企業法務マンサバイバル

ビジネス法務に関する本・トピックのご紹介を通して、サバイバルな時代を生きる皆様に貢献するブログ。

法務

【雑誌】サイゾー 2017年6月号 ― 音楽・映像ビジネスにかかわる著作隣接権を理解するための業界構造基礎知識

 
久しぶりの雑誌紹介。しかも法律雑誌ではなく、まさかの「サイゾー」(笑)。ですが、今号の特集「芸能界の(禁)基礎知識」は、エンタメロー・知的財産を実務で取り扱う方には一読の価値ありな特集になっています。





法務パーソンが著作権法の勉強をしている中で、わかりにくさ・もやもや感を最も感じるのが著作隣接権であることは間違いないでしょう。試しに、著作権法の基本書の中で読者フレンドリー度No.1な中山『著作権法』で著作隣接権の概説をひもといても、

著作物の伝達には物流と異なった特性があり、法で特に保護する必要性が高いものもある。(略)そこで著作権法は、実演家・レコード製作者・放送事業者・有線放送事業者の四者につき、著作隣接権という特殊な権利を与えて保護している。(P537)
1961年にユネスコとベルヌ条約同盟と国際労働機関(ILO)の共同開催による隣接権条約外交会議において「実演家、レコード製作者及び放送機関の保護に関する国際条約(略)が締結され、1964年に発効したが、わが国は1989年(平元)に加入書を寄託し加盟した。わが国がこの条約に加盟した時期はかなり遅いが、条約加盟に先立ち、条約の考え方自体は現行の当初から著作権法に取り込まれており、昭和45年著作権法全面改正で著作隣接権制度が創設された。(P538)
著作隣接権の根拠としては、著作物の伝達行為の準創作性を挙げる者が多い。(P539)
著作隣接権が必要となった必要となった最大の要因は、情報伝達技術の発展である。(略)例えば実演がレコードに複製され、それを放送で利用するという関係において、実演家・レコード製作者・放送事業者等の間での利益をいかに分配するかという問題を巡り、それらの間の権利調整のための複雑な規定が設けられている。(P540)

と、法律書らしからぬふわふわとした解説が延々と続きます。真剣に法律を勉強しようとしているこちらとしては、「必要だから法律になったのだ」と言われても、どの教科書を読んでもどうしてこれが必要になったのかという経緯も詳しく説明されないだけに、本当にこんな複雑な規定を設けてまで権利を認める必要があるのか?という疑問が先立ってしまい、なかなか頭に入ってこないわけです。少なくとも私はそうでした。

ご紹介のサイゾーの特集は、田辺エージェンシーの田邊社長が、GSブームの先駆けとしてスパイダースを結成し、自らバンドプロデュースをしながらトップ芸能プロの社長として名を上げていく過程を中心に描きながら、芸能プロダクション・レコード会社・テレビ局がそれぞれどういう立ち位置でイニシアティブを争ったかという芸能の近代史をおさらいした上で、彼ら著作隣接権者の団体である芸団協や音事協が権利処理団体として運営にかかわるCPRA・aRma・BEAJ・sarahなどとJASRAC・RIAJをはじめとする周辺法人との関係を概説してくれています。

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この手の業界基礎知識を知ったうえで著作隣接権の理解を深めたいと思っても、無味乾燥な当該団体の自己紹介、正確性に欠けるゴシップ誌、ネット記事等の断片的な情報を読みつなぐしかありませんでした。どうしても法律的な背景を正確に理解したい部分があれば、私の場合は『アプリ法務ハンドブック』でもご一緒したエンタメロー分野に特にお詳しい鎌田真理雄先生や東條岳先生をお訪ねし、無理を言って教えていただいたりしていました。いつもはブラックジャーナル臭がかなり強いサイゾーさんですが、今回の特集は比較的冷静に淡々と事実をまとめている印象です。

というわけで、著作隣接権の背景を深く理解したいという方にぜひ。

【本】『プライバシーなんていらない!?』― 利益衡量の前提を履き違えると、プライバシーは容易に安売りされる

米国におけるプライバシー法の第一人者であるダニエル・J・ソロブ教授が2011年に書かれた“Nothing to Hide"が、6年経ってようやく日本語で読めるようになりました。


プライバシーなんていらない!?
ダニエル・J. ソロブ
勁草書房
2017-04-28



2011年当時の私といえばプライバシー研究に燃えていたころで、ソロブの著書も4冊すべて原書で読んでいました。ところが、本書の原書“Nothing to Hide"については、他の3冊とくらべてどうも文体が読みにくく、紹介されている個々の視点や事例は参考にしながらも主題を理解できている自信がなかったため、ブログに紹介記事を書けずじまいだったのを覚えています。原文に忠実に訳してくださっている今回の日本語訳を読んで、案の定、タイトル“Nothing to Hide(やましいことは何もない)"に込められた主題を理解できていなかったことが確認でき、あの時へんな記事をUPしなくてよかったなあ・・・と胸をなでおろしている次第です。

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政府が個人情報を収集・分析するとき、多くの人は「心配しない」と言う。「やましいことは何もない」と彼らは言い放つ。「政府による個人情報の収集・分析を心配すべきなのは誤ったことをしている場合に限られるし、その場合にはそれを秘密にしておく価値はない。」。(P23)
裁判所、立法者その他の者がプライバシーが何を意味するのかを理解することに失敗しているがゆえに、多くの場合、プライバシー問題を対抗利益と適切に衡量することができないでいる。
パーソナルデータの収集・使用により発生する問題を記述するために、多くの論者は、ジョージ・オーウェルの『一九八四年』に依拠したメタファーを用いる。オーウェルは、ビッグ・ブラザーと呼ばれる政府により統治された凄惨な全体主義的社会を描く。ビッグ・ブラザーは、執拗に市民を監視し厳しい規律を要求する。このオーウェルのメタファーは、(禁止や社会的コントロールのような)監視の害悪に焦点を当て、市民に対する政府の監視を記述する傾向にある。しかし、コンピュータのデータベースで収集されるデータの大半は、(略)他人がこの情報を知ったとしても、人々は抑圧されたり、困惑したりしないと常にはいいきれなくとも、多くの場合にはそうであろう。
違うメタファーのほうが、よりよくその問題を捉えている。フランツ・カフカの『審判』である。カフカの小説は、逮捕された男に焦点を当てるが、なぜ捕まったのかの情報は与えられない。彼は必死になって何が彼の逮捕をもたらしたのか、彼にふりかかろうとしているのが何であるかを解明しようと試みる。秘密裁判所の組織が彼に関する事件記録を保有しており、彼を操作していることは分かるが、彼はそれ以上知ることはできない。(略)カフカの作品に描かれたメタファーにより描写される問題は、監視により引き起こされる問題とは異なる種類のものである。それらは、しばしば禁止をもたらさない。それは情報収集ではなく、データの貯蔵、使用、分析といった情報処理の問題である。それは、人々と近代国家の組織との間の力関係に影響する。その問題は、孤立感や無力感を生み出して人々を苛立たせるだけではなく、人々がその生活に関する重大な判断を行う組織との間で有する関係性の種類を変更することにより社会的構造にも影響を与える。
法的・政策的解決は、オーウェルの作品のメタファー(監視)の下のにある問題にあまりにもフォーカスし過ぎており、カフカの作品の問題(情報処理)に適切に対処できてない。実際にはデータベースと監視は異なる問題であるのに、論者たちが、データベースにより引き起こされる問題を監視の問題として把握しようとすることに、難点がある。(P28-29)
やましいことは何もない論のより深刻な問題は、近視眼的に、秘匿の一形態としてプライバシーを見ることにある。(略)プライバシー問題には、オーウェル的なものだけではなく、カフカ的なものも含まれるのである。政府の情報収集の問題【はっしー注:原文ママ。こちら原書P27の応当部分を確認したところ、“Government information-gathering programs”とあり、“problem”(政府の情報収集“の問題”)と“program”(政府の情報収集“プログラム”)を誤訳しているように思われます。】は、人々が隠したい情報が暴かれなかったとしても、問題性を秘めている。『審判』において、問題は行動の抑制ではなく、裁判所の組織がパーソナルデータを使用したり、主人公に対してその手続きを認識し、参加することを否定したりすることにより生み出される、息の詰まるような無力さや脆弱性である。その害悪は官僚主義的なもの――無頓着、誤謬、濫用、失望、透明性及び説明責任の欠如である。(P30)

プライバシーの「監視」の側面だけを捉えてしまうと、テロなどから国家・国民の安全を確保する必要性に鑑みれば政府に対してそれぐらいの個人の不自由は許容すべきだ、などと安易に考えてしまいがち。しかし、監視・収集後に行われる情報処理においてコントロールを失うことの怖さにも思いをはせるべきであると。

プライバシーの利益衡量にあたって重要な前提となるこのポイントを認識した上で初めて、
・憲法修正4条
・傍受法
・保存通信法
・ペンレジスター法
といった憲法・制定法で保障されているかのように見えて実は抜け穴だらけとなっているプライバシー権の具体的な弱点が、グサグサと突き刺さってきます。第19章(P222)には、「政府がテロリストらしき者のプロファイルを作り、それをもとに乗客が空港で特別な審査を受け、飛行機に乗る機会を拒否されたら」という例え話が出てきているのですが、実際に2017年1月にアメリカでこれに近いことが現実に行われたことを考えても、まさにソロブの懸念は的中しており、プライバシーに関する制定法すらない日本においては、まったく他人事とは言えないだろうことが実感できます。

また、翻訳書のお楽しみの一つが、その書籍のエッセンスを要約してもらえる訳者あとがき。訳者のおひとりである大島義則先生は、本書の解説にとどまらず、“Understanding Privacy”(日本語訳『プライバシーの新理論』)の内容をも簡潔にまとめてくださっており、この部分も価値の高いものとなっています。


本書のプライバシー論は、基本的には政府対国民という視点で書かれているものの、これを企業とユーザーに置き換えても、考えさせられる論点は少なくありません。個人情報の取扱いについて、ユーザーからプライバシーポリシーへの同意を得るタイミングは最初の情報取得の場面一度きりでよいのか?情報処理の場面において企業が追加的に同意を取る/承服できないユーザーが取り扱いを拒否できるタイミングをどのように設けるべきか?継続的サービスにおいて、ユーザーが取り扱いを拒否した場合の対応はどうあるべきか(メンバーシップから退出してもらうしかないのか)?そんなことを改めて考えさせられます。
 

【本】『ビジネス法体系 知的財産法』― 知的財産法の概説書マーケットに突如現れたダークホース

ふだん特許・商標・著作権を実務で扱っている法務パーソンが、ちょっと腰を落ち着けて、知的財産法を体系的に学習しなおすのにぴったりな本が突如現れました。中山先生や田村先生が活躍されるこの分野に若手ダークホースの登場。その著者、森・濱田松本法律事務所の田中浩之先生より、お仕事でのご縁もあって本書をご恵贈いただいた次第です。ありがとうございます。


ビジネス法体系 知的財産法
田中 浩之
レクシスネクシス・ジャパン
2017-04-22



“知的財産法の概説書”を標ぼうする本には、必ずと言っていいほど読後に物足りなさを感じてきました。その物足りなさをパターン別に分類すると、おおよそ以下3つに分かれるというのが私の印象です。

(1)話題が身近な著作権法にばかり偏ってしまい、特許法・意匠法などの産業財産権法分野の解説がおろそかになる
(2)法体系に忠実であろうと、各産業財産権法に多数準用される特許法の条文をベースに解説するものの、中途半端な逐条解説になってしまい、実務との紐づけが薄くなる
(3)不正競争防止法・民法といった、使いようによっては幅広く知的財産をカバーできる法律の活用について、十分な解説がなされない
 
本書は、そのはしがきで、まさにこのような従来の書籍が陥りがちだったダメパターンを克服すべく体系に工夫をこらしたことが述べられています。その表れとして、本書全体の見取り図を兼ねている「第1章 ビジネスと知的財産法総論」において、まず知的財産法を「ブランド保護法」と「創作保護法」の大きく2つに分類し、そのうえでさらに創作保護法をゝ蚕僉Ε離Ε魯Δ諒欷遶▲妊競ぅ鵑諒欷遶I集修諒欷遒烹格類する体系を提案し、以降これに沿って解説がなされます。この全体を概観した表が以下となります(第1章P8-13掲載の図表より一部省略し引用)。

1.ブランド保護法
保護対象権利の名称法律保護期間登録要否本書における解説箇所
商標商標権商標法登録から10年(更新可)第2編第2章
商品等表示不正競争防止法×第2編第3章
商号会社法・商法第2編第4章
地域団体商標商標権商標法登録から10年(更新可)第2編第5章
地理的表示地理的表示法第2編第5章

2.創作保護法 ゝ蚕僉Ε離Ε魯Δ諒欷
保護対象権利の名称法律保護期間登録要否本書における解説箇所
発明特許権特許法出願から20年第3編第2章
考案実用新案権実用新案法出願から10年第3編第3章
植物の品種育成者権種苗法登録から25年または30年第3編第5章
半導体集積回路の回路配置回路配置利用権半導体集積回路配置法登録から10年第3編第6章
営業秘密不正競争防止法/民法(契約上の保護)×第3編第4章

3.創作保護法 ▲妊競ぅ鵑諒欷
保護対象権利の名称法律保護期間登録要否本書における解説箇所
意匠意匠権意匠法登録から20年第4編第1章
商品形態不正競争防止法最初の販売から3年×第4編第2章
商標商標権商標法登録から10年(更新可)第4編第2章
商品等表示不正競争防止法×第4編第2章
著作権(応用美術)著作権著作権法著作者の死後50年(原則)×第4編第2章
デッドコピー民法×第4編第2章

4.創作保護法 I集修諒欷
保護対象権利の名称法律保護期間登録要否本書における解説箇所
著作物著作権著作権法著作者の死後50年(原則)×第5編
デッドコピー民法×第4編第2章

この表をご覧になれば、各法バランスよく実務に紐づけて活用法が解説されている本であることが伝わるのではないでしょうか。

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中でも特許パートは、切り餅事件の特許を教材として、特許要件と記載要件・取得手続・侵害の成否・対応までを、類書にはないオリジナルな語り口で理解させてくれる、本書の中でも特に秀逸な部分です。親切にも、本書がどこを端折っているのかまで説明の中で明示されていて、必要に応じ専門書で詳しく学ぶことも容易になっています。さまざまな特許法の入門書を読んでも、条文や重要判例をどう実務に紐づけるかがよくわからなかったという法務担当者に、一読をお勧めします。

実務を目線に置きながら知的財産法全体を概説する書籍として、初級者向けには宮川ほか『事業をサポートする知的財産実務マニュアル』を、上級者向けには田村『ライブ講義 知的財産法』などを紹介してまいりましたが、本書は、ちょうどその真ん中の空白地帯を埋めてくれる良書だと思います。

最低賃金を引き上げるより契約更新時の昇給を義務化するほうがいいのでは

最低賃金引上げ論と、それに対する異論反論を見ていての思いつき。


「最低賃金、時給1500円なら夢ある」若者らデモ(朝日新聞デジタル)
都道府県ごとに定められている最低賃金は現在、最も高い東京都でも時給932円で、最低の宮崎、沖縄両県は714円と目標の1500円の半額以下。仮に時給1500円で週40時間働くと、4週間で24万円になる計算だ。

 若者たちは「1500円は『健康で文化的な最低限度の生活』に必要な最低限の金額です」「1000円じゃなくて1500円と言うのは、ちょっと夢があるから。夢があるというのは(生活の)リアリティーがあるということ」と訴えた。

マクドナルドの「時給1500円」で日本は滅ぶ。(BLOGOS)
企業に過剰な責任を求めることは雇用の縮小につながる。結果的に皆が貧困に陥る危険性があり、すでにそのような状況になりつつある。もう雇用をセーフティネットかのように考えるのは辞めるべきだ。それによって、失業保険や生活保護など本来のセーフティネットが脆弱なまま放置され、解雇されたとたん貧困に陥る状況になっている。


ちなみに上記朝日新聞記事のデモ、主催者発表では1,500人が参加したそうなんですが、ジョークですかね…。


さて、単に最低賃金を引き上げることの影響は様々ありそうですが、容易に解雇できない(とされている)日本の労働法制の影響もあって、企業の採用選考のハードルは高くなってしまい、労働者自身の首を絞めることにもなりかねないのは、火を見るよりも明らかです。

低賃金かつ短い契約期間で更新を繰り返した挙句、安易に「雇止め」をするような、労働者の足元をみるような経営を問題視しているのであれば、最低賃金というスタートラインのハードルを上げるよりも、企業に対し有期労働契約の更新にあたって一定の昇給率による昇給を義務化するほうが、お互いにとってメリットと納得感があるのではないかと考えた次第。

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  • 使用者としては、継続雇用する=これまでの業務はこなせていて今後も経験を積んでさらに活躍してほしいと判断して契約更新を望んでいるのだから、昇給させることに合理性が感じられる(義務化された昇給率と見合わないと判断すれば、雇止めとなる3回の契約更新までに、有期労働契約を期間満了とするかいわゆる正社員として無期労働契約に転換すればよい)
  • 労働者としては、継続雇用されれば昇給が得られるという安心感を持て、かつそれまでに身に着けたスキルを梃子にしてさらに条件のよい就職先が見つかれば、労働契約更新のタイミングでそちらに転職するという選択肢も留保できる
のではと思われますが、いかがでしょうか。


もしこれを日本の労働法制に取り入れることになった際の課題としては、平成18年改正高年齢者雇用安定法(平成27年再改正)以降義務付けられた、65歳までの雇用確保措置としての継続雇用制度との峻別でしょうか。一般には60歳定年で再雇用の手続きがとられる際に労働条件をダウンさせられている実態がありますので、社会としてこれを許容していることとの矛盾が起きそうです。

【本】『法のデザイン』― 余白を楽しむ


仕事上お世話になっている先生方で「尊敬する弁護士」はたくさんいますが、シティライツ法律事務所の水野祐先生は、私の「憧れの弁護士」像そのもの。その水野先生が初の単著『法のデザイン—創造性とイノベーションは法によって加速する』を出版されました。法律知識を武器とする職業人と、そうした法律職の価値に疑いのまなざしを持っている方、両方に読んでいただきたい本です。

ご縁あってゲラ段階で中身は拝読していたにもかかわらず、法律書籍とは思えない美しい装幀の実物を書店で見て、我慢できずに即購入。あとがきにあたる「アウトロ」によれば、佐々木暁さんの手によるものだそうです。

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弁護士資格を取得し、実務で実際に法律や契約に対峙してみると、法に存在する「余白」に不思議と自由さを感じるようになった。同時代を生きるイノベーターたちとの刺激的な対話と実践のなかで、プロジェクトを法的に支援し、場合によっては加速することができるのではないかという手応えを得るようになった。(P7)
社会のルールたる法は、私たちの生活において欠かせないものである。ルールを意識するということは、メタな視点から物事を俯瞰することでもある。私はこれが「リーガルマインド」の真髄だと考えているが、それはあらゆる物事がネットワークでつながるアフターインターネット時代においてとりわけ重要な視点となってきている感覚がある。
大切なことは、ルールは時代とともに変わっていく/変わっていくべきという認識と、ルールを「超えて」いくというマインドである。ルールを超えていくことは、ルールを破ることを意味にしない。ルールがどうあるべきかということを主体的に考えて、ルールに関わり続けていくことを意味する。ルールを最大限自分寄りに活かすことは知性の証明に他ならない。(P7)
高度情報化社会は、「法の遅れ」を前提として、有史以来もっとも現実と法律の乖離が大きい時代であり、また、私たちが日々交わす利用規約を含む契約が大量化・複雑化している。そのようななかで、創造性やイノベーションの源泉である「余白」=コモンズをいかに法やアーキテクチャの設計や協働を通じて確保することが重要なのかについて述べてきた。(P46)
このような情報化社会において、法律や契約を私たち私人の側から主体的にデザイン(設計)するという視点が重要になる。「リーガルデザイン(法のデザイン)」とは、法の機能を単に規制として捉えるのではなく、物事や社会を促進・ドライブしていくための「潤滑油」のようなものとして捉える考え方である。(P47)


「企業法務のやりがいって何ですか?」

この仕事に携わるなかで何度となく投げかけられてきたこの質問。私はこれまで、「関わる製品・サービスに何かリスクがあるのではと不安を感じて自分を頼り相談してくれる経営者や社員に対し、法律という一見小難しいルールをうまくかみ砕いて説明することでその不安を解消し、感謝されること」といった、抽象度の高い回答しかできませんでした。また、感謝をいただく対象を経営者・社員と内向きに捉えている点にも、自分で口にしながら、疑問を感じていました。

この本を読んで、何が楽しいと思っていたのかを改めて発見することができたように思います。それは、「企業が製品・サービスを上市することを通じて世の中に新しい価値を提案する際、その提案の内容が本当に新しいものであるほど、法の遅れとの間に生まれる『余白』に触れる。この『余白』の明/暗の度合いを明らかにし、グレーであればより白くするための活動を行い、誰からもその製品・サービスの価値を認められるものとすること」であると。

そして、その余白を広げていくのも自分の仕事の一つなのだということも。


「弁護士はビジネスの現実を分かっていない」

法律職の代表格である弁護士という職業を、企業人が揶揄するときの常套句。弁護士こそが法律知識を誰よりも備えていてビジネスと法の間の「余白」のありかを教えてくれるはずなのに、相談してもその余白を探してくれようともせず、遅れた法への保守的な当てはめに終始するケースが多い、そう思われていることから出てくるものだと思います。

弁護士という職業に対しそのような批判的な態度を取っている人ほど、本書および著者水野祐先生の存在を知って驚くはずです。音楽・出版・アート・写真・ゲーム・ファッション・ハードウェア・不動産・金融・・・といった幅広い分野について、新しい価値が現状どこに発生ししつつあるのかを的確に把握し、それらの余白に潜む今後10年ぐらいの間に起こるであろう法的問題を見通し、解決の道筋について現時点での見解をはっきりと述べているからです。

問題はきっと社会にとって良い方向に解決できる。ただの楽観主義ではない、決意のようなものが込められた水野先生のメッセージに、特に起業家の方は勇気づけられることと思います。


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本書は、法務を業とする方にとって、広告業におけるマクルーハンの『メディア論』の如く新たな視座を与え自分の仕事の価値を再認識させてくれるものとして長く読み継がれることになるでしょう。それとともに、法律職に疑いのまなざしを持つ方にとって、水野先生のような弁護士がいるのだということを知らしめるものにもなるでしょう。本書の出版をきっかけに、志をともにする法律家とクライアントが先生の事務所を中心に集まり、イノベーションが加速することを願ってやみません。


追伸
本書内でわざわざ弊ブログおよび私について言及くださいまして、恐悦至極に存じます。ありがとうございます。
 

【本】『選択しないという選択』― Amazonダッシュボタンに利用規約の未来が見える

 
全体を通じて翻訳が硬めなところが気になるものの、法や契約・利用規約によってルールを作る法務パーソンであれば、レッシグの『CODE VERSION 2.0』とあわせて読んでおくべき一冊。





利用規約・約款は、たくさんの利用者を取引相手とする消費者取引には欠かせない契約文書です。ほとんどの利用者は、冒頭をちら見する程度で同意ボタンを押しますが、一部の人は、激しい嫌悪の対象としてこれを捉えます。利用規約の多くが企業に一方的に有利に見え、たとえ内容に納得できなくてもそのサービスを利用する以上同意するしかない、という点にあるのでしょう。

その嫌悪レベルが許容ラインを越えると、こんな事件に発展することもあります。

消費者団体、ドコモを提訴 同意なく約款変更「不当」 (日本経済新聞)
利用者の同意なく携帯電話サービスの約款を変更できるのは不当だとして、さいたま市の消費者団体が25日、NTTドコモに約款を変更できる条項の使用差し止めを求める訴訟を東京地裁に起こした。
原告のNPO法人「埼玉消費者被害をなくす会」によると、2015年にそれまで無料だった請求書の発行手数料が原則1通100円となったことをきっかけに提訴した。

約款を変更した目的は何だったのか?NTTドコモの2014年7月14日付報道発表資料を読んでみました。口座振替、クレジットカード、請求書の3つの支払い方法のうち、口座振替またはクレジットカード払いを選択していた利用者に対しては、ドコモに対し書面送付を積極的に要求した場合には50円の追加費用を請求(電子交付なら無料化)し、請求書払いを選択していた利用者については、支払い方法自体を(口座振替またはクレジットカード払いに)変更しない限り、自動的に毎月100円を請求するという方法に変えたようです。これによって、利用者が請求書払いを選択する以上は、サービス料とは別に100円を支払うしか選択の余地がないことなりました。

それまで3つの支払い方法を認めてきたドコモとしては、口座振替またはクレジットカード払いをデフォルト・ルールとし、過去請求書払いを選択してきた利用者をそちらに誘導したかったのかもしれません。有償サービスでありしかも生活インフラである携帯電話の料金請求において、そのような不利益変更が許されるのか?この点が論点となりそうです。


さて、少し話は逸れましたが、このように世の中から嫌悪の対象とされがちなデフォルト・ルールも、一定の範囲で許容する実益があるのではないか。著者サンスティーンは、本書全編を通じてきわめて楽観的に、力強く擁護します。

個別化したデフォルト・ルールは多くの領域で今後の流れとなっていく。多様な人々が情報にもとづいて判断した選択についての大量の情報が利用できるようになるに伴い、個別化が大幅に進むのは避けられないだろう。来たるべき波はすでに動き出している。それが重大なリスクを生むであろうことを誰も疑うべきではない。プライバシー、学習、自己の能力開発の重要性――そして多くの状況で能動的選択を要求することの必要性を私は力説してきた。しかしおおいに楽観視する理由がある。時間は貴重である。おそらくほかの何よりも貴重であり、もっと時間があればもっと自由になり、より多くの能動的選択ができるようになる。場合によっては、選ばないことが最善の選択である。個別化したデフォルト・ルールは、われわれがよりシンプルに、より健康的に、そしてより長く生きられるようにしてくれるだけでなく、もっと自由になれると約束してくれる。(P221)

ビッグデータの力を借りて、デフォルト・ルールを適切に個別化することができる時代になれば、人間はさらなる時間と自由を手に入れることができる。もしそのデフォルトルールが受け入れられないなら、利用者は「選択しないという選択」をすればいい。不適切なサービス・企業は自然淘汰され、適切なデフォルト・ルールだけが残っていくのだ。そうサンスティーンは述べます。


デフォルト・ルールを適切に個別化するための手法として、サンスティーンは、ビッグデータの活用を前提としています。データのプライバシー性もさることながら、その提供するモノやサービスを選択の性質に配慮して、何をどの程度個別化していくのかが重要なポイントです。AmazonやWalmartが取り組む「予測ショッピング」システムを題材にこの考え方を整理した第7章は、利用規約・約款を取り扱う企業法務パーソンにとって参考になることでしょう。

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左上の欄の項目は、選択にかかる判断のコストが小さく、関連する選択はコストではなく利益となる。このような場合、予測ショッピングを選ぶ理由はほとんどない。能動的選択が重要となる。一方、右上の欄は難しい選択がかかわる――しかし多くの人にとって、こうした判断を下すことは利益となる。この場合、予測ショッピングは楽しみを奪うので望まない人が多い。
左下の欄は予測ショッピングに最適である。このような買い物は楽しくないからだ。しかし選択のコストは小さいので、急いで自動化する必要性はない。自動化する価値があるかどうかは、関連する時間を節約することで大きな利益があるかどうかによる(略)。予測ショッピングにとっては右下の欄が最も重要である。この場合、選択することは面白くも楽しくもなく、また選択が難しいので、自動化することに実質的な価値がある。予測ショッピングが正確で簡単になれば、自動購入を支持する有力な論拠となるだろう。予測ショッピングが本当の利益をもたらせるのはこの状況である。(P197-198)

さて、この表の左下の欄をもう一度ご覧ください。選択することが面白くも楽しくもない × 簡単もしくは自動的な“予測ショッピングに最適”なものの例として、歯磨きなどの家庭用品が挙げられています。これを見て、Amazonが最近始めた「Amazonダッシュボタン」のことを思い浮かべた方もいらっしゃるのではないでしょうか?

Amazon Dash Button
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完全自動化とはせずにシンプルなボタンを押させる形を採用してはいますが、これぞまさに、顧客と商品の特性に合わせたかたちでデフォルト・ルールを個別化し、利用者がほぼ無意識に同意して(させられて)いるボタンそのものと言えるでしょう。「個別化したデフォルト・ルール」なる利用規約・約款の未来は、こんなかたちですでに実現されているのです。

法務の実戦経験

 
企業法務パーソンとしてのキャリアを考える上で、会社に何を求めて就職・転職するのか。幅広く色々な経験が積めそうな会社のほうがよい、という漠然とした答えになりがちです。では、訴訟をたくさん抱えている会社がいいですか?と問われると、それはちょっと会社としてどうなんですかねぇと、とたんに及び腰になったりもします。

以下は、職場の同僚に教えてもらった記事から。あまりに刺激的でびっくりしましたが、私には耳が痛い話であることは否めませんでした。

企業の法務部は「専守防衛」から脱却できるか
これまで日本企業の法務部は知財に関して、守りの姿勢に徹することが多く、米国企業のように手持ちの知財を使って、ライバルを追い詰めたり、競争優位を築こうとしたりする攻めの発想は乏しかった。

そのへんのニュアンスを見事に表現しているコメントがあったので少し長めだが紹介しよう。政府の知的財産戦略本部における川上量生KADOKAWA・DWANGO社長の発言である。

「企業の法務部というのは、大体どの企業でも今日一日が無事に過ぎればいい、できれば一生何ごとも起こらなくてもいいと、そう考える人が大体法務部に入ってくることが多いのですが、要するに戦おうとしない、実戦経験が不足している」
「実は私の会社でも以前から法務部員に年間1件は必ず訴えろと、年間10件は必ず内容証明を出せと、これはノルマだと言っているのですけれども、冗談と思われて、実行してもらえないのです。ですが海外の権利行使に強い企業は実際にそれをやっています。日本は何が問題なのかというと、みんな特許で訴えないのです。訴えないから、戦ったことのない軍隊みたいなもので、弱いのです。戦ってみたら実は特許権が全然意味のない権利の取り方をしていた、ということにようやく気づくのです。数だけ競って、中身は伴っていないことがすごく多い」


在職中に上場した企業、当時非上場の大企業、できたてほやほやに近いベンチャー企業と、そこそこ長い社会人生活の中で様々なフェーズの法務を担当してきて、それぞれ特有のリスクを乗り越える経験をさせていただきました。しかし、法務パーソンとして川上さんのいう「実戦経験」を積めてきたかというと、幸か不幸か、自分はまだまだ足りないなと思います。

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あえてそういった経験を積極的に得たいのなら、それなりの規模と歴史(膿ともいう)の両方を兼ね備えた大手企業の法務部門に就職する必要があるでしょう。さらに、先輩から案件を引き継ぐのでなく、自分が担当した案件がその後シリアスな紛争に発展するという骨身に染みる真の当事者パターン(苦笑)を経験するとなると、一所に最低5年程度の在籍期間も必要になってくるはず。一般的に一人前の法務パーソンとして認められるために相当の経験年数が必要とされている理由は、こういった実戦経験への遭遇率の低さもあるかと思います。


まっさら無垢でピカピカなベンチャーに入り予防法務に力を入れて「実戦」を発生させないことを目指す法務のキャリアと、伝統ある大手ではあるが長年の膿を抱えた企業に入って「実戦」に日々揉まれながら鍛えられる法務のキャリア。もしどちらも選べる立場だったとして、果たしてどちらがいいのかは難しいところです。ただし、若い方からそういった相談をもちかけられた場合は、後者の経験がいかに得難く貴重なものであるかを伝えるようにしています。
 

【本】『ITビジネスの契約実務』― 吉田赤本を超えるIT契約基本書の誕生


著者の伊藤雅浩先生、久礼美紀子先生、高瀬亜富先生からご恵贈いただきました。ありがとうございます。

ITビジネスの契約書作成について、長きにわたり法務業界の基本書とされてきたのが、“吉田赤本”こと吉田正夫著『ソフトウェア取引の契約ハンドブック』です。その吉田赤本の優れた点を踏襲したうえで、取り上げる契約類型を増やし、最新の法令・判例動向を反映し、さらに赤本でも論じられていなかった重要な法的論点についても分析を加えた、IT契約の基本書が新たに誕生しました。Amazonの初回入荷分は品切れになる予感がします。予約推奨です。


ITビジネスの契約実務
伊藤 雅浩 (著), 久礼 美紀子 (著), 高瀬 亜富 (著)
商事法務
2017-02-15



吉田赤本の優れた点は、IT契約を典型的4パターンに分類してサンプル契約を全文掲載し、パターンごとに理解のベースとなる法的論点を解説したうえで、具体的なサンプル条項を逐条でみながら注意点や交渉上のポイント解説するという、その構成にあります。本書は、その構成のよさを忠実に踏襲しています。踏襲しつつも、本書全体の骨組みとなるIT契約類型の分類方法について、契約の目的を切り口に7つの類型に分ける新たな分類方法を提案。そのうち、ハードウェア資産提供型を除く6類型が、本書の解説対象として取り上げられています。特に、クラウドサービス契約をサービス提供型の中の「機械資源を提供するもの」と捉える考え方や、データ提供契約を役務でなく「データ資産を提供するもの」と捉える考え方は、腹落ち感があります。

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IT契約実務で抑えておくべき重要・頻出論点、そして最新の法令や判例で対応が必要となってきている論点は、私の把握する限りもれなく網羅・言及してあります。以下私のメモも兼ねてリストアップしてみます。

・請負と準委任のいずれを選択するべきか(P31)
・SES契約やラボ契約(エンジニアの人手提供型契約)の偽装請負リスク(P37)
・ベンダのプロジェクトマネジメント義務(P49)
・レベニューシェア式委託報酬と下請法(P51)
・賠償すべき損害の種類の制限(P59)
・賠償金額の上限設定(P60)
・著作権を共有とすることのリスク(P66)
・検収と仕事の完成(P70)
・瑕疵の意義(P74)
・クリックオン契約の成立(P84)
・ソフトウェアライセンスと著作権法の「使用」「利用」(P93)
・知的財産権侵害の責任(P111)
・契約終了時の担保措置と自力救済(P117)
・開発契約の瑕疵担保責任と保守契約との重なり(P126)
・クラウドサービスと善管注意義務・SLAの意義(P140)
・クラウドサービスとユーザーのバックアップ責任(P151)
・クラウドサービスと個人情報の第三者提供/委託(P153)
・クラウドサービスの免責条項の有効性(P156)
・クラウドサービスの廃止は自由か(P160)
・データの法的保護 所有権・著作権・営業秘密・不法行為(P192)
・データ提供と改正個人情報保護法(P195)

250ページ弱の紙幅ですので、それぞれの論点の言及の深さに限度があることは否めません。特にレベニューシェア式委託報酬に関しては、日ごろ悩んでいるところなだけに、もう少し詳細に論じていただけるとありがたかったかも。実務での使いやすさに配慮して(法律書としては)薄めの本に仕上げることを優先された結果だと思いますので、不満というほどのものではありません。

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そんな有限の紙幅の中にあって、特別にページ数が割かれまた脚注引用文献量の多さなどから並々ならぬ著者の力の入れようを感じたのが、「ソフトウェアライセンス契約のデフォルトルール」という一節でした。P88−100にわたり、非典型契約とされるソフトウェアのライセンス契約に対し、各法令の任意規定・強行規定がどう関わり・重なりあっているのかという、基本的なはずなのにみんながスルーしている論点を取り上げて具体的な条文を列挙し丁寧に分析されています。以下、P99の「小括」よりそのエッセンスを引用。

ソフトウェアライセンス契約は私法上の契約である以上、民法の規定が適用される。ソフトウェアライセンス契約は非典型契約であるため契約各論に関する規定の直接適用はないが、対価の支払いを伴うライセンス契約は有償契約なので、第3編「債権」、第2章「契約」、第3節「売買」の規定(民法555条ないし585条)が準用される(民法559条)。同第7節「賃貸借」の規定(民法601条ないし622条)が類推適用されるかについては議論があるが、一般論としては類推適用されないと考えるべきである。
また、ソフトウェアライセンス契約は、著作物(著作権法2条1項1号)であるプログラム等を目的物とするため、著作権法の規定が適用される。ソフトウェアライセンス契約で許諾されていない限り、原則としてユーザは著作権法21条ないし28条所定の「利用」を行うことはできない。もっとも、同法30条ないし50条所定の権利制限規定に該当する行為は、ソフトウェアライセンス契約で禁止されていない限り、ユーザーは自由になし得る。同法21条ないし28条に規定されていない著作物の「使用」も、ソフトウェアライセンス契約で禁止されていない限り、ユーザーの自由である(ただし、同法113条2項の「使用」を除く)。

ライセンス契約については私も様々な文献を見てきたつもりですが、この基本的論点については、学術論文や法律雑誌の記事(たとえば、ビジネスロー・ジャーナル連載の松田俊治「ライセンス契約法―取引実務と法的理論の橋渡し」など)で断片的・抽象的に論じられることはあっても、条文と照らし合わせながら体系的・具体的に、そして簡潔に論じたものはなかったと思います。なお、「賃貸借の規定は類推適用されない」という著者の結論とその理由が妥当かどうかは、様々ご意見あるかもしれません。


IT契約に関する良書は吉田赤本以降もたくさん出版されてきました。しかし、法務に携わる方なら誰もが「やっぱり吉田赤本が一番読みやすいし信頼できる」「けどさすがに1989年刊行だし」「あのスタイルで内容がアップデートされた本がほしい」「誰かが書いてくれないかな」と思っていたはずです。そうは言っても、いざ書こうと思うと難しいからこそ、これだけの長い間吉田赤本を超える基本書を誰も出版できなかった。この壁を乗り越えてくださった著者お三方のこのお仕事は、業界全体に貢献する偉業というべきでしょう。
 
私のおすすめ法務関連書籍をまとめた「法律書マンダラ2017」も、早速本書を入れて更新させていただきました。
 

【本】『年報知的財産法 2016-2017』― 知財の最新潮流は書籍・論文の量で計る

最新の知的財産法の潮流をコンパクトに1冊で、かつ正確におさえたいというわがままな要望にズバリ応えてくれるのがこちら。





毎年年末に刊行される、その年の知財の出来事・話題を漏れなくまとめた、文字通りの「知財業界のアニュアルレポート」が本書。編者は高林龍先生・三村量一先生・上野達弘先生と、三役そろい踏みです。巻頭の特集で最新の知財時事に関する論稿と改正法解説を、さらに2016年の判例、学説、政策・産業界、諸外国の動向を、それぞれ章を分けて輪切りで整理してくれています。

今号の巻頭特集でも、「AIネットワーク化」「職務発明」「欧州デザイン保護法制と日本法の展望」と、旬な時事ネタを取り上げます。特に最後のデザイン保護法制については、個人的にこれから研究をしようと思っているテーマだけに、大変参考になりました。パテントアプローチとコピーライトアプローチのどちらでもない、デザインが持つマーケティング機能に注目したデザインアプローチという保護のあり方が近い将来求められるようになり、立法に向けた動きにつながっていくのではないかと予想します。

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ところで、私は本書を2014年から購入していますが、実は、今号を読むまでこの本の一部を構成するすばらしいコンテンツの存在を見過ごしていました。それは何かというと、「学説の動向」と題する、直近1年間に発表された書籍や論文を、各法分野とテーマごとにまとめたパートの存在です。たとえば著作権法を例に挙げれば、

1 総論
 (1)制度全体/外国法
 (2)著作権法政策の動向
 (3)概説書等の一般的文献
 (4)著作権の教育・普及に関する動向
 (5)学会動向
2 権利の客体
 (1)舞踊又は無言劇の著作物
 (2)美術の著作物(応用美術含む)
 (3)キャラクターの保護
 (4)地図等その他の図形の著作物
 (5)プログラムの著作物
 (6)編集著作物
3 権利の主体
4 権利の内容
 (1)著作者人格権
 (2)著作権
 (3)著作隣接権
5 著作権の制限
 (1)総論
 (2)各論
6 著作物の利用と契約
 (1)著作権のライセンス
 (2)デジタルコンテンツの保護・流通
 (3)著作権の管理/担保等
7 権利侵害と法的措置
 (1)依拠性・類似性
 (2)損害賠償
 (3)差止請求権の相手方
 (4)刑事罰
 (5)その他
8 その他
 (1)パブリシティ権/肖像権
 (2)消費者法・競争法との関係
 (3)国際私法との関係
 (4)保護の交錯

このように細分化されたテーマごとに、発表された書籍or論文のタイトル・著者・要約を網羅してくださっているのです。

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これを見れば、発表されている論稿の量の偏りから各法の中で注目すべきテーマがおのずと見えてきます。2016年の著作権業界のトピックであった応用美術関連を例にとると、21もの文献がピックアップされていました。また、それだけでなく、あるテーマについて深堀りたいときなどに、最新論稿を誰がどこに寄稿・出版しているかをすぐに知ることができるわけで、大変便利です。毎号毎号巻頭の特集に目を奪われてばかりで、こんなすばらしく便利なまとめを毎年作ってくださっていたことに、まったく気付かずにおりました。


さて、そんな貴重な本書ですが、やはり刊行にあたって相当の苦労があるようです。以下は編集者代表の高林先生の巻頭言より。

インターネット情報が氾濫し、スマホで手軽に情報を参照することもできる現代において、紙版の年報紙は苦戦を続けて来ており、私達編集者としても、本誌をより魅力的なものにして、何とか継続刊行できるように、あれこれと頭を悩ませている。
これだけ盛り沢山の論文・報告集であるだけに、これを10年以上継続して刊行していく苦労は並大抵のものではないというのが正直なところである。

知財を業とされるみなさまにおかれましては、本書を購入することで編者のみなさまにねぎらいと支援を送られてみてはいかがでしょうか。

『ライセンス契約のすべて 実務応用編』第2版がでました

 
共著者として参加させていただいた『ライセンス契約のすべて 実務応用編』が、初版から7年経ち、ついに改版となりました。




改版を機にあらたな共著者の方・記事が参加された関係で、従来の記事は全体的にスリム化しており、本書の中での私の貢献度も(もとからほとんどありませんでしたが)ますます薄いものとなっております。それでも、末席に名前を並べていただけたことは光栄です。

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このライセンス契約分野の実務書として定評のある姉妹書『ライセンス契約のすべて 基礎編』の第3版も同時発売となっています。あわせてご支援いただければ幸甚です。

秘密保持契約と「利用目的」条項

 
そのほとんどが、現場担当者に「とりあえず挨拶代わりに結んでおけばいい」とすら思われ単なるペーパーワークになりがちな契約書である一方で、それをレビューをする法務が手を抜くと怖いことになることもある秘密保持契約について考える不定期シリーズの2回目。

今回は、「利用目的」条項について。
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秘密保持契約では、開示した秘密情報を目的外に利用することを禁止する規定が必ずあります(たまにそれを忘れている契約書を目にすることもあります汗)。そして目的外の利用を禁止する前提として、あらかじめ開示の目的を明確にしておく必要があります。多くの秘密保持契約書のひな形において、その目的がなんであるのかを記載する部分は、頭書とよばれる契約書の冒頭に置かれています。たいていの場合、1行分ぐらいの自由記入欄が用意されていて、そこに現場担当者が適当に契約の目的を書き加え、契約の相手方と調整し、法務がその言い回しを適当にチェックするという流れになります。以下がその記載例で、これは少しふわっとしたあまりよくない書き方の例ですが、実際こういう文言で締結してしまっているケースは少なくありません。

株式会社A(以下「A」という)および株式会社B(以下「B」という)は、X分野における協業の可能性を検討することを目的(以下「本目的」という)として、互いに開示する情報の秘密保持に関し、以下のとおり秘密保持契約(以下「本契約」という)を締結する。
This confidentiality agreement(this "Agreement") is entered into between A, Inc ("A") and B ("B") regarding the confidentiality of the information disclosed to each other for the purpose of considering the possibility of an alliance in the area of X (the "Purpose")


さきほど「現場担当者が適当に書いた」利用目的を「法務が適当にチェックする」と言いました。心ある法務パーソンであれば、適宜ヒアリングを行いながら「利用目的を限定的に書いておかないと、相手方にその情報を本件と全然関係のない目的外の利用をされても、相手に文句言えなくなってしまいますよ」というアドバイスを添えていることでしょう。一方で、現場担当者には多くの場合、将来その取引がどこまで広がるかを想定できない、限定的にせずむしろ広がりを持たせておきたい、といった心理が働きます。その衝突の結果、上記例のようなふわっとした書き方になるケースが散見されるというわけです。

この書き方に関する現場と法務の立場の衝突に関しては、西村あさひ法律事務所森本大介ほか著『秘密保持契約の実務』P21にも、

あまりに広く目的を定めると、受領当事者が当初の想定を超えて自由に受領した情報を使えるようになってしまうし、他方で、あまりに狭く目的を定めると、受領当事者が当初の想定の範囲内で使用したにもかかわらず、意図せず契約違反を犯してしまうことにもなりかねない
秘密保持契約を締結することになった主な取引以外に関連する取引がある場合には、その関連取引についても契約の目的とするか否かを検討する必要がある。たとえば、ある会社の株式を譲り受けるにあたって、株式を譲り受ける前にその会社の資産の一部を第三者に切り出したりすることを株主と一緒に検討するには、(略)「AによるBからのX会社株式の譲受けおよびそのために必要な取引の可能性を検討する目的」と記載するほうが正確
取引スキームが決まっていない場合には、想定される取引スキームが網羅されるような目的を設定する必要がないか検討する必要がある。たとえば、基本的には合併による企業の統合が予定されている場合であっても、デュー・デリジェンスの結果によってはその他のスキームがあり得る場合には、「合併その他の両者の(全部または一部の)統合の可能性を検討する目的」といった目的を定めるほうが正確

といった具合に、悩ましいものの十分な検討が必要なところとして取り上げられています。法務パーソンとしては利用目的はより限定的に記述すべきだとわかっていても、実際に利用目的の書き方が仇となって揉めたリアルな事例がないと、現場担当者を納得させられず、広めの規定ぶりで妥協してしまいがちです。


このような、現場担当者の納得を得たい場面での紹介に適した、利用目的条項の定め方の曖昧さによって生まれるリスクが現実のものとなった事例がないものかと探していたところ、アンダーソン・毛利・友常法律事務所石原坦ほか著『英文契約書レビューに役立つ アメリカ契約実務の基礎』P140‐141に、Martin Marietta Materials, Inc. v. Vulcan Materials Co., No. 254, 2012 (Del. Jul. 12, 2012) が紹介されていました。

この利用目的の解釈がいかに重要であるかを示す例として、M&Aの「Transaction」を目的とした秘密保持契約の条項の解釈をめぐって争いとなった米国デラウェア州最高裁判所の裁判例がある。
過去にMartinとVulcanは、友好的な合併を目指して協議を行っており、その過程において両社は秘密保持契約を締結して情報を開示していた。しかしながら、当該交渉が決裂したため、Martinは、Vulcanに対して、交渉の過程で取得した情報を利用して、敵対的買収を仕掛けたのであった。本件秘密保持契約上は、利用目的として、「solely for the purpose of pursuing and competing the Transaction」と規定されており、この「Transaction」の定義が、「a potential transaction being discussed by Vulcan and Martin」とされていたことから、本件訴訟においては、論点の一つとして、友好的合併のみならず敵対的買収もこの「Transaction」に含まれるか否かが争いとなったのである。

争いとはなったものの、このケースでは最高裁判所が「契約書上は明確ではないが利用目的は友好的な取引のみが含まれる」という原告に寄り添った解釈をし、秘密保持契約違反を理由に敵対的買収を差し止めることができました。結果オーライとはいえ原告法務担当者は冷や汗をかいたんじゃないでしょうか。なおこの事例については、ちょうど2016年末に発行されたばかりの旬刊商事法務No.2121 P70で、龍谷大学今川嘉文教授による判例解説が掲載されていましたので、ご興味あればぜひお読みになることをお勧めします(なお、本稿には本件対策としてのスタンドスティル契約の必要性についても述べられています)。


さて、目的外流用リスクが現実のものとなることがあるのは分かったとして、じゃあ、秘密保持契約書において、具体的に利用目的はどのように規定しておけばいいのか?についてです。

たとえば、先ほど紹介した『秘密保持契約の実務』では、上記Martin v. Vulcan裁判例への具体的な言及はないものの、おそらくこれを意識したであろう記載がありました。

「合併その他の両者の統合の可能性を検討する目的」と定めるのではなく、「合併その他の両者の友好的な統合の可能性を検討する目的」と定めることによって、友好的な統合・買収の検討・交渉の過程で開示を受けた情報を敵対的買収に転用すること(典型的には、買収価格の算定に利用すること)を目的外使用と位置付けることができる。

続く解説に、この文言によっても裁判での差止等の実効性には懸念あり、とノリツッコミのような注意が書かれていましたが、実際、話しているうちにこの相手とは組めないなとなることはあるので、「友好的な検討・交渉・協議のため」と秘密情報の利用目的を限っておくのは、M&Aに限らず多少の意味はあるかもしれません。もちろん、友好or敵対という状態が主観的なものに過ぎず、その立証も難しそうではありますが。

友好的/敵対的M&Aといった特殊な取引でない一般的なケースでの文例としては、宮田正樹著『英文契約書ハンドブック』P64の文例などがちょうどよいかと思いますので、こちらもご紹介しておきます。せめてこの程度の特定・限定が必要になるのではないかと考えます。

This Agreement made for the purpose of setting forth basic matters regarding the maintenance of the confidentiality of Confidential Information (as defined in Article 2) disclosed by either Party to the other Party in connection with to integrate energy saving function into the boiler developed and sold by either Party hereto ("Purpose").

[訳文]
この契約は、いずれかの当事者が開発し販売するボイラーに省エネ機能を組み込むこと(以下「本目的」という)に関して、いずれかの当事者が相手方当事者に対し開示する秘密情報(第2条に定義する)の秘密保持に関する基本的な事項を定めることを目的とする。

そのほか、規定の厳密さと運用のフレキシビリティを両立させるアイデアとして、秘密情報を開示するたびに、開示側当事者が当該個別秘密情報ごとの個別の利用目的を特定・限定して開示するスタイルをとってもいいのでは、と提案したことがあります。しかし、事務的な負担が増加することに対する懸念や、過去にそういったスタイルをとる事例がみられないからか、理解を示してくれたことがほとんどありません。

そういうフィードバックをもらうたびに、そもそも契約書を交わしてまで守らせたい秘密だったのでは?面倒はいやだけど守りたいと言っているその情報って大した秘密じゃないんじゃないか?と思ってしまいますが・・・。
 



英文契約書レビューに役立つ アメリカ契約実務の基礎
石原 坦
レクシスネクシス・ジャパン
2016-10-17


元商社ベテラン法務マンが書いた 英文契約書ハンドブック
宮田 正樹
日本能率協会マネジメントセンター
2016-09-25

【本】『Venture Deals』― イノベーションのジレンマを破る手法としてのマイノリティ出資

 
米国におけるベンチャー投資の条件交渉の温度感を踏まえた、優先株による投資契約(の前提となるタームシート)の内容とポイントをわかりやすく説明してくれる定番書。その第三版が刊行されました。





第二版との主な差異は、Crowd Fundingの解説が独立の章として加筆された点。glossaryおよび索引にも充実が見られました。本書のウリであるタームシートのサンプルについては、レイアウトが見やすくなった点以外の変更は加えられていませんでした。私がチェックしたところ数字をfill inすべきアンダーバーが消えるなど第二版にはなかった誤植が複数ありましたので、ご利用の際はお気をつけ下さい。


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本書第二版の魅力については、すでに柴田・鈴木・中田法律事務所柴田先生のブログbizlaw_styleや、ビジネスロー・ジャーナル2017年2月号のブックガイド特集P58掲載の安田正修さん寄稿で紹介されているとおりです。私から付け加えるとすれば、たとえば下記引用部のConvertible Debtやvaluation capなどの仕組みの解説部分で見て取れるように、ベンチャー投資に携わったことがない人にもイメージが湧くよう、具体的な数字をあてはめて契約条項の効果・動きを解説しようという姿勢が貫かれているのが、この本のいいところだと思います。

Convertible debt is just that: debt. It's a loan. The loan will convert to equity (preferred stock, usually) at such time as another round is raised. The conversion usually includes some sort of discount on the price to the future round.
For example, assume you raise $500,000 in convertible debt from angels with a 20% discount to the next round, and six months later a VC offers to lead a Series A round of a $1 million investment at $1.00 a share. Your financing will actually be for $1.5 million total, although the VCs will get 1 million Series A shares ($1 million at $1.00 per share) and the angels will get 625,000 Series A shares ($500,000 at $0.80 per share). The discount is appropriate, as your early investors want some reward for investing before the full Series A financing round comes together.
The next economic term is the valuation cap, also known as the cap. The cap is an investor-favorable term that puts a ceiling on the conversion price of the debt. The valuation cap is typically seen only in seed rounds where the investors are concerned that the next round of financing will be at a price that is at a valuation that wouldn't reward them appropriately for taking a risk by investing early in the seed round.
For example, an investor wants to invest $100,000 in a company and thinks that the pre-money valuation of the company is somewhere in the $2 million to $4 million range. The entrepreneur thinks the valuation should be higher. Either way, the investor and the entrepreneur agree to not deal with a valuation negotiation and instead decide to consummate a convertible debt deal with a 20 discount to the next round.

なお、上記引用で紹介されているConvetible Debtに加え、貸金業規制リスクを回避しつつ契約としてのシンプルさも追求したSAFE(Simple Agreement for Future Equity)・KISS(Keep It Simple Securty)といった新しい投資スキームが開発され、実際に取引で利用される事例も目にするようになってきました。これらについて日本語で解説されたものとしては、
・森・濱田松本法律事務所の増島先生が執筆されているStartup Innovators
・TMI綜合法律事務所の3弁護士が執筆されているBizlawInfo
・IT企業でインハウスとしてお勤めの岡本先生が執筆されているJPxSV Startup Lawyer
などは大変参考になります。是非ご覧になってみてください。


米国のみならず、日本でも金融機関でない一般事業会社がコーポレートベンチャーキャピタル(CVC)の機能を企業内に抱え、ベンチャー企業にマイノリティ出資する例は増えています。先日読んだある本には、その理由として、ベンチャー企業への投資を「ゆるやかなアライアンス」または「新規事業の育成」と位置づけ、それによって大企業が陥りがちなイノベーションのジレンマ(既存事業の成功に囚われ破壊的技術にリソースを振り向けられない状況)を回避しようとしているのではないか、と書かれていました。確かに、比較的ベンチャー企業に接点が多い私が見聞きする事例でも、そういった目的で行われるCVC投資は多くなっています。

事業会社の法務パーソンが企業の成長投資に直接的に絡むチャンスは、大が小を食うM&Aのような、職業人生において数回出会うかどうかといった機会にこれまで限定されていました。上記目的で行われるCVCを通じたベンチャー企業へのマイノリティ出資というスタイルが広まれば、従来型の株式の発行・譲渡とは異なる投資スキームに関する知識の必要性も高まることになりそうです。そういった時代の到来を見据えて、今から予習をしておいても損はないものと考えます。
 

法務パーソンのためのブックガイド「法律書マンダラ2017」

 
年に一度のビジネスロー・ジャーナル2月号のお楽しみ企画「法務のためのブックガイド」を拝読しました。




あいかわらず著者に対して遠慮のない辛口トークが炸裂する批評会。これはいざ著者側に立つと読んでいて心臓が痛くなるのですが、出版のなかった今年はそういうこともなく心安らかに通読(実はある書籍の改版がそろそろ出るらしいのですが、間に合わなかったのは幸い笑)。
・・・と油断していたところ、続くカテゴリー別レビューのコーナーで、ヘルスケアベンチャー企業勤務の若菜様・中畑様から昨年出版の『アプリ法務ハンドブック』を推していただきました。さらに、柴田・鈴木・中田法律事務所の柴田先生からご丁寧に弊ブログの存在に言及していただきました。みなさまありがとうございます。


ということで、私も昨年から始めた“マンダラ形式”のブックガイドを更新しましたので、ご入用の方はGoogle Docsでご覧ください。
同一書籍で新版が出たものについて更新したのはもちろんのこと、かなり迷いに迷いながら、一部推薦書の入れ替え・追加削除・分類の見直しをしています。

企業法務マンサバイバル 法律書マンダラ2017

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このブックガイドは、中心に位置する法務パーソンとしてのコアを作るL1からスタートし、以下8つのジャンルに分けて外側に向かって放射状に概観&基礎作りのL2 → 実戦向きのL3と展開したものです。
・契約・商取引法
・消費者法
・情報法
・知的財産法
・M&A・経済法
・会社法
・訴訟
・その他諸法

書名はそれぞれAmazonへのアフィリエイトリンクとなっており、紹介書籍をそのままご購入いただけます。なお、マンダラ内ではスペースの都合で一部書名を略しています。リンク先では正式書名をご確認いただけますのでご了承ください。
※2017年中は、このリンク先ファイルを随時更新させていただこうと思います。


なお、この“マンダラ形式”のブックガイドのアイデアは、山口周著『外資系コンサルが教える 読書を仕事につなげる技術』からお借りしています。重ねて御礼申し上げます。
 

【本】『ベンチャー企業の法務AtoZ』― 投資契約のセミナーなんて受講する暇があるわけもない経営者と、彼らを支える投資家たちへ

 
AZX総合法律事務所の雨宮美季先生よりご恵贈いただきました。ありがとうございます。

起業家が会社を興し、人材とお金を集め、成長軌道に乗せるまでに、最低限どのような法律上の手続き・契約書等の文書・社内制度を構築しなければならないか?繰り返されてきたこの問いについて、近年のベンチャー経営の傾向を的確にとらえた上で、経営者サイドにもそれを支援する投資家サイドにも役立つ書籍が初めて誕生したように思います。





“初めて”というのはちょっと言い過ぎのように思われるかもしれませんが、私が本書にそれを感じたのは、類書では見られなかった、第V章の「資金調達、ファイナンスにあたっての注意点」の充実ぶりにあります。投資契約(株式引受契約および株主間契約)について、優先株や新株予約権付社債などの制度設計に関する注意点にも触れながら、経営者と投資家の両視点を踏まえて具体的な交渉のポイントを明示してくれている点です。

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私の理解するところでは、AZX法律事務所さんは基本的にベンチャーの経営者サイドの支援をされていることの方が多いと思います。しかしながら、起業家として成功するためには、リスクを一緒に背負う投資家の存在が不可欠。どちらか一方だけを有利にするということではなく、両者のリスクに関する理解を深めさせそれに基づいた会話(交渉)をきちんと成立させることがまずは必要だという信念のようなものを、本書の端々に感じました。たとえば、投資契約では必ず存在する表明保証条項についての一節より。

表明保証条項の確認は、会社の現状と合致しているかを確認するということになりますが、確認の結果は以下の3つに分かれるのが通常です。
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異なる事実がある(例:実は商標権を他社に保有されている)
自分ではわからない(例:「訴訟を提起されるおそれがない」か否かは、相手次第なので自分ではわからない)
,呂修里泙泙任茲い任垢、◆↓は手当てが必要です。
「異なる事実がある」ケースは、投資家にこのような事実がある旨を告げて、投資契約の表明保証条項に例外として明記してもらう必要があります。
なお、この場合、起業家側が「商標の問題があるので、この条項は削除してください」と修正を要請する場合がありますが、条項全体を削除してしまうと、当該商標以外の表明保証までなくなってしまうため、通常、投資家は、条項全体の削除には応じてくれません。あくまでもただし書きで例外事項を明記するのが正しい対応方法と言えます。
次に「自分ではわからない」ケースは、「〇〇のおそれがない」という形の規定や、自分以外の取引先、関連会社、株主、役職員の状況に関する規定などでよく生じることがあります。
このような場合は、「発行会社の知る限り」などの文言を追加して、自ら把握している範囲では正しいことを保証するという形に修正するのが一般的です。
これに関して、投資家側から「知り得る限り」に修正するよう求められるケースもあります。これは、会社側として「知りえた=合理的に調査すれば分かった」事項については保証してくださいというものです。
「知る限り」では、知らなければ免責されるのに対して、「知り得る限り」では、知らなかったとしても、知らなったことについて調査不足などの落ち度があった場合には免責されないということになります。
この点、どの程度の調査をするべきかは、対象事項の重要性や調査に要する一般的な費用や時間などを考慮して、発行会社の当時の具体的な状況に即してケースバイケースで判断されるので、多少曖昧な概念といわざるを得ない面があります。
しかし、妥協点としては、「知り得る限り」で妥結しなければならないケースも多いのが実情です。投資家と起業家の双方が上記の意味の違いを理解して、合理的に交渉を進めることが望まれます。

上記引用部の太字部分などは、書籍化にあたってなかなか書きっぷりが悩ましいところだったのではないかと推察します。事業会社がベンチャーに投資することも増えてきた中、こんなスタンスでの投資契約の解説書を待っていたという方は少なくないのではないでしょうか。

また、Q&A形式の書籍というと網羅性に疑問を感じる方もいらっしゃるかと思います。本書のQ&Aのスタイルは、ある法領域に関する解説をはじめるきっかけ・フリとしてのQuestionがあり、Answerではその領域に関する概念を紙面の許す限り体系的に説明するところからスタートする形となっています。上手な講師によるわかりやすいセミナーを紙面で読ませてもらっているような感覚、といったら伝わるでしょうか。本書の主な読者層にはとっつきやすいスタイルだと思いますし、そもそもそういったセミナーを受講する暇などないであろう若手経営者・投資家には、必要なところだけをつまみ食いできるので効率的です。欲をいえば、セミナー的なノリをもっと前面に出したスタイル、たとえばパワポのスライドを各節ごとに出して、それを先生方がセミナー形式でしゃべっている「実況中継シリーズ」的なスタイルにしていただいたら、より本書の親しみやすさが伝わりやすい形になったかもとは思いました。


ベンチャーにおける起業家と投資家の関係や契約交渉のポイントについては、磯崎哲也先生の『起業のエクイティ・ファイナンス』や、最近邦訳がでたばかりのガイ・カワサキ『起業への挑戦』にも一部触れられていましたし、また先般「日々、リーガルプラクティス。」さんが紹介されていた『Venture Deals』も第3版が出るなど、その悩みやノウハウをタイムリーに見聞きできることが増えてきたように思われます。外部関係者も交えて新しいビジネスの立ち上げを支援するという立場である法務として、キャッチアップが欠かせない領域になりつつあることを感じます。
 

【本】『英文契約書作成のための和英頻出用例辞典』― 分冊化でさらに捗る英借文

 
2012年刊『英文契約書作成のための和英用語用例辞典』が、パワーアップして帰ってきました。

 



旧版では1冊350ページだった『用語用例辞典』が、新版ではそれぞれ400ページ超の『用語辞典』と『用例辞典』の2分冊となりました。単純計算で旧版から2倍超の情報量となります。本日オススメするのはそのうちの後者。


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旧版を利用しはじめたころは、用語・熟語・連語もあわせて和英から引けるということにありがたみを感じていたのですが、そのうち、その単語が使われる英文契約書上の用例を調べて「英借文」するという利用方法だけに特化されていったので、今回の分冊化で“用語”部分が分かれたおかげで私にとっては余計だった情報が減り、使いやすくなりました。

中上級者にとっては、和→英から探すというワンクッションが入ってしまう(旧版に引き続き英語の逆引きインデックスもない)点がまどろっこしいかもしれません。そういう意味では、『新編 英和活用大辞典』の英文契約書版をどなたかが書いてくださるとありがたいのですが。
 

EUのクッキー規制対策があちらの世界にイッちゃってて参考になる件


EU一般データ保護規則(General Data Protoction Regulation:GDPR)が正式に可決してはや半年。違反した場合には2,000万ユーロまたは前年度の全世界売上の4%のいずれか高い金額が制裁金として課されることもあり、2018年5月25日の施行日に向けて本格的な準備に入られている企業も多いことかと思います。

この影響かもしれませんが、いわゆるEUクッキー法(e-Privacy Directive)が施行された2012年ごろから対策が徹底されてきたEU圏のウェブサイトを訪問すると、トラッキングクッキー取得の同意ダイアログのトーンがまた一段階厳密になってきたような印象を受けます。

そんな中でも、先日私が衝撃を受けたサイトが、The Next Webさんです。

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吹き出しが現れ、“クッキー”をおでこの上に乗せた男性が。

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おもむろに顔の上でこのクッキーを滑らせはじめ、

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手を使わずに口に運び・・・

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パクっと食べて、

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ヤッターみたいな顔になっておりますwww


iPhoneのブラウザでこの動画(アニメーション)を見た瞬間、度肝を抜かれました。私は職業柄「クッキー取得の同意依頼をギャグ混じりにやってるわけね」と意味を察することができたのですが、サイトの動画コンテンツか、もしかするとうざったい全画面広告か何かと誤解される方もいたんじゃないでしょうか・・・。


私がこのスクショをとったのは10月5日のこと。その後、さすがのThe Next Webさんもやり過ぎだと思ったのか、本日現在はクッキーが目の上に載った写真だけに変わってしまい、動画(アニメーション)はやめられてしまったようです。残念。それでも顔にクッキーを乗せている静止画は見られますので、ぜひご訪問なさってみてください。

ここまでイッちゃってる事例もある中、EUにおいてどんなトーンや手法で有効なクッキー同意を取得すべきかについては、まだまだいろんなアイデアが出てきそうです。
 

【本】『数理法務のすすめ』― “経験”ではなく“論理”で経営者にアドバイスをするために必要となる法律以外の知識とは


2014年のマイベスト法律関連書籍であった『数理法務概論』の翻訳者のお一人である西村あさひ法律事務所 草野耕一先生が、その応用編として書き下ろしたのが本書。一読して理解できるような本では決してないものの、普段の仕事を数段上の高みに引き上げるきっかけを与えてくれる、おすすめ書籍となっております。


数理法務のすすめ
草野 耕一
有斐閣
2016-09-09



特に企業法務に直結するのは5〜6章「財務分析」でしょう。まず、法務がなぜファイナンスを学ぶべきなのかについて。経営者に対して“経験”ではなく“論理”でアドバイスするのが法務パーソンの役割である以上、ファイナンスの知識が絶対に必要だということが、明快に述べられています。

あなたが顧問をしている企業の経営者からM&A取引や自社株買いあるいは公募増資などの具体的な経営政策の当否について意見を求められたとき、あなたは何と答えるのであろうか。「それは法律問題ではないので、あなた自身がお決めください」。あるいは、「私がいえることはただ1つ。善良な管理者の注意を尽くして行動して下さい」。これではあまりに情けない。提示された政策の当否について会社法の知識とその企業を取り巻く状況を踏まえてできるだけ明確な意見を述べてあげたい、そうあなたも思うのではあるまいか。しかしながら、企業経営をしたことのないあなたには提示された政策が企業に何をもたらすかを経験的に知るすべがない。したがって、その政策を会社法の理念に照らしてどう評価してよいか分からず、結局のところ有益な意見を述べることができない。(P168)
このジレンマを打開してくれるものがファイナンス理論である。ファイナンス理論は経営政策の帰結を論理的に明らかにするものだからであり、その帰結と法律知識を結びつけることによって提示された政策の当否を(経験的ではなく)論理的に語ることが可能となる。これこそは法律家であるあなたにふさわしい意見の述べ方であり、それができる能力を養うことに法律家がファイナンス理論を学ぶ最大の意義がある(P168)

では、ファイナンスとリーガルを統合することで経営にどのようなアドバイスができるのか。6章では、投資政策/資本政策/配当政策/多角化政策/非営利政策の検討におけるその具体例が挙げられています。以下は配当政策に関する一節。

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【図6−9】を子細に眺めていると配当政策のあるべき姿が自ずと見えてくるのではないだろうか。それは、「配当政策は他の政策の結果として他律的に定まるべきものであり、独自の配当政策というものを作り出すことは有害無益である」という考え方である。(P290)
(1)株主に分配可能な資金がある場合であってもNPVがプラスとなるプロジェクトがある限り、資金はそのプロジェクトに用いるべきである。なぜならば、
 ,修離廛蹈献Дトの実施を断念すれば、株主価値の最大化という経営の目的がその限度において阻害され、
◆〇餠發魍主に分配したうえで資金を借り入れてそのプロジェクトを実施すれば、資本構成の最適性が保たれず、
 資金を株主に分配したうえで新株を発行して新たな株主資本を調達してそのプロジェクトを実行する行為は分配可能資金をそのままプロジェクトに用いる行為に比べて不効率である。なぜならば、新株発行を実施するためには多額の取引費用を支出しなければならず、そのうえ、バッキング・オーダー理論に従えば、新株発行を行うこと自体が1株あたりの株主価値の希薄化を招く
からである。

(2)NPVがプラスとなるプロジェクトがないのであれば分配可能資金はすべて株主に分配すべきである。なぜならば、
 〇餠發鯤配しないでNPVがマイナスのプロジェクトに用いれば確実に株主価値は減少し、
◆〇餠發鯢藝弔諒嶌僂砲△討譴弌∋駛楾柔の最適性が保てない
からである。

配当政策の基本原理がかくのごときものである以上、年間の収益に占める配当の割合が企業の業種によって異なってもなんら不思議ではない。一般的にいえば、NPVがプラスの投資機会に恵まれた成長産業に属する企業の場合はできるだけ配当を減らして収益を再投資に向けるべきであり、他方、成熟産業に属する企業は誇りを持って大胆な収益の分配を行うべきである。(P292)
会社法の解釈論としていえば、経営者は、配当政策を決めるにあたり配当課税効果まで考慮する義務は負っていないといえるのかもしれない。しかしながら、経営者を選任するのは株主であり、株主にとって真に重要なことは彼らにとっての税引後所得であるから、事実問題として言えば、配当課税効果まで考慮して配当政策を決める経営者がいてもなんら不思議ではない。(P297)

上場会社の株主総会のご担当者であれば、別冊商事法務などのアンチョコを参考にして毎年作成する配当関連質問の回答案に漂う白々しさから脱却するヒントとなるでしょうし、配当政策を変えようか悩んでいる経営企画部門の壁打ち相手を担えるようにもなるかもしれません。


[以下おまけ 〜事前にファイナンス知識を得るための参考書籍〜]

本書において登場するファイナンス用語や概念、たとえば上記引用で言えば「NPV」「株主価値」「資本構成の最適性」などについては、本書内でも必要最低限の説明はあります。しかし、(ファイナンスの知識以上に)高校レベルの数理技術が本文中に普通に出てくるただでさえ難易度の高い本書を読み通すにあたっては、事前に何冊かのファイナンス関連書籍に目を通してその用語や概念に慣れておくことをおすすめします。

当ブログはファイナンス専門ブログではありませんし、詳しくはその道の専門家にお尋ねいただければと思いますが、以前、『数理法務概論』の弊ブログ記事コメントで「ファイナンスのおすすめ本は何か?」とご質問をいただいたこともあるので、私がよく読み返しているものをいくつか一言コメントを添えてご紹介しておきます。

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ざっくり分かるファイナンス
学問的な体系にとらわれず、セミナーのような語り口で、会計とファイナンスの違いから分かりやすく解説してくれます。私は、他のファイナンス本を読んでいて用語や概念についていけなくなったときに、学生ではなく企業人向けに言葉を噛み砕いて分かりやすく説明してくれるこの本の該当箇所を読み返すようにしていました。

新版グロービスMBAファイナンス
体系的なまとめ+ケーススタディも交えた文字通りMBA教材っぽいテキスト。どこの本屋さんにも必ず置いてあるほど売れ筋なだけあって、内容もこなれていて文字やレイアウトも読みやすい。米国の教科書の翻訳本ではないため日本企業の事例が積極的に取り上げられるなど、日本人読者にフレンドリー。

ファイナンシャル・マネジメント 改訂3版
米国の大学院でも使われている正統派教科書の翻訳。ブリーリー著『コーポレート・ファイナンス 第10版』のほうがメジャーですが、あちらは大部で記述にも少し冗長なところがあるので、こちらをおすすめしておきます。

MBAバリュエーション
ビジネスにファイナンス理論を活かす代表的場面であるバリュエーション=企業価値評価についての初級者向け書籍。同じく森生明先生の新刊『バリュエーションの教科書』は最新かつ各論のノウハウが詰め込まれているのに対し、こちらは基本を漆塗りのように固めていく内容になっています。

超入門 企業価値経営』『MBA アントレプレナー・ファイナンス入門
中小・ベンチャー・スタートアップ企業をバリュエーションする際、上場企業のような評価軸をそのまま使うことができないのですが、実際の投資案件はそのステージの企業が多いのも事実。そこに特化したバリュエーションについて学ぶならシリーズもののこちら2冊がおすすめ。前者は会計→ファイナンス→バリュエーションの順にストーリーに沿って手を動かしながら学べる本で、後者は理論に特化して解説する本になってます。

企業価値評価 第6版[上]』『企業価値評価 第6版[下]
この分野では超有名・定番本です。ファイナンス理論を経営判断の場面にどのように当てはめると役立つのかが端的に・論理的に・具体的に述べられており、冒頭から目から鱗が落ちまくることまちがいなしです。ちょうど先月新しい第6版が出たばかりですので購入にはベストなタイミングです。

【本】『M&Aにおける財務・税務デュー・デリジェンスのチェックリスト』― 結局DDの責任を取らされるのは法務だし

 
昨日ご紹介の『法務デューデリジェンス チェックリスト』とセットでどうぞ。





M&Aのデューデリジェンスには、法務・知財・財務・税務・人事・ビジネスと大きく分けて6つの側面があります。そして法務は、契約書の表明保証条項を作り込む立場である以上、少なくとも各DDの結果についてはすべての側面から把握しておく必要があります。買収後に実際に問題が発覚・発生した時には、それが財務・税務分野の問題であったとしても、「どうにかしろよ」と責任を追求されるのは残念ながら法務です(はい、そんな経験をしたことがあったような気がすっごくします。あれ、目から大量の汗が)。監査法人・税理士法人等の専門家を使って調査したからといって、DD委託契約の鉄壁の免責条項に守られた彼らが、あなたの代わりにその問題の責任を取ってくれるわけではありません。

結果を把握するために、DDを委託した専門家が対象会社との間で交わしたQAリスト・DD報告書を読み、DD報告会に出て…というのは当然にやっていらっしゃることだと思いますが、加えて、その過程で必ず行われているはずの対象会社の責任者に対して行う財務・税務インタビューについても、長時間で疲れはしますができる限り同席したほうがよいと思います。インタビューに立ち会っていればはっきりと匂いが嗅ぎ取れる“危ない話”も、QAのアンサーメモやDDレポートの形になるとどうしても上品・マイルド・曖昧な表現になってしまい、見落としがちだからです。M&Aを得意分野とされている弁護士の先生方ほど、こちらからお願いしなくても「財務・税務のインタビューにも同席させて欲しい」と大概おっしゃるので、これはセオリーなのでしょう。とはいえ、普段財務や税務の実務に携わっていない者には疑問・質問の目線をどの辺に置けば効果的なのかわからない。そんな時にこのようなチェックリストが手元にあると、インタビューの時間を有効に活用できるものと思います。

本書はDDのチェックリスト本の中でも、財務だけでなく税務をあわせて取り扱い、さらには法務DDで確認する定款・登記簿・規程をはじめとする基礎情報や、ビジネスデューデリの範疇となる企業評価との整合性を確認する目線も意識的・体系的にカバーされているのがよいところだと思います。その現れが、璽據璽犬砲△詼椽颪料澗料や、チェックリストと合わせて示されている図表・解説にも見て取れます。

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余談ですが、この本、「はじめに」に面白い一幕が。

チェックリストは網羅性を重視し、一方で、各項目の解説については、エッセンスを記載することで、1つの論点を詳細に解説することは避けています。決して怖い編集者の方に、締め切りに間に合わせるように急かされた結果、このようなシンプルな形になったわけではありません。
最後に、本書を企画時から担当してくださり、締め切りに間に合わせることの重要性を教えてくださった中央経済社の末永芳奈氏(中略)に改めて厚く御礼申し上げます。

なんかあったんですかね?あったんでしょうね…。
 

【本】『法務デューデリジェンス チェックリスト』― 10億円サイズのM&Aというリアリティ

 
西村あさひ法律事務所パートナー 佐藤義幸先生の著書。オンデマンドペーパーバックで9月29日に発売予定だそうなのですが、私は待ちきれず、Kindle版を購入しました。






法務DD本といえば、長島大野の『M&Aを成功に導く 法務デューデリジェンスの実務(第3版) 』が定番の書として不動の地位を築いています。その独占市場に、チェックリストに特化しかつオンデマンド&Kindleフォーマットによるお買い得価格で殴り込みを掛ける本書。その意気込みとアプローチ、素敵です。

本書は、筆者が長年使用してきた法務デューデリジェンス(法務DD)のチェックリストを標準的なものに再整理した上で公開するものです。

お買い得価格といっても、内容は西村あさひクオリティという安心感。そして、

対象会社として、特に強い業法規制のない時価総額10億円程度で、上場を前向きに検討しているが、他社グループとの統合も選択肢としている未上場会社を想定しました

この「時価総額10億企業」というターゲットもリアリティがあります。四大クラスの法律事務所は起用しない、かと言って法務DDをさぼるわけにはいかないというライン。掘り出しもの案件であればあるほどスピード勝負となり、チェックリストを片手にさっさと商談→DDをはじめ、鉄は熱いうちに打てで一気にクロージングに突き進むに限ります。去年まさにそういう案件にまみれていた私としては、この本がその時出て入たら助かったのに…と。

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サブタイトルには「万全のIPO準備とM&Aのために」とあります。たしかに、ウェブサービスで起業して早期のEXITを狙っているアントレプレナーの方なんかが、企業価値をより高く見せるためのセルフチェックに使うのもいいですね。
 

【本】『個人情報管理ハンドブック〔第3版〕』― 情報法に悩まされ続ける企業法務担当者にとっての精神安定剤


1か月以上前にTMI総合法律事務所のY先生からご恵贈いただいた、にもかかわらず、書評をアップし忘れておりまして大変失礼致しました…。正直な所、先ほど伊藤先生がブログにアップされた書評を見て、アッと思い出した次第です。

私自身は恥ずかしながら本書第1版・2版のユーザーではありませんでしたが、個人情報保護法以外の関連法(マイナ法・民法・プロ責法・不競法・刑法・不ア禁法・著作権法・会社法・金商法・サイセキュ法)を広くカバーし、かつ企業が知りたい実務的な各論も漏らさずに網羅した、こんなにも使いやすい概説書があったんだな、と驚きました。





TMI総合法律事務所さんについて、私は、頭ごなしに専門知識を振りかざす前に企業の困りごとにきちんと耳を傾けてくださる先生が多いという印象を持っています。本書の内容も、そういったTMIの先生方から受ける普段の印象通り、企業法務担当者に寄り添った読んでいて安心できるものになっています。

たとえば、その一例が、「自己情報コントロール権」についての記載についてです。本書のような情報法の概説書を評価する際、私は「自己情報コントロール権」に関する記載ぶりをチェックするようにしています。というのも、アメリカでの自己情報コントロール権説の隆盛や、日本の一部の下級審判例で示された自己情報コントロール権を認める見解などを必要以上に大きく取り上げて、企業の不安を煽る書籍も少なくないからです。この点、本書の記載はまさに100点満点と言うべき内容でした。

プライバシー権を「自己情報コントロール権」、すなわち自己に関する情報をコントロールすることができる権利と積極的に定義づける見解がある。これは、コンピュータの発達に伴い、大量の個人情報が公的機関、民間事業者問わず大量にデータ化され、その保護が重要になったことに伴い、支持されてきた見解である(たとえば佐藤幸治『憲法〔第3版〕』(青林書院、1995年)等)。この見解に基づいた場合、プライバシー権は自己の情報の開示・訂正・抹消請求権を含むものと解されている(なお、法的権利性については、第7章430頁以下参照)。
下級審判決の中には、マンション購入者名簿事件(東京地判平成2・8・29判時1382号92頁)やニフティ掲示板事件(神戸地判平成11・6・23判時1700号99頁)等自己情報コントロール権の考え方に影響を受けた判決例が現れ始めているが、これらの下級審判決においても結局は私事性、非公知性等「宴のあと」事件判決以降採用されてきた3要件に基づいた判断がなされており、その意味で正面からプライバシー権を「自己情報コントロール権」であるとまで認めているものではない。(P65)
民法学説上は、ほとんどの学説において、少なくともプライバシーの権利が民法上保護され得る1つの権利ないし利益であることが承認されているが、なお従来のプライバシーの権利概念を前提としており、これを自己情報コントロール権として理解するにはなお消極的のようである。民事法の見地からは、プライバシーの権利を自己情報コントロール権と定義づけることは相当でなく、自己に関する記録を閲覧する権利、本来収集されるべきでない情報や誤った情報の訂正・削除請求権は、原則的に肯定する方向で検討する価値があるが、これをプライバシーの権利に包括することはきわめて困難であるとする見解がある。(P432)
最高裁も、最判平成20・3・6民集62巻3号665頁は、プライバシー権に自己除法コントロール権が含まれていることを認めた大阪高判平成18・11・30判時1962号11頁を破棄し、「憲法13条は、国民の私生活上の事由が公権力の行使に対しても保護されるべきことを規定しているものであり、個人の私生活上の事由のひとつとして、何人も、個人に関する情報をみだりに第三者に開示又は向上されない自由を有するものと解される」と判示して、自己情報コントロール権が憲法上保障された人権と認められるか否かについては正面から判断しなかった。(P433)


また、情報法に関する企業法務パーソンの最近の悩みどころナンバーワンと言えば、日本の改正法だけでなく、多数国に渡る個人情報保護法制についてもキャッチアップが求められているという点でしょう。これについても、第10章の40頁ほどを割いて、
・欧州
・米国
・韓国
・シンガポール
・香港
・台湾
・中国
・インド
といった主要国の情報法制のポイントを概説してくださっています。


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米国のCOPPAについては対応が悩ましい部分ではあるので、もう少し企業としてなすべきことはどこまでかといったレベルまで踏み込んで書いてくださっても良かったかな、と思うところもありましたが、これだけの国についてまずは確認すべき法令の存在を知らせてくれるだけでもありがたいというべきでしょう。


各章のトビラ部分には、経営者から企業法務担当者が聞かれがちな「つまりどういうこと?」「結局何を知っておけばいいの?」が端的にまとめられていて、こんなさりげないところにも本書執筆陣の配慮・サービス精神を感じました。


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ということで、久しぶりに法律書マンダラ2016を更新しておすすめしたい本に出会うことができました。このようなすばらしい書籍をご恵贈いただいたにもかからずご紹介が遅れたこと、Y先生には重ねてお詫び申し上げます。
 

Appleも利用規約を簡素化しはじめた

 
iPhone7が発売開始となり、iOSもついにニケタ番台の10へアップグレードになりました。

これにあわせるように、App StoreやiTunes Storeでコンテンツをダウンロードする際に必ずみなさんが同意させられていた「iTunes Store サービス規約」が大きく改訂されています。タイトルも一新し、「Appleメディアサービス利用規約」に。その目指すところは、Apple自身の説明によれば、

短縮、および条件への明瞭度を向上させます。

というもの。

とはいえ、毎度毎度の「踏み絵」作業で、みなさん読まずに同意ボタンを2回押されたことと思いますので、Google Docsに転記して、読みやすくなるよう見出しレベルを整理してみました。


Appleメディアサービス利用規約

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見出し4階層のみ、抜き出してみます。

A.サービスの概要

B.本サービスを利用する
 支払い、税金、返金
 Apple ID
 プライバシー
 本サービスとコンテンツの利用ルール
  すべてのサービス
  iTunes Store コンテンツ
  App Store コンテンツ
  iBooks Store コンテンツ
  Apple Music
 再ダウンロード
 購読
 コンテンツとサービスの提供可能性
 非APPLEデバイス

C.本サービスへの送信
 送信ガイドライン

D.ファミリー共有
 承認と購入のリクエスト
 ファミリーメンバーの変更
 ファミリー共有のルール

E.お勧め情報の機能

F.追加のiTunes Store に関する規約
 シーズンパスとマルチパス

G.追加のApp Store に関する規約
 App Store コンテンツのライセンス
 App内での購入
 Appのメンテナンスおよびサポート
 ライセンスアプリケーションエンドユーザ使用許諾契約
  a.ライセンスの範囲
  b.データの利用に同意する
  c.解除
  d.外部サービス
  e.保証なし
  f.限定責任
  g.(米国外への輸出)
  h.(米国連邦調達規則)
  i.(準拠法および裁判管轄)

H.iBooks Store に関するその他の条件

i.Apple Musicに関するその他の条件
 Apple Music メンバーシップ
 iCloud Music ライブラリ

J.全サービスに適用される諸条件
 Apple の定義
 契約変更
 サードパーティーのマテリアル
 知的財産権
 コピーライト通知
 サービスの終了と一時停止
 保証の否認、限定責任
 免責条項
 公的機関の制定法上の例外
 準拠法
 その他の条項

※( )はAppleの利用規約に見出しがなく私が適当に付けたものです


はい、たしかに、iTunes Store/App Store/iBooks Store/Apple Musicの4つのコンテンツ種別ごとに共通するもの・しないものを整理していて構造的に分かりやすいですし、以前のバージョンに見られた同じ注意文言や義務規定が規約内で言い方を変えて何度も繰り返されるようなことがなくなり、かつ、(日本語訳に硬さは残るものの)平易な言葉遣いとなっていて、結果、文書量も短くなっています。


利用規約を簡素化する動きについては、GoogleFacebookあたりが先んじていましたが、ついにAppleがこの動きに追随することをはっきりと表明したことで、この傾向が加速することは決定的になったといってよいでしょう。法務パーソンとしては、文書を短く読みやすくしながらも、いかに手短にかつ法的に抜け漏れや隙が生まれないように利用規約を作っていくかというドラフティングテクニックが一層問われることになります。
 

特許知財系ライトニングトークを開催しました

 
先日、ウェブ・アプリ・エンタメ系企業の特許担当者の方ばかりにお声掛けをして、はじめての「特許知財系ライトニングトーク」を @katax さんと開催しました。

知財の方が集まる場というと知財協やパテサロさんがありますが、企業内"特許"担当者、しかも非ハードウェア業界の方だけに限定した集まりとなると、あまり無いのではと思います。そもそも人数もいませんしね。なので、法務系LTの時のようなオープンな募集はやめて、ツテを辿ってお声かけをしていく方法をとりました。LTが成立するほど集まっていただけるのかが不安だったのですが、結果的に今をときめく大手企業ばかり10社から、合計20名のみなさんに集まっていただきました。


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ライブならではということで、書籍や雑誌では読めない血の通った創意工夫ぶりやこの分野の専門家ならではの知見の一端をお伺いすることができました。最近特許について情報交換することが増えた @katax さんも登壇され、しかもブログにスライドを公開されていますので、是非ご覧になってください。私も賑やかしとして登壇し、初めて発明者として登録にいたった自分の職務発明についてそれが生まれたきっかけを中心にお話したのですが、一部内容に不適切なものを含んでいたので(企業秘密という意味ではないです)、非公開とさせていただきます。

知財は未来を見る・作る仕事という要素が多い点で、LTも前向きな話が多くて楽しいなと再認識しました。というと、法務が後ろ向きな楽しくない仕事ばかりのように聞こえてしまいますが…苦笑。それと、久しぶりに運営に加えてライトニングトークをやってみて、5分の持ち時間のあまりの短さに驚きました。自己紹介は割愛し、スライドは10枚が限界ですね。

やはりこういった共通の興味と専門性をもった方同士ばかりが集まる機会自体があまりなく貴重ということで、第2回のリクエストもいただいております。次回は、お声掛けする対象者をもう少しだけ広げて、2017年1−2月ごろに開催しようかなと思っています。ご出席頂きたい方には私ども運営からまたお声掛けをしたいと思いますので、是非ご参加をお願いたします。
 

【本】『ユーザを成功に導くシステム開発契約〔第2版〕』― スルガ銀行事件やファーストサーバ事件を受けてもビクともしないモデル契約に改めて学ぶ


日比谷パーク法律事務所 西本強先生の御著書の第2版が出版されました。ユーザの立場からベンダと契約交渉する法務パーソンにとって本書は定番書であり、2011年の初版を蔵書している方も多いはず。要更新です。





全体のボリュームは初版から約50ページ増えて380ページに。表紙の色の変化とあいまって、手に取ると初版とは別の本のようです。ページ数を増やした主な要因は、民法改正法案(2016年3月時点)がシステム開発契約に与える影響についての解説が加えられたことによるもの。章を分けて総括的に注意点を述べることはせず、モデル契約書の逐条解説パートで個別具体的に当てはめて影響を解説してくださっています。これにより、法改正となった場合の影響を一般論として語られても実感が湧かないという方に応えるものとなっています。例えば、瑕疵担保責任の条項に加えられた改正の影響解説は、こんな感じ。

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初版が発売された当時、本書のモデル契約に倣って自社のシステム開発契約ひな形を整備された方も少なくないのではと思いますが、モデル契約自体の修正は最小限に留められていましたので、ご安心ください。参考までに、私がチェックして発見した限りでの初版のモデル契約との差異を以下にリストアップしておきます。
  • 第2条(定義)
    IPA共通フレーム2013の更新に伴う改訂
  • 第5条(委託料及びその支払方法)
    個別契約の総額に上限を付し、上限を越えた場合には「合理的な根拠」を示すこととしているが、その合理的な根拠の説明として「(増加した委託料によりシステムが完成できることを示す根拠を含むが、これに限らない。)」を追加
  • 第9条(乙のプロジェクトマネジメント義務)
    ベンダの義務として「各工程において得られた情報を集約及び分析して、ベンダとして通常求められる専門的知見を用いてシステム構築をすすめ」を明記
  • 第37条(変更の協議不調に伴う契約終了)
    契約上の手続きに沿ってシステム仕様変更等の協議を行ったが、これが整わずにユーザが個別契約の続行を中止する場合には、「個別業務の未了部分について個別契約を解約することができるものとする。」を明記
  • 後文
    初版では甲乙“署名”押印の上とあったのを“記名”押印に修正
※第47条(FOSSの利用)で、「当該FOSS利用のメリット及びデメリット(第三者ソフトウェア利用のリスクを含む。)」と改訂が加えられていたのですが、おそらくこれは初版の「(FOSS利用のリスクを含む)」のままで問題なかったのではと思われます。


あわせて、索引の差分も確認してみました。新たに追加されたキーワードは以下のとおりです。
  • アドオン
  • 委託代金の支払時期
  • 瑕疵修補責任
  • カスタマイズ
  • 議事録
  • 共通フレーム2013
  • サービスの一時的中断事由
  • 支払日
  • 重過失
  • スルガ銀行対日本IBM事件
  • 請求権競合
  • 中間資料
  • バックアップ取得
  • パッケージ型システム開発
  • プロジェクトマネジメント義務違反に基づく解除
  • 法条競合
  • 有効期間

この手のシステム開発契約に詳しい方がモデル契約や索引のアップデート部分を眺めれば、スルガ銀行事件やファーストサーバ事件が近年のシステム開発契約の実務に大きなインパクトを与えたことが、改めて認識できると思います。それでいて、初版から意味的な修正がほとんど入っていないのは、それだけもともとの解説内容やモデル契約書の完成度が高かったからに他なりません。
 

【本】『アンブッシュ・マーケティング規制法』― TOKYO2020問題に備えて

 
リオで開催されているオリンピックも、21日(日本時間明日8月22日)の閉会式をもって終了。4年後の2020年に我が国で開催予定の第32回大会に向け、抑えておきたいキーワード「アンブッシュ・マーケティング」が正確に理解できる本がでていましたので、ご紹介しておきます。





アンブッシュ(ambush)とは、「待ち伏せ」の意味。スポンサーの協賛によって世界規模で開催するイベント(オリンピックやFIFAワールドカップサッカーなど)に便乗し、そこで用いられる著名又は周知な商標の顧客誘引力を当該イベントの運営団体に許諾なく利用する表示・販売活動のことを、アンブッシュ・マーケティングといいます。

私も知らなかったのですが、オリンピック開催国(都市)として立候補するにあたっては、IOCに対しこのアンブッシュ・マーケティングを行わない・行わせないことを誓約する必要があり、すでに日本国政府としてこれを保証している状態だそうです。実際、過去開催国の中国が2001年に・英国が1995年と2006年に・ブラジルが2009年に、いずれもそのためだけのOlympic Actを特別立法しているとのこと。本書では、これら各国の立法状況と内容を分析し、日本においてそのような特別法を立法する必要の有無を検討します。

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その結論は、

我が国においては、商標法又は不正競争防止法により出所表示機能を果たす態様の使用の場合を除き、著名又は周知な商標の【原文ママ】使用した場合であっても、顧客誘引力を有する商品・役務その事業者と関連があるかのような表示、あるいはその事業者から承認、許諾、支援等を受けているかのように表示する行為について、不正競争防止法、景品表示法及び独占禁止法のいずれも行為規制の対象と考えることは困難であり、他国で制定されているアンブッシュ・マーケティング規制法の基礎となる法や法理は存在しない(P163)

ということで、政府保証をきちんと担保したいのなら立法が必要であると。しかし一方で、IOCが要求する押し付けともいえる内容をそのまま法文化すると過剰な規制となることは明白であり、そうならないよう、厳格な要件を付した適切な範囲での行為規制とすべきである、と主張します。


2020年の東京オリンピックのアンブッシュ・マーケティング規制については、この8月に入ってからもJOCが新たにガイドライン「大会ブランド保護基準(Ver3.1 2016 August)」を出しています。これを見ると、上述のとおり現時点の日本においては法的な根拠がないにもかかわらず、さもそれがあるかのように、「2020年という年号に引っ掛けてカウントダウンを行うような表現もアンブッシュである」とまで踏み込んでいます(P13)。権利を守りたい当事者側の発言とはいえそこまで言ってしまうセンスに疑問を感じざるを得ませんが、著者が懸念しているように、明らかに萎縮効果を狙ってのものでしょう。

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表現の自由を守る者として少なくとも中立的な立場であるはずの報道機関の記事なども、こういったIOCやJOCのガイドラインに盲目的に従うべしという偏った論調が妙に目立ち違和感を感じていたところですが、パートナー一覧(P04)をみて納得。読売・朝日・日経・毎日といった報道機関自身がスポンサーになってるんですね・・・どうりで(ry。

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著者のいう適切な立法がTOKYO2020に間に合うかどうかはかなり怪しいところだと思いますが、法務パーソンとしては、法律に基づいた冷静な判断に努めたいものです。
 

ポケモンGOを就業規則で禁止することは合法か

 
労働法的な視点で、とても気になるニュース。

「ポケモンGO」禁止−住友理工が全世界の拠点で、休憩中や出退勤時間も該当(日刊工業新聞)
住友理工はスマートフォン向けゲーム「ポケモンGO」が世界各地で社会現象となる中、スマホゲーム全般を就業中のほか、休憩中や出退勤時間も含めて全世界の拠点で禁止することを決めた。歩きながらスマホを使う「歩きスマホ」による事故防止が狙い。

厳しい人格教育を売りにしたような私立高校の校則に書くならいざしらず、厳しい選考を経て十分な判断能力の備わった大人が集まっているはずの組織において、「歩きスマホの危険性」という理由だけをもって「休憩中や出退勤時間も含めて」スマホ"ゲーム”を排除しようというのは、いかがなものかと思います。そもそも、アプリにおいてどこまでがゲームなのかという定義も境界があいまいです。たとえば、ゲーミフィケーションな英単語アプリで勉強しながら通勤されている方を見かけることはしばしばあります。また、チャット・メール・電子書籍・動画閲覧はOKという解釈なのだとしたら、企業として目指している目的も達成できない無意味な規則なのでは?と疑問です。


似たような、就業時間外の趣味嗜好を制約する就業規則の不当性が問題となるケースとして、たばこを吸う従業員の生産性の低さや不衛生さを問題視した企業が喫煙者を採用選考時から排除するというものがあります。弊ブログでも、喫煙権に対する不当な制約・嫌煙権の過剰保護であり違法であるという立場から記事にしたことがありました。今でも問題なのではないかと思っていますが、日本ではかなり有名なホテル経営者がこれを推し進めていることについて、法律的な争いになっている様子はありませんし、喫煙者自体が19.3%とかなり少数派となっている背景もあってか、反対意見もあまり聞かれません。しかし、ホテルにおける従業員の衛生維持に対する懸念といった具体的な悪影響が検討できない本件のようなケースについては、端的に言って就業規則としては不当と考えます。
 
きっと近いうちに違反者が現れることになると思いますが、その時企業として従業員にどこまでの制裁を加えるのか、興味津々です。
 

ポケモンGO訴訟、はじまる

 
ポケモンGOが不法侵入・迷惑行為を助長するのではないかと不安を煽るような記事が日本でも雨後の筍のように書かれている中、アメリカでは早くも運営会社に対して訴訟を起こした方が出ました。し、仕事が早い…。

Pokemon Goes to Court in Backyard Monster Trespassing Case(Bloomberg)
A New Jersey resident with a pocket monster in his backyard filed what may be the first lawsuit against Niantic Inc. and Nintendo Co. for unleashing Pokemon Go across the U.S., claiming that players are coming to his home uninvited in their race to “catch ’em all.”
The West Orange man alleges the companies have created a nuisance with their GPS-based game and seeks class-action status on behalf of all Americans whose properties have been trespassed upon by players in search of Pokemon Go monsters.

記事によれば、「お宅の庭にポケモンがいるから捕まえさせてくれ」と(笑)少なくとも5人が玄関をノックするありさまで、迷惑していると。本当にそんな程度で訴訟まで起こすものですかねとカリフォルニア州裁判所サイトにウラを取りに行ったら、7月29日に本当に提訴されファイルされてました。ということは、前回エントリの利用規約解説で触れた仲裁合意のオプトアウトも済みってことなんでしょうね。

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ポケモンGOの下地を作ったIngressではここまでの問題にならず、ポケモンGOがこうなってしまったのはなぜなのか。Ingressをやっていた方ならご存知のとおり、現実世界にリンクするかたちでARの世界に設置された「ポケストップ」に相当する「ポータル」の設置数はもっと多かったですし、かなりマイナーな場所にも設置されていました。一方、ポケモンGOのポケストップは、実際にプレイしてみると公道沿い・公園内など私有地・住宅地を避けるかたちで設置されており、しかもIngressのポータルの数に比べてかなり限定的に設置されています。運営会社としてIngressとのユーザー規模・ITリテラシーの違いに配慮しながら、画面上に表示するユーザーへの注意文言に加えて私有地への不法侵入や近隣への迷惑行為が発生しにくいように配慮したと思われる形跡が(私には十分に)感じられたのですが。本件については(ポケストップの場所とは関係なく)たまたま私有地に多数のレアなポケモンが湧いてしまった、ということなのかもしれません。

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このレベルの努力や配慮でも「足りない」という法的評価となると、事業者にとって、今後AR技術を使ったビジネスは相当窮屈なものになることが予想されます。記事後段では、Ryan Morrison弁護士がこの点について同様のコメントを出しています。

The maps are based on Niantic’s original GPS-based, augmented reality game called Ingress, which generated a cult following after it was released in 2013. As they played the game, Ingress users helped build the map now used in Pokemon Go, said Ryan Morrison, a lawyer in New York who specializes in legal issues related to video games.
“There’s going to be 200 lawsuits, that’s for sure," Morrison said in a phone interview. “If the court comes along and says this kind of suit is OK, what a terrible blow it will be to augmented reality technology."

「訴訟は間違いなく200件は起きるだろう」という彼の予言が現実のものとなる前に、この問題を解決するアイデアや仕組みを考えたいところです。
 

2016.8.4追記

下記のとおりミスをご指摘をいただきまして、一部訂正いたしました。ありがとうございます。


Pokémon Goの利用規約を分析してみた

Pokémon Goが日本でもサービス開始となりました。リリース1日目の都内の私の活動域では、スマホを片手に歩いている人の控えめに言っても1/2がPokémon Goしながら歩いていて、早速トラブルも発生し始めているようです。

前回のエントリでは、米国ですでに発生しているトラブルを参考に、<位置情報×AR>サービスを提供する事業者として検討しておくべき法的リスクについてまとめました。今回はそれに続けて、Pokémon Goのサービス利用規約プライバシーポリシーの中から特徴的な条文を取り上げ、事業者として利用規約という「盾」を使ってどのようにリスクに対処しようとしているのかを学んでみたいと思います。

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利用規約の全体構造


まずは、本利用規約の全体構造を見てみましょう。原文には条文番号がつけられていませんが、大見出し・小見出しの階層が分かりやすいように、また説明の便宜のためにも私の方でナンバリングしてみました。

1.本規約への同意
2.本規約又はサービスの変更
3.仲裁に関する注記
4.プライバシー
5.参加資格及びアカウント登録
 5.1お子様による登録
6.安全なプレイ
7.本アプリにおける権利
 7.1アプリストアのアプリに関する追加規約
8.コンテンツ及びコンテンツに関する権利
 8.1 コンテンツの所有権
 8.2 お客様から付与される権利
9.交換
10.バーチャルマネー及びバーチャルグッズ
 10.1 バーチャルマネー及びバーチャルグッズの購入
 10.2 米国外のエンドユーザーによる購入
11.終了時の交換アイテム、バーチャルマネー及びバーチャルグッズの取扱い
12.行動規範、一般禁止事項、及び当社の執行権
13.フィードバック
14.デジタルミレニアム著作権法(DMCA)と著作権に関するポリシー
15.第三者のサイト又はリソースへのリンク
16.終了
17.保証に関する免責事項
18.補償
19.責任の限定
20.紛争解決
 20.1 準拠法
 20.2 仲裁合意
 20.3 仲裁規則
 20.4 仲裁の手続
 20.5 仲裁場所及び手続き
 20.6 仲裁人の決定
 20.7 費用
 20.8 変更
21.一般条項
22.連絡先

項目立てを見るとIngressの利用規約(英語版のみ)と似ており、これをベースに作成されたことが伺えますが、詳細に見ていくと要所要所が進化しています(→Ingress利用規約とPokemon Go利用規約の差分を取ったファイルがこちら)。

中でも一見して違いが際立つのが、紛争解決条項(3条および20条)の分厚さです。全体で約16,000文字の本利用規約において、その約1/5の約3,300文字がここだけに割かれています。ついで、プライバシー(4条)・子どもによる利用(5.1条)・安全性に関する配慮(6条)などが先頭に並べられているのは、このサービスの特徴である<位置情報×AR>の要素によって発生するリスクに優先度を合わせた配列になっていることを伺わせます。

それでは、全体像を掴んだところで、
(1)プライバシー対策
(2)子ども対策
(3)安全対策
(4)紛争対策
(5)免責および責任限定
の順に、特徴的な条項を取り上げてみたいと思います。

(1)プライバシー対策


プライバシーについては、利用規約とは別にプライバシーポリシーが存在します。日本で取り入れられはじめた2階建て構造のアプリプラポリとはなっていませんが、位置情報等取得する情報が限定的に列挙され、第三者提供に関する説明も比較的透明度高くなされており、丁寧なプラポリだと思います。

本アプリは、位置情報を基にしたゲームです。当社は、お客様(又はそのお子様)が本アプリを利用して、お客様(又はそのお子様)の機器のモバイルオペレーティングシステムを通じて利用できる位置情報サービス(携帯電話基地局による三角測量、Wi-Fiによる三角測量又はGPSを利用するもの)を使用するゲーム上のアクションを行った際に、お客様(又はそのお子様)の位置情報を収集及び保存します。お客様(又はそのお子様)が本アプリを利用した場合にお客様(又はそのお子様)の機器の位置情報が当社に送信されること、また、かかる位置情報の一部及びお客様(又はそのお子様)のユーザー名が本アプリを通じて共有される可能性があることをご理解のうえご了承ください。例えば、ゲームプレイ中に一定のアクションを行った場合、本アプリを通じて、お客様(又はそのお子様)のユーザー名及び位置情報がゲームプレイ中の他のユーザーと共有されることがあります。また、当社は、お客様(又はそのお子様)のために本サービスの改善及びカスタマイズを行うことを目的として、位置情報を使用できるものとします。
― プライバシーポリシー 2. 情報の収集及び使用 e.位置情報
当社は、調査及び分析、人口動態(デモグラフィック)のプロファイリング、並びにその他の類似の目的のために、集約された情報及び個人を特定できない形式の情報を第三者と共有できるものとします。かかる情報にはお客様(又はそのお子様)の個人情報は含まれません。
― プライバシーポリシー 3. 当社が第三者と共有する情報 c.第三者と共有する情報

同プラポリは、グローバル(特にEU)対応も徹底されています。このあたりは日本の事業者はまだ追いつけていないところです。

欧州連合(EU)の加盟国の居住者及びお子様の親権者等については、お客様が当社のメーリングリストに登録すること(又は当社のメーリングリストにお客様のお子様を登録すること)を選択した場合、当社は、本サービスを直接宣伝する無料のニュースレター及び電子メールを定期的にお客様(又はそのお子様)に送信します。その他のユーザーについては、お客様が本アカウントの登録中に当社のメーリングリストに登録すること(又は当社のメーリングリストにお客様のお子様を登録すること)を拒否(オプト・アウト)しなかった場合、当社は、本サービスを直接宣伝する無料のニュースレター及び電子メールを定期的にお客様(又はそのお子様)に送信します。お客様(又はそのお子様)が当社からかかる宣伝メッセージを受領した場合、お客様(又はそのお子様)は、(お客様(若しくはそのお子様)の本アカウントを通じて、又はお客様(若しくはそのお子様)が受領した電子メールに記載される配信停止の操作を行うことにより)かかるメッセージの配信を拒否(オプト・アウト)することができます。本サービスに関する一定のメッセージ(本プライバシーポリシーの更新に関するメッセージ等)はお客様(又はそのお子様)に送信する必要があるため、かかるメッセージについては、配信を拒否(オプト・アウト)することができません。
― プライバシーポリシー 4.お客様の選択 b.オプト・アウト
お客様(又はそのお子様)の個人情報は、お客様の居住する州、省、国又はその他の管轄の外に所在するコンピューターに送信及び保存されることがあります。その場合、当該地域のプライバシーに関する法律は、お客様の居住国のものと同等の保護を与えるものであるとは限りません。米国外に居住するお客様が当社にお客様(又はそのお子様)の個人情報を提供することを選択した場合、当社は、お客様(又はそのお子様)の個人情報を米国へ転送し、米国において処理することがあります。当社がお客様(又はそのお子様)の個人情報をお客様(又はそのお子様)の居住国以外の管轄へ転送する場合は、その安全性に関して適切な保護措置を講じることを保証します。お客様は、お客様(又はそのお子様)の個人情報を米国に転送しないよう請求することができます。ただし、その場合、当社がお客様(又はそのお子様)に対して本サービスの一部又は全部を提供できないことがあります。
― プライバシーポリシー 9.国外への送信


(2)子ども対策


ポケモンというIPを使っているだけに、事業者としては子どもによる利用への対処が不可欠です。その点で特徴的な条文をいくつか見つけることができます。

日本の一般的な利用規約では、「未成年者の場合は親権者の同意が必要」→「同意したものとみなす」といった建付けになっているものがほとんどですが、本利用規約では、米国の児童オンラインプライバシー保護法(COPPA)対策とあわせて、ポケモントレーナークラブアカウント作成手続きを通しかなり厳密に「親権者が代理して契約」をするという建付けになっています。

お客様が13歳未満のお子様の親権者又は法的な保護者(以下「親権者等」といいます。)である場合、お客様自身のために、かつ、本規約及び当社のプライバシーポリシーにおいて本サービスの利用を認められているお客様のお子様を代理して、本規約に同意することになります。
― 利用規約 1.本規約への同意
当社は、PTCが管理する検証及び同意取得プロセスを通じて、児童オンラインプライバシー保護法(Children’s Online Privacy Protection Act(COPPA))を遵守します。13歳以上のお客様がPTCを通じて本アカウントを作成登録する場合、PTCは、お客様が本サービスにアクセスして本サービスを利用できるようにします。13歳未満のお子様の親権者等は、お子様による本サービスの利用の前に、PTCを通じてThe Pokemon Company International, Inc.(以下「TPCI」といいます。)に登録する必要があります。TPCIは、親権者等が当該お子様の親権者等であることを確認し、当該お子様について当社での本アカウントの作成を承諾することを求めます。TPCIは、親権者等の確認及び同意の両方が得られ次第、当該親権者等がお子様のために当社での本アカウントを作成することができるようにします。
― 利用規約 5.1 お子様による登録

しかし、日本ではしばしば社会問題として取り上げられ各事業者が対応を進めてきた未成年者による高額課金については、利用規約上は「18際未満は親権者の同意が必要」と述べるにとどまり、課金上限などの対策が想定されている様子がありません。加えて、日本のアプリ事業者が頭を痛めている資金決済法対応についても、アプリ内含めそれに対応した表示は確認できませんでした。バーチャルマネーとして販売されているポケコイン等を、資金決済法に基づく前払式支払手段として届出をするつもりがあるかどうかも不明です。この課金まわりの部分は、本利用規約の中で唯一不安を感じさせるポイントになっています。

バーチャルマネー及びバーチャルグッズの購入は、本アカウントの保有者が(a)18歳以上である場合、又は(b)18歳未満である場合は、購入にあたって親権者等の同意が得られている場合に限られます。18歳未満のお子様の親権者等は、iOSやGoogle Playの設定によってアプリ内での購入を制限することができますが、同時にお子様が保有する本アカウントにおいて予期せぬ行動(バーチャルマネー又はバーチャルグッズの購入等)がないかどうかを監視しておく必要があります。
― 利用規約 10.1 バーチャルマネー及びバーチャルグッズの購入
お客様のバーチャルマネーのライセンス期間中、お客様は自身のバーチャルマネーを指定されたバーチャルグッズと引き換える権利を有します。親権者等は、本規約を自身のお子様を代理して承諾し、お子様が単独でこの権利を行使することについて自身の同意を得ていることに同意し、確認するものとします。
― 利用規約 10.1 バーチャルマネー及びバーチャルグッズの購入

他方で、(子ども対策ではありませんが)オンライン購入の撤回権について、プラポリ同様グローバル(EU)対応が施されているのは、さすがといったところ。

バーチャルマネー及びバーチャルグッズは、本サービスへのアクセス及び使用が許可された国の合法的居住者のみが購入し、保有することができます。お客様が欧州連合(EU)の加盟国に居住する場合は、オンラインによる購入を撤回する一定の権利を有します。しかしながら、お客様が当社からバーチャルマネーをダウンロードした時点で、お客様の撤回の権利は失われます。お客様は、(a)バーチャルマネーの購入には、かかるコンテンツの即時のダウンロードが伴うこと、及び(b)一度購入が完了したものについては撤回の権利を失うことについて同意するものとします。お客様が欧州連合(EU)の加盟国に居住する場合、当社は、法律で義務付けられる場合には、お客様に付加価値税(VAT)の請求書を発行します。お客様は、かかる請求書が電子形式で発行されることについて同意するものとします。当社は、お客様に対して何ら責任を負うことなく、バーチャルマネー又はバーチャルグッズを管理、規制、変更又は削除する権利を留保します。
― 利用規約 10.2 米国外のエンドユーザーによる購入


(3)安全対策


Pokémon Goが社会から特に不安視されているのは、ユーザーの安全に対する事業者としての配慮・対策の部分です。この点、本利用規約では、あくまで自己責任であることがかなりのボリュームで語られています。Pokemon GOトレーナーガイドラインと合わせて読むと、特に法的なところでは、他ユーザーへの危害と不法侵入に対し強く警告しようとしている意図が汲み取れます。

ユーザー目線ではやや冷たく感じられる文面ですが、ここは致し方無いところでしょう。「自分で保険に入っとけ」とまで書いてあるのは、さすが米国企業らしいなあと思いました(笑)。

ゲームプレイ中は、お客様の周囲の状況に注意し、安全にプレイしてください。お客様は、お客様による本アプリの利用及びゲームプレイはお客様自身の責任で行うこと、並びに、本サービスの利用中にお客様が被る可能性のある損害に関してお客様が合理的に必要であると考える健康保険、損害賠償保険、災害保険、人身傷害保険、医療保険、生命保険及びその他の保険契約をお客様の責任において維持することに同意するものとします。また、お客様は、本アプリを利用することでいかなる適用法令若しくは規則(不法侵入に関する法律を含みますが、これに限りません。)又はトレイナーガイドラインにも違反しないこと、及び、他者がいずれかの適用法令若しくは規則又はトレイナーガイドラインに違反することを助長しない又は可能にしないことに同意するものとします。上記を制限することなく、お客様は、お客様による本アプリの利用に関連して、他者に精神的苦痛を与えないこと、他者に屈辱を与えないこと(人前であるか否かを問いません。)、他者を攻撃又は脅迫しないこと、許可なく私有地に侵入しないこと、他者になりすますか、又は、お客様の所属、肩書若しくは権限を偽らないこと、並びに、傷害、死亡、物的損害又はあらゆる種類の責任を引き起こす可能性のあるその他の活動に関与しないことに同意するものとします。
― 利用規約 6.安全なプレイ
お客様は、本サービス利用中のお客様自身の行為及びユーザーコンテンツ並びにこれらにより引き起こされるあらゆる結果について責任を負うことに同意します。本サービスの利用に際して禁止される行為及びユーザーコンテンツの内容については、トレイナーガイドラインをご参照ください。お客様は、本サービス及びコンテンツの利用にあたって、以下の行為(一例であり、これらに限定されません。)を行わないことに同意します。
  • 名誉毀損、権利濫用、嫌がらせ、誹謗中傷、ストーカー行為、脅迫又はその他の方法により他人の法的権利(プライバシー権及び肖像権を含みます。)を侵害すること。
  • 違法、不適切、中傷的、わいせつ、性的、低俗、攻撃的、詐欺的、虚偽的、誤解を招くような又は欺瞞的なコンテンツ又はメッセージをアップロード、投稿、メール、通信又はその他の方法で利用可能にすること。
  • 個人又は団体に対する差別、偏見、人種差別、憎悪又は嫌がらせを助長し、又はこれに加担すること。
  • 不法侵入又はその他の方法で、権利又は許可のない土地又は場所への侵入を企図し、又は実際に侵入すること。
  • 適用法令に違反し若しくは適用法令に違反しうる行為、又は民事責任を生じさせうる行為を助長すること。(以下略)
― 利用規約 12.行動規範、一般禁止事項、及び当社の執行権
お客様は、本サービスの他のユーザー及びお客様が本サービスの利用に伴いコミュニケーション又は交流するその他の者とのすべてのコミュニケーション及び交流には、(特に、お客様がオフラインで又は直接会うことを選択した場合には)合理的な注意を払うことに同意するものとします。
― 利用規約 17.保証に関する免責事項


(4)紛争対策


現実問題として、これだけグローバルにヒットしたアプリとなると、紛争の発生は避けられません。一般的な利用規約では、法的に有効かはさておき、「事業者(の本社)が所在する国・地域の裁判所を専属的管轄裁判所として合意する」旨の条項を入れておき、あとは紛争が起きないようにお祈りする…というものがほとんどでした。

これに対し本利用規約では、集団訴訟を制限し個別仲裁手続きにのみによること(ただし仲裁地は各国に対応)としています。集団訴訟への参加を放棄させる仲裁条項の有効性についてはUberなどが現在も法廷で争っており、論点かとは思いますが、少なくとも、一般的な利用規約の紛争解決条項よりは考え抜かれた合理的なものになっていると評価してよいのではないでしょうか。

仲裁に関する注記:お客様が拒否(オプト・アウト)した場合、及び下記「仲裁合意」のセクションに記載される特定の種類の紛争である場合を除いて、お客様は、お客様と当社の間の紛争が拘束力のある個別仲裁により解決されること、及びお客様が陪審裁判を受ける権利又は原告若しくは集団訴訟の原告として集団訴訟若しくは代表訴訟と称されるものに参加する権利を放棄することに同意するものとします。
― 利用規約 3.仲裁に関する注記
お客様と当社との間で別段の合意がなされない限り、仲裁は、お客様の居住する国において行われます。お客様による請求額が10,000ドルを超えない場合、お客様が聴聞を請求しない限り又は仲裁人が聴聞が必要であると判断しない限り、仲裁は、お客様及び当社が仲裁人に提出する書類のみに基づいて行われます。お客様による請求額が10,000ドルを超える場合、お客様の聴聞に対する権利はAAA規則に従って判断されます。AAA規則に従うことを条件として、仲裁人は、仲裁の迅速性に沿うように、当事者による合理的な情報交換を指示する権限を有するものとします。
― 利用規約 20.5 仲裁場所及び手続き

なお、この仲裁合意は、最初に利用規約に同意した日から30日以内に限り、オプトアウトの手続きにより適用されないようにすることもできます。米国では早速オプトアウトを推奨する記事もでていました。

お客様がその他の紛争について訴訟を起こすことを望む場合、お客様が本規約を最初に承諾した日から30日以内に、その旨を当社に対して書面にて通知した場合(電子メールの場合は termsofservice@nianticlabs.com 宛に、又は通常の郵便の場合は2 Bryant St., Ste. 220, San Francisco, CA 94105宛に)(かかる通知を、以下「仲裁オプトアウト通知」といいます。)、お客様はかかる紛争を提訴する権利を有することとなります。お客様がかかる30日の期間中に当社に対して仲裁オプトアウト通知を行わない場合、上記(a)及び(b)に明示的に規定されたものを除き、お客様は、お客様による紛争提訴の権利を、故意にかつ意図的に放棄したものとみなされます。知的財産保護措置、又はお客様が期限までに当社に仲裁オプトアウト通知を行った場合の専属裁判管轄権及び裁判場所は、カリフォルニア州北区に所在する州及び連邦裁判所とし、本規約の当事者はそれぞれ、かかる裁判所の裁判管轄権及び裁判場所についての異議申立てを放棄します。
― 利用規約 20.2 仲裁合意


(5)免責および責任限定


利用規約においてもっとも重要な免責・責任限定条項です。こちらは日本の消費者契約法にも対応した、隙のないものになっています。責任の上限額として1,000ドルと天井を付けているのも、常識的なところかなと思います。グローバルな規約という意味で細かいことを言えば、「1,000"US"ドル」にしておいたほうがより安心ですね。

適用法令により許容される限度において、当社、TPC若しくはTPCI又は本サービス若しくはコンテンツの作成、製作若しくは提供に関与したその他の当事者のいずれも、(a)本規約に起因若しくは関連して、又は(b)本サービスの利用(若しくは利用できないこと)により、又は(c)本サービスの他のユーザー若しくはお客様が本サービスの利用に伴いコミュニケーション若しくは交流するその他の者とのコミュニケーション、交流若しくは会合により生じた、いかなる間接的損害、偶発的損害、特別損害、懲罰的損害賠償又は派生的損害(利益損失、データ若しくは業務上の信頼の喪失、サービスの中断、コンピューターへのダメージ若しくはシステム障害又は代替サービスのための費用を含みます。)についても、当該責任が保証、契約、不法行為(過失を含みます。)、製造物責任又はその他の法的根拠に基づくものであるかを問わず、また、当社、TPC若しくはTPCIが当該損害の可能性を知っていたか否かを問わず、たとえ本規約に定められた限定的な救済が、その本質的な目的を達成できなかったと判明したとしても、お客様に対して責任を負いません。一部の法域では、派生的損害又は偶発的損害に対する責任の除外及び制限を認めていないため、上記の責任の制限が適用されるのは、該当する法域の法令によって許容される最大限までとします。

本規約に起因若しくは関連して、又は本サービス若しくはコンテンツの利用若しくは利用できないことにより生じる当社、TPC又はTPCIの責任の合計額は、いかなる場合においても1,000ドルを超えないものとします。上記の損害の除外及び限定は、お客様と当社の間の取引の基礎となる不可欠の要素です。
― 利用規約 19.責任の限定


おまけ


現在は実装されていませんが、利用規約をみていると、Facebookアカウントとの連携や、

お客様は、(a)既存のグーグルアカウント、(b)既存のPokemonトレーナークラブ(以下「PTC」といいます。)アカウント、(c)既存のフェイスブックアカウント又は(d)将来において当社がサポートすることを決定するその他の既存の第三者のアカウント(アカウント作成画面において当該既存アカウントの選択を可能にすることによって通知されます。)をお持ちであれば、本アカウントを作成することができます。
― 利用規約 5.参加資格及びアカウント登録

ポケモンの交換機能も予定されていることが伺えて、興味深いです。

本アプリでは、本アカウントの保有者が、ゲームプレイ中に仮想上のアイテム(ポケモンのキャラクターや生物を含みますがこれらに限りません。)(以下「交換アイテム」といいます。)を捕まえたり交換したりできます。バーチャルマネーやバーチャルグッズ(下記参照)と異なり、交換アイテムの取得にあたっては、ゲームプレイ中の追加の課金は必要ありません。交換アイテムは、コンテンツの一つであり、当社は、お客様の個人的かつ非営利目的の本サービスの利用に関して、かかる交換アイテムの使用のための限定的、譲渡不可能、サブライセンス不可能かつ取消可能なライセンスをお客様に付与します。
― 利用規約 9.交換

最後にマニアックな所で、Appleとのデベロッパー規約においてアプリ提供者がアプリの利用規約に設置するよう義務付けられている条項群がある(しかし、ほとんどのアプリ提供者が無視している)のですが、これに対応しているのは大変すばらしいものの、“App Store”とすべきところが“Apple Store”になってしまっているところがあって、ちょっと微笑ましかったです。

お客様は、Apple Store から本アプリにアクセスし、これをダウンロードする場合、(a)Appleブランドの製品又はiOS(Appleの独自オペレーティングシステムソフトウェア)が動作する機器においてのみ、かつ(b)Apple Storeのサービス利用規約に規定される「利用規則」により許容された範囲でのみ、本アプリを利用することに同意するものとします。 お客様は、アプリストア又は配信プラットフォーム(例えば、Apple Store、Google Play又はAmazonアプリストア)(以下それぞれを「アプリプロバイダー」といいます。)から本アプリにアクセスし、これをダウンロードする場合、以下の事項を確認し、これに同意するものとします。(以下略)
― 利用規約 7.1アプリストアのアプリに関する追加規約


以上、分析してみて、さすがIngressで実績を積みGoogleからスピンオフしてできた会社のサービスだけあって、全体としてはしっかり考えて作りこまれた利用規約だな、という評価と感想です。

Pokémon Goのような<位置情報×AR>サービスを運営する事業者の法的責任

 
Pokémon Goがアメリカを中心に大ブームとなりつつあります。

Pokémon Goとは、スマートフォンに表示される現実世界をベースとした地図をゲームフィールドとして、ユーザーが実際に現実世界を歩きまわる=位置情報が更新されることで見つかるPoké-stopと呼ばれる拠点でアイテムを入手しながら、どこかに隠れているポケモンを探して捕獲し、さらに移動しながら捕獲したポケモンを育て、敵チームのポケモンとバトルしたり、ユーザー同士で協力してボスを倒すといったことを楽しむゲームサービスです。




「任天堂のスマホアプリが大ヒット」というような報道がされていますが、実際のところは、位置情報×ARサービスとして著名な“Ingress”を作ったNiantic,Incが発売元・販売元(任天堂・ポケモンカンパニーはNianticの株主でありライセンサーという立ち位置)となっています。日本でも2008年ぐらいに位置情報ゲームが一定の認知を得ていたと思いますが、個人的には、その性質上ハイテク好きのコアなユーザー向けゲームにどうしてもなってしまうのかなと思い込んでいました。位置情報に有力IPを使った親しみやすさとARの要素を掛け合わせることで、ここまでサービスを爆発的に流行らせることができるとは、さすがポケモン、さすがNianticです。

このゲームが市民権を得たことによって、今後<位置情報×AR>ゲームが続々とリリースされていくことでしょう。そして、そのようなゲームに共通するであろう特徴として
  • ゲーム世界でのアイテム取得・アイテムの育成・バトルのためにユーザーを現実に移動させる
  • ゲーム世界の拠点・アイテムをARオブジェクトとして現実世界の土地・建物内に設置する
  • ユーザーの位置情報を連続的に取得し、サーバーを介し多数ユーザーに共有する
といった要素が導入されることは、間違いなさそうです。そこで、ゲームに限らずこのような要素を盛り込んだ<位置情報×AR>サービスを提供するにあたり、事業者がその責任を問われることになるであろう法的リスクについて、実際にPokémon Goのヒットによって発生しはじめているトラブルを参考に、ざっくりと整理をしてみました。以下のとおり、大きく4つに分類できるのではないかと思います。


1)迷惑行為の誘引

サービスがユーザーの現実世界における注意力・判断力を減退させることで、歩きスマホ・ながら運転・危険エリアへの立入り等による迷惑行為や事故が発生する。

論点1−
サービスを運営する事業者が、ユーザーによる共同社会の利益を害する迷惑行為(いわゆるパブリック・ニューサンス)を誘引したことについての責任を負うか?
負うとすれば、それを減免するための注意義務はどこまでか?

2)所有権の侵害

他者が所有する土地・建物内にARオブジェクトを設置することで、その場所にユーザーが集まる。

論点2−
ARオブジェクトを設置した事業者が、土地・建物所有者が持つ権利(所有権・施設管理権)を侵害したことになるか?

論点2−
ARオブジェクトを設置した事業者が、ARオブジェクトの取得等を目指すユーザーの違法行為(不法侵入・不退去罪)を助長した責任を負うか?

3)知的財産権の侵害

他者が所有する知的財産にARオブジェクトを付着させたり重ねて投影することで、1つのオブジェクトのように表示しサービス内のプロパティとして一体利用する。

論点3−
ARオブジェクトの投影が、知的財産権の侵害(無許諾の改変としての著作権侵害、商標権侵害、著名表示冒用等不正競争防止法違反)となるか?

4)プライバシー権の侵害

位置情報をベースとしたユーザーのサービス内活動が、現実世界の氏名・肖像・住所・職業といった個人情報・プライバシー情報の意図せぬ流出・漏洩を引き起こす

論点4−
事業者として、情報保護法制の観点から求められるユーザー同意取得の水準は、通常のネットサービスより高くなるか?

論点4−
EUユーザーが、他国に越境しサービスを利用する場合において、4月に欧州議会で承認されたEU一般データ保護規則(General Data Protection Regulation)に抵触しないようにするには、どうすべきか?


論点2や3については、ARサービスがカネになるビジネスとして育てば育つほど、原権利者(地主や著作権者ら)の権利とAR事業者との対立を調整する立法も必要になるかもしれません。その一方で、論点1や4については、ARが多くの人にとって普通のものとなれば(つまり人間の側がARに順応すれば)、落ち着くところに落ち着くような気もします。今はPokémon Goの突然のブームで初めてARサービスを実体験している人たちによって騒ぎが起きているものの、かつてIngressでも同じような事件・事故は起きていたからです。4−△離如璽燭留朸問題については、通常のネットサービスよりもユーザーの移動モチベーションが高まるため頭の痛い問題になるでしょうが、法的に特殊な対応を考えなければならないものは、全体としては心配されているほど多くはないのではないかと考えています。

なお、Pokémon Goはまだサービスインから間もなく、ユーザーからの課金方法またはAR広告の態様などについて明らかでない部分もあり、その方法によってはリスク評価が大きく変わる可能性もあります。また、(Pokémon Goはそんなことはしないと思いますが)ARがポルノや出会い系と言った性風俗分野のサービスと融合することで、別途特有のリスクが生じるケースはあるかもしれません。
 

一般的なARビジネスの法的論点について述べた書籍としては、いま販売されているものではこちらが一番まとまっていると思います。上記Pokémon Goの事例では論点としては挙げていない「ARによる広告の不当表示や書き換え」といった問題についても言及があります。




Pokémon Goの法的論点について述べているサイトのリンクも貼っておきます。

▼POKEMON GO AND THE LAW OF AUGMENTED REALITY
http://www.technollama.co.uk/pokemon-go-and-the-law-of-augmented-reality

▼Is PokemonGo Illegal?
http://associatesmind.com/2016/07/11/is-pokemongo-illegal/

▼Pokemon Go Ushers in a New, Augmented World of Legal Liability Concerns
http://www.jdsupra.com/legalnews/pok-emon-go-ushers-in-a-new-augmented-36311/

▼How Pokemon GO Players Could Run Into Real-Life Legal Problems
http://www.hollywoodreporter.com/thr-esq/how-pok-mon-go-players-909869

▼Signs of the Times: How Pokemon Poses Municipal Regulation Questions
http://ht.ly/VKc8302i3iF

▼Your Pokemon Go Legal Rights … Don’t Get in Trouble!
http://lawnewz.com/high-profile/your-pokemon-golegal-rights-dont-get-in-trouble/

▼Pokemon Go Strips Users Of Their Legal Rights; Here’s How To Opt Out
https://consumerist.com/2016/07/14/pokemon-go-strips-users-of-their-legal-rights-heres-how-to-opt-out/
 

【本】『ネット炎上の研究』― 炎上騒ぎを利用するメディア

 
NHKの番組等でも取り上げられ、話題となりつつある本書。「企業はむやみな情報発信を控えよ」と説教するばかりの従来のネット炎上対策本とは一線を画し、炎上参加者を定量的に分析したうえで、人々の自由な情報発信を萎縮させないために社会として炎上をどう抑制するかを提言します。


ネット炎上の研究
田中 辰雄 (著), 山口 真一 (著)
勁草書房
2016-04-22



本書前半では、これまでの日本のネット炎上事件を網羅的にまとめています。2016年4月刊行ということもあり、直近ではオリンピックエンブレム事件あたりまでがフォローされています。炎上した経緯、ブログ記事のスクリーンショット、SNSの写真(プライバシー配慮の目隠しあり)や企業側の謝罪文等の集積は、資料的な価値も高いと思います。

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著者らはこれらを振り返ったうえで、アンケート調査および日経テレコン/Twitterデータ等をもとに独自の定量的分析を行い、炎上発生と拡大のメカニズムを明らかにします。ちなみに著者らの分析による犯人像は、

炎上に積極的に参加している人は、年収が多く、ラジオやソーシャルメディアをよく利用し、掲示板に書き込む、インターネット上でいやな思いをしたことがあり、非難しあっても良いと考えている、若い子持ちの男性であるといった人物像(P112)
炎上事件に伴って何かを書き込む人はインターネットユーザの0.5%程度であり、1つの炎上事件では0.00X%のオーダーである(P137)

だそうです。

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私も何度か所属組織でネット炎上に巻き込まれた経験があります。そうした経験を何度か重ねると、慣れ・落ち着き・開き直りのようなものがでてきて、炎上当事者になってもあわてずに状況の観察ができるようになります。そのうちに、自分が関わらない団体で発生した炎上についてもわがごとのように注意深く観察するようになりました。そこで私が感じていたのは、
  • 炎上参加者のほとんどが10代後半〜20代前半の時間を持て余した若者である
  • 鎮火させようと反応するほどかえって燃料を提供することになるためほうっておくのがよい
ということです。本書の調査の母集団が20歳以上ということもあってか、人物像は私の観察経験から少し乖離していますが、本書の分析結果の信ぴょう性は高そうというのが私の感想です。


ところで、本書では取り上げられていなかった点として、ネット炎上騒ぎにおけるメディアの責任についても、もう少し真剣に検討したほうがよいと思っています。炎上の功罪が話題になるときにはいつもSNSやそこで炎上加担者となる一般人ばかりが批判の矢面に立たされているのですが、それ以上に、マスメディアが「取材コストを掛けずに手軽にニュース化できるネタ」として安易に取り上げる姿勢に問題があるのではないか、と常々感じています。

 twitter等で炎上発生
   ↓
 △泙箸瓮汽ぅ箸でき被害とは無縁なネットユーザーたちも騒ぎだす
   ↓
 B膽蠖景梗劼自己の運営するウェブサイトの記事として記事を掲載
   ↓
 い修離ΕД峙事を見た読者が義憤にかられそれを拡散しエスカレート
   ↓
 タ景綱椹罎了飜未坊悩
   ↓
 Δ修凌景控事をさらにテレビが取り上げて・・・

結局、新聞社という社会的にはその名義に信用力を備えたメディアがそれを取り上げるかどうか、具体的にはまたはイ離譽戰襪飽楾圓垢襪どうかが、ネット炎上全体の大きさと企業側の対応コストを左右する2つの大きな分水嶺になっています。メディア側としては、紙面や電波という有限なリソースを割いて取り上げるまでのバリューがあるかを、ウェブでのネットユーザーの反応を見ながら決めているところがあると思います。しかし、本書の分析通りここで焚き付けている人々がほんの一握りの同一人物だとすると、社会全体がその一握りに踊らされている感は否めません。

というか、メディアもそれを分かっていてやっているというのが、本当のところなのでしょう。
 

【本】『その音楽の<作者>とは誰か リミックス・産業・著作権』― VRによって加速する古典的著作権からのパラダイムシフト

 
法務パーソンが音楽著作権処理の実務に携わると、業界の現実や慣習が著作権法の建前どおりになってないことがあまりにも多すぎて、イライラします。といっても、法律が現実や慣習にあわせてキレイに改正されるチャンスは、そうそう巡ってくるものではありません。

こんな状況がいつまで続くのやらと重たい気分になるのですが、そのイライラの原因を具体例をもって解きほぐし、法務パーソンの精神の健康を支えてくれるのがこの本。





英米法的「コピーライト」と大陸法的「著作権」との衝突


著者増田聡先生が指摘する、イライラの根本原因は、一言で言えばこれ。

著作権制度上の「楽曲の権利者」はその音楽の「作者」とは必ずしもイコールではない。(P154)

その理由と歴史的背景について、英米法上の“コピーライト”と大陸法の“著作権”制度の成り立ち、およびベルヌ条約の批准を目的として、混乱の最中で制定された日本の著作権法の成立の過程を、詳細に紐解きます。

コピーライトの原理はあくまでも「複製」に関わる経済的利権の配分や調整に発したものであり、情報複製産業の秩序維持と国家によるその統制との間で発展してきた法制度であって、「作者の権利」保護とは異なる理念に発したものである点だ。端的に言えば、コピーライトによって保護されるのは「(芸術)作品」の価値というよりも、作品の「商品」としての価値である。(P103)
「著作権」はコピーライトと異なり、保護の焦点は「作者」にある。作品は作者の人格の表現であり、故に作者が及ぼす作品への支配権は法的に正当化される。その作品から生じる経済的利益を作者が享受するのはもちろん、英米的コピーライトには見られない、作品の改変やその公表、あるいは氏名の表示・非表示などのコントロールを作者に与える「著作者人格権」(仏 droit moral)もまた原理的に当然認められることになる。後述するベルヌ条約に加盟することによって始まった日本の著作権制度も、法制度上この制度に分類される。(P104)

こうして大陸法を前提とした法律を作っておきながら、音楽の現場では、商業的な必要性から英米法的な著作権処理がなされ、法制度の例外として部分部分でこれを受け容れてきたという実態があります。法務パーソンとしてはここにイライラを感じるわけです。なんで法律と現実が綺麗に整合していないんだ!と。


広告音楽における大陸法的「著作権」の放棄事例


ここでいう法律と現実が綺麗に整合していない事例として、本書では、クラブ・ミュージックの現場と、広告と音楽のタイアップ・システムの2点を取り上げています。

個人的には、クラブ・ミュージックに関する指摘についても(弊ブログのこの記事この記事などで触れたこととの重なりも多く)頷くことばかりでしたが、弊ブログの読者層に本書を紹介するという意味では、広告音楽タイアップの事例のほうが親しみやすいでしょう。

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広告音楽タイアップにおいて音楽提供サイドは、著作権制度が保証する経済的権利(広告における著作物使用料)を放棄し、迂回した形(プロモーション効果による楽曲のヒット)で音楽からの収益を期待する。この広告音楽タイアップの戦略は、法的な理念の上では「作者の権利」であったはずの著作権が、「出版権」「原盤権」という形に変換され、複雑な業界の力関係のなかで経済的なリソースを担保する利権となってやりとりされている現状を顕著に示している。広告音楽を、著作物使用料を期待できるビジネスの場として用いるか、あるいは楽曲のプロモーションの場として著作物使用料を免除するか、といった音楽提供サイドの戦略は、公益法人であるJASRACをもアクターとして巻き込みながら、複雑な業界諸アクター相互の力関係により媒介される。そこでの著作権制度は、うまく利用して経済的価値を生み出させるための装置である一方、JASRACの規定改定に見られるように、業界内の力関係を反映して変容していくものでもある。

先に概観したように、日本の著作権制度は大陸法的な「作者の権利」の保護という原理を機軸に成立しているとされる。がしかし、それはあくまでも法的なレベルでの理念であって、現実の音楽著作権ビジネスの実務においては、「出版権」「原盤権」という音楽産業のシステムにおいて慣習的に成立している利権を、さまざまな使用実態のなかでいかに効率的に活用していくかがポイントになることが見て取れる。(P151-152)


「現実」と「仮想(拡張)現実」の区別の崩壊


著者自身は、こういった現状については「肯定も否定もしない」「ただできることは(略)諸概念のささやかな交通整理を行うことであるにすぎない」と本書冒頭P8で宣言しています。それもあってか、本書はその末尾P206で、名和小太郎著『サイバースペースの著作権』を紹介しながら、こうおとなしめに締めくくられています。

名和小太郎は、今日の著作権制度における基本的原理を揺動させている諸原因を、大きく七つにまとめている(名和1996:174ー176)。
1 個人的制作から集団的制作への変容
2 既存の著作物を素材にする著作物の増加
3 ネットワークにおける著作物(どこの国の法律を適用するか)
4 コピー技術の発達によって、著作物使用の許諾権が行使し難くなる
5 市場をバイパスして流通する著作物の増加
6 伝統的著作物の諸カテゴリーを横断するようなデジタル著作物の増加(マルチメディア作品など)
7 「複製」と「公衆伝達」の区別の崩壊(インターネットなど)
古典的な著作権制度の基盤を危うくしているこれらの社会的変化は、その制度が依拠している原理、十九世紀的な作者概念のゆらぎの原因でもあり、その結果でもある、ということだ。

しかし、ビジネスに携わる者として、著作権制度についてこれだけの不安定な要素が見えている現状を看過できないのではないでしょうか。

そして私から付け加えるならば、2016年の今、ここにさらにもう一つの社会的変化がはじまりつつあるということを指摘しておきたいと思います。それは、

8 「現実」と「仮想(拡張)現実」の区別の崩壊(Virtual Realityなど)

です。


このVine動画内で実演されているのは、VR Chatというコミュニケーションプラットフォームです。VR技術の利用事例としては非常に単純なものですが、このような、ヘッドマウントディスプレイの中に広がる360度の「VRという別世界」の中で、他人のアバターがディスプレイやスピーカーでコンテンツを視聴している姿を私のアバターがヨコから垣間見る、というシチュエーションにおいて、
  • 私以外のアバターが、「現実世界」の私の書籍を「VRという別世界」で“私的”に閲覧する
  • 私以外のアバターが、「現実世界」の私のバンドの曲を「VRという別世界」で“私的”に演奏する
とき、どのような権利処理がなされるべきか?単にブラウザやアプリを通じSNS上で他人の著作物を利用するのとはまた違った、複雑な問題を孕んできます。

ブラウザ・アプリ時代のインターネットによって著作権制度が大きく揺らいだとはいえ、英米法・大陸法ともにパラダイムシフトと呼べるほどの変化には至らず、いわば小康状態が続いてきました。ここで次の技術であるVR技術がインターネットのプラットフォームになるかもしれないという未来が見えてきた今、その変化の加速度は一気に高まり、臨界点を迎えようとしているように思います。
 
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