企業法務マンサバイバル

企業法務を中心とした法律に関する本・トピックのご紹介を通して、サバイバルな時代を生きるすべてのビジネスパーソンに貢献するブログ。

法務

契約締結交渉におけるリーガルマウンティング大全

こんな本が発売されてしまっていいのか?よく企画が通ったな・・・、と驚かされるばかりの、『人生が整うマウンティング大全 MOUNTFULNESS』を、笑いで腹を抱えながら読了しました。


人生が整うマウンティング大全
マウンティングポリス
技術評論社
2024-02-14



タイトルからして大爆笑。

前半のリアルかつボリューミーなマウンティングトーク事例の数々に、まずみなさん圧倒されるはずです。

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この冗談のような調子が最後まで貫くのか?私は何を読まされているのか?という恐怖にも似た感情に襲われ我を忘れかけましたが、中盤から落ち着いた縦書き筆致に代わり、気づくと内容も極めて真っ当なビジネス書を読んでいる自分に気づきました。

「ユーザーに気持ちよく"マウンティング体験"をさせるビジネスをいかに生み出すかが、日本企業がGAFAMに打ち勝つために必要な、これからの企業の勝負所」

という深い学びが得られる、優れた書籍です。

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こうしたマウンティングは、取引先との契約締結のシーンでもよく見かけます。

以下、私が法務担当として身に覚えのある、契約交渉シーンでのリーガルマウンティングの具体例を、初級編・中級編・上級編にわけてご紹介したいと思います。


初級編 こっそり直しておきましたマウント


「第15条だけ、『甲』と『乙』が入れ子になっていたようにお見受けしましたので、私の方であえて修正履歴を残さずに直しておきました。これまで何通も契約締結させていただいてますが、御社の◯◯法務部長様にいつも厳しいチェックで赤字をたくさん入れて頂いて、弊社も助かっています。」


何十条にもわたる契約書を作成していると、ふと集中力を失って甲・乙を逆に書いてしまうことがあります。条項によっては契約相手方を極端に有利にしてしまう、クリティカルなミスともなりかねません。基本的には、相手方から指摘をしてもらったら素直に感謝すべきなのですが、「私(相手方)が甲・乙を直したWordの修正履歴を返したら、いつもたくさんの文言修正を入れてくる細かい性格のあなたの上司にバレて大変でしょ?あの〇〇部長も今回ばかりは見逃しちゃったんですかね?」という余計なお世話とイヤミをあえてコメントするというマウンティング。

嫌われますね。

中級編 そんな論点当然承知してますよマウント


「御社のクラウドサービスの利用を検討しております。いただいた契約書ひな形を拝見しましたが、第30条の免責条項が貴社に故意・重過失があっても免責される条件となっており、無効と思われますので軽過失の場合のみ免責する条件に修正を希望します。え?これは法人間の取引だから、消費者契約法は適用されず、故意・重過失免責も有効ですって?いや、それはもちろん承知しております。私が申しておりますのは、改正民法548条の2第2項に定める不当条項に該当するのでは、という論点なのですが。」


免責条項は、契約交渉においてもせめぎ合いが必ず発生する部分です。その書きっぷりについて、民法の定型約款規制や消費者契約法の特有論点を交えながらの、「そんなのこちらは分かってますし、おたくこそ分かってないのでは?」的な、典型的リーガル・マウンティングの応酬。

仕事とはいえ、面倒ですね。

上級編 御社は英文契約に不慣れなんですねマウント


「"Whearas Clause"に、本契約締結に至る交渉の過程を詳細に記載していただき、お手数をおかけしました。ところで、米国ロースクールに留学した経験がある小生には、どうしても気になってしまった点があります。英文契約のWhearas Clauseとは、契約を構成する約束に法的拘束力を与える根拠としての『約因』がないと無効になってしまう、という判例に影響されて存在しているパートなのは、貴殿もご存知かと思います。しかし、貴社は日本法を準拠法とすることを希望されていますし、記載いただいた内容も単なる契約交渉過程の事実の記述であって約因にも該当しません。見出しを"Backgrounds"と変更し、これらを残す案も考えましたが、やはり不要な記述であり、削除させていただきました。」


英文契約となると、契約交渉の初級者・中級者には知り得ない独特の慣習や言い回しがつきまといます。社内に実務経験豊富な先輩がいたり、米国資格を有する弁護士に気軽に相談できる環境があればこんな事故も起きないはずですが、すべての会社がそうとは限りません。慌てて購入した英文契約のひな形集と首っぴきになりながら見よう見まねで頑張って英作文した長文を、海外留学マウントを交えながらバッサリとカットされたときの虚無感。

法務って、何年やったら修行期間が終わるんですかね。


コメント欄で、本ブログの読者の皆さんの「リーガルマウンティング・エクスペリエンス」もぜひ共有してください。

『利用規約の作り方』改訂第3版は何をアップグレードしたのか

初版から11年、第2版にあたる改訂新版から5年。「そろそろ情報古くない?」と後ろ指を刺される頻度も年々増していく中、雨宮美季先生・片岡玄一さんと私3人の共著『良いウェブサービスを支える「利用規約」の作り方 【改訂第3版】』を出版することができました。

改訂新版をリリースした際も「全面的にアップデート」と胸を張っていた記憶がありますが、今回の改訂はあのとき以上に「アップグレード」しています。

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対象読者に求められる法律知識が高度になった

アップグレードの理由の1つが、対象読者層のレベルの変化です。本書が想定する読者は、エンジニア・スタートアップ経営者なのですが、法律専門家ではないはずの彼ら・彼女らに求められる法律知識のレベルが、11年前・5年前とは比べものにならないほど高くなったことを感じています。

具体例を挙げてみましょう。前版までは、プライバシーポリシーを作るための知識としての個人情報保護法を解説するにあたり、「個人情報」が条文上どう定義されているかまで厳密には解説をしていませんでした。当時の対象読者層には、そこまでの知識は不要との考えからです。しかし、デジタル社会化が進んだ現代では、個人データが数珠繋ぎにデータベース間で連結され、それを事業者が悪用もしくは不意に目的外利用するリスクについて、ユーザー側の理解度や警戒心は年々高まり続けています。商売上様々なパーソナルデータを扱うウェブサービス事業者自身が、自ら規制や法令を深く理解する必要性から、もう逃げられなくなったのです。

その法的リスクの範囲や影響の大きさを正確に理解し、ウェブサービス事業者としてあるべきプライバシーポリシーを自分の力で考えられるようになるためには、法律家が使うテクニカルターム(専門用語)である「容易照合性」や「提供元基準」といった考え方も、責任ある当事者の新常識として理解していただかなければならないだろう。そんな思いで、第3版では詳細に踏み込んだ解説を増やしました。

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ウェブサービスの課金モデルが変わった

11年前、そして5年前と大きく変わった点がもう一つあります。それは、「無料のウェブサービス」がもはや古いものとなり、有料課金が当たり前になった点です。

かつてウェブサービスは「広告モデル」「フリーミアム」が前提にありました。お客様には基本無料でサービスを使ってもらい、法的責任だけ「一切責任を負わない」免責文言で最大限に免除しておきさえすれば、儲けや永続性は後で考えればいいだろうという牧歌的な時代だったと言えます。本書のひな形文書の各条文も、そうしたビジネスモデルを前提としていました。しかし競争は激化し、ユーザーの目は肥え、無料だからといって使ってもらえる時代は終わり、本当に価値があればお金を払うことも厭わなくなりました。皆様もご存知の、いわゆる有料サブスク・SaaSモデルの登場です。その代わりに、事業者が負うべき責任はユーザーから厳しく追求される時代になりました。

これに対応するため、有料サービスを継続していく上でのトラブル発生ポイントや、それを回避するための規約の作り方(とその限界)、特定商取引法に基づく表示の見直しなど、第2版ひな形との連続性は意識しながらもアップグレードを図っています。

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AIの影響を無視できなくなった

初版から望外の評価をいただき、書籍のオビにも「ロングセラー」と銘打っていただけるようになった要因の一つが、法律実務書のセオリーを無視したユニークな章立てにあると思います。

1章では、ウェブサービスに携わる誰もが知っていてほしい、最低限レベルの法律知識のラインと心構えを
2章では、起業家が弁護士にビジネス相談する会話内容をフックに、より実戦的であるあるな頻出法的リスクの各論解説を
3章では、具体的な規約ひな形をベースに、各条文の文言のウラに込められた真の狙いや法的背景を

本書は、これら各章が相互に・有機的にリンクするように工夫した構成となっています。それだけに、どこかの記述をイジれば、そこに紐づいた参照先も直さなければならなくなる大工事が発生してしまいます。

しかし、これからの時代のウェブサービスに対応した書籍とするために、起業家による弁護士へのビジネス相談シーンに「生成AI」の論点を盛り込むのは絶対必要。すると、2章の解説に追加・変更が発生するだけでなく、AIリスクを踏まえたひな形の書きぶりも、そのひな形にリンクする1章・3章の解説も書き換えとなるわけです。そんなわけで、気づけば5年間の法改正に対応するアップデートの域を超えて、ほぼ全面書き換えと言っても過言ではない作業量でのアップグレード版となりました。

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ひな形英訳バージョンの掲載を削ったにもかかわらず、このような著者らのこだわりが暴走し、全体では前版から50ページも増量という結果に。それにもかかわらず、出版社である技術評論社様には、初版から伴走し続けてくださっている傳さんに、新しく編集担当として藤本さんも加わり緻密な校正とリニューアルをお手伝いいただきまして、予定通り桜のシーズン到来に間に合わせることができました。

この『良いウェブサービスを支える「利用規約」の作り方【改訂第3版】』が、新しいビジネスの創造にチャレンジしようとされる皆様のお役に立てれば幸いです。 


良いウェブサービスを支える「利用規約」の作り方 【改訂第3版】
雨宮美季・片岡玄一・橋詰 卓司
技術評論社
2024-02-24




2024年2月19日追記:

発売までまだ数日ありますが、紀伊國屋新宿本店の5階で先行テスト販売されています。自分自身の目で現場を確認してまいりました。

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私は未確認の情報ですが、Xのポストによれば池袋ジュンク堂でも同様に先行販売があるようです。もしお急ぎの方がいらっしゃればぜひこちらでお求めください。 

TwitterアプリのBAN(配信停止措置)を巡るイーロン・マスクとAppleの「密談」に関する考察


Twitterを買収したイーロン・マスクが、AppleのCEOティム・クックに直談判し、「twitterアプリが配信停止になるのではと心配していたが誤解が解けた。ティムは、そんなつもりはさらさらなかったということだ。」とツイートしたことが話題になっています。



これについて、

「さすがはイーロン・マスク、行動力の人だ」
「Appleも話が分かる会社だ」

などと賞賛する向きもありますが、多くのアプリ事業者にとって、これを手放しで歓迎すべきではない行為と考えます。

そもそも、なぜtwitterがApp StoreからアプリBAN(配信停止措置)を受けそうになっていたのか?マスク氏の「Appleによる言論の自由に対する挑戦」と抗議をしていたわけですが、そこが問題の本質なのか?

マスク氏によるtwitter買収劇の当初の目的に遡って、この問題を分析しておく必要があります。

twitterにアプリBAN(配信停止措置)リスクが発生した背景


2022年4月にtwitter買収に名乗りを上げて以降、交渉過程で紆余曲折あり一時は買収資金不足による撤回のウワサも囁かれながら、結局マスク氏は10月28日付でtwitter買収を完了しました。

この買収劇が繰り広げられた半年間、マスク氏はtwitterがこの先生き残るための戦略として経営体制刷新と課金施策強化の必要性を表明し、CEO就任早々に取締役・従業員を大量解雇し、さらには「言論の自由」を守る必要性を訴えトランプをはじめとする閉鎖アカウントを復活させるなど、世間の耳目を集め続けてきました。

その騒ぎの裏で、Appleは「マスクCEO体制となった後のwitterに起こること」を予期し、準備していたのではないかと思われる行動をとっています。App Storeで配信するアプリ審査の基準「App Store Review ガイドライン」を、2022年10月24日付で、事前予告なく同日から改定したのです。

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今回のガイドライン改定では、NFTのアプリ内利用制限などの新たな審査基準がいくつか加えられましたが、その中の一つが、以下のアプリ内広告表示に関する課金ルールを加えた条文です。

3.1.3(g):広告管理App:広告主(商品、サービス、イベントを広告する個人や企業)が、各種のメディア媒体(テレビ、屋外広告、Webサイト、Appなど)にわたる広告キャンペーンを購入および管理することを唯一の目的とするAppでは、App内課金を使用する必要はありません。このようなAppはキャンペーン管理を目的としているため、広告そのものを表示することはありません。ただし、同一App内で表示するための広告(ソーシャルメディアAppへの投稿に使用される販促コンテンツなど)の購入を含め、App内で体験または消費されるコンテンツのデジタル購入には、App内課金を使用する必要があります

一読しただけでは何が言いたいのか分からない文章ですが、「広告(ソーシャルメディアAppへの投稿に使用される販促コンテンツなど)の購入」についても、Appleに対して支払う配信手数料(販売代金の30%)の対象となることが、新たに書き加えられました。

アプリ事業者がユーザーから収益を得る手段にはさまざまありますが、これまで、

・アプリをユーザーが入手(ダウンロード)する際のDL課金
・アプリ内で販売されるデジタルアイテムや拡張機能等を入手する際の追加コンテンツ課金
・動画やニュース等のアプリサービスの提供を継続的に受けるためのサブスクリプション課金

このような手法に限定されていたところ、上記文言の追加により、たとえばユーザーがSNSの中で広告などの手段により「目立たせる」ことを目的に行う課金についても、配信手数料の対象となりました。



イーロン・マスクがとった戦術


これに焦ったのがマスク氏です。

前述のとおり、マスク氏はtwitterを買収するにあたり、経営立て直しのためには企業広告一本槍からの脱却が必須と考えており、買収以前からtwitterユーザーへの課金強化を検討していました。中でも、一番手取り早い施策として、認証済みユーザーに与えるバッジ(マーク)等による販売強化を考えており、自身も何度かそのアイデアをツイートしていました。

ところが、Appleが10月24日にガイドラインを改定したことにより、文言上はこのユーザー課金施策が「広告(ソーシャルメディアAppへの投稿に使用される販促コンテンツなど)の購入」にあたり、Appleに手数料を支払わなければならない可能性が出てきたわけです。

マスク氏はこれに対し、以下のようなツイートでAppleに批判的な論者を煽る作戦に出ました。



「Appleが理由の説明もなしにアプリ配信停止をするぞと脅してきたが、これはtwitterが実現しようとしている言論の自由に対する挑戦だ」と。

実際、12月2日からスタートしようとしていた新しいアプリ課金施策をリスケしたところを見るに、Appleのアプリ審査チームにアプリを提出し、リジェクトを受けていたことは事実なのでしょう。そして、一般論としてAppleの審査チームがリジェクト理由について多くを語りたがらないのも事実です。

しかし、さすがにtwitterほどの大きな影響力を持つアプリを、何の理由の説明もなしに審査プロセスからリジェクトすることは考えにくく、今回の審査リジェクトは、用意周到に改定した10月24日ルールを理由にしたと考えるのが自然です。

ここでマスク氏は、Appleに配信手数料徴収を認めさせないための交渉カードとして「いかに世論を味方につけるか」という戦略に踏み切ることにし、「言論の自由への脅威」を訴える手法を選択したものと思われます。

Appleの打算


実際、このマスク氏の戦略は功を奏しました。

レッシグのような法学者がAppleを擁護する発言をする一方で、フロリダ州知事で次期大統領候補との評判もあるデサンティス議員をはじめとした政治側から、Appleを批判する声が上がり始めたからです。



日本においてもそうですが、米国ではデジタルプラットフォーマーの市場独占に対する政治の風当たりは強まる一方となっています。

そうした状況下で、私企業が言論の自由を脅かしているという論法で火をつけられると、SNSをそれほど利用していないようなアメリカ国民も交えて一気に「デジタルプラットフォーマー憎し」の世論に傾く可能性がある。Appleのクック氏は、この状況をいち早く収束させるべきと考えたのではないでしょうか。

冒頭紹介したマスク氏の「和解ツイート」は、Apple側がマスク氏に会談を持ちかけ、問題となった「広告(ソーシャルメディアAppへの投稿に使用される販促コンテンツなど)の購入」に対する手数料ルールの適用について、ある種の“手打ち”を行った可能性が高いものと考察します。

クローズドなアプリ審査プロセスが抱える課題


Appleのトップを交渉のテーブルに引き摺り出し、和解に持ち込んだマスク氏の戦略は、経営者としてさすがの一言です。しかしそれができたのは、大手アプリ事業者のバーゲニングパワーがあったからこそ。

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本当にクック氏自身が交渉相手だったのかは、マスク氏の動画に映る影しか手がかりがなく不明

中小アプリ事業者の場合、突然のルール改定によって収益が脅かされ、審査が通らなくなり、死んでいくケースがあります。そうしたルール改定や審査プロセスの透明性についてクレームをしても、トップのクック氏はもちろん、審査チームの責任者ですら、個別のアプリ事業者との対話の場に現れることはありません。

独占状態のストアにアプリをリリースするには、デジタルプラットフォーマーがいつ改定するかもわからない審査ガイドラインをクリアしなければなりません。その審査ガイドラインが制約なく自由に改定できてしまうこと自体も問題ですが、そこに書かれた文言の適用・不適用についての透明性について疑問を感じざるを得ないのが、今回のやりとりでした。

マスク氏個人の経営手腕はさておき、デジタルプラットフォームが課すルール適用に振り回されている中小デベロッパーの立場からは、こうした「デジタルプラットフォーマーと大手アプリ事業者にようる密談での解決」は、歓迎できないものであったというべきでしょう。


新アプリ法務ハンドブック
橋詰卓司
日本加除出版
2022-12-12

通知だけでサブスク料金を値上げできるApp Storeの「自動更新サブスクリプション」は日本においても適法か

Appleが、5月16日付で、「サブスクリプションの通知に関するアップデート」と題するリリースを行いました。



今回のアップデートにより、特定の条件下において事前にユーザーへの通知を行うことで、ユーザーのアクションを必要とすることなく、デベロッパが自動更新サブスクリプションの価格を引き上げることが可能になります。サービスが中断されることもありません。ここでの条件とは、値上げが1年に1回のみであること、値上げ幅が5米ドルおよび50%(年間サブスクリプションの場合は50米ドルおよび50%)を超えないこと、かつ、現地の法律により許容されていることです。Appleは常に価格の引き上げについて事前にEメール、プッシュ通知、またはApp内メッセージで通知します。Appleはさらに、サブスクリプションを確認、管理、解約(希望する場合)する方法についても通知します。

Appleが提供する自動更新サブスクリプションとは、「ユーザーがAppのコンテンツ、サービス、プレミアム機能を継続的に利用できるようにする」機能であり、「各サブスクリプションの期間が終了すると、ユーザーがキャンセルしない限り自動的に更新」される課金システムのことを言います(Apple:「自動更新サブスクリプションを使用する」より)。

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これまでの自動更新サブスクリプションでは、デベロッパーが価格を引き上げる際には、ユーザーから個別に承諾を得る必要がありました。これにより、iOSユーザー(消費者)にとっては、自分が承諾しない限り値上げ後のサブスク料金が請求されないという「安全弁」としての機能が提供されていたといえます。

今回のルール変更により、デベロッパーは、ユーザーからのアクション=承諾を得ずに値上げができることになりますが、一方でAppleがユーザーにとっての「安全弁」を最低限のレベルで維持するために、その値上げ範囲に一定の条件を設定しました。これにより、デベロッパーの不便の解消・プラットフォーマーとしての効率性向上・ユーザー体験の維持それぞれのバランスを図ろうとしたことがわかります。

Appleの狙い


Appleはなぜ今このルール変更・機能追加を行なったのでしょうか?

もちろん、そこにはデベロッパーに対するサービス向上という側面もなきにしもあらずですが、それ以上に、日本を含む各国の独占禁止規制により、Appleに対し、プラットフォーマーとしての決済機能の独占行為に厳しい目線が向けられていることが背景にあります。

2022年3月末、Appleはデベロッパーに対し、リーダーApp(雑誌、新聞、書籍、オーディオ、音楽、ビデオのうち、1つ以上のデジタルコンテンツタイプをAppの主要な機能として提供するApp)に限定して、iOSの決済機能を利用しないアウトリンク方式の外部課金をユーザーに案内することを特別に認めました。



これはスマートフォンアプリ市場における独占状態を問題視する日本をはじめとした各国政府当局からの指導に基づく措置でしたが、今回の「サブスクを簡単に値上げできる」便利なシステムを新たに提案することで、デベロッパーのアウトリンク方式外部課金への流出を引き止めようという狙いがあるものと推測します。

値上げ頻度は年1回・値上げ上限は原則5米ドルおよび50%


それでは、どのようなケースで値上げが自動的に適用されることになるのか、シミュレーションしてみたいと思います。

値上げが1年に1回のみであること、値上げ幅が5米ドルおよび50%(年間サブスクリプションの場合は50米ドルおよび50%)を超えないこと

このルールを、具体的に月額1,000円(税別)課金するサブスクサービスを想定して当てはめると、

5米ドル=650円(1ドル130円として)
50%=500円

これらがand条件でかかってくるため、条件△500円の値上げ幅、すなわち月額1,500円(税別)までの値上げであれば、年1回に限りではありますが、通知のみでサービス継続をし続けられることになります。

なお、リリース文にはありませんが、通知が送信されるタイミングに関しても詳細なルールが設定されており、記載に不明確な点があるものの、月間サブスクリプションの場合、最低限必要な通知期間として27日間、最初のメール通知が更新日の29日前との表記があります。

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サブスクリプション(継続課金)形式のアプリが増える中、エンドユーザー(消費者)に料金改定の承諾を求めれば、多くのユーザーがその時点でサービスを離脱します。そして、そうした悩みを抱えるアプリデベロッパーとしては、「Appleのプラットフォームを利用することで、ユーザーとスムーズにコミュニケーションし、継続課金を維持できる」という期待が持てます。

一方で、通知の内容を確認せず、先月まで1,000円だったサービスが気づけば1.5倍の1,500円に値上がりしていたことに後から気づき、驚くユーザーも一定数発生することは間違いなさそうです。

特定商取引法の規制強化・消費者契約法との衝突


そしてもう1点、気になる条件がこちら。

かつ、現地の法律により許容されていること

この点、デベロッパーにとっては残念ながら、日本においてはリスクがあると言わざるを得ない状況があります。2022年6月に施行予定の特定商取引法において、サブスクリプション課金を悪用する詐欺的な定期購入商法への規制強化が盛り込まれているためです。



この規制強化とあわせ、消費者庁から2022年2月9日付で「通信販売の申込み段階における表示についてのガイドライン」も公開されています。そこには、今回の法改正で新設された「特定申込みを受ける際の表示」の具体例が示されています。こうした表示規制は、表示を確認したユーザー(消費者)の「申し込み意思」を、承諾・同意ボタン等で取得する前提として設けられていると考えるのが自然です。

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ユーザーによる承諾という具体的行為ないまま、デベロッパー(およびApple)からの「通知」だけで契約の核心部分である料金を変更可能とする今回の機能を適法なものとするには、当該「通知」を閲覧したにもかかわらず解約をしないというユーザーの不作為を「値上げに対するみなし承諾」と評価するぐらいしかありませんが、このような整理は、消費者契約法10条にも抵触することとなりそうです。

(消費者の利益を一方的に害する条項の無効)
第十条 消費者の不作為をもって当該消費者が新たな消費者契約の申込み又はその承諾の意思表示をしたものとみなす条項その他の法令中の公の秩序に関しない規定の適用による場合に比して消費者の権利を制限し又は消費者の義務を加重する消費者契約の条項であって、民法第一条第二項に規定する基本原則に反して消費者の利益を一方的に害するものは、無効とする。

以上をまとめると、日本のユーザーに対し「自動更新サブスクリプション」による通知のみで料金を値上げした場合、これが適法と認められない可能性があると考えます。

同機能を利用し、通知のみでサブスク値上げをしたいアプリ提供者は、少なくとも、Appleが定める値上げ頻度と値上げ幅の上限を超えない範囲で価格変更がありうる旨を規約で定めておき、アプリ利用者からあらかじめ同意を得ておくことをお勧めします。
 

Google PlayのApp Store化とその影響—ブックライブのケース

 
iOSと比較した際のAndroid OSの特徴の一つに、アプリの入手経路であるアプリストアを、OS提供者であるGoogle以外の事業者が開設し、アプリの配信を行うことが認められている点が挙げられます。

そのような競争環境にありながらも、Android OSにおけるアプリストアマーケットは、OSそのものを提供するGoogleのアプリストア 「Google Play」が90%近くを支配していると言われ、米国では、この事実上の独占状態を違法とする訴えも提起されています。



そんな中、そのGoogle Playが、ストア内でのアプリ課金ルールについて、2020年9月に大きな軌道修正を発表しました。

それまでは、Google Playストアでダウンロードしたアプリであっても、Google Playの決済システムを利用せずにアプリ内課金を行ないデジタルコンテンツを入手することが認められていましたが、AppStore同様のルールを導入し、これを原則禁止することとしたのです。





この変更ルールの適用には一定の猶予期間(当初は2021年9月30日まで、その後申請に基づく延期が認められ2022年3月末日まで)が設けられました。そのため、各社対応のタイミングはまちまちであったものの、2022年2月〜3月にかけて、こうしたGoogle Playの課金システム外でデジタルコンテンツを販売していた日本の大手電子書籍アプリが対応を迫られています。

具体例として、2022年2月に、カルチュア・コンビニエンス・クラブ、東芝、凸版印刷らが運営する電子書籍リーダーアプリ「ブックライブ」が、

  • Google Play版の現行アプリは、2022年3月30日をもって配信を停止
  • Google Play外で配布する新公式アプリでは、これまでの決済手段を利用可能
  • 3月30日配布開始のGoogle Play版の新アプリは販売機能のない閲覧アプリ化

することを利用者向けに告知し、新アプリへ移行を促すプレスリリースを掲出しています。

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ブックライブの新アプリが採用しているような、公式ストア以外でのアプリの配布は通称「サイドローディング」と呼ばれます。iOSではOSのセキュリティを維持する理由から禁止されていますが、Android OSではこれが禁止されていません。

とはいえ、サイドローディングによりアプリをインストールしようとするユーザーに対して、Android OSがセキュリティ警告メッセージを発するため、ITリテラシーの高くない一般ユーザーにとっては、ハードルが高い行為であることも事実です。

なおGoogleは、Play Consoleのヘルプページにおいて

お支払いに関するポリシーを遵守していないデベロッパーは、ポリシーを遵守するまではアプリのアップデートを送信できません。ただし、重大なセキュリティの問題を修正するアップデートが必要な場合はこの限りではありません。2022 年 6 月 1 日の時点でお支払いに関するポリシーを遵守していないアプリは、Google Play から削除されます。

と警告しています。

AppleがついにiOSアプリのアウトリンク外部課金を認めた(ただしリーダーAppのみ)

 
本日付でApp Store Reviewガイドラインが改訂され、AppleがついにiOSアプリからのアウトリンク方式による外部課金を認めることとなりました。

これは、2021年9月2日付け公正取引委員会による処分「(令和3年9月2日)アップル・インクに対する独占禁止法違反被疑事件の処理について」を受けてのもの。

現時点ではリーダーApp(雑誌、新聞、書籍、オーディオ、音楽、ビデオなど、以前に購入したコンテンツを再生するアプリ)のみが対象ですが、これまで、アプリから直接の外部課金ルートへの誘導を絶対に認めなかったAppleが、はじめて一歩譲ったという形になります。

具体的に、レビューガイドラインの変更点を見てみましょう。

変更前:

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変更後:

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ガイドライン変更の最大のポイントは、「3.1.3 その他の購入方法」に記載された、一見しただけでは見逃してしまいそうなこのカッコ書の追加です。

次に挙げるAppでは、App内課金以外の購入方法を利用することができます。ただし、このセクションで挙げるAppでは、App内課金以外の購入方法の利用をApp内でユーザーに促すことは許可されません(3.1.3(a)に該当する場合を除く)

  • 柱書:「App内課金以外の購入方法を利用することができます 」
  • ただし書:「ただし…ユーザーに促すことは許可されません」
  • カッコ書:「(…を除く)」

という、法務パーソンがこんな契約書を作成したら、上司からもお客様からも激怒されそうなほどわかりにくい文章構造になっていますが、今回このカッコ書が加わったことにより、結論として、3.1.3(a)の「リーダーApp」に該当すれば、柱書に書かれた原則どおり、App内課金以外の購入方法を認めるだけでなく、ただし書きが禁止した直接誘導も認める、と解釈できるようになりました。

なお、どのアプリから・どのユーザーが・金額として幾らアウトリンク先(外部)で課金したのかは、デジタルプラットフォームとしてのAppleも管理をする必要があります。そのため、外部決済サイトへのアウトリンクの飛ばし方のルール(外部リンクのアカウントエンタイトルメント)が別途定められています。

要約すると
  1. アプリごとに事前登録し、審査を受ける
  2. アカウントが発行される
  3. 外部決済ルートを紐付けられるよう、Apple指定のExternal Link Account APIをアプリに仕込む
という手続きが必要となるとのこと。

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これが認められたアプリでの具体的なユーザー体験はどのようなものになるのでしょうか。

具体例を想像するに、Kindleアプリから書籍を検索すると、(これまではAppleが禁止していたため存在しなかった)「Amazonで購入」ボタンが表示され、Amazon ウェブサイトでの決済画面にダイレクトに飛んでそのまま購入できるようになるはずです。

ゲームアプリ等のリーダーApp以外への適用拡大や、こうして外部決済を行った場合にAppleが徴収する手数料の取り扱いがどうなっていくのかなど、Appleとアプリ開発者との間に横たわる課題はまだまだ山積みのように見えますが、ようやく、当たり前のことが当たり前にできるようなった、その第一歩という気がします。
 

Apple Developer Program License Agreement Schedule 2 (Paid_Applications_v118a) 英日対訳表

iOSアプリの開発者が、アプリ開発・公開前に必ず読んで同意しなければならない利用規約が、「Apple Developer Program License Agreement」(以下ADPLA)です。

このADPLA、日本語訳がアップル公式ウェブサイトにPDFで公開されているのですが、


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このページの「Apple Developer Program License Agreement (日本語)」を開いても、有料アプリに関する重要な規定が記載されている付属文書「Schedule 2 」については、なぜか日本語訳が収録されていないのです。


私が以前共著した『アプリ法務ハンドブック』では重要な規定を抜き書きした上で逐条解説しているものの、Schedule 2の全文を日本語訳にしたものはいまだ存在しないようなので、一念発起して作成してみました。

以下、Google Docsリンクとなっていますので、適宜ご参照いただければと思います。


Apple Developer Program License Agreement Schedule 2 (Paid_Applications_v118a) 英日対訳表

Apple Developer Program License Agreement Schedule 2 (Paid_Applications_v118a)  英日対訳表

こういうの、いざ作ろうと思うとめんどくさいんですよね。

誤訳等は見つけ次第、適宜このリンク先のファイルを更新していきますので、ご容赦ください。



さて、現在進行形で、販売手数料30%の正当性についてEpicと絶賛訴訟中のApple。



こうした批判への対策のためか、一定の条件を満たしたデベロッパーに限り、この販売手数料を15%に割引するプログラムを今年から開始しましたが、これに関する条件も、以下のとおりこのSchedule 2に記載されています。

3.4 Apple shall be entitled to the following commissions in consideration for its services as Your agent and/or commissionaire under this Schedule 2:
...
(b) App Store Small Business Program. For Developers who have qualified and been approved by Apple for the App Store Small Business Program, Apple shall be entitled to a reduced commission of 15% of all prices payable by each End-User for sales of Licensed Applications to End-Users located in those countries listed in Exhibit B of this Schedule 2 as updated from time to time via the App Store Connect site. You may qualify for approval in the App Store Small Business Program subject to the terms of the Agreement, this Schedule 2, and the following:

You and Your Associated Developer Accounts must have earned no more than $1,000,000 in total proceeds (sales net of Apple’s commission and certain taxes and adjustments) during the twelve (12) fiscal months occurring in the prior calendar year (“calendar year”), starting with the 2020 calendar year, as calculated by Apple under standard business practices.


3.4 Appleは、本スケジュール2に基づくお客様の代理人および/または委託先としてのサービスの対価として、以下の手数料を受け取る権利を有するものとします。
...
(b) App Store スモールビジネスプログラム。App Store Small Business Programの資格を取得し、アップルにより承認されたデベロッパー様に対して、アップルは、App Store Connectサイトを通じて随時更新される本スケジュール2の別紙Bに記載された国に所在するエンドユーザに対するライセンスアプリケーションの販売について、各エンドユーザが支払うべき全ての価格の15%の割引手数料を受領する権利を有するものとします。お客様は、本契約、本スケジュール2、および以下の条件に従い、App Store Small Business Programの承認を受ける資格があります。

お客様およびお客様の関連デベロッパーアカウントは、2020年暦年から始まる前暦年(以下「暦年」といいます)に発生した12会計月間の総売上高(Appleの手数料と一定の税金および調整額を差し引いた売上高)が、標準的な商慣習に基づいてAppleが算出した100万ドル以下であることが必要です。


Epicとの訴訟の行く末について、個人的なドタ勘として、Appleの落とし所は、

・デベロッパー固定費値上げ+手数料値下げ
・ただし売上額により、手数料をディスカウント

と予想しているのですが、もしそうなった時、ほぼ先行投資リスクなしで公開することもできる現状と比べてどちらがデベロッパーにとってハッピーか?微妙な部分もあると思います。

【本】『個人情報保護法コンメンタール』― 待ちに待った園部=藤原本の上位互換

 
園部=藤原『個人情報保護法の解説≪第二次改訂版≫』の上位互換であり、実務にもそのまま活用できる最強のコンメンタール(逐条解説本)が出ました。





立体的な逐条&比較法解説


本書は、日本の個人情報保護法について逐条で

1 目的・趣旨
2 各文言の解説
3 違反の効果
4 改正の背景
5 関連する裁判例
6 課題

が述べられたその直後に、その条文ごと

7 EU(GDPR)における対応条文解説
8 US(HIPAA・GLBA・FCRA・CCPA)における対応条文解説

を追記する構成となっています。

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本書は、2014年暮に企画され、出版に至るまで6年以上の歳月を要した(はしがきより)


本書オビに「立体的な」コンメンタールとの宣伝文句があるのは、個人情報保護法とは大きく異なる構造から成る外国法を、日本の条文構造に合わせて分解し整理した点を指しているようです。実際、3カ国の法令を跨ぐこの作業を行なった文献は見たことがなく、相当に骨が折れるものだったと想像します。

要所を締める詳細な実務解説


立法経緯、裁判例、法改正の契機となった事件が無駄なく綺麗に整理されていることに加えて、企業で実務に携わればすぐにでも遭遇するであろう以下のような個別具体的かつ現代的な課題にも直接応えてくれます。このような記述は、立案担当者だけで書かかれた本では期待できません。

・捜査関係事項照会・弁護士照会に対する応答義務
・クラウドサービスと海外への保有個人データ移転の衝突
・DMP・プロファイリングとクッキー規制

加えて、個人情報保護法の理解を困難にさせている(させてきた)背景に対する詳細な言及が要所要所にあるのも、本書を推奨する理由です。

情報法制研究の第一人者である石井・曽我部・成原先生らの貢献ももちろん大ですが、特に実務家側から森・鶴巻・板倉先生らが執筆されているパートにおいて、舌鋒鋭い批判が繰り広げられており、この特徴がよく表れています。

個人関連情報の追加であらわになった、過度な「提供元基準」信奉への批判:
提供元基準説は、提供元で個人データであるが、提供先で個人データでないものについて法23条の適用の適否を判断する場面であるのに対し、本条【注:23条の2】の想定する場面はそもそも提供元では個人データでないため、提供元基準説の想定する事案とは場面が異なる。
そもそも、提供先においてはじめて個人データとなるような情報の提供は、もともと個人データであるものの提供と、権利侵害のおそれの点では全く変わるところがない。従って、提供先で個人データとなる個人関連情報の提供は、従来から法23条の規制に服するべきものであったのであり、その意味で本条は、創設的な規定ではなく確認的な規定と解すべきである。(P440)

「自己情報コントロール権」誤認拡大の原因ともなった裁判規範性肯定(宇賀)説に対する批判:
宇賀教授は平成27年改正前旧法においては、裁判規範性肯定説の帰結として、利用目的の通知についても裁判上の請求ができると述べていた(略)ところが、前述の通り、平成27年改正においては利用目的の通知について何らの改正がなされていないにもかかわらず、本人に裁判規範性のある請求権が認められるか否かについての結論が平成27年改正の前後において異なるということからすると、平成27年改正を機に裁判規範性肯定説から否定説に転じた可能性がある。(P464)

匿名加工情報の作成の方法に関する基準を定めた施行規則19条3号の条文構造に対する批判:
文言解釈は困難である。(P679)


本書購入を躊躇させる事情も否定できないがやはりmust have


難点を言えば、索引がないことに加え、目次もほぼ意味をなしていない点です。コンメンタールなのだから索引は不要だという意見はまだわかるにしても、せめて目次は小見出しのレイヤーまで掲載していただかないと、関係する条文を記憶していない限り情報が探せないという事態になります。

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さらに、今国会で成立が見込まれる令和3年改正により、条文番号が定義規定も含めて総入れ替えになることが確定している点が挙げられます。本書においては条文番号だけが検索性の頼りなのに…。こうなると、改正前/後の条文の対応を脳内変換できるようにしておくしかなくなります。

最後に値段です。1,000ページを超える本書は税抜12,000円。このページ数となった原因の一つが、ページの上下部の余白が妙に大きい点です。ここを数行ずつ詰めていけば、800ページ税抜9,000円ぐらいで販売していただくことも可能だったのではと。

これらを知ってしまうと、購入を躊躇される方もいるかもしれませんが、これだけの著者が関わった大著であり、また日本の個人情報保護法・EUのGDPR・米国プライバシー法の改正がひと段落した事情に鑑みれば、毎年毎年改訂されることは考えにくいでしょう。

何より、今日・明日個人情報保護法に関わらないビジネスは皆無であり、これまで最も信頼されていた園部=藤原本を遥かに凌駕する内容という点からも、企業法務パーソン全員が一冊手元に常備しておくべき文献であることは間違いありません。
 

「Clubhouse通い」する社員を会社は統制できるか

雑談を求めてClubhouseに雪崩れ込む元オフィスワーカーたち


ほぼ音声のみでリアルタイムにコミュニケーションする実名制SNSサービス「Clubhouse」が、1月下旬から日本でもブームとなっています。

現在サービスを利用開始するためには、原則すでにユーザーとなった友達からの招待と携帯電話番号の登録が必要。利用開始のハードルは高いものの、特に在宅勤務が続きちょっとした雑談的会話を欲していた“元”オフィスワーカー層が、この「Clubhouse」にドッと雪崩れ込んでいます。

私も、2月3日の夜、弁護士の@kappa0909 先生 & @ASAP_r 先生、そして法務友達 @katax の3人と、「契約書の一般条項について語り合う」という“ルーム”を開いてみたところ、こんなマニアックなテーマにもかかわらず120人を超えるオーディエンスに集まっていただきました。


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このルームの参加者のほとんどが、ふだんは新しいSNSに保守的な企業法務担当者や弁護士の方だったことを考えると、想像以上のスピードで普及が進み「Clubhouse通い」にハマる社員が増えていくことが予想されます。

会社は音声×リアルタイムなリスクを捕捉できない


さてこうした新しいSNSサービスができ、そこで社員が情報発信を始めるとき、会社として注意しなければならないのは、情報漏洩とレピュテーションリスクです。

特にClubhouseの場合、インターネットで公開される文字・映像情報等とは違い、音声のみを扱い、常にリアルタイムで生配信されてしまい、さらに良くも悪くもアーカイブがされない点が特徴です。このため会社は、

  • 発信内容の事前把握はもちろん、文字等検索による事後チェックもできない
  • 発信を捕捉するためには、リアルタイムにルームを見張るしかない
  • ルーム数が膨大かつ突発的に生成されるため、パトロールするにも物量的限界がある

ことになります。

これまで会社は、社員がメディアに露出したりブログ・SNS等で発信する際には、事前に原稿チェックをしたり、出来上がった映像を事後に検証し、問題があれば公開を禁じたり削除させることも、やろうと思えばできました。

しかし、音声のみ・リアルタイム・アーカイブなしという文字通り「人の口に戸は立てられない」を地で行くこのClubhouseでは、そうした事前・事後統制を働かせることは事実上不可能です。

さらにやっかいなことに、Clubhouseは他のSNSには見られないほど強力なリアルタイム性、スマホ通知から簡単にルームに遷移できてしまうUI、実名かつ電話番号を知っている友達同士からなる強いソーシャルグラフを備えています。自分はその気がなかったとしても、友達からルームに呼びつけられ「あの仕事ってお前がやったんだろ?ウラ話聞かせてよ」といった仲間内のノリの「ここだけ話」が、居酒屋以上の不特定多数に共有される傾向にあります。

これまで流行ってきたmixi・Twitter・Facebook・Instagramにもそういった要素はありましたが、そのエッジをより効かせたSNSと言え、会社にとっては危険度がかなり高いSNSと言わざるを得ません。

現実解は資格制導入+報告義務強化+ペナルティ


こうした新しいSNSの勃興に対し、会社や組織ができること・すべきことはあるでしょうか。

私自身、一従業員の立場としてそれを望むわけではありませんが、全社員がネット上で喋ることをリアルタイムに(監視ならぬ)監聴することは不可能である以上、現実的な解としては、

  1. Clubhouseへの会社名明示参加を資格制とする
  2. 話したテーマ・内容の報告義務を強化する
  3. 会社を巻き込むトラブルを発生させた時のペナルティを双方が再確認する

つまり、行為レベルの事前統制は諦め、個々人単位でみた判断能力・実績・信用ベースでの事後統制を強化するしか、方法はないように思えます。

2010年ごろ、ブログやSNSの黎明期にも「従業員に自由に発信させてよいのか」という議論はありました(参考:従業員のソーシャルメディア利用ガイドラインを制定するにあたり企業が抑えるべき5つのポイント)。そこから10年以上が経ち、SNSの重要性は個人にとっても増しています。働き方の多様化や副業容認が進んだことで、会社に対する社員の帰属意識も大きく変わりつつあります。

たかがSNSではありますが、こうしたテクノロジーの進展をきっかけに、社員との関係性の具体的な見直しと制度への落とし込みが必要なフェーズに入ってきました。
 

西田章『新・弁護士の就職と転職』で弊ブログをご紹介いただきました

 
西田章先生から、『新・弁護士の就職と転職 キャリアガイダンス72講』をご恵贈いただきました。ありがとうございます。





西田先生には前職時代に法務・知財採用をサポートいただきました。そのご縁でわざわざ送ってくださったのかな…と思いきや、同封されていたお手紙を拝読してびっくり。

学生が実務を垣間見る予習にお勧めのサイトとして、橋詰様の『サインのリ・デザイン』と『企業法務マンサバイバル』のURLを紹介させていただきました。


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「サインのリ・デザイン」はさておき、こちらの「企業法務マンサバイバル」については更新頻度が下がっており(かつlivedoorブログサービスの都合で現URLのままではhttps接続に移行できないという事情もあり)お恥ずかしい限りですが、10年は読み継がれるであろう本書に紹介いただいた以上、頑張るしかないですね。


さて、本書の感想はtwitterでもつぶやいているのですが、ご自身が弁護士であればもちろんのこと、
  • 弁護士を採用したい企業の管理職の方
  • 弁護士の方々とコミュニケーションをとる頻度が高い方
にとっても、お付き合いをする上で「弁護士業界について知っておくべき最低限の背景知識・マナー」を心得ておくために、必ず読んでおくべきものです。

学力・業務処理能力いずれもが高いと認められた方々だけが試験によって選ばれ、プロとしてトレーニングを積み、かつ人口が年々増え続けている業界だけに、その競争環境は大手事務所/中堅事務所/独立/インハウスといずれのキャリアルートを選んだとしても激しいのだということが理解できます。


そんな本書の中で私がもっとも刺激を受けたのは、P149の「ガイダンスのおわりに」のむすびで紹介されていた、長島・大野・常松法律事務所のファウンダーである長島安治先生と西田先生のインタビューの一節でした。

「自分【長島安治先生】に『座右の銘』がないのは癪だな、と思って、作ることにしました。」と述べられた。インタビュアーである私【西田章先生】が、それはどんな内容かと尋ねたのに対して、長島弁護士は、次のように答えている。「『挑戦なきところに進歩なし』ということにしたんですよ。実行しようとするのは、なかなか大変ですね。挑戦しようと思っても、つい億劫になってしまう。でも、自分ではなかなか気に入っているんです。」(商事法務ポータル「◇SH2269◇著者に聞く!長島安治弁護士『日本のローファームの誕生と発展』(後編)」(2019年1月1日))

日本で最も成功した弁護士が、90歳を過ぎてから、「座右の銘」に、「挑戦なきところに進歩なし」という言葉を選ばれて、なお、歩みを続けようとする。このような、飽くなき探究心を持ったプレイヤーだからこそ、我が国の企業法務の世界で最大の功績を挙げることができたのだろう。ビジネスローヤーというキャリアには、いつまでも挑戦し続けるに値するだけの底知れない魅力がある。そのことを教えていただいた。



私の好きな言葉に、矢沢永吉の「いつの時代だってやる奴はやる、やらない奴はやらない」があります。




他人(若者)を見て評論家的に「奴はなぜやらないのか」「あんな風で大丈夫か」と批判している暇があったら、あなたがやる奴のほうに入ればいいんじゃない?

当時33歳の矢沢のこの”大口”をリアルタイムに聞いていた人は、その後も彼が単身で本場アメリカに挑戦し続けただけでなく、70を過ぎたいまも変わらず満員のステージで、現役で歌い続けていると想像できたでしょうか。

私は、彼が愛するロックンロール自体が音楽的に好きかと言われると疑問ですが(すみません)、彼が大御所と言われるようになってもなお、口だけでなく、新しい何かに行動し続ける姿に感動を覚えます。


長島先生や矢沢のように、時代の変化に臆せず・年齢を言い訳にせず挑戦し続けること。そして、挑戦し続けられるバイタリティと心身の健康を維持し続けることこそが、競争が厳しい世界でもビジネスパーソンとして進歩し続け生き残る人材となるポイントなのでしょう。
 

たまたま居合わせる技術はどのようにして身につくのか


今年も1年お疲れ様でした。

2001年9月11日に飛行機がビルに突っ込み、2011年3月11日に地震と津波が原子力発電所を襲って以降、どこかで突発的な事態が起こっても「ああまたか」と落ち着いて反応するフリをしてきました。しかし、2020年に世界中が真綿で首を絞められるような苦しみに襲われ、それを克服できないまま年末を迎えているとは、予想もできませんでした。

この大厄災の年に公開されたクリストファー・ノーラン『TENET』や、同氏の前作『インターステラー』をAirPods Maxの空間オーディオに包まれながら何度も見直していると、ひとりの人間の存在の小ささ、未来はあらかじめ決められたもの、自由意志・選択の自由は制限されているといった決定論の類も、SFとは思えなくなってきます。




さて、私の2020年を振り返ると、<期待される能力>と<自分が持ち合わせる能力>とのベン図が重なるいくつかの職場にたまたま居合わせることができ、それぞれの持ち場で成果を出すことができた1年でした。

決定論者に言わせれば、必然的に良い方向に向かう過程に私がたまたま居合わせたというだけのことであり、私が何かを変えたわけではない。その通りだと思います。直近10年ぐらいを振り返って、結局この「たまたま居合わせる技術」こそが自分の持ち味なんだなと、つくづく思います。


この1年の仕事、そして尊敬する先輩・仲間・同志たちとの対話を通じて、私にとっての大きな発見もありました。企業法務に期待される役割ってなんなのだろう?という自問自答を15年もこのブログで繰り返しながら仕事をしてきたわけですが、


「法」は社会とともに変わっていくが、文字で書かれた「条文」は変わらない
しかし、「条文」は変えられたがっている


そこにあるLaw Lagをいち早く発見し、決定された未来への接続をスムーズにする役割が期待されている、そして私はその瞬間を当事者として目撃するのを何よりも楽しく感じる性分なのだと、具体的経験を伴って理解できました。


いいことばかりでももちろんなく、途中、働き過ぎで身体の一部が不可逆に壊れました。他人にSOSを出すタイミングの難しさを身をもって知る初めての経験でした。


話を戻しまして、この2020年に至るまで、

  • 当時のボスとの日々の問答を経て、キャリアチェンジを宣言してから5年、
  • ブログを通じて慕ってくれていた若き経営者に、ステレオタイプな法務業務から完全脱却するチャンスをいただいてから3年、
  • それでもまだフラフラとし続ける自分を恥じゴールが見つからないと相談をした先輩に、「ゴールはないよ、人生だもん」という言葉を頂いて踏みとどまったのが昨年、

そのおかげで、今年があります。

たまたま居合わせる技術は、他者との能動的な対話によって身につくものであり、自分の才能や努力だけで身につくものでも、運によってもたらされるものでもありません。

2021年も、こうしてお付き合いいただける先輩・仲間・同志を一人でも多く増やしながら、一つでも多くの Law Lagの傍にたまたま居合わせることができる1年でありたいと思います。
 

【本】『プラットフォームビジネスの法務』—「仕組み」で稼ぐすべての企業へ

 
森・濱田松本法律事務所の古市啓先生からご恵贈いただきました。ありがとうございます。

多岐に渡り細かい法的論点が散らばるプラットフォームビジネスを徹底的に分析し、「事業軸」と「法律軸」の2面から体系化。運営事業者の立場からはもちろん、ユーザー企業の立場で読んでも役に立つ本です。


プラットフォームビジネスの法務
岡田 淳 (著), 中野 玲也 (著), 古市 啓 (著), 羽深 宏樹 (著)
商事法務
2020-11-12



プラットフォームビジネスを類型化して論じようとしても、「何か」と「何か」にまたがるビジネスが多いため、綺麗に分けられずに挫折しがちです。私が共著した利用規約本でも、ウェブサービスを分類しようと試みて苦労をした記憶があります。

この点、本書2章で採用されている「プラットフォームビジネス11類型」は、解説の読みやすさ・分かりやすさの面から工夫を凝らしたものとなっています。

1 ショッピングモール
2 アプリマーケット
3 サービス予約型プラットフォーム
4 検索サービス
5 コンテンツ配信型プラットフォーム
6 SNS型プラットフォーム
7 シェアリングエコノミー型プラットフォーム
8 マッチング型プラットフォーム
9 ヘルスケア型プラットフォーム
10 FinTech
11 モビリティ(MaaS)プラットフォーム

これらの分類の中で、

  • メジャーではあるが意外にその位置付けに困ってしまう食べログ系サービスを「サービス予約型」に(さらにその小分類を「場貸し型」「取次型」「直営型」に)
  • MakuakeやReadyforなどのクラウドファンディングサイトをFintechではなく「シェアリングエコノミー型」に
  • 一見するとプラットフォームビジネスとは見られにくい検索サイトを(広告サービスではなく)「検索サービス型」に
  • 医療系サービスをいずれの類型からも独立させて「ヘルスケア型」に

それぞれ分類している点などには、違和感を感じる読者も少なからずいらっしゃるのではないでしょうか。

しかし、実際のリーガルリサーチの場面で本書を使う場面を想定すると、この分類の妙が理解できます。各ビジネスの検討から逆引きしたときに、そこに適用される法令・規制についての解説が読者にとって理解しやすいものとなることを第一に優先したこの分類法こそ、本書の発明だと思います。

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こうした事業軸からの分析を「縦糸」に、全ビジネスに共通して適用される「横糸」に当たる法律軸として第3章で解説されるのが、以下の4法です。

1 透明化法(2020年5月27日可決成立)
2 独占禁止法
3 個人情報保護法
4 プロバイダ責任制限法

この4法は、IT領域でビジネスをするなら常に気に掛かる法令ながら、抽象的な規定ぶりも多くどこまでが規制の対象となるのか、実務上もやもやと不安の霧が晴れない分野でもあります。各法ごとの専門書や行政ガイドラインも、必ずしも自社が企図する新しいビジネスへの当てはめには役立たない中で、プラットフォームビジネスに特化した解説が読める本書はそうした霧を晴らすのに役立ちます。

プラットフォーム上で起こりがちなやらせレビュー(ステマ)を規制する景品表示法や、決済手段に関わる資金決済法など、ここでもっとたくさんの法律を「横糸」としてピックアップし論じることもできたと思いますが、あえてこの4法に絞って厚く論じることにした編集方針は正解だと思いました。

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これだけでも十分な内容ではありますが、本書第4章ではさらにボーナスとして、海外でのプラットフォームビジネス規制動向のまとめもあります。将来の日本における規制強化の風向きを読むのにも役立ちます。


今やビジネスにITを使わない企業はむしろ珍しく、現代のビジネスがITを使った「仕組み」で稼ぐものである以上、最初はどんなに小さくとも成長を続ければいつしかそれは「プラットフォーム」になっていきます。プラットフォームビジネスと聞くと、何かGAFAMのような一握りの企業だけの話のように聞こえるかもしれませんが、他人事としてではなく、永続的な成長を目指す企業で働くすべてのビジネスパーソンが理解しておくべき内容が本書には凝縮されています。


はしがきiiiページの宣言にあるとおり、「国内外の制度改正や事例の蓄積にあわせて、本書も定期的にアップデートしていく」をぜひお願いしつつ、私の法律書マンダラにも収録させていただきます。

【本】『希望の法務 法的三段論法を超えて』—人と人とのつながりを紡ぐ仕事

 
もはや法的三段論法や条文・判例知識だけに頼っていたのでは通用しない、誰もが経験したことがないほどの変化の時代において、法務は今まで以上に「丁寧に人と人とのつながりを紡ぐ」役割を担うべきである。


希望の法務――法的三段論法を超えて
明司 雅宏
商事法務
2020-10-03



本書が述べるこの結論に強い反発は感じなくとも、ピンと来ない人は多いのではないかと思います。

では、これはいかがでしょうか。

企業に限らず、他者と取引をするということは、自社ではできないことを他者にお願いする、つまり他者の力を借りるということが背景にある(P105)

著者の明司雅宏さんのように、常日頃からこういう意識を持って事業部や取引先と対話ができている法務パーソンは、自ずと仕事の姿勢が異なっているはずです。

たとえば、

・ビジネススキームの企画会議に加わるとき
・契約書案をレビューし交渉するとき
・債権回収の場面で督促をするとき

こうした場面で法律知識をひけらかし権利を振りかざすだけの仕事なら、クリエイティビティは必要ありません。事業部に疎まれ、取引先の不興を買い、AIに駆逐されるのも時間の問題です。

力を貸して欲しい相手を尊重し、どうすれば自社との取引で生まれる連帯の力を最大化できるかという視点で解決策を考える。そのために粘り強く事業部や取引相手と対話をするところに、アイデアや革新の種があるのだと思います。

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このコロナ禍で、もう一つわたしたちが学んだことがある。それは「連帯」である。変化の声を上げるのは一人かもしれない。でも連帯して声を上げるとそれは変化を生み出すことも学んだのではないか。(P158)

取引以外でも、この連帯の力が発揮されることがあります。

2020年、押印を主とし電子署名を従としてきた歴史が、内閣府と大臣のリーダーシップによって大きく塗り変えられています。この流れが生まれるまでには、議論を正しい方向に導いた専門家の知見や事業者のロビイングの影響もあったかもしれませんが、それ以上に、法律家たちの押印へのこだわりとそれを支えてきた法解釈に不満と疑問を抱き、新たな合意手法を必要とした企業や個人の声の連帯こそが、ブレイクスルーを生んだ原動力であったと思います。

事業部に任せきりではなく、法務がそうした外部との連帯の力を自社に引っ張ってくる存在となること。そのための具体的行動として、事業部以上に日頃から外に出てさまざまな人と対話し、いざという時に力を貸してもらえる信頼関係を築くこと。

「自ら外に出てつながりを紡ぐ法務」は、これまでの典型的な法務組織像や人材像からはかけ離れているように見えます。だからこそ、それを意識的に行いさえすれば、事業部からも「うちの法務は変わったな」と思ってもらえるのではないでしょうか。
 

日本経済新聞「データの世紀」のプライバシーポリシー分析をお手伝いしました

 
本日の日経新聞5面の特集「データの世紀」のプライバシー規約のわかりやすさに関する記事に、「規約作りの専門家、橋詰卓司氏」として取り上げていただきました。





ユーザーにとって良い利用規約・良いプライバシーポリシーとはどんなものか?という問いに答えるのは難しいことです。そんな中、この日経新聞の連載「データの世紀」を担当されている平本信敬記者から、評価基準をいかに構成すべきかの検討に関し協力依頼をいただき、微力ながらお手伝いした形になります。


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見出しにある「外国企業すごい」という結論ありきの記事なのではと受け取られるかもしれませんが、あくまで、自然言語としてのわかりやすさ・読みやすさを判定するプログラムに調整を入れていただき、文字通り機械的に出力された結果に基づいたものとなります。


記事に現れていない部分で私の考えを補足するとすれば、規約の言語としてのわかりやすさもさることながら、

・同意の強制スタンス
・自己情報の把握・持ち出しへの対応

などの点で、多数のユーザーを対等な契約の相手方と捉えているか否かが、近年の各社の規約・プラポリの変更内容に現れはじめているように思いました。


仕事でさまざまなメディアの記者の方々とやりとりをさせていただくと、記事としてたどりつきたい結論をサポートする専門家の言質を取りたいだけの方も多い中、最近の日経新聞の真摯な取材姿勢には目を見張るものがあります。
 

IP Lightning Talk @merpay を終えて

 
先月予告していたIP Lightning Talk。おかげさまで一昨日無事に開催することができました。

本来は私の方で準備等々いろいろやるべきところ、場所をご提供くださったmerpayさんのご厚意でお酒からお食事までご提供いただき、司会もmerpay知財担当の有定さんにおまかせしっぱなし。私は冒頭ご挨拶とせいぜいLTに合いの手を入れるぐらいのことしかできませんでしたが。

おかげさまで、いつもよりもとても快適な環境の中でLT大会ができました。merpay有定さん&メルカリIPリーガルグループの皆様、ありがとうございました。

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発明者とのコミュニケーションをテーマとした今回。30名強のご参加者、うち10名のLTをご披露いただきました。いつもよりも大企業中心、さらには大手法律特許事務所からのご参加者をはじめてお迎えいたしました。

終わってからはたと気づいたのですが、そうなるのもそのはず。中小企業は発明者と組織的にも物理的にも近いので、コミュニケーションに課題を感じることはほとんどありません。大企業だからこその切実なお悩みなわけですね。

  • Slackなどを使ったオンラインコミュニケーションの工夫
  • 飲み会やランチ会などのベタなオフライン施策の重要性
  • 知財部門を目立たせるアイテム(制服・ノベルティ・キャラクター)の開発
  • 発明発掘だけを担当する組織による取り組み

など、参考になるお話がたくさんある中で、特に会場の反応もビビッドだったのが「MI」すなわちモンスターインベンターとのコミュニケーションの注意点についてだったのではないでしょうか。

発明者を鼓舞するためにちょっと褒めたメールの一言がとか、表彰制度の存在が後に仇になったとか、報奨金を与えるタイミングが債務承認とみなされたとか、規程をディフェンシブに作っても訴訟でそれが裏目に出ることもある等等。。。知財部門がイケイケで発明数を稼ごうと安易な行動・施策を取ると、あとで足元すくわれることもないではないよという先輩方からの忠告は、大企業ならずともハッとさせられるお話でした。


ご参加者の方からもいつもより多めに感想のコメントをいただけた気がします。お名前は伏せますが、こんなコメントもいただきました。

いわゆる「判例研究会」や「勉強会」ではなかなか昨日のような、皆が本当に知りたいところについてワイワイ議論するという機会がなく、昨日の会は砂漠に水を得た気分

勉強会とはぜんぜん違う雰囲気で、大量の情報をまとめて浴びることができる、そして気軽に発信できるのは、LTのよいところです。

またある方からは、「LTほど専門性が高くなく恥ずかしいですが・・・」とご謙遜気味ではありましたが、すでに10回を数えるトークセッションイベントを開かれているというお話もお伺いしました。「TAYL(Talk As You Like)」という名前で、サイトもしっかりとしたものを立ち上げられていて、いままでなんで発見できなかったんだろうと。商売抜きに法務パーソン自身がこういう活動を地道に続けられているとはすばらしいことです。なお、次回TAYLは12/7に開催されるとのこと。


そしてそして、すでに御本人がブログに書いてくださっているのでここでもオープンにしてよいのだと思いますが、初めて、知財をやる法務の方なら必ずチェックしているはずのブログ「理系弁護士の何でもノート」そして特許実務の名著『知財法務のセオリー』『特許の取り方・守り方・活かし方』の著者、岩永 利彦先生にもご参加いただき、お目にかかれたのは大変光栄でした。それだけで開催してよかったなあと、終わった後感慨に浸っておりました。

過去先生に案件をご依頼しようとして、「こんなこと相談しに行ったら、忙しい先生にはご迷惑だろうなあ」と躊躇してしまい、あとで激しく後悔したことがあります。しかも今回のLTだけでなく、私についての感想までコメントしてくださいまして・・・。どんなふうに取り上げられているかは是非先生のブログでご確認ください(笑)。


次は4月を予定したいと思います。IT・ウェブ・エンタメ系のご参加者中心でしたが、メーカー系や医薬系の方々のご参加も増えてきました。ぜひぜひお待ちしております。


【本】『アメリカプライバシー法』— 米国プライバシー保護政策の理想と現実


Google、Apple、Facebook、Amazon...と、米国産まれのウェブサービスを毎日利用しているにもかかわらず、プライバシー法のこととなるとFTC3要件やCOPPAの上っ面ぐらいしか分かっていない、そんな私のような者のために翻訳していただいたような本。





米国プライバシー法については、ダニエル・ソロブのシリーズを読んだ後、ロースクール向けに書かれたテキストを一応は手に取りました。しかし実務からの距離は遠く、漫然と判例を読んでいても頭に入ってこずで、ずっと学習法に困っていました。加えて、EUでGDPRが本決まりになって以降のプライバシーの潮流は、ソロブが予測していたものからは大きく外れ、自分自身の学習の軌道修正の必要性も感じはじめていたところでした。

本書は、FTC(連邦取引委員会)によるプライバシー政策施行のタイムラインに沿って、米国におけるプライバシー法の発展の歴史と現状の課題を整理し概説する本です。したがって、1980年代後半の、FTCがプライバシーを消費者保護の問題として大きく捉えることになってからの歴史を中心としています。これは、日本で出版される米国プライバシー法に関する多くの書籍・論稿が、プライバシー権の起源となったウォーレン&ブランダイス論文以降のプライバシー近代史について語ることをしない(できていない)のとは対照的です。学説の紹介に終わらず、ビジネスへの当てはめによってどのようなハレーションが起きてきたのか、そんな観点を強く意識して書かれています。

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また、最終章にあたる6章では、「プライバシーの国際的取組み」と題し、最近のEUが掲げるプライバシー政策に触れた上で、EU法と米国法との衝突にも触れます。

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なんといっても本書の特徴はズバリ、「歯に衣着せぬ物言い」と言ってよいでしょう。たとえば、最近特に逆風が強まってきたアドテク業界(特にFacebookのようなプラットフォーマーや、DMPなど)が「情報ブローカー」化していることに対しての一言がこちら。

情報ブローカーを規制するための法律は,政治的に制定不可能である.その理由の一端は,非常に多くの大企業が——そして,政治家自身が——,国民に関するデータを蓄積するため,情報ブローカーを利用している,という事実に求められる.(P4)

ついでこちらは、児童オンラインプライバシー保護法、通称COPPAの運用実態についての一言。

個人に関する情報に関して非営利的な内部利用に関してまで,「Eメールとは何か」という形での同意をとることで同意要件を満たすというFTCの許容度は,なかなか厳しいものがある.結果として,サイトはCOPPAの要件をすべて取り込むか,または全く子どもたちがサービスを利用していないというフリをするかのどちらかとなってしまっている.(P97)

ここまで本当のコトを文字にしてしまってよかったんでしょうか(笑)と、読んでいるこちらが後ずさりをしてしまうほど。他の法律書ではオブラートに包まれた、厳格な法令をビジネスにおける実務に当てはめたときに感じる「虚しさ」について、ここまでズバズバと言及してしまう本は、日本の法律書でもなかなかお目にかかることはできません。

翻訳は、今年『EU一般データ保護規則』を出版されたばかりの宮下紘先生、日本の個人情報保護法にも精通する板倉陽一郎先生、成原慧先生らが担当されています。非常に読みやすく翻訳されているだけでなく、訳者解説として(本書では省かれた)原著Part1〜3までの要旨を巻末にまとめてくださるなど、丁寧なお仕事をしていただいたのが分かります。

連邦法ベースの解説であり、最近話題になったカリフォルニア州の新オンラインプライバシー法(CALOPPA)などの州法までをフォローするものではありませんが、米国のプライバシー法の歴史を概観してこれからを予測するのに、大変便利な一冊です。
 

IP Lightning Talk @merpay を開催

 
11月20日(火)夜、六本木のmerpayさんに会場をお借りして、久しぶりにライトニングトークを開催します!

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今回のテーマは「特許」。その中でも「発明者とのコミュニケーション」に注目しました。

- 発明発掘や中間対応の際の発明者とコミュニケーション方法
- 発明者のモチベーションを鼓舞する施策
- 特許出願のためのコミュニケーション施策

など、各企業で発明を創発しそれを集めるために工夫して実施している施策について、かわるがわる5分ずつのライトニングトークで発表をお願いいたします。


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なお、いつもなら参加費をいただいているLTですが、今回は会場を提供してくださるmerpayさんのご厚意により、参加費無料のうえに軽食と飲み物(お酒も)もご用意いただけることになりました!いつも以上に、ざっくばらんに情報共有ができればと思います。

特許業務に携わる方なら参加しない理由が見当たらないこのイベント。ご興味があるという方は、ぜひ下記リンク先の参加申し込みフォームよりお申し込みください。

IP Lightning Talk(11/20)申込フォーム

応募者多数の場合、ライトニングトークのスピーカーを務めていただける方を優先して詳細をご案内したいと思います。よろしくお願いいたします。
 

ルールメイキング思考を育てるための具体的手法

パブリックアフェアーズ→ルールメイキングの時代へ


古くはロビイングと呼んだり、2013年ごろには「パブリック・アフェアーズ」と呼ばれたりしてきた、政府、議会や公共の政策形成過程に積極的に関与していく活動。

最近では、経済産業省や水野祐先生が提唱する「ルール形成戦略」「ルールメイキング思考」という言葉が浸透しはじめ、その発想や思考法がさまざまな場面で必要とされ、世の中から求められるようになってきた感があります。

私以外では、柴田堅太郎先生のブログが2013年ごろに弁護士や法務部がこの領域で活躍できるかを論じた投稿をされていましたが、あれからそろそろ5年。行政の担当官が民間に下野するケース、元政治家秘書が転身するケース、戦略コンサルタントがそのままクライアントに移るケースなど、日本でもさまざまな事例がでてきました。

しかし、弁護士や法務出身者がこの分野で存在感を出せているかというと、ヤフーやメルカリなどの一部事例を除き、期待されていた人材供給量には到達していないのでは、という印象があります。

守りを固めるので手一杯?


これはなぜかと考えてみると、大きく2つの理由があるのかなと。

  1. 法務には、攻めに転じる前に、守りでやるべきことがまだまだたくさんある
  2. 法務パーソンは、どうしても石橋を叩いて渡る思考グセから抜け出せない

1についてはおっしゃるとおりで、「攻めの法務」は「守り」を固めたうえでないと、カウンターやオウンゴールで終了するだけ(by @igi3)。そのための仕事もやろうと思えばいくらでもあります。この点、会社が組織として完成してしまう前の早期フェーズから法務部門・法務担当を置き、守りを固めたうえで思いっきり攻められる体制を作ろうというベンチャー企業が増えてきているのは、よい傾向といって良いでしょう。

問題は2です。もともと安全・安心を固める役割を担ってきた法務パーソンが、どうしたら規制に挑戦する思考やマインドを育成できるのか? この点になると、具体的なアドバイスが聴こえてこないという現実があります。

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「先回りしてブログに書く」というトレーニング手法


そこで私が提案したいのが、とくに、ルールメイキングに関わりたい法務パーソン向けの、ブログの新しい使い方です。

ブログというと、その語源である「log=記録」のとおり、過去に起こったことを書き記していくものなのですが、そうではなく、新しいルールメイキングのアイデア発表の場にしてはどうかと。

自分の業界を規制する法令・ルールが古くなっているとき、それを批判するだけでは、ただの日常の仕事の愚痴にしか聞こえません。しかし、
  • 今はこういう法令やルールがある・解釈がされている
  • しかし、現実はこういうことが多く、即していない
  • だから、現実と将来起こり得ることにあわせて、こう変えてみたら・解釈してみたらよくならないか?
というフォーマットで、自分が考えたアイデアをブログの記事という小さな単位で、所属する会社や組織よりも先回りして個人として世の中にぶつけてみる。そんなトレーニングを重ねてみてはどうか、という提案です。

こう考える理由は以下3つあります。

(1)基本的に守秘義務の心配をしなくてよい


法務パーソンがブログを書きにくい理由は、そこそこ危険な事件を処理する担当にもなりがちなだけに、今日起こったことをそのまま書いたら守秘義務に触れてしまいがち、という点があります。

いや、私は工夫次第でブログに書けると思っています(実際、多くの法務ブログはそうした工夫によって書かれていると思います)が、たしかに過去のことを洗いざらい書くのは、いくら関係者の匿名化や事象の抽象化をしたところで、それを読むことになるかもしれない相手方や関係当事者に配慮が必要なのも事実。

これに対し、まだ発生していない未来・会社の誰もまだ考えていない未来のことは、そうしたことを気にせず書けるという点がまず挙げられます。

(2)法務が考えるアイデアは、幸か不幸か職務発明にすらならない


とかくアイデアというと価値があるもので身内以外には秘めておくべしと思ってしまいがちですが、実行するまでは価値はないというのは、よく言われることです。ただし、机上の空論のようなアイデアでも、価値を帯びてしまうものがまれにあります。それが、職務発明となりうるアイデアだった場合です。しかも職務発明を出願前に公開してしまっては、会社が特許を受ける権利を得られなくなる可能性もあり、ペナルティを受けるおそれもあります。

しかし、ここで朗報というか、残念なお知らせがあります。法務が規制を打ち破る新しいアイデアをいくら思いついたとしても、

第二条 この法律で「発明」とは、自然法則を利用した技術的思想の創作のうち高度のものをいう。

ルールメイキングのアイデアは、この特許法第2条の条文にある自然法則利用・技術的思想の要件を満たさない、ただの人為的な取り決めを新しくしていくものに過ぎず、法律上職務発明とはなりえないということです。いくら最初に思いついたとしても、ビジネス的には高度な提案だったとしても、発明にはならないとなれば、安心ですね(笑)。

(3)オープンソースカルチャーに馴染みやすい


仕事に関するアイデアを積極的に開示していくという話で似たような話としては、GitHubが育てた技術分野でのオープンソース・カルチャーがあります。

社内にルールメイキングのアイデアを表明したところで、法務を担当していない社員は自分のミッションに忙しい中、なかなかそれに共感し対案をぶつけてくれる人はいないでしょう。反応があったとしても、同じ悩みを抱えるものとして、ただの愚痴になってしまいがちです。外に発信するからこそ、似たような課題を共有する違ったものの見方を得ることができるのではないでしょうか。しかも、(2)にあるとおりそもそも権利が発生しないアイデアという点でも、オープンソースカルチャーに馴染みやすいものです。

GitHubについては、私が運営している別のメディアでも何度かお伝えしていることなので、ここでは詳しく述べませんが、実際そうした効果を期待して、法務からGitHubに実際に実行に移しているフェーズのアイデアを開陳して意見を公募する例も出てきています。

そんなブログを1年でも続けたらきっとスカウトされますよ


以上、法務パーソンがルールメイキング思考を育てるための、ブログとの付き合い方について、私見を述べてみました。

GitHubと言わずとも、ブログに書き、それをベースにSNSで自分の身近な存在に対してオープンに問いかけてみるトレーニングを繰り返すだけでも、ルールメイキング思考は十分に育つと思いますし、そんな発信をしている人がいれば、数多あるパブリックアフェアーズのポジションを求人している企業から、すぐにお声もかかるはずです。

そして何より、私自身が、そんな法務ブログを読んでみたいと思っている者のひとりです。

【本】『中小企業買収の法務』−日本における“venture deals”拡張版がついに誕生


次々と刊行されるM&A関連書籍市場において、類書になかったポジションを狙いすました、プロ向けの一冊。


中小企業買収の法務
柴田堅太郎
中央経済社
2018-09-05



本書で取り扱う事業承継型M&Aおよびベンチャー企業M&Aは中小規模の案件が多いため、例えば対象会社の十分でない内部管理体制や、小規模案件であることに伴う予算的制約からの作業範囲の合理的な限定など、中小規模のM&A案件であることに伴う留意点についても意識して触れている点は、特定の取引類型に特化している点に加えて、従来の書籍になかったところではないかと思う。(はじめにより)


このように、筆者柴田堅太郎先生自身が述べた特徴に加え、私が感じたポジショニングの妙を推させていただくならば、

M&A契約書の作り方に寄せた書籍
▲妊紂璽妊螢献Д鵐后頁禺事前調査)を中心にリスクポイントの指摘に寄せた書籍

このいずれにも寄せないという「勇気」ある選択をされた点にも、本書の特徴があると思います。

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なぜそれが「勇気」なのか。はっきり言ってしまえば、上記2つのポジションをとらないことで、一見売れにくい本になってしまうから。ぶっちゃけ、「M&Aの契約」とか「法務デューデリ」という文字がタイトルに書いてあるだけで、法務担当者が(自分の会社に特に案件もないにもかかわらず)いつか来るかもしれないその日に備えてとりあえず買っておく行動に走る可能性があるのに、あえてそれをしなかったのは、勇気のいることだと思います。

何回か買収・投資案件にまみれて実務上の悩みを複数抱えたような経験者でないと、一見どう読んでいいのかすらわからない書籍に(もちろん本当はそんなことはないのですが悩みのレベルが高すぎるように)見えてしまう。ある程度それを覚悟したうえで、玄人に向けて「買収・投資する側・される側、このあたりはお互いに注意して取引しましょう」とメッセージするために書かれたかのような、そんな本になっています。この勇気のおかげで、これまでに書籍に書き表されることのなかった本当の実務のエッセンスが可視化された、貴重な書籍が誕生しました。

その類書にないエッセンスの表れを、見出し・キーワードレベルで以下ピックアップしてみたのですが、やはりこれらの「中小企業・ベンチャーとのM&Aの現実」が赤裸々に書かれた本はなかったなあと。

・複数の株主からの買取
・一物二価
・株券交付を欠く株式譲渡
・株主総会・取締役会の不開催
・支配権の移転による取引先による契約解除の懸念
・契約交渉プロセスにおける売主感情への配慮
・新株予約権付社債(CB)または有償新株予約権(CE)による資金調達
・キーパーソンの離職リスク
・経営株主のインセンティブプラン

M&Aだけでなく、最近激増するベンチャーへのマイノリティ投資を含めて書いてくださったことや、類書ではほとんど触れられてこなかったCB・CEにも触れていただいたのも、とってもありがたい。

唯一、これまでに本書に近いコンセプトの書籍があったとすれば、洋書ですがFeld/Mendelson“venture deals”なのかもしれません。といっても、同書を日本で広めたのは柴田先生自身のブログでしたし、同書の立ち位置はVCからマイノリティ出資を受けるベンチャー企業向け、本書は買収・投資を行う事業会社の法務・弁護士向けなので、バッティングはしていません。

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私自身、柴田先生とは先生がまだ大手法律事務所に所属されネット上匿名で活動されていた頃からTwitterを通じてお知り合いになり、実際に会社法・税法関連の法律調査、中小企業のM&A案件、マイノリティ出資案件で何度もお世話になってきました。それらのどの案件も、誠実で信頼のおける、かつすみずみまで配慮と思いやりが行き届いたお仕事ぶりでした。

中小企業・ベンチャーのM&A・投資案件で起用する先生に迷われたら、柴田先生を候補のお一人として検討されることをお勧めします。そしてその際に、本書を事前に読み込んでおけば、柴田先生や相手方代理人との知識面での意思疎通もスムーズ になり、案件が成功する確率が高まることは間違いないでしょう。

法務の給与はいかにして決まるか


答え:その業界の営業利益率


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まだ若かりし頃に人材ビジネスに関わって、実際の求職者のデータを見て衝撃を受けたことの一つが、学歴・法務経験年数・ポジションが同じような方であっても、就職・転職した会社によって給与水準が圧倒的に異なるという事実でした。たとえば、同じ有名大学出身・同じ経験年数・同じ課長クラスで比較して、給与所得ベースで300-500万円差が出ている事例はざらにあるのです。

さらにしばらくの間データを観察しているうちに、ごくまれに発生する異常値(新進気鋭の外資系企業が高額で法務責任者を他社・法律事務所から引き抜くケースなど)を除いて、そうした給与水準の違いは会社ごとではなく、業界ごとにキレイに固定化しているということも理解しました。これはなぜなのでしょうか。


経済学を持ち出すまでもありませんが、給与は基本的に労働市場の需給で決まります。

法務人材の需給バランスを左右するものの中心は、その企業にとって必要な法的専門性を備えた人材の供給量です。法務に限ったことではありませんが、企業の需要に対し労働者が供給すべき専門性は、その業界でしか通用しないものも多いため、採用・転職の流動性は基本的にはその業界内に限られます。その中でも法務は、業界特有の法的知識や経験が特に求められる傾向にあります。

新しく興った業界には原初は法務担当者がおらず、需要だけがたくさんある一方で、企業が求める専門性(新しいビジネス分野の法的知識・経験)の供給が追い付いていないため、それを持っている人が飛び込めば、当然に給与交渉は容易でしょう。

もう一つは、その会社の、もっといえばその業界の営業利益率です。業界全体で営業利益率が高いということは、競争が発生していない、または発生していても他社・他業界に負けていない、ユニークなビジネスであるはずです。こうしたところに専門性と勇気を持って飛び込めれば、給与に配分するだけの原資が豊富であり、管理部門もその恩恵にあずかることができます。さらにそこが新興業界であれば、前段で述べた業界における労働市場からの強い需要にも支えられ、高い給与が提示されることでしょう。最近でいえば、IT、特に日本市場での異常なほどのユーザー課金に支えられたスマートフォン関連のビジネスが、そうした業界だったと思います。

(なお例外として、新興業界ではあるがまだ赤字、つまり営業利益率ゼロ以下のベンチャーが法務求人に高い給与を提示するケースがあります。これは、それだけの営業利益率を数年後に出せる見込みが事業計画上も高く、早晩上場もするだろうと確信している、インサイダーとしての自信の表れであることが多いと思います。)

歴史を重ねすでに参入者が多く競争が盛んな業界を見ると、企業の絶対数が多いこともあって、見かけ上はたくさんの法務求人が出ていて景気がいいように見えます。ところが、そこで求められる専門性を持った人材も同時に労働市場に多く供給されており、また企業間の競争の結果営業利益率も低くなっているため、転職をしても高い給与を得られる可能性は低いはずです。単に他業界に転身した担当者の穴が埋まらず、ずっと求人が貼り出されたままという可能性すらあります。競争がグローバル化して久しい自動車や電気・機械産業といったところが、こうした業界にあたるかもしれません。


よって、当該企業および当業界全体の営業利益率をチェックし、それができるだけ高いところを狙うのが、給与UPを主目的とした場合の法務の転職のセオリーと言えます。

なお注意すべきは、そうやってうまく目をつけて入社した会社も、成功して数年後には参入企業が増え、その業界の法務人材に求められる法的知識・経験もコモディティ化し、給与がカンタンには上がらなくなるという点です。新興業界にリスクをとって早めに飛び込んだなら、転職時の給与と入社直後数年間の給与交渉はきっちりやっておいたほうがいい、ということでしょう。


「部内の人が減って一人当たりの仕事の量が増えたから」とか、「個人として圧倒的に能力と生産性が高いから」といった、個人業績だけを理由にしては給与が上がりにくいという点は、法務のつらいところでもあります。

景品表示法対策?街中観察で見つけたおもしろ打消し表示


企業広告の表現の中で、「うちの製品・サービスはこんなにすごいんです!」といった強調表示の下に必ずと言ってよいほど注記されているのが、「※ただし…に限ります」といった打消し表示です。

ヘタな企業の言動はすぐにSNSで炎上してしまう世の中になったことに加え、景品表示法の不当表示規制が強化され、2018年6月には消費者庁から以下のようなまとめ資料も公開されたとあって、企業もこの打消し表示のあり方に、相当敏感になってきている気がします。

打消し表示に関する表示方法及び表示内容に関する留意点(実態調査報告書のまとめ)[PDF:381KB]

一般消費者に対して、商品・サービスの内容や取引条件について訴求するいわゆる強調表示は、それが事実に反するものでない限り何ら問題となるものではない。ただし、強調表示は、対象商品・サービスの全てについて、 無条件、無制約に当てはまるものと一般消費者に受け止められるため、仮に例外などがあるときは、その旨の表示(いわゆる打消し表示)を分かりやすく適切に行わなければ、その強調表示は、一般消費者に誤認され、不当表示として不当景品類及び不当表示防止法(以下「景品表示法」という。)上問題となるおそれがある。(P1「はじめに」より)


そんな中、ちょっと前なら企業もそんなところまで気をつかわなかっただろうに…というおもしろ事例を2つ、街中で見つけてきました。街中観察メモがてらの事例紹介です。

「←この方はいませんが、素敵な会員がたくさんいます」@ゼクシィ縁結び広告


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婚活サービスの地下鉄ドア貼広告で、タイアップ映画に出演する女優の写真を矢印で指しての一言。ちょっと画質が粗くてすみません。

さすがにこの広告の構成であれば、本来は打消し表示がなくても不当表示にはならないと思われます。しかし、ただでさえ女性サクラ登録者の存在を疑われがちなのが、こうした婚活・結婚相談所の業界です。それを逆手に取り、あえての打消し表示を兼ねた広告メッセージとすることで、左ドアに貼られた映画の広告にも目線を送り、同時に出演女優の美しさも褒めつつ、それでいてクスっと笑えるクリエイティブにしています。

さすがリクルートさん。うまいというか、ウィットに富んでますね。

「※写真はイメージです」@大相撲九月場所広告


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とあるコンビニで見かけた、大相撲九月場所のチケット販促広告。

残念ながら、横綱に昇進してから欠場続きの稀勢の里関。そのせいもあって、せっかくの横綱土俵入りの勇姿も、写真下に悲しい打消し表示が表示されるハメに。

9月場所は進退をかけた場所ともいわれ、現時点で休場が決まったわけでもなんでもないのですが、名古屋場所も休場し、横綱最多休場の記録を作ったとあっては、協会としても安全策としてこうせざるを得なかったのでしょう。

見かけた瞬間は思わず「冗談キツイわ〜(笑)」と笑ってしまったのですが、プレッシャーを日々感じているであろう横綱と大相撲協会の胸中を思うと、切なさすら感じます。

【本】『EU一般データ保護規則』 ― GDPRの完全日本語版逐条解説+EUデータ保護指令先例集

 
プライバシー法の研究者として、近年は「忘れられる権利」に関する発信や著作でも目立っていらっしゃった宮下紘先生による、「額に汗」の結晶ともいうべき一冊。


EU一般データ保護規則
宮下 紘
勁草書房
2018-05-26



このタイミングで、EU・米国・日本のプライバシー法に詳しい専門家によるGDPRの日本語訳と逐条解説が読めるというだけでもありがたいわけですが、本書の見どころは、これまでに発生したEU各国におけるプライバシー紛争の判決やガイドライン等が徹底的に集められている点にこそあります

GDPRには、約20年にわたり積み重ねられてきたEUデータ保護指令における経験が反映されている。GDPR適用後も、従来通りに個人データの実務を行うに過ぎず、特に国内に大きな変化が生じるわけではないとドイツの専門家がしばしば口にするのはそのことを示している。GDPRを理解し、これに対応するためには、単にGDPRの条文を見るだけでなく、20年間以上にわたり蓄積されたEUと加盟国のデータ保護の実務も同時に理解する必要があろう。(P380-381)

あとがきでもこのように述べられているように、逐条解説部分ではGDPRの翻訳とポイントを適示するにとどめるなど著者独自の解釈は控えめに、

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各条文ごとに、EUデータ保護指令時代からの各国での法令、判決、ガイドラインでの言及等が、著者の手によって細やかに収集されています。

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上記の同意の条件に関する部分の他にも、何を読んでも抽象的な記述にとどまり要件がはっきりしないDPO選任における専門性要件の水準について、
  • ハンガリー 「情報決定権および情報公開に関する法律」第24条
  • ルクセンブルク 「個人データの処理に係る個人の保護に関する法律」第40条7項、9項
といったところまで収集し、その基準の参考情報を示してくださっています。ここまで網羅している文献は本書以外には見当たりません。

これまで出版されたGDPR本は、情報の取得→利用→管理→漏洩対応といった企業における実務フローに沿ってGDPRを解説する文献がほとんどでした。これはビジネスを組み立てていくフェーズや各論で緊急を要する場合には大変役に立つものです。一方で、具体的な法的イシューについて深く検討する際のデータベースとしての情報の検索性や網羅性という観点では、やはり本書のような逐条で整理された書籍に軍配が上がります。

言うなればGDPR版の判例六法プロフェッショナル&コンメンタールであり、結果的にEUプライバシー法全体のリファレンスブックにもなっている本書。GDPRが適用されない限定的な事業を行っている企業に在籍していたとしても、プライバシーに関わる業務を担う法務パーソンには欠かせない一冊となるでしょう。


それにしても、翻訳書を含めた憲法・プライバシー分野の刊行物では、勁草書房さんのご活躍がずば抜けて目立っているように思います。インターネット分野で長年飯を食うものとして大いに助けていただいており、感謝しきりです。
 

【本】『欧州GDPR全解明』 ―「実はまだGDPRを十分理解していない90%」からの脱却


インターネットイニシアティブ(IIJ)のコンサルタントお二方の執筆によるGDPR解説書が出版されました。





本書の特徴は、今企業で行なわれている実務を図や表で整理・例示しながら、「こういう場面のこうした業務でこうした目的での情報処理を行う場合は、GDPR第◯条の規制を受けますよ」と解説してくれる、実務ベースからのアプローチにあります。

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法律を体系的に学ぶことが好きな方にはあまり好まれないアプローチかと思います。この方法ですとどうしても条文に正確な理解には遠回りで、抜け漏れも発生しがちだからです。一方で、まだまだGDPRに関する対応の現状を見ていると、自社がGDPRに対応する必要があるのか、あるとしてどの程度の業務影響があるのかを把握したいという段階の読者の方が多いはずです。

その証拠がこれ。先日、トレンドマイクロから「GDPRを十分に理解しているビジネスパーソンは、法務部門責任者でさえ10%を切る」という衝撃的なアンケート(EU一般データ保護規則(GDPR)対応に関する実態調査)結果が公表されました。日本の法律ではないものに対して騒ぎすぎ・反応しすぎも良くないのですが、とはいえここまで関心が低かったのかと驚いたのも事実です。

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こうしたフェーズにいる多くの方にとっては、抽象的な条文の解釈論を深く解説されるより、具体的なビジネスシーンや行動に当てはめた解説をしてもらったほうが実感が湧きやすく、なんとなく分かった気になるよりはよっぽどマシでしょう。

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著者の立場上、特に後半のまとめに近づくにつれて、IIJのGDPRコンサルティングサービスに誘導しようという思惑がどうしても見えてしまうところはあります。その分を割り引いても、コンサルタントらしいビジネスパーソンに刺さるプレゼンテーションでの解説は、すでに弊ブログでもご紹介済みの法律家の手によるGDPR本2冊を補完するものとして、価格相応の価値はあると感じました。また、「十分に理解している10%」の方にとっても、社内で行うことになるであろうGDPR研修のネタ本として利用されるとよいのでは。


先程紹介のアンケートにもあるとおり、GDPRについてはこれだけ長い準備期間があったはずにもかかわらず、昨年の個人情報保護法施行対応にもかき消され、結果、情報も不足気味という印象があります。本書のようなわかりやすい当てはめを伴った解説や情報が少なく、危機感を煽られなかったのも、その原因の一つかもしれません。弁護士の先生方にとってもそれは同様のようで、クライアントからのGDPR対応相談は増えたが回答は見合わせている、とおっしゃる法律事務所は少なくありません。

いよいよ、施行日である2018年5月25日が到来するわけですが、中小・ベンチャーの経営者・法務担当者としては、先行する大企業の実際の対応ぶりを見て学び、こうした書籍で知識を肉付けしながらキャッチアップしていくほかなさそうです。

【本】『Q&Aで学ぶGDPRのリスクと対応策』― 十分性認定だけでは十分とは認めてくれない世界の潮流

 
GDPR施行1カ月前にして、ようやく、条文の解説や要約・ポイント解説にとどまらない、実務レベルで役立つ文献が公刊されました。





「GDPR」というキーワードに引っかかる書籍、専門誌記事、ネット記事等は一度は目を通すようにしていましたが、
  • GDPRの条文の組み立てに沿って逐条解説またはその要約をしたもの
  • GDPR施行後の制裁リスクが高いポイントに絞って実務対応をピンポイントで指南するもの
この2つのいずれかだったと思います。昨年ご紹介した『日米欧 個人情報保護・データプロテクションの国際実務』は前者にあたりますし、「ビジネス法務」「ビジネスロー・ジャーナル」などの解説記事はほとんどが後者にあたります。

一方本書は、企業目線での疑問や不安に対するQ&Aという形で情報を整理し、各条文・ガイドラインをまたがった理解・解釈が求められるポイントについて、横断的に目配りを利かせたアドバイスを提供する本となっています。

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過去何度か、Q&A形式の書籍に対する批判的なコメントをした自覚がありますが、本書については、著者が述べたい・述べることができるAnswerを書くためにしらじらしいQuestionを立てるといったことがなく、本当にGDPRを知らない企業が思いつくであろうQを思いつくであろう順に網羅しています。また、Answerの中でより細かい法律的・実務的解説が必要な場合は、さらに後ろにその細かいQ&Aを立ててリンクを張るなど、前から順に読んでいっても自然と理解が深まっていくような、そんな配慮がなされていることが感じられました。これはこの手のQ&A本でよく採用される共著分担式ではなかなか実現できないことです。加えて、著者中崎先生自身が本書刊行までの期間、多数の企業からの度重なる調査依頼に実際に応えていらっしゃったことも伺わせます。

ところどころでGDPRと日本の個人情報保護法の義務の具体的な差異について比較がされている他、VI章以降では、個人データに関する規制の世界的動向(韓国・インドネシア・ベトナム・ロシア)に触れ、さらには同じEUのルールでもまだ未施行のe-Privacy Regurationについてまで言及している点も圧巻です。日本でも少し遅れて夏ごろに発効される見込みと報じられた十分性認定に甘えることなく、GDPRを積極的に遵守する体制を整えていくことが、結局はこれからの企業のグローバルでの競争力を高めていくことにつながる、ということを強めに述べています。

十分性認定で何が変わるのか、変わらないのか

まず、越境移転規制以外の規律は、十分性認定による影響を受けない。さらに、注意すべきは、越境移転規制の中でも、EU・日本間の十分性認定によりカバーされるのは、EUと日本の相互間の越境移転に限定される点である。たとえば、EUだけでなく、東南アジアにも展開している事業者であれば、EUからの個人データの移転先は日本の支社だけとは限らず、東南アジア各国にも移転している可能性があるが、日本・EUの相互認証によっては、EUから東南アジア各国への移転はカバーされず、依然として越境移転規制の対象となる。(P344-345)


さて、本書の感想とは少し離れて、GDPRの施行が近づくにつれバタバタとしている中ではありますが、少し注意したほうがいいのかなと思っているのが、GDPRをいかに上手に遵守しようとも、EUの原則的スタンスとしては、「EUから個人情報を持ち出すな(移転禁止)」であるという点です。

EU域外に対しても法的執行力を担保しようと、EU域内に代理人を設置するところまで強制し、応じなければ世界の潮流から乗り遅れるというムードまでしらっと醸成しているGDPR。素直にうまいなと感心はしますが、個人からの同意を前提とした情報収集の自由や、国家間の政策・法制度・企業競争力にまで大きく影響を及ぼしているのも事実。今後さらに義務を強化することもあり得ない話ではありません。

個人のプライバシーは尊重しつつ、特に域外適用という点については、他の国が立てたルールに盲目的に従い続けていていいのか、疑問も感じるところです。
 

一般社団法人情報法制研究所による「著作権侵害サイトのブロッキング要請に関する緊急提言の発表」について

 
一般社団法人情報法制研究所(JILIS)研究員として、ほぼ初めての発信になります。

本日、JILISより、「著作権侵害サイトのブロッキング要請に関する緊急提言の発表」を行い、私も末尾の賛同者として名前を出させていただきました。

ぜひご一読をいただき、皆様にもご賛同を賜れれば幸いです。


著作権侵害サイトのブロッキング要請に関する緊急提⾔の発表

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私のキャリアの始まりは、通信事業者でした。そこでは、当たり前かもしれませんが法務だけでなく社員全員が、憲法および電気通信事業法に定める「通信の秘密」の重要性を認識し、日々業務に携わっていました。

「電気通信サービスを提供する当社からの請求書の宛名が郵送時に見えてしまうことは、通信の秘密を侵すことにならないのか?」
「請求書添付の明細に通信相手先会社名、接続開始時間が記載されることについてはどうか?」

法律の専門家ではない一般社員が、このような請求書のディティールまでに気を使い、真剣な顔で法務に持ち込み確認をとってビジネスを進める姿を見て、大学時代に憲法すらろくに学ぼうとしなかった自分を恥じるとともに、自社のビジネスが基本的人権という重要なものに関わっていることを再認識させられました。

その後も、ITに関わるビジネスを転々とする中で、そこで交わされる通信ログに関する捜査機関からの協力要請を受けた際などには、職業人としての本分や立場をわきまえつつも、通信の秘密の重要性を人一倍考え、上席に対応方針を提案してきたつもりです。


様々な手段で防御・回復可能かつ一部の著作権者にとどまる財産的損害およびそのおそれよりも、国民全体の通信の秘密(具体的には、通信が知得・遮断されない自由・通信を通じて情報を摂取する⾃由)が保障されることを重要視すべきだと考えます。


著作権者の財産的損害と通信の秘密とを比較し、それでも前者を優先すべきだと言うならば、納得できるだけの損害発生の事実、そして脅かされる人権を保障するための策を、特定の知識人や弁護士によってではなく、著作権者本人が自分の口で説明いただければと思います。
 

賞金制eスポーツ大会に関する景表法の懸賞景品規制について、法・告示・通達を並べてみた(追記あり)

弊ブログでも話題にしてきた賞金制eスポーツに対する景品表示法の景品規制について、消費者庁のスタンスがだんだんと明らかになってきました。

東洋経済さんが、消費者庁表示対策課の担当者に取材をしたという記事がこちら。

eスポーツの高額賞金、阻んでいるのは誰か(東洋経済ONLINE)

結論から言うと、興行性のあるeスポーツ大会の賞金は「景品類」に該当しないと考えられるとのことでした。前述のようにいくつか質問を用意していたのですが、いきなり1つ目の質問ですべてが解決です。
では、なぜ興行性のあるeスポーツ大会の賞金が「景品類」に当たらないのかというと、大会における上位者のプレーに対する賞金は「仕事の報酬」と見ることができるからです。
「景品類等の指定の告示の運用基準について」には8つの項目があり、5項目の(3)に「取引の相手方に提供する経済上の利益であっても、仕事の報酬等と認められる金品の提供は、景品類の提供に当たらない(例 企業がその商品の購入者の中から応募したモニターに対して支払うその仕事に相応する報酬)」と記載されています。
この5項目(3)により、興行性のあるeスポーツ大会に参加するプレーヤーのパフォーマンスは仕事として認められ、優勝賞金は仕事の報酬とみなされるようになるわけです。

消費者庁としては、むかーし昔に作った通達に「仕事の報酬等」ならOKって書いてあったのを利用して、しかし「興行性のある」というどこにも書いてなかった謎の要件を(そっと)加えて、この範疇に収める解釈を出しておくのが妥当、というご判断のようです。

ゲーム好き一般人として、結論は妥当のように思っていますが、景品規制のあり方としては、法の下の政省府令のさらに下の、「告示」に書かれた言葉の解釈を示した「通達」をさらに消費者庁が解釈したものだけを根拠に違法・適法を論じていることに、少しばかり異常さを感じます。

そんなことを考えながら、懸賞景品規制について法、告示、通達の中から特に関係する文言を並べて眺めてみました。ご入用の方は、こちらからコピペしていってください。

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このまま告示や通達による解釈で乗り切るなら、少なくとも、「仕事の報酬等」「興行性のある」についての要件定義を、告示や通達で出すべきではないでしょうか。それはそれでかなり滑稽な感じがしますが。

なお、告示・通達とは以下のとおりで、法令とは異なるもの。

国家行政組織法(昭和二十三年法律第百二十号)
第十四条 各省大臣、各委員会及び各庁の長官は、その機関の所掌事務について、公示を必要とする場合においては、告示を発することができる。
2 各省大臣、各委員会及び各庁の長官は、その機関の所掌事務について、命令又は示達をするため、所管の諸機関及び職員に対し、訓令又は通達を発することができる。

今後、高額の懸賞金を供する事業者も現れて立派な経済活動となるであろうeスポーツ業界。このような微妙な行政解釈だけを頼りにビジネスを展開することに、事業者として不安を覚えるのも無理もないでしょう。

「景品表示」法とひとくくりにするのでなく(おそらく今後も必要であろう不当表示規制と切り離して)、これほど解釈も微妙な、そのわりに世界の主要国の中でもかなり厳しめの景品規制がそもそも必要なのか、というところからもう一度考え直したほうがいいのではと思います。
 

2018.3.25 追記

コメント欄にて、「興行性については、経産大臣の国会答弁にもあったようです。ジュリストの最新号の論考にも紹介されてました」との情報をいただきました。ありがとうございます。

早速経済産業大臣の答弁を確認してみました。第196回国会 予算委員会 第7号(平成30年2月7日)の議事録から。

○世耕国務大臣 御指摘のeスポーツは、例えばゲームでやるサッカーの対戦模様とか、そういったものを多くの人で見て楽しむというものでありまして、非常に今盛り上がっていまして、今、全世界で十億ドル程度の市場規模があって、これからも年間一三%ぐらいで成長していくだろうというふうに見ています。

 これは、単に興行としてその大会が盛り上がるだけではなくて、その戦っている映像が例えばユーチューブとかで配信をされて、それがまたビジネスになっていくとか、いろいろな広がりもあって、日本のコンテンツ市場全体の拡大に寄与するというふうに考えています。次期アジア大会でも、競技として取り上げられるというような話も出ているようであります。

 ただ、法律的にいろいろひっかかるようなところがあって、例えば賭博に当たるんじゃないかとか、風営法の届け出が必要じゃないか。これはそれぞれの法律で判断していっていただくしかないわけですけれども、特に景表法、景品表示法にひっかかる。

 要するに、高額商品が出る場合は景表法に抵触するのではないかという指摘もあったわけでありますけれども、これは、経産省も間に入りまして、消費者庁と関連団体の間で整理をさせていただきまして、プロのプレーヤーが参加する興行性のあるeスポーツ大会における賞金は、これはあくまでも仕事の報酬ということで、法律上の景品類には当たらないという形で整理が行われたわけであります。

 そして、さらに、先月、一月二十二日に、今まで三団体に分かれていたのが日本eスポーツ連合という形で一本化をされました。こうやって一本化をされて、今後プロスポーツ化に向けた動きが本格化をすれば、高額賞金が出る大会の開催など、eスポーツの活性化の環境が整っていくのではないかというふうに期待をしております。

 経産省としては、この日本eスポーツ連合と連携を図りながら、eスポーツを健全に発展させて、日本のコンテンツ産業の振興に取り組んでいきたいと思います。

ゲーム業界と古くから結びつきの強い経産省だけに、業界団体がすすめるプロスポーツ化を後押ししたいという思いが詰まった答弁になっており、また本件について消費者庁に対してもかなりの圧をかけていることが伝わってきます。

私が疑問に思っている興行性を要件とする点については「経産省も間に入りまして、消費者庁と関連団体の間で整理をさせていただきまして、プロのプレーヤーが参加する興行性のあるeスポーツ大会における賞金は、これはあくまでも仕事の報酬ということで、法律上の景品類には当たらないという形で整理が行われた」と述べています。「プロ参加」という要素が加味されそうな様子がうかがえますが、これを要件にしてしまいますと、Youtube配信などでゲームだけで生計を立てていくことも可能となった今、ゲームのプロとは何かという答えのない議論に陥ってしまいそうです。

そもそも、景表法担当大臣による発言ではないことも含め、これだけでは今後の業界にとってプラスの方向に影響を与えるものとはならないような気がしますので、やはり正式に消費者庁から告示なり通達なりをはっきりと出していただいたほうがよい(というか、繰り返しですが景品規制撤廃の方向で考えたほうがいい)のかなと思います。

なお、ジュリスト2018年4月#1517は、大江橋法律事務所の古川昌平弁護士によるもの。上記経済産業大臣発言については出版タイミングの関係で軽く触れる程度でしたが、すでにインターネットでも公開されている平成28年消費者庁照会と白石忠志教授の論稿「eスポーツと景品表示法」(東京大学法科大学院ローレビュー、Vol.12 2017.11)をベースに、一般ユーザー観戦大会についてオープン懸賞告示に照らして顧客誘引性がなく適法と解釈することの是非について、さらに検討を深めた非常に丁寧な論稿になっていました。

筆者の理解不足の故かもしれないが、前述のとおり、個人的には、商品又は役務を購入することにより、経済上の利益の提供を受けることが可能又は容易になる場合には、当該経済上の利益は、客観的に顧客誘引のための手段となっていると言わざるを得ないのではないかと考えている次第である。

例えば、ゲームメーカーが、参加資格を高度な技術レベルを有する者に限定したeスポーツ大会を主催する場合に、当該メーカーが成績優秀者に対し提供する賞金は、当該大会に出場し得る者による高度な技術を駆使したプレイを見せるための原資としての性格を有するとは言えるだろう。もっとも、当該ゲームソフト購入後の練習によって一定の技術を習得することはあり得るし、大会への参加を1つの目的として当該ゲームソフトを購入しようとする者は相応にいるのではないか。そのため、当該大会について顧客誘引性が「ない」とすることは困難ではないかと思われる。

この古川先生の指摘については、私も同様の懸念を覚えています。
 

【本】『個人情報保護法の解説《第二次改訂版》』― 本家本元「ピンク本」が13年の時を経てついに改訂

法改正による個人情報保護法本の新刊ラッシュがひと段落するの待っていたかのような、王者の風格漂うタイミングでの登場となりました。実務に携わる者にとっては必携の書です。





著者の「個人情報保護法制研究会」とは、まさに平成27年改正法の立案を担当し、そして運用の監督権限を司ることになる、個人情報保護委員会事務局の皆さんのこと。もちろんそれぞれの個人の私的な見解とは言え、主務大臣に代わり委員会が権限を持つことになったこの運用フェーズにおいては、本書に示された解説をベースに検討すべきなのは間違いありません。

ちなみに、前著『個人情報保護法の解説《改訂版》』は、業界人からは「ピンク本」と呼ばれ、宇賀本・岡村本のような自説記載を含んでいない点、業界では信頼のおける文献として重宝されていました。といっても、発刊当時の2005年時点は私はまったく注目していませんで、保護法改正の機運が高まりはじめた2012年ごろにあわてて中古で購入した記憶があります。

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その《改訂版》と比較すると、まず一見してデザインががらっと変わっています。ハードカバーで扱いにくかった表紙もソフトカバーに代わり、ページ数は570ページを超え前著比プラス200ページほど増加しています。書体やレイアウトは少し現代風になり、より読みやすい印象です。

特に、実線で罫囲みされた条文の下に趣旨があり、その条に関係する施行令・施行規則の条文が点線囲みで引用された構成が使いやすく、気に入っています。委員会作成のQ&Aまではリファレンスされていませんが、逐条解説の文章の中で十分にその趣旨が織り込まれているので、コンメンタールとしてはここは割り切って正解だったと思います。また、図表が少し少なめな印象がありますが、前著と比較してみると、あまり図式化する意味のない図、たとえば一方通行なフローチャートなどを積極的に削除したフシがうかがえ、これも良い改訂ポイントだと思います。

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また逐条解説パートにおいては、改正による影響があった部分には必ず書き出しに「平成27年改正により」とあり、改正のなかった部分との区別が明瞭になっています。改正内容をもういちど頭に入れたいという方にとっても、この部分を丹念に追っていけば事足りるはずです。

何より驚いたのは、その改正の影響を受けていない条文についての解説は、時折挙げられている例示も含めて、一言一句《改訂版》から変化なしと言って差支えないほど前著のままとなっている点です。これはつまり、個人情報保護法の本質は何も変わっていないということの証左であり、あわせて、前著《改訂版》がいかに信頼できる完全なものであったかを示してもいます。ピンク本もそれはそれで取っておくつもりだったのですが、ここまで踏襲していると、安心して電子化(自炊)送りにできますね。

(余談ですが、この差分を精査している作業中、28条の保有個人データ開示義務を解説しているP237において、「開示を請求された保有個人データが存在しないという情報も重要な情報であることから(略)存在しない旨を本人に通知しなければならない。」という解説が前著になかったのを見つけ、「お、これは委員会の独自見解か?」と思ったのもつかの間、法28条3項の条文自体に新たに加えられていた当然の義務であることに気づいた次第です。恥ずかしながら・・・。)

第4編として、藤原先生によるGDPRについての解説がありますが、これは本当にさわりの紹介程度です。GDPRについては別途文献を参照して対応を検討されることを推奨します。

なお入手に当たっては、ぎょうせいのtwitterご担当者さまに便宜を図っていただき、発行間も無く入手できました。その節は誠にありがとうございました。

ガチャ確率の開示は法的義務となるか、なった場合ゲームはどうなるのか

 
昨日平成30年1月26日付、消費者庁がガチャ確率表示に関する景品表示法第5条第2号(有利誤認)の措置命令を行いました。以下リリースからの抜粋です。

アワ・パーム・カンパニー・リミテッドに対する景品表示法に基づく措置命令について
イ 実際
  • 本件役務を1回ごとに取引する場合の本件役務の取引1回当たりの「クーラ」と称するキャラクターの出現確率は、0.333パーセントであった。
  • 本件役務を10回分一括して取引する場合の「万能破片」と称するアイテムの出現に割り当てられる1回を除く9回における本件役務の取引1回当たりの「クーラ」と称するキャラクターの出現確率は、9回のうち8回については0.333パーセントであった。

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⑶ 命令の概要
ア 前記⑵アの表示は、前記⑵イのとおりであって、本件役務の取引条件について、実際のものよりも取引の相手方に著しく有利であると一般消費者に誤認される表示であり、景品表示法に違反するものである旨を一般消費者に周知徹底すること。
イ 再発防止策を講じて、これを役員及び従業員に周知徹底すること。
ウ 今後、同様の表示を行わないこと。


オンラインゲームのガチャ(ランダム型アイテム提供方式)の確率表示に言及した措置命令としては初めてのものになります。それもそのはず、各社がガチャの確率を表示するようになったのは2年前、ある事件をきっかけに作られた業界ガイドラインの制定が契機となっているからです。

(フィーチャーフォンの一部ゲームを除き)ほとんどのオンラインゲームがそもそも確率を表示していなかったところ、このような自主規制で表示をせざるを得なくなったことにより、不当表示を発生させる可能性も高まってしまったわけです。上記措置命令の対象会社の行為が故意なのか過失なのかはわかりませんが、だますつもりはなかったようなちょっとした表示ミスでもこのような不当表示として法的責任を問われるというのは、本当に大変だと思います。


さて、ここで確認しておきたいのは、現時点ではガチャの確率表示自体は法的義務ではない、という点です。しかし最近になって、世界の流れがガチャの確率表示をまるで法的義務かのように扱ったり、これから立法していくべきという方向に傾きはじめています。このブログでも昨年11月に取り上げたハワイ州でのルートボックス確率開示立法の動き、そしてアプリ業界のルールメイカーとなってしまっているAppleのプラットフォームルール改正によるルートボックス確率開示強制に加え、ワシントン州でも上院議員が法案を提出したとのニュースが報道されているのは、ご存知の方も多いと思います。

もちろん、ゲームといえども有償で行うものについて、消費者保護、特にお金の取り扱いに関する意思能力が未熟な未成年者を保護すべきというバランスを取るためにある程度の規制は必要でしょう。そのバランスポイントとして、確率を表示して未成年者に現実の厳しさを知らしめるというやり方をとるという手法とせざるを得ないのも、ある意味では妥当に見えます。


しかし、ここで不安が生じます。そこで、単純におカネをバーチャルな「箱」に投入してスイッチを押すと「運」にまかせて何らかのアイテムがいずれか出現する、日本流にいえばガチャ、海外流にいえばルートボックスに限定してそうした法的義務を作るだけであれば話は簡単なのですが、ゲームの世界はそんなに単純ではない、ということです。それは、ゲームと名のつくものに「運」を要素に含まないものは、存在しないからです。


「運」の要素を含まないゲームは存在しない、それは本当か?という方には、たとえば以下の書籍が参考になります。



Cailloisは またゲームを4つの区分,そして2つの尺度により分類し,考察を加えている。 4つの区分とはアゴン〔Agon〕,アレア〔Alea〕, ミミクリ〔Mimicry〕,イリンクス 〔Ilinx〕 である。それぞれは競争のゲーム,偶然のゲーム,模擬のゲーム,眩量のゲームと言い換えることができる (Caillois, 1967(邦訳, 2004))。

(中略)

カジノをはじめとするゲーミングは Roger Cailloisの 分類した4つの区分に重なり合う形で存在するが,すべてのゲーミングには必ず偶然が作用することとなるので,図表3-3に示すようにアレア 〔Alea〕 に内包されると考えることができよう。

3-3

(中略)

すべてのゲーミングはアレア 〔Alea〕 に内包される。そして図表3-4にあるように社会機構の外縁にある文化的形成として成立しているが,イリンクス 〔Ilinx〕 的な要素が強まり堕落すると「中毒」つまり「依存症」となる。

3-4


たとえば、こんなオンラインの対戦サッカーゲームがあったとします。

  • 初期状態では11人の選手の能力は全員一緒
  • 対戦して勝ったプレーヤーは、1人だけ自分のチームにスタープレーヤーがランダムに追加され、次の試合に無料でチャレンジできる
  • 負けたプレーヤーも、お金を支払うことで何度でも再チャレンジでき、次の試合に勝てばスタープレーヤーがランダムに追加される

上記引用文献によれば、選手の獲得の場面だけを見ればアレア(運)のゲームのようでありますが、基底にはサッカーゲームのプレイというかなりアゴン(競争)の要素が強くもありますし、勝ち続けるとオールスターチームが無償でできあがっていく様は、ミミクリ(模擬)的でもあります。

さて、ここで問題です。仮にガチャやルートボックスの確率表示が法的義務となった世界において、この対戦サッカーゲームは、果たしてガチャやルートボックスに該当するものと評価されるのでしょうか?

該当するとした場合、課金行動の前に確率を表示せよとなりそうですが、ある選手を獲得できる確率表示は、どのように表示すべきでしょうか?次の試合をプレイして勝つ確率を含めて、コンピューターがその確率を計算し表示できるのでしょうか?できたとして、その確率表示に意味はあるのでしょうか?

未成年者保護、消費者保護のためにガチャやルートボックスの確率表示を法的義務とすべきという議論は、今後も根強く続くと思います。しかし、そこに踏み込むにあたっては、ガチャとそうでないものの境界線が引けるのか、引けたとして技術的に表示が可能なのか、可能として目的に資するか、確率表示義務に萎縮してゲームがゲームとして成立しなくなる可能性はないか、それらについても考えた上で、ルールメイクしていく必要があります。
 

【本】『知財の正義』― アンチ・レッシグ

 
久しぶりに、アンダーラインを引き引き脳に汗をかきながらじっくりと本を読みました。こんなにもストレートにローレンス・レッシグを批判する人がいるんだなあと驚きながら。


知財の正義
ロバート・P. マージェス
勁草書房
2017-12-15



  • パブリックドメインから取り出した素材に個人が「労働」を付加して生まれたものが創作物である。
  • 創作物によって、フロー型の収入しか得られなかったところ、ストック型の収入を得ることが可能になり、これにより個人が生計を立て自律す(選択と行動の自由を得)ることが容易になる。これを制度化したものが知的財産権である。
  • 一方、知的財産権がパブリックドメインから生まれたものである以上、その知的財産権から得られる果実・収益は、社会が知的財産権に貢献した度合いに応じてパブリックドメインに還元すべきであり、還元されふたたびパブリック・ドメイン化したものから、またよりよい創作物を個人が労働によって生み出すサイクルが生まれる。
  • そのサイクルを生むための原初の「労働」にインセンティブを発生させるために、「労働」によって所有が認められる権利が国家による確かな強制力に裏打ちされる必要があり、だからこそ、現在の知的財産権制度の存在は正当化される。

以上について、ロックの占有理論/カントの個人主義/ロールズの財産の分配効果への関心をベースに、論証を試みた本。

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率直に言って、この論証の方法については、著者が根拠としている偉人達のもともとの著作や言説に明るくない私には、チェリーピッキングに過ぎないのでは?という疑問が拭えず(御高名な方なのでそういったことはないと思いますが)、素直に納得できたかと問われれば、Yesとは言い難いところがあります。

それでも、レッシグ以降のアフターインターネット知財の潮流、すなわち、「デジタル時代においては、制約をできるだけ取り除き、共創を促すべき」といったミニマリスト的政策こそ最良とする考えに対して真っ向から否定を試みる著者の凄みに、読んでいて押し負けそうになる場面が少なくありません。

デジタル時代の学者は「インターネットはすべてを変える」と説いてきた。(略)しかし、新たな配信技術によっても変わることがなかった1つの重要な事実がある。それは、創作物を生み出すには、依然として労力と(多くの場合には)個人の意志ないし人格の投影を必要としているという事実である。労力と個性が知的財産の本質なのであるから、創作物に対して財産権を認めることは、インターネット時代においても、依然として理に適っているのである。
この本質的な継続性に気づかない者は、創作物に関するゆるぎない真実を見落としている。技術至上主義の論調で書かれた書籍や記事を少し読めば、この点は明らかになる。ローレンス・レッシグの『CODE VERSION 2.0』、ジェシカ・リットマンの『デジタル著作権』、そして多くの類似の著作は、創作物を伝達する技術のこととなると、インターネットが存在する以前とそれ以後との間には急激な不連続性があると繰り返し強調する。彼らによれば、こうした変化の原動力は、知的財産分野の存在意義を解釈する際の支柱としても機能するという。その基本的な考えは単純である。創作物を広める技術が劇的に変化したのだから、この分野に関する私たちの考えも劇的に変わらなければならないというのである。これこそが、技術至上主義(technocentrism)という表現で私が言わんとしていることである。(P32)


上記引用部にも表れているように、極めて人間的な「(労力・個性・人格の表れとしての)労働」に強く知的財産権の源泉・根拠を求める著者マージェス。この論に立てば、本書では触れられていませんが、たとえばデータベースの著作物性を争う場合に保護されないとされてきたいわゆる「額に汗」についても、保護の対象とすべきものとなってしまいそうです。そうなのでしょうか。

今後私が知的財産について考えるたびに、脳裏をよぎり立ち返ることになる本になろうかと思います。
 

Apple法改正のお知らせ ― ガチャ確率開示が義務化されました(追記あり)

 
Appleが、iOSデベロッパー向け利用規約の一部を構成する「App Store審査ガイドライン(App Store Review Guidelines)」を改訂。

ルートボックス、すなわち有料でランダムに仮想アイテムが出現する仕組みまたはそれに類似するものをアプリで販売するときは、各々の得られるアイテムの種類ごとにそのオッズすなわち確率を開示しなければならない、というルールを、3.1.1の一番最後の箇条書きとして追加しました。ガチャ確率開示の義務化です。またいつものごとく、オフィシャルな予告なしに、突然にです。

App Store Review Guidelines

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ガイドラインの日本語版はまだ本日現在改訂されていない模様。
比較のためこちらも画像をはっておきます。

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“the odds of receiving each type of item”とありますが、このeach typeがどの粒度を指すのか、つまり、個別アイテムの確率開示を義務化しているのか、それともS、A、Bレアといったなんらかのグルーピングをした確率開示で許容されるのか。ここが一番の論点でしょう。


といっても、業界の有識者は、この流れは推測できたことだろうと思います。弊ブログでも11月23日に「STARWARS BATTLEFRONT2がガチャ規制の虎の尾を踏む」と題する記事を書いたとおり、米国ハワイ州議員が、他州の議員を巻き込んでルートボックスへの規制の必要性について言及をしていたからです。

未成年のアプリ内購入があまりにもかんたんにできてしまうことについて、過去FTCからの制裁も受けているApple。以降、この手のリスクはもう負えないと判断していたはずで、11月のこの動きが見えた段階で、プラットフォーマーとしての確率へのなんらかの規制はせざるを得ないと判断したものと思われます。そのころに、Appleから上位デベロッパーに対しては、何らかの打診が事前にあったかもしれません。

業界最大手のアプリでも、確率を開示していないものが存在します。その中でどういう影響がでるのか。そして、そうした大きな影響を与える力をもったプラットフォーマーに、売上にも直接影響を及ぼすような重大な利用規約変更権限を無制限に与えていていいものか、このブログではずっとそのことについて問題提起し、しかるべき方々にもお話をお伝えしてきました。議論すべき時はとっくに過ぎてしまっているようにも思うのですが。


2018.01.19追記

昨日付で日本語訳も改訂され、該当部分が追記されました。


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注目していた“each type”の訳は「各種」と無難なものになっており、個別アイテムごとの確率設定(提供割合)の開示を求めているのか、グループ別での開示も許容されるのかまで踏み込んだ見解は示されていません。

とはいうものの、大手デベロッパーの対応を見ていると、個別アイテムごとの確率開示に踏み切っているところが目につきます。なんらかのグルーピングをしていながら、そのグループ中の一部の特定アイテムのみが著しく低い確率に設定されていたケースなどでは、中途半端にグループ単位での確率設定を開示することで、かえってその特定アイテムの確率を誤認させる結果になりかねない、という判断をされたのかもしれません。

このようなクリティカルな部分について後出しのルール変更を告知した後、それでも確率設定を開示しないデベロッパーに対し、Appleがいつから・どこまで取り締まりをするのか、注目です。

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