企業法務マンサバイバル

ビジネス法務に関する本・トピックのご紹介を通して、サバイバルな時代を生きる皆様に貢献するブログ。

_M&A/経済法務

【本】『種類株式ハンドブック』― 種類株式にウブなぼくらのAtoZ

 
この数年で、法律実務雑誌やウェブ媒体で取り上げられる頻度が高まっている契約類型の一つが、投資契約です。2015年以降は特に顕著で、「旬刊商事法務」のNo.2087, 2126, 2128、「ビジネスロー・ジャーナル」のNo.103-105で投資契約に特化した記事がそれぞれ掲載され、弊ブログでもいくつか記事をアップするようになりました。最近では「ビジネス法務」の2017年11月号の特集が、またウェブ記事では「BUSINESS LAWYERS」で柴田堅太郎先生が契約交渉の目線での解説を連載されていました。


BL201709140910


こうして雑誌やウェブ媒体で投資契約が取り上げられ、そのたびに読者に喜ばれているのも、それまで日本では種類株式を使った資金調達があまり使われてこなかったところ、スタートアップ投資ブームが本格化し、実務家のニーズが高まったからなのでしょう。

この急な種類株式ブームの高まりに骨太な法律系出版社からの文献の刊行も追いついていなかったところ、この度、実務書の王様ともいうべき商事法務「ハンドブック」シリーズが照準を合わせてきたというわけです。


種類株式ハンドブック
太田 洋・松尾拓也
商事法務
2017-09-13



ベンチャー企業への投資契約だけでなく、同族オーナー系中小企業の事業承継の場面や、役職員への株式インセンティブ付与、シャープのような不振に陥ってしまった大企業の資金調達など、用途が多岐に渡り法律上の論点も多いのがこの種類株式。これをいかに分かりやすく整理できるかが(ベンチャー起業家だけが読者ではないだけに)法律実務書としての真価が問われるところですが、この目次建てを見た瞬間、ああなるほど!と合点しました。

第喫圈“鷯緇豌饉劼用いる種類株式 
 第1章 概 説
 第2章 事業承継で用いる種類株式
 第3章 合弁会社で用いる種類株式
 第4章 ベンチャー企業(スタートアップ企業)の種類株式

第曲圈‐緇豌饉劼用いる種類株式 
 第1章 概 説
 第2章 IPO時の種類株式
 第3章 上場後の種類株式その1―元本償還権付・譲渡制限議決権株式
 第4章 上場後の種類株式その2―上場無議決権株式
 第5章 上場後の種類株式その3―トラッキング・ストック
 第6章 上場後の種類株式その4―株式報酬型の種類株式
 第7章 上場後の種類株式その5―不振企業の資金調達時の種類株式
 第8章 上場後の種類株式その6―拒否権付種類株式

つまり、ユーザーたる企業のステータスが非上場であるか上場であるかによって、種類株式の使い道や発行規制の内容が自ずと決まるわけで、これに合わせて解説すれば分かりやすくなるに決まってますねと。確かに。


上場前の種類株式に関しては、やはりベンチャー企業向けのものが私にとって身近だっただけに熟読してしまいましたが、株主間の利害調整と適切な投資インセンティブに種類株式がどう貢献するのかといった基本的な意味・意義から解説してくださっていて、投資契約の実務経験がない方にも読みやすい内容になっています。

IMG_9694


また、上場後の種類株式発行については、
・トヨタ AA型種類株式
・伊藤園 第1種優先株式
・ソニー SCNトラッキングストック
・シャープ A種種類株式
といった日本においてまだ少ない実際の定款規定事例を丹念に収集しながら、メリットと問題点を論じています。

このあたり、私は経験もなければ正直に申し上げて興味も薄かったところですが、一昨年からのコーポレートガバナンスコードの文脈から、

我が国上場企業としては、自らの持続的な成長と中長期的な企業価値向上のためにはどのような資本構成ないし株主構成が最適であるかにつき、トヨタのAA型種類株式などのも参考に主体的に検討した上で、元本償還権付・譲渡制限議決権株式を含む各種の種類株式を活用することも検討していくべきであろう。(P268-269)

との著者意見もあり、この観点でも研究していく必要がありそうです。
 

【本】『Venture Deals』― イノベーションのジレンマを破る手法としてのマイノリティ出資

 
米国におけるベンチャー投資の条件交渉の温度感を踏まえた、優先株による投資契約(の前提となるタームシート)の内容とポイントをわかりやすく説明してくれる定番書。その第三版が刊行されました。





第二版との主な差異は、Crowd Fundingの解説が独立の章として加筆された点。glossaryおよび索引にも充実が見られました。本書のウリであるタームシートのサンプルについては、レイアウトが見やすくなった点以外の変更は加えられていませんでした。私がチェックしたところ数字をfill inすべきアンダーバーが消えるなど第二版にはなかった誤植が複数ありましたので、ご利用の際はお気をつけ下さい。


IMG_8043IMG_8042


本書第二版の魅力については、すでに柴田・鈴木・中田法律事務所柴田先生のブログbizlaw_styleや、ビジネスロー・ジャーナル2017年2月号のブックガイド特集P58掲載の安田正修さん寄稿で紹介されているとおりです。私から付け加えるとすれば、たとえば下記引用部のConvertible Debtやvaluation capなどの仕組みの解説部分で見て取れるように、ベンチャー投資に携わったことがない人にもイメージが湧くよう、具体的な数字をあてはめて契約条項の効果・動きを解説しようという姿勢が貫かれているのが、この本のいいところだと思います。

Convertible debt is just that: debt. It's a loan. The loan will convert to equity (preferred stock, usually) at such time as another round is raised. The conversion usually includes some sort of discount on the price to the future round.
For example, assume you raise $500,000 in convertible debt from angels with a 20% discount to the next round, and six months later a VC offers to lead a Series A round of a $1 million investment at $1.00 a share. Your financing will actually be for $1.5 million total, although the VCs will get 1 million Series A shares ($1 million at $1.00 per share) and the angels will get 625,000 Series A shares ($500,000 at $0.80 per share). The discount is appropriate, as your early investors want some reward for investing before the full Series A financing round comes together.
The next economic term is the valuation cap, also known as the cap. The cap is an investor-favorable term that puts a ceiling on the conversion price of the debt. The valuation cap is typically seen only in seed rounds where the investors are concerned that the next round of financing will be at a price that is at a valuation that wouldn't reward them appropriately for taking a risk by investing early in the seed round.
For example, an investor wants to invest $100,000 in a company and thinks that the pre-money valuation of the company is somewhere in the $2 million to $4 million range. The entrepreneur thinks the valuation should be higher. Either way, the investor and the entrepreneur agree to not deal with a valuation negotiation and instead decide to consummate a convertible debt deal with a 20 discount to the next round.

なお、上記引用で紹介されているConvetible Debtに加え、貸金業規制リスクを回避しつつ契約としてのシンプルさも追求したSAFE(Simple Agreement for Future Equity)・KISS(Keep It Simple Securty)といった新しい投資スキームが開発され、実際に取引で利用される事例も目にするようになってきました。これらについて日本語で解説されたものとしては、
・森・濱田松本法律事務所の増島先生が執筆されているStartup Innovators
・TMI綜合法律事務所の3弁護士が執筆されているBizlawInfo
・IT企業でインハウスとしてお勤めの岡本先生が執筆されているJPxSV Startup Lawyer
などは大変参考になります。是非ご覧になってみてください。


米国のみならず、日本でも金融機関でない一般事業会社がコーポレートベンチャーキャピタル(CVC)の機能を企業内に抱え、ベンチャー企業にマイノリティ出資する例は増えています。先日読んだある本には、その理由として、ベンチャー企業への投資を「ゆるやかなアライアンス」または「新規事業の育成」と位置づけ、それによって大企業が陥りがちなイノベーションのジレンマ(既存事業の成功に囚われ破壊的技術にリソースを振り向けられない状況)を回避しようとしているのではないか、と書かれていました。確かに、比較的ベンチャー企業に接点が多い私が見聞きする事例でも、そういった目的で行われるCVC投資は多くなっています。

事業会社の法務パーソンが企業の成長投資に直接的に絡むチャンスは、大が小を食うM&Aのような、職業人生において数回出会うかどうかといった機会にこれまで限定されていました。上記目的で行われるCVCを通じたベンチャー企業へのマイノリティ出資というスタイルが広まれば、従来型の株式の発行・譲渡とは異なる投資スキームに関する知識の必要性も高まることになりそうです。そういった時代の到来を見据えて、今から予習をしておいても損はないものと考えます。
 

【本】『ベンチャー企業の法務AtoZ』― 投資契約のセミナーなんて受講する暇があるわけもない経営者と、彼らを支える投資家たちへ

 
AZX総合法律事務所の雨宮美季先生よりご恵贈いただきました。ありがとうございます。

起業家が会社を興し、人材とお金を集め、成長軌道に乗せるまでに、最低限どのような法律上の手続き・契約書等の文書・社内制度を構築しなければならないか?繰り返されてきたこの問いについて、近年のベンチャー経営の傾向を的確にとらえた上で、経営者サイドにもそれを支援する投資家サイドにも役立つ書籍が初めて誕生したように思います。





“初めて”というのはちょっと言い過ぎのように思われるかもしれませんが、私が本書にそれを感じたのは、類書では見られなかった、第V章の「資金調達、ファイナンスにあたっての注意点」の充実ぶりにあります。投資契約(株式引受契約および株主間契約)について、優先株や新株予約権付社債などの制度設計に関する注意点にも触れながら、経営者と投資家の両視点を踏まえて具体的な交渉のポイントを明示してくれている点です。

IMG_7962

私の理解するところでは、AZX法律事務所さんは基本的にベンチャーの経営者サイドの支援をされていることの方が多いと思います。しかしながら、起業家として成功するためには、リスクを一緒に背負う投資家の存在が不可欠。どちらか一方だけを有利にするということではなく、両者のリスクに関する理解を深めさせそれに基づいた会話(交渉)をきちんと成立させることがまずは必要だという信念のようなものを、本書の端々に感じました。たとえば、投資契約では必ず存在する表明保証条項についての一節より。

表明保証条項の確認は、会社の現状と合致しているかを確認するということになりますが、確認の結果は以下の3つに分かれるのが通常です。
\気靴
異なる事実がある(例:実は商標権を他社に保有されている)
自分ではわからない(例:「訴訟を提起されるおそれがない」か否かは、相手次第なので自分ではわからない)
,呂修里泙泙任茲い任垢、◆↓は手当てが必要です。
「異なる事実がある」ケースは、投資家にこのような事実がある旨を告げて、投資契約の表明保証条項に例外として明記してもらう必要があります。
なお、この場合、起業家側が「商標の問題があるので、この条項は削除してください」と修正を要請する場合がありますが、条項全体を削除してしまうと、当該商標以外の表明保証までなくなってしまうため、通常、投資家は、条項全体の削除には応じてくれません。あくまでもただし書きで例外事項を明記するのが正しい対応方法と言えます。
次に「自分ではわからない」ケースは、「〇〇のおそれがない」という形の規定や、自分以外の取引先、関連会社、株主、役職員の状況に関する規定などでよく生じることがあります。
このような場合は、「発行会社の知る限り」などの文言を追加して、自ら把握している範囲では正しいことを保証するという形に修正するのが一般的です。
これに関して、投資家側から「知り得る限り」に修正するよう求められるケースもあります。これは、会社側として「知りえた=合理的に調査すれば分かった」事項については保証してくださいというものです。
「知る限り」では、知らなければ免責されるのに対して、「知り得る限り」では、知らなかったとしても、知らなったことについて調査不足などの落ち度があった場合には免責されないということになります。
この点、どの程度の調査をするべきかは、対象事項の重要性や調査に要する一般的な費用や時間などを考慮して、発行会社の当時の具体的な状況に即してケースバイケースで判断されるので、多少曖昧な概念といわざるを得ない面があります。
しかし、妥協点としては、「知り得る限り」で妥結しなければならないケースも多いのが実情です。投資家と起業家の双方が上記の意味の違いを理解して、合理的に交渉を進めることが望まれます。

上記引用部の太字部分などは、書籍化にあたってなかなか書きっぷりが悩ましいところだったのではないかと推察します。事業会社がベンチャーに投資することも増えてきた中、こんなスタンスでの投資契約の解説書を待っていたという方は少なくないのではないでしょうか。

また、Q&A形式の書籍というと網羅性に疑問を感じる方もいらっしゃるかと思います。本書のQ&Aのスタイルは、ある法領域に関する解説をはじめるきっかけ・フリとしてのQuestionがあり、Answerではその領域に関する概念を紙面の許す限り体系的に説明するところからスタートする形となっています。上手な講師によるわかりやすいセミナーを紙面で読ませてもらっているような感覚、といったら伝わるでしょうか。本書の主な読者層にはとっつきやすいスタイルだと思いますし、そもそもそういったセミナーを受講する暇などないであろう若手経営者・投資家には、必要なところだけをつまみ食いできるので効率的です。欲をいえば、セミナー的なノリをもっと前面に出したスタイル、たとえばパワポのスライドを各節ごとに出して、それを先生方がセミナー形式でしゃべっている「実況中継シリーズ」的なスタイルにしていただいたら、より本書の親しみやすさが伝わりやすい形になったかもとは思いました。


ベンチャーにおける起業家と投資家の関係や契約交渉のポイントについては、磯崎哲也先生の『起業のエクイティ・ファイナンス』や、最近邦訳がでたばかりのガイ・カワサキ『起業への挑戦』にも一部触れられていましたし、また先般「日々、リーガルプラクティス。」さんが紹介されていた『Venture Deals』も第3版が出るなど、その悩みやノウハウをタイムリーに見聞きできることが増えてきたように思われます。外部関係者も交えて新しいビジネスの立ち上げを支援するという立場である法務として、キャッチアップが欠かせない領域になりつつあることを感じます。
 

【本】『M&Aにおける財務・税務デュー・デリジェンスのチェックリスト』― 結局DDの責任を取らされるのは法務だし

 
昨日ご紹介の『法務デューデリジェンス チェックリスト』とセットでどうぞ。





M&Aのデューデリジェンスには、法務・知財・財務・税務・人事・ビジネスと大きく分けて6つの側面があります。そして法務は、契約書の表明保証条項を作り込む立場である以上、少なくとも各DDの結果についてはすべての側面から把握しておく必要があります。買収後に実際に問題が発覚・発生した時には、それが財務・税務分野の問題であったとしても、「どうにかしろよ」と責任を追求されるのは残念ながら法務です(はい、そんな経験をしたことがあったような気がすっごくします。あれ、目から大量の汗が)。監査法人・税理士法人等の専門家を使って調査したからといって、DD委託契約の鉄壁の免責条項に守られた彼らが、あなたの代わりにその問題の責任を取ってくれるわけではありません。

結果を把握するために、DDを委託した専門家が対象会社との間で交わしたQAリスト・DD報告書を読み、DD報告会に出て…というのは当然にやっていらっしゃることだと思いますが、加えて、その過程で必ず行われているはずの対象会社の責任者に対して行う財務・税務インタビューについても、長時間で疲れはしますができる限り同席したほうがよいと思います。インタビューに立ち会っていればはっきりと匂いが嗅ぎ取れる“危ない話”も、QAのアンサーメモやDDレポートの形になるとどうしても上品・マイルド・曖昧な表現になってしまい、見落としがちだからです。M&Aを得意分野とされている弁護士の先生方ほど、こちらからお願いしなくても「財務・税務のインタビューにも同席させて欲しい」と大概おっしゃるので、これはセオリーなのでしょう。とはいえ、普段財務や税務の実務に携わっていない者には疑問・質問の目線をどの辺に置けば効果的なのかわからない。そんな時にこのようなチェックリストが手元にあると、インタビューの時間を有効に活用できるものと思います。

本書はDDのチェックリスト本の中でも、財務だけでなく税務をあわせて取り扱い、さらには法務DDで確認する定款・登記簿・規程をはじめとする基礎情報や、ビジネスデューデリの範疇となる企業評価との整合性を確認する目線も意識的・体系的にカバーされているのがよいところだと思います。その現れが、璽據璽犬砲△詼椽颪料澗料や、チェックリストと合わせて示されている図表・解説にも見て取れます。

s-IMG_7784

s-IMG_7780
s-IMG_7779


余談ですが、この本、「はじめに」に面白い一幕が。

チェックリストは網羅性を重視し、一方で、各項目の解説については、エッセンスを記載することで、1つの論点を詳細に解説することは避けています。決して怖い編集者の方に、締め切りに間に合わせるように急かされた結果、このようなシンプルな形になったわけではありません。
最後に、本書を企画時から担当してくださり、締め切りに間に合わせることの重要性を教えてくださった中央経済社の末永芳奈氏(中略)に改めて厚く御礼申し上げます。

なんかあったんですかね?あったんでしょうね…。
 

【本】『法務デューデリジェンス チェックリスト』― 10億円サイズのM&Aというリアリティ

 
西村あさひ法律事務所パートナー 佐藤義幸先生の著書。オンデマンドペーパーバックで9月29日に発売予定だそうなのですが、私は待ちきれず、Kindle版を購入しました。






法務DD本といえば、長島大野の『M&Aを成功に導く 法務デューデリジェンスの実務(第3版) 』が定番の書として不動の地位を築いています。その独占市場に、チェックリストに特化しかつオンデマンド&Kindleフォーマットによるお買い得価格で殴り込みを掛ける本書。その意気込みとアプローチ、素敵です。

本書は、筆者が長年使用してきた法務デューデリジェンス(法務DD)のチェックリストを標準的なものに再整理した上で公開するものです。

お買い得価格といっても、内容は西村あさひクオリティという安心感。そして、

対象会社として、特に強い業法規制のない時価総額10億円程度で、上場を前向きに検討しているが、他社グループとの統合も選択肢としている未上場会社を想定しました

この「時価総額10億企業」というターゲットもリアリティがあります。四大クラスの法律事務所は起用しない、かと言って法務DDをさぼるわけにはいかないというライン。掘り出しもの案件であればあるほどスピード勝負となり、チェックリストを片手にさっさと商談→DDをはじめ、鉄は熱いうちに打てで一気にクロージングに突き進むに限ります。去年まさにそういう案件にまみれていた私としては、この本がその時出て入たら助かったのに…と。

s-IMG_1508
s-IMG_1509

サブタイトルには「万全のIPO準備とM&Aのために」とあります。たしかに、ウェブサービスで起業して早期のEXITを狙っているアントレプレナーの方なんかが、企業価値をより高く見せるためのセルフチェックに使うのもいいですね。
 

投資契約上の「上場努力義務」に法的拘束力を持たせるにはどうすればよいか

 
会社に投資をする以上、なんらかの成果・リターンを求めるのは当然。そのために投資契約や関連して締結する株主間契約に入れられるのが「対象会社/対象会社株主は、2018年◯月を目処として、対象会社の株式を上場すべく最善の努力をする」といった「上場努力義務」条項です。

もちろん、様々な事情や都合そして市場環境もあり、現実に上場にまでこぎつけられる会社というのは星の数ほどある企業の中のほんの一握りに過ぎません。では、契約書上こういった上場努力義務条項があったにもかかわらず上場をしない・させないことは、債務不履行となるのでしょうか?

dow-jones-1458672-640x480


法的拘束力を否定する複数の判例


この点に関し、先日発行された西村あさひ法律事務所M&Aニューズレター2015年9月号で、株主間契約における上場努力・協力義務条項の法的拘束力について争われた東京地裁平成25年2月15日判決(判例タイムス1412号228頁)が解説されていました。

M&Aニューズレター 2015年9月(西村あさひ法律事務所)
本判決は、上場協力義務について、大きく分けて、(1)内容の具体性の欠如、(2)契約の主たる目的との関連性、(3)契約の文言との矛盾の存在を理由として、その法的拘束力を否定し、上場協力義務違反を理由とするXおよびAの請求を棄却しました。
株主間契約に限らず、M&A取引においては、このように、契約締結の時期からいって、合意内容の具体的な特定が困難であることや、当事者のコントロールの及ばない事項であること等を理由に、抽象的な努力義務や協力義務の形で規定を設けることは良くあり、例えば、当局の承認や必要な許認可の取得に向けた義務、対象会社のスタンドアローン化に向けた義務、年金等の人事労務制度の構築に向けた義務等などは、抽象的な努力義務や協力義務の形で規定されることが比較的多いように思われます。
従来の判例(最高裁平成元年 11 月 24 日判決裁判集民事 158 号 181 頁等)では、合意内容が確実性や具体性を欠き、また、合意時点では合意内容の実現に必要な条件等が整っておらず時期尚早というような段階である場合には、その法的拘束力が否定されることが多く、本判決は判例の従前の立場を踏襲したものともいえます。しかし、多大な時間とコストをかけて契約交渉を行う M&A 取引において、当事者が義務として条項化している以上は、その義務の内容が抽象的であるため、義務違反の立証が困難であるといった事情は十分承知の上で、それでもなお相手方を拘束するために規定しているというのが一般的な当事者の意図であり、およそ法的拘束力を有しないという結論は当事者の合理的な期待に合致しないように思われます。

この地裁判決は事例判決の要素が色濃いとはいえ、解説の伊達隆彦先生も述べていらっしゃるように、日本の裁判所は上場努力・協力義務の法的拘束力を認めることにネガティブな様子が伺えます。

文献に見る専門家の見解


実際の投資契約や株主間協定でこういった条項をドラフティング・レビューする立場の私たち企業法務パーソンとしては、契約に規定する以上上場努力・協力義務条項の法的拘束力が認められるための基準ははっきりと理解しておきたいところ。特に投資家サイドとなるケースにおいては、起業家側の努力義務に法的拘束力が認められるかはシリアスな問題となります。そこで、そのための基準や考え方を整理した文献がないか探してみたところ、こちらの本に手がかりがありました。




もっとも、努力義務であっても法的拘束力のない紳士協定となるものではなく、たとえば、会社が株式公開をするという方針を完全に撤回したような場合には、株式公開に向けた努力がおよそなされなくなるので、努力義務違反として認められることもあり得ます。この場合、投資家は投資契約上の義務違反があったときには投資家が保有する株式を創業者等は買い取らなければならないという条項があれば、この条項とセットで、努力義務の定めも一定の意義を有することになります。(P257)
株式公開が実施されない理由が、会社において株式公開の基準を形式的にも実質的にも充足するにもかかわらずあえて行わないということであればともかく、努力したにもかかわらず結果として株式公開に至らなかった場合に、個別の事案にもよりますが、株式買取条項が発効されるとなると創業者等にとっては酷といえます。(P257)

やはりケースバイケースと言った書きぶりではありますが、さきほどのニューズレターの結論部よりもやや踏み込んでくださっています。

さらに、同書P257脚注で紹介されている経産省主催の研究会資料を読み込んでみると、買戻条件の設定に関する実例とその分析を踏まえての、適切な買戻条項のあり方が具体的に提言されていました。これはかなり貴重な資料です。

ベンチャー企業の創出・成長に関する研究会 最終報告書(ベンチャー企業の創出・成長に関する研究会)
(i)損益状況、財務状況その他ベンチャー企業の経営状況からみて、株式公開の要件を満たしているにもかかわらず、ベンチャー企業が株式公開をしないことを発動条件とする「努力不足型」と、(ii)ある年月までに株式公開をしなければ自動的に発動条件とする「外形標準型」に分類できる。(i)「努力不足型」を採用するベンチャーキャピタルが多い。

venturekenkyuukai
(P78-79)
各類型の買戻価格設定の実態を踏まえると、今後は、買戻条項の設定に当たって、以下の点に留意すべきであろう。
第一に、2)株式公開が実現されない場合のうち(ii)外形標準型、あるいは、3)ファンド終期が近づいた場合に、その買戻価格を、ベンチャーキャピタルファンドの取得価額(あるいはこれに経過利息を加えた価額)と買戻請求時点での様々な方法による株価評価価額のうち最も高い価格(あるいはベンチャーキャピタルが決定した価格)とすることは、買戻条項の発動がベンチャー企業自身の努力とは関係なく外的環境によって発生するにもかかわらず、その結果のダウンサイドリスクをすべてベンチャー企業側に負わせているという意味で、衡平を逸しているのではないか。
第二に、2)株式公開が実現されない場合((i)努力不足型および(ii)外形標準型)あるいは、3)ファンド終期が近づいた場合に、その買戻価格を、買戻請求時点での様々な方法による株価評価価額のうち最も高い価格(あるいはベンチャーキャピタルが決定した価格)とすることは、結果として、ベンチャーキャピタルファンドの投資回収手段(「出口」)として、他企業への売却をしにくくしているのではないか。(P80-81)
上記の二つの観点を踏まえると、2)株式公開が実現されない場合のうち(ii)外形標準型、あるいは、3)ファンド終期が近づいた場合には、買戻請求時点での様々な方法による株価評価価額を基準としつつ、ベンチャー企業側とベンチャーキャピタルファンド側とが協議をして定めた価格(すなわちその時点での適正価格)で、買戻すこととするべきではないか。また、2)株式公開が実現されない場合のうち(i)努力不足型については、買戻請求時点での様々な方法による株価評価価額を基準としつつベンチャー企業側とベンチャーキャピタルファンド側とが協議をして定めた価格とベンチャーキャピタルファンドの取得価額(あるいはこれに経過利息を加えた価額)のうちいずれか高い価額で買戻すこととすることも考えられるのではないか。(P81)

お役所系文書だけに、かなりまわりくどい言い回しとなっていますが、法的拘束力を持たせることも十分に可能と読める内容です。

まとめ


以上を踏まえて私なりにこの論点を整理すると、
  • 投資契約の買戻条項にリンクさせた上場努力義務の規定は、(判例上その義務の曖昧さから効力が否定されている事例もあるため)条件に具体性を備えることが重要であり、その点に注意すれば定めることには十分に意味がある
  • 努力不足型を採用する場合の条項は、「その財政状態および経営成績等が株式公開のための形式的基準に適合し、幹事証券会社の判断、既公開会社の事例等に照らし公開の準備を開始又は続行できると投資家が判断したにもかかわらず、同ベンチャー企業が株式公開のために必要な準備又は手続きを開始せず、その実現に向けて合理的な努力をしなかった場合」「買戻請求時点での客観的株価評価価額を基準としつつも、原則としては投資家の取得価額に経過利息を加えた価額(すなわち投資家出資額ベース)で買戻す」こととすべき
  • 外形標準型を採用する場合の条項は、「ベンチャー企業が、○年○月○日までに株式公開しない場合」「買戻請求時点での客観的株価評価価額(すなわち時価ベース)で買戻す」こととすべき
という感じでしょうか。

判例を踏まえて、投資家サイドとしてさらに安全を見るならば、外形標準型は採用しないでおくか、または外形標準型と努力不足型のハイブリッド規定にしておいたほうがいいのかも、という感触をもっています。
 

モテないヤツが投資契約にかかわるとロクなことがない

 
フィナンシャルアドバイザーのような職業の方々からすれば、いまさら何を言っているのかという話だと思いますが、投資やM&Aというのはつくづく恋愛や結婚と同じなんだよなと、ようやく身に沁みて理解できるようになりました。

・出会いという偶然 
・互いの相性を確認するコミュニケーション
・本心を探る駆け引き
・告白・プロポーズ
・無償の愛

エンジェル、ベンチャーキャピタル、事業会社の投資部門、機関投資家、政府系ファンド…と、投資家の立ち位置によって、相手=投資先の選び方や結ばれ方の濃さにグラデーションは出るにせよ、結局は男女のソレ(いまどきは非ジェンダーな表現ですが、一般にわかりやすい表現として使用することをご容赦ください)と変わらないというか。

デューデリジェンスのたびに「今回も相手の恥ずかしい部分を晒してやったぜ」と失礼な質問を重ねて悦に浸っていたり、タームシート上で条項ごとにちまちました交渉を重ねて「勝った」「負けた」と一喜一憂したりしているようでは、まとまるものもまとまらなくなるでしょう。法務として経験豊富でも、人としてモテないヤツが投資やM&A案件にかかわってでしゃばると、ロクなことがありません。はい、私を含めてです。

s-IMG_5564

自分の蔵書置き場を見ても無駄に書籍が多い投資・M&Aの分野で、法務パーソンにも歯ごたえのあるようなカッチリとした体系書が少ないのはなんでだろう?と疑問だったのですが、恋愛や結婚においてマニュアルやハウツー本に書かれたテクニックをあてはめようとすることがナンセンスなのと同じだからという気がします。


モテる投資契約(笑)とは何かを教えてくれる文献は、投資を受ける側である起業家の揺れる思いをよく理解している方が書かれたものに絞られます。「理解してから理解される by 7つの習慣(R)」ってやつです。その意味で、やはり磯崎先生のこちらははずせないでしょうし(磯崎先生が全米ベンチャーキャピタル協会契約ひな型について解説されたメルマガシリーズもおすすめ)、




英文ではありますが、以前shibaken_law先生が詳しくご紹介くださっていたこちらなど。




webで読めるものとして、増島先生がまとめて下さっているこちらも参考になります。

Startup Innovators
s-startupinnovators
 

投資やM&A案件をうまくすすめたいなら、こういう文献を読むまでもなく天性の人懐っこさや嫌がられない図々しさを備えた、モテるヤツを前面に出すに限ります。
 

【本】『M&A実務の基礎』― いつまでも改訂されないあの本に取って代わる、M&A法務本の新スタンダード

 
まだ一部大規模書店にしか配本されていないようですが、首尾よく入手。M&Aの、特に法務面にフォーカスした書籍として、ついにあの『M&A法大全』の後継となるものが出た!という感じです。





「主に法務のバックグラウンドを持つ若い読者が、M&Aについて専門的な文献や実務に触れる前の足がかりとなる知識を満遍なく得ることができる1冊」、これが本書のコンセプトである。

はしがき冒頭に書かれたこのコンセプト通りの本。いや、「若い読者向け」は相当に謙遜が含まれていますね。

全400ページ弱のボリュームに抑えることを優先したのでしょうか、確かに本書はたとえば契約書作成の部分だけ見れば藤原『M&Aの契約実務』に、DDについてはNOT『M&Aを成功に導く 法務デューデリジェンスの実務』に、それぞれ細かいことは譲っている部分はあると思います。しかし一方で、社内でM&Aをつつがなくリードし目指すクロージングに向け調整・推進する役割を担う我々企業法務パーソンにとっては、そういった部分部分の法律知識よりも、本書が目指す「全体をくまなく、しかし漏れ無く把握する」ことのほうがむしろ重要だったりします。法務が担う役割の重要性に比して、M&Aの経験を積むチャンス自体が(通常の事業会社においては)限定されていることもあって、それがなかなか理解できずにもどかしさを感じていた法務パーソンは多いはずで、本書はそういった方への福音となることでしょう。

本書では、契約法・会社法・金商法などのM&A必須法令にとどまらず、税法・競争法・労働法・知的財産権法・東証ルールといった周辺領域、さらにはクロスボーダー案件における外為法や準拠法の問題などが、広範囲にカバーされています。M&Aで出くわすほとんどの問題について、平成26年会社法改正で新設された特別支配株主による株式等売渡請求制度などの最新トピックスを含めて、本書を紐解けばなにかしらの手がかりが示されているという安心感があります。


s-IMG_4825


総ページ数は『M&A法大全』より控えめながら、アンダーソン・毛利・友常法律事務所(旧ビンガム・坂井・三村・相澤法律事務所から統合)のパートナーを務めていらっしゃる柴田義人先生らの豊富な経験が、本文やコラムの随所に散りばめられており、これまでの類書では言及はされていても踏み込みが浅かった実務上のお悩みポイント、たとえば、
・DDにおける情報開示と、個人情報保護法抵触/秘密保持義務違反/ガンジャンピング問題
・価格調整条項による具体的な価格調整の方法、そしてその請求を担保する方法
・MAC条項に例外(Carve-out)事由をどこまで規定すべきか
・適時開示の対象に該当するか、東証への開示の事前相談・説明手続き
・クロージングにおける株式譲渡と銀行振込の手順
について一歩踏み込んだ記載があります。


他の大手事務所の先生方が、「なんでこういう本をウチから出さなかった(出せなかった)んだろう」と、悔しがる姿が目に浮かぶようです。
 

【本】『企業法務のための金融商品取引法』 ― 引き継がれる良書のバトン

 
金融商品取引業や取引所に対する規制と一般事業会社向けの規制とがごちゃまぜになっている大部な金融商品取引法。そのうち、一般事業会社の法務に必要な部分だけに絞って解説した、まさに企業法務パーソンのための本。こういう実務書をずっと待っていたのですが、ついに、TMI総合法律事務所の宮下央先生が救いの手を差し伸べてくれました。





「一般事業会社の法務に必要な部分」とは、この5つ。
  1. 発行開示規制
  2. 継続開示規制
  3. 公開買付規制
  4. 大量保有報告規制
  5. インサイダー取引規制

インサイダー取引規制に限って言えば、それだけをまとめた書籍はたくさん出ています。しかし、それ以外の部分については、分厚い金商法の本の中から必要な情報を読み取らなければなりませんでした。しかも、金商法関連書籍は、弁護士や金融機関の専門家向けに書かれていることがほとんど。それらを読むのは、私のような者には苦行以外の何ものでもありません。

一方(その良し悪しは置いておいて)株式の上場もカンタンな時代となり、企業法務パーソンにとってはますます金商法は知らないでは済まされない法律となっています。売出・新株予約権の発行・自己株買付・TOB・大株主の異動…といったイベントにまみれ、とまどっている新興企業の法務担当者も少なくないのではないでしょうか。かつてのライブドア事件のような、法律の解釈がもろに問題になる場面は少ないとは言っても、上記のようなイベントが発生した場面で、財務担当者や証券会社等との会話が成立しないようでは問題。用語を抑えておくことはもちろん、規制の概要や構造はしっかりと理解しておきたいところです。

そんなニーズに対して、本書は、解説する分野を絞り込んでボリュームを単に減らすのではなく、豊富な図表に「用語解説」欄も設け、金融実務になじみのない読者にストレスを与えないような配慮が追求されています。特に複雑(で私も苦手)な開示規制のパートは、複雑な条文を丁寧で精緻なフローチャートに整理してくださっていたり、

s-IMG_4508

「募集」「勧誘」といった語句の定義の曖昧さに悩む法務担当者に、コラムで共感を示しながら最新の情報をアップデートしてくださったり、

有価証券届出書を提出しなければ勧誘をしてはならないことになっているにもかかわらず、法令上「勧誘」の定義はなく、一般的にも「有価証券の取得を促進する行為」などとかなり幅広い説明しかなされていないため、会社が増資を検討している場合などにおいては、増資とは無関係に自社についてPRする行為も「勧誘」に該当するのではないかという悩みが生じます。
しかし、投資家に対する情報開示は本来好ましいものであるはずのところ、法令の規制により萎縮し、本来投資家に開示されることが有益な情報まで開示されなくなってしまうのであれば本末転倒です。そこで、近時は、投資家にとって有益な情報開示と「勧誘」を画する基準を明確化することが試みられており、平成26年の開示ガイドラインの改正により、以下のような行為について「勧誘」規制の対象外とすることが示されました。(後略)

「第三者割当に対する勧誘規制」「特定投資家間の上場株式の譲渡」のように実務と金融庁の思惑がすれ違う部分について、時に行政に批判的な立場から実務の展望を語ってくださったりと、まるで、法務パーソンを励ましてくれているかのよう。

そうしたこの本のルーツを伺わせる記述が、はしがきにありました。

タイトルをご覧になって気づかれた方もいるかもしれませんが、この本は、私が新人弁護士時代に本当に良く使わせていただいた一冊の本から着想を得ています。新人弁護士時代、私は、証券取引法(今の金融商品取引法)が本当に苦手でしたが、その本に出会って、証券取引法のエッセンスを学ぶことができ、それがきっかけとなって、その後、金融商品取引法を専門分野とするまでに至りました。今の時代に金融商品取引法を新たに学ぼうという方のために、その本と同じように、勉強を進めていくための手がかりとなるような本が書けないだろうかと(大胆にも)思ったことが執筆の発端となりました。

出版社の関係からか、宮下先生は書名を出すのは控えていらっしゃいますが、きっと松井秀樹先生の『法務担当者のための証券取引法』のことですよね。私も10年前に同じく大変お世話になりました。この本は、まさにあの良書の後継者たりうるものだと思います。
 

【本】M&Aを成功に導く法務デューデリジェンスの実務 第3版 ― マイナーチェンジなのは定番の証


第2版が刊行された2009年から5年。入手したくても在庫を切らす書店も増え、発売をお待ちだった方は多いのではないでしょうか。M&AのDD実務の定番書として名高いNOTの法務デューデリ本が、ついに改版されました。





ページ数が10頁ほどしか増えていないことからもわかるとおり、第2版から大きな変更はありません。

目次の項目レベルで比較してみましたが、増えたのは唯一、第11章株主・関係会社・M&Aの第3節[1]株主または関係者会社との関係に、(6)として関係会社に関する株主間契約・合弁契約という項目が設けられた点のみ。

s-IMG_3252


もちろん、法改正や最新の裁判例についてはきちんとフォローされています。2009年以降の労働法改正はもちろん、知財デューデリの章では、平成23年特許法改正による当然対抗制度の導入の影響が解説されていましたし、2章のDD手続き論のところでは、売主が買主に対し資料として課税当局との相談記録を開示した一方で、DDインタビューにおいて潜在債務はないと(必ずしも正確ではない)回答を述べていた場合、M&Aの免責条項である「明示的に表明及び保証の違反を構成する事実を開示した」が適用され売主が免責されるのか否かを争った大阪地判23・7・25が新たに紹介されていたりしました。一読した限りでは目立った記載はなかったようにも思いますが、はしがきによれば、会社法改正案の内容についても触れたとのこと。

改版といいつつ、細かなマイナーチェンジにとどまっているのは、もともとこの本の完成度の高さの現れでもあるといえるでしょう。
 

【本】企業買収の実務プロセス ― M&Aの司会進行役は誰だ

 
一昨日、デューデリジェンスに関する本を紹介したところ、思いのほかリアクションがあり、「DDだけじゃなく、M&A全体を見渡せるいい本はどれ?」という質問をいただきました。

私からはこの本がおすすめ。

企業買収の実務プロセス企業買収の実務プロセス [単行本]
著者:木俣 貴光
出版:中央経済社
(2010-01)


M&Aの流れを時系列でまとめている概説書が何冊かある中でも、戦略・財務・法務・現場の目線がもっともバランスよく配分されているのが特徴。その特徴が顕著に現れているのが以下写真2ページ。誰が何をどこまで担当するか(すべきか)という役割分担を、社内部門/社外専門家にページを分けて分り易く表形式で整理してくれています。関わった経験が少ない人だと、はじめからおわりまで全部外部弁護士がリードしてくれるんでしょ?と勘違いしちゃったりしがちなところなので、これはわきまえておきたいところです。といいながらも現実は、この写真1枚目の社内の役割分担表にある「M&A担当部門」の役割=司会進行役は、そんな部門がある会社自体がかなり限られているという現実において、法務担当者が期待されたり背負わされたりするのが常。全部を一人で担う能力・経験がなくとも、社内の各部門や社外専門家に協力を仰いで案件をリードしていくために必要な常識・最低限の知識は抑えられていて、こういう本があると助けられます。

s-IMG_1997
s-IMG_1997 2

ちなみに、この表の見出し(網掛け)部分が、そのままこの本の章立てに対応しています。網羅性の高さもおわかりいただけるかと。


概説書らしく、「フローチャート」「DDチェックリスト」の類も充実しています。それだけにとどまらず、法務面では、プレM&AフェーズにおけるNDAサンプル/実行フェーズにおける基本合意書・株式譲渡契約書サンプルもついています。著者は純粋法務ではなくFAサイドの方ということもあり、この辺りは期待できないものと思いきや、契約書サンプル中の5ページに渡る表明・保証条項などは、ヘタな法務パーソン向けのMA概説書についているものよりも緻密だったり。シンプルな株式譲渡案件であれば、このサンプルを参考にするだけでも十分かもしれません。

s-IMG_1996


強いてこの本の弱点を挙げるとすれば、買収スキームの選択について、スキームごとの法的なメリデメ整理・分析が足りないところでしょうか。その辺りに強い本は、また機会を改めて紹介させていただこうと思います。
 

【本】M&Aを成功に導く法務デューデリジェンスの実務 ― DDの基本と応用

 
デューデリがあまり問題とならないグループ会社の再編案件を除くと、一企業に所属する法務パーソンがピュアなM&A案件に携われる機会はそうそう多くないでしょう。しかも、億単位のお金が動くことにより自動的に取締役会案件になり、となるとデュープロセス的には経験豊富なきちんとした法律事務所を選び、高いフィーを払ってお任せてしまう・・・ということになりがち。結果、様々な企業の案件が4大と呼ばれるような大手事務所やM&Aを専門に手がける中堅事務所にのみ集中し、ノウハウも彼らだけに溜まるという循環ができるわけです。いつ案件が立ち上がるかわからないだけに、法務部員が気づいたら蚊帳の外ということにならないよう、こういうおいしい前向き案件でどんな貢献ができるか、日頃から考えて備えておきたいところです。

そんな中、法務パーソンにとって貴重な情報源となっているのが、4大の一つである長島・大野・常松法律事務所の持つDD(デューデリジェンス)の体系とノウハウを1冊にまとめて公開してくれているこちらの本。


M&Aを成功に導く法務デューデリジェンスの実務M&Aを成功に導く法務デューデリジェンスの実務 [単行本]
出版:中央経済社
(2009-01)


前半1/3でDDの目的・概要・流れを抑えた上で、後半の2/3で株式・知財・契約・訴訟・許認可といった個別の切り口ごとにDDにおけるポイントをまとめるという構成。中央経済社さんのこのシリーズに共通することですが、構成が体系的であるという点はこの手の専門書には重要なことだと思います。M&Aアドバイザーがその経験をもとにDDについて語る本は沢山あっても、「よく問題になるポイント」だけが取り上げられているケースが多いのが難点。それはそれでためになりますが、法務のように小さな見落とし・隠れた瑕疵が後に大きなリスクをはらむ可能性がある分野については、本書のようにまずは「取りこぼしが無い」という安心感のほうが重要です。

かと言って網羅性だけでなく、NOTの専門性の高さも十分に織り込まれています。個別の切り口ごとにDDの視点をレクチャーする後半において、検討すべきポイントを「基本」パートと「応用」パートに節を分けて書いている点は、
・「基本」パートだけをまず通読して概要を理解したいというニーズ
・分野によっては「応用」パートでさらに専門的な示唆を得たいというニーズ
の両方を満たすソリューションとなっており、見事の一言。契約DDの章を例を挙げれば、「基本」パートには各契約類型に共通する一般的なチェックリストとChange of Control条項への対処について、「応用」パートには代理店契約・請負契約・コンサルティング契約の3つを例に個別の契約類型ごとのチェックリストが掲載されている、といった具合。

s-IMG_1952

s-IMG_1954


ところどころに挿入されるコラムも実戦的です。DDにおける情報開示においては個人情報保護法をまじめに解釈するとどうにも無理が生じる(プライバシーポリシーにおいてM&AのDDにおける個人情報開示可能性を明示→オプトアウトをしている事例はほとんどない)といったお話、知財についてそもそも特許権や商標権をチェックしたところで、無効審判請求件数の半数近くにおいて無効が成立している(特許で142/284、商標で83/193)以上、知財DDって限界があるよね、などといった赤裸々なつぶやきもあります。

使用頻度の低さに対する値段の高さと分厚さのせいで、「会社で買ってもらう本」にされがちな本書ですが、M&A案件に触れる機会が1年に1回あるかないかな人でも、バイヤーの目線を知ることで日頃の自社の法務リスクマネジメントのあり方を客観視することもできますし、自分で買って通読する価値が十分にある本だと思います。出版社でも品切れのようなので、そろそろ重刷、もしかしたら第三版がでるのでしょうか?
 

【本】独占禁止法 ― 植村先生によるバイブル認定のお墨付きです

 
恥ずかしながら、私の独占禁止法に関する実務経験は乏しいものがあります。

言い訳はいくつかありますが(笑)、第一にキャリアの多くの期間を許認可事業で過ごしたことが挙げられます。例えば、競争の要となる料金設定ひとつをとってみても届出義務があり、官庁のウェブサイト等で白日のもとに晒された上その料金で販売することを義務付けられますので、基本的に料金面での競争もカルテルも発生しにくい構造でした。そして現在所属している業界はといえば、まだ業界自体が未成熟で、ほうっておいても競争が発生しているということもあって、幸いにも独占禁止法とにらめっこしたりビクビクしながら事業を運営するという状況にありません。

そんな基本的に独占禁止法とは縁のうすい生活の中で、そこそこ著名な企業さんの契約書ひな形において、「ライセンスしたソフトウェア(モジュール)を実行するアプリケーション上で、他の類似サービスに関わるソフトウェアを実行させないこと」が契約条件として設定されているという少々“おだやかでない事例”に接し、ほほう、と思いながら独占禁止法に関する最近の文献を探しておりましたところ、ちょうどタイミングよくこの本を激賞されていた植村弁護士のブログにたどり着いたという次第。


独占禁止法独占禁止法 [単行本]
著者:品川 武
出版: 商事法務
(2013-02-07)
販売元:Amazon.co.jp


【ご紹介】菅久他『独占禁止法』(弁護士植村幸也公式ブログ: みんなの独禁法。)
というわけで、地頭所他著『新しい独占禁止法の実務』(商事法務研究会・1993年)がさすがに古くなってきた今、間違いなくこの本が独禁法実務のバイブルです。
もちろん、当局に反論する立場にある在野法曹としては、この本だけで用が足りるわけではないのですが、これからの独禁法実務は、この本を目を皿のようにして読むことからスタートすることになりそうです。
400頁ちょっとで分量はそこそこですが、この内容で4000円(税別)は、バーゲンプライスです。
おそらく、絶版になった後には値上がりするのではないかと予想します。

バイブル認定でましたよ!(笑)。

その植村先生も「斬新」と評しておられる、私の長年の独禁法に対する苦手意識をぶっとばしてくれそうな一枚の表がこちら(P118より)。

s-IMG_1404


「不公正な取引方法」って、独禁法・一般指定の文言を何度読み返しても意味として頭に入ってこず、少ない検討機会のたびに「確かこんなのあったよな〜」とか言いながらにらめっこしてたんですが、ー莪拒絶型、不当対価型、取引強制型、す澗条件型、ズ饉萢用型、取引妨害型と6つに分類されているんだ、と説明を受けるとなぜだかすーっと入ってきます。なぜ差別対価を3項に置くという順番になっているのか、文句もいいたくなってくるというものです。


もうひとつ私が気に入っているのが、取り上げる裁判例・勧告審決の事件すべてが、統一された図表で表現されている点です。会社が危ない橋を渡ろうとした時に一番効き目があるのはやはり「今ウチがやろうとしてるのは、昔公取に刺されたこれと全くおんなじパターンですよ、ほらこれです」という一言。過去事例からそれを探すにも、偉い人に示すにも、図になっているとすっと目に入ってきますからね。

s-IMG_1406



ところで、冒頭の“おだやかでない事例”の件、公取の知的財産ガイドライン第2の5によれば
  • 製品シェアの合計が20%以下であれば競争減殺効果は軽微
  • 事業活動に著しい支障を生ずることなく利用可能な代替技術に権利を有する者が4以上存在すれば競争減殺効果は軽微
ということで、まあこれに該当しないことを確認・証明するのが大変そうではありますし、本書P332にまとめられている知的財産権を利用した独占禁止法事例を見ても、平成5年以降で12件程度しかないのをみると、私があまりああだこうだ言うのも無粋かなと思いつつ、しかしながらソフトウェア取引がこれだけ広がり、競争が激しくなってくると、類似の契約事例は増えそうだなと注視しているところです。
 

【本】幸せな未来は「ゲーム」が創る ― ゲームエネルギー保存の法則がRMT(リアルマネートレード)規制を乗り越えていく日

 
現実世界のヤル気がなかなか起きないことを、ゲームの手法を使って楽しく実行・達成しようというのが「ゲーミフィケーション」だと理解しているのですが、それとは逆のアプローチで、人がついついゲームにのめり込んでしまうそのエネルギーを、現実世界での活動エネルギーに転換してみようよ!というこの本を読んで、新しい契約の世界を想像してみました。

幸せな未来は「ゲーム」が創る幸せな未来は「ゲーム」が創る
著者:ジェイン・マクゴニガル
販売元:早川書房
(2011-10-07)
販売元:Amazon.co.jp



思い出話:ゲームが決めた私の就職


思い返せば、「インターネットを支える通信インフラの会社に絶対入ってやる!」と、適当な人間の私が珍しく明確なターゲットを設定して就職活動に打ち込めたのは、1997年にベータ版がリリースされ、日本でもゲームマニアに瞬く間に広まった“ウルティマ・オンライン”というMMO(Massively Multiplayer Online)ゲームにのめり込んだ体験によるところが大きかったのでした。

UltimaOnline


このゲームは、それまで一人でやるものだったドラクエやファイナルファンタジーのようなコンピュータRPGを、世界中の人たちと一緒にインターネット上でリアルタイムプレイできるようにしたもの。画面上のチャットでベテランプレーヤーとコミュニケーションをとりながら、仲良くなって彼らが不要になったアイテムをもらったりパーティに加えてもらったりするのが早期攻略のコツだったりするわけですが、ソフトウェアは当然のごとく日本語対応しておらず、またゲームに参加する人口比も圧倒的に外国人が多く、英語の不得手な日本人プレイヤー達はなかなか馴染めないという、まるで海外に留学したときの様なサバイバル能力が求められます。

外国人とのコミュニケーションが必要、そして英語ができないと(ゲームの世界の中で)まともに生きていけない・・・それだけでもそれまでのゲームにはない刺激があったのですが、さらに衝撃的なことが。「OHAYO!」「MATA AIMASHITANE」などと日本人同士がローマ字表記でチャットをしていると、それを気味悪がって(もしくはからかって)、「HEY JAP! IT'S NOISY. I'LL KILL YOU!」と外国人プレーヤーたちが日本人を攻撃をしてくるのです。それまでまともに異国文化と触れ合ったことがなかった私にとって、これは価値観を変えるような体験であり、97年当時のインターネットヘビーユーザーを支えた深夜23:00〜のテレホーダイ(ダイヤルアップ接続料金が定額になるサービス)タイムは、ほとんどこのゲームに当てるほどになりました。私にとっては、このゲームがあったからこそ、当時はまだ「こんな信頼性のないネットワークがビジネスの役に立つの?」なんて批判もあったインターネットの価値を信じ、自分の現実の仕事にしてみようと思うことができ、通信会社への就職を決めるエネルギーとなったわけです。

MMOゲームに触発されて「通信会社に入ってインターネットを回線から支えたい」と思うなんて、今考えても単純だなあと笑ってしまいますが、ゲームに熱中しているときの人のエネルギーが相当なものだというのは、この例によらずともみなさん思い当たる節はおありだと思います。話はだいぶ逸れましたが、そんな風に、ゲームの世界で消費しているそのエネルギーを、ヴァーチャルな世界で電源オフとともに消してしまうのではなく、現実世界のポジティブなエネルギーや価値に変換できたら、世界はより良くなる、というのがご紹介の本のメッセージ。

ヴァーチャルtoリアルへのエネルギー変換をどう実現するか


しかし、「ヴァーチャルな価値を現実の価値に変換する」という言葉を聞くと、法務パーソンとしてどうしても気になってしまうのが、RMT(リアルマネートレード)に対する規制です。

正確に言うと、日本にはRMTそのものを直接規制する法律はありません。しかしながら、たとえばゲームの世界で生まれた「仮想的な価値」を「現金」で払い戻す米国のセカンド・ライフのようなサービスを日本で実現しようとすると、
・資金決済法の前払式支払手段払い戻し規制
・出資法の預り金規制
によって取り締まられる可能性があります。

また、最近話題となったコンプガチャ規制の問題も、このRMTの問題と密接に絡んでいます。コンプリートするまでお金をつぎ込ませる・出現率をコントロールできてしまうという問題もさることながら、その裏で、ゴールドファーミングやチート・BOTで量産した仮想通貨やレアカードを、ガチャにのめり込んだユーザーにオークションサイトで高額で販売して儲ける市場が生まれ、その過程に反社会的な勢力が付け込み資金源とするという構造的問題です。ゲーム業界もそういった不正や事件発生の助長を恐れて、RMTを利用規約で規制し、責任を回避しようとしてきたものの、根本的解決に対しゲーム会社が無策であったことが、コンプリートガチャ規制に込められた規制当局や警察権力からのメッセージだった、というも聞かれます。


こういった障害はありますが、それでも私は、ゲームに代表されるヴァーチャルな世界に閉じ込められていたエネルギーや価値が、リアルの世界にもっと影響を与えていくようになるのだろうと、この本を読み改めて確信した次第。ヴァーチャル to リアルのエネルギー保存の法則を具現化する手段として、技術的な解決が先になるのか、制度や法律の整備が先になるのかはわかりませんが、よくよく考えればもはやリアルの通貨の価値さえももはやヴァーチャルなものになりつつある現代。O2O(Online to Offline)のビジネスが注目されているように、ヴァーチャル to リアルをうまく交換しロスなくリアルのエネルギーにするようなビジネスが次々と生まれ、グレーゾーンの塊のようなRMTに対する規制も乗り越えていくのだろうと思います。

そうなると、貨幣ではない価値をつなぐ/変換するための新しい契約の概念なんかも生まれてきそうです。法務パーソンとしても何か貢献できることがありそうで、ちょっとわくわくします。 
 

【本】アメリカのM&A取引の実務 ― タイトルだけでは誤解を招く良書がある


今携わっている仕事に関連して、M&Aの法的知識について整理しているところです。

西村の大部『M&A法大全』にはじまり、最近売れ筋らしい三菱UFJR&Cによる『企業買収の実務プロセス』、その他私が以前M&Aに関わった(途中でポシャったものもありましたが)際に購入した本数冊を改めてひっくり返したりなどしていましたが、先日見つけたこの本がどうやらM&A本の中では決定版のように思います。

アメリカのM&A取引の実務アメリカのM&A取引の実務
著者:伊藤 廸子
販売元:有斐閣
(2009-10-17)
販売元:Amazon.co.jp



数多あるM&A法務の本を分類すると、ほとんどの本が以下いずれかの欠点に該当すると思います。
・戦略立案→LOI→デューデリ→M&A契約締結のプロセスの一部にしか触れていない
・株式買収と資産買収の両パターンに触れず、株式買収にしか触れてない
・法務の専門家(弁護士)が書いていない
・日本法のみを前提にして外国法に触れていない
・分厚すぎて読む気にならない
このすべてが解消されている(おそらく)唯一の和書、と言えば、それだけで魅力が伝わるのではないでしょうか。

まず1章でM&Aを概観した後で、2章でFA・弁護士・環境アドバイザー等の専門家チーム組成を、3章で準備段階で必要になる専門家とのエンゲージメントレター・買収対象会社とのLOI締結の注意点を、4章でデューデリ、5章で株式買収/資産買収の比較、6章で買収契約の条項と、300ページ程度で決して分厚い本ではないのですが、M&Aのプロセスで検討すべき事柄の全てが凝縮されている充実感があります。あと、写真でも伝わればと思いますが、“いい本は目次と索引が整然としているの法則”は、やはりこの本においても正しいことが確認されました!こういう本を作れる著者・編集者の努力と頭の良さに敬服。

IMG_8825IMG_8826


さらに特筆すべきは、『アメリカのM&A―』と銘打っておきながら、9章で日本法における注意点まできちんとまとめられていること。私もそうですが、きっとタイトルだけ見た人は手にすら取らない本になってしまっていると思うので、損しているなあ…。

唯一、あらさがしというか贅沢を言えば、PMI(Post Merger Integration)についての記載があっさりしている点。是非その実務ノウハウを入れていただきたかったかもしれません。PMIフェーズでは悩みは多いもののその実法的観点は少ないので、まあ致し方ないでしょうか。

M&A契約ともなれば、外部の弁護士等専門家を起用する案件になりますし、金融関係で年がら年中M&Aを考えている方は格別、経営者や法務がデューデリや契約条項の細部を覚えている必要はないと思います(覚えたい方を止めはしませんけれど)。逆に言えば、M&Aのプロセスにおいて経営者と法務が見落としてはいけない法的観点だけを体系的に網羅できる本であるところが、この本の素晴らしいところと言えるでしょう。
 

【本】バーチャルマネーと企業法務 ― 電子マネーとポイントを区別するたった1つの基準

 
電子マネーを理解するためのオススメ書籍のご紹介、最終回の第3回です。

BUSINESS LAW JOURNAL 2012年02月号の特集「法務のためのブックガイド2012」でも取り上げられていた本なので、法務パーソンの中にはすでにご購入済みの方も多いでしょうか。


バーチャルマネーと企業法務―電子マネー・ポイント・電子記録債権バーチャルマネーと企業法務―電子マネー・ポイント・電子記録債権
販売元:民事法研究会
(2011-08)
販売元:Amazon.co.jp



この本の特徴は、前2回でご紹介した本ではあまり触れられていない「ポイント」制に対する法規制について詳しく触れられている点です。そう、飛行機を利用したり家電量販店で買い物をすることによって貯まり、その後は電子マネーのように商品・サービス購入に充当できるあの「ポイント」です。

実は、スイカのように現金と引き換えに購入する「電子マネー」は資金決済法による届出義務や発行保証金の供託等の規制がかかる一方で、商品・サービス購入によって貯まる「ポイント」については、それらがないのです。え?いまやマイルとビックポイント同士が交換できたり、Tカードのように店舗をまたがって貯めたり使ったりできる点、スイカと同じどころかむしろもっと便利に使えて流通性も高いポイント制なのに、一体なぜ?と思われるかもしれません。その疑問はごもっとも。実は、資金決済法の立法時には当然に規制の対象とすべきではないかと経産省等において議論がなされたのですが、簡単に言えば「ポイントまで規制しだすと、商店街のスタンプカードの類まで規制しなくてはならなくなって、キリがなくなるから」という理由によって、原則として規制対象外とされたという経緯があります。

では、規制対象となる電子マネーと規制対象とならないポイントを区別する基準は何か?
それは金銭等対価を支払って購入したものか、それとも商品・サービス購入のオマケとしてついてきたものかで分けられています。厳密に言えば気にすべき点はいくつかあるのですが、原則としてははこれだけ。オマケだったら、資金決済法は意識しなくてよい、ということになっています。

しかし、資金決済法の規制がないからといって、何でも自由にやって良いかというと、そうではないことには注意が必要です。意識しなければならない法規制として、以下のようなものがあります。

・消費者契約法:不実告知・不利益事実の不告知をおこなっていないか
・景品表示法 :不当表示(有利誤認)・不当景品類規制にあたらないか、公正競争規約に違反しないか
・独占禁止法 :値引きを踏まえた実質的な販売価格が不当廉売規制にかからないか

特に、景表法の実務経験がある法務の方なんかはご想像がつくと思いますが、自社のポイントが景表法にひっかかるかどうかを場合分けしだすと、P140にあるこの図のような大変なことになったりと、法務的にはろくなことはありません。

s-IMG_7840


このように、実務上は電子マネーよりも神経を使わなければいけない場面が増えそうなポイント制の採用は、法務としてはご勘弁願いたいところ。それでも、リピーターを呼ぶ効果が明らかにある以上、マーケティング戦略的に採用する企業は増加していくことでしょう。SNSを通じたマーケティングがこれだけ流行ってくると、ソーシャルweb上でのクチコミ行動をポイント化するなんていう手法もだんだん増えていきそうで(これはこれでステルスマーケティングと叩かれるリスクも伴いますが)、法務としての検討機会も増えていくのではないかと思います。

実はそんなことも知らずに昔っからポイント制を導入してましたよ・・・、という無邪気な会社さん含め、この本が手元にあると何かと心強いと思います。
 

【本】支払決済法 ― 電子マネーの法律をさも知り顔で語るその前に

 
前回のエントリで、「そろそろ電子マネーが現金を凌駕する潮目がくるような気がする」なんて書いていたら、Gumroadなんて目からウロコのシンプルな決済ソリューションがブームになり驚いている私です。こちらについてはもう少し研究を深めてから書くといたしまして・・・。


電子マネーと資金決済法を理解するためのオススメ書籍その2がこちら。

支払決済法―手形小切手から電子マネーまで支払決済法―手形小切手から電子マネーまで
著者:小塚 荘一郎
販売元:商事法務
(2010-09)
販売元:Amazon.co.jp



というか、この本の良さは、現金以外の様々な支払い手段、すなわち
・電子マネー
・デビットカード
・銀行振込
・小切手
・為替手形
・約束手形
・電子記録債権
・クレジットカード
これらに関わる法規制のすべてを一通り網羅し、本題の電子マネーに関わるリスクや法律上の差異を厳密に解説してくれるところにあります。

特に、その差異をいちいち取引関係図を描いた上で説明してくれているところが気に入っています。例えば、電子マネーとクレジットカード決済を比較するとき、法律的に難しいことを抜きにしても、この2枚の絵を見比べただけで、それぞれの決済手段が持つ特徴とその特徴ゆえに生まれるリスクが伝わってくるというもの。

s-IMG_7787s-IMG_7788


図解だけでなく、本文もとてもわかりやすい。法律書的なカタさがあるのは否定出来ないものの、読者の思考の順を追って説明しようという著者の配慮が感じられる文章です。

本書は、手形法を含めた支払手段法について、法文・契約(約款)と判例法とに基づいて、その法ルールの具体的な内容を記述した上で、「なぜ」そのような法ルールが採用されているのかを機能的に説明しようとするアプローチを採用している。
さまざまな支払手段法を横断する統一性は、このような機能的アプローチの副産物でもある。手形や小切手も支払手段の一つである以上、支払手段として期待される役割やさまざまなリスクの発現の仕方には、共通する部分がある。
まず最初に、最も単純なメカニズムを持つ(プリペイド型)電子マネーから説明を始める(第2章)。
続いて、支払いの相手方への銀行口座へと資金を移動させる、銀行振込について説明する(第3章)。
第3章で取り上げた銀行振込を、銀行振込を、紙(証券)を使って行うのが、小切手である(第4章)。
国際的な資金の移動については、小切手ではなく、為替手形が使われることが多いので、続く第5章で為替手形について説明する。
ここまで取り上げた支払手段は、どれも支払いという資金の移動をもっぱらの目的とする支払い手段であった(略)。これに対し、第6章以下で登場する約束手形・電子記録債権・クレジットカードは、単に支払いを行うだけでなく、支払いを一定期間猶予するという信用機能をも有している。信用機能があるということは、貸し手からすれば、貸し倒れのリスク(信用リスク)が発生するというわけであるから、それに対する何らかの対処を契約や法ルールによって行う必要が出てくることになる。

これははしがきの一節なのですが、ここだけを読んでも、何故大学の法学部ではこういう教え方をしてくれなかったんだろうかと小一時間…。

電子マネーの法律どころか、恥ずかしながら古くからある小切手のなんたるかを法的に語る能力すらもちあわせていなかった私にとっては、この「銀行振込を、紙(証券)を使って行うのが、小切手である」のワンフレーズに出会えただけでも、¥2,300払った価値があったと思いましたよ正直なトコロ。

恐れ入りました、な一冊です。
 

【本】電子マネー革命 ― 企業が通貨を発行する日は来るか

 
edyが楽天edyになったから、というわけではありませんが、そろそろ電子マネーが現金を凌駕する潮目がくるような気がするのは、私だけでしょうか。

通販サイトを運営されている会社やポイントカードなどを積極導入されている量販店等の法務の方は、これらに対する規制への対応の必要性もあり、このあたりの法律にも当然にお強いのでしょう。しかし、私のような小売に無縁な業界にいた者からすると、まったくノーマークの法律。のんきに構えているうちに、電子マネーやポイントによる価値交換・決済が一気呵成に進みそうな予感がしてきたので、いくつか関連書籍を読み漁っています。

その中でも、入門編としてベストだと思った一冊がこれ。


電子マネー革命─キャッシュレス社会の現実と希望 (講談社現代新書)電子マネー革命─キャッシュレス社会の現実と希望 (講談社現代新書)
著者:伊藤 亜紀
販売元:講談社
(2010-11-18)
販売元:Amazon.co.jp



著者は、電子マネー決済の企業法務実務を専門とする伊藤亜紀弁護士。そもそも、電子マネーが普及してそれほど経っていないこの日本において、「電子マネー法が専門である」と自ら名乗れるだけの実績を積んだ弁護士の先生は、そうそういらっしゃらないのではと思います。経産省の産業構造審議会支払サービス発展のための課題検討WG等にもJR・Yahoo・Amazonといった関係責任者とともに名を連ねていらっしゃるあたり、その実績の確からしさがうかがえます。

その著者が、見た目も読後感も法律書であることを全く感じさせないような工夫を凝らして書いているのがこの『電子マネー革命』。一目見て分かるポイントは、日本の典型的な核家族を話題にした軽妙な物語パート(SIDE-A)の合間合間に、法律面からの解説パート(SIDE-B)を挟んでいくというサンドイッチスタイルをとっているところ。新書にもかかわらず、わざわざ小口にまで色をつけてパートの違いを表すなんて、相当なこだわりようです。

s-IMG_7706


テレカやデパートの商品券のような前払式証票の疑似通貨のみが想定されていた旧プリペイドカード法では、定義がまともにされていなかった電子マネー。
そして旧法を解釈によって運用しようにも、
・サーバー管理型電子マネーにおける「証票性」のカベ
・銀行法による「電子マネーによる送金」のカベ
・出資法による「電子マネーからの換金」のカベ
が立ちはだかっていたことにより、電子マネーが決裁手段として必要な信用機能を完備し難い時代が長く続きましたが、2010年に資金決済法が施行されたことにより、定義が明確になるとともに、これらのカベがついに崩れました。

この一連の法改正の歴史とそれによる変化を、法律の建付けから説明するのではなく、一般的な家族の生活の変化としてストーリーで描くことで、生活者にとってどんなメリットがあるのかがわかりやすくなっている点が、法律書であることを感じさせません。


〃荳曠灰好箸猟祺爾如△海譴泙巴傭覆つかなかったものの売買が可能になる
特に物理的な移動を伴わないデータなどの売買において、優位性を発揮する

このような電子マネーの特徴から、著者は「電子マネーが既存通貨の欠点を解消し、世界共通通貨化して決裁革命を起こすはず」という大きな期待を述べています。もちろん、国が通貨発行権を自ら放棄することなどありえず、そう簡単にことは進まないでしょう。この点について、筆者はさらにこう述べています。

共通通貨に向けた最大の障害が、国家の通貨主権なのであれば、金融政策という役割を担わない民間発行の電子マネーに期待してみるのはどうだろう。各国に普及しつつある民間発行電子マネーが連合すれば、世界共通マネーも実現可能かもしれない。
絵空事と笑われないため、ここで学問的な分析を試みよう。経済学では、そもそも貨幣の機能は、次の三つと定義されている。

1)価値保存の手段
=購買力を保存する手段、富を蓄える手段。肉、魚、野菜など生鮮食品であっても、貨幣に交換すれば、品質の劣化を気にすることなく価値の保存が可能である。
2)決済手段
=物を買うときの交換における、支払い手段。肉→貨幣→魚という交換を媒介する。
3)価値尺度
=物の交換価値を測る基準。肉一切れと魚一切れの価値は、常に同じとはかぎらない。あいだに貨幣が入ることで、交換比率の決定が可能になる。

ところが現在の各国通貨には、それ以外に、次の二つの役割が与えられている。
4)利殖手段
=おカネを殖やす道具としての役割。貸金、預金、株式投資、FXなど、数々の金融商品が出回っている。
5)金融調節手段
=通貨の総体として、景気や物価をコントロールする役割が負わされている。

これらは、いずれも通貨本来の役割ではない。長い歴史のなかで人類が通貨に追加的に与えてきた役割といえるだろう。
ここで、以下のような整理を試みる。
金融調節機能を発揮するために、通貨主権が重要なことはわかった。その役割は既存の各国通貨に委ねよう。
そのかわり、貨幣の本来機能だけを抽出した、新しい世界共通マネーを作れないだろうか?
1)価値保存
2)決済手段
3)価値尺度
の三機能に特化した、民間電子マネー。いわば国と民間、役割分担の発想である。

国家間の問題は簡単には解決しない問題だけに、その間隙を縫って、企業が国に代わって価値交換手段としての電子マネーの発行主体として現実的な存在感を強めていく可能性があるという筆者の指摘。ちょっと前であれば荒唐無稽と一笑に付されたような話も、国といえども絶対の信用を持ち得なくなった、いやむしろ巨大企業の方が信用を集めているのではと思える昨今において、一気に現実味を帯びてきたように私の目には映っています。
 

【本】銀行の法律知識―ビジネスでカネを扱う以上知らなきゃ恥ずかしい法律知識

 
銀行員でもない自分に果たして役立つかなーと疑心暗鬼になりながらも、
銀行の法務部長が一般行員らの素朴な疑問に答える形式で解説しています。
この一言にそそられて購入。

銀行の法律知識 第2版(日経文庫)



カネを預ける・投資する・動かす法律を体系的に学べる本

中身は以下8つの銀行業務ごとに章にわかれていまして、

1)預金業務
2)金融商品販売業務
3)為替業務
4)与信業務
5)債権保全回収業務
6)その他の付随業務(ビジネスマッチング・M&A)
7)投資業務
8)銀行代理業

読む前から4)の与信業務、5)の債権保全回収業務のあたりは役立ちそうな予感がしていて、実際読んでみると民法の保証制度の改正の話とか、銀行が破産者のに対する債務と預金を相殺できるかとか、実践に役立ちそうなネタもゴロゴロ転がっていましたが、それ以外のところがもっと面白かったりして。

例えば、「ペイオフ全面解禁で預金は1,000万円以上は保護されないのに対し、保護預かりにしたり貸金庫に預けると全額返ってくるのはなぜですか?」という質問に対し、
預金の法的性質は、民法の消費寄託に当たるので、「預けたお金」というより「貸したお金」というイメージに近い。一方保護預かりは純粋な寄託なので文字通り「預ける」というイメージ、貸し金庫は賃貸借に当たるので「金庫を借りる」というイメージなんだ。おなじ「預ける」のでも、法律的に見れば、この三つは全然違う。
とか、

「電子マネーは現金を入金した所と離れたところで使うので為替取引に該当するのではないかと思うのですが?」という質問に対しては、
エディやスイカなどの電子マネーカードは、いわゆるプリペイドカードに該当し、プリペイドカード法の適用を受けるので、為替取引には該当しないと考えられているのだ。
プリペイドカード法上では、プリペイドカード、すなわち、「前払式証票」とは、カード上に記載されまたは電磁的方法により記録されている金額に応ずる対価を得て発行される証票等、と定義されているので、(中略)カード上の電子チップに入金残高が記録されていない電子マネーカードは、プリペイドカード法の適用は受けない。
といった具合に、さらっと、小難しくならない程度に「銀行業務」を「法律行為」に分解して納得させてくれます。

オンライン決済で簡単にカネを扱えるようになった時代にあっても、あらためてカネを預ける・投資する・動かすのってこんなにもたくさんの法律が関わって、自由にはできないんだなあ、ということが良く分かって興味深いと思います。
もっと厳しい言い方をあえてすれば、カネを扱わないビジネスパーソンなんていないわけで、興味のレベルでとどめるのではなく、ビジネスパーソン全員が法律知識としてきちんと知っておくべきなのでしょう。

私はこういった知識を断片的に時間をかけて学んできましたが、銀行業務という題材を通じて体系的に学べると言う点で、効率のいい本と言えます。

【雑誌】BUSINESS LAW JOURNAL No.15 6月号―やましいことは何もなくても、やっぱり公取委は怖いよ

 
独占禁止法のコンプライアンスというテーマは、法務パーソンが最も実務経験を積みようがない分野だと思います。なぜなら、経験を積む=独禁法違反の嫌疑をかけられて公正取引委員会等々と戦うということで、それはもはや“実戦”そのものなわけで(笑)。

かくいう私も、前職入社間も無いころ(当時は総務担当として)公取委が来訪してのヒアリング調査対応に関わったぐらいで、この分野に関する具体的な経験値は少ないと言わざるをえません。

今月のBLJの特集「高まる課徴金リスクへの備えは万全か」の9本の記事中、6本が弁護士事務所の先生の寄稿となっていて、現場法務の方の実戦訓が若干少なめになっているのも、そんなわけで致し方ないところ。

しかし、その残りの2本の現場法務の取材記事と、1本の行政当局へのインタビュー記事が、まさにリアルな独禁法違反リスクを感じさせてくれるものになっていて、非常に勉強になりました。

BUSINESS LAW JOURNAL (ビジネスロー・ジャーナル) 2009年 06月号 [雑誌]



反則調査の恐ろしさ

まず参考になったのが、P50〜の「法務担当者のつぶやき」と、P54〜の「実録公取委の反則調査」のコーナーでの法務担当者の取材記事にみる、当局による反則調査の恐ろしさについてです。

弁護士との連絡記録を持っている可能性があるということで、法務担当者個人のカバンの中の書類も半強制的にもっていかれることはざらだ。
「任意」との名目で、調査は社員の実家にまで及ぶ。そこでは、個人の銀行通帳やパスポートの差押えから、家族のアルバムや子供のランドセルも調べたという事例まである。
調査で得た社員の個人情報を使って「最近マンション買ったんでしょ。どうせ、逮捕されて、会社クビになるのにこれからどうするの?」と揺さぶりをかける。
深夜まで及ぶ長い取調べの後に「今日、この調書にサインしても、明日もう一度、訂正できるから」と曖昧なことを言われ、もうろうとした状態でサインしてしまい、窮地に追い込まれる社員も少なからず存在する。
数年前の交通費、交際費などの伝票や明細書を短期間に提出することを求められ、これらを全部探し出すために管理部署が総動員で、何日間も、コピー等することとなり
地方にいる社員が取り調べに呼び出されることも多く、そのための交通費等は数百万円にもなり得るし、何日間も営業活動に専念できないことによる逸失利益も無視できない。

通り一遍のコンプライアンス研修で、独占禁止法違反についての講釈を従業員にぶってみても、何にも響かないのが実態。

一方で、こういった事態に巻き込まれたことがある企業のベテラン社員さんなんかは、身をもってその怖さを知っています。法律の理屈はさておいて、そういった経験のある社員を捕まえて“語り部”になっていただくのが、独占禁止法違反のコンプライアンス研修としては実は一番効果があるのではないかと、この記事を読んで改めて思った次第です。


事業者団体の会合への出席に気をつけろ

そして、BLJ編集部の取材姿勢に思わず拍手!したくなったのが、行政当局の当事者、公取委の松山事務総長へのインタビュー記事です。

・インパクトのある事件審査を行うことで、世の中にカルテル・談合
 を続けることのリスクを知らしめる
・不況であっても執行方針に変更は無い
・トップが「利益も大事、法令順守も大事」と言っているようでは
 ダメ
といった、松山事務総長の容赦ないコメントの数々。

それにひるまずに、全企業の法務担当を代表してBLJの取材陣が突っ込んで聞いてくださった、「具体的な事項で気になること」への回答がこれ。

例えば事業者団体の会合に出席する際の社内規則を定めていない会社がまだ多いと思います。日本においては、業界団体の会合があれば、その際に多少の情報交換があってもいいではないか、という甘えがあるように思われます。
日本で、同業者の会合に出席する際に、必ず上司の許可を取る、価格の話が出たら直ちに退席する、その記録を残す、と言った教育をしている会社はそう多くないでしょう。

BLJ取材陣がピンポイントなところまで深堀りしてインタビューして下さったおかげで、当局が頭の中で考えていること・その程度がかなり具体的に透けて見えた気がします。


日本企業に松山事務総長がいう“甘え”があるのも否定できない事実。
そして、そんな甘え体質が残っていると思われているからこそ、先に紹介した反則調査の事例で見るような、「違反行為ありき」の厳しい取調べが行われるという悪循環があります。

重たい仕事ですが、我々法務パーソンはこの悪循環を断ち切るための努力と工夫を、あきらめずに追求していく必要があります。

公取委が来たときにも、私達は正々堂々と商売をやっている、調べたいだけ調べるがいいさ、と啖呵を切れるような会社であり続けたいと思います。

【本】独禁法講義―私的独占 ・不当な取引制限 ・不公正な取引方法の違いが整理できていますか?


dtkさんのblogでのつぶやき。
「ベーシック経済法―独占禁止法入門」/川濱 昇 他(著)
独禁法について、きちんと入門書から読もうと思って、ようやく読み終わった。独禁法の基礎からもう一度と思って、最初に白石教授の「独禁法講義」を買ったのだが、面白いと思ったものの、僕にとっては、抽象度が高すぎて、今ひとつなので、(後略)

めちゃ同感。

白石先生のこの本、世間の評価は高いようですが、整理の世界観が独特というか、レベルが飛び抜けて高いんですよね。



でも独禁法に苦手意識のあった私には1つ大きな収穫があったので、このことは皆様にも共有させていただく価値があるかもと、筆ならぬキーボードを取りました。


3大違反類型の相互関係

その大きな収穫とは何かというと、
・私的独占
・不当な取引制限
・不公正な取引方法
の3大違反類型が、どのような関係にあるかという点が整理できたこと。

日本では、不公正な取引方法が受け持つ行為態様が、限定列挙となった。2条9項の1号〜6号である。したがって、米国と違って、「不公正な取引方法ではカバーできないが私的独占や不当な取引制限ではカバーできる」という行為態様が、一定の範囲で発生した。そのなかで最も重要なのは価格協定や入札談合であり、不公正な取引方法ではカバーされないが不当な取引制限ではカバーできる。

このカバー範囲の微妙なズレと重なりの様子をベン図で表現したのがこちら(P67)。
s-dokukinhoubenzu









さらに、それぞれのエンフォースメント(法を守らせるための強制力)の違いも、わかりやすい表にまとめてくださってます(P67)。
s-dokukinhouenforcement








この2つの図表に出会えたことで、独禁法の箇条書き的な条文が頭の中で有機的に繋がった感覚を覚えました。それだけでも、この本を買った価値があったなと思っています。

それ以外の部分は、まだまだ私には高尚すぎて本当に理解できたかといわれると自信がありません。折に触れて読み直すことにします。

「企業と人との新しい結びつき」の実現を目指して頑張ります。ご支援いただける方はこちらをクリック!(blogランキング)

【本】M&Aの労務ガイドブック―M&Aで人事デューデリが軽視されるのはなぜか

「企業は人なり」と言いながら、M&Aにおいては後回しにされたり軽視されがちな人事のこと。

この本は、日本でM&A案件を最も多く手がける事務所といっても過言ではないであろう森濱田松本法律事務所が、人事のデューデリジェンス、リストラクチャリング、労使紛争、企業年金再編の問題までを、幅広く、しかし丁寧に解説する本です。

M&Aの労務ガイドブックM&Aの労務ガイドブック
販売元:中央経済社
(2009-10)
販売元:Amazon.co.jp
クチコミを見る


労務という“聖域”

法務に携わっている方でも、よっぽど労使紛争が激しい会社にお勤めでなければ、労働法について詳しい方は少ないと思います。

しかも労働法は、条文よりも行政通達や判例知識がないと理解できないという厄介さも備えている法律です。そのせいで、労務の世界は、勤続年数の長い経験豊富な人事マンの“聖域”になってしまいがち。

そんなところが、M&Aにおいて人事デューデリがおざなりになる理由の1つかもと思っています。


聖域に切り込むデューデリ

この本は、そんな“聖域”をどう切り崩し、リスクの所在を解明していくかというデューデリのパートが秀逸です。

労働法に詳しくない方でも、違法な人事制度によくあるパターン、違法性の根拠・考え方、特に注意すべきポイントが見抜けるよう、端的に、かつ丁寧に解説しています。

森濱田松本法律事務所が労働法に強いという印象はなかったのですが、法律そのもののポイントを冗長にならないよう解説したうえで、「固定残業手当制」や「年俸制」という成果主義的人事制度の名の下に時間外手当を払わない事例などを引き合いに労務リスクを鋭くえぐる姿に、この本の著者(高谷先生率いる同事務所の若手アソシエイト)のM&Aの労務問題に対する深い理解を感じます。

私の部署では、人材紹介のサービスを提供するクライアントが法令に違反するような労務環境に無いか審査をする業務があります。当然ながら労務デューデリの視点と私の審査の視点には重なるところがたくさんあり、日常業務にもダイレクトに役立っています。

転職を考えている方で、転職先の労務環境に不安を感じている方にも応用が利くかも?と思ったり(ただし質問の仕方はオブラートに包む必要がありますね)。

【本】M&Aの戦略と法務

森信静治、川口義信、湊雄二/著、日本経済新聞社
価格:2,500円
評価:★★★★


国内M&Aについて、純粋法務に的を絞って解説してくれている点で貴重な本。
(海外M&Aについては、こちらのエントリでご紹介している本をどうぞ)

2005年4月に刊行されたばかりなので、最近の法改正までフォローされているのも安心できます。続きを読む

【本】M&Aのグローバル実務

価格:4,000円(税別)
版刷:2005年6月第2版5刷
評価:★★★★

今の職場で、アジアにある同業者を買収しようという案件が発生、有無を言わさずプロジェクトメンバーに選出されてしまいました。

投資案件は何件か携わりましたが、今回の案件は海外投資かつ少し複雑なスキームになりそう(新会社設立+営業譲渡)ということで、リーガルデューデリジェンスも真面目にやらなければいけなくなり、きちっと勉強しようとこの本を購入した次第。


続きを読む

法務担当者のための証券取引法

松井秀樹/著、商事法務
価格:3,675円
評価:★★★★

証取法って、法務担当者としては苦手意識があったり、勉強を後回しにしがちじゃないですか?

なんでって、
・証取法の基本書って分厚くて読む気にならない。
・改正が多くて細かいのでフォローする気にならない
・契約書のドラフティングで証取法の知識はあまり必要ない
・財務部門、IR部門、広報部門の担当者の方が実務に精通しているので、
 法務部門にはあまり相談がこない
から・・・。

でも、個人的にはすごく重要な法律だと思います。上場企業が成り立っているのも、株式市場がこの法律に基づいて適切に運営されているからこそです。

そんな苦手意識がある法務担当者にぴったりな本です。経営法友会の法務担当者向け証取法セミナーで必ずと言っていいほど講師を担当されている松井弁護士が書かれていることもあり、実務面のカバー率は他の本と比較になりません。

タイトルに「法務担当者のための」なんてついてるあたり、涙が出そうです。

法改正にあわせてきちんと改訂されているので、自己株式の取得とインサイダー取引規制との関係(自分の会社のインサイダー情報を握っている状態で自己株の買受を実行していいのかetc)など、最新のissueについても記載されています。

記事検索
月別アーカイブ
プロフィール
Google