信頼できる著者らによって執筆されてはいても、目次が引きにくく、また索引すらなかった『個人情報保護法コンメンタール』が出てから3年。
その欠点を解消したうえで、令和3年改正による条ズレの反映、個情委ガイドラインの加筆修正内容を含め、最新論点を網羅した同法概説書の決定版がようやく出版されました。
本書の特徴は、既存の法解釈やガイドライン記載事項の整理・体系化にとどまらず、数度の改正を経てもなお残る個人情報保護法の課題について、「今後はきっとこうなっていく」という見立てを、著者らが弁護士としてサポートする企業の立場から積極的かつ大胆に述べてくれている点にあります。
私自身がパブリック・アフェアーズという職務に携わっていることもあって、法律書を読む際は「これはまだ成熟してない論点だな」と思った箇所には紫の付せんを貼りながら特に注目して読むのですが、本書はそうした未成熟論点を取り上げている量・頻度が他書と比較して顕著に多かった印象です。
試しに、私が読みながらピックアップした点をいくつか箇条書きしてみると
- ワクチン接種歴の要配慮個人情報該当性(P75)
- クッキーの取得と法21条2項適用(P172)
- AI採用・AI人事評価と保有個人データの「正確・最新性」確保(P180)
- 実態としては委託であるが提供の根拠は本人同意である場合の、監督義務発生の有無(P255)
- 第三者提供規制違反は漏えい等報告の対象に含まれるか(P269)
- ログイン後のページに漏えい報告の表示をすることは通知と言えるか(P305)
- SaaSのようなアプリレイヤーを含むサービスでもクラウド例外は適用されうるか(P321)
全900ページ弱にわたる本書の冒頭1/3までに限ってもこれだけ興味深い論点に正面から切り込み、そのそれぞれについて結論を曖昧にしたり誤魔化したりせず、企業の実務を知り尽くした筆者らの立場から見解を一旦述べてくれている点は、とても頼もしく感じられました。
このように紹介すると、ややもすると企業に都合の良さそうな見解ばかりを主張する、バランスを欠いた危なっかしい書籍なのでは?と心配される向きもあるかもしれません。著者らはそうした批判に備えてか、本書の元となるNBLの連載全16回の原稿執筆段階において、各回2時間ずつ監修者として名を連ねる宍戸常寿先生とのディスカッションを重ねていていたそうです。そこで宍戸先生から著者らに呈された問題意識や論点の要旨については、「研究者と実務家の対話」と題し、本文とは独立した形で巻末に収録されています。
条文解説に加えこのような実務見解まで含めた900ページ弱の概説書となると、上級者がピンポイントに分からないことを調べるために辞書的に活用する書籍というイメージを持たれるかもしれません。もちろんそうしたニーズにも十分対応できますが、本書は本格的な概説書にもかかわらず、文章の流れが良く読みやすさにも骨が砕かれている印象です。初学者が中途半端な入門書を何冊も乱読した結果混乱に陥るぐらいなら、間違いのない本書一冊に絞ってじっくりと取り組んだ方が早くマスターできるのでは?というのは言い過ぎでしょうか(いや、決して言い過ぎではない)。
9,000円(税別)というお値段も、ズバリ私が『個人情報保護法コンメンタール』の感想でせめてこれぐらいの値段だったらいいのに〜とつぶやいていた理想価格そのもの。法律書の中では結構高いじゃない、とおっしゃる方もいらっしゃるかもしれませんが、本書に関しては会社購入にとどめず、個人用として購入しいつでも手に取れるようにしておく価値が十分にある、そう断言させていただきます。