企業法務マンサバイバル

企業法務を中心とした法律に関する本・トピックのご紹介を通して、サバイバルな時代を生きるすべてのビジネスパーソンに貢献するブログ。

法務

秘密保持契約と「利用目的」条項

 
そのほとんどが、現場担当者に「とりあえず挨拶代わりに結んでおけばいい」とすら思われ単なるペーパーワークになりがちな契約書である一方で、それをレビューをする法務が手を抜くと怖いことになることもある秘密保持契約について考える不定期シリーズの2回目。

今回は、「利用目的」条項について。
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秘密保持契約では、開示した秘密情報を目的外に利用することを禁止する規定が必ずあります(たまにそれを忘れている契約書を目にすることもあります汗)。そして目的外の利用を禁止する前提として、あらかじめ開示の目的を明確にしておく必要があります。多くの秘密保持契約書のひな形において、その目的がなんであるのかを記載する部分は、頭書とよばれる契約書の冒頭に置かれています。たいていの場合、1行分ぐらいの自由記入欄が用意されていて、そこに現場担当者が適当に契約の目的を書き加え、契約の相手方と調整し、法務がその言い回しを適当にチェックするという流れになります。以下がその記載例で、これは少しふわっとしたあまりよくない書き方の例ですが、実際こういう文言で締結してしまっているケースは少なくありません。

株式会社A(以下「A」という)および株式会社B(以下「B」という)は、X分野における協業の可能性を検討することを目的(以下「本目的」という)として、互いに開示する情報の秘密保持に関し、以下のとおり秘密保持契約(以下「本契約」という)を締結する。
This confidentiality agreement(this "Agreement") is entered into between A, Inc ("A") and B ("B") regarding the confidentiality of the information disclosed to each other for the purpose of considering the possibility of an alliance in the area of X (the "Purpose")


さきほど「現場担当者が適当に書いた」利用目的を「法務が適当にチェックする」と言いました。心ある法務パーソンであれば、適宜ヒアリングを行いながら「利用目的を限定的に書いておかないと、相手方にその情報を本件と全然関係のない目的外の利用をされても、相手に文句言えなくなってしまいますよ」というアドバイスを添えていることでしょう。一方で、現場担当者には多くの場合、将来その取引がどこまで広がるかを想定できない、限定的にせずむしろ広がりを持たせておきたい、といった心理が働きます。その衝突の結果、上記例のようなふわっとした書き方になるケースが散見されるというわけです。

この書き方に関する現場と法務の立場の衝突に関しては、西村あさひ法律事務所森本大介ほか著『秘密保持契約の実務』P21にも、

あまりに広く目的を定めると、受領当事者が当初の想定を超えて自由に受領した情報を使えるようになってしまうし、他方で、あまりに狭く目的を定めると、受領当事者が当初の想定の範囲内で使用したにもかかわらず、意図せず契約違反を犯してしまうことにもなりかねない
秘密保持契約を締結することになった主な取引以外に関連する取引がある場合には、その関連取引についても契約の目的とするか否かを検討する必要がある。たとえば、ある会社の株式を譲り受けるにあたって、株式を譲り受ける前にその会社の資産の一部を第三者に切り出したりすることを株主と一緒に検討するには、(略)「AによるBからのX会社株式の譲受けおよびそのために必要な取引の可能性を検討する目的」と記載するほうが正確
取引スキームが決まっていない場合には、想定される取引スキームが網羅されるような目的を設定する必要がないか検討する必要がある。たとえば、基本的には合併による企業の統合が予定されている場合であっても、デュー・デリジェンスの結果によってはその他のスキームがあり得る場合には、「合併その他の両者の(全部または一部の)統合の可能性を検討する目的」といった目的を定めるほうが正確

といった具合に、悩ましいものの十分な検討が必要なところとして取り上げられています。法務パーソンとしては利用目的はより限定的に記述すべきだとわかっていても、実際に利用目的の書き方が仇となって揉めたリアルな事例がないと、現場担当者を納得させられず、広めの規定ぶりで妥協してしまいがちです。


このような、現場担当者の納得を得たい場面での紹介に適した、利用目的条項の定め方の曖昧さによって生まれるリスクが現実のものとなった事例がないものかと探していたところ、アンダーソン・毛利・友常法律事務所石原坦ほか著『英文契約書レビューに役立つ アメリカ契約実務の基礎』P140‐141に、Martin Marietta Materials, Inc. v. Vulcan Materials Co., No. 254, 2012 (Del. Jul. 12, 2012) が紹介されていました。

この利用目的の解釈がいかに重要であるかを示す例として、M&Aの「Transaction」を目的とした秘密保持契約の条項の解釈をめぐって争いとなった米国デラウェア州最高裁判所の裁判例がある。
過去にMartinとVulcanは、友好的な合併を目指して協議を行っており、その過程において両社は秘密保持契約を締結して情報を開示していた。しかしながら、当該交渉が決裂したため、Martinは、Vulcanに対して、交渉の過程で取得した情報を利用して、敵対的買収を仕掛けたのであった。本件秘密保持契約上は、利用目的として、「solely for the purpose of pursuing and competing the Transaction」と規定されており、この「Transaction」の定義が、「a potential transaction being discussed by Vulcan and Martin」とされていたことから、本件訴訟においては、論点の一つとして、友好的合併のみならず敵対的買収もこの「Transaction」に含まれるか否かが争いとなったのである。

争いとはなったものの、このケースでは最高裁判所が「契約書上は明確ではないが利用目的は友好的な取引のみが含まれる」という原告に寄り添った解釈をし、秘密保持契約違反を理由に敵対的買収を差し止めることができました。結果オーライとはいえ原告法務担当者は冷や汗をかいたんじゃないでしょうか。なおこの事例については、ちょうど2016年末に発行されたばかりの旬刊商事法務No.2121 P70で、龍谷大学今川嘉文教授による判例解説が掲載されていましたので、ご興味あればぜひお読みになることをお勧めします(なお、本稿には本件対策としてのスタンドスティル契約の必要性についても述べられています)。


さて、目的外流用リスクが現実のものとなることがあるのは分かったとして、じゃあ、秘密保持契約書において、具体的に利用目的はどのように規定しておけばいいのか?についてです。

たとえば、先ほど紹介した『秘密保持契約の実務』では、上記Martin v. Vulcan裁判例への具体的な言及はないものの、おそらくこれを意識したであろう記載がありました。

「合併その他の両者の統合の可能性を検討する目的」と定めるのではなく、「合併その他の両者の友好的な統合の可能性を検討する目的」と定めることによって、友好的な統合・買収の検討・交渉の過程で開示を受けた情報を敵対的買収に転用すること(典型的には、買収価格の算定に利用すること)を目的外使用と位置付けることができる。

続く解説に、この文言によっても裁判での差止等の実効性には懸念あり、とノリツッコミのような注意が書かれていましたが、実際、話しているうちにこの相手とは組めないなとなることはあるので、「友好的な検討・交渉・協議のため」と秘密情報の利用目的を限っておくのは、M&Aに限らず多少の意味はあるかもしれません。もちろん、友好or敵対という状態が主観的なものに過ぎず、その立証も難しそうではありますが。

友好的/敵対的M&Aといった特殊な取引でない一般的なケースでの文例としては、宮田正樹著『英文契約書ハンドブック』P64の文例などがちょうどよいかと思いますので、こちらもご紹介しておきます。せめてこの程度の特定・限定が必要になるのではないかと考えます。

This Agreement made for the purpose of setting forth basic matters regarding the maintenance of the confidentiality of Confidential Information (as defined in Article 2) disclosed by either Party to the other Party in connection with to integrate energy saving function into the boiler developed and sold by either Party hereto ("Purpose").

[訳文]
この契約は、いずれかの当事者が開発し販売するボイラーに省エネ機能を組み込むこと(以下「本目的」という)に関して、いずれかの当事者が相手方当事者に対し開示する秘密情報(第2条に定義する)の秘密保持に関する基本的な事項を定めることを目的とする。

そのほか、規定の厳密さと運用のフレキシビリティを両立させるアイデアとして、秘密情報を開示するたびに、開示側当事者が当該個別秘密情報ごとの個別の利用目的を特定・限定して開示するスタイルをとってもいいのでは、と提案したことがあります。しかし、事務的な負担が増加することに対する懸念や、過去にそういったスタイルをとる事例がみられないからか、理解を示してくれたことがほとんどありません。

そういうフィードバックをもらうたびに、そもそも契約書を交わしてまで守らせたい秘密だったのでは?面倒はいやだけど守りたいと言っているその情報って大した秘密じゃないんじゃないか?と思ってしまいますが・・・。
 



英文契約書レビューに役立つ アメリカ契約実務の基礎
石原 坦
レクシスネクシス・ジャパン
2016-10-17


元商社ベテラン法務マンが書いた 英文契約書ハンドブック
宮田 正樹
日本能率協会マネジメントセンター
2016-09-25

【本】『Venture Deals』― イノベーションのジレンマを破る手法としてのマイノリティ出資

 
米国におけるベンチャー投資の条件交渉の温度感を踏まえた、優先株による投資契約(の前提となるタームシート)の内容とポイントをわかりやすく説明してくれる定番書。その第三版が刊行されました。





第二版との主な差異は、Crowd Fundingの解説が独立の章として加筆された点。glossaryおよび索引にも充実が見られました。本書のウリであるタームシートのサンプルについては、レイアウトが見やすくなった点以外の変更は加えられていませんでした。私がチェックしたところ数字をfill inすべきアンダーバーが消えるなど第二版にはなかった誤植が複数ありましたので、ご利用の際はお気をつけ下さい。


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本書第二版の魅力については、すでに柴田・鈴木・中田法律事務所柴田先生のブログbizlaw_styleや、ビジネスロー・ジャーナル2017年2月号のブックガイド特集P58掲載の安田正修さん寄稿で紹介されているとおりです。私から付け加えるとすれば、たとえば下記引用部のConvertible Debtやvaluation capなどの仕組みの解説部分で見て取れるように、ベンチャー投資に携わったことがない人にもイメージが湧くよう、具体的な数字をあてはめて契約条項の効果・動きを解説しようという姿勢が貫かれているのが、この本のいいところだと思います。

Convertible debt is just that: debt. It's a loan. The loan will convert to equity (preferred stock, usually) at such time as another round is raised. The conversion usually includes some sort of discount on the price to the future round.
For example, assume you raise $500,000 in convertible debt from angels with a 20% discount to the next round, and six months later a VC offers to lead a Series A round of a $1 million investment at $1.00 a share. Your financing will actually be for $1.5 million total, although the VCs will get 1 million Series A shares ($1 million at $1.00 per share) and the angels will get 625,000 Series A shares ($500,000 at $0.80 per share). The discount is appropriate, as your early investors want some reward for investing before the full Series A financing round comes together.
The next economic term is the valuation cap, also known as the cap. The cap is an investor-favorable term that puts a ceiling on the conversion price of the debt. The valuation cap is typically seen only in seed rounds where the investors are concerned that the next round of financing will be at a price that is at a valuation that wouldn't reward them appropriately for taking a risk by investing early in the seed round.
For example, an investor wants to invest $100,000 in a company and thinks that the pre-money valuation of the company is somewhere in the $2 million to $4 million range. The entrepreneur thinks the valuation should be higher. Either way, the investor and the entrepreneur agree to not deal with a valuation negotiation and instead decide to consummate a convertible debt deal with a 20 discount to the next round.

なお、上記引用で紹介されているConvetible Debtに加え、貸金業規制リスクを回避しつつ契約としてのシンプルさも追求したSAFE(Simple Agreement for Future Equity)・KISS(Keep It Simple Securty)といった新しい投資スキームが開発され、実際に取引で利用される事例も目にするようになってきました。これらについて日本語で解説されたものとしては、
・森・濱田松本法律事務所の増島先生が執筆されているStartup Innovators
・TMI綜合法律事務所の3弁護士が執筆されているBizlawInfo
・IT企業でインハウスとしてお勤めの岡本先生が執筆されているJPxSV Startup Lawyer
などは大変参考になります。是非ご覧になってみてください。


米国のみならず、日本でも金融機関でない一般事業会社がコーポレートベンチャーキャピタル(CVC)の機能を企業内に抱え、ベンチャー企業にマイノリティ出資する例は増えています。先日読んだある本には、その理由として、ベンチャー企業への投資を「ゆるやかなアライアンス」または「新規事業の育成」と位置づけ、それによって大企業が陥りがちなイノベーションのジレンマ(既存事業の成功に囚われ破壊的技術にリソースを振り向けられない状況)を回避しようとしているのではないか、と書かれていました。確かに、比較的ベンチャー企業に接点が多い私が見聞きする事例でも、そういった目的で行われるCVC投資は多くなっています。

事業会社の法務パーソンが企業の成長投資に直接的に絡むチャンスは、大が小を食うM&Aのような、職業人生において数回出会うかどうかといった機会にこれまで限定されていました。上記目的で行われるCVCを通じたベンチャー企業へのマイノリティ出資というスタイルが広まれば、従来型の株式の発行・譲渡とは異なる投資スキームに関する知識の必要性も高まることになりそうです。そういった時代の到来を見据えて、今から予習をしておいても損はないものと考えます。
 

【本】『ベンチャー企業の法務AtoZ』― 投資契約のセミナーなんて受講する暇があるわけもない経営者と、彼らを支える投資家たちへ

 
AZX総合法律事務所の雨宮美季先生よりご恵贈いただきました。ありがとうございます。

起業家が会社を興し、人材とお金を集め、成長軌道に乗せるまでに、最低限どのような法律上の手続き・契約書等の文書・社内制度を構築しなければならないか?繰り返されてきたこの問いについて、近年のベンチャー経営の傾向を的確にとらえた上で、経営者サイドにもそれを支援する投資家サイドにも役立つ書籍が初めて誕生したように思います。





“初めて”というのはちょっと言い過ぎのように思われるかもしれませんが、私が本書にそれを感じたのは、類書では見られなかった、第V章の「資金調達、ファイナンスにあたっての注意点」の充実ぶりにあります。投資契約(株式引受契約および株主間契約)について、優先株や新株予約権付社債などの制度設計に関する注意点にも触れながら、経営者と投資家の両視点を踏まえて具体的な交渉のポイントを明示してくれている点です。

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私の理解するところでは、AZX法律事務所さんは基本的にベンチャーの経営者サイドの支援をされていることの方が多いと思います。しかしながら、起業家として成功するためには、リスクを一緒に背負う投資家の存在が不可欠。どちらか一方だけを有利にするということではなく、両者のリスクに関する理解を深めさせそれに基づいた会話(交渉)をきちんと成立させることがまずは必要だという信念のようなものを、本書の端々に感じました。たとえば、投資契約では必ず存在する表明保証条項についての一節より。

表明保証条項の確認は、会社の現状と合致しているかを確認するということになりますが、確認の結果は以下の3つに分かれるのが通常です。
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異なる事実がある(例:実は商標権を他社に保有されている)
自分ではわからない(例:「訴訟を提起されるおそれがない」か否かは、相手次第なので自分ではわからない)
,呂修里泙泙任茲い任垢、◆↓は手当てが必要です。
「異なる事実がある」ケースは、投資家にこのような事実がある旨を告げて、投資契約の表明保証条項に例外として明記してもらう必要があります。
なお、この場合、起業家側が「商標の問題があるので、この条項は削除してください」と修正を要請する場合がありますが、条項全体を削除してしまうと、当該商標以外の表明保証までなくなってしまうため、通常、投資家は、条項全体の削除には応じてくれません。あくまでもただし書きで例外事項を明記するのが正しい対応方法と言えます。
次に「自分ではわからない」ケースは、「〇〇のおそれがない」という形の規定や、自分以外の取引先、関連会社、株主、役職員の状況に関する規定などでよく生じることがあります。
このような場合は、「発行会社の知る限り」などの文言を追加して、自ら把握している範囲では正しいことを保証するという形に修正するのが一般的です。
これに関して、投資家側から「知り得る限り」に修正するよう求められるケースもあります。これは、会社側として「知りえた=合理的に調査すれば分かった」事項については保証してくださいというものです。
「知る限り」では、知らなければ免責されるのに対して、「知り得る限り」では、知らなかったとしても、知らなったことについて調査不足などの落ち度があった場合には免責されないということになります。
この点、どの程度の調査をするべきかは、対象事項の重要性や調査に要する一般的な費用や時間などを考慮して、発行会社の当時の具体的な状況に即してケースバイケースで判断されるので、多少曖昧な概念といわざるを得ない面があります。
しかし、妥協点としては、「知り得る限り」で妥結しなければならないケースも多いのが実情です。投資家と起業家の双方が上記の意味の違いを理解して、合理的に交渉を進めることが望まれます。

上記引用部の太字部分などは、書籍化にあたってなかなか書きっぷりが悩ましいところだったのではないかと推察します。事業会社がベンチャーに投資することも増えてきた中、こんなスタンスでの投資契約の解説書を待っていたという方は少なくないのではないでしょうか。

また、Q&A形式の書籍というと網羅性に疑問を感じる方もいらっしゃるかと思います。本書のQ&Aのスタイルは、ある法領域に関する解説をはじめるきっかけ・フリとしてのQuestionがあり、Answerではその領域に関する概念を紙面の許す限り体系的に説明するところからスタートする形となっています。上手な講師によるわかりやすいセミナーを紙面で読ませてもらっているような感覚、といったら伝わるでしょうか。本書の主な読者層にはとっつきやすいスタイルだと思いますし、そもそもそういったセミナーを受講する暇などないであろう若手経営者・投資家には、必要なところだけをつまみ食いできるので効率的です。欲をいえば、セミナー的なノリをもっと前面に出したスタイル、たとえばパワポのスライドを各節ごとに出して、それを先生方がセミナー形式でしゃべっている「実況中継シリーズ」的なスタイルにしていただいたら、より本書の親しみやすさが伝わりやすい形になったかもとは思いました。


ベンチャーにおける起業家と投資家の関係や契約交渉のポイントについては、磯崎哲也先生の『起業のエクイティ・ファイナンス』や、最近邦訳がでたばかりのガイ・カワサキ『起業への挑戦』にも一部触れられていましたし、また先般「日々、リーガルプラクティス。」さんが紹介されていた『Venture Deals』も第3版が出るなど、その悩みやノウハウをタイムリーに見聞きできることが増えてきたように思われます。外部関係者も交えて新しいビジネスの立ち上げを支援するという立場である法務として、キャッチアップが欠かせない領域になりつつあることを感じます。
 

【本】『英文契約書作成のための和英頻出用例辞典』― 分冊化でさらに捗る英借文

 
2012年刊『英文契約書作成のための和英用語用例辞典』が、パワーアップして帰ってきました。

 



旧版では1冊350ページだった『用語用例辞典』が、新版ではそれぞれ400ページ超の『用語辞典』と『用例辞典』の2分冊となりました。単純計算で旧版から2倍超の情報量となります。本日オススメするのはそのうちの後者。


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旧版を利用しはじめたころは、用語・熟語・連語もあわせて和英から引けるということにありがたみを感じていたのですが、そのうち、その単語が使われる英文契約書上の用例を調べて「英借文」するという利用方法だけに特化されていったので、今回の分冊化で“用語”部分が分かれたおかげで私にとっては余計だった情報が減り、使いやすくなりました。

中上級者にとっては、和→英から探すというワンクッションが入ってしまう(旧版に引き続き英語の逆引きインデックスもない)点がまどろっこしいかもしれません。そういう意味では、『新編 英和活用大辞典』の英文契約書版をどなたかが書いてくださるとありがたいのですが。
 

EUのクッキー規制対策があちらの世界にイッちゃってて参考になる件


EU一般データ保護規則(General Data Protoction Regulation:GDPR)が正式に可決してはや半年。違反した場合には2,000万ユーロまたは前年度の全世界売上の4%のいずれか高い金額が制裁金として課されることもあり、2018年5月25日の施行日に向けて本格的な準備に入られている企業も多いことかと思います。

この影響かもしれませんが、いわゆるEUクッキー法(e-Privacy Directive)が施行された2012年ごろから対策が徹底されてきたEU圏のウェブサイトを訪問すると、トラッキングクッキー取得の同意ダイアログのトーンがまた一段階厳密になってきたような印象を受けます。

そんな中でも、先日私が衝撃を受けたサイトが、The Next Webさんです。

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吹き出しが現れ、“クッキー”をおでこの上に乗せた男性が。

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おもむろに顔の上でこのクッキーを滑らせはじめ、

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手を使わずに口に運び・・・

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パクっと食べて、

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ヤッターみたいな顔になっておりますwww


iPhoneのブラウザでこの動画(アニメーション)を見た瞬間、度肝を抜かれました。私は職業柄「クッキー取得の同意依頼をギャグ混じりにやってるわけね」と意味を察することができたのですが、サイトの動画コンテンツか、もしかするとうざったい全画面広告か何かと誤解される方もいたんじゃないでしょうか・・・。


私がこのスクショをとったのは10月5日のこと。その後、さすがのThe Next Webさんもやり過ぎだと思ったのか、本日現在はクッキーが目の上に載った写真だけに変わってしまい、動画(アニメーション)はやめられてしまったようです。残念。それでも顔にクッキーを乗せている静止画は見られますので、ぜひご訪問なさってみてください。

ここまでイッちゃってる事例もある中、EUにおいてどんなトーンや手法で有効なクッキー同意を取得すべきかについては、まだまだいろんなアイデアが出てきそうです。
 

【本】『数理法務のすすめ』― “経験”ではなく“論理”で経営者にアドバイスをするために必要となる法律以外の知識とは(追記あり)


2014年のマイベスト法律関連書籍であった『数理法務概論』の翻訳者のお一人である西村あさひ法律事務所 草野耕一先生が、その応用編として書き下ろしたのが本書。一読して理解できるような本では決してないものの、普段の仕事を数段上の高みに引き上げるきっかけを与えてくれる、おすすめ書籍となっております。


数理法務のすすめ
草野 耕一
有斐閣
2016-09-09



特に企業法務に直結するのは5〜6章「財務分析」でしょう。まず、法務がなぜファイナンスを学ぶべきなのかについて。経営者に対して“経験”ではなく“論理”でアドバイスするのが法務パーソンの役割である以上、ファイナンスの知識が絶対に必要だということが、明快に述べられています。

あなたが顧問をしている企業の経営者からM&A取引や自社株買いあるいは公募増資などの具体的な経営政策の当否について意見を求められたとき、あなたは何と答えるのであろうか。「それは法律問題ではないので、あなた自身がお決めください」。あるいは、「私がいえることはただ1つ。善良な管理者の注意を尽くして行動して下さい」。これではあまりに情けない。提示された政策の当否について会社法の知識とその企業を取り巻く状況を踏まえてできるだけ明確な意見を述べてあげたい、そうあなたも思うのではあるまいか。しかしながら、企業経営をしたことのないあなたには提示された政策が企業に何をもたらすかを経験的に知るすべがない。したがって、その政策を会社法の理念に照らしてどう評価してよいか分からず、結局のところ有益な意見を述べることができない。(P168)
このジレンマを打開してくれるものがファイナンス理論である。ファイナンス理論は経営政策の帰結を論理的に明らかにするものだからであり、その帰結と法律知識を結びつけることによって提示された政策の当否を(経験的ではなく)論理的に語ることが可能となる。これこそは法律家であるあなたにふさわしい意見の述べ方であり、それができる能力を養うことに法律家がファイナンス理論を学ぶ最大の意義がある(P168)

では、ファイナンスとリーガルを統合することで経営にどのようなアドバイスができるのか。6章では、投資政策/資本政策/配当政策/多角化政策/非営利政策の検討におけるその具体例が挙げられています。以下は配当政策に関する一節。

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【図6−9】を子細に眺めていると配当政策のあるべき姿が自ずと見えてくるのではないだろうか。それは、「配当政策は他の政策の結果として他律的に定まるべきものであり、独自の配当政策というものを作り出すことは有害無益である」という考え方である。(P290)
(1)株主に分配可能な資金がある場合であってもNPVがプラスとなるプロジェクトがある限り、資金はそのプロジェクトに用いるべきである。なぜならば、
 ,修離廛蹈献Дトの実施を断念すれば、株主価値の最大化という経営の目的がその限度において阻害され、
◆〇餠發魍主に分配したうえで資金を借り入れてそのプロジェクトを実施すれば、資本構成の最適性が保たれず、
 資金を株主に分配したうえで新株を発行して新たな株主資本を調達してそのプロジェクトを実行する行為は分配可能資金をそのままプロジェクトに用いる行為に比べて不効率である。なぜならば、新株発行を実施するためには多額の取引費用を支出しなければならず、そのうえ、バッキング・オーダー理論に従えば、新株発行を行うこと自体が1株あたりの株主価値の希薄化を招く
からである。

(2)NPVがプラスとなるプロジェクトがないのであれば分配可能資金はすべて株主に分配すべきである。なぜならば、
 〇餠發鯤配しないでNPVがマイナスのプロジェクトに用いれば確実に株主価値は減少し、
◆〇餠發鯢藝弔諒嶌僂砲△討譴弌∋駛楾柔の最適性が保てない
からである。

配当政策の基本原理がかくのごときものである以上、年間の収益に占める配当の割合が企業の業種によって異なってもなんら不思議ではない。一般的にいえば、NPVがプラスの投資機会に恵まれた成長産業に属する企業の場合はできるだけ配当を減らして収益を再投資に向けるべきであり、他方、成熟産業に属する企業は誇りを持って大胆な収益の分配を行うべきである。(P292)
会社法の解釈論としていえば、経営者は、配当政策を決めるにあたり配当課税効果まで考慮する義務は負っていないといえるのかもしれない。しかしながら、経営者を選任するのは株主であり、株主にとって真に重要なことは彼らにとっての税引後所得であるから、事実問題として言えば、配当課税効果まで考慮して配当政策を決める経営者がいてもなんら不思議ではない。(P297)

上場会社の株主総会のご担当者であれば、別冊商事法務などのアンチョコを参考にして毎年作成する配当関連質問の回答案に漂う白々しさから脱却するヒントとなるでしょうし、配当政策を変えようか悩んでいる経営企画部門の壁打ち相手を担えるようにもなるかもしれません。


2017.8.13追記

有斐閣のPR誌「書斎の窓」2017年3月号に、田中亘先生による書評が掲載されていてものすごい迫力でしたので、紹介します。

書評『数理法務のすすめ』なぜ法律家は数理的分析を学ぶべきなのか
「このような知識の習得は、法律学の片手間にできるものではなく、むしろ専門家に任せたほうがよいのではないか?」という疑問が生じるかもしれない。
 それに対する1つの回答は、現代の法律問題には、本書で説明されているような社会科学に対する理解がなければ満足に解決できないものが多く存在する、ということである。
 一例を挙げると、最近、最高裁は、反対株主の買取請求に係る株式の価格決定事件(会社法786条)において、収益還元法によって非上場株式の価値を評価した場合には、当該株式に流動性がないことを理由とする価値の割引(非流動性ディスカウント)をすることは許されない、と判示した。その理由の1つとして、収益還元法は、将来期待される収益を一定の資本還元率で還元することによって株式の現在価値を算定するものであり、類似会社比準法と異なり、「市場における取引価格の比較という要素は含まれていない」から、と判示されている。しかし、収益還元法(より洗練された評価手法であるDCF法も同様)で用いられる資本還元率(割引率)は、通常(この事件もそうであった)、上場株式の過去の収益率をもとに決められる。その点で、市場における取引価格の比較という要素は、収益還元法やDCF法にも当然含まれているのである(資産評価の際に用いられる割引率は、投資家が当該資産に投資するために最低限要求する期待収益率である。従って、上場株式の収益率をもとに割引率を決めるということは、当該資産には流動性があることを前提にして評価を行っているということである)。もしも最高裁が、本書第5章で説明されている資産価格の理論(特に、割引率の意味及びその決定方法)について正しく理解していれば、前記のような理由づけによって非流動性ディスカウントを否定することはなかったであろう。


[以下おまけ 〜事前にファイナンス知識を得るための参考書籍〜]

本書において登場するファイナンス用語や概念、たとえば上記引用で言えば「NPV」「株主価値」「資本構成の最適性」などについては、本書内でも必要最低限の説明はあります。しかし、(ファイナンスの知識以上に)高校レベルの数理技術が本文中に普通に出てくるただでさえ難易度の高い本書を読み通すにあたっては、事前に何冊かのファイナンス関連書籍に目を通してその用語や概念に慣れておくことをおすすめします。

当ブログはファイナンス専門ブログではありませんし、詳しくはその道の専門家にお尋ねいただければと思いますが、以前、『数理法務概論』の弊ブログ記事コメントで「ファイナンスのおすすめ本は何か?」とご質問をいただいたこともあるので、私がよく読み返しているものをいくつか一言コメントを添えてご紹介しておきます。

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ざっくり分かるファイナンス
学問的な体系にとらわれず、セミナーのような語り口で、会計とファイナンスの違いから分かりやすく解説してくれます。私は、他のファイナンス本を読んでいて用語や概念についていけなくなったときに、学生ではなく企業人向けに言葉を噛み砕いて分かりやすく説明してくれるこの本の該当箇所を読み返すようにしていました。

新版グロービスMBAファイナンス
体系的なまとめ+ケーススタディも交えた文字通りMBA教材っぽいテキスト。どこの本屋さんにも必ず置いてあるほど売れ筋なだけあって、内容もこなれていて文字やレイアウトも読みやすい。米国の教科書の翻訳本ではないため日本企業の事例が積極的に取り上げられるなど、日本人読者にフレンドリー。

ファイナンシャル・マネジメント 改訂3版
米国の大学院でも使われている正統派教科書の翻訳。ブリーリー著『コーポレート・ファイナンス 第10版』のほうがメジャーですが、あちらは大部で記述にも少し冗長なところがあるので、こちらをおすすめしておきます。

MBAバリュエーション
ビジネスにファイナンス理論を活かす代表的場面であるバリュエーション=企業価値評価についての初級者向け書籍。同じく森生明先生の新刊『バリュエーションの教科書』は最新かつ各論のノウハウが詰め込まれているのに対し、こちらは基本を漆塗りのように固めていく内容になっています。

超入門 企業価値経営』『MBA アントレプレナー・ファイナンス入門
中小・ベンチャー・スタートアップ企業をバリュエーションする際、上場企業のような評価軸をそのまま使うことができないのですが、実際の投資案件はそのステージの企業が多いのも事実。そこに特化したバリュエーションについて学ぶならシリーズもののこちら2冊がおすすめ。前者は会計→ファイナンス→バリュエーションの順にストーリーに沿って手を動かしながら学べる本で、後者は理論に特化して解説する本になってます。

企業価値評価 第6版[上]』『企業価値評価 第6版[下]
この分野では超有名・定番本です。ファイナンス理論を経営判断の場面にどのように当てはめると役立つのかが端的に・論理的に・具体的に述べられており、冒頭から目から鱗が落ちまくることまちがいなしです。ちょうど先月新しい第6版が出たばかりですので購入にはベストなタイミングです。

【本】『M&Aにおける財務・税務デュー・デリジェンスのチェックリスト』― 結局DDの責任を取らされるのは法務だし

 
昨日ご紹介の『法務デューデリジェンス チェックリスト』とセットでどうぞ。





M&Aのデューデリジェンスには、法務・知財・財務・税務・人事・ビジネスと大きく分けて6つの側面があります。そして法務は、契約書の表明保証条項を作り込む立場である以上、少なくとも各DDの結果についてはすべての側面から把握しておく必要があります。買収後に実際に問題が発覚・発生した時には、それが財務・税務分野の問題であったとしても、「どうにかしろよ」と責任を追求されるのは残念ながら法務です(はい、そんな経験をしたことがあったような気がすっごくします。あれ、目から大量の汗が)。監査法人・税理士法人等の専門家を使って調査したからといって、DD委託契約の鉄壁の免責条項に守られた彼らが、あなたの代わりにその問題の責任を取ってくれるわけではありません。

結果を把握するために、DDを委託した専門家が対象会社との間で交わしたQAリスト・DD報告書を読み、DD報告会に出て…というのは当然にやっていらっしゃることだと思いますが、加えて、その過程で必ず行われているはずの対象会社の責任者に対して行う財務・税務インタビューについても、長時間で疲れはしますができる限り同席したほうがよいと思います。インタビューに立ち会っていればはっきりと匂いが嗅ぎ取れる“危ない話”も、QAのアンサーメモやDDレポートの形になるとどうしても上品・マイルド・曖昧な表現になってしまい、見落としがちだからです。M&Aを得意分野とされている弁護士の先生方ほど、こちらからお願いしなくても「財務・税務のインタビューにも同席させて欲しい」と大概おっしゃるので、これはセオリーなのでしょう。とはいえ、普段財務や税務の実務に携わっていない者には疑問・質問の目線をどの辺に置けば効果的なのかわからない。そんな時にこのようなチェックリストが手元にあると、インタビューの時間を有効に活用できるものと思います。

本書はDDのチェックリスト本の中でも、財務だけでなく税務をあわせて取り扱い、さらには法務DDで確認する定款・登記簿・規程をはじめとする基礎情報や、ビジネスデューデリの範疇となる企業評価との整合性を確認する目線も意識的・体系的にカバーされているのがよいところだと思います。その現れが、璽據璽犬砲△詼椽颪料澗料や、チェックリストと合わせて示されている図表・解説にも見て取れます。

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余談ですが、この本、「はじめに」に面白い一幕が。

チェックリストは網羅性を重視し、一方で、各項目の解説については、エッセンスを記載することで、1つの論点を詳細に解説することは避けています。決して怖い編集者の方に、締め切りに間に合わせるように急かされた結果、このようなシンプルな形になったわけではありません。
最後に、本書を企画時から担当してくださり、締め切りに間に合わせることの重要性を教えてくださった中央経済社の末永芳奈氏(中略)に改めて厚く御礼申し上げます。

なんかあったんですかね?あったんでしょうね…。
 

【本】『法務デューデリジェンス チェックリスト』― 10億円サイズのM&Aというリアリティ

 
西村あさひ法律事務所パートナー 佐藤義幸先生の著書。オンデマンドペーパーバックで9月29日に発売予定だそうなのですが、私は待ちきれず、Kindle版を購入しました。






法務DD本といえば、長島大野の『M&Aを成功に導く 法務デューデリジェンスの実務(第3版) 』が定番の書として不動の地位を築いています。その独占市場に、チェックリストに特化しかつオンデマンド&Kindleフォーマットによるお買い得価格で殴り込みを掛ける本書。その意気込みとアプローチ、素敵です。

本書は、筆者が長年使用してきた法務デューデリジェンス(法務DD)のチェックリストを標準的なものに再整理した上で公開するものです。

お買い得価格といっても、内容は西村あさひクオリティという安心感。そして、

対象会社として、特に強い業法規制のない時価総額10億円程度で、上場を前向きに検討しているが、他社グループとの統合も選択肢としている未上場会社を想定しました

この「時価総額10億企業」というターゲットもリアリティがあります。四大クラスの法律事務所は起用しない、かと言って法務DDをさぼるわけにはいかないというライン。掘り出しもの案件であればあるほどスピード勝負となり、チェックリストを片手にさっさと商談→DDをはじめ、鉄は熱いうちに打てで一気にクロージングに突き進むに限ります。去年まさにそういう案件にまみれていた私としては、この本がその時出て入たら助かったのに…と。

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サブタイトルには「万全のIPO準備とM&Aのために」とあります。たしかに、ウェブサービスで起業して早期のEXITを狙っているアントレプレナーの方なんかが、企業価値をより高く見せるためのセルフチェックに使うのもいいですね。
 

【本】『個人情報管理ハンドブック〔第3版〕』― 情報法に悩まされ続ける企業法務担当者にとっての精神安定剤


1か月以上前にTMI総合法律事務所のY先生からご恵贈いただいた、にもかかわらず、書評をアップし忘れておりまして大変失礼致しました…。正直な所、先ほど伊藤先生がブログにアップされた書評を見て、アッと思い出した次第です。

私自身は恥ずかしながら本書第1版・2版のユーザーではありませんでしたが、個人情報保護法以外の関連法(マイナ法・民法・プロ責法・不競法・刑法・不ア禁法・著作権法・会社法・金商法・サイセキュ法)を広くカバーし、かつ企業が知りたい実務的な各論も漏らさずに網羅した、こんなにも使いやすい概説書があったんだな、と驚きました。





TMI総合法律事務所さんについて、私は、頭ごなしに専門知識を振りかざす前に企業の困りごとにきちんと耳を傾けてくださる先生が多いという印象を持っています。本書の内容も、そういったTMIの先生方から受ける普段の印象通り、企業法務担当者に寄り添った読んでいて安心できるものになっています。

たとえば、その一例が、「自己情報コントロール権」についての記載についてです。本書のような情報法の概説書を評価する際、私は「自己情報コントロール権」に関する記載ぶりをチェックするようにしています。というのも、アメリカでの自己情報コントロール権説の隆盛や、日本の一部の下級審判例で示された自己情報コントロール権を認める見解などを必要以上に大きく取り上げて、企業の不安を煽る書籍も少なくないからです。この点、本書の記載はまさに100点満点と言うべき内容でした。

プライバシー権を「自己情報コントロール権」、すなわち自己に関する情報をコントロールすることができる権利と積極的に定義づける見解がある。これは、コンピュータの発達に伴い、大量の個人情報が公的機関、民間事業者問わず大量にデータ化され、その保護が重要になったことに伴い、支持されてきた見解である(たとえば佐藤幸治『憲法〔第3版〕』(青林書院、1995年)等)。この見解に基づいた場合、プライバシー権は自己の情報の開示・訂正・抹消請求権を含むものと解されている(なお、法的権利性については、第7章430頁以下参照)。
下級審判決の中には、マンション購入者名簿事件(東京地判平成2・8・29判時1382号92頁)やニフティ掲示板事件(神戸地判平成11・6・23判時1700号99頁)等自己情報コントロール権の考え方に影響を受けた判決例が現れ始めているが、これらの下級審判決においても結局は私事性、非公知性等「宴のあと」事件判決以降採用されてきた3要件に基づいた判断がなされており、その意味で正面からプライバシー権を「自己情報コントロール権」であるとまで認めているものではない。(P65)
民法学説上は、ほとんどの学説において、少なくともプライバシーの権利が民法上保護され得る1つの権利ないし利益であることが承認されているが、なお従来のプライバシーの権利概念を前提としており、これを自己情報コントロール権として理解するにはなお消極的のようである。民事法の見地からは、プライバシーの権利を自己情報コントロール権と定義づけることは相当でなく、自己に関する記録を閲覧する権利、本来収集されるべきでない情報や誤った情報の訂正・削除請求権は、原則的に肯定する方向で検討する価値があるが、これをプライバシーの権利に包括することはきわめて困難であるとする見解がある。(P432)
最高裁も、最判平成20・3・6民集62巻3号665頁は、プライバシー権に自己除法コントロール権が含まれていることを認めた大阪高判平成18・11・30判時1962号11頁を破棄し、「憲法13条は、国民の私生活上の事由が公権力の行使に対しても保護されるべきことを規定しているものであり、個人の私生活上の事由のひとつとして、何人も、個人に関する情報をみだりに第三者に開示又は向上されない自由を有するものと解される」と判示して、自己情報コントロール権が憲法上保障された人権と認められるか否かについては正面から判断しなかった。(P433)


また、情報法に関する企業法務パーソンの最近の悩みどころナンバーワンと言えば、日本の改正法だけでなく、多数国に渡る個人情報保護法制についてもキャッチアップが求められているという点でしょう。これについても、第10章の40頁ほどを割いて、
・欧州
・米国
・韓国
・シンガポール
・香港
・台湾
・中国
・インド
といった主要国の情報法制のポイントを概説してくださっています。


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米国のCOPPAについては対応が悩ましい部分ではあるので、もう少し企業としてなすべきことはどこまでかといったレベルまで踏み込んで書いてくださっても良かったかな、と思うところもありましたが、これだけの国についてまずは確認すべき法令の存在を知らせてくれるだけでもありがたいというべきでしょう。


各章のトビラ部分には、経営者から企業法務担当者が聞かれがちな「つまりどういうこと?」「結局何を知っておけばいいの?」が端的にまとめられていて、こんなさりげないところにも本書執筆陣の配慮・サービス精神を感じました。


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ということで、久しぶりに法律書マンダラ2016を更新しておすすめしたい本に出会うことができました。このようなすばらしい書籍をご恵贈いただいたにもかからずご紹介が遅れたこと、Y先生には重ねてお詫び申し上げます。
 

Appleも利用規約を簡素化しはじめた

 
iPhone7が発売開始となり、iOSもついにニケタ番台の10へアップグレードになりました。

これにあわせるように、App StoreやiTunes Storeでコンテンツをダウンロードする際に必ずみなさんが同意させられていた「iTunes Store サービス規約」が大きく改訂されています。タイトルも一新し、「Appleメディアサービス利用規約」に。その目指すところは、Apple自身の説明によれば、

短縮、および条件への明瞭度を向上させます。

というもの。

とはいえ、毎度毎度の「踏み絵」作業で、みなさん読まずに同意ボタンを2回押されたことと思いますので、Google Docsに転記して、読みやすくなるよう見出しレベルを整理してみました。


Appleメディアサービス利用規約

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見出し4階層のみ、抜き出してみます。

A.サービスの概要

B.本サービスを利用する
 支払い、税金、返金
 Apple ID
 プライバシー
 本サービスとコンテンツの利用ルール
  すべてのサービス
  iTunes Store コンテンツ
  App Store コンテンツ
  iBooks Store コンテンツ
  Apple Music
 再ダウンロード
 購読
 コンテンツとサービスの提供可能性
 非APPLEデバイス

C.本サービスへの送信
 送信ガイドライン

D.ファミリー共有
 承認と購入のリクエスト
 ファミリーメンバーの変更
 ファミリー共有のルール

E.お勧め情報の機能

F.追加のiTunes Store に関する規約
 シーズンパスとマルチパス

G.追加のApp Store に関する規約
 App Store コンテンツのライセンス
 App内での購入
 Appのメンテナンスおよびサポート
 ライセンスアプリケーションエンドユーザ使用許諾契約
  a.ライセンスの範囲
  b.データの利用に同意する
  c.解除
  d.外部サービス
  e.保証なし
  f.限定責任
  g.(米国外への輸出)
  h.(米国連邦調達規則)
  i.(準拠法および裁判管轄)

H.iBooks Store に関するその他の条件

i.Apple Musicに関するその他の条件
 Apple Music メンバーシップ
 iCloud Music ライブラリ

J.全サービスに適用される諸条件
 Apple の定義
 契約変更
 サードパーティーのマテリアル
 知的財産権
 コピーライト通知
 サービスの終了と一時停止
 保証の否認、限定責任
 免責条項
 公的機関の制定法上の例外
 準拠法
 その他の条項

※( )はAppleの利用規約に見出しがなく私が適当に付けたものです


はい、たしかに、iTunes Store/App Store/iBooks Store/Apple Musicの4つのコンテンツ種別ごとに共通するもの・しないものを整理していて構造的に分かりやすいですし、以前のバージョンに見られた同じ注意文言や義務規定が規約内で言い方を変えて何度も繰り返されるようなことがなくなり、かつ、(日本語訳に硬さは残るものの)平易な言葉遣いとなっていて、結果、文書量も短くなっています。


利用規約を簡素化する動きについては、GoogleFacebookあたりが先んじていましたが、ついにAppleがこの動きに追随することをはっきりと表明したことで、この傾向が加速することは決定的になったといってよいでしょう。法務パーソンとしては、文書を短く読みやすくしながらも、いかに手短にかつ法的に抜け漏れや隙が生まれないように利用規約を作っていくかというドラフティングテクニックが一層問われることになります。
 

特許知財系ライトニングトークを開催しました

 
先日、ウェブ・アプリ・エンタメ系企業の特許担当者の方ばかりにお声掛けをして、はじめての「特許知財系ライトニングトーク」を @katax さんと開催しました。

知財の方が集まる場というと知財協やパテサロさんがありますが、企業内"特許"担当者、しかも非ハードウェア業界の方だけに限定した集まりとなると、あまり無いのではと思います。そもそも人数もいませんしね。なので、法務系LTの時のようなオープンな募集はやめて、ツテを辿ってお声かけをしていく方法をとりました。LTが成立するほど集まっていただけるのかが不安だったのですが、結果的に今をときめく大手企業ばかり10社から、合計20名のみなさんに集まっていただきました。


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ライブならではということで、書籍や雑誌では読めない血の通った創意工夫ぶりやこの分野の専門家ならではの知見の一端をお伺いすることができました。最近特許について情報交換することが増えた @katax さんも登壇され、しかもブログにスライドを公開されていますので、是非ご覧になってください。私も賑やかしとして登壇し、初めて発明者として登録にいたった自分の職務発明についてそれが生まれたきっかけを中心にお話したのですが、一部内容に不適切なものを含んでいたので(企業秘密という意味ではないです)、非公開とさせていただきます。

知財は未来を見る・作る仕事という要素が多い点で、LTも前向きな話が多くて楽しいなと再認識しました。というと、法務が後ろ向きな楽しくない仕事ばかりのように聞こえてしまいますが…苦笑。それと、久しぶりに運営に加えてライトニングトークをやってみて、5分の持ち時間のあまりの短さに驚きました。自己紹介は割愛し、スライドは10枚が限界ですね。

やはりこういった共通の興味と専門性をもった方同士ばかりが集まる機会自体があまりなく貴重ということで、第2回のリクエストもいただいております。次回は、お声掛けする対象者をもう少しだけ広げて、2017年1−2月ごろに開催しようかなと思っています。ご出席頂きたい方には私ども運営からまたお声掛けをしたいと思いますので、是非ご参加をお願いたします。
 

【本】『ユーザを成功に導くシステム開発契約〔第2版〕』― スルガ銀行事件やファーストサーバ事件を受けてもビクともしないモデル契約に改めて学ぶ


日比谷パーク法律事務所 西本強先生の御著書の第2版が出版されました。ユーザの立場からベンダと契約交渉する法務パーソンにとって本書は定番書であり、2011年の初版を蔵書している方も多いはず。要更新です。





全体のボリュームは初版から約50ページ増えて380ページに。表紙の色の変化とあいまって、手に取ると初版とは別の本のようです。ページ数を増やした主な要因は、民法改正法案(2016年3月時点)がシステム開発契約に与える影響についての解説が加えられたことによるもの。章を分けて総括的に注意点を述べることはせず、モデル契約書の逐条解説パートで個別具体的に当てはめて影響を解説してくださっています。これにより、法改正となった場合の影響を一般論として語られても実感が湧かないという方に応えるものとなっています。例えば、瑕疵担保責任の条項に加えられた改正の影響解説は、こんな感じ。

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初版が発売された当時、本書のモデル契約に倣って自社のシステム開発契約ひな形を整備された方も少なくないのではと思いますが、モデル契約自体の修正は最小限に留められていましたので、ご安心ください。参考までに、私がチェックして発見した限りでの初版のモデル契約との差異を以下にリストアップしておきます。
  • 第2条(定義)
    IPA共通フレーム2013の更新に伴う改訂
  • 第5条(委託料及びその支払方法)
    個別契約の総額に上限を付し、上限を越えた場合には「合理的な根拠」を示すこととしているが、その合理的な根拠の説明として「(増加した委託料によりシステムが完成できることを示す根拠を含むが、これに限らない。)」を追加
  • 第9条(乙のプロジェクトマネジメント義務)
    ベンダの義務として「各工程において得られた情報を集約及び分析して、ベンダとして通常求められる専門的知見を用いてシステム構築をすすめ」を明記
  • 第37条(変更の協議不調に伴う契約終了)
    契約上の手続きに沿ってシステム仕様変更等の協議を行ったが、これが整わずにユーザが個別契約の続行を中止する場合には、「個別業務の未了部分について個別契約を解約することができるものとする。」を明記
  • 後文
    初版では甲乙“署名”押印の上とあったのを“記名”押印に修正
※第47条(FOSSの利用)で、「当該FOSS利用のメリット及びデメリット(第三者ソフトウェア利用のリスクを含む。)」と改訂が加えられていたのですが、おそらくこれは初版の「(FOSS利用のリスクを含む)」のままで問題なかったのではと思われます。


あわせて、索引の差分も確認してみました。新たに追加されたキーワードは以下のとおりです。
  • アドオン
  • 委託代金の支払時期
  • 瑕疵修補責任
  • カスタマイズ
  • 議事録
  • 共通フレーム2013
  • サービスの一時的中断事由
  • 支払日
  • 重過失
  • スルガ銀行対日本IBM事件
  • 請求権競合
  • 中間資料
  • バックアップ取得
  • パッケージ型システム開発
  • プロジェクトマネジメント義務違反に基づく解除
  • 法条競合
  • 有効期間

この手のシステム開発契約に詳しい方がモデル契約や索引のアップデート部分を眺めれば、スルガ銀行事件やファーストサーバ事件が近年のシステム開発契約の実務に大きなインパクトを与えたことが、改めて認識できると思います。それでいて、初版から意味的な修正がほとんど入っていないのは、それだけもともとの解説内容やモデル契約書の完成度が高かったからに他なりません。
 

【本】『アンブッシュ・マーケティング規制法』― TOKYO2020問題に備えて

 
リオで開催されているオリンピックも、21日(日本時間明日8月22日)の閉会式をもって終了。4年後の2020年に我が国で開催予定の第32回大会に向け、抑えておきたいキーワード「アンブッシュ・マーケティング」が正確に理解できる本がでていましたので、ご紹介しておきます。





アンブッシュ(ambush)とは、「待ち伏せ」の意味。スポンサーの協賛によって世界規模で開催するイベント(オリンピックやFIFAワールドカップサッカーなど)に便乗し、そこで用いられる著名又は周知な商標の顧客誘引力を当該イベントの運営団体に許諾なく利用する表示・販売活動のことを、アンブッシュ・マーケティングといいます。

私も知らなかったのですが、オリンピック開催国(都市)として立候補するにあたっては、IOCに対しこのアンブッシュ・マーケティングを行わない・行わせないことを誓約する必要があり、すでに日本国政府としてこれを保証している状態だそうです。実際、過去開催国の中国が2001年に・英国が1995年と2006年に・ブラジルが2009年に、いずれもそのためだけのOlympic Actを特別立法しているとのこと。本書では、これら各国の立法状況と内容を分析し、日本においてそのような特別法を立法する必要の有無を検討します。

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その結論は、

我が国においては、商標法又は不正競争防止法により出所表示機能を果たす態様の使用の場合を除き、著名又は周知な商標の【原文ママ】使用した場合であっても、顧客誘引力を有する商品・役務その事業者と関連があるかのような表示、あるいはその事業者から承認、許諾、支援等を受けているかのように表示する行為について、不正競争防止法、景品表示法及び独占禁止法のいずれも行為規制の対象と考えることは困難であり、他国で制定されているアンブッシュ・マーケティング規制法の基礎となる法や法理は存在しない(P163)

ということで、政府保証をきちんと担保したいのなら立法が必要であると。しかし一方で、IOCが要求する押し付けともいえる内容をそのまま法文化すると過剰な規制となることは明白であり、そうならないよう、厳格な要件を付した適切な範囲での行為規制とすべきである、と主張します。


2020年の東京オリンピックのアンブッシュ・マーケティング規制については、この8月に入ってからもJOCが新たにガイドライン「大会ブランド保護基準(Ver3.1 2016 August)」を出しています。これを見ると、上述のとおり現時点の日本においては法的な根拠がないにもかかわらず、さもそれがあるかのように、「2020年という年号に引っ掛けてカウントダウンを行うような表現もアンブッシュである」とまで踏み込んでいます(P13)。権利を守りたい当事者側の発言とはいえそこまで言ってしまうセンスに疑問を感じざるを得ませんが、著者が懸念しているように、明らかに萎縮効果を狙ってのものでしょう。

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表現の自由を守る者として少なくとも中立的な立場であるはずの報道機関の記事なども、こういったIOCやJOCのガイドラインに盲目的に従うべしという偏った論調が妙に目立ち違和感を感じていたところですが、パートナー一覧(P04)をみて納得。読売・朝日・日経・毎日といった報道機関自身がスポンサーになってるんですね・・・どうりで(ry。

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著者のいう適切な立法がTOKYO2020に間に合うかどうかはかなり怪しいところだと思いますが、法務パーソンとしては、法律に基づいた冷静な判断に努めたいものです。
 

ポケモンGOを就業規則で禁止することは合法か

 
労働法的な視点で、とても気になるニュース。

「ポケモンGO」禁止−住友理工が全世界の拠点で、休憩中や出退勤時間も該当(日刊工業新聞)
住友理工はスマートフォン向けゲーム「ポケモンGO」が世界各地で社会現象となる中、スマホゲーム全般を就業中のほか、休憩中や出退勤時間も含めて全世界の拠点で禁止することを決めた。歩きながらスマホを使う「歩きスマホ」による事故防止が狙い。

厳しい人格教育を売りにしたような私立高校の校則に書くならいざしらず、厳しい選考を経て十分な判断能力の備わった大人が集まっているはずの組織において、「歩きスマホの危険性」という理由だけをもって「休憩中や出退勤時間も含めて」スマホ"ゲーム”を排除しようというのは、いかがなものかと思います。そもそも、アプリにおいてどこまでがゲームなのかという定義も境界があいまいです。たとえば、ゲーミフィケーションな英単語アプリで勉強しながら通勤されている方を見かけることはしばしばあります。また、チャット・メール・電子書籍・動画閲覧はOKという解釈なのだとしたら、企業として目指している目的も達成できない無意味な規則なのでは?と疑問です。


似たような、就業時間外の趣味嗜好を制約する就業規則の不当性が問題となるケースとして、たばこを吸う従業員の生産性の低さや不衛生さを問題視した企業が喫煙者を採用選考時から排除するというものがあります。弊ブログでも、喫煙権に対する不当な制約・嫌煙権の過剰保護であり違法であるという立場から記事にしたことがありました。今でも問題なのではないかと思っていますが、日本ではかなり有名なホテル経営者がこれを推し進めていることについて、法律的な争いになっている様子はありませんし、喫煙者自体が19.3%とかなり少数派となっている背景もあってか、反対意見もあまり聞かれません。しかし、ホテルにおける従業員の衛生維持に対する懸念といった具体的な悪影響が検討できない本件のようなケースについては、端的に言って就業規則としては不当と考えます。
 
きっと近いうちに違反者が現れることになると思いますが、その時企業として従業員にどこまでの制裁を加えるのか、興味津々です。
 

ポケモンGO訴訟、はじまる

 
ポケモンGOが不法侵入・迷惑行為を助長するのではないかと不安を煽るような記事が日本でも雨後の筍のように書かれている中、アメリカでは早くも運営会社に対して訴訟を起こした方が出ました。し、仕事が早い…。

Pokemon Goes to Court in Backyard Monster Trespassing Case(Bloomberg)
A New Jersey resident with a pocket monster in his backyard filed what may be the first lawsuit against Niantic Inc. and Nintendo Co. for unleashing Pokemon Go across the U.S., claiming that players are coming to his home uninvited in their race to “catch ’em all.”
The West Orange man alleges the companies have created a nuisance with their GPS-based game and seeks class-action status on behalf of all Americans whose properties have been trespassed upon by players in search of Pokemon Go monsters.

記事によれば、「お宅の庭にポケモンがいるから捕まえさせてくれ」と(笑)少なくとも5人が玄関をノックするありさまで、迷惑していると。本当にそんな程度で訴訟まで起こすものですかねとカリフォルニア州裁判所サイトにウラを取りに行ったら、7月29日に本当に提訴されファイルされてました。ということは、前回エントリの利用規約解説で触れた仲裁合意のオプトアウトも済みってことなんでしょうね。

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ポケモンGOの下地を作ったIngressではここまでの問題にならず、ポケモンGOがこうなってしまったのはなぜなのか。Ingressをやっていた方ならご存知のとおり、現実世界にリンクするかたちでARの世界に設置された「ポケストップ」に相当する「ポータル」の設置数はもっと多かったですし、かなりマイナーな場所にも設置されていました。一方、ポケモンGOのポケストップは、実際にプレイしてみると公道沿い・公園内など私有地・住宅地を避けるかたちで設置されており、しかもIngressのポータルの数に比べてかなり限定的に設置されています。運営会社としてIngressとのユーザー規模・ITリテラシーの違いに配慮しながら、画面上に表示するユーザーへの注意文言に加えて私有地への不法侵入や近隣への迷惑行為が発生しにくいように配慮したと思われる形跡が(私には十分に)感じられたのですが。本件については(ポケストップの場所とは関係なく)たまたま私有地に多数のレアなポケモンが湧いてしまった、ということなのかもしれません。

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このレベルの努力や配慮でも「足りない」という法的評価となると、事業者にとって、今後AR技術を使ったビジネスは相当窮屈なものになることが予想されます。記事後段では、Ryan Morrison弁護士がこの点について同様のコメントを出しています。

The maps are based on Niantic’s original GPS-based, augmented reality game called Ingress, which generated a cult following after it was released in 2013. As they played the game, Ingress users helped build the map now used in Pokemon Go, said Ryan Morrison, a lawyer in New York who specializes in legal issues related to video games.
“There’s going to be 200 lawsuits, that’s for sure," Morrison said in a phone interview. “If the court comes along and says this kind of suit is OK, what a terrible blow it will be to augmented reality technology."

「訴訟は間違いなく200件は起きるだろう」という彼の予言が現実のものとなる前に、この問題を解決するアイデアや仕組みを考えたいところです。
 

2016.8.4追記

下記のとおりミスをご指摘をいただきまして、一部訂正いたしました。ありがとうございます。


Pokémon Goの利用規約を分析してみた

Pokémon Goが日本でもサービス開始となりました。リリース1日目の都内の私の活動域では、スマホを片手に歩いている人の控えめに言っても1/2がPokémon Goしながら歩いていて、早速トラブルも発生し始めているようです。

前回のエントリでは、米国ですでに発生しているトラブルを参考に、<位置情報×AR>サービスを提供する事業者として検討しておくべき法的リスクについてまとめました。今回はそれに続けて、Pokémon Goのサービス利用規約プライバシーポリシーの中から特徴的な条文を取り上げ、事業者として利用規約という「盾」を使ってどのようにリスクに対処しようとしているのかを学んでみたいと思います。

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利用規約の全体構造


まずは、本利用規約の全体構造を見てみましょう。原文には条文番号がつけられていませんが、大見出し・小見出しの階層が分かりやすいように、また説明の便宜のためにも私の方でナンバリングしてみました。

1.本規約への同意
2.本規約又はサービスの変更
3.仲裁に関する注記
4.プライバシー
5.参加資格及びアカウント登録
 5.1お子様による登録
6.安全なプレイ
7.本アプリにおける権利
 7.1アプリストアのアプリに関する追加規約
8.コンテンツ及びコンテンツに関する権利
 8.1 コンテンツの所有権
 8.2 お客様から付与される権利
9.交換
10.バーチャルマネー及びバーチャルグッズ
 10.1 バーチャルマネー及びバーチャルグッズの購入
 10.2 米国外のエンドユーザーによる購入
11.終了時の交換アイテム、バーチャルマネー及びバーチャルグッズの取扱い
12.行動規範、一般禁止事項、及び当社の執行権
13.フィードバック
14.デジタルミレニアム著作権法(DMCA)と著作権に関するポリシー
15.第三者のサイト又はリソースへのリンク
16.終了
17.保証に関する免責事項
18.補償
19.責任の限定
20.紛争解決
 20.1 準拠法
 20.2 仲裁合意
 20.3 仲裁規則
 20.4 仲裁の手続
 20.5 仲裁場所及び手続き
 20.6 仲裁人の決定
 20.7 費用
 20.8 変更
21.一般条項
22.連絡先

項目立てを見るとIngressの利用規約(英語版のみ)と似ており、これをベースに作成されたことが伺えますが、詳細に見ていくと要所要所が進化しています(→Ingress利用規約とPokemon Go利用規約の差分を取ったファイルがこちら)。

中でも一見して違いが際立つのが、紛争解決条項(3条および20条)の分厚さです。全体で約16,000文字の本利用規約において、その約1/5の約3,300文字がここだけに割かれています。ついで、プライバシー(4条)・子どもによる利用(5.1条)・安全性に関する配慮(6条)などが先頭に並べられているのは、このサービスの特徴である<位置情報×AR>の要素によって発生するリスクに優先度を合わせた配列になっていることを伺わせます。

それでは、全体像を掴んだところで、
(1)プライバシー対策
(2)子ども対策
(3)安全対策
(4)紛争対策
(5)免責および責任限定
の順に、特徴的な条項を取り上げてみたいと思います。

(1)プライバシー対策


プライバシーについては、利用規約とは別にプライバシーポリシーが存在します。日本で取り入れられはじめた2階建て構造のアプリプラポリとはなっていませんが、位置情報等取得する情報が限定的に列挙され、第三者提供に関する説明も比較的透明度高くなされており、丁寧なプラポリだと思います。

本アプリは、位置情報を基にしたゲームです。当社は、お客様(又はそのお子様)が本アプリを利用して、お客様(又はそのお子様)の機器のモバイルオペレーティングシステムを通じて利用できる位置情報サービス(携帯電話基地局による三角測量、Wi-Fiによる三角測量又はGPSを利用するもの)を使用するゲーム上のアクションを行った際に、お客様(又はそのお子様)の位置情報を収集及び保存します。お客様(又はそのお子様)が本アプリを利用した場合にお客様(又はそのお子様)の機器の位置情報が当社に送信されること、また、かかる位置情報の一部及びお客様(又はそのお子様)のユーザー名が本アプリを通じて共有される可能性があることをご理解のうえご了承ください。例えば、ゲームプレイ中に一定のアクションを行った場合、本アプリを通じて、お客様(又はそのお子様)のユーザー名及び位置情報がゲームプレイ中の他のユーザーと共有されることがあります。また、当社は、お客様(又はそのお子様)のために本サービスの改善及びカスタマイズを行うことを目的として、位置情報を使用できるものとします。
― プライバシーポリシー 2. 情報の収集及び使用 e.位置情報
当社は、調査及び分析、人口動態(デモグラフィック)のプロファイリング、並びにその他の類似の目的のために、集約された情報及び個人を特定できない形式の情報を第三者と共有できるものとします。かかる情報にはお客様(又はそのお子様)の個人情報は含まれません。
― プライバシーポリシー 3. 当社が第三者と共有する情報 c.第三者と共有する情報

同プラポリは、グローバル(特にEU)対応も徹底されています。このあたりは日本の事業者はまだ追いつけていないところです。

欧州連合(EU)の加盟国の居住者及びお子様の親権者等については、お客様が当社のメーリングリストに登録すること(又は当社のメーリングリストにお客様のお子様を登録すること)を選択した場合、当社は、本サービスを直接宣伝する無料のニュースレター及び電子メールを定期的にお客様(又はそのお子様)に送信します。その他のユーザーについては、お客様が本アカウントの登録中に当社のメーリングリストに登録すること(又は当社のメーリングリストにお客様のお子様を登録すること)を拒否(オプト・アウト)しなかった場合、当社は、本サービスを直接宣伝する無料のニュースレター及び電子メールを定期的にお客様(又はそのお子様)に送信します。お客様(又はそのお子様)が当社からかかる宣伝メッセージを受領した場合、お客様(又はそのお子様)は、(お客様(若しくはそのお子様)の本アカウントを通じて、又はお客様(若しくはそのお子様)が受領した電子メールに記載される配信停止の操作を行うことにより)かかるメッセージの配信を拒否(オプト・アウト)することができます。本サービスに関する一定のメッセージ(本プライバシーポリシーの更新に関するメッセージ等)はお客様(又はそのお子様)に送信する必要があるため、かかるメッセージについては、配信を拒否(オプト・アウト)することができません。
― プライバシーポリシー 4.お客様の選択 b.オプト・アウト
お客様(又はそのお子様)の個人情報は、お客様の居住する州、省、国又はその他の管轄の外に所在するコンピューターに送信及び保存されることがあります。その場合、当該地域のプライバシーに関する法律は、お客様の居住国のものと同等の保護を与えるものであるとは限りません。米国外に居住するお客様が当社にお客様(又はそのお子様)の個人情報を提供することを選択した場合、当社は、お客様(又はそのお子様)の個人情報を米国へ転送し、米国において処理することがあります。当社がお客様(又はそのお子様)の個人情報をお客様(又はそのお子様)の居住国以外の管轄へ転送する場合は、その安全性に関して適切な保護措置を講じることを保証します。お客様は、お客様(又はそのお子様)の個人情報を米国に転送しないよう請求することができます。ただし、その場合、当社がお客様(又はそのお子様)に対して本サービスの一部又は全部を提供できないことがあります。
― プライバシーポリシー 9.国外への送信


(2)子ども対策


ポケモンというIPを使っているだけに、事業者としては子どもによる利用への対処が不可欠です。その点で特徴的な条文をいくつか見つけることができます。

日本の一般的な利用規約では、「未成年者の場合は親権者の同意が必要」→「同意したものとみなす」といった建付けになっているものがほとんどですが、本利用規約では、米国の児童オンラインプライバシー保護法(COPPA)対策とあわせて、ポケモントレーナークラブアカウント作成手続きを通しかなり厳密に「親権者が代理して契約」をするという建付けになっています。

お客様が13歳未満のお子様の親権者又は法的な保護者(以下「親権者等」といいます。)である場合、お客様自身のために、かつ、本規約及び当社のプライバシーポリシーにおいて本サービスの利用を認められているお客様のお子様を代理して、本規約に同意することになります。
― 利用規約 1.本規約への同意
当社は、PTCが管理する検証及び同意取得プロセスを通じて、児童オンラインプライバシー保護法(Children’s Online Privacy Protection Act(COPPA))を遵守します。13歳以上のお客様がPTCを通じて本アカウントを作成登録する場合、PTCは、お客様が本サービスにアクセスして本サービスを利用できるようにします。13歳未満のお子様の親権者等は、お子様による本サービスの利用の前に、PTCを通じてThe Pokemon Company International, Inc.(以下「TPCI」といいます。)に登録する必要があります。TPCIは、親権者等が当該お子様の親権者等であることを確認し、当該お子様について当社での本アカウントの作成を承諾することを求めます。TPCIは、親権者等の確認及び同意の両方が得られ次第、当該親権者等がお子様のために当社での本アカウントを作成することができるようにします。
― 利用規約 5.1 お子様による登録

しかし、日本ではしばしば社会問題として取り上げられ各事業者が対応を進めてきた未成年者による高額課金については、利用規約上は「18際未満は親権者の同意が必要」と述べるにとどまり、課金上限などの対策が想定されている様子がありません。加えて、日本のアプリ事業者が頭を痛めている資金決済法対応についても、アプリ内含めそれに対応した表示は確認できませんでした。バーチャルマネーとして販売されているポケコイン等を、資金決済法に基づく前払式支払手段として届出をするつもりがあるかどうかも不明です。この課金まわりの部分は、本利用規約の中で唯一不安を感じさせるポイントになっています。

バーチャルマネー及びバーチャルグッズの購入は、本アカウントの保有者が(a)18歳以上である場合、又は(b)18歳未満である場合は、購入にあたって親権者等の同意が得られている場合に限られます。18歳未満のお子様の親権者等は、iOSやGoogle Playの設定によってアプリ内での購入を制限することができますが、同時にお子様が保有する本アカウントにおいて予期せぬ行動(バーチャルマネー又はバーチャルグッズの購入等)がないかどうかを監視しておく必要があります。
― 利用規約 10.1 バーチャルマネー及びバーチャルグッズの購入
お客様のバーチャルマネーのライセンス期間中、お客様は自身のバーチャルマネーを指定されたバーチャルグッズと引き換える権利を有します。親権者等は、本規約を自身のお子様を代理して承諾し、お子様が単独でこの権利を行使することについて自身の同意を得ていることに同意し、確認するものとします。
― 利用規約 10.1 バーチャルマネー及びバーチャルグッズの購入

他方で、(子ども対策ではありませんが)オンライン購入の撤回権について、プラポリ同様グローバル(EU)対応が施されているのは、さすがといったところ。

バーチャルマネー及びバーチャルグッズは、本サービスへのアクセス及び使用が許可された国の合法的居住者のみが購入し、保有することができます。お客様が欧州連合(EU)の加盟国に居住する場合は、オンラインによる購入を撤回する一定の権利を有します。しかしながら、お客様が当社からバーチャルマネーをダウンロードした時点で、お客様の撤回の権利は失われます。お客様は、(a)バーチャルマネーの購入には、かかるコンテンツの即時のダウンロードが伴うこと、及び(b)一度購入が完了したものについては撤回の権利を失うことについて同意するものとします。お客様が欧州連合(EU)の加盟国に居住する場合、当社は、法律で義務付けられる場合には、お客様に付加価値税(VAT)の請求書を発行します。お客様は、かかる請求書が電子形式で発行されることについて同意するものとします。当社は、お客様に対して何ら責任を負うことなく、バーチャルマネー又はバーチャルグッズを管理、規制、変更又は削除する権利を留保します。
― 利用規約 10.2 米国外のエンドユーザーによる購入


(3)安全対策


Pokémon Goが社会から特に不安視されているのは、ユーザーの安全に対する事業者としての配慮・対策の部分です。この点、本利用規約では、あくまで自己責任であることがかなりのボリュームで語られています。Pokemon GOトレーナーガイドラインと合わせて読むと、特に法的なところでは、他ユーザーへの危害と不法侵入に対し強く警告しようとしている意図が汲み取れます。

ユーザー目線ではやや冷たく感じられる文面ですが、ここは致し方無いところでしょう。「自分で保険に入っとけ」とまで書いてあるのは、さすが米国企業らしいなあと思いました(笑)。

ゲームプレイ中は、お客様の周囲の状況に注意し、安全にプレイしてください。お客様は、お客様による本アプリの利用及びゲームプレイはお客様自身の責任で行うこと、並びに、本サービスの利用中にお客様が被る可能性のある損害に関してお客様が合理的に必要であると考える健康保険、損害賠償保険、災害保険、人身傷害保険、医療保険、生命保険及びその他の保険契約をお客様の責任において維持することに同意するものとします。また、お客様は、本アプリを利用することでいかなる適用法令若しくは規則(不法侵入に関する法律を含みますが、これに限りません。)又はトレイナーガイドラインにも違反しないこと、及び、他者がいずれかの適用法令若しくは規則又はトレイナーガイドラインに違反することを助長しない又は可能にしないことに同意するものとします。上記を制限することなく、お客様は、お客様による本アプリの利用に関連して、他者に精神的苦痛を与えないこと、他者に屈辱を与えないこと(人前であるか否かを問いません。)、他者を攻撃又は脅迫しないこと、許可なく私有地に侵入しないこと、他者になりすますか、又は、お客様の所属、肩書若しくは権限を偽らないこと、並びに、傷害、死亡、物的損害又はあらゆる種類の責任を引き起こす可能性のあるその他の活動に関与しないことに同意するものとします。
― 利用規約 6.安全なプレイ
お客様は、本サービス利用中のお客様自身の行為及びユーザーコンテンツ並びにこれらにより引き起こされるあらゆる結果について責任を負うことに同意します。本サービスの利用に際して禁止される行為及びユーザーコンテンツの内容については、トレイナーガイドラインをご参照ください。お客様は、本サービス及びコンテンツの利用にあたって、以下の行為(一例であり、これらに限定されません。)を行わないことに同意します。
  • 名誉毀損、権利濫用、嫌がらせ、誹謗中傷、ストーカー行為、脅迫又はその他の方法により他人の法的権利(プライバシー権及び肖像権を含みます。)を侵害すること。
  • 違法、不適切、中傷的、わいせつ、性的、低俗、攻撃的、詐欺的、虚偽的、誤解を招くような又は欺瞞的なコンテンツ又はメッセージをアップロード、投稿、メール、通信又はその他の方法で利用可能にすること。
  • 個人又は団体に対する差別、偏見、人種差別、憎悪又は嫌がらせを助長し、又はこれに加担すること。
  • 不法侵入又はその他の方法で、権利又は許可のない土地又は場所への侵入を企図し、又は実際に侵入すること。
  • 適用法令に違反し若しくは適用法令に違反しうる行為、又は民事責任を生じさせうる行為を助長すること。(以下略)
― 利用規約 12.行動規範、一般禁止事項、及び当社の執行権
お客様は、本サービスの他のユーザー及びお客様が本サービスの利用に伴いコミュニケーション又は交流するその他の者とのすべてのコミュニケーション及び交流には、(特に、お客様がオフラインで又は直接会うことを選択した場合には)合理的な注意を払うことに同意するものとします。
― 利用規約 17.保証に関する免責事項


(4)紛争対策


現実問題として、これだけグローバルにヒットしたアプリとなると、紛争の発生は避けられません。一般的な利用規約では、法的に有効かはさておき、「事業者(の本社)が所在する国・地域の裁判所を専属的管轄裁判所として合意する」旨の条項を入れておき、あとは紛争が起きないようにお祈りする…というものがほとんどでした。

これに対し本利用規約では、集団訴訟を制限し個別仲裁手続きにのみによること(ただし仲裁地は各国に対応)としています。集団訴訟への参加を放棄させる仲裁条項の有効性についてはUberなどが現在も法廷で争っており、論点かとは思いますが、少なくとも、一般的な利用規約の紛争解決条項よりは考え抜かれた合理的なものになっていると評価してよいのではないでしょうか。

仲裁に関する注記:お客様が拒否(オプト・アウト)した場合、及び下記「仲裁合意」のセクションに記載される特定の種類の紛争である場合を除いて、お客様は、お客様と当社の間の紛争が拘束力のある個別仲裁により解決されること、及びお客様が陪審裁判を受ける権利又は原告若しくは集団訴訟の原告として集団訴訟若しくは代表訴訟と称されるものに参加する権利を放棄することに同意するものとします。
― 利用規約 3.仲裁に関する注記
お客様と当社との間で別段の合意がなされない限り、仲裁は、お客様の居住する国において行われます。お客様による請求額が10,000ドルを超えない場合、お客様が聴聞を請求しない限り又は仲裁人が聴聞が必要であると判断しない限り、仲裁は、お客様及び当社が仲裁人に提出する書類のみに基づいて行われます。お客様による請求額が10,000ドルを超える場合、お客様の聴聞に対する権利はAAA規則に従って判断されます。AAA規則に従うことを条件として、仲裁人は、仲裁の迅速性に沿うように、当事者による合理的な情報交換を指示する権限を有するものとします。
― 利用規約 20.5 仲裁場所及び手続き

なお、この仲裁合意は、最初に利用規約に同意した日から30日以内に限り、オプトアウトの手続きにより適用されないようにすることもできます。米国では早速オプトアウトを推奨する記事もでていました。

お客様がその他の紛争について訴訟を起こすことを望む場合、お客様が本規約を最初に承諾した日から30日以内に、その旨を当社に対して書面にて通知した場合(電子メールの場合は termsofservice@nianticlabs.com 宛に、又は通常の郵便の場合は2 Bryant St., Ste. 220, San Francisco, CA 94105宛に)(かかる通知を、以下「仲裁オプトアウト通知」といいます。)、お客様はかかる紛争を提訴する権利を有することとなります。お客様がかかる30日の期間中に当社に対して仲裁オプトアウト通知を行わない場合、上記(a)及び(b)に明示的に規定されたものを除き、お客様は、お客様による紛争提訴の権利を、故意にかつ意図的に放棄したものとみなされます。知的財産保護措置、又はお客様が期限までに当社に仲裁オプトアウト通知を行った場合の専属裁判管轄権及び裁判場所は、カリフォルニア州北区に所在する州及び連邦裁判所とし、本規約の当事者はそれぞれ、かかる裁判所の裁判管轄権及び裁判場所についての異議申立てを放棄します。
― 利用規約 20.2 仲裁合意


(5)免責および責任限定


利用規約においてもっとも重要な免責・責任限定条項です。こちらは日本の消費者契約法にも対応した、隙のないものになっています。責任の上限額として1,000ドルと天井を付けているのも、常識的なところかなと思います。グローバルな規約という意味で細かいことを言えば、「1,000"US"ドル」にしておいたほうがより安心ですね。

適用法令により許容される限度において、当社、TPC若しくはTPCI又は本サービス若しくはコンテンツの作成、製作若しくは提供に関与したその他の当事者のいずれも、(a)本規約に起因若しくは関連して、又は(b)本サービスの利用(若しくは利用できないこと)により、又は(c)本サービスの他のユーザー若しくはお客様が本サービスの利用に伴いコミュニケーション若しくは交流するその他の者とのコミュニケーション、交流若しくは会合により生じた、いかなる間接的損害、偶発的損害、特別損害、懲罰的損害賠償又は派生的損害(利益損失、データ若しくは業務上の信頼の喪失、サービスの中断、コンピューターへのダメージ若しくはシステム障害又は代替サービスのための費用を含みます。)についても、当該責任が保証、契約、不法行為(過失を含みます。)、製造物責任又はその他の法的根拠に基づくものであるかを問わず、また、当社、TPC若しくはTPCIが当該損害の可能性を知っていたか否かを問わず、たとえ本規約に定められた限定的な救済が、その本質的な目的を達成できなかったと判明したとしても、お客様に対して責任を負いません。一部の法域では、派生的損害又は偶発的損害に対する責任の除外及び制限を認めていないため、上記の責任の制限が適用されるのは、該当する法域の法令によって許容される最大限までとします。

本規約に起因若しくは関連して、又は本サービス若しくはコンテンツの利用若しくは利用できないことにより生じる当社、TPC又はTPCIの責任の合計額は、いかなる場合においても1,000ドルを超えないものとします。上記の損害の除外及び限定は、お客様と当社の間の取引の基礎となる不可欠の要素です。
― 利用規約 19.責任の限定


おまけ


現在は実装されていませんが、利用規約をみていると、Facebookアカウントとの連携や、

お客様は、(a)既存のグーグルアカウント、(b)既存のPokemonトレーナークラブ(以下「PTC」といいます。)アカウント、(c)既存のフェイスブックアカウント又は(d)将来において当社がサポートすることを決定するその他の既存の第三者のアカウント(アカウント作成画面において当該既存アカウントの選択を可能にすることによって通知されます。)をお持ちであれば、本アカウントを作成することができます。
― 利用規約 5.参加資格及びアカウント登録

ポケモンの交換機能も予定されていることが伺えて、興味深いです。

本アプリでは、本アカウントの保有者が、ゲームプレイ中に仮想上のアイテム(ポケモンのキャラクターや生物を含みますがこれらに限りません。)(以下「交換アイテム」といいます。)を捕まえたり交換したりできます。バーチャルマネーやバーチャルグッズ(下記参照)と異なり、交換アイテムの取得にあたっては、ゲームプレイ中の追加の課金は必要ありません。交換アイテムは、コンテンツの一つであり、当社は、お客様の個人的かつ非営利目的の本サービスの利用に関して、かかる交換アイテムの使用のための限定的、譲渡不可能、サブライセンス不可能かつ取消可能なライセンスをお客様に付与します。
― 利用規約 9.交換

最後にマニアックな所で、Appleとのデベロッパー規約においてアプリ提供者がアプリの利用規約に設置するよう義務付けられている条項群がある(しかし、ほとんどのアプリ提供者が無視している)のですが、これに対応しているのは大変すばらしいものの、“App Store”とすべきところが“Apple Store”になってしまっているところがあって、ちょっと微笑ましかったです。

お客様は、Apple Store から本アプリにアクセスし、これをダウンロードする場合、(a)Appleブランドの製品又はiOS(Appleの独自オペレーティングシステムソフトウェア)が動作する機器においてのみ、かつ(b)Apple Storeのサービス利用規約に規定される「利用規則」により許容された範囲でのみ、本アプリを利用することに同意するものとします。 お客様は、アプリストア又は配信プラットフォーム(例えば、Apple Store、Google Play又はAmazonアプリストア)(以下それぞれを「アプリプロバイダー」といいます。)から本アプリにアクセスし、これをダウンロードする場合、以下の事項を確認し、これに同意するものとします。(以下略)
― 利用規約 7.1アプリストアのアプリに関する追加規約


以上、分析してみて、さすがIngressで実績を積みGoogleからスピンオフしてできた会社のサービスだけあって、全体としてはしっかり考えて作りこまれた利用規約だな、という評価と感想です。

Pokémon Goのような<位置情報×AR>サービスを運営する事業者の法的責任

 
Pokémon Goがアメリカを中心に大ブームとなりつつあります。

Pokémon Goとは、スマートフォンに表示される現実世界をベースとした地図をゲームフィールドとして、ユーザーが実際に現実世界を歩きまわる=位置情報が更新されることで見つかるPoké-stopと呼ばれる拠点でアイテムを入手しながら、どこかに隠れているポケモンを探して捕獲し、さらに移動しながら捕獲したポケモンを育て、敵チームのポケモンとバトルしたり、ユーザー同士で協力してボスを倒すといったことを楽しむゲームサービスです。




「任天堂のスマホアプリが大ヒット」というような報道がされていますが、実際のところは、位置情報×ARサービスとして著名な“Ingress”を作ったNiantic,Incが発売元・販売元(任天堂・ポケモンカンパニーはNianticの株主でありライセンサーという立ち位置)となっています。日本でも2008年ぐらいに位置情報ゲームが一定の認知を得ていたと思いますが、個人的には、その性質上ハイテク好きのコアなユーザー向けゲームにどうしてもなってしまうのかなと思い込んでいました。位置情報に有力IPを使った親しみやすさとARの要素を掛け合わせることで、ここまでサービスを爆発的に流行らせることができるとは、さすがポケモン、さすがNianticです。

このゲームが市民権を得たことによって、今後<位置情報×AR>ゲームが続々とリリースされていくことでしょう。そして、そのようなゲームに共通するであろう特徴として
  • ゲーム世界でのアイテム取得・アイテムの育成・バトルのためにユーザーを現実に移動させる
  • ゲーム世界の拠点・アイテムをARオブジェクトとして現実世界の土地・建物内に設置する
  • ユーザーの位置情報を連続的に取得し、サーバーを介し多数ユーザーに共有する
といった要素が導入されることは、間違いなさそうです。そこで、ゲームに限らずこのような要素を盛り込んだ<位置情報×AR>サービスを提供するにあたり、事業者がその責任を問われることになるであろう法的リスクについて、実際にPokémon Goのヒットによって発生しはじめているトラブルを参考に、ざっくりと整理をしてみました。以下のとおり、大きく4つに分類できるのではないかと思います。


1)迷惑行為の誘引

サービスがユーザーの現実世界における注意力・判断力を減退させることで、歩きスマホ・ながら運転・危険エリアへの立入り等による迷惑行為や事故が発生する。

論点1−
サービスを運営する事業者が、ユーザーによる共同社会の利益を害する迷惑行為(いわゆるパブリック・ニューサンス)を誘引したことについての責任を負うか?
負うとすれば、それを減免するための注意義務はどこまでか?

2)所有権の侵害

他者が所有する土地・建物内にARオブジェクトを設置することで、その場所にユーザーが集まる。

論点2−
ARオブジェクトを設置した事業者が、土地・建物所有者が持つ権利(所有権・施設管理権)を侵害したことになるか?

論点2−
ARオブジェクトを設置した事業者が、ARオブジェクトの取得等を目指すユーザーの違法行為(不法侵入・不退去罪)を助長した責任を負うか?

3)知的財産権の侵害

他者が所有する知的財産にARオブジェクトを付着させたり重ねて投影することで、1つのオブジェクトのように表示しサービス内のプロパティとして一体利用する。

論点3−
ARオブジェクトの投影が、知的財産権の侵害(無許諾の改変としての著作権侵害、商標権侵害、著名表示冒用等不正競争防止法違反)となるか?

4)プライバシー権の侵害

位置情報をベースとしたユーザーのサービス内活動が、現実世界の氏名・肖像・住所・職業といった個人情報・プライバシー情報の意図せぬ流出・漏洩を引き起こす

論点4−
事業者として、情報保護法制の観点から求められるユーザー同意取得の水準は、通常のネットサービスより高くなるか?

論点4−
EUユーザーが、他国に越境しサービスを利用する場合において、4月に欧州議会で承認されたEU一般データ保護規則(General Data Protection Regulation)に抵触しないようにするには、どうすべきか?


論点2や3については、ARサービスがカネになるビジネスとして育てば育つほど、原権利者(地主や著作権者ら)の権利とAR事業者との対立を調整する立法も必要になるかもしれません。その一方で、論点1や4については、ARが多くの人にとって普通のものとなれば(つまり人間の側がARに順応すれば)、落ち着くところに落ち着くような気もします。今はPokémon Goの突然のブームで初めてARサービスを実体験している人たちによって騒ぎが起きているものの、かつてIngressでも同じような事件・事故は起きていたからです。4−△離如璽燭留朸問題については、通常のネットサービスよりもユーザーの移動モチベーションが高まるため頭の痛い問題になるでしょうが、法的に特殊な対応を考えなければならないものは、全体としては心配されているほど多くはないのではないかと考えています。

なお、Pokémon Goはまだサービスインから間もなく、ユーザーからの課金方法またはAR広告の態様などについて明らかでない部分もあり、その方法によってはリスク評価が大きく変わる可能性もあります。また、(Pokémon Goはそんなことはしないと思いますが)ARがポルノや出会い系と言った性風俗分野のサービスと融合することで、別途特有のリスクが生じるケースはあるかもしれません。
 

一般的なARビジネスの法的論点について述べた書籍としては、いま販売されているものではこちらが一番まとまっていると思います。上記Pokémon Goの事例では論点としては挙げていない「ARによる広告の不当表示や書き換え」といった問題についても言及があります。




Pokémon Goの法的論点について述べているサイトのリンクも貼っておきます。

▼POKEMON GO AND THE LAW OF AUGMENTED REALITY
http://www.technollama.co.uk/pokemon-go-and-the-law-of-augmented-reality

▼Is PokemonGo Illegal?
http://associatesmind.com/2016/07/11/is-pokemongo-illegal/

▼Pokemon Go Ushers in a New, Augmented World of Legal Liability Concerns
http://www.jdsupra.com/legalnews/pok-emon-go-ushers-in-a-new-augmented-36311/

▼How Pokemon GO Players Could Run Into Real-Life Legal Problems
http://www.hollywoodreporter.com/thr-esq/how-pok-mon-go-players-909869

▼Signs of the Times: How Pokemon Poses Municipal Regulation Questions
http://ht.ly/VKc8302i3iF

▼Your Pokemon Go Legal Rights … Don’t Get in Trouble!
http://lawnewz.com/high-profile/your-pokemon-golegal-rights-dont-get-in-trouble/

▼Pokemon Go Strips Users Of Their Legal Rights; Here’s How To Opt Out
https://consumerist.com/2016/07/14/pokemon-go-strips-users-of-their-legal-rights-heres-how-to-opt-out/
 

【本】『ネット炎上の研究』― 炎上騒ぎを利用するメディア

 
NHKの番組等でも取り上げられ、話題となりつつある本書。「企業はむやみな情報発信を控えよ」と説教するばかりの従来のネット炎上対策本とは一線を画し、炎上参加者を定量的に分析したうえで、人々の自由な情報発信を萎縮させないために社会として炎上をどう抑制するかを提言します。


ネット炎上の研究
田中 辰雄 (著), 山口 真一 (著)
勁草書房
2016-04-22



本書前半では、これまでの日本のネット炎上事件を網羅的にまとめています。2016年4月刊行ということもあり、直近ではオリンピックエンブレム事件あたりまでがフォローされています。炎上した経緯、ブログ記事のスクリーンショット、SNSの写真(プライバシー配慮の目隠しあり)や企業側の謝罪文等の集積は、資料的な価値も高いと思います。

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著者らはこれらを振り返ったうえで、アンケート調査および日経テレコン/Twitterデータ等をもとに独自の定量的分析を行い、炎上発生と拡大のメカニズムを明らかにします。ちなみに著者らの分析による犯人像は、

炎上に積極的に参加している人は、年収が多く、ラジオやソーシャルメディアをよく利用し、掲示板に書き込む、インターネット上でいやな思いをしたことがあり、非難しあっても良いと考えている、若い子持ちの男性であるといった人物像(P112)
炎上事件に伴って何かを書き込む人はインターネットユーザの0.5%程度であり、1つの炎上事件では0.00X%のオーダーである(P137)

だそうです。

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私も何度か所属組織でネット炎上に巻き込まれた経験があります。そうした経験を何度か重ねると、慣れ・落ち着き・開き直りのようなものがでてきて、炎上当事者になってもあわてずに状況の観察ができるようになります。そのうちに、自分が関わらない団体で発生した炎上についてもわがごとのように注意深く観察するようになりました。そこで私が感じていたのは、
  • 炎上参加者のほとんどが10代後半〜20代前半の時間を持て余した若者である
  • 鎮火させようと反応するほどかえって燃料を提供することになるためほうっておくのがよい
ということです。本書の調査の母集団が20歳以上ということもあってか、人物像は私の観察経験から少し乖離していますが、本書の分析結果の信ぴょう性は高そうというのが私の感想です。


ところで、本書では取り上げられていなかった点として、ネット炎上騒ぎにおけるメディアの責任についても、もう少し真剣に検討したほうがよいと思っています。炎上の功罪が話題になるときにはいつもSNSやそこで炎上加担者となる一般人ばかりが批判の矢面に立たされているのですが、それ以上に、マスメディアが「取材コストを掛けずに手軽にニュース化できるネタ」として安易に取り上げる姿勢に問題があるのではないか、と常々感じています。

 twitter等で炎上発生
   ↓
 △泙箸瓮汽ぅ箸でき被害とは無縁なネットユーザーたちも騒ぎだす
   ↓
 B膽蠖景梗劼自己の運営するウェブサイトの記事として記事を掲載
   ↓
 い修離ΕД峙事を見た読者が義憤にかられそれを拡散しエスカレート
   ↓
 タ景綱椹罎了飜未坊悩
   ↓
 Δ修凌景控事をさらにテレビが取り上げて・・・

結局、新聞社という社会的にはその名義に信用力を備えたメディアがそれを取り上げるかどうか、具体的にはまたはイ離譽戰襪飽楾圓垢襪どうかが、ネット炎上全体の大きさと企業側の対応コストを左右する2つの大きな分水嶺になっています。メディア側としては、紙面や電波という有限なリソースを割いて取り上げるまでのバリューがあるかを、ウェブでのネットユーザーの反応を見ながら決めているところがあると思います。しかし、本書の分析通りここで焚き付けている人々がほんの一握りの同一人物だとすると、社会全体がその一握りに踊らされている感は否めません。

というか、メディアもそれを分かっていてやっているというのが、本当のところなのでしょう。
 

【本】『その音楽の<作者>とは誰か リミックス・産業・著作権』― VRによって加速する古典的著作権からのパラダイムシフト

 
法務パーソンが音楽著作権処理の実務に携わると、業界の現実や慣習が著作権法の建前どおりになってないことがあまりにも多すぎて、イライラします。といっても、法律が現実や慣習にあわせてキレイに改正されるチャンスは、そうそう巡ってくるものではありません。

こんな状況がいつまで続くのやらと重たい気分になるのですが、そのイライラの原因を具体例をもって解きほぐし、法務パーソンの精神の健康を支えてくれるのがこの本。





英米法的「コピーライト」と大陸法的「著作権」との衝突


著者増田聡先生が指摘する、イライラの根本原因は、一言で言えばこれ。

著作権制度上の「楽曲の権利者」はその音楽の「作者」とは必ずしもイコールではない。(P154)

その理由と歴史的背景について、英米法上の“コピーライト”と大陸法の“著作権”制度の成り立ち、およびベルヌ条約の批准を目的として、混乱の最中で制定された日本の著作権法の成立の過程を、詳細に紐解きます。

コピーライトの原理はあくまでも「複製」に関わる経済的利権の配分や調整に発したものであり、情報複製産業の秩序維持と国家によるその統制との間で発展してきた法制度であって、「作者の権利」保護とは異なる理念に発したものである点だ。端的に言えば、コピーライトによって保護されるのは「(芸術)作品」の価値というよりも、作品の「商品」としての価値である。(P103)
「著作権」はコピーライトと異なり、保護の焦点は「作者」にある。作品は作者の人格の表現であり、故に作者が及ぼす作品への支配権は法的に正当化される。その作品から生じる経済的利益を作者が享受するのはもちろん、英米的コピーライトには見られない、作品の改変やその公表、あるいは氏名の表示・非表示などのコントロールを作者に与える「著作者人格権」(仏 droit moral)もまた原理的に当然認められることになる。後述するベルヌ条約に加盟することによって始まった日本の著作権制度も、法制度上この制度に分類される。(P104)

こうして大陸法を前提とした法律を作っておきながら、音楽の現場では、商業的な必要性から英米法的な著作権処理がなされ、法制度の例外として部分部分でこれを受け容れてきたという実態があります。法務パーソンとしてはここにイライラを感じるわけです。なんで法律と現実が綺麗に整合していないんだ!と。


広告音楽における大陸法的「著作権」の放棄事例


ここでいう法律と現実が綺麗に整合していない事例として、本書では、クラブ・ミュージックの現場と、広告と音楽のタイアップ・システムの2点を取り上げています。

個人的には、クラブ・ミュージックに関する指摘についても(弊ブログのこの記事この記事などで触れたこととの重なりも多く)頷くことばかりでしたが、弊ブログの読者層に本書を紹介するという意味では、広告音楽タイアップの事例のほうが親しみやすいでしょう。

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広告音楽タイアップにおいて音楽提供サイドは、著作権制度が保証する経済的権利(広告における著作物使用料)を放棄し、迂回した形(プロモーション効果による楽曲のヒット)で音楽からの収益を期待する。この広告音楽タイアップの戦略は、法的な理念の上では「作者の権利」であったはずの著作権が、「出版権」「原盤権」という形に変換され、複雑な業界の力関係のなかで経済的なリソースを担保する利権となってやりとりされている現状を顕著に示している。広告音楽を、著作物使用料を期待できるビジネスの場として用いるか、あるいは楽曲のプロモーションの場として著作物使用料を免除するか、といった音楽提供サイドの戦略は、公益法人であるJASRACをもアクターとして巻き込みながら、複雑な業界諸アクター相互の力関係により媒介される。そこでの著作権制度は、うまく利用して経済的価値を生み出させるための装置である一方、JASRACの規定改定に見られるように、業界内の力関係を反映して変容していくものでもある。

先に概観したように、日本の著作権制度は大陸法的な「作者の権利」の保護という原理を機軸に成立しているとされる。がしかし、それはあくまでも法的なレベルでの理念であって、現実の音楽著作権ビジネスの実務においては、「出版権」「原盤権」という音楽産業のシステムにおいて慣習的に成立している利権を、さまざまな使用実態のなかでいかに効率的に活用していくかがポイントになることが見て取れる。(P151-152)


「現実」と「仮想(拡張)現実」の区別の崩壊


著者自身は、こういった現状については「肯定も否定もしない」「ただできることは(略)諸概念のささやかな交通整理を行うことであるにすぎない」と本書冒頭P8で宣言しています。それもあってか、本書はその末尾P206で、名和小太郎著『サイバースペースの著作権』を紹介しながら、こうおとなしめに締めくくられています。

名和小太郎は、今日の著作権制度における基本的原理を揺動させている諸原因を、大きく七つにまとめている(名和1996:174ー176)。
1 個人的制作から集団的制作への変容
2 既存の著作物を素材にする著作物の増加
3 ネットワークにおける著作物(どこの国の法律を適用するか)
4 コピー技術の発達によって、著作物使用の許諾権が行使し難くなる
5 市場をバイパスして流通する著作物の増加
6 伝統的著作物の諸カテゴリーを横断するようなデジタル著作物の増加(マルチメディア作品など)
7 「複製」と「公衆伝達」の区別の崩壊(インターネットなど)
古典的な著作権制度の基盤を危うくしているこれらの社会的変化は、その制度が依拠している原理、十九世紀的な作者概念のゆらぎの原因でもあり、その結果でもある、ということだ。

しかし、ビジネスに携わる者として、著作権制度についてこれだけの不安定な要素が見えている現状を看過できないのではないでしょうか。

そして私から付け加えるならば、2016年の今、ここにさらにもう一つの社会的変化がはじまりつつあるということを指摘しておきたいと思います。それは、

8 「現実」と「仮想(拡張)現実」の区別の崩壊(Virtual Realityなど)

です。


このVine動画内で実演されているのは、VR Chatというコミュニケーションプラットフォームです。VR技術の利用事例としては非常に単純なものですが、このような、ヘッドマウントディスプレイの中に広がる360度の「VRという別世界」の中で、他人のアバターがディスプレイやスピーカーでコンテンツを視聴している姿を私のアバターがヨコから垣間見る、というシチュエーションにおいて、
  • 私以外のアバターが、「現実世界」の私の書籍を「VRという別世界」で“私的”に閲覧する
  • 私以外のアバターが、「現実世界」の私のバンドの曲を「VRという別世界」で“私的”に演奏する
とき、どのような権利処理がなされるべきか?単にブラウザやアプリを通じSNS上で他人の著作物を利用するのとはまた違った、複雑な問題を孕んできます。

ブラウザ・アプリ時代のインターネットによって著作権制度が大きく揺らいだとはいえ、英米法・大陸法ともにパラダイムシフトと呼べるほどの変化には至らず、いわば小康状態が続いてきました。ここで次の技術であるVR技術がインターネットのプラットフォームになるかもしれないという未来が見えてきた今、その変化の加速度は一気に高まり、臨界点を迎えようとしているように思います。
 

【本】『秘密保持契約の実務』― みんなにとってのルーチンワークも書籍化すれば価値がつく


秘密保持契約だけに絞った実務書が、新刊として出版されました。





秘密保持契約ぐらいの締結頻度の高い契約類型となると、多くの会社でなんらかひな形が整備されているでしょうし、交渉が必要となるポイントがかなり限定されていることもあって、契約書起案・検討業務の中でも若手部員向けルーチンワークの代表選手となっているのではないでしょうか。

しかし、いざ他人にこれを教えようとなると、毎日のように見ていたはずの秘密保持契約書の文言に込められた意図を立板に水のようには説明できないこと、そして意外にもそれらのポイントを体系的にまとめて解説してくれている文献が少ないことに気付かされます。求められるたびに、あわてて猪木先生のブログ記事を紹介したり、Business Law Journal等の法律系雑誌のバックナンバー記事にバラバラに掲載されているノウハウを整理した解説用のテキストを作成したり…。「ニーズはあるんだから誰かちゃんとした先生が本として出してくれれば売れるのに」「なんなら自分で出版社に企画を持ち込んじゃおうかな」と思っていましたが、ようやく、西村あさひ法律事務所の先生方が重い腰を上げてくださったというわけです。

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内容については、日本国内企業同士の契約でよく見られる水準の秘密保持契約をベースとして、和英対訳となったサンプル条項を逐条で解説する、奇をてらわないスタンダードな作り。
・秘密情報の例外(受領当事者の独自開発情報、従業員の記憶に無形的に残留した情報など)
・秘密保持義務の例外(役職員やグループ会社への開示、法令等や取引所の処分など)
・秘密情報の複製
・有効期間
・秘密情報の破棄または返還
のような、相手方とバトルになる頻度の高い論点も明示的に取り上げられており、通常業務に困らないだけの網羅性はほぼ担保されていると思います。実際に交渉することは少ないが検討俎上にはあがる契約違反時の違約金・損害賠償額の予定の是非などについても、言及があります。また、秘密保持契約書作成・検討の前提知識であるもののきちんと抑えているかと言われると不安になってしまう平成27年改正不正競争防止法のポイントも、章を独立させて解説してくださっています。

反面、英文の秘密保持契約書に見られるような、マニアック・トリッキーなドラフティング事例がたくさん紹介されているような類の本ではありません。サンプル条項は和英対訳とはなっていますが、あくまで日本語の標準的な条文をそのまま英語訳したものであり、英米法をベースとして活動する企業には受け入れられない可能性が高いと思います。ここは、敢えての割り切りということでしょう。


ともあれ、契約書ひな形集の一部に数ページだけ掲載されているような頼りない秘密保持契約書のサンプルを参考に、不安を覚えながら見よう見まねで修正起案を重ねている人も少なくなかったはずで、本書が売れることは間違いなさそうです。
 

【本】『情報法概説』― ネットビジネスのプラットフォーマー問題が爆発する日は近い

 
昨日に続きまして、法律書マンダラ2016の情報法部門より、弊ブログでは未紹介だった12月の新刊をご案内します。


情報法概説
曽我部 真裕
弘文堂
2015-12-22



インターネット法』よりももう少し幅広く、かつさらに法学的な切り口で、情報全般に関する法律と基本概念を体系的に整理する本書。中でも特に集中的に論じられているのが、媒介者=プラットフォーム事業者が負うべき法的責任についてです。

私有地においてビラを配布したことが住居等侵入罪(刑法130条)等の法令違反に問われた事案は著名なものだけでも相当数存在するが、そこでは、実際には土地所有者・管理者の権利と表現の自由との調整が問題となっており、多くの場合、私有地内での行為だけに、いわゆるパブリックフォーラムの法理の適用も困難であり、後者に不利に解決されてきた。
このように、私人の管理する場における表現の自由という主題は新しいものではないが、インターネットにおいては私人の管理する場で行われる表現の量や種類が圧倒的に増大しており、それだけに問題は深刻となる。そこで、情報法においては、公権力、プラットフォーム等の情報媒介者、一般利用者という三面構造を前提とする必要がある。(P33)
アプリストアにおいては、OSの開発者たるプラットフォーム事業者が特定の決済手段の利用をアプリ提供者に強制し、他の決済手段の利用を認めていないことがある。これは決済に関する情報(顧客情報、販売金額等)を集中的に取得し、プラットフォーム事業者としての地位を強化するという事業者の戦略と考えられるが、このような行為は独占禁止法上、不公正な取引方法等に該当する場合がある。(P81)
近時、プラットフォーム事業者の利益水準の相対的な高さに注目が集まっており、一部のコンテンツ事業者はこれを不満に感じている。プラットフォーム事業者の利益水準が高いこと自体は、それがプラットフォームのイノベーションにつながるという側面もあり、責められるべきものではない。ただ、プラットフォームに関わる事業者全体の余剰や、消費者余剰を考えた場合には、利潤の適性な配分については検討の余地がある。そこで、コンテンツの多様性、プラットフォームの効率性(イノベーションの促進)等、プラットフォームに関わる社会厚生についてどのように評価すべきかが課題となる(P81脚注)

このような、プラットフォーム事業者の市場独占によって発生する弊害についての言及が随所になされている点が、一番の読みどころとなっています。

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ITビジネスに携わる中で、プラットフォーム事業者が有する圧倒的な優位性に脅威を感じることや、取引の媒介者として本来負担すべき法的リスクの一切を他者に転嫁しようとする態度について憤りを感じる機会は増える一方です。この一年は、その問題意識について関係者にご理解いただくための活動を、私なりの方法でさまざまやってきました。しかし、官公庁にはそういったプラットフォーム事業者と利害が一致する部門があり、この問題で困っている当事者に対し理解を示そうとしない・見てみぬふりをする向きも少なからずあるようです。

そんな中、海外ではライドシェアリングサービスについてタクシー事業者との衝突が、そして日本では民泊あっせんサービスと近隣住人との衝突が取り沙汰されはじめています。2016年も同様の問題が次々と顕在化し、これまでのような対応では済まされなくなるのではないでしょうか。

来年以降は、違ったアプローチでこの問題に取り組んでいきたいと思っていたところ、その法的理論武装の助けとなる頼もしい文献がこうして出版されたのは喜ばしいことです。
 

【本】『インターネット法』― ネット上での活動の自由と規律とのバランスの取り方


インターネット上で行われる表現・コミュニケーション/電子商取引/知財/紛争解決合意に関する法律の今を、研究者の視点から整理し、将来を展望する本。実務家の間で定評のあった高橋編『インターネットと法』の正統な後継書と言ってよいでしょう。法律書マンダラ2016推薦図書です。





インターネットに関わる法律のほぼすべてを概説するこの本が特に力点を置いているのは、ネット上での活動の自由と規律とのバランスの取り方についてです。私がクリエイティブ方面に強い新進気鋭の先生方とインターネット法に関する私的勉強会を持たせてもらっている中でもちょうど話題になっているテーマですし、ネットビジネスの事業者にとっても、これからますます問題が顕在化し実務上も対処に苦慮することになるであろう論点でしょう。

この点、代表編者である松井先生の総論としては、

やはり原則はインターネットのうえでの自主的な規制に委ねつつ、現行の法律を個別的にインターネットに適用し、その適用に際して、インターネットの特性に応じて修正してゆくほうが望ましいように思われる。

ということなのですが、だからといってなんでもフリーダムでOKというような乱暴な論稿にはなっておらず、まさにその“個別的な適用”について各分野の専門家が丁寧に論じています。

個人的には、山口いつ子先生による第2章「インターネットにおける表現の自由」、とくにその中の「インターネット法の新たなデザインに向けて」と題する図とこの全体像に基づく論稿のおかげで、1社目に就職した国家から管掌された放送・通信事業者で得た経験と、そして今いるプラットフォーマー(媒介者)に支配されるコンテンツ事業者での苦悩が、自分の中で一つのフローとしてつながった感覚をおぼえました。まだはっきりとした言葉にまではできておらずもやもやしているところなのですが、この章が自分なりのアイデアをまとめる大きなヒントになりそう。

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また、もう一つの読みどころとしては、第13章「国境を越えた紛争の解決」の章が挙げられます。ここでは、インターネット法の最重要論点ともいうべき準拠法と裁判管轄の問題について、Twitterの利用規約等を例に挙げながら他の類似書・論文よりもかなり具体的なあてはめ・解釈にチャレンジしています。その一例として、以下P337およびP342脚注より。

例えば、Twitterの利用規約では、「12.一般条件 B.準拠法および裁判管轄」として、「本サービスに関連する一切の請求、法的手続きまたは訴訟は、米国カリフォルニア州サンフランシスコ郡の連邦裁判所または州裁判所においてのみ提起されるものとし、ユーザーはこれらの裁判所の管轄権に同意し、不便宜法廷地に関する一切の異議を放棄するものとします」とされているが、民事訴訟法上は、日本に居住する消費者との契約に関するこの合意は原則として有効とはならない。しかし、このことは、Twitter社がカリフォルニア州で日本居住の消費者を訴えることを妨げるものではない。手続法は法廷地法によるのが原則であり、カリフォルニア州では日本の民事訴訟法を全く考慮しないで裁判管轄を判断するからである。ただし、日本の管轄規定上許されない管轄原因に基づき下された判決として、後述する外国判決の承認・執行時に問題となる可能性は高い。
消費者契約にかかる管轄合意は原則無効であるのに対して、準拠法合意は原則有効である。したがって、上述した、Twitterの利用規約「12.一般条件 B.準拠法および裁判管轄」中で、「本規約およびそれに関連して行われる法的行為は、米国カリフォルニア州の法に準拠するものとします」という部分は原則有効となる。

この章だけをとっても、ネットビジネスに携わる方にとっては必携の本と言って良いと思います。

それにしても、今年見た法律書の中でも本書は装丁がダントツにカッコいいですね。奥付を拝見すると田中あゆみさんという方が担当なのでしょうか。装丁がいい本は良書という法則は、どうやらこの本にも当てはまるようです。
 

投資契約上の「上場努力義務」に法的拘束力を持たせるにはどうすればよいか

 
会社に投資をする以上、なんらかの成果・リターンを求めるのは当然。そのために投資契約や関連して締結する株主間契約に入れられるのが「対象会社/対象会社株主は、2018年◯月を目処として、対象会社の株式を上場すべく最善の努力をする」といった「上場努力義務」条項です。

もちろん、様々な事情や都合そして市場環境もあり、現実に上場にまでこぎつけられる会社というのは星の数ほどある企業の中のほんの一握りに過ぎません。では、契約書上こういった上場努力義務条項があったにもかかわらず上場をしない・させないことは、債務不履行となるのでしょうか?

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法的拘束力を否定する複数の判例


この点に関し、先日発行された西村あさひ法律事務所M&Aニューズレター2015年9月号で、株主間契約における上場努力・協力義務条項の法的拘束力について争われた東京地裁平成25年2月15日判決(判例タイムス1412号228頁)が解説されていました。

M&Aニューズレター 2015年9月(西村あさひ法律事務所)
本判決は、上場協力義務について、大きく分けて、(1)内容の具体性の欠如、(2)契約の主たる目的との関連性、(3)契約の文言との矛盾の存在を理由として、その法的拘束力を否定し、上場協力義務違反を理由とするXおよびAの請求を棄却しました。
株主間契約に限らず、M&A取引においては、このように、契約締結の時期からいって、合意内容の具体的な特定が困難であることや、当事者のコントロールの及ばない事項であること等を理由に、抽象的な努力義務や協力義務の形で規定を設けることは良くあり、例えば、当局の承認や必要な許認可の取得に向けた義務、対象会社のスタンドアローン化に向けた義務、年金等の人事労務制度の構築に向けた義務等などは、抽象的な努力義務や協力義務の形で規定されることが比較的多いように思われます。
従来の判例(最高裁平成元年 11 月 24 日判決裁判集民事 158 号 181 頁等)では、合意内容が確実性や具体性を欠き、また、合意時点では合意内容の実現に必要な条件等が整っておらず時期尚早というような段階である場合には、その法的拘束力が否定されることが多く、本判決は判例の従前の立場を踏襲したものともいえます。しかし、多大な時間とコストをかけて契約交渉を行う M&A 取引において、当事者が義務として条項化している以上は、その義務の内容が抽象的であるため、義務違反の立証が困難であるといった事情は十分承知の上で、それでもなお相手方を拘束するために規定しているというのが一般的な当事者の意図であり、およそ法的拘束力を有しないという結論は当事者の合理的な期待に合致しないように思われます。

この地裁判決は事例判決の要素が色濃いとはいえ、解説の伊達隆彦先生も述べていらっしゃるように、日本の裁判所は上場努力・協力義務の法的拘束力を認めることにネガティブな様子が伺えます。

文献に見る専門家の見解


実際の投資契約や株主間協定でこういった条項をドラフティング・レビューする立場の私たち企業法務パーソンとしては、契約に規定する以上上場努力・協力義務条項の法的拘束力が認められるための基準ははっきりと理解しておきたいところ。特に投資家サイドとなるケースにおいては、起業家側の努力義務に法的拘束力が認められるかはシリアスな問題となります。そこで、そのための基準や考え方を整理した文献がないか探してみたところ、こちらの本に手がかりがありました。




もっとも、努力義務であっても法的拘束力のない紳士協定となるものではなく、たとえば、会社が株式公開をするという方針を完全に撤回したような場合には、株式公開に向けた努力がおよそなされなくなるので、努力義務違反として認められることもあり得ます。この場合、投資家は投資契約上の義務違反があったときには投資家が保有する株式を創業者等は買い取らなければならないという条項があれば、この条項とセットで、努力義務の定めも一定の意義を有することになります。(P257)
株式公開が実施されない理由が、会社において株式公開の基準を形式的にも実質的にも充足するにもかかわらずあえて行わないということであればともかく、努力したにもかかわらず結果として株式公開に至らなかった場合に、個別の事案にもよりますが、株式買取条項が発効されるとなると創業者等にとっては酷といえます。(P257)

やはりケースバイケースと言った書きぶりではありますが、さきほどのニューズレターの結論部よりもやや踏み込んでくださっています。

さらに、同書P257脚注で紹介されている経産省主催の研究会資料を読み込んでみると、買戻条件の設定に関する実例とその分析を踏まえての、適切な買戻条項のあり方が具体的に提言されていました。これはかなり貴重な資料です。

ベンチャー企業の創出・成長に関する研究会 最終報告書(ベンチャー企業の創出・成長に関する研究会)
(i)損益状況、財務状況その他ベンチャー企業の経営状況からみて、株式公開の要件を満たしているにもかかわらず、ベンチャー企業が株式公開をしないことを発動条件とする「努力不足型」と、(ii)ある年月までに株式公開をしなければ自動的に発動条件とする「外形標準型」に分類できる。(i)「努力不足型」を採用するベンチャーキャピタルが多い。

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(P78-79)
各類型の買戻価格設定の実態を踏まえると、今後は、買戻条項の設定に当たって、以下の点に留意すべきであろう。
第一に、2)株式公開が実現されない場合のうち(ii)外形標準型、あるいは、3)ファンド終期が近づいた場合に、その買戻価格を、ベンチャーキャピタルファンドの取得価額(あるいはこれに経過利息を加えた価額)と買戻請求時点での様々な方法による株価評価価額のうち最も高い価格(あるいはベンチャーキャピタルが決定した価格)とすることは、買戻条項の発動がベンチャー企業自身の努力とは関係なく外的環境によって発生するにもかかわらず、その結果のダウンサイドリスクをすべてベンチャー企業側に負わせているという意味で、衡平を逸しているのではないか。
第二に、2)株式公開が実現されない場合((i)努力不足型および(ii)外形標準型)あるいは、3)ファンド終期が近づいた場合に、その買戻価格を、買戻請求時点での様々な方法による株価評価価額のうち最も高い価格(あるいはベンチャーキャピタルが決定した価格)とすることは、結果として、ベンチャーキャピタルファンドの投資回収手段(「出口」)として、他企業への売却をしにくくしているのではないか。(P80-81)
上記の二つの観点を踏まえると、2)株式公開が実現されない場合のうち(ii)外形標準型、あるいは、3)ファンド終期が近づいた場合には、買戻請求時点での様々な方法による株価評価価額を基準としつつ、ベンチャー企業側とベンチャーキャピタルファンド側とが協議をして定めた価格(すなわちその時点での適正価格)で、買戻すこととするべきではないか。また、2)株式公開が実現されない場合のうち(i)努力不足型については、買戻請求時点での様々な方法による株価評価価額を基準としつつベンチャー企業側とベンチャーキャピタルファンド側とが協議をして定めた価格とベンチャーキャピタルファンドの取得価額(あるいはこれに経過利息を加えた価額)のうちいずれか高い価額で買戻すこととすることも考えられるのではないか。(P81)

お役所系文書だけに、かなりまわりくどい言い回しとなっていますが、法的拘束力を持たせることも十分に可能と読める内容です。

まとめ


以上を踏まえて私なりにこの論点を整理すると、
  • 投資契約の買戻条項にリンクさせた上場努力義務の規定は、(判例上その義務の曖昧さから効力が否定されている事例もあるため)条件に具体性を備えることが重要であり、その点に注意すれば定めることには十分に意味がある
  • 努力不足型を採用する場合の条項は、「その財政状態および経営成績等が株式公開のための形式的基準に適合し、幹事証券会社の判断、既公開会社の事例等に照らし公開の準備を開始又は続行できると投資家が判断したにもかかわらず、同ベンチャー企業が株式公開のために必要な準備又は手続きを開始せず、その実現に向けて合理的な努力をしなかった場合」「買戻請求時点での客観的株価評価価額を基準としつつも、原則としては投資家の取得価額に経過利息を加えた価額(すなわち投資家出資額ベース)で買戻す」こととすべき
  • 外形標準型を採用する場合の条項は、「ベンチャー企業が、○年○月○日までに株式公開しない場合」「買戻請求時点での客観的株価評価価額(すなわち時価ベース)で買戻す」こととすべき
という感じでしょうか。

判例を踏まえて、投資家サイドとしてさらに安全を見るならば、外形標準型は採用しないでおくか、または外形標準型と努力不足型のハイブリッド規定にしておいたほうがいいのかも、という感触をもっています。
 

『アプリ法務ハンドブック』出版記念セミナー報告とOSSに関するご質問に対する補足

 
10月22日(木)16:00ー18:00に、レクシスネクシス・ジャパン主催『アプリ法務ハンドブック』出版記念セミナーを、AP渋谷道玄坂で開催しました。

40名弱の方にご参加いただき、終了後のアンケートからは内容、時間の長さ、テンポ等いずれも多くの方にご満足をいただけたようで何よりでした。また終了後は、10名くらいの弊ブログを毎週のように御覧下さっているという方々に直接ご挨拶することも出来ました。お忙しい中ご参加下さったみなさまに、この場をお借りして御礼申し上げます。誠にありがとうございました!


セミナーのQ&Aの時間には、OSSと資金決済法に関してかなり具体的な限界事例に関する質問をいただき、その関心の高さを改めて感じました。

OSSについては、共著者であるField−R法律事務所の東條先生から「OSSのライセンスは法律家が読んでも難解な文言であるため、その解釈の正確さに拘泥するより、専門家と相談しながらまず自社なりの遵守基準を作っておき、いざというときに正当性を主張できるようにしておくことが大事」「その最初のステップとして、本書記載のポイントを最低限抑えておくとよい」という趣旨のアドバイスがありましたが、この点、私も以前『企業法務について』の@kataxさんのプレゼンテーションに触発されてOSSのライセンスを読み込んだことがあるのですが、やはり同様の考えをもっています。

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補足として、もう少しOSSに関する知識を広げたいという方には、以前弊ブログでも簡単にご紹介した書籍『ソフトウェアライセンスの基礎知識』を読んでいただくか、


ソフトウェアライセンスの基礎知識
可知 豊
ソフトバンククリエイティブ
2008-09-25



さらに詳しい文献として、電子書籍販売のみとなりますが、同じく可知豊さんがリリースされている『知る、読む、使う!オープンソースライセンス』をおすすめします。上記2文献は、OSSに関して知っておくべき情報が網羅的に収められているほか、日本語・英語で読める参考文献へのリファレンスも豊富にあり、OSSの情報源としては大変貴重な存在です。


知る、読む、使う! オープンソースライセンス
可知豊
達人出版会
発行日: 2011-12-20
対応フォーマット: EPUB, PDF


その他、ネットで日本語で読める記事で私が参考にしているものとして、以下をご紹介しておきます。


▼「オープンソース・ライセンス」翻訳(オープンソース法)
http://opensourcelaw.blog18.fc2.com/

▼OSIの定義に基づくOSSライセンスの特徴分類と現場での課題との関連に関する検討(情報ネットワーク法学会第14回大会資料)
http://www.in-law.jp/archive/taikai/2014/kobetsuB3-slide.pdf

▼エンジニアのための契約勉強会 – オープンソースライセンス編まとめ(オープンソース・ライセンスの談話室)
http://www.catch.jp/oss-license/2015/06/27/seminar/

▼エンジニアのための法律勉強会 #5『OSSのライセンスと、コンテンツやソースコードの著作権』参加メモ
https://gist.github.com/koyhoge/25e7b318d64d6fb1ae7e

▼エンジニアのための法律勉強会 #6『続:OSSのライセンスと、コンテンツやソースコードの著作権』 参加メモ
https://gist.github.com/koyhoge/dd2957d75fcf6e7d2734

▼「OSSライセンス=契約」という誤解を解く (@IT)
http://www.atmarkit.co.jp/ait/articles/1412/15/news011.html

▼OSSライセンスが求める条件とは? (@IT)
http://www.atmarkit.co.jp/ait/articles/0902/05/news135.html

▼OSSライセンス順守の第一歩 (@IT)
http://www.atmarkit.co.jp/ait/articles/1002/18/news106.html

▼「事例に学ぶ、オープンソース知財セミナー2010 」開催のご報告(オージス総研)
http://www.ogis-ri.co.jp/event/f-01-00000265r.html


引き続きよろしくお願いいたします。

アプリ法務ハンドブック (BUSINESS LAW JOURNAL BOOKS)
小野 斉大 (著), 鎌田 真理雄 (著), 東條 岳 (著), 橋詰 卓司 (著), 平林 健吾 (著)
レクシスネクシス・ジャパン
2015-10-09


エイベックスのJASRAC離脱で風雲急を告げる音楽業界と音楽著作権実務

 
音楽業界と音楽著作権実務に大きな影響を及ぼすニュースが飛び込んできました。ちょうど弊ブログでも9月のシルバーウィークに音楽著作権のエントリを連投していたんですが、あれは虫の知らせだったんでしょうか・・・。

エイベックスがJASRAC離脱 音楽著作権、独占に風穴(日本経済新聞電子版)
音楽最大手の一角、エイベックス・グループ・ホールディングスが同協会に任せていた約10万曲の管理を系列会社に移す手続きを始めた。JASRACから離脱し、レコード会社や放送局から徴収する使用料などで独自路線を打ち出す。
使用料はCDの場合で税抜き価格の6%、放送の場合は各社の放送事業収入の1.5%を徴収。著作権者への利益還元に役立ってきた。ただ、同協会が著作権管理を独占していることで、レコード会社や配信会社は使用料で有利な条件を引き出しにくいのが実情だ。これが音楽市場の活性化を妨げているとの指摘もある。
エイベックスは子会社のエイベックス・ミュージック・パブリッシング(AMP)を通じ、JASRACに音楽著作権を預けてきた契約を一斉に見直す。今後は系列のイーライセンス(東京・渋谷)に委託する。コンサートなどでの楽曲の演奏権を除くすべての音楽著作権が対象になる。

エイベックスさんといえば、その昔、コピーコントロールCD(CCCD)を大真面目に広めようとした(そして失敗した)歴史があります。当時ダンスミュージックが好きでDJもどきをやっていた私としては、エイベックスさんの得意分野であるトランス系アーティストのCCCDがDJ用機器で読み込めず、ユーザーとして大変困らされた記憶しかないのですが、CCCDといい今回の動きといい、「多少の波風を立ててもアーティストと音楽業界の権利を意地でも守る」というそのスタンスは、まったくブレていないということなのかもしれません。


ところで、記事を読んでいて音楽著作権処理の実務に関わる者として気になったのは、「演奏権を除く」とある点です。音楽著作権を管理団体に預ける際には、下図のようにその著作権の支分権のまとまりごとに信託・委託範囲を指定することになるのですが、JASRACに信託しない道を選ぶ場合、現時点では演奏権の管理(権利行使)が事実上行えません。


その結果どうなるのかというと、たとえば、音楽著作権者の立場として放送以外で大きな収入源となりうるカラオケでの利用において、通信カラオケ業者に対するネットワーク配信に関する公衆送信権と店舗設置カラオケ機器への複製に関する複製権に係る使用料は徴収できても、そのカラオケ機器を設置して演奏している(客に歌わせている)カラオケ店舗に対する演奏権に係る使用料を徴収できない、つまり、その分の著作権者としての収入も得られないということになります。

なぜこうなっているのかと言えば、演奏権の管理には大きな手間がかかるから。全国に支部を持ち、店舗を実際に足で回る多数の徴収担当者を抱えているJASRACだからこそ、この演奏権管理に実効性が担保できているというのが現状なのです。こういった理由から、著作権者としての利益を最大化しつつフレキシブルな音楽著作権管理を実現するための実務として、演奏権のみをJASRACに信託し、その他の支分権をイーライセンスに委託するという組み合わせワザを使うケースもあったりします。

ということで、エイベックスさんも日経記事タイトルにある「JASRAC離脱」とまではまだいかなくて、実は演奏権だけは(しばらくの間)JASRACに残すんじゃないかな?と推測しています。そうでないと、ユーザーとしてもエイベックスさんの楽曲が演奏できないということにもなりかねませんし。なお、いったん全信託していたJASRAC管理楽曲につき、演奏権だけを残してその他の支分権を引き上げるということが実務上できるのかどうかは、私も詳しく知りません。

いずれにせよ、イーライセンスがJRCと統合されエイベックス傘下に入るという動きもあり、将来この演奏権の管理についても強化が図られ、硬直的だった音楽著作権実務にブレイクスルーを実現してくれることを期待しています。 
 

『アプリ法務ハンドブック』本日発売(追記あり)


『アプリ法務ハンドブック』、いよいよ本日よりAmazon・一般書店にて発売開始です。


アプリ法務ハンドブック (BUSINESS LAW JOURNAL BOOKS)
小野 斉大 (著), 鎌田 真理雄 (著), 東條 岳 (著), 橋詰 卓司 (著), 平林 健吾 (著)
レクシスネクシス・ジャパン
2015-10-09



Amazonでの販売状況


Amazonでは、未明からどういうわけだか「一時的に在庫切れ; 入荷時期は未定」表示となっていますが、おかげさまで予約が好調だったということもあって、在庫は潤沢に置かせていただける方向で調整済みと聞いています(Amazonは「売れる本」判定されないと1入庫あたり15冊以上の在庫をしてくれない)。出版社に連絡してすぐに対応させる予定。

2015.10.11 00:50追記
ようやく「在庫あり」となりました。お待たせして申し訳ありませんでした。


書店での販売状況


書店では、法律書の棚ではなくIT専門書の方の棚に置いていただくことになっています。書店でお求めの方はどうぞご留意下さい。

2015.10.18 21:30追記
都内では渋谷MARUZENジュンク堂・霞が関書原・丸の内MARUZEN・八重洲ブックセンター・紀伊国屋書店・丸沼書店で販売を確認しています。
一方、Book1st、三省堂、啓文堂等のチェーンには入荷されていないようです。書店ではかなり入手困難な模様。。。


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MARUZENジュンク堂さんが一番早かった

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霞が関書原さん

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丸の内MARUZENさんは3Fコンピュータ書籍の奥の方に

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八重洲ブックセンターさんは予定外の2F法律書の複数の棚に置いて下さってました

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新宿紀伊国屋書店には特設コーナー

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丸沼書店さんにはかろうじて1冊入荷


追加告知:出版記念セミナー開催


10月22日16:00より、『アプリ法務ハンドブック』出版記念セミナー(書籍付き)@渋谷を開催することになりました。

2015.10.18 21:30追記
おかげ様で50席ほどが満席となりました。ありがとうございます。


ブログ等でのご紹介・ご感想


ブログ等でもご紹介・ご感想をいただいています。今後拝見次第以下のリンクを更新していきたいと思います。お読み下さった皆様に御礼申し上げます。

・「アプリ法務ハンドブック」レビュー(Footprints)
 http://d.hatena.ne.jp/redips/20151008/1444253926

・『アプリ法務ハンドブック』(レクシスネクシス・ジャパン)(::::弁護士 川村哲二::::〈覚え書き〉::::)
 http://stuvwxyz.cocolog-nifty.com/blog/2015/10/post-640e.html

・書籍紹介〜小野=鎌田=東條=橋詰=平林「アプリ法務ハンドブック」(弁護士川井信之(東京・銀座)の企業法務(ビジネス・ロー)ノート)
 http://blog.livedoor.jp/kawailawjapan/archives/8172026.html
 
・【レビュー】アプリ法務ハンドブック(事業者目線で)(企業法務について)
 http://katax.blog.jp/archives/52712352.html

・「アプリ法務ハンドブック」(知的財産と調査)
 http://ameblo.jp/123search/entry-12082741781.html



何卒宜しくお願いいたします。

【本】『ニューヨーク州弁護士が教える 英文契約書の基礎』― 中村緑本に代わる“新・基本書”現る

 
発行元のレクシスネクシス社より著者の松崎謙先生より、明日発売の著書を先行してご恵贈いただきました。ありがとうございます。
※著者献本を頂いたものと勘違いをしておりましたので訂正します。





法務に配属された新しいメンバーが和文契約書を一通りこなせるようになって、じゃあ次は英文契約書もドラフティングできるようになってもらおうかという時に、お勧めすべき1冊目の本はどれか?これ、実は結構難しい選択ではないでしょうか。

私がこれまでそういったシチュエーションで勧めてきたのは、英文契約書の緑本こと中村『英文契約書作成のキーポイント』です。同書は数年前に新訂版もでましたが、私の先輩の世代からの定番であり、BLJのブックガイド等でも根強い支持があります。しかし、独特の古めかしさ(そこが同書のトラディショナルな雰囲気を醸し出すいいところでもありますが)があってお世辞にも読み易いとは言いがたく、また必要な知識が満載とはいってもそれらがぶつ切りにつめ込まれているために、1冊めの本として通読し消化するには少々骨が折れる本であったとも思います。そんな欠点を解消し、すらすら読み進めながら英文契約書を読み書きするのに不可欠な知識を一通り学習できる“新・基本書(同書帯の宣伝文句より)”として、彗星のごとく現れたのが本書になります。


メインとなるのは、第2章。レクシスネクシス・ジャパンのオンラインデータベースに掲載されているモデル国際売買契約書全26条項およびその対訳の逐条解説を展開しながら、逐条のワクにとらわれずに各条項を理解するために知っておくべき横断的な英米法知識とボキャブラリーを紹介していく独特の構成となっています。売買契約のポイントをレクチャーするためというよりも、あくまで英文契約書とはどういうものかを説明するための教材として、売買契約書のモデル書式を用いているという感じです。読み始めた際は、著者の松崎先生がサービス業の蠹田未砲棺蠡阿覆里法△覆偲田未任肋ないであろう売買契約書を対象として取り上げたのか?と疑問だったのですが、なるほど読み通してみると、英米法ベースで法律の論点をひととおり解説するためにはサービス契約のモデル書式は向いていない(たとえば引渡し・危険負担・検査といった部分が取り上げられなくなる)からなんだ、と合点しました。英文契約書の説明のために日本人が勝手に作ったようなものではないnativeな条文という点も、学習者のためには安心です。

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このような凝った構成でいて、読者を混乱させずにすっと読ませる・理解できる筆致となっているのは、著者の豊かな実務経験と高い指導能力のなせる業なのだと思います。実務で必要な知識と初学者がつまづくポイントはどこかをそれぞれ知り尽くしたうえで、それでも覚えなければならないポイントは繰り返しをいとわず、そうかと思えば論点ではあるが初心者は割り切って表面的理解で済ませるべきところは割り切って説明を端折る、といった緩球のつけ方が絶妙です。そうでなければ、英文契約書のひととおりの基礎をたった250ページあまりの本書に収めることはできないでしょう。


本書まえがきにもあるとおり、今後も英文契約書のドラフティングのニーズは高まる一方です。それに伴って、そのノウハウをまとめた書籍も出版され続けると思われます。そんな中、1冊めの本書、具体的なドラフティングバリエーションを学ぶための山本『英文ビジネス契約書大辞典 増補改訂版』、そしてそれらに肉付けをしていくための平野『体系アメリカ契約法』&『国際契約の<起案学>』という英文契約4点セットは、しばらくの間鉄板として君臨し続けるのではないでしょうか。
 
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【本】『契約審査のベストプラクティス』― ひな形集ではなくリスク抽出と手当の定石を学ぶ本


みらい総合法律事務所さまよりご恵贈いただきました。発売されたらいずれ購入するだろうとは思っていたのですが、やや高価な本だけに予約は迷っていたところでした。ありがとうございます。





この本を契約書の「条項集」「ひな形集」と捉えてしまうと、その評価を誤ってしまうと思います。その理由が分かる部分を、以下まえがきから引用してご紹介。

契約書作成に当たり、想定されるリスクはすべて検討することが必要です。もちろん、想定外のことが起きるのが世の常ですから、リスクのすべてを想定し、それらを網羅して対策を盛り込むことには限界があります。外国の定型契約書は、紛争をめぐる長い歴史的経験を背景に、想定されるあらゆるリスクを詰め込もうとするため、膨大な条項数となることがあります。しかし、日本でこのような契約書を用いることはあまり多くありません。(略)必要なのは「その企業とその取引にとって」のリスク抽出の作業です。そして、想定外の事態が発生しても対応できるような柔軟な条項も効果的です。
契約書を作成する場合「定型書式」に準拠することは極めて重要です。定型書式はいわば囲碁の「定石」のように多くの人の手を経てたどり着いた成果ですので、一応の論点についての手当がなされ、その文章表現も練られており、趣旨が明確です。また「定型書式」の条項は、その解釈をめぐる紛争も前例が多く蓄積され、条項の解釈をめぐる紛争が起きにくくなっています。往々にして、担当者が思い付きで追加条項を設けたり、代表者の意向をそのまま反映するつもりで付加した条項は、趣旨が不明確であったりして、新たな紛争の種となることがしばしばあります。
本書は、法務部門である程度の経験を積んだ担当者を対象としているので、初歩的な解説は省いています。また、契約書文例を数多く集めて延々と並べる手法も採用していません。膨大な契約書文例を掲載しても、企業の担当者が本書を読み込んで目的に合致する契約書を探しだすことは手間がかかりますし、そもそも実務で用いられるすべての契約類型を網羅することは不可能だからです。

たしかにこのまえがきにあるとおり、本書に掲載された“定石”たる「定型書式」の条項の粒度を見てみると、以下のとおり若干粗めとなっています。
・秘密保持契約書の定型書式 全11条
・動産売買取引基本契約書の定型書式 全25条
・業務委託契約書の定型書式 全15条
以前ご紹介した阿部井窪片山ひな形本をすでにお使いの方は、実際の条項の規定ぶりを見比べても、あちらのほうが詳細だなという印象をお持ちになると想います。

ではなんなのかと言えば、本書はタイトルにもあるとおり『契約審査のベストプラクティス』、つまり契約におけるリスク抽出と手当の定石を学習する本なのだと考えます。そのことを裏付けまたこの本を特徴付けるものとして、各契約類型ごとのかなり細かめなチェックリストが用意されています。類型別のチェックリストとは別に、一般条項だけのチェックリストもあります。

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たまに実務系法律雑誌の特集企画で見かけることはあっても、これだけの契約類型のチェックリストを一冊に整理した市販の書籍というのは、ありそうなものでいてなかなかお目にかかりません。特に、一人法務でダブルチェックをしたい案件でもできない環境などでは心強いでしょうし、これを現場に展開して審査依頼を受ける前にセルフチェックさせるのなんていうのもいいかもしれません。


索引がない、業務委託契約の項が準委任契約ベースのみで請負契約ベースの解説が端折られている、第4章の賃貸借契約の解説のクオリティだけがやけに高い(この章の解説だけが徹底して条文の引用・判例による裏付けがなされている)など、気になる点はあったりもしますので、2年目以降5年目未満ぐらいの法務パーソンが読み込んでさまざまな契約類型を自学自習する本として、ぜひ今後も改訂とパワーアップを図っていただきたい本です。
 

サンリオキャラクターを使った広告に学ぶ新しいマルシーマーク表示法(追記あり)

昨年1月に、連続的に変化していくオンラインコンテンツのマルシーマーク表示における発行年はどう表記すればいいかという記事を書きましたが、それに関連する話題を一つ。


この週末にJRを利用した際に、サンリオさんのキャラクターを使った駅構内看板広告でこんな新しいタイプのマルシーマーク表示を見かけました。

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マルシーマーク表示部分を拡大してみると、こうです。

My Melody
©1976, 2015 SANRIO CO., LTD.
APPROVAL NO. G551102

以前私がブログで書いたように、当該著作物の最初の発行の年から更新された年までをハイフンでつなぐ ©1976ー2015のような表示例は、数多く見かけるようになりました。しかし、本広告におけるマルシーマーク表示のようなカンマで区切って2つの年号を並べている事例は、記憶の限り見たことがありません。

これは私の推測なのですが、サンリオのご担当者がこの表記方法で言わんとしているのは、おそらく、

ピンクの被り物をしたうさぎのキャラクターとしておなじみのマイメロディーの著作物の最初の発行の年は1976年ですが、本便秘薬の広告に登場する「スッキリ♪」な表情のマイメロディーは、2015年に(新たに)作画したものです

ということなのではないかと。

つまり、もともと1976年に誕生したマイメロディーのキャラクターの著作権の存続期間は、法人著作につき公表の翌年1977年1月1日から起算して50年後の2026年12月31日、あと11年弱で著作権が切れてしまいます。しかし、上記写真のようにカンマで区切った表記をあえてすることで、「この便秘薬の広告のために作画された“このマイメロディー”に関しては、2015年公表の翌年2016年1月1日から50年後の2066年12月31日まで著作権が存続する」と主張しているのではないでしょうか?

公表当初のキャラクターを原著作物として、それを変形したいわば二次的著作物として作成したキャラクター画に独立した保護期間が認められるかというのは、突き詰めて考えると面白そうな論点でもあります(誰かすでに考えていらっしゃる気もしますが)。

2015.10.4 22:45追記
と思ったらやっぱりそんなことはとうの昔に整理済みでした。大変お忙しい骨董通り法律事務所 for the Artsの中川隆太郎先生のお手を煩わせてしまいました。すみません!


こちら↓が昨年のつぶやき

ということは、本件マイメロディーにおいてはスーパーサイヤ人化がなされていない以上、このカンマ区切りのマルシーマーク表記をしたところで、著作年2015年の主張は無意味ってことになるんでしょうか(笑)。


サンリオさんのキャラクタービジネスの経験値は、日本企業の中でもトップクラスでいらっしゃいます。知財ご担当者にお会いできる機会に恵まれれば、このカンマ区切りの意図と効果について、ぜひご見解をご教示いただきたいものです。
 

2015.10.6 23:50追記
さらに追加で、以下の情報をいただきました。


早速たしかめてみたところ、本当にカンマ区切りになってます!

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加戸先生が採用しているということは、これはもう十分にアリだってことになりますね。

 

 

『アプリ法務ハンドブック』を出版します

 
前著『良いウェブサービスを支える「利用規約」の作り方』に続きまして、“いま自分が一番欲しい法律実務書”を出版することになりました。名前を『アプリ法務ハンドブック』と言います。本日、Amazonにて予約受付開始です。


アプリ法務ハンドブック (BUSINESS LAW JOURNAL BOOKS)
小野 斉大 (著), 鎌田 真理雄 (著), 東條 岳 (著), 橋詰 卓司 (著), 平林 健吾 (著)
レクシスネクシス・ジャパン
2015-10-09



本書は、表紙帯にも大きく書かれているとおり、アプリサービスで必要となる
・知的財産権
・プライバシー
・デベロッパー規約(プラットフォーマーとの契約)
・OSS(オープンソースソフトウェア)
・資金決済法
・未成年取引・デーティングやアダルトコンテンツ・EC・ゲームに関する規制
・広告・キャンペーン
といった、広範な法域をまたぐ法務のノウハウを、実際にこの事業に携わっている者の目線から横断的かつ網羅的にまとめた「ハンドブック」です。


introduction
校了直前の原稿より


良いウェブサービスを支える「利用規約」の作り方』は、利用規約というサービスを始めるのに最低限必要となる“アウトプット”の解説メインに振り切り、読みやすさ・使いやすさに徹した本でした。それに対して本書は、アウトプットを裏付ける各法律知識をインプットするパートにも、紙幅の許す限り具体例を豊富に交えて踏み込んでいます。そうした理由は、電子商取引の戦場がウェブからアプリへと移りつつあるここ数年で、事業者だけでなくユーザーを含むみなさんの法律知識のレベルが飛躍的に上がったと感じているから。数々の炎上事件を起こしながらも確実に法化社会に向かうインターネット、その中のアプリビジネス市場で成功を目指し真剣にチャレンジしている事業者のみなさんのお役に立ち、日本発のアプリサービス全体の発展に少しでも寄与できればというのが、共著者一同の思いです。

また、個人的なミッションとして、当業界で実際に働いている一人の法務パーソンとして日々危機感を強くし、これからさらにシリアスな問題になるであろうアプリサービスの“構造的問題”に対する警告も、そっと忍ばせてみました。当業界に詳しい方は、その問題に対する私のメッセージに共感していただけるかもしれません。


個人情報保護法改正の成立が9月まで延び延びになったり、その間にAppleが新製品を出しデベロッパー規約も改定され原稿書き直しになったりと、いったいいつになったら校了できるのか…と何度か気を失いそうになりながら、ようやくこうして世に送り出すことができました。共著者のみなさんとレクシスネクシス・ジャパン編集部の下村さまに改めて御礼申し上げます。
 
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