、とある規制が強化されようという動きが突如発生したときのこと。「自社は巻き込まれたくない」「ここは静かにしていたほうが目をつけられずに済むのでは」という思いから、多くの企業側関係者が当局とは距離を置いた姿勢をとる中で、私の知人が規制当事者の懐に飛び込み、自身が所属する会社のみならず業界団体をも巻き込んで交渉し、時に腹芸も交えながら、業界全体にとってプラスとなる落としどころを引き出していく姿を目の当たりにしました。それはまさに、規制を陰で批難するだけではなく向かい合って喝破していく渉外マンの姿でした。


近年、法務パーソンがそのキャリアを発展的に分岐させる道のひとつとして、ロビイングを含む官公庁や業界団体との渉外業務領域に注目が集まっているように感じています。そういったところに飛び込んで得たい結果を得るためには、情報収集力・人脈力・胆力もさることながら、このような「喝破する新たな解釈や論理を構築」するだけの緻密さを備えなければと、序章の一節に知人の行動を重ねながら考えています。
 

【本】『企業訴訟実務問題シリーズ システム開発訴訟』― リサーチするならウエストローは必須かも


著者のお一人、田中浩之先生からご恵贈いただきました。ありがとうございます。


システム開発訴訟 (【企業訴訟実務問題シリーズ】)
飯田耕一郎・田中浩之著
中央経済社
2017-07-01



森・濱田松本法律事務所におけるIT分野のスペシャリストである飯田耕一郎先生と田中浩之先生による、システム開発訴訟の判例まとめ本。この「企業訴訟実務問題シリーズ」、本書を頂くまでこのシリーズの存在自体に気づいていませんでした(汗)。総論/会社法/証券/消費者契約/労働/税務/独禁法/環境/インターネット/システム開発の分野ごとに1冊ずつ計10冊、そのすべてを森濱の先生で分担して書かれているんですね。その最終巻となるのが本書とのことです。

200ページ足らずの少なめボリュームから想像されるとおり、計48の判例を主な紛争発生ポイントごとに分類したうえで、要点をコンパクトにまとめて紹介しながら、そこに共通するリスクポイントを抽出して解説していくオーソドックスなスタイル。システム開発分野の判例を総ざらいしたいというニーズに焦点をあわせて、無駄な情報を一切排除しているのが特徴的です。

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システム開発の法的リスクに関する実務書として著名なものとして、計96の判例を整理した松島・伊藤著『システム開発紛争ハンドブック』があります。あちらで抽出されている判例との被りぐあいを見てみると、
・松島・伊藤本には掲載されているが飯田・田中本に掲載されていない判例 50件
・飯田・田中本には掲載されているが松島・伊藤本に掲載されていない判例 32件
でした。1年弱の後発であることももちろんあるものの、飯田・田中本は、昭和の地裁判決をあえて切り捨て、平成以降の近時判例の傾向を抑えることに割り切ることで、少ない紙幅に情報を詰め込んでいるなという感じです。

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それにしても、こう見ると公刊物未登載・ウエストローでしか見られない裁判例の多さが目につきます。2014年に開催した第3回法務系ライトニングトークで、サイ太先生に登壇していただいた際にも判例DBそれぞれの特徴を解説いただき、ウエストローは登載件数に強みありとお伺いした記憶がありますが、リサーチをきっちりやろうと思うと判例秘書のみでは厳しいんだな、ということを改めて認識させられます。
 

法律のプロ達が語る「制作」と「製作」の使い分け


コンテンツビジネスにかかわる方なら一度ならず意識したことがあるはずの、「制作」と「製作」の使い分け。契約書における頻出用語でもありますね。

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とりあえず、広辞苑を引いてみると、こう書いてあります。

【制作】
…蠅瓩弔ること。かんがえ定めること。美術作品や映画・放送番組・レコードなどをつくること。また、その作品。「―物」
【製作】
ものをつくること。また、つくったもの。「―所」

はっきりとそう書いてあるわけではありませんが、つくってできあがるものが無形か/有形かで使い分けるという考え方のようです。ネット上で検索しても、この広辞苑の定義をコピペしたような解説記事が多数ヒットします。しかしみなさんもお気付きのとおり、コンテンツ関連の契約書で実際に使われている実態を思い浮かべてみると、有形なものに制作を使う/無形なものに製作を使うケースは多々あるわけで、この広辞苑の区分基準はあまり役立ちそうにありません。

そこで蔵書をあさってみたのですが、権利関係が多分に絡むコンテンツを取り扱う仕事をするにあたって、どういう基準でこの「制作」と「製作」を使い分けるべきかについて、法律家・実務家が考え方をはっきりと整理・記述している文献が、意外に多くないことに気付きました。


法律家が書いた文献を探してみた


そこでまず、その数少ない法律家・実務家が「制作」「製作」の使い分けについて述べた文献をピックアップし、列挙してみることにします。


まずは、日本組織内弁護士協会編『契約用語使い分け辞典』より。

契約用語使い分け辞典
新日本法規出版
2011-08-30


「製作」は、道具・機械等の物品を作ること。
「制作」は、放送番組や芸術品を作ること。(P365)

おおっと、広辞苑そのままですね…(汗)。契約用語の使い分けとしてこういう部分で迷うことはないですし、ぼやけた回答のように思われます。


著作権法の基本書中の基本書、中山『著作権法第2版』では、こう。

著作権法 第2版
中山 信弘
有斐閣
2014-10-27


映画には、『製作』という語と『制作』という語が用いられているが、具体的な映画著作物を作ることを「制作」と呼んでおり(16条)、映画という著作物の制作に発意と責任を有する者を映画製作者と呼んでいる(2条1項10号・29条) (P217)

こちらは、映画の著作物に関する著作権法の条文に絞った解説となっています。もう少し、業界慣習のニュアンスも欲しいところ。


コンテンツ業界にお詳しい法律家による、内藤・升本著『映画・ゲームビジネスの著作権第2版』ではどうでしょうか。



映画やテレビ番組の業界ではよく「コロモヘンのついたセイサク」という言葉を使います。つまり、「制作」と「製作」の違いを「衣へん」の有無によって区別した言葉です。つまり、自分たちは「コロモヘンのついたセイサク」をやっているという場合には、それは、「自分たちが現在つくっている映像は、他人からの請負仕事ではなく、自分たちが一部の製作費を出資している、あるいはその他の理由によって、報酬請求権(出資に対するリターンを含む)を得られることになる」という意味です。反対に「コロモヘンのつかないセイサク」とは、他社からの単純な請負制作で、報酬請求権にはかかわらない制作作業、ということで(もっとも、最近は「コロモヘンのつかないセイサク」でも成功報酬という名の報酬請求権を得る事例は散見されます。)。(P162-163)

そうそう、こんな感じの答えを求めてました。ただ、“「制作」は単純請負制作”という部分については、そうでもないケースもあるように思われますね。


少しマニアックな絶版本ですが、『ビジネス著作権法』にこんな記述が。

ビジネス著作権法
荒竹 純一
産経新聞出版
2006-09


著作物を作成する創作活動を「制作」といい、発案、企画、資金調達などをしながら作成を主導する活動(プロデュース業務を担当しながら著作物の完成を主導する活動)を「製作」という。(P174)

おお、これはかなり私の中の感覚にフィットする定義です。


こちらは書籍ではありませんが、経済産業省(TMI総合法律事務所)編「コンテンツ展開の契約に関する報告書」より。

「コンテンツ・プロデュース機能の基盤強化に関する調査研究」(経済産業省編)は、「“製作”とは企画開発の段階から、資金を集めて作品を作り、それを商品に変え、様々なビジネスを通じて利益を上げていく、その全過程を指すもの」であり、「製作費を集めた後にやるのが“制作”のプロセスである」と説明する。要は、コンテンツ展開を含めたプロジェクト全体が「製作」であり、そのプロジェクトにおいて発生する個別のプロセスが「制作」であると理解しておけば足りるであろう。

これも私の認識に近い記述です。ただし、製作費を集めた前に制作をするケースもあるのではないかなと思います。


自分の言葉で整理してみた


以上を踏まえて、業界慣習に含意されるニュアンスと、著作権法上の使い分けの両方を満たすような形で定義できないかと考え、整理してみました。

「制作」
ある特定領域のコンテンツまたはそのパーツを自ら作ること。
制作したコンテンツが著作物に該当することになれば、職務著作などの例外を除き原則として自己(制作者)に著作権が帰属する。
「製作」
多数当事者が制作したコンテンツをさらに統合してコンテンツを作ること。パーツとしてのコンテンツに不足がある場合、その不足部分を自ら制作して補充することを含む。
製作したコンテンツは基本的には著作物に該当し、その著作権は映画の著作物であれば著作権法第29条により映画製作者に帰属、それ以外の著作物についてはケースバイケースで合意して権利帰属を決める。

私自身はこのような整理でこの二つの語を捉えています。ですから、契約書で「制作」を使う文脈では、その条項の主語となっている当事者に制作物の権利が帰属する前提を強く意識しますし、逆に「製作」を使う文脈では、映画の著作物でないものについては契約書の中で多数当事者間での権利処理をしなければならないことを意識する。そんな感じです。


他の文献でこの使い分けについて述べているものが見つかれば、また追記していきたいと思います。なお、このエントリをまとめる途中で、現在駐仏されお仕事と研究にいそしまれている@NakagawaRyutaro先生にこのことについて質問させていただいたところ、遠いパリからものすごい反射速度でいくつかの文献での記載を教えていただき、さすがプロだなと感服(ありがとうございました)。もっとシャープで腹落ちする定義が明文化された信頼できそうな文献をご存知でしたら、みなさまからもコメント欄で教えていただけると助かります。
 

2017.8.10追記

@rsyaoto さんよりtwitterで情報提供をいただき、経済産業省(TMI総合法律事務所)編「コンテンツ展開の契約に関する報告書」を追記しました。
 

日本版PEO(共同雇用)制度と労働者派遣法第35条の5・第40条の9(追記あり)

人材業界の有識者たちが、「これって法的に大丈夫なの?」とざわついているのがこのニュース。

従業員を転籍、元の職場に派遣 リンクトブレイン(日本経済新聞)
人材派遣のリンクトブレイン(東京・千代田)は顧客企業の従業員を部門やプロジェクト単位で転籍させ、派遣社員として元の職場に送り込むサービスを始める。従業員には転籍前と同額の給与を保証する。利用企業は人件費を変動費にできるほか、派遣人材の質に悩まされなくなる。事業再編のペースが速いIT(情報技術)業界やゲーム業界での利用を見込む。
人材会社が人事管理や教育を受託する米国のPEO(共同雇用)制度を参考にした。米国のPEOは日本の職業安定法に抵触する可能性がある。しかし「労働者派遣の仕組みを使えば職業安定法の『労働者供給事業の禁止』を離れて日本でもPEOと似た人材サービスが可能」(アンダーソン・毛利・友常法律事務所の上田潤一弁護士)という。
日本版PEOの導入では、リンクトブレインは顧客企業と最短で12カ月間の契約を結ぶ。契約期間の終了後、顧客が契約更新を断れば、リンクトブレインは派遣社員を別の企業に送り込む。

PEO(Professional Employer Organization 共同雇用)制度を日本にもってくるというアイデアについては、2008年8月に当ブログでもご紹介したことがあります。しかし、実際にそれをサービス化したのは、本邦初なのではないでしょうか(この点について追記)。

共同雇用=元企業・PEO会社双方との二重の雇用関係を維持する米国版PEOをそのまま日本において実施すると、職業安定法第44条で禁止される労働者供給事業に該当し、違法となります。そこで、本人の同意のもとPEOサービス提供企業に転籍をさせ(つまり元企業との雇用関係は切断させ)た上で、特定労働者派遣に切り替えるスキームで元企業に派遣労働者として派遣する手法ならば適法となるのでは、と考えられていました。記事中の「顧客企業と最短で12カ月間の契約」などの記載から、リ社もこのスキームを前提としているように見えます。

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しかし、従来は可能と思われたこの特定労働者派遣切替スキームを使った日本版PEOも、その後、2012年の労働者派遣法改正で導入された第35条の5と第40条の9により、原則禁止されるに至っています。

(離職した労働者についての労働者派遣の禁止)
第三十五条の五  派遣元事業主は、労働者派遣をしようとする場合において、派遣先が当該労働者派遣の役務の提供を受けたならば第四十条の九第一項の規定に抵触することとなるときは、当該労働者派遣を行つてはならない。
(離職した労働者についての労働者派遣の役務の提供の受入れの禁止)
第四十条の九  派遣先は、労働者派遣の役務の提供を受けようとする場合において、当該労働者派遣に係る派遣労働者が当該派遣先を離職した者であるときは、当該離職の日から起算して一年を経過する日までの間は、当該派遣労働者(雇用の機会の確保が特に困難であり、その雇用の継続等を図る必要があると認められる者として厚生労働省令で定める者を除く。)に係る労働者派遣の役務の提供を受けてはならない。

例外としてカッコ書きされる「厚生労働省令で定める者」とは、60歳以上の定年再雇用者が前提のかなり狭い範囲に限られています。この条文の追加により、現状日本でPEOサービスを提供しまたは提供を受けるのは、ほぼ不可能となってしまったように思われます。

個人的には、規制緩和と強化の間をフラフラしながら「働き方改革」なるどっちつかずの標語を掲げて混迷を深めている日本の労働行政にも様々問題はあるように感じているのですが・・・。条文上は何らか抵触してしまいそうなリ社のこのサービスが何か別の解決策を用意しているのか、また行政がどのような反応をするのか、続報を待ちたいところです。
 

2017.8.6 10:00追記

株式会社アウトソーシングとその子会社株式会社PEOでも、日本版PEOをサービスとして提供しているようです。twitterのたにやんさんのつぶやきで知りました。



 
 

賞金制eスポーツ大会の開催を阻む6つの法律


日本が誇る対戦型TPSゲームのシリーズ最新作『Splatoon2』が発売され、下馬評どおり売れ行きは好調、Nintendo Switch本体も入手困難と言って過言ではないすさまじいペースで売れているようです。

私も前作のWiiU版『Splatoon』には大いにハマったクチで、2015年秋〜2016年にかけて数百時間をこのゲームに費やしました。Switchももちろん『Splatoon2』のために早速購入。据え置き機のWiiU版と違い、持ち運んでいつでもどこでも手軽に対戦できるSwitchの誘惑と日々戦っています。こんなに時間を食われることになるなら、Splatoonと出会わなかったほうが幸せだったのかも…と思ってしまうぐらいに、何時間でもやり続けてしまう面白さがあります。



さて最近、この『Splatoon2』に限らず、PC・コンシューマーゲーム機・携帯型ゲーム機・スマートフォンでプレイできる上質な対戦型ゲームが次々にリリースされ、さらにその対戦プレイの様子を実況する動画の人気も高まっています。それもあってでしょうか、こういった対戦型ゲームをスポーツ競技のように捉え、プロゲーマーを賞金付きで集めて行う「eスポーツ」大会と、そういった大会に課せられる法規制の解説記事を多く見かけるようになりました。

隆盛「eスポーツ」に法の壁 賞金たった10万円 (日本経済新聞)
「景表法に触れなければ、いくらでも高額賞金大会が開けるのだが……」
カドカワが3日付で設立したゲーム子会社、Gzブレイン(東京・中央)の浜村弘一社長は嘆く。ゲーム情報誌「ファミ通」で長く編集長を務め、複数のeスポーツ関連団体の役員も務める浜村氏は「eスポーツはゲームの面白さそのものが大きく変わり、新たな収益機会を生み出せる」と期待する。一方で、日本市場は諸外国に比べると出遅れているという。理由として「eスポーツの主流であるパソコン上のゲームがそれほどなじみがなかったこともあるが、それ以上に大きかったのが景表法の壁だろう」と話す。

「レインボーシックス シージ」公式世界大会で日本人だけ賞金を受け取れない「おま賞金」発生 その理由とは(ねとらぼ)
フランスのゲームメーカー、ユービーアイソフトが開催する、FPS「レインボーシックス シージ」世界大会で、なぜか日本人が優勝した場合のみ賞金を受け取れないという規定があり、ゲームファンの間で物議をかもしています。
「日本の法律の都合上」という部分について、これが何の法律のことを指しているのか聞いてみたところ、「専門家と相談した結果、今回の世界大会は景品表示法(以下、景表法)に抵触する可能性を否定できないと判断いたしました」と回答。ただ、具体的に景表法のどの部分に抵触するのかについては、「この質問に関しましては、弊社からの回答を控えさせていただければと思います」とのことでした。

これらの記事では、どうしても景表法にばかりスポットライトが当たっていますが、賞金制eスポーツ大会を開催するには、景表法以外にもいくつかの法律が関係し障害となっています。そのすべてを網羅的にまとめた記事があまり見られないので、それぞれの分野に詳しい方が解説してくださっているサイトをリンク集的にピックアップしつつ、足りない部分を私のほうで補足してまとめてみました。


1.刑法


eスポーツ大会の開催にあたって、参加者から参加費を徴収して優勝者の賞金原資とすると、「刑法」第185条から187条に定める賭博罪・賭博開帳図利罪・富くじ罪等の問題となり得ます。
過去、賞金制麻雀大会を開こうとした団体が警察庁から指導を受け、取りやめた事案も実際に存在します。
一方、参加者がお金を払わず、スポンサーだけが賞金を提供する場合は、少なくともこの賭博罪等刑法上の問題は無くなり、過度に萎縮する必要はないと述べる専門家も少なくありません。

▼賞金付ゲーム大会と賭博罪
http://ameblo.jp/gamblelaw/entry-12112183111.html
▼日本で高額賞金のかけられたゲーム大会が開催されないのはどうしてなのか?法的観点から考えてみる
http://www.gamer.ne.jp/news/201512120002/
▼マージャン全国大会「待った」 参加費から賞金は賭博?
http://www.geocities.co.jp/Athlete-Sparta/3989/news/n2004_03_24.htm


2.風俗営業等の規制及び業務の適正化等に関する法律


ゲームセンターの営業は、風俗営業等の規制及び業務の適正化等に関する法律第2条1項5号により規制対象とされていることに加え、この5号営業を行う営業者が遊戯の結果で賞金を提供することは、同法23条2項で禁止されています。
eスポーツ大会の開催がこの5号営業に当たるか否かは、風俗営業等の規制及び業務の適正化等に関する法律施行規則第3条に定める“遊戯設備基準”と、同法第7条に定める“施設の構造及び設備の技術上の基準”に抵触するかかポイントとなりますが、論点になるのは特に後者で、会場を見通しが効く明るい場所とできるかどうかなどが問われることになります。
以下では、改正前の風営法の条文に基づき解説したものを、ご参考までにご紹介します。ここで2条1項8号の営業とある部分が、現行法では5号と整理されています。

▼賞金・賞品付き大会と法律
https://www46.atwiki.jp/xboxcodsearch/pages/35.html
▼日本で高額賞金のかけられたゲーム大会が開催されないのはどうしてなのか?法的観点から考えてみる(再掲)
http://www.gamer.ne.jp/news/201512120002/
▼風営法について考える風営法のひろば
http://cozylaw.com/fu-teki/kihon/005-06.html


3.不当景品類及び不当表示防止法


冒頭述べたとおり、最近のメディアでeスポーツ大会開催の最大の足枷として扱われているのがこの不当景品類及び不当表示防止法、通称景表法です。第4条により、内閣総理大臣が景品類の提供に制限を設けることができるとされ、取引に付随して特定の行為の優劣を争わせて景品を提供することについて、最高額(10万円)と総額(売上予定総額の2%)の金額上限を課しています。
eスポーツとの関係で論点となるのは、eスポーツ大会で勝つ=賞金を得る目的でそのもともとのゲームに関する購買取引が誘引される・取引付随性が発生しているかどうかです。普段そのゲームをお金を払ってプレイしていれば大会に優勝しやすくなるのであれば、<大会の賞金>が普段のゲーム取引の<景品類>とみなされてしまう、というわけです。したがって、ゲームを有料課金でプレイするユーザーが大会で賞金の提供を受けることが容易であれば、当該eスポーツ大会での賞金提供は景表法違反となる可能性が高く、そうでなければ(つまりゲームでの有料課金がeスポーツ大会での勝利を容易にするものでなければ)景表法違反とならない可能性が高いということになります。
この点、カジノビジネスの専門家である木曽崇氏が、ノーアクションレターという形で消費者庁に細かいケース分けをした問い合わせをされその回答をブログにまとめてくださっており、参考になると思います。

▼賞金制大会を巡る法的論争、消費者庁からの公式回答アリ
http://blog.livedoor.jp/takashikiso_casino/archives/9355204.html
▼賞金制大会を巡る法的論争、消費者庁からの公式回答アリ(その2)
http://blog.livedoor.jp/takashikiso_casino/archives/9355119.html
▼総括:賞金制ゲーム大会を巡る法的論争
http://blog.livedoor.jp/takashikiso_casino/archives/9356604.html


4.著作権法


eスポーツに用いられるゲームは当然に著作物となりますので、著作権者の許可なく用いれば著作権法第22条の2の上映権その他の権利を侵害することになります。
過去には、ホテル内でのゲームソフト貸し出しでゲームメーカー側から刑事告訴まで踏み切られた事例もあるようです。
もちろん、著作権者自身がeスポーツ大会を開催したり、著作権者から許諾を得て開催すれば、この問題は生じません。

▼著作権違反:ホテルでゲームソフトを無断貸出、会社役員を逮捕
http://www2.accsjp.or.jp/criminal/2010/1030.php


5.民法


法律上の規制というよりはゲームメーカーとの契約上の制限ではありますが、そのゲームの利用規約において当該ゲームを利用した大会・イベント等の無許諾実施を禁止している場合、民法第415条の債務不履行に基づく損害賠償責任や第703条の不当利得返還義務が発生する可能性があります。
例えば、私が好きなFPSゲームであるBattelefiledシリーズを開発・運営するElectronic Arts社の利用規約には、

6. 行動規範 お客様がEAサービスにアクセスし、またはこれを使用するとき、お客様は以下のいかなる行為も行わないものとします:
(略)
EAが管理および許可していない何らかのサービス上で、または当該サービスを通じてEAサービスを利用しようとする事。

との記述がありました。このような記述は多くのゲームにもみられるものです。
著作権法同様、ゲームメーカー自身がeスポーツ大会を開催したり、許諾を得て開催すれば、この問題は生じません。

▼ELECTRONIC ARTSユーザー契約
http://tos.ea.com/legalapp/WEBTERMS/US/ja/PC/#RulesofConduct


6.出入国管理及び難民認定法


大会にプロゲーマーを職業人として参加してもらうにあたって、出入国管理及び難民認定法および出入国管理及び難民認定法第七条第一項第二号の基準を定める省令により、興行の在留資格(興業ビザ基準省令3号)が必要になりますが、これが発給されない可能性があります。スポーツ競技はトッププレイヤーが集まるからこそ面白いわけで、これは地味に影響のありそうな法律です。
日本でプロゲーマーのビザ発給が問題になった実例はまだ無いようですが、以下リンクでは、外国で実際にあった事例について弁護士がコメントしています。

▼eSportsにおける法律問題
https://www.redbull.com/jp-ja/interview-with-esports-lawyer-jas-purewal-2017-15-04
▼日本初、海外プロゲーマーに“アスリートビザ”発行へ 「プロスポーツ選手と認められた歴史的な出来事」
http://www.itmedia.co.jp/news/articles/1603/30/news137.html


結論:現状は、純粋な賞金制eスポーツ大会の開催はかなり困難


以上をあわせ読むと、賞金制eスポーツ大会を開催するには、
・刑法上問題にならないよう、第三者のスポンサーを集め、
・風営法上問題にならないよう、健全な環境が確保できる場所を用意し、
・景表法上問題にならないよう、ゲームの有償課金要素が勝敗に関係ないようにし、
・著作権法・民法(利用規約)上問題とならないよう、ゲームメーカーの許諾を得て、
・入管法上問題とならないよう、日本人かビザが間違いなく下りる外国人選手だけを集めて
といった何重もの対策を施さなければならず、かなりの困難を伴うことが分かります。そんな中で、優勝賞金3,000万円という大会を開催されているミクシィさんの取り組みなどは大変なチャレンジで、頭が下がります。

景表法は世界主要国の類似法制と比較してもダントツに(必要以上に)制約が強いので、消費者の不利益とならないものについては告示・運用基準の改正を検討するとか、風営法に関しても、事前の警察への届出などの手続きを踏むことで認めてみるとか、この二法の運用を少し見直してみるだけでも、賞金制eスポーツ大会の開催はかなりラクになるはずです。
 

【本】『民法(全)』ー 新民法への上書き作業をスタートしました


ついに、重い腰を上げて、自分の頭の中の民法(債権法)のアップデートを始めました。





6月2日に公布され、2020年6月2日までに施行されることが決定した改正民法。3年前に『条文から分かる 民法改正の要点と企業法務への影響』を読んで以降は、頭の混乱を避けるために(という言い訳で)あえて新法に関するインプットを避けてきましたが、観念して知識の上書きを開始。最初の土台づくりとしてどの本がいいだろうか?と検討して選んだのが、この潮見先生の本です。


私は、まず本書を各章ごとに通読し、それが終わったら対応する箇所の判例六法プロのiPad版で新設条項を中心に素読みして(判例六法プロの民法改正案織込み条文では、新設条項がわかるよう明示されています)、新法独特のフレーズを条文から抜き出しアプリ上のふせんにメモを作りながら、あらためて関連部分をまた本書で読み直す、というような作業をやってみました。

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改正後の新法前提に書かれたこの本では、改正前の旧法との比較に言及した記述は最小限にとどめられています。それでも、要所要所では以下のような旧法との対比に基づく解説があります。

▶︎旧法 634条1項ただし書きは、「瑕疵」(新法のもとでの品質に関する契約不適合に相当する)が重要でなく、かつ、修補に過分の費用を要する場合には、修補請求をすることができない旨を定めていた。しかし、新法はこの規定を削除している。これは、この場合(〔重要でない瑕疵〕 × 〔過分の費用〕事例)は、 412条の2第1項にいう「不能」にあたると考えられたからである。したがって、新法のもとでは、「契約不適合が重要でなく、かつ、追完に過分の費用を要する場合」には、追完が「不能」であると解すべきである。(P451-452)


民法の概説書としてはもっともコンパクトな部類に入る本であり、各論点に深く突っ込んだものではありませんが、おかげでかえって混乱なくスイスイ読み進めることができ、だいぶ視界が晴れてきた気がします。全体を見渡しての最初の感想としては、やはり約款規制対応は不可避だなということと、そして組合契約において新設条項が思っていたより多くかつ重みのある規律がなされていて、投資組合・JV案件に地味に影響がでそうだなと。

【雑誌】サイゾー 2017年6月号 ― 音楽・映像ビジネスにかかわる著作隣接権を理解するための業界構造基礎知識

 
久しぶりの雑誌紹介。しかも法律雑誌ではなく、まさかの「サイゾー」(笑)。ですが、今号の特集「芸能界の(禁)基礎知識」は、エンタメロー・知的財産を実務で取り扱う方には一読の価値ありな特集になっています。





法務パーソンが著作権法の勉強をしている中で、わかりにくさ・もやもや感を最も感じるのが著作隣接権であることは間違いないでしょう。試しに、著作権法の基本書の中で読者フレンドリー度No.1な中山『著作権法』で著作隣接権の概説をひもといても、

著作物の伝達には物流と異なった特性があり、法で特に保護する必要性が高いものもある。(略)そこで著作権法は、実演家・レコード製作者・放送事業者・有線放送事業者の四者につき、著作隣接権という特殊な権利を与えて保護している。(P537)
1961年にユネスコとベルヌ条約同盟と国際労働機関(ILO)の共同開催による隣接権条約外交会議において「実演家、レコード製作者及び放送機関の保護に関する国際条約(略)が締結され、1964年に発効したが、わが国は1989年(平元)に加入書を寄託し加盟した。わが国がこの条約に加盟した時期はかなり遅いが、条約加盟に先立ち、条約の考え方自体は現行の当初から著作権法に取り込まれており、昭和45年著作権法全面改正で著作隣接権制度が創設された。(P538)
著作隣接権の根拠としては、著作物の伝達行為の準創作性を挙げる者が多い。(P539)
著作隣接権が必要となった必要となった最大の要因は、情報伝達技術の発展である。(略)例えば実演がレコードに複製され、それを放送で利用するという関係において、実演家・レコード製作者・放送事業者等の間での利益をいかに分配するかという問題を巡り、それらの間の権利調整のための複雑な規定が設けられている。(P540)

と、法律書らしからぬふわふわとした解説が延々と続きます。真剣に法律を勉強しようとしているこちらとしては、「必要だから法律になったのだ」と言われても、どの教科書を読んでもどうしてこれが必要になったのかという経緯も詳しく説明されないだけに、本当にこんな複雑な規定を設けてまで権利を認める必要があるのか?という疑問が先立ってしまい、なかなか頭に入ってこないわけです。少なくとも私はそうでした。

ご紹介のサイゾーの特集は、田辺エージェンシーの田邊社長が、GSブームの先駆けとしてスパイダースを結成し、自らバンドプロデュースをしながらトップ芸能プロの社長として名を上げていく過程を中心に描きながら、芸能プロダクション・レコード会社・テレビ局がそれぞれどういう立ち位置でイニシアティブを争ったかという芸能の近代史をおさらいした上で、彼ら著作隣接権者の団体である芸団協や音事協が権利処理団体として運営にかかわるCPRA・aRma・BEAJ・sarahなどとJASRAC・RIAJをはじめとする周辺法人との関係を概説してくれています。

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この手の業界基礎知識を知ったうえで著作隣接権の理解を深めたいと思っても、無味乾燥な当該団体の自己紹介、正確性に欠けるゴシップ誌、ネット記事等の断片的な情報を読みつなぐしかありませんでした。どうしても法律的な背景を正確に理解したい部分があれば、私の場合は『アプリ法務ハンドブック』でもご一緒したエンタメロー分野に特にお詳しい鎌田真理雄先生や東條岳先生をお訪ねし、無理を言って教えていただいたりしていました。いつもはブラックジャーナル臭がかなり強いサイゾーさんですが、今回の特集は比較的冷静に淡々と事実をまとめている印象です。

というわけで、著作隣接権の背景を深く理解したいという方にぜひ。

【本】『プライバシーなんていらない!?』― 利益衡量の前提を履き違えると、プライバシーは容易に安売りされる

米国におけるプライバシー法の第一人者であるダニエル・J・ソロブ教授が2011年に書かれた“Nothing to Hide"が、6年経ってようやく日本語で読めるようになりました。


プライバシーなんていらない!?
ダニエル・J. ソロブ
勁草書房
2017-04-28



2011年当時の私といえばプライバシー研究に燃えていたころで、ソロブの著書も4冊すべて原書で読んでいました。ところが、本書の原書“Nothing to Hide"については、他の3冊とくらべてどうも文体が読みにくく、紹介されている個々の視点や事例は参考にしながらも主題を理解できている自信がなかったため、ブログに紹介記事を書けずじまいだったのを覚えています。原文に忠実に訳してくださっている今回の日本語訳を読んで、案の定、タイトル“Nothing to Hide(やましいことは何もない)"に込められた主題を理解できていなかったことが確認でき、あの時へんな記事をUPしなくてよかったなあ・・・と胸をなでおろしている次第です。

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政府が個人情報を収集・分析するとき、多くの人は「心配しない」と言う。「やましいことは何もない」と彼らは言い放つ。「政府による個人情報の収集・分析を心配すべきなのは誤ったことをしている場合に限られるし、その場合にはそれを秘密にしておく価値はない。」。(P23)
裁判所、立法者その他の者がプライバシーが何を意味するのかを理解することに失敗しているがゆえに、多くの場合、プライバシー問題を対抗利益と適切に衡量することができないでいる。
パーソナルデータの収集・使用により発生する問題を記述するために、多くの論者は、ジョージ・オーウェルの『一九八四年』に依拠したメタファーを用いる。オーウェルは、ビッグ・ブラザーと呼ばれる政府により統治された凄惨な全体主義的社会を描く。ビッグ・ブラザーは、執拗に市民を監視し厳しい規律を要求する。このオーウェルのメタファーは、(禁止や社会的コントロールのような)監視の害悪に焦点を当て、市民に対する政府の監視を記述する傾向にある。しかし、コンピュータのデータベースで収集されるデータの大半は、(略)他人がこの情報を知ったとしても、人々は抑圧されたり、困惑したりしないと常にはいいきれなくとも、多くの場合にはそうであろう。
違うメタファーのほうが、よりよくその問題を捉えている。フランツ・カフカの『審判』である。カフカの小説は、逮捕された男に焦点を当てるが、なぜ捕まったのかの情報は与えられない。彼は必死になって何が彼の逮捕をもたらしたのか、彼にふりかかろうとしているのが何であるかを解明しようと試みる。秘密裁判所の組織が彼に関する事件記録を保有しており、彼を操作していることは分かるが、彼はそれ以上知ることはできない。(略)カフカの作品に描かれたメタファーにより描写される問題は、監視により引き起こされる問題とは異なる種類のものである。それらは、しばしば禁止をもたらさない。それは情報収集ではなく、データの貯蔵、使用、分析といった情報処理の問題である。それは、人々と近代国家の組織との間の力関係に影響する。その問題は、孤立感や無力感を生み出して人々を苛立たせるだけではなく、人々がその生活に関する重大な判断を行う組織との間で有する関係性の種類を変更することにより社会的構造にも影響を与える。
法的・政策的解決は、オーウェルの作品のメタファー(監視)の下のにある問題にあまりにもフォーカスし過ぎており、カフカの作品の問題(情報処理)に適切に対処できてない。実際にはデータベースと監視は異なる問題であるのに、論者たちが、データベースにより引き起こされる問題を監視の問題として把握しようとすることに、難点がある。(P28-29)
やましいことは何もない論のより深刻な問題は、近視眼的に、秘匿の一形態としてプライバシーを見ることにある。(略)プライバシー問題には、オーウェル的なものだけではなく、カフカ的なものも含まれるのである。政府の情報収集の問題【はっしー注:原文ママ。こちら原書P27の応当部分を確認したところ、“Government information-gathering programs”とあり、“problem”(政府の情報収集“の問題”)と“program”(政府の情報収集“プログラム”)を誤訳しているように思われます。】は、人々が隠したい情報が暴かれなかったとしても、問題性を秘めている。『審判』において、問題は行動の抑制ではなく、裁判所の組織がパーソナルデータを使用したり、主人公に対してその手続きを認識し、参加することを否定したりすることにより生み出される、息の詰まるような無力さや脆弱性である。その害悪は官僚主義的なもの――無頓着、誤謬、濫用、失望、透明性及び説明責任の欠如である。(P30)

プライバシーの「監視」の側面だけを捉えてしまうと、テロなどから国家・国民の安全を確保する必要性に鑑みれば政府に対してそれぐらいの個人の不自由は許容すべきだ、などと安易に考えてしまいがち。しかし、監視・収集後に行われる情報処理においてコントロールを失うことの怖さにも思いをはせるべきであると。

プライバシーの利益衡量にあたって重要な前提となるこのポイントを認識した上で初めて、
・憲法修正4条
・傍受法
・保存通信法
・ペンレジスター法
といった憲法・制定法で保障されているかのように見えて実は抜け穴だらけとなっているプライバシー権の具体的な弱点が、グサグサと突き刺さってきます。第19章(P222)には、「政府がテロリストらしき者のプロファイルを作り、それをもとに乗客が空港で特別な審査を受け、飛行機に乗る機会を拒否されたら」という例え話が出てきているのですが、実際に2017年1月にアメリカでこれに近いことが現実に行われたことを考えても、まさにソロブの懸念は的中しており、プライバシーに関する制定法すらない日本においては、まったく他人事とは言えないだろうことが実感できます。

また、翻訳書のお楽しみの一つが、その書籍のエッセンスを要約してもらえる訳者あとがき。訳者のおひとりである大島義則先生は、本書の解説にとどまらず、“Understanding Privacy”(日本語訳『プライバシーの新理論』)の内容をも簡潔にまとめてくださっており、この部分も価値の高いものとなっています。


本書のプライバシー論は、基本的には政府対国民という視点で書かれているものの、これを企業とユーザーに置き換えても、考えさせられる論点は少なくありません。個人情報の取扱いについて、ユーザーからプライバシーポリシーへの同意を得るタイミングは最初の情報取得の場面一度きりでよいのか?情報処理の場面において企業が追加的に同意を取る/承服できないユーザーが取り扱いを拒否できるタイミングをどのように設けるべきか?継続的サービスにおいて、ユーザーが取り扱いを拒否した場合の対応はどうあるべきか(メンバーシップから退出してもらうしかないのか)?そんなことを改めて考えさせられます。
 

【本】『ビジネス法体系 知的財産法』― 知的財産法の概説書マーケットに突如現れたダークホース

ふだん特許・商標・著作権を実務で扱っている法務パーソンが、ちょっと腰を落ち着けて、知的財産法を体系的に学習しなおすのにぴったりな本が突如現れました。中山先生や田村先生が活躍されるこの分野に若手ダークホースの登場。その著者、森・濱田松本法律事務所の田中浩之先生より、お仕事でのご縁もあって本書をご恵贈いただいた次第です。ありがとうございます。


ビジネス法体系 知的財産法
田中 浩之
レクシスネクシス・ジャパン
2017-04-22



“知的財産法の概説書”を標ぼうする本には、必ずと言っていいほど読後に物足りなさを感じてきました。その物足りなさをパターン別に分類すると、おおよそ以下3つに分かれるというのが私の印象です。

(1)話題が身近な著作権法にばかり偏ってしまい、特許法・意匠法などの産業財産権法分野の解説がおろそかになる
(2)法体系に忠実であろうと、各産業財産権法に多数準用される特許法の条文をベースに解説するものの、中途半端な逐条解説になってしまい、実務との紐づけが薄くなる
(3)不正競争防止法・民法といった、使いようによっては幅広く知的財産をカバーできる法律の活用について、十分な解説がなされない
 
本書は、そのはしがきで、まさにこのような従来の書籍が陥りがちだったダメパターンを克服すべく体系に工夫をこらしたことが述べられています。その表れとして、本書全体の見取り図を兼ねている「第1章 ビジネスと知的財産法総論」において、まず知的財産法を「ブランド保護法」と「創作保護法」の大きく2つに分類し、そのうえでさらに創作保護法をゝ蚕僉Ε離Ε魯Δ諒欷遶▲妊競ぅ鵑諒欷遶I集修諒欷遒烹格類する体系を提案し、以降これに沿って解説がなされます。この全体を概観した表が以下となります(第1章P8-13掲載の図表より一部省略し引用)。

1.ブランド保護法
保護対象権利の名称法律保護期間登録要否本書における解説箇所
商標商標権商標法登録から10年(更新可)第2編第2章
商品等表示不正競争防止法×第2編第3章
商号会社法・商法第2編第4章
地域団体商標商標権商標法登録から10年(更新可)第2編第5章
地理的表示地理的表示法第2編第5章

2.創作保護法 ゝ蚕僉Ε離Ε魯Δ諒欷
保護対象権利の名称法律保護期間登録要否本書における解説箇所
発明特許権特許法出願から20年第3編第2章
考案実用新案権実用新案法出願から10年第3編第3章
植物の品種育成者権種苗法登録から25年または30年第3編第5章
半導体集積回路の回路配置回路配置利用権半導体集積回路配置法登録から10年第3編第6章
営業秘密不正競争防止法/民法(契約上の保護)×第3編第4章

3.創作保護法 ▲妊競ぅ鵑諒欷
保護対象権利の名称法律保護期間登録要否本書における解説箇所
意匠意匠権意匠法登録から20年第4編第1章
商品形態不正競争防止法最初の販売から3年×第4編第2章
商標商標権商標法登録から10年(更新可)第4編第2章
商品等表示不正競争防止法×第4編第2章
著作権(応用美術)著作権著作権法著作者の死後50年(原則)×第4編第2章
デッドコピー民法×第4編第2章

4.創作保護法 I集修諒欷
保護対象権利の名称法律保護期間登録要否本書における解説箇所
著作物著作権著作権法著作者の死後50年(原則)×第5編
デッドコピー民法×第4編第2章

この表をご覧になれば、各法バランスよく実務に紐づけて活用法が解説されている本であることが伝わるのではないでしょうか。

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中でも特許パートは、切り餅事件の特許を教材として、特許要件と記載要件・取得手続・侵害の成否・対応までを、類書にはないオリジナルな語り口で理解させてくれる、本書の中でも特に秀逸な部分です。親切にも、本書がどこを端折っているのかまで説明の中で明示されていて、必要に応じ専門書で詳しく学ぶことも容易になっています。さまざまな特許法の入門書を読んでも、条文や重要判例をどう実務に紐づけるかがよくわからなかったという法務担当者に、一読をお勧めします。

実務を目線に置きながら知的財産法全体を概説する書籍として、初級者向けには宮川ほか『事業をサポートする知的財産実務マニュアル』を、上級者向けには田村『ライブ講義 知的財産法』などを紹介してまいりましたが、本書は、ちょうどその真ん中の空白地帯を埋めてくれる良書だと思います。

最低賃金を引き上げるより契約更新時の昇給を義務化するほうがいいのでは

最低賃金引上げ論と、それに対する異論反論を見ていての思いつき。


「最低賃金、時給1500円なら夢ある」若者らデモ(朝日新聞デジタル)
都道府県ごとに定められている最低賃金は現在、最も高い東京都でも時給932円で、最低の宮崎、沖縄両県は714円と目標の1500円の半額以下。仮に時給1500円で週40時間働くと、4週間で24万円になる計算だ。

 若者たちは「1500円は『健康で文化的な最低限度の生活』に必要な最低限の金額です」「1000円じゃなくて1500円と言うのは、ちょっと夢があるから。夢があるというのは(生活の)リアリティーがあるということ」と訴えた。

マクドナルドの「時給1500円」で日本は滅ぶ。(BLOGOS)
企業に過剰な責任を求めることは雇用の縮小につながる。結果的に皆が貧困に陥る危険性があり、すでにそのような状況になりつつある。もう雇用をセーフティネットかのように考えるのは辞めるべきだ。それによって、失業保険や生活保護など本来のセーフティネットが脆弱なまま放置され、解雇されたとたん貧困に陥る状況になっている。


ちなみに上記朝日新聞記事のデモ、主催者発表では1,500人が参加したそうなんですが、ジョークですかね…。


さて、単に最低賃金を引き上げることの影響は様々ありそうですが、容易に解雇できない(とされている)日本の労働法制の影響もあって、企業の採用選考のハードルは高くなってしまい、労働者自身の首を絞めることにもなりかねないのは、火を見るよりも明らかです。

低賃金かつ短い契約期間で更新を繰り返した挙句、安易に「雇止め」をするような、労働者の足元をみるような経営を問題視しているのであれば、最低賃金というスタートラインのハードルを上げるよりも、企業に対し有期労働契約の更新にあたって一定の昇給率による昇給を義務化するほうが、お互いにとってメリットと納得感があるのではないかと考えた次第。

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  • 使用者としては、継続雇用する=これまでの業務はこなせていて今後も経験を積んでさらに活躍してほしいと判断して契約更新を望んでいるのだから、昇給させることに合理性が感じられる(義務化された昇給率と見合わないと判断すれば、雇止めとなる3回の契約更新までに、有期労働契約を期間満了とするかいわゆる正社員として無期労働契約に転換すればよい)
  • 労働者としては、継続雇用されれば昇給が得られるという安心感を持て、かつそれまでに身に着けたスキルを梃子にしてさらに条件のよい就職先が見つかれば、労働契約更新のタイミングでそちらに転職するという選択肢も留保できる
のではと思われますが、いかがでしょうか。


もしこれを日本の労働法制に取り入れることになった際の課題としては、平成18年改正高年齢者雇用安定法(平成27年再改正)以降義務付けられた、65歳までの雇用確保措置としての継続雇用制度との峻別でしょうか。一般には60歳定年で再雇用の手続きがとられる際に労働条件をダウンさせられている実態がありますので、社会としてこれを許容していることとの矛盾が起きそうです。

【本】『法のデザイン』― 余白を楽しむ


仕事上お世話になっている先生方で「尊敬する弁護士」はたくさんいますが、シティライツ法律事務所の水野祐先生は、私の「憧れの弁護士」像そのもの。その水野先生が初の単著『法のデザイン—創造性とイノベーションは法によって加速する』を出版されました。法律知識を武器とする職業人と、そうした法律職の価値に疑いのまなざしを持っている方、両方に読んでいただきたい本です。

ご縁あってゲラ段階で中身は拝読していたにもかかわらず、法律書籍とは思えない美しい装幀の実物を書店で見て、我慢できずに即購入。あとがきにあたる「アウトロ」によれば、佐々木暁さんの手によるものだそうです。

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弁護士資格を取得し、実務で実際に法律や契約に対峙してみると、法に存在する「余白」に不思議と自由さを感じるようになった。同時代を生きるイノベーターたちとの刺激的な対話と実践のなかで、プロジェクトを法的に支援し、場合によっては加速することができるのではないかという手応えを得るようになった。(P7)
社会のルールたる法は、私たちの生活において欠かせないものである。ルールを意識するということは、メタな視点から物事を俯瞰することでもある。私はこれが「リーガルマインド」の真髄だと考えているが、それはあらゆる物事がネットワークでつながるアフターインターネット時代においてとりわけ重要な視点となってきている感覚がある。
大切なことは、ルールは時代とともに変わっていく/変わっていくべきという認識と、ルールを「超えて」いくというマインドである。ルールを超えていくことは、ルールを破ることを意味にしない。ルールがどうあるべきかということを主体的に考えて、ルールに関わり続けていくことを意味する。ルールを最大限自分寄りに活かすことは知性の証明に他ならない。(P7)
高度情報化社会は、「法の遅れ」を前提として、有史以来もっとも現実と法律の乖離が大きい時代であり、また、私たちが日々交わす利用規約を含む契約が大量化・複雑化している。そのようななかで、創造性やイノベーションの源泉である「余白」=コモンズをいかに法やアーキテクチャの設計や協働を通じて確保することが重要なのかについて述べてきた。(P46)
このような情報化社会において、法律や契約を私たち私人の側から主体的にデザイン(設計)するという視点が重要になる。「リーガルデザイン(法のデザイン)」とは、法の機能を単に規制として捉えるのではなく、物事や社会を促進・ドライブしていくための「潤滑油」のようなものとして捉える考え方である。(P47)


「企業法務のやりがいって何ですか?」

この仕事に携わるなかで何度となく投げかけられてきたこの質問。私はこれまで、「関わる製品・サービスに何かリスクがあるのではと不安を感じて自分を頼り相談してくれる経営者や社員に対し、法律という一見小難しいルールをうまくかみ砕いて説明することでその不安を解消し、感謝されること」といった、抽象度の高い回答しかできませんでした。また、感謝をいただく対象を経営者・社員と内向きに捉えている点にも、自分で口にしながら、疑問を感じていました。

この本を読んで、何が楽しいと思っていたのかを改めて発見することができたように思います。それは、「企業が製品・サービスを上市することを通じて世の中に新しい価値を提案する際、その提案の内容が本当に新しいものであるほど、法の遅れとの間に生まれる『余白』に触れる。この『余白』の明/暗の度合いを明らかにし、グレーであればより白くするための活動を行い、誰からもその製品・サービスの価値を認められるものとすること」であると。

そして、その余白を広げていくのも自分の仕事の一つなのだということも。


「弁護士はビジネスの現実を分かっていない」

法律職の代表格である弁護士という職業を、企業人が揶揄するときの常套句。弁護士こそが法律知識を誰よりも備えていてビジネスと法の間の「余白」のありかを教えてくれるはずなのに、相談してもその余白を探してくれようともせず、遅れた法への保守的な当てはめに終始するケースが多い、そう思われていることから出てくるものだと思います。

弁護士という職業に対しそのような批判的な態度を取っている人ほど、本書および著者水野祐先生の存在を知って驚くはずです。音楽・出版・アート・写真・ゲーム・ファッション・ハードウェア・不動産・金融・・・といった幅広い分野について、新しい価値が現状どこに発生ししつつあるのかを的確に把握し、それらの余白に潜む今後10年ぐらいの間に起こるであろう法的問題を見通し、解決の道筋について現時点での見解をはっきりと述べているからです。

問題はきっと社会にとって良い方向に解決できる。ただの楽観主義ではない、決意のようなものが込められた水野先生のメッセージに、特に起業家の方は勇気づけられることと思います。


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本書は、法務を業とする方にとって、広告業におけるマクルーハンの『メディア論』の如く新たな視座を与え自分の仕事の価値を再認識させてくれるものとして長く読み継がれることになるでしょう。それとともに、法律職に疑いのまなざしを持つ方にとって、水野先生のような弁護士がいるのだということを知らしめるものにもなるでしょう。本書の出版をきっかけに、志をともにする法律家とクライアントが先生の事務所を中心に集まり、イノベーションが加速することを願ってやみません。


追伸
本書内でわざわざ弊ブログおよび私について言及くださいまして、恐悦至極に存じます。ありがとうございます。
 

【本】『選択しないという選択』― Amazonダッシュボタンに利用規約の未来が見える

 
全体を通じて翻訳が硬めなところが気になるものの、法や契約・利用規約によってルールを作る法務パーソンであれば、レッシグの『CODE VERSION 2.0』とあわせて読んでおくべき一冊。





利用規約・約款は、たくさんの利用者を取引相手とする消費者取引には欠かせない契約文書です。ほとんどの利用者は、冒頭をちら見する程度で同意ボタンを押しますが、一部の人は、激しい嫌悪の対象としてこれを捉えます。利用規約の多くが企業に一方的に有利に見え、たとえ内容に納得できなくてもそのサービスを利用する以上同意するしかない、という点にあるのでしょう。

その嫌悪レベルが許容ラインを越えると、こんな事件に発展することもあります。

消費者団体、ドコモを提訴 同意なく約款変更「不当」 (日本経済新聞)
利用者の同意なく携帯電話サービスの約款を変更できるのは不当だとして、さいたま市の消費者団体が25日、NTTドコモに約款を変更できる条項の使用差し止めを求める訴訟を東京地裁に起こした。
原告のNPO法人「埼玉消費者被害をなくす会」によると、2015年にそれまで無料だった請求書の発行手数料が原則1通100円となったことをきっかけに提訴した。

約款を変更した目的は何だったのか?NTTドコモの2014年7月14日付報道発表資料を読んでみました。口座振替、クレジットカード、請求書の3つの支払い方法のうち、口座振替またはクレジットカード払いを選択していた利用者に対しては、ドコモに対し書面送付を積極的に要求した場合には50円の追加費用を請求(電子交付なら無料化)し、請求書払いを選択していた利用者については、支払い方法自体を(口座振替またはクレジットカード払いに)変更しない限り、自動的に毎月100円を請求するという方法に変えたようです。これによって、利用者が請求書払いを選択する以上は、サービス料とは別に100円を支払うしか選択の余地がないことなりました。

それまで3つの支払い方法を認めてきたドコモとしては、口座振替またはクレジットカード払いをデフォルト・ルールとし、過去請求書払いを選択してきた利用者をそちらに誘導したかったのかもしれません。有償サービスでありしかも生活インフラである携帯電話の料金請求において、そのような不利益変更が許されるのか?この点が論点となりそうです。


さて、少し話は逸れましたが、このように世の中から嫌悪の対象とされがちなデフォルト・ルールも、一定の範囲で許容する実益があるのではないか。著者サンスティーンは、本書全編を通じてきわめて楽観的に、力強く擁護します。

個別化したデフォルト・ルールは多くの領域で今後の流れとなっていく。多様な人々が情報にもとづいて判断した選択についての大量の情報が利用できるようになるに伴い、個別化が大幅に進むのは避けられないだろう。来たるべき波はすでに動き出している。それが重大なリスクを生むであろうことを誰も疑うべきではない。プライバシー、学習、自己の能力開発の重要性――そして多くの状況で能動的選択を要求することの必要性を私は力説してきた。しかしおおいに楽観視する理由がある。時間は貴重である。おそらくほかの何よりも貴重であり、もっと時間があればもっと自由になり、より多くの能動的選択ができるようになる。場合によっては、選ばないことが最善の選択である。個別化したデフォルト・ルールは、われわれがよりシンプルに、より健康的に、そしてより長く生きられるようにしてくれるだけでなく、もっと自由になれると約束してくれる。(P221)

ビッグデータの力を借りて、デフォルト・ルールを適切に個別化することができる時代になれば、人間はさらなる時間と自由を手に入れることができる。もしそのデフォルトルールが受け入れられないなら、利用者は「選択しないという選択」をすればいい。不適切なサービス・企業は自然淘汰され、適切なデフォルト・ルールだけが残っていくのだ。そうサンスティーンは述べます。


デフォルト・ルールを適切に個別化するための手法として、サンスティーンは、ビッグデータの活用を前提としています。データのプライバシー性もさることながら、その提供するモノやサービスを選択の性質に配慮して、何をどの程度個別化していくのかが重要なポイントです。AmazonやWalmartが取り組む「予測ショッピング」システムを題材にこの考え方を整理した第7章は、利用規約・約款を取り扱う企業法務パーソンにとって参考になることでしょう。

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左上の欄の項目は、選択にかかる判断のコストが小さく、関連する選択はコストではなく利益となる。このような場合、予測ショッピングを選ぶ理由はほとんどない。能動的選択が重要となる。一方、右上の欄は難しい選択がかかわる――しかし多くの人にとって、こうした判断を下すことは利益となる。この場合、予測ショッピングは楽しみを奪うので望まない人が多い。
左下の欄は予測ショッピングに最適である。このような買い物は楽しくないからだ。しかし選択のコストは小さいので、急いで自動化する必要性はない。自動化する価値があるかどうかは、関連する時間を節約することで大きな利益があるかどうかによる(略)。予測ショッピングにとっては右下の欄が最も重要である。この場合、選択することは面白くも楽しくもなく、また選択が難しいので、自動化することに実質的な価値がある。予測ショッピングが正確で簡単になれば、自動購入を支持する有力な論拠となるだろう。予測ショッピングが本当の利益をもたらせるのはこの状況である。(P197-198)

さて、この表の左下の欄をもう一度ご覧ください。選択することが面白くも楽しくもない × 簡単もしくは自動的な“予測ショッピングに最適”なものの例として、歯磨きなどの家庭用品が挙げられています。これを見て、Amazonが最近始めた「Amazonダッシュボタン」のことを思い浮かべた方もいらっしゃるのではないでしょうか?

Amazon Dash Button
amazondashbutton


完全自動化とはせずにシンプルなボタンを押させる形を採用してはいますが、これぞまさに、顧客と商品の特性に合わせたかたちでデフォルト・ルールを個別化し、利用者がほぼ無意識に同意して(させられて)いるボタンそのものと言えるでしょう。「個別化したデフォルト・ルール」なる利用規約・約款の未来は、こんなかたちですでに実現されているのです。

法務の実戦経験

 
企業法務パーソンとしてのキャリアを考える上で、会社に何を求めて就職・転職するのか。幅広く色々な経験が積めそうな会社のほうがよい、という漠然とした答えになりがちです。では、訴訟をたくさん抱えている会社がいいですか?と問われると、それはちょっと会社としてどうなんですかねぇと、とたんに及び腰になったりもします。

以下は、職場の同僚に教えてもらった記事から。あまりに刺激的でびっくりしましたが、私には耳が痛い話であることは否めませんでした。

企業の法務部は「専守防衛」から脱却できるか
これまで日本企業の法務部は知財に関して、守りの姿勢に徹することが多く、米国企業のように手持ちの知財を使って、ライバルを追い詰めたり、競争優位を築こうとしたりする攻めの発想は乏しかった。

そのへんのニュアンスを見事に表現しているコメントがあったので少し長めだが紹介しよう。政府の知的財産戦略本部における川上量生KADOKAWA・DWANGO社長の発言である。

「企業の法務部というのは、大体どの企業でも今日一日が無事に過ぎればいい、できれば一生何ごとも起こらなくてもいいと、そう考える人が大体法務部に入ってくることが多いのですが、要するに戦おうとしない、実戦経験が不足している」
「実は私の会社でも以前から法務部員に年間1件は必ず訴えろと、年間10件は必ず内容証明を出せと、これはノルマだと言っているのですけれども、冗談と思われて、実行してもらえないのです。ですが海外の権利行使に強い企業は実際にそれをやっています。日本は何が問題なのかというと、みんな特許で訴えないのです。訴えないから、戦ったことのない軍隊みたいなもので、弱いのです。戦ってみたら実は特許権が全然意味のない権利の取り方をしていた、ということにようやく気づくのです。数だけ競って、中身は伴っていないことがすごく多い」


在職中に上場した企業、当時非上場の大企業、できたてほやほやに近いベンチャー企業と、そこそこ長い社会人生活の中で様々なフェーズの法務を担当してきて、それぞれ特有のリスクを乗り越える経験をさせていただきました。しかし、法務パーソンとして川上さんのいう「実戦経験」を積めてきたかというと、幸か不幸か、自分はまだまだ足りないなと思います。

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あえてそういった経験を積極的に得たいのなら、それなりの規模と歴史(膿ともいう)の両方を兼ね備えた大手企業の法務部門に就職する必要があるでしょう。さらに、先輩から案件を引き継ぐのでなく、自分が担当した案件がその後シリアスな紛争に発展するという骨身に染みる真の当事者パターン(苦笑)を経験するとなると、一所に最低5年程度の在籍期間も必要になってくるはず。一般的に一人前の法務パーソンとして認められるために相当の経験年数が必要とされている理由は、こういった実戦経験への遭遇率の低さもあるかと思います。


まっさら無垢でピカピカなベンチャーに入り予防法務に力を入れて「実戦」を発生させないことを目指す法務のキャリアと、伝統ある大手ではあるが長年の膿を抱えた企業に入って「実戦」に日々揉まれながら鍛えられる法務のキャリア。もしどちらも選べる立場だったとして、果たしてどちらがいいのかは難しいところです。ただし、若い方からそういった相談をもちかけられた場合は、後者の経験がいかに得難く貴重なものであるかを伝えるようにしています。
 

【本】『ITビジネスの契約実務』― 吉田赤本を超えるIT契約基本書の誕生


著者の伊藤雅浩先生、久礼美紀子先生、高瀬亜富先生からご恵贈いただきました。ありがとうございます。

ITビジネスの契約書作成について、長きにわたり法務業界の基本書とされてきたのが、“吉田赤本”こと吉田正夫著『ソフトウェア取引の契約ハンドブック』です。その吉田赤本の優れた点を踏襲したうえで、取り上げる契約類型を増やし、最新の法令・判例動向を反映し、さらに赤本でも論じられていなかった重要な法的論点についても分析を加えた、IT契約の基本書が新たに誕生しました。Amazonの初回入荷分は品切れになる予感がします。予約推奨です。


ITビジネスの契約実務
伊藤 雅浩 (著), 久礼 美紀子 (著), 高瀬 亜富 (著)
商事法務
2017-02-15



吉田赤本の優れた点は、IT契約を典型的4パターンに分類してサンプル契約を全文掲載し、パターンごとに理解のベースとなる法的論点を解説したうえで、具体的なサンプル条項を逐条でみながら注意点や交渉上のポイント解説するという、その構成にあります。本書は、その構成のよさを忠実に踏襲しています。踏襲しつつも、本書全体の骨組みとなるIT契約類型の分類方法について、契約の目的を切り口に7つの類型に分ける新たな分類方法を提案。そのうち、ハードウェア資産提供型を除く6類型が、本書の解説対象として取り上げられています。特に、クラウドサービス契約をサービス提供型の中の「機械資源を提供するもの」と捉える考え方や、データ提供契約を役務でなく「データ資産を提供するもの」と捉える考え方は、腹落ち感があります。

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IT契約実務で抑えておくべき重要・頻出論点、そして最新の法令や判例で対応が必要となってきている論点は、私の把握する限りもれなく網羅・言及してあります。以下私のメモも兼ねてリストアップしてみます。

・請負と準委任のいずれを選択するべきか(P31)
・SES契約やラボ契約(エンジニアの人手提供型契約)の偽装請負リスク(P37)
・ベンダのプロジェクトマネジメント義務(P49)
・レベニューシェア式委託報酬と下請法(P51)
・賠償すべき損害の種類の制限(P59)
・賠償金額の上限設定(P60)
・著作権を共有とすることのリスク(P66)
・検収と仕事の完成(P70)
・瑕疵の意義(P74)
・クリックオン契約の成立(P84)
・ソフトウェアライセンスと著作権法の「使用」「利用」(P93)
・知的財産権侵害の責任(P111)
・契約終了時の担保措置と自力救済(P117)
・開発契約の瑕疵担保責任と保守契約との重なり(P126)
・クラウドサービスと善管注意義務・SLAの意義(P140)
・クラウドサービスとユーザーのバックアップ責任(P151)
・クラウドサービスと個人情報の第三者提供/委託(P153)
・クラウドサービスの免責条項の有効性(P156)
・クラウドサービスの廃止は自由か(P160)
・データの法的保護 所有権・著作権・営業秘密・不法行為(P192)
・データ提供と改正個人情報保護法(P195)

250ページ弱の紙幅ですので、それぞれの論点の言及の深さに限度があることは否めません。特にレベニューシェア式委託報酬に関しては、日ごろ悩んでいるところなだけに、もう少し詳細に論じていただけるとありがたかったかも。実務での使いやすさに配慮して(法律書としては)薄めの本に仕上げることを優先された結果だと思いますので、不満というほどのものではありません。

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そんな有限の紙幅の中にあって、特別にページ数が割かれまた脚注引用文献量の多さなどから並々ならぬ著者の力の入れようを感じたのが、「ソフトウェアライセンス契約のデフォルトルール」という一節でした。P88−100にわたり、非典型契約とされるソフトウェアのライセンス契約に対し、各法令の任意規定・強行規定がどう関わり・重なりあっているのかという、基本的なはずなのにみんながスルーしている論点を取り上げて具体的な条文を列挙し丁寧に分析されています。以下、P99の「小括」よりそのエッセンスを引用。

ソフトウェアライセンス契約は私法上の契約である以上、民法の規定が適用される。ソフトウェアライセンス契約は非典型契約であるため契約各論に関する規定の直接適用はないが、対価の支払いを伴うライセンス契約は有償契約なので、第3編「債権」、第2章「契約」、第3節「売買」の規定(民法555条ないし585条)が準用される(民法559条)。同第7節「賃貸借」の規定(民法601条ないし622条)が類推適用されるかについては議論があるが、一般論としては類推適用されないと考えるべきである。
また、ソフトウェアライセンス契約は、著作物(著作権法2条1項1号)であるプログラム等を目的物とするため、著作権法の規定が適用される。ソフトウェアライセンス契約で許諾されていない限り、原則としてユーザは著作権法21条ないし28条所定の「利用」を行うことはできない。もっとも、同法30条ないし50条所定の権利制限規定に該当する行為は、ソフトウェアライセンス契約で禁止されていない限り、ユーザーは自由になし得る。同法21条ないし28条に規定されていない著作物の「使用」も、ソフトウェアライセンス契約で禁止されていない限り、ユーザーの自由である(ただし、同法113条2項の「使用」を除く)。

ライセンス契約については私も様々な文献を見てきたつもりですが、この基本的論点については、学術論文や法律雑誌の記事(たとえば、ビジネスロー・ジャーナル連載の松田俊治「ライセンス契約法―取引実務と法的理論の橋渡し」など)で断片的・抽象的に論じられることはあっても、条文と照らし合わせながら体系的・具体的に、そして簡潔に論じたものはなかったと思います。なお、「賃貸借の規定は類推適用されない」という著者の結論とその理由が妥当かどうかは、様々ご意見あるかもしれません。


IT契約に関する良書は吉田赤本以降もたくさん出版されてきました。しかし、法務に携わる方なら誰もが「やっぱり吉田赤本が一番読みやすいし信頼できる」「けどさすがに1989年刊行だし」「あのスタイルで内容がアップデートされた本がほしい」「誰かが書いてくれないかな」と思っていたはずです。そうは言っても、いざ書こうと思うと難しいからこそ、これだけの長い間吉田赤本を超える基本書を誰も出版できなかった。この壁を乗り越えてくださった著者お三方のこのお仕事は、業界全体に貢献する偉業というべきでしょう。
 
私のおすすめ法務関連書籍をまとめた「法律書マンダラ2017」も、早速本書を入れて更新させていただきました。
 

【本】『年報知的財産法 2016-2017』― 知財の最新潮流は書籍・論文の量で計る

最新の知的財産法の潮流をコンパクトに1冊で、かつ正確におさえたいというわがままな要望にズバリ応えてくれるのがこちら。





毎年年末に刊行される、その年の知財の出来事・話題を漏れなくまとめた、文字通りの「知財業界のアニュアルレポート」が本書。編者は高林龍先生・三村量一先生・上野達弘先生と、三役そろい踏みです。巻頭の特集で最新の知財時事に関する論稿と改正法解説を、さらに2016年の判例、学説、政策・産業界、諸外国の動向を、それぞれ章を分けて輪切りで整理してくれています。

今号の巻頭特集でも、「AIネットワーク化」「職務発明」「欧州デザイン保護法制と日本法の展望」と、旬な時事ネタを取り上げます。特に最後のデザイン保護法制については、個人的にこれから研究をしようと思っているテーマだけに、大変参考になりました。パテントアプローチとコピーライトアプローチのどちらでもない、デザインが持つマーケティング機能に注目したデザインアプローチという保護のあり方が近い将来求められるようになり、立法に向けた動きにつながっていくのではないかと予想します。

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ところで、私は本書を2014年から購入していますが、実は、今号を読むまでこの本の一部を構成するすばらしいコンテンツの存在を見過ごしていました。それは何かというと、「学説の動向」と題する、直近1年間に発表された書籍や論文を、各法分野とテーマごとにまとめたパートの存在です。たとえば著作権法を例に挙げれば、

1 総論
 (1)制度全体/外国法
 (2)著作権法政策の動向
 (3)概説書等の一般的文献
 (4)著作権の教育・普及に関する動向
 (5)学会動向
2 権利の客体
 (1)舞踊又は無言劇の著作物
 (2)美術の著作物(応用美術含む)
 (3)キャラクターの保護
 (4)地図等その他の図形の著作物
 (5)プログラムの著作物
 (6)編集著作物
3 権利の主体
4 権利の内容
 (1)著作者人格権
 (2)著作権
 (3)著作隣接権
5 著作権の制限
 (1)総論
 (2)各論
6 著作物の利用と契約
 (1)著作権のライセンス
 (2)デジタルコンテンツの保護・流通
 (3)著作権の管理/担保等
7 権利侵害と法的措置
 (1)依拠性・類似性
 (2)損害賠償
 (3)差止請求権の相手方
 (4)刑事罰
 (5)その他
8 その他
 (1)パブリシティ権/肖像権
 (2)消費者法・競争法との関係
 (3)国際私法との関係
 (4)保護の交錯

このように細分化されたテーマごとに、発表された書籍or論文のタイトル・著者・要約を網羅してくださっているのです。

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これを見れば、発表されている論稿の量の偏りから各法の中で注目すべきテーマがおのずと見えてきます。2016年の著作権業界のトピックであった応用美術関連を例にとると、21もの文献がピックアップされていました。また、それだけでなく、あるテーマについて深堀りたいときなどに、最新論稿を誰がどこに寄稿・出版しているかをすぐに知ることができるわけで、大変便利です。毎号毎号巻頭の特集に目を奪われてばかりで、こんなすばらしく便利なまとめを毎年作ってくださっていたことに、まったく気付かずにおりました。


さて、そんな貴重な本書ですが、やはり刊行にあたって相当の苦労があるようです。以下は編集者代表の高林先生の巻頭言より。

インターネット情報が氾濫し、スマホで手軽に情報を参照することもできる現代において、紙版の年報紙は苦戦を続けて来ており、私達編集者としても、本誌をより魅力的なものにして、何とか継続刊行できるように、あれこれと頭を悩ませている。
これだけ盛り沢山の論文・報告集であるだけに、これを10年以上継続して刊行していく苦労は並大抵のものではないというのが正直なところである。

知財を業とされるみなさまにおかれましては、本書を購入することで編者のみなさまにねぎらいと支援を送られてみてはいかがでしょうか。

『ライセンス契約のすべて 実務応用編』第2版がでました

 
共著者として参加させていただいた『ライセンス契約のすべて 実務応用編』が、初版から7年経ち、ついに改版となりました。




改版を機にあらたな共著者の方・記事が参加された関係で、従来の記事は全体的にスリム化しており、本書の中での私の貢献度も(もとからほとんどありませんでしたが)ますます薄いものとなっております。それでも、末席に名前を並べていただけたことは光栄です。

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このライセンス契約分野の実務書として定評のある姉妹書『ライセンス契約のすべて 基礎編』の第3版も同時発売となっています。あわせてご支援いただければ幸甚です。

秘密保持契約と「利用目的」条項

 
そのほとんどが、現場担当者に「とりあえず挨拶代わりに結んでおけばいい」とすら思われ単なるペーパーワークになりがちな契約書である一方で、それをレビューをする法務が手を抜くと怖いことになることもある秘密保持契約について考える不定期シリーズの2回目。

今回は、「利用目的」条項について。
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秘密保持契約では、開示した秘密情報を目的外に利用することを禁止する規定が必ずあります(たまにそれを忘れている契約書を目にすることもあります汗)。そして目的外の利用を禁止する前提として、あらかじめ開示の目的を明確にしておく必要があります。多くの秘密保持契約書のひな形において、その目的がなんであるのかを記載する部分は、頭書とよばれる契約書の冒頭に置かれています。たいていの場合、1行分ぐらいの自由記入欄が用意されていて、そこに現場担当者が適当に契約の目的を書き加え、契約の相手方と調整し、法務がその言い回しを適当にチェックするという流れになります。以下がその記載例で、これは少しふわっとしたあまりよくない書き方の例ですが、実際こういう文言で締結してしまっているケースは少なくありません。

株式会社A(以下「A」という)および株式会社B(以下「B」という)は、X分野における協業の可能性を検討することを目的(以下「本目的」という)として、互いに開示する情報の秘密保持に関し、以下のとおり秘密保持契約(以下「本契約」という)を締結する。
This confidentiality agreement(this "Agreement") is entered into between A, Inc ("A") and B ("B") regarding the confidentiality of the information disclosed to each other for the purpose of considering the possibility of an alliance in the area of X (the "Purpose")


さきほど「現場担当者が適当に書いた」利用目的を「法務が適当にチェックする」と言いました。心ある法務パーソンであれば、適宜ヒアリングを行いながら「利用目的を限定的に書いておかないと、相手方にその情報を本件と全然関係のない目的外の利用をされても、相手に文句言えなくなってしまいますよ」というアドバイスを添えていることでしょう。一方で、現場担当者には多くの場合、将来その取引がどこまで広がるかを想定できない、限定的にせずむしろ広がりを持たせておきたい、といった心理が働きます。その衝突の結果、上記例のようなふわっとした書き方になるケースが散見されるというわけです。

この書き方に関する現場と法務の立場の衝突に関しては、西村あさひ法律事務所森本大介ほか著『秘密保持契約の実務』P21にも、

あまりに広く目的を定めると、受領当事者が当初の想定を超えて自由に受領した情報を使えるようになってしまうし、他方で、あまりに狭く目的を定めると、受領当事者が当初の想定の範囲内で使用したにもかかわらず、意図せず契約違反を犯してしまうことにもなりかねない
秘密保持契約を締結することになった主な取引以外に関連する取引がある場合には、その関連取引についても契約の目的とするか否かを検討する必要がある。たとえば、ある会社の株式を譲り受けるにあたって、株式を譲り受ける前にその会社の資産の一部を第三者に切り出したりすることを株主と一緒に検討するには、(略)「AによるBからのX会社株式の譲受けおよびそのために必要な取引の可能性を検討する目的」と記載するほうが正確
取引スキームが決まっていない場合には、想定される取引スキームが網羅されるような目的を設定する必要がないか検討する必要がある。たとえば、基本的には合併による企業の統合が予定されている場合であっても、デュー・デリジェンスの結果によってはその他のスキームがあり得る場合には、「合併その他の両者の(全部または一部の)統合の可能性を検討する目的」といった目的を定めるほうが正確

といった具合に、悩ましいものの十分な検討が必要なところとして取り上げられています。法務パーソンとしては利用目的はより限定的に記述すべきだとわかっていても、実際に利用目的の書き方が仇となって揉めたリアルな事例がないと、現場担当者を納得させられず、広めの規定ぶりで妥協してしまいがちです。


このような、現場担当者の納得を得たい場面での紹介に適した、利用目的条項の定め方の曖昧さによって生まれるリスクが現実のものとなった事例がないものかと探していたところ、アンダーソン・毛利・友常法律事務所石原坦ほか著『英文契約書レビューに役立つ アメリカ契約実務の基礎』P140‐141に、Martin Marietta Materials, Inc. v. Vulcan Materials Co., No. 254, 2012 (Del. Jul. 12, 2012) が紹介されていました。

この利用目的の解釈がいかに重要であるかを示す例として、M&Aの「Transaction」を目的とした秘密保持契約の条項の解釈をめぐって争いとなった米国デラウェア州最高裁判所の裁判例がある。
過去にMartinとVulcanは、友好的な合併を目指して協議を行っており、その過程において両社は秘密保持契約を締結して情報を開示していた。しかしながら、当該交渉が決裂したため、Martinは、Vulcanに対して、交渉の過程で取得した情報を利用して、敵対的買収を仕掛けたのであった。本件秘密保持契約上は、利用目的として、「solely for the purpose of pursuing and competing the Transaction」と規定されており、この「Transaction」の定義が、「a potential transaction being discussed by Vulcan and Martin」とされていたことから、本件訴訟においては、論点の一つとして、友好的合併のみならず敵対的買収もこの「Transaction」に含まれるか否かが争いとなったのである。

争いとはなったものの、このケースでは最高裁判所が「契約書上は明確ではないが利用目的は友好的な取引のみが含まれる」という原告に寄り添った解釈をし、秘密保持契約違反を理由に敵対的買収を差し止めることができました。結果オーライとはいえ原告法務担当者は冷や汗をかいたんじゃないでしょうか。なおこの事例については、ちょうど2016年末に発行されたばかりの旬刊商事法務No.2121 P70で、龍谷大学今川嘉文教授による判例解説が掲載されていましたので、ご興味あればぜひお読みになることをお勧めします(なお、本稿には本件対策としてのスタンドスティル契約の必要性についても述べられています)。


さて、目的外流用リスクが現実のものとなることがあるのは分かったとして、じゃあ、秘密保持契約書において、具体的に利用目的はどのように規定しておけばいいのか?についてです。

たとえば、先ほど紹介した『秘密保持契約の実務』では、上記Martin v. Vulcan裁判例への具体的な言及はないものの、おそらくこれを意識したであろう記載がありました。

「合併その他の両者の統合の可能性を検討する目的」と定めるのではなく、「合併その他の両者の友好的な統合の可能性を検討する目的」と定めることによって、友好的な統合・買収の検討・交渉の過程で開示を受けた情報を敵対的買収に転用すること(典型的には、買収価格の算定に利用すること)を目的外使用と位置付けることができる。

続く解説に、この文言によっても裁判での差止等の実効性には懸念あり、とノリツッコミのような注意が書かれていましたが、実際、話しているうちにこの相手とは組めないなとなることはあるので、「友好的な検討・交渉・協議のため」と秘密情報の利用目的を限っておくのは、M&Aに限らず多少の意味はあるかもしれません。もちろん、友好or敵対という状態が主観的なものに過ぎず、その立証も難しそうではありますが。

友好的/敵対的M&Aといった特殊な取引でない一般的なケースでの文例としては、宮田正樹著『英文契約書ハンドブック』P64の文例などがちょうどよいかと思いますので、こちらもご紹介しておきます。せめてこの程度の特定・限定が必要になるのではないかと考えます。

This Agreement made for the purpose of setting forth basic matters regarding the maintenance of the confidentiality of Confidential Information (as defined in Article 2) disclosed by either Party to the other Party in connection with to integrate energy saving function into the boiler developed and sold by either Party hereto ("Purpose").

[訳文]
この契約は、いずれかの当事者が開発し販売するボイラーに省エネ機能を組み込むこと(以下「本目的」という)に関して、いずれかの当事者が相手方当事者に対し開示する秘密情報(第2条に定義する)の秘密保持に関する基本的な事項を定めることを目的とする。

そのほか、規定の厳密さと運用のフレキシビリティを両立させるアイデアとして、秘密情報を開示するたびに、開示側当事者が当該個別秘密情報ごとの個別の利用目的を特定・限定して開示するスタイルをとってもいいのでは、と提案したことがあります。しかし、事務的な負担が増加することに対する懸念や、過去にそういったスタイルをとる事例がみられないからか、理解を示してくれたことがほとんどありません。

そういうフィードバックをもらうたびに、そもそも契約書を交わしてまで守らせたい秘密だったのでは?面倒はいやだけど守りたいと言っているその情報って大した秘密じゃないんじゃないか?と思ってしまいますが・・・。
 



英文契約書レビューに役立つ アメリカ契約実務の基礎
石原 坦
レクシスネクシス・ジャパン
2016-10-17


元商社ベテラン法務マンが書いた 英文契約書ハンドブック
宮田 正樹
日本能率協会マネジメントセンター
2016-09-25

【本】『Venture Deals』― イノベーションのジレンマを破る手法としてのマイノリティ出資

 
米国におけるベンチャー投資の条件交渉の温度感を踏まえた、優先株による投資契約(の前提となるタームシート)の内容とポイントをわかりやすく説明してくれる定番書。その第三版が刊行されました。





第二版との主な差異は、Crowd Fundingの解説が独立の章として加筆された点。glossaryおよび索引にも充実が見られました。本書のウリであるタームシートのサンプルについては、レイアウトが見やすくなった点以外の変更は加えられていませんでした。私がチェックしたところ数字をfill inすべきアンダーバーが消えるなど第二版にはなかった誤植が複数ありましたので、ご利用の際はお気をつけ下さい。


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本書第二版の魅力については、すでに柴田・鈴木・中田法律事務所柴田先生のブログbizlaw_styleや、ビジネスロー・ジャーナル2017年2月号のブックガイド特集P58掲載の安田正修さん寄稿で紹介されているとおりです。私から付け加えるとすれば、たとえば下記引用部のConvertible Debtやvaluation capなどの仕組みの解説部分で見て取れるように、ベンチャー投資に携わったことがない人にもイメージが湧くよう、具体的な数字をあてはめて契約条項の効果・動きを解説しようという姿勢が貫かれているのが、この本のいいところだと思います。

Convertible debt is just that: debt. It's a loan. The loan will convert to equity (preferred stock, usually) at such time as another round is raised. The conversion usually includes some sort of discount on the price to the future round.
For example, assume you raise $500,000 in convertible debt from angels with a 20% discount to the next round, and six months later a VC offers to lead a Series A round of a $1 million investment at $1.00 a share. Your financing will actually be for $1.5 million total, although the VCs will get 1 million Series A shares ($1 million at $1.00 per share) and the angels will get 625,000 Series A shares ($500,000 at $0.80 per share). The discount is appropriate, as your early investors want some reward for investing before the full Series A financing round comes together.
The next economic term is the valuation cap, also known as the cap. The cap is an investor-favorable term that puts a ceiling on the conversion price of the debt. The valuation cap is typically seen only in seed rounds where the investors are concerned that the next round of financing will be at a price that is at a valuation that wouldn't reward them appropriately for taking a risk by investing early in the seed round.
For example, an investor wants to invest $100,000 in a company and thinks that the pre-money valuation of the company is somewhere in the $2 million to $4 million range. The entrepreneur thinks the valuation should be higher. Either way, the investor and the entrepreneur agree to not deal with a valuation negotiation and instead decide to consummate a convertible debt deal with a 20 discount to the next round.

なお、上記引用で紹介されているConvetible Debtに加え、貸金業規制リスクを回避しつつ契約としてのシンプルさも追求したSAFE(Simple Agreement for Future Equity)・KISS(Keep It Simple Securty)といった新しい投資スキームが開発され、実際に取引で利用される事例も目にするようになってきました。これらについて日本語で解説されたものとしては、
・森・濱田松本法律事務所の増島先生が執筆されているStartup Innovators
・TMI綜合法律事務所の3弁護士が執筆されているBizlawInfo
・IT企業でインハウスとしてお勤めの岡本先生が執筆されているJPxSV Startup Lawyer
などは大変参考になります。是非ご覧になってみてください。


米国のみならず、日本でも金融機関でない一般事業会社がコーポレートベンチャーキャピタル(CVC)の機能を企業内に抱え、ベンチャー企業にマイノリティ出資する例は増えています。先日読んだある本には、その理由として、ベンチャー企業への投資を「ゆるやかなアライアンス」または「新規事業の育成」と位置づけ、それによって大企業が陥りがちなイノベーションのジレンマ(既存事業の成功に囚われ破壊的技術にリソースを振り向けられない状況)を回避しようとしているのではないか、と書かれていました。確かに、比較的ベンチャー企業に接点が多い私が見聞きする事例でも、そういった目的で行われるCVC投資は多くなっています。

事業会社の法務パーソンが企業の成長投資に直接的に絡むチャンスは、大が小を食うM&Aのような、職業人生において数回出会うかどうかといった機会にこれまで限定されていました。上記目的で行われるCVCを通じたベンチャー企業へのマイノリティ出資というスタイルが広まれば、従来型の株式の発行・譲渡とは異なる投資スキームに関する知識の必要性も高まることになりそうです。そういった時代の到来を見据えて、今から予習をしておいても損はないものと考えます。
 

法務パーソンのためのブックガイド「法律書マンダラ2017」

 
年に一度のビジネスロー・ジャーナル2月号のお楽しみ企画「法務のためのブックガイド」を拝読しました。




あいかわらず著者に対して遠慮のない辛口トークが炸裂する批評会。これはいざ著者側に立つと読んでいて心臓が痛くなるのですが、出版のなかった今年はそういうこともなく心安らかに通読(実はある書籍の改版がそろそろ出るらしいのですが、間に合わなかったのは幸い笑)。
・・・と油断していたところ、続くカテゴリー別レビューのコーナーで、ヘルスケアベンチャー企業勤務の若菜様・中畑様から昨年出版の『アプリ法務ハンドブック』を推していただきました。さらに、柴田・鈴木・中田法律事務所の柴田先生からご丁寧に弊ブログの存在に言及していただきました。みなさまありがとうございます。


ということで、私も昨年から始めた“マンダラ形式”のブックガイドを更新しましたので、ご入用の方はGoogle Docsでご覧ください。
同一書籍で新版が出たものについて更新したのはもちろんのこと、かなり迷いに迷いながら、一部推薦書の入れ替え・追加削除・分類の見直しをしています。

企業法務マンサバイバル 法律書マンダラ2017

mandara2017


このブックガイドは、中心に位置する法務パーソンとしてのコアを作るL1からスタートし、以下8つのジャンルに分けて外側に向かって放射状に概観&基礎作りのL2 → 実戦向きのL3と展開したものです。
・契約・商取引法
・消費者法
・情報法
・知的財産法
・M&A・経済法
・会社法
・訴訟
・その他諸法

書名はそれぞれAmazonへのアフィリエイトリンクとなっており、紹介書籍をそのままご購入いただけます。なお、マンダラ内ではスペースの都合で一部書名を略しています。リンク先では正式書名をご確認いただけますのでご了承ください。
※2017年中は、このリンク先ファイルを随時更新させていただこうと思います。


なお、この“マンダラ形式”のブックガイドのアイデアは、山口周著『外資系コンサルが教える 読書を仕事につなげる技術』からお借りしています。重ねて御礼申し上げます。
 

【本】『ベンチャー企業の法務AtoZ』― 投資契約のセミナーなんて受講する暇があるわけもない経営者と、彼らを支える投資家たちへ

 
AZX総合法律事務所の雨宮美季先生よりご恵贈いただきました。ありがとうございます。

起業家が会社を興し、人材とお金を集め、成長軌道に乗せるまでに、最低限どのような法律上の手続き・契約書等の文書・社内制度を構築しなければならないか?繰り返されてきたこの問いについて、近年のベンチャー経営の傾向を的確にとらえた上で、経営者サイドにもそれを支援する投資家サイドにも役立つ書籍が初めて誕生したように思います。





“初めて”というのはちょっと言い過ぎのように思われるかもしれませんが、私が本書にそれを感じたのは、類書では見られなかった、第V章の「資金調達、ファイナンスにあたっての注意点」の充実ぶりにあります。投資契約(株式引受契約および株主間契約)について、優先株や新株予約権付社債などの制度設計に関する注意点にも触れながら、経営者と投資家の両視点を踏まえて具体的な交渉のポイントを明示してくれている点です。

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私の理解するところでは、AZX法律事務所さんは基本的にベンチャーの経営者サイドの支援をされていることの方が多いと思います。しかしながら、起業家として成功するためには、リスクを一緒に背負う投資家の存在が不可欠。どちらか一方だけを有利にするということではなく、両者のリスクに関する理解を深めさせそれに基づいた会話(交渉)をきちんと成立させることがまずは必要だという信念のようなものを、本書の端々に感じました。たとえば、投資契約では必ず存在する表明保証条項についての一節より。

表明保証条項の確認は、会社の現状と合致しているかを確認するということになりますが、確認の結果は以下の3つに分かれるのが通常です。
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異なる事実がある(例:実は商標権を他社に保有されている)
自分ではわからない(例:「訴訟を提起されるおそれがない」か否かは、相手次第なので自分ではわからない)
,呂修里泙泙任茲い任垢、◆↓は手当てが必要です。
「異なる事実がある」ケースは、投資家にこのような事実がある旨を告げて、投資契約の表明保証条項に例外として明記してもらう必要があります。
なお、この場合、起業家側が「商標の問題があるので、この条項は削除してください」と修正を要請する場合がありますが、条項全体を削除してしまうと、当該商標以外の表明保証までなくなってしまうため、通常、投資家は、条項全体の削除には応じてくれません。あくまでもただし書きで例外事項を明記するのが正しい対応方法と言えます。
次に「自分ではわからない」ケースは、「〇〇のおそれがない」という形の規定や、自分以外の取引先、関連会社、株主、役職員の状況に関する規定などでよく生じることがあります。
このような場合は、「発行会社の知る限り」などの文言を追加して、自ら把握している範囲では正しいことを保証するという形に修正するのが一般的です。
これに関して、投資家側から「知り得る限り」に修正するよう求められるケースもあります。これは、会社側として「知りえた=合理的に調査すれば分かった」事項については保証してくださいというものです。
「知る限り」では、知らなければ免責されるのに対して、「知り得る限り」では、知らなかったとしても、知らなったことについて調査不足などの落ち度があった場合には免責されないということになります。
この点、どの程度の調査をするべきかは、対象事項の重要性や調査に要する一般的な費用や時間などを考慮して、発行会社の当時の具体的な状況に即してケースバイケースで判断されるので、多少曖昧な概念といわざるを得ない面があります。
しかし、妥協点としては、「知り得る限り」で妥結しなければならないケースも多いのが実情です。投資家と起業家の双方が上記の意味の違いを理解して、合理的に交渉を進めることが望まれます。

上記引用部の太字部分などは、書籍化にあたってなかなか書きっぷりが悩ましいところだったのではないかと推察します。事業会社がベンチャーに投資することも増えてきた中、こんなスタンスでの投資契約の解説書を待っていたという方は少なくないのではないでしょうか。

また、Q&A形式の書籍というと網羅性に疑問を感じる方もいらっしゃるかと思います。本書のQ&Aのスタイルは、ある法領域に関する解説をはじめるきっかけ・フリとしてのQuestionがあり、Answerではその領域に関する概念を紙面の許す限り体系的に説明するところからスタートする形となっています。上手な講師によるわかりやすいセミナーを紙面で読ませてもらっているような感覚、といったら伝わるでしょうか。本書の主な読者層にはとっつきやすいスタイルだと思いますし、そもそもそういったセミナーを受講する暇などないであろう若手経営者・投資家には、必要なところだけをつまみ食いできるので効率的です。欲をいえば、セミナー的なノリをもっと前面に出したスタイル、たとえばパワポのスライドを各節ごとに出して、それを先生方がセミナー形式でしゃべっている「実況中継シリーズ」的なスタイルにしていただいたら、より本書の親しみやすさが伝わりやすい形になったかもとは思いました。


ベンチャーにおける起業家と投資家の関係や契約交渉のポイントについては、磯崎哲也先生の『起業のエクイティ・ファイナンス』や、最近邦訳がでたばかりのガイ・カワサキ『起業への挑戦』にも一部触れられていましたし、また先般「日々、リーガルプラクティス。」さんが紹介されていた『Venture Deals』も第3版が出るなど、その悩みやノウハウをタイムリーに見聞きできることが増えてきたように思われます。外部関係者も交えて新しいビジネスの立ち上げを支援するという立場である法務として、キャッチアップが欠かせない領域になりつつあることを感じます。
 

【本】『英文契約書作成のための和英頻出用例辞典』― 分冊化でさらに捗る英借文

 
2012年刊『英文契約書作成のための和英用語用例辞典』が、パワーアップして帰ってきました。

 



旧版では1冊350ページだった『用語用例辞典』が、新版ではそれぞれ400ページ超の『用語辞典』と『用例辞典』の2分冊となりました。単純計算で旧版から2倍超の情報量となります。本日オススメするのはそのうちの後者。


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旧版を利用しはじめたころは、用語・熟語・連語もあわせて和英から引けるということにありがたみを感じていたのですが、そのうち、その単語が使われる英文契約書上の用例を調べて「英借文」するという利用方法だけに特化されていったので、今回の分冊化で“用語”部分が分かれたおかげで私にとっては余計だった情報が減り、使いやすくなりました。

中上級者にとっては、和→英から探すというワンクッションが入ってしまう(旧版に引き続き英語の逆引きインデックスもない)点がまどろっこしいかもしれません。そういう意味では、『新編 英和活用大辞典』の英文契約書版をどなたかが書いてくださるとありがたいのですが。
 

EUのクッキー規制対策があちらの世界にイッちゃってて参考になる件


EU一般データ保護規則(General Data Protoction Regulation:GDPR)が正式に可決してはや半年。違反した場合には2,000万ユーロまたは前年度の全世界売上の4%のいずれか高い金額が制裁金として課されることもあり、2018年5月25日の施行日に向けて本格的な準備に入られている企業も多いことかと思います。

この影響かもしれませんが、いわゆるEUクッキー法(e-Privacy Directive)が施行された2012年ごろから対策が徹底されてきたEU圏のウェブサイトを訪問すると、トラッキングクッキー取得の同意ダイアログのトーンがまた一段階厳密になってきたような印象を受けます。

そんな中でも、先日私が衝撃を受けたサイトが、The Next Webさんです。

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吹き出しが現れ、“クッキー”をおでこの上に乗せた男性が。

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おもむろに顔の上でこのクッキーを滑らせはじめ、

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手を使わずに口に運び・・・

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パクっと食べて、

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ヤッターみたいな顔になっておりますwww


iPhoneのブラウザでこの動画(アニメーション)を見た瞬間、度肝を抜かれました。私は職業柄「クッキー取得の同意依頼をギャグ混じりにやってるわけね」と意味を察することができたのですが、サイトの動画コンテンツか、もしかするとうざったい全画面広告か何かと誤解される方もいたんじゃないでしょうか・・・。


私がこのスクショをとったのは10月5日のこと。その後、さすがのThe Next Webさんもやり過ぎだと思ったのか、本日現在はクッキーが目の上に載った写真だけに変わってしまい、動画(アニメーション)はやめられてしまったようです。残念。それでも顔にクッキーを乗せている静止画は見られますので、ぜひご訪問なさってみてください。

ここまでイッちゃってる事例もある中、EUにおいてどんなトーンや手法で有効なクッキー同意を取得すべきかについては、まだまだいろんなアイデアが出てきそうです。
 

【本】『数理法務のすすめ』― “経験”ではなく“論理”で経営者にアドバイスをするために必要となる法律以外の知識とは(追記あり)


2014年のマイベスト法律関連書籍であった『数理法務概論』の翻訳者のお一人である西村あさひ法律事務所 草野耕一先生が、その応用編として書き下ろしたのが本書。一読して理解できるような本では決してないものの、普段の仕事を数段上の高みに引き上げるきっかけを与えてくれる、おすすめ書籍となっております。


数理法務のすすめ
草野 耕一
有斐閣
2016-09-09



特に企業法務に直結するのは5〜6章「財務分析」でしょう。まず、法務がなぜファイナンスを学ぶべきなのかについて。経営者に対して“経験”ではなく“論理”でアドバイスするのが法務パーソンの役割である以上、ファイナンスの知識が絶対に必要だということが、明快に述べられています。

あなたが顧問をしている企業の経営者からM&A取引や自社株買いあるいは公募増資などの具体的な経営政策の当否について意見を求められたとき、あなたは何と答えるのであろうか。「それは法律問題ではないので、あなた自身がお決めください」。あるいは、「私がいえることはただ1つ。善良な管理者の注意を尽くして行動して下さい」。これではあまりに情けない。提示された政策の当否について会社法の知識とその企業を取り巻く状況を踏まえてできるだけ明確な意見を述べてあげたい、そうあなたも思うのではあるまいか。しかしながら、企業経営をしたことのないあなたには提示された政策が企業に何をもたらすかを経験的に知るすべがない。したがって、その政策を会社法の理念に照らしてどう評価してよいか分からず、結局のところ有益な意見を述べることができない。(P168)
このジレンマを打開してくれるものがファイナンス理論である。ファイナンス理論は経営政策の帰結を論理的に明らかにするものだからであり、その帰結と法律知識を結びつけることによって提示された政策の当否を(経験的ではなく)論理的に語ることが可能となる。これこそは法律家であるあなたにふさわしい意見の述べ方であり、それができる能力を養うことに法律家がファイナンス理論を学ぶ最大の意義がある(P168)

では、ファイナンスとリーガルを統合することで経営にどのようなアドバイスができるのか。6章では、投資政策/資本政策/配当政策/多角化政策/非営利政策の検討におけるその具体例が挙げられています。以下は配当政策に関する一節。

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【図6−9】を子細に眺めていると配当政策のあるべき姿が自ずと見えてくるのではないだろうか。それは、「配当政策は他の政策の結果として他律的に定まるべきものであり、独自の配当政策というものを作り出すことは有害無益である」という考え方である。(P290)
(1)株主に分配可能な資金がある場合であってもNPVがプラスとなるプロジェクトがある限り、資金はそのプロジェクトに用いるべきである。なぜならば、
 ,修離廛蹈献Дトの実施を断念すれば、株主価値の最大化という経営の目的がその限度において阻害され、
◆〇餠發魍主に分配したうえで資金を借り入れてそのプロジェクトを実施すれば、資本構成の最適性が保たれず、
 資金を株主に分配したうえで新株を発行して新たな株主資本を調達してそのプロジェクトを実行する行為は分配可能資金をそのままプロジェクトに用いる行為に比べて不効率である。なぜならば、新株発行を実施するためには多額の取引費用を支出しなければならず、そのうえ、バッキング・オーダー理論に従えば、新株発行を行うこと自体が1株あたりの株主価値の希薄化を招く
からである。

(2)NPVがプラスとなるプロジェクトがないのであれば分配可能資金はすべて株主に分配すべきである。なぜならば、
 〇餠發鯤配しないでNPVがマイナスのプロジェクトに用いれば確実に株主価値は減少し、
◆〇餠發鯢藝弔諒嶌僂砲△討譴弌∋駛楾柔の最適性が保てない
からである。

配当政策の基本原理がかくのごときものである以上、年間の収益に占める配当の割合が企業の業種によって異なってもなんら不思議ではない。一般的にいえば、NPVがプラスの投資機会に恵まれた成長産業に属する企業の場合はできるだけ配当を減らして収益を再投資に向けるべきであり、他方、成熟産業に属する企業は誇りを持って大胆な収益の分配を行うべきである。(P292)
会社法の解釈論としていえば、経営者は、配当政策を決めるにあたり配当課税効果まで考慮する義務は負っていないといえるのかもしれない。しかしながら、経営者を選任するのは株主であり、株主にとって真に重要なことは彼らにとっての税引後所得であるから、事実問題として言えば、配当課税効果まで考慮して配当政策を決める経営者がいてもなんら不思議ではない。(P297)

上場会社の株主総会のご担当者であれば、別冊商事法務などのアンチョコを参考にして毎年作成する配当関連質問の回答案に漂う白々しさから脱却するヒントとなるでしょうし、配当政策を変えようか悩んでいる経営企画部門の壁打ち相手を担えるようにもなるかもしれません。


2017.8.13追記

有斐閣のPR誌「書斎の窓」2017年3月号に、田中亘先生による書評が掲載されていてものすごい迫力でしたので、紹介します。

書評『数理法務のすすめ』なぜ法律家は数理的分析を学ぶべきなのか
「このような知識の習得は、法律学の片手間にできるものではなく、むしろ専門家に任せたほうがよいのではないか?」という疑問が生じるかもしれない。
 それに対する1つの回答は、現代の法律問題には、本書で説明されているような社会科学に対する理解がなければ満足に解決できないものが多く存在する、ということである。
 一例を挙げると、最近、最高裁は、反対株主の買取請求に係る株式の価格決定事件(会社法786条)において、収益還元法によって非上場株式の価値を評価した場合には、当該株式に流動性がないことを理由とする価値の割引(非流動性ディスカウント)をすることは許されない、と判示した。その理由の1つとして、収益還元法は、将来期待される収益を一定の資本還元率で還元することによって株式の現在価値を算定するものであり、類似会社比準法と異なり、「市場における取引価格の比較という要素は含まれていない」から、と判示されている。しかし、収益還元法(より洗練された評価手法であるDCF法も同様)で用いられる資本還元率(割引率)は、通常(この事件もそうであった)、上場株式の過去の収益率をもとに決められる。その点で、市場における取引価格の比較という要素は、収益還元法やDCF法にも当然含まれているのである(資産評価の際に用いられる割引率は、投資家が当該資産に投資するために最低限要求する期待収益率である。従って、上場株式の収益率をもとに割引率を決めるということは、当該資産には流動性があることを前提にして評価を行っているということである)。もしも最高裁が、本書第5章で説明されている資産価格の理論(特に、割引率の意味及びその決定方法)について正しく理解していれば、前記のような理由づけによって非流動性ディスカウントを否定することはなかったであろう。


[以下おまけ 〜事前にファイナンス知識を得るための参考書籍〜]

本書において登場するファイナンス用語や概念、たとえば上記引用で言えば「NPV」「株主価値」「資本構成の最適性」などについては、本書内でも必要最低限の説明はあります。しかし、(ファイナンスの知識以上に)高校レベルの数理技術が本文中に普通に出てくるただでさえ難易度の高い本書を読み通すにあたっては、事前に何冊かのファイナンス関連書籍に目を通してその用語や概念に慣れておくことをおすすめします。

当ブログはファイナンス専門ブログではありませんし、詳しくはその道の専門家にお尋ねいただければと思いますが、以前、『数理法務概論』の弊ブログ記事コメントで「ファイナンスのおすすめ本は何か?」とご質問をいただいたこともあるので、私がよく読み返しているものをいくつか一言コメントを添えてご紹介しておきます。

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ざっくり分かるファイナンス
学問的な体系にとらわれず、セミナーのような語り口で、会計とファイナンスの違いから分かりやすく解説してくれます。私は、他のファイナンス本を読んでいて用語や概念についていけなくなったときに、学生ではなく企業人向けに言葉を噛み砕いて分かりやすく説明してくれるこの本の該当箇所を読み返すようにしていました。

新版グロービスMBAファイナンス
体系的なまとめ+ケーススタディも交えた文字通りMBA教材っぽいテキスト。どこの本屋さんにも必ず置いてあるほど売れ筋なだけあって、内容もこなれていて文字やレイアウトも読みやすい。米国の教科書の翻訳本ではないため日本企業の事例が積極的に取り上げられるなど、日本人読者にフレンドリー。

ファイナンシャル・マネジメント 改訂3版
米国の大学院でも使われている正統派教科書の翻訳。ブリーリー著『コーポレート・ファイナンス 第10版』のほうがメジャーですが、あちらは大部で記述にも少し冗長なところがあるので、こちらをおすすめしておきます。

MBAバリュエーション
ビジネスにファイナンス理論を活かす代表的場面であるバリュエーション=企業価値評価についての初級者向け書籍。同じく森生明先生の新刊『バリュエーションの教科書』は最新かつ各論のノウハウが詰め込まれているのに対し、こちらは基本を漆塗りのように固めていく内容になっています。

超入門 企業価値経営』『MBA アントレプレナー・ファイナンス入門
中小・ベンチャー・スタートアップ企業をバリュエーションする際、上場企業のような評価軸をそのまま使うことができないのですが、実際の投資案件はそのステージの企業が多いのも事実。そこに特化したバリュエーションについて学ぶならシリーズもののこちら2冊がおすすめ。前者は会計→ファイナンス→バリュエーションの順にストーリーに沿って手を動かしながら学べる本で、後者は理論に特化して解説する本になってます。

企業価値評価 第6版[上]』『企業価値評価 第6版[下]
この分野では超有名・定番本です。ファイナンス理論を経営判断の場面にどのように当てはめると役立つのかが端的に・論理的に・具体的に述べられており、冒頭から目から鱗が落ちまくることまちがいなしです。ちょうど先月新しい第6版が出たばかりですので購入にはベストなタイミングです。

【本】『M&Aにおける財務・税務デュー・デリジェンスのチェックリスト』― 結局DDの責任を取らされるのは法務だし

 
昨日ご紹介の『法務デューデリジェンス チェックリスト』とセットでどうぞ。





M&Aのデューデリジェンスには、法務・知財・財務・税務・人事・ビジネスと大きく分けて6つの側面があります。そして法務は、契約書の表明保証条項を作り込む立場である以上、少なくとも各DDの結果についてはすべての側面から把握しておく必要があります。買収後に実際に問題が発覚・発生した時には、それが財務・税務分野の問題であったとしても、「どうにかしろよ」と責任を追求されるのは残念ながら法務です(はい、そんな経験をしたことがあったような気がすっごくします。あれ、目から大量の汗が)。監査法人・税理士法人等の専門家を使って調査したからといって、DD委託契約の鉄壁の免責条項に守られた彼らが、あなたの代わりにその問題の責任を取ってくれるわけではありません。

結果を把握するために、DDを委託した専門家が対象会社との間で交わしたQAリスト・DD報告書を読み、DD報告会に出て…というのは当然にやっていらっしゃることだと思いますが、加えて、その過程で必ず行われているはずの対象会社の責任者に対して行う財務・税務インタビューについても、長時間で疲れはしますができる限り同席したほうがよいと思います。インタビューに立ち会っていればはっきりと匂いが嗅ぎ取れる“危ない話”も、QAのアンサーメモやDDレポートの形になるとどうしても上品・マイルド・曖昧な表現になってしまい、見落としがちだからです。M&Aを得意分野とされている弁護士の先生方ほど、こちらからお願いしなくても「財務・税務のインタビューにも同席させて欲しい」と大概おっしゃるので、これはセオリーなのでしょう。とはいえ、普段財務や税務の実務に携わっていない者には疑問・質問の目線をどの辺に置けば効果的なのかわからない。そんな時にこのようなチェックリストが手元にあると、インタビューの時間を有効に活用できるものと思います。

本書はDDのチェックリスト本の中でも、財務だけでなく税務をあわせて取り扱い、さらには法務DDで確認する定款・登記簿・規程をはじめとする基礎情報や、ビジネスデューデリの範疇となる企業評価との整合性を確認する目線も意識的・体系的にカバーされているのがよいところだと思います。その現れが、璽據璽犬砲△詼椽颪料澗料や、チェックリストと合わせて示されている図表・解説にも見て取れます。

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余談ですが、この本、「はじめに」に面白い一幕が。

チェックリストは網羅性を重視し、一方で、各項目の解説については、エッセンスを記載することで、1つの論点を詳細に解説することは避けています。決して怖い編集者の方に、締め切りに間に合わせるように急かされた結果、このようなシンプルな形になったわけではありません。
最後に、本書を企画時から担当してくださり、締め切りに間に合わせることの重要性を教えてくださった中央経済社の末永芳奈氏(中略)に改めて厚く御礼申し上げます。

なんかあったんですかね?あったんでしょうね…。
 

【本】『法務デューデリジェンス チェックリスト』― 10億円サイズのM&Aというリアリティ

 
西村あさひ法律事務所パートナー 佐藤義幸先生の著書。オンデマンドペーパーバックで9月29日に発売予定だそうなのですが、私は待ちきれず、Kindle版を購入しました。






法務DD本といえば、長島大野の『M&Aを成功に導く 法務デューデリジェンスの実務(第3版) 』が定番の書として不動の地位を築いています。その独占市場に、チェックリストに特化しかつオンデマンド&Kindleフォーマットによるお買い得価格で殴り込みを掛ける本書。その意気込みとアプローチ、素敵です。

本書は、筆者が長年使用してきた法務デューデリジェンス(法務DD)のチェックリストを標準的なものに再整理した上で公開するものです。

お買い得価格といっても、内容は西村あさひクオリティという安心感。そして、

対象会社として、特に強い業法規制のない時価総額10億円程度で、上場を前向きに検討しているが、他社グループとの統合も選択肢としている未上場会社を想定しました

この「時価総額10億企業」というターゲットもリアリティがあります。四大クラスの法律事務所は起用しない、かと言って法務DDをさぼるわけにはいかないというライン。掘り出しもの案件であればあるほどスピード勝負となり、チェックリストを片手にさっさと商談→DDをはじめ、鉄は熱いうちに打てで一気にクロージングに突き進むに限ります。去年まさにそういう案件にまみれていた私としては、この本がその時出て入たら助かったのに…と。

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サブタイトルには「万全のIPO準備とM&Aのために」とあります。たしかに、ウェブサービスで起業して早期のEXITを狙っているアントレプレナーの方なんかが、企業価値をより高く見せるためのセルフチェックに使うのもいいですね。
 

【本】『個人情報管理ハンドブック〔第3版〕』― 情報法に悩まされ続ける企業法務担当者にとっての精神安定剤


1か月以上前にTMI総合法律事務所のY先生からご恵贈いただいた、にもかかわらず、書評をアップし忘れておりまして大変失礼致しました…。正直な所、先ほど伊藤先生がブログにアップされた書評を見て、アッと思い出した次第です。

私自身は恥ずかしながら本書第1版・2版のユーザーではありませんでしたが、個人情報保護法以外の関連法(マイナ法・民法・プロ責法・不競法・刑法・不ア禁法・著作権法・会社法・金商法・サイセキュ法)を広くカバーし、かつ企業が知りたい実務的な各論も漏らさずに網羅した、こんなにも使いやすい概説書があったんだな、と驚きました。





TMI総合法律事務所さんについて、私は、頭ごなしに専門知識を振りかざす前に企業の困りごとにきちんと耳を傾けてくださる先生が多いという印象を持っています。本書の内容も、そういったTMIの先生方から受ける普段の印象通り、企業法務担当者に寄り添った読んでいて安心できるものになっています。

たとえば、その一例が、「自己情報コントロール権」についての記載についてです。本書のような情報法の概説書を評価する際、私は「自己情報コントロール権」に関する記載ぶりをチェックするようにしています。というのも、アメリカでの自己情報コントロール権説の隆盛や、日本の一部の下級審判例で示された自己情報コントロール権を認める見解などを必要以上に大きく取り上げて、企業の不安を煽る書籍も少なくないからです。この点、本書の記載はまさに100点満点と言うべき内容でした。

プライバシー権を「自己情報コントロール権」、すなわち自己に関する情報をコントロールすることができる権利と積極的に定義づける見解がある。これは、コンピュータの発達に伴い、大量の個人情報が公的機関、民間事業者問わず大量にデータ化され、その保護が重要になったことに伴い、支持されてきた見解である(たとえば佐藤幸治『憲法〔第3版〕』(青林書院、1995年)等)。この見解に基づいた場合、プライバシー権は自己の情報の開示・訂正・抹消請求権を含むものと解されている(なお、法的権利性については、第7章430頁以下参照)。
下級審判決の中には、マンション購入者名簿事件(東京地判平成2・8・29判時1382号92頁)やニフティ掲示板事件(神戸地判平成11・6・23判時1700号99頁)等自己情報コントロール権の考え方に影響を受けた判決例が現れ始めているが、これらの下級審判決においても結局は私事性、非公知性等「宴のあと」事件判決以降採用されてきた3要件に基づいた判断がなされており、その意味で正面からプライバシー権を「自己情報コントロール権」であるとまで認めているものではない。(P65)
民法学説上は、ほとんどの学説において、少なくともプライバシーの権利が民法上保護され得る1つの権利ないし利益であることが承認されているが、なお従来のプライバシーの権利概念を前提としており、これを自己情報コントロール権として理解するにはなお消極的のようである。民事法の見地からは、プライバシーの権利を自己情報コントロール権と定義づけることは相当でなく、自己に関する記録を閲覧する権利、本来収集されるべきでない情報や誤った情報の訂正・削除請求権は、原則的に肯定する方向で検討する価値があるが、これをプライバシーの権利に包括することはきわめて困難であるとする見解がある。(P432)
最高裁も、最判平成20・3・6民集62巻3号665頁は、プライバシー権に自己除法コントロール権が含まれていることを認めた大阪高判平成18・11・30判時1962号11頁を破棄し、「憲法13条は、国民の私生活上の事由が公権力の行使に対しても保護されるべきことを規定しているものであり、個人の私生活上の事由のひとつとして、何人も、個人に関する情報をみだりに第三者に開示又は向上されない自由を有するものと解される」と判示して、自己情報コントロール権が憲法上保障された人権と認められるか否かについては正面から判断しなかった。(P433)


また、情報法に関する企業法務パーソンの最近の悩みどころナンバーワンと言えば、日本の改正法だけでなく、多数国に渡る個人情報保護法制についてもキャッチアップが求められているという点でしょう。これについても、第10章の40頁ほどを割いて、
・欧州
・米国
・韓国
・シンガポール
・香港
・台湾
・中国
・インド
といった主要国の情報法制のポイントを概説してくださっています。


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米国のCOPPAについては対応が悩ましい部分ではあるので、もう少し企業としてなすべきことはどこまでかといったレベルまで踏み込んで書いてくださっても良かったかな、と思うところもありましたが、これだけの国についてまずは確認すべき法令の存在を知らせてくれるだけでもありがたいというべきでしょう。


各章のトビラ部分には、経営者から企業法務担当者が聞かれがちな「つまりどういうこと?」「結局何を知っておけばいいの?」が端的にまとめられていて、こんなさりげないところにも本書執筆陣の配慮・サービス精神を感じました。


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ということで、久しぶりに法律書マンダラ2016を更新しておすすめしたい本に出会うことができました。このようなすばらしい書籍をご恵贈いただいたにもかからずご紹介が遅れたこと、Y先生には重ねてお詫び申し上げます。
 

Appleも利用規約を簡素化しはじめた

 
iPhone7が発売開始となり、iOSもついにニケタ番台の10へアップグレードになりました。

これにあわせるように、App StoreやiTunes Storeでコンテンツをダウンロードする際に必ずみなさんが同意させられていた「iTunes Store サービス規約」が大きく改訂されています。タイトルも一新し、「Appleメディアサービス利用規約」に。その目指すところは、Apple自身の説明によれば、

短縮、および条件への明瞭度を向上させます。

というもの。

とはいえ、毎度毎度の「踏み絵」作業で、みなさん読まずに同意ボタンを2回押されたことと思いますので、Google Docsに転記して、読みやすくなるよう見出しレベルを整理してみました。


Appleメディアサービス利用規約

AMST&C


見出し4階層のみ、抜き出してみます。

A.サービスの概要

B.本サービスを利用する
 支払い、税金、返金
 Apple ID
 プライバシー
 本サービスとコンテンツの利用ルール
  すべてのサービス
  iTunes Store コンテンツ
  App Store コンテンツ
  iBooks Store コンテンツ
  Apple Music
 再ダウンロード
 購読
 コンテンツとサービスの提供可能性
 非APPLEデバイス

C.本サービスへの送信
 送信ガイドライン

D.ファミリー共有
 承認と購入のリクエスト
 ファミリーメンバーの変更
 ファミリー共有のルール

E.お勧め情報の機能

F.追加のiTunes Store に関する規約
 シーズンパスとマルチパス

G.追加のApp Store に関する規約
 App Store コンテンツのライセンス
 App内での購入
 Appのメンテナンスおよびサポート
 ライセンスアプリケーションエンドユーザ使用許諾契約
  a.ライセンスの範囲
  b.データの利用に同意する
  c.解除
  d.外部サービス
  e.保証なし
  f.限定責任
  g.(米国外への輸出)
  h.(米国連邦調達規則)
  i.(準拠法および裁判管轄)

H.iBooks Store に関するその他の条件

i.Apple Musicに関するその他の条件
 Apple Music メンバーシップ
 iCloud Music ライブラリ

J.全サービスに適用される諸条件
 Apple の定義
 契約変更
 サードパーティーのマテリアル
 知的財産権
 コピーライト通知
 サービスの終了と一時停止
 保証の否認、限定責任
 免責条項
 公的機関の制定法上の例外
 準拠法
 その他の条項

※( )はAppleの利用規約に見出しがなく私が適当に付けたものです


はい、たしかに、iTunes Store/App Store/iBooks Store/Apple Musicの4つのコンテンツ種別ごとに共通するもの・しないものを整理していて構造的に分かりやすいですし、以前のバージョンに見られた同じ注意文言や義務規定が規約内で言い方を変えて何度も繰り返されるようなことがなくなり、かつ、(日本語訳に硬さは残るものの)平易な言葉遣いとなっていて、結果、文書量も短くなっています。


利用規約を簡素化する動きについては、GoogleFacebookあたりが先んじていましたが、ついにAppleがこの動きに追随することをはっきりと表明したことで、この傾向が加速することは決定的になったといってよいでしょう。法務パーソンとしては、文書を短く読みやすくしながらも、いかに手短にかつ法的に抜け漏れや隙が生まれないように利用規約を作っていくかというドラフティングテクニックが一層問われることになります。
 

特許知財系ライトニングトークを開催しました

 
先日、ウェブ・アプリ・エンタメ系企業の特許担当者の方ばかりにお声掛けをして、はじめての「特許知財系ライトニングトーク」を @katax さんと開催しました。

知財の方が集まる場というと知財協やパテサロさんがありますが、企業内"特許"担当者、しかも非ハードウェア業界の方だけに限定した集まりとなると、あまり無いのではと思います。そもそも人数もいませんしね。なので、法務系LTの時のようなオープンな募集はやめて、ツテを辿ってお声かけをしていく方法をとりました。LTが成立するほど集まっていただけるのかが不安だったのですが、結果的に今をときめく大手企業ばかり10社から、合計20名のみなさんに集まっていただきました。


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ライブならではということで、書籍や雑誌では読めない血の通った創意工夫ぶりやこの分野の専門家ならではの知見の一端をお伺いすることができました。最近特許について情報交換することが増えた @katax さんも登壇され、しかもブログにスライドを公開されていますので、是非ご覧になってください。私も賑やかしとして登壇し、初めて発明者として登録にいたった自分の職務発明についてそれが生まれたきっかけを中心にお話したのですが、一部内容に不適切なものを含んでいたので(企業秘密という意味ではないです)、非公開とさせていただきます。

知財は未来を見る・作る仕事という要素が多い点で、LTも前向きな話が多くて楽しいなと再認識しました。というと、法務が後ろ向きな楽しくない仕事ばかりのように聞こえてしまいますが…苦笑。それと、久しぶりに運営に加えてライトニングトークをやってみて、5分の持ち時間のあまりの短さに驚きました。自己紹介は割愛し、スライドは10枚が限界ですね。

やはりこういった共通の興味と専門性をもった方同士ばかりが集まる機会自体があまりなく貴重ということで、第2回のリクエストもいただいております。次回は、お声掛けする対象者をもう少しだけ広げて、2017年1−2月ごろに開催しようかなと思っています。ご出席頂きたい方には私ども運営からまたお声掛けをしたいと思いますので、是非ご参加をお願いたします。
 

【本】『ユーザを成功に導くシステム開発契約〔第2版〕』― スルガ銀行事件やファーストサーバ事件を受けてもビクともしないモデル契約に改めて学ぶ


日比谷パーク法律事務所 西本強先生の御著書の第2版が出版されました。ユーザの立場からベンダと契約交渉する法務パーソンにとって本書は定番書であり、2011年の初版を蔵書している方も多いはず。要更新です。





全体のボリュームは初版から約50ページ増えて380ページに。表紙の色の変化とあいまって、手に取ると初版とは別の本のようです。ページ数を増やした主な要因は、民法改正法案(2016年3月時点)がシステム開発契約に与える影響についての解説が加えられたことによるもの。章を分けて総括的に注意点を述べることはせず、モデル契約書の逐条解説パートで個別具体的に当てはめて影響を解説してくださっています。これにより、法改正となった場合の影響を一般論として語られても実感が湧かないという方に応えるものとなっています。例えば、瑕疵担保責任の条項に加えられた改正の影響解説は、こんな感じ。

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初版が発売された当時、本書のモデル契約に倣って自社のシステム開発契約ひな形を整備された方も少なくないのではと思いますが、モデル契約自体の修正は最小限に留められていましたので、ご安心ください。参考までに、私がチェックして発見した限りでの初版のモデル契約との差異を以下にリストアップしておきます。
  • 第2条(定義)
    IPA共通フレーム2013の更新に伴う改訂
  • 第5条(委託料及びその支払方法)
    個別契約の総額に上限を付し、上限を越えた場合には「合理的な根拠」を示すこととしているが、その合理的な根拠の説明として「(増加した委託料によりシステムが完成できることを示す根拠を含むが、これに限らない。)」を追加
  • 第9条(乙のプロジェクトマネジメント義務)
    ベンダの義務として「各工程において得られた情報を集約及び分析して、ベンダとして通常求められる専門的知見を用いてシステム構築をすすめ」を明記
  • 第37条(変更の協議不調に伴う契約終了)
    契約上の手続きに沿ってシステム仕様変更等の協議を行ったが、これが整わずにユーザが個別契約の続行を中止する場合には、「個別業務の未了部分について個別契約を解約することができるものとする。」を明記
  • 後文
    初版では甲乙“署名”押印の上とあったのを“記名”押印に修正
※第47条(FOSSの利用)で、「当該FOSS利用のメリット及びデメリット(第三者ソフトウェア利用のリスクを含む。)」と改訂が加えられていたのですが、おそらくこれは初版の「(FOSS利用のリスクを含む)」のままで問題なかったのではと思われます。


あわせて、索引の差分も確認してみました。新たに追加されたキーワードは以下のとおりです。
  • アドオン
  • 委託代金の支払時期
  • 瑕疵修補責任
  • カスタマイズ
  • 議事録
  • 共通フレーム2013
  • サービスの一時的中断事由
  • 支払日
  • 重過失
  • スルガ銀行対日本IBM事件
  • 請求権競合
  • 中間資料
  • バックアップ取得
  • パッケージ型システム開発
  • プロジェクトマネジメント義務違反に基づく解除
  • 法条競合
  • 有効期間

この手のシステム開発契約に詳しい方がモデル契約や索引のアップデート部分を眺めれば、スルガ銀行事件やファーストサーバ事件が近年のシステム開発契約の実務に大きなインパクトを与えたことが、改めて認識できると思います。それでいて、初版から意味的な修正がほとんど入っていないのは、それだけもともとの解説内容やモデル契約書の完成度が高かったからに他なりません。
 
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