企業法務マンサバイバル

ビジネス法務に関する本・トピックのご紹介を通して、サバイバルな時代を生きる皆様に貢献するブログ。

_内部統制

考えを伝えただけじゃダメだから会社の中に法務が要る

 
会社にとって、法務部門が必要か?外部弁護士にアウトソーシングでも済むのではないか?花びらの数を数えるように考え続ける日々を送っていますが、18年前のスティーブ・ジョブズが、秘蔵インタビューの中でこんなことを言っていました。開始2:57ぐらいから。

ギズ独占! 映画『スティーブ・ジョブズ 1995 〜失われたインタビュー〜』の特別映像が名言たっぷりで興奮しっぱなしだよ!(GIZMODE)より


私がアップル社を去った後、スカリーは深刻な病に侵された。
同じ病気にかかった人を見てきたが
彼らは、アイデアを出せば作業の9割は完成だと考える
そして考えを伝えさえすれば
社員が具体化してくれると思い込むんだ
しかし、スゴいアイデアから優れた製品を生み出すには
大変な職人技の積み重ねが必要だ
それに製品に発展させる中でアイデアは変容し、成長する
細部を詰める過程で多くを学ぶし
妥協(注:スティーブは“trade-offs”と言っている)も必要になってくるからね
電子、プラスチック、ガラス、それぞれ不可能なことがある
工場やロボットだってそうだ
だから製品をデザインする時には
5000のことを一度に考えることになる
大量のコンセプトを試行錯誤しながら組み換え
新たな方法で繋ぎ、望みのものを生み出すんだ
そして未知の発見や問題が現れるたびに、全体を組み直す
そういったプロセスがマジックを生み出すのさ

経営者が「コンプライアンスが最優先だ」と伝え、ルールを規程化したり法律知識を研修で教えこんだりすれば、あとは現場がやってくれる。それが理想ではあるものの、そうコトは簡単ではありません。

この案件を期限に収めるために障害となる法律はあるのか?具体的にルールをどう当てはめれば?ダメだと分かったらどう対処すれば?細部を詰める過程で多くを学び、よりよい解決策が生まれたり、トレードオフも必要になってくる。あちらを立てればこちらが立たずの中で、5000とまでは言わなくても大量の法律・規則・社内ルール、それだけではなく、以前の類似案件・今後の事業展開・会社の歴史・担当者それぞれの立場や思いを把握し、過去と未来の決定にできるだけ矛盾のないよう、普遍性・応用可能性を踏まえたベストな解決策を膝を突き合わせて考えなければならない。それは中の人だけがなせる大変な職人技の積み重ねであると。

業界や事業が成長し、あるサイズを超えてくると、解決すべき法的課題は十→百→千の単位となり、その問題を解く鍵として考慮すべき前提情報とコミュニケーションの量も、百→千→万という単位で増えていきます。法務部門を会社の“中”に置かなければならなくなる理由は、そこにあるのでしょう。一方で、イノベーションが落ち着いた安定的な事業において、法的課題が少なくなるフェーズを迎えれば、その事業部分は切り離して現場に任せるという考え方もあるかもしれません。
 
このあとに続く「道端の石と、モーターとコーヒー缶をバンドでつなげた古い研磨機」の話も含め、法務な方、会社員な方はご覧になるといろいろ思うことがあるビデオかと思います。
 

コンプライアンスとそれを推進する法務が経営者に嫌われるワケを『ダークナイト ライジング』の映画評に学ぶ

 
法務な方には、是非この映画評をご覧になることをおすすめしたいです。ただし、ややネタバレ注意。

『ダークナイト ライジング』 バットマン最大の敵に立ち上がる(映画のブログ)
各作品でバットマンは強敵と戦ってきたが、シリーズ全体を通じてバットマンを悩ませるのは、悪魔の頭ラーズ・アル・グールでも、犯罪界の道化王子ジョーカーでも、傭兵ベインでもない。おそらくバットマンにとって最大の敵は、スケアクロウことジョナサン・クレインである。
キリアン・マーフィが演じるこの精神科医は、『バットマン ビギンズ』(2005年)においては幻覚ガスを撒き散らして人々の恐怖を煽り、『ダークナイト』(2008年)では精神異常を誘発する麻薬を売りさばき、『ダークナイト ライジング』(2012年)では司法が崩壊したゴッサム・シティでリンチ裁判の判事を務めている。

このシリーズの悪役たちは、幾つもの点でバットマンことブルース・ウェインと共通していたり、その裏返しであったりするのだが、とりわけリンチ裁判で判決を下すクレイン医師は、個人的な正義感から私刑を繰り返すブルース・ウェインが最終的に行き着く姿であるかもしれない。
治安のためなら暴力も辞さない機関として、私たちは警察を設置している。警察が十全に機能していれば、私刑を行うマスクの男は不要かもしれない。
だが『ダークナイト ライジング』において、警察の機能は疑問視されている。
警察が散々な扱いを受ける一方、市民たちは自警団を肥大化させ、気に入らない人間を次々にリンチ裁判にかけていく。
悪事に頬かむりせず立ち上がるとは、こういうことなのか。
前二作と同様、本作においてもスケアクロウことジョナサン・クレインは姿をくらましてしまった。人々に恐怖を植え付け、社会不安を煽り、でたらめな断罪で他人を攻撃する者は、バットマンにも片付けられない難敵なのだ。
それが手強いのは、爆弾犯や殺人犯のような特定の人物を倒せば済むものではないからだろう。

警察等権力や社会の監視の目には限界がある。だからこそ、企業内の法務・監査機能を強化し、自主的なコンプライアンスに務めることが重要だ!と叫ばれて、もう何年が経ったことでしょうか。しかし、その最高責任者たる経営者はもちろんのこと、それでメシを食っている法務パーソンでさえ、「コンプライアンスの推進」という言葉に違和感を隠し切れずにいると思います。

権力や社会の監視が無力ならばと、法律の力で社外取締役の設置義務化を図り、彼らに企業の中で正義に燃えるバットマンを演じさせ、コンプライアンスに反することは彼らが「私刑」を下して直せばいい。会社法改正案はそういう理屈だったのでしょうが、そもそもバットマンになれる人材がどこにいるのか?バットマンが下す私刑が必ず正しいのか?という経営者のもっともな反発に会い、骨抜きとなりました。

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一方で、この間法務パーソンは何をしていたかというと、「世の中ではこんな事件が起きてます。ウチだって、例外じゃないですよ。コンプライアンスしないと明日潰れるかもしれませんよ。」従業員に対して研修と称してこんな話をさも知り顔で語り、現場にコンプライアンス担当者を設置し、規則を強化して違反した者に懲戒を乱発する・・・。まるで、スケアクロウが市民の不安を煽って自警団を組織させリンチ裁判を乱発したかのように。コンプライアンス経営が社会の要請と言われ抗えなくなったとはいえ、私が経営者だったら、スケアクロウのような従業員をもっと雇え・好きになれ、という方が無理な話です。

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やがて市民たちの自警団と警察が衝突するとき、遂にバットマンは警察と共闘する。
そのとき警察官たちが叫ぶ「警察は一つだ」というセリフは、勝手に振る舞う自警団を否定するとともに、私刑執行人たるバットマンをも否定している。
『ダークナイト ライジング』では、立ち上がるのはすでに当然のことなのだ。
その上でいかに独善に陥らず、人々と協調し、理性的に立ち上がるかが問われている。

法務パーソンはコンプライアンスとどう向き合うべきか。少なくとも、雰囲気にほだされた根拠なき「私刑」「リンチ」を下す人であってはならないと、この映画評に触れて思ったのでした。
 

【本】サムライと愚か者 暗闘オリンパス事件 ― 内部通報制度にもう一度スポットライトを

 
個別企業名をあげつらって叩くようなポストは、その企業の関係者のみなさんの気分を害することがあるのでブログではなるべく書かないように心がけています。とはいうものの、この事件に関してはやはりきちんと振り返って他山の石とする必要があると思いましたので、この書評の機会に。


サムライと愚か者 暗闘オリンパス事件サムライと愚か者 暗闘オリンパス事件
著者:山口 義正
販売元:講談社
(2012-03-29)
販売元:Amazon.co.jp



私は取引企業の審査という仕事上の必要性もあり、2008年からFACTAを購読して微力ながらその歯に衣着せぬ物言いを支援してきたつもりでしたが、2011年8月号と10月号の記事を最初に見た時は、「これ本当かな?」と話半分に読んでいたのを覚えています(面白記事としてドッグイヤーはしていたものの)。それが、10月に突然の「ウッドフォード氏解任」となり、その経緯としてウッドフォード氏がFACTAの記事を下に菊川社長(当時)に対し内部告発をしたことがきっかけとなったとの報にふれ、もう一度記事を読み返して、FACTAの分析は本当にちがいないと確信しました。

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しかし、事件発生当時、私の周りのビジネスパーソンの中には、ウッドフォード氏の猪突猛進とも思える行動について、「外国人経営者が就任早々ちょっと正義感に燃えちゃって、社内の空気を読みちがったんじゃない?」とか、「たくさんのステークホルダーがいる会社なんだから、もうちょっとソフトランディングに解決すべきでしょ。」とかいう人が少なからず居たと記憶しています。この本はまさに、そんな人にこそ読んでいただきたい。そういった問題を“会社組織のしがらみ”という一言で冷めた見方をして放置する「サラリーマン」がいる限り、永遠に企業のガバナンスやコンプライアンスは改善しないと思うからです。

この本には、
  • 内部告発者は、どれほどのリスクと責任の重さを背負いながら重大な情報を提供していたのか
  • それを受け取った記者はどんなバックグラウンドをもち、いかなる労をとって裏付け調査と追求をし続けたのか
  • 他の雑誌が断る中で記者の持ち込み企画を載せ続けたFACTAの決断は、いかに冴えたものだったのか
  • ウッドフォード氏は、どれほど適切に菊川氏をはじめとする首謀者たちを問い詰めていたのか
  • そして何よりも残念なことに、そういった告発・追求に対してオリンパス広報担当と菊川氏率いる当時の経営陣は、いかに不誠実な態度・対応を取り続けたか
が、詳細に生々しく描かれています。通報者以外はすべて実名で、時系列に事件の経緯が整理されているので、去年の10月以降の報道時には何が起こったのか真相がよく分からなかった方も、そのほとんどが氷解することでしょう。そして、ビジネスパーソンがこの本を読めば、自分が本件内部告発者だったら、もしくは広報だったら、経営者だったらと、自然にその立場を想像しながらあっという間に読み終わってしまうはず。

さて、ガバナンスやコンプライアンスという分野にそこそこ長い間携わってきたものとして、この事件の経緯を知れば知るほど思うのは、やはり内部通報制度を運用を含めて信頼に足るものにすることこそが、会社として優先して取り組むべきコンプライアンス施策ではないかということです。「そんなもんウチの会社だってちゃんと用意してますよ」という読者のみなさんの声が聞こえてきそうですが、果たしてそれは形だけの窓口になってはいないかを、もう一度省みる必要があると思います。運用担当者側の声として、「上司や人事考課に対する不満ばかり」「単なる人間関係のいざこざをすぐにパワハラ・セクハラよばわりするので対応の負担が半端ない」といった疑問の声もよく聞かれるところですし、この本の著者山口氏も、文中でこのように公益通報者保護法の欠点について指摘しています。

私に情報を提供した深町たちがこの法律によって利益を守られるかどうかと言えば、答えは限りなくNOに近い。
同法では、まず社内で内部通報し、それでだめなら監督官庁に通報することになっており、マスメディアへの通報は最後の手段となる。しかりオリンパスでは内部通報の窓口が菊川の直轄になっているため、社内で不正の非を鳴らせば深町は解雇などの不利益を被った恐れが大きい。では監督官庁に通報した場合はどうなのかと言えば、過去には監督官庁が通報者の姓名などを企業側に伝えてしまったケースがあり、これも頼りにならない。
それでも一足飛びにマスメディアに通報してしまえば、深町たちは法律で定められた手順を踏んでいないことになってしまうのだ。不正を告発するためであっても、内部資料を持ちだしたことは窃盗や業務上横領、秘密保持契約違反に当たる恐れもあるという。
では、仮に深町たちが職を辞したうえで不正を告発しようとした場合はどうかと言えば、同法による保護の対象にはならない。同法の規定で、保護されるのは「労働者」であり、退職者はこれに含まれないからだ。
内部通報者制度に詳しい中村雅人弁護士は同法について「とても中途半端な法律。経営トップの犯罪に有効ではない」と断じる。同法を制定する際、経団連が「日本が密告社会になってしまう」としてこれに反対し、骨抜きにしてしまったためだ。


この指摘にあるとおり、オリンパスの場合は当時会長の菊川氏自身が主犯格であり、子飼いの森氏のような参謀もいたわけで、通報があっても裏で動いて黙殺されていたことでしょう(社長であったウッドフォード氏の“内部通報”ですら黙殺した会社ですから)。そんなことにならないようにするには、何をどう工夫すべきかということがポイントです。単に通報ルートを設けるだけではなくて、例えば取締役会や経営会議に内部通報が発生した旨の報告機会を設けるとか、発生した内部通報の件数と大まかなジャンルを社内に公表するとか、定期的に弁護士から内部通報に対する会社としての具体的対応のレビューを受けるなど、通報者の安全を守りつつ少しでも透明度を高めることで、社内外にアラートを出し牽制・自浄効果を生むような工夫でもいいかもしれません。内部通報で退職に追い込まれた従業員が、内部通報が事実であると分かったときには復職だけでなく損害賠償を受けられる制度を会社自身が自ら作って保護を宣言するという手もあるでしょう。このように公益通報者保護法に欠点・瑕疵があるというならば、経営者自身が提案して保護法を上回るようなその企業独自の保護策を採用し、それが後世にも残るように会社の制度・規定として明文化しておくという手はありそうです。

そもそも経営者に従業員の真摯な声に耳を傾ける姿勢がなければ、過ちを正そうとする声も起きなくなり、前述のような“会社組織のしがらみ”に沈黙する「サラリーマン」を量産するだけでしょう。そうやって量産された「サラリーマン」が、その会社の士気・モラルをますます停滞させ、ガバナンスやコンプライアンスを有名無実なものにしていくのだと思います。いざというときに心ある人が心ある人に勇気をもって進言すれば、会社はその勇気に応えてきちんと調査し対応してくれるという信頼のある状態。最悪、それはわざわざ制度としなくても、社員同士の信頼関係の中で処理をしてもよいかもしれませんが、まずは、どの企業も作った当初のままほったらかしにしているであろう内部通報制度を、せっかくのオリンパス事件を教訓として見直すところからはじめることを提案します。
 

【本】暴力団排除と企業対応の実務 ― 暴排対策の赤盤/青盤、あなたはどっち?

 
さて、東京都暴力団排除条例が施行されて初の営業日。みなさん如何お過ごしでしょうか。

先週末、某リアル書店でこの青い表紙を見て、先月買ったばかりの赤い表紙が脳裏をよぎり「あ、もう第二版出てる、やられた!そっかー10/1から暴排条例施行だもんなーアップデートするわなー」と悔しさに唇を噛みながら中身もロクに見ずにレジに持って行き、購入したのですが、

s-4-7857-1914-2暴力団排除と企業対応の実務
販売元:商事法務
(2011-10)
販売元:Amazon.co.jp





家に帰ってみると・・・あれ?似てるけど違ったんですね!

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「政府指針」を具体的な実務に落としこむとどうなるかを、734個のQ&Aで徹底的に語りつくした“”に対し、今回の“”は、「東京都暴排条例」に適う体制をどう構築するかを順を追ってマニュアル化してくれた感じの本になっているのです。

BLJ2011年9月号の暴排特集で“”がオススメされていて買ってはいたものの、正直、Q&A形式の法律書はQAからこぼれた穴を他で埋めなければならず体系的な理解ができないところがあまり好きじゃないもので、このブログでは紹介してなかったんです(いや、中身の濃いしっかりとした本だとは思います)が、こっちの“”はまさに体系的に企業が何をどう実務対応すべきかを説いてくれているので読みやすく、頭にすっと入ってくる感じでした。

しかも中盤以降には
・金融 (銀行/証券/生命保険/損害保険)
・製造販売(自動車/OA機器)
・施設利用
・不動産
・建設・土木
に分けて、業界ごとにどんな対応をとっているかを紹介してくれています。同業界に所属される方には垂涎モノではないでしょうか。

この業界ごとの具体的対応が盛り込まれている点に加え、東京都内において経済活動を行う企業であれば(行わないと言い切れる事業者は少ないと思いますが)つまるところ暴排条例を守れる体制ができていればOKのはずなので、“”か“”かどっちか一冊しか買わないとしたら、私は“”をお薦めしますね。


そうそう、赤盤と青盤と言えば・・・

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私、何を隠そう大学時代は「ビートルズ研究会」的なコピーバンドサークルに入ってたりしました。ビートルズマニア同士の酒の席では、周期的に赤盤と青盤のどっちが好きかについて論争になるんですが、その時も青盤を推してたなあ。

違うか(笑)。

 

従業員のソーシャルメディア利用ガイドラインを制定するにあたり企業が抑えるべき5つのポイント

 
2年前のこと、私はブログポリシーを定める企業が増えるのではないか、という予測記事を書きました。

サラリーマンブロガーのみなさんは、在籍企業が“ブログポリシー”を制定する未来を見据えておきましょう(企業法務マンサバイバル)
日本ではまだ“ブログポリシー”をきちんと定めている企業は少ないと思われますが、これだけ日本にブログ人口が多くなってくると、各社が規定化してくるのも時間の問題と思われます。

この予測はものの見事に外れ(笑)、従業員によるブログ利用は日本企業にとってはそれほどの脅威・リスクとは感じられなかったようで、ブログポリシーを定める企業はごく少数にとどまったと思います。

ところが、去年から今年にかけて、ブログよりも簡単にはじめられて続けるにも敷居が低いというところから、ビジネスパーソンのTwitter利用が加速し、さらに、手軽に始められる新たなマーケティング手法として、業務の一環で従業員にFacebook等を含めたソーシャルメディア利用を推奨する企業も増えており、企業としての内部統制・リスクマネジメント的観点から「ソーシャルメディア利用についてのガイドラインを定めなければ」という課題意識は高まっているように見受けます。

そこで今日は、既にソーシャルメディアガイドラインを定めている企業の先例を参考に、私が考える「従業員のソーシャルメディア利用について企業がガイドラインを制定するにあたり抑えるべきポイント5つ」をまとめてみたいと思います。

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1.ソーシャルメディアの特性を理解させる

ソーシャルメディアとツールが進化してネット上で何かを発信する敷居が下がるということは、その反面ネット上で発生しうるリスクをきちんと認識できないまま情報発信する従業員が増えるということも意味します。

そこで対策として、ITリテラシーの低い社員にも分かる言葉で、
  • ソーシャルメディアでの発言は容易に拡散する
  • ソーシャルメディアでの発言は容易には消せない
  • ソーシャルメディアではなりすましが発生することがある
  • ソーシャルメディアによっては現在地情報が漏れるものがある
といったメディア特性を具体的に例示し、理解させることが重要になります。

2.ソーシャルメディアで発信してはいけない情報を具体的に例示する

上記1の特性を理解している従業員であれば、ソーシャルメディア上で発信してよい情報・悪い情報を自分で判断して適切に対処できるはずです。しかし、あなたの会社においてはそのような「勘のいい」「わきまえのある」従業員ばかりではないかもしれません。

そこで対策として、発信をしてはいけない情報をガイドライン上にはっきりとわかりやすく例示する必要があります。例えば、こんなものが挙げられるでしょう。
  • 自社および取引先を含む関係会社について知り得ている営業秘密に関する発信を会社やその情報主体者の承諾なしにしないこと
  • 自社および取引先を含む関係会社について知り得ている将来の業績・財務情報・事業計画などに関する発信をしないこと
  • 顧客・競合他社・雇用主・同僚について、中傷、差別、プライバシー侵害となるような発信をしないこと
  • 他者の知的財産権(著作権)を侵害するような発信をしないこと
  • 政治信条・宗教等、個人の自由である領域について議論し、衝突を起こさないこと
またこれに関連して、誤った発信が元で炎上が起こった際には、率直に詫び、できるだけ速やかかつ誠実に対処すべきこともあわせて定める例が多く見られます。

3.ソーシャルメディアにおいて組織における自分の立場を明示させる

前提として、そのソーシャルメディアの利用が会社のためなのか、個人のためなのかを従業員に自覚させることが重要でしょう。その上で、個人としてプライベートで利用するならば、原則として雇用主を特定しうる属性情報は発信させないようにガイドラインに定めるべきと考えます。

しかしながら、
  • 個人としてプライベートで発信しているが、雇用主を明示している従業員
  • 個人としてプライベートで発信し、雇用主を自ら明示はしていないものの、特定しうる属性情報を発信している従業員
もいると思います。その場合は、「発信する内容が雇用主の見解を代表するものでない」旨を明らかにする“免責事項”をプロフィールに明示させることを検討すべきと考えます。役職者の場合は特に要注意でしょう。なお社長の場合は、自身が会社の代表機関=会社そのものなので、免責事項を書いたところで免責されるかどうかは相当疑問がありますが・・・。

対して、業務として企業の命を受けて従業員が発信している場合はどうでしょうか。多くの場合、「○○部門の公式アカウントです」と明示しているだけのようですが、これも結構危険をはらんでいると思います。たとえば、「カスタマーサポート部門の公式アカウントです」と表明した場合に、発信者側としては「所詮会社の一部門だから、会社を代表しているわけではない」と考えていても、利用者からは「責任ある部門として会社を代表する意見と受け取った」と受け取られかねません。

業務として発信し雇用主を明示して公式を名乗る以上は、責任をもてない発信は行わないよう従業員の自覚とリテラシーを高めることが重要です。念のため、プロフィールにも「このアカウントはカスタマーサポート部門として発信するものであり、最終的な弊社の公式発表・見解を必ずしも表わしているものではない」旨明示をしておくことが、リスクヘッジのためには必要でしょう。ただし、そう明示したからと言ってすべてのリスクがヘッジできるわけではないことも覚悟しましょう。

4.就業時間におけるソーシャルメディアの利用ルールを明示する

上記3)の冒頭に、会社のためのか個人のためなのかを従業員に自覚させることが重要と書きましたが、それと連動して、就業時間におけるソーシャルメディアの利用については明言をしておくべきと思います。

会社のために、公式アカウントの担当者として業務でソーシャルメディアを利用するのであれば、営業時間外におけるコメントチェックや返信など、就業時間外のソーシャルメディア活用を時間外労働として認め手当を支払いさえすれば、特に問題は発生しないと思います。逆に、就業時間外はソーシャルメディアで公式コメントをしないというルールにし、顧客にその旨明示するという対応でも良いと思います。

問題となるのは、個人のためにソーシャルメディアを利用する場合です。会社のポリシーにもよるとは思いますが、内部統制という観点では就業時間中はソーシャルメディアを個人的な目的で利用してはならない旨、はっきりと明示しておく必要があると私は考えます。時として個人アカウントを利用して業務上の情報収集のために検索・閲覧することはあっても、個人的な目的で発信行為を就業時間中に行うのは、労働法的には職務専念義務に違反するということは、しっかりと認識させるべきではないでしょうか。

しかしながら、各社のガイドラインの実例見ていると、なぜかこの部分に具体的に言及している例は多くありません。全面的に禁止にはしにくいという遠慮が働きやすい部分ではありますが、ここは今後各社の課題になってくると思います。

5.ガイドラインに反したソーシャルメディアの利用を行った場合、懲戒処分となることを認識させる

最近、業務中のTwitter利用が原因で解雇された従業員のニュースが話題になりました。

他人事ではない? ツイッターのやりすぎで会社をクビに(ASCII.jp)
クビになった原因は、「勤務中にツイッターばかり見ていて仕事のスピードが遅くなった」ためという。
さらに、勤務中のツイッターではなく、ツイッターに投稿した失言により会社をクビになったユーザーもあらわれた。

このようなニュースが話題になるのも、ある種一般人の感覚では「Twitterごとき本当にクビになるのか・・・」と意外に厳しい結果と写ったからでしょう。上記4)の観点とも関連しますが、コトが起こってから社内にショックを走るようなことにならないよう、不適切な利用には厳しい対処で望むという姿勢を、あらかじめはっきりと示しておくべきだと思います。


以上が、私が考えるソーシャルメディアガイドライン制定のポイントです。

世の中に公表されているソーシャルメディアガイドラインの中では、IBMのガイドラインが有名で、模範的といわれています。しかし私が今まで見た中では、上記の視点を網羅的に踏まえ、かつ具体的で分かり易くよくまとまっているなと評価しているのは、実はインテルのガイドラインです。

インテル・ソーシャルメディア・ガイドライン

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特に、上記1)や3)の視点については「エンゲージメント・ルール」の項にかなり具体的に言及されていて、従業員にとって分かりやすいものになっていると思います。しかも、公式アカウント担当者には「デジタルIQ トレーニング」なる研修が用意されていることが示されているあたり、その徹底ぶりが口だけではないことが分かります。
パクるのは著作権法上問題ですが、ヒントにされることをお勧めします。
 

ルールは有名無実化する・・・では会社は何によって統制されるべきか

 
ブックオフオンラインの取締役を務められている河野武さん

去年勉強会で初めてお会いした際、多くを語らない中にえも言われぬ迫力を感じ、blogを中心に注目させていただいている人物です・・・って、私が紹介するまでもない有名人でしたか。

その河野さんが、本日こんなスライドを公開されていました。


顧客の期待をカルチャーとして根付かせるコンプライアンスへ

このスライドの57ページにある、河野さんによるまとめの一言。
カルチャーを創造できれば ルールをゼロにできる

ルールを守れなかった会社が、守れなかったことを謝っている姿は、この数年間だけでも幾度となく目にしています。

その度に繰り返されている台詞がこれ。
「ルールはあったが、今回はそれが徹底できていなかった。」

そして、これを聞いたあなたも、こう思ったことはないでしょうか。
「ルールがあったのに守れなかったならしょうがないよね、完璧な人間なんていないんだもの。」

これが繰り返されるうちに、いつの間にか(日本では)、ルールを定めておきさえすればコトが起こっても会社(経営)としてはエクスキューズできる、というような雰囲気が醸成されてしまったかのようです。

本当は徹底なんてできないとわかっているルールを作り徹底しようとすることに、いったいどれだけの意味と価値があるのか?最近そんなことを考え、会社のルールを思いっきりスリムにしようと思い立ったまでは良かったのですが、ルールのない会社に秩序を作るものはなんなのかを、うまく言葉にすることが出来ていませんでした。そこに河野さんが大きなヒントをくれたわけです。

  • ルールではなく、カルチャーを定義する。
  • 会社のカルチャーが守られているかを、緩やかに相互監視する。
  • カルチャーにコミットできない・馴染めない従業員は、すみやかに退場させる。

ルールをたくさん作って守らせるのではなく、顧客の期待に沿ったカルチャーを定義し根付かせるのが、これからのコンプライアンスのあり方なのではないか。

このスライドで取り上げられているザッポスの例だけをみても、その道のりは決して楽ではないことも分かっていますが、今期取り組もうと思っていた仕事に、大きなヒントを頂いた気がします。ありがとうございます。
 

【本】ヒューマンエラーは裁けるか―判断そのものの公正さを追求するよりも先にやるべきこと


この本の原題は“Just Culture(公正な文化)”。

twitterを一躍メジャーにしたUSエアウェイズ1549便ハドソン川奇跡の不時着。

s-Plane_crash_into_Hudson_River_(crop)Photo by Greg L

その飛行機を操縦していたサレンバーガー機長が図書館から借りて事故当日機内に持ち込んでいたこと、そして事故後ブルームバーグ市長から同書のコピーを永久貸与されたことでも有名な本の翻訳本です。

ヒューマンエラーは裁けるか



「公正な判断」は存在するか?

法律に触れる仕事に携わっていると、「司法システムや司法関係者というものは、その他のものに比べればよっぽど公正なものだ」と本人も周囲も思い込んでしまいがち。
そんな司法システムが有罪/無罪を決める過程に潜む構造的な弊害について、看護師のミスによる医療事故・パイロットと航空管制官のミスに関する裁判での実例を元に描き出し、警鐘を鳴らすのがこの本。

その弊害の元凶は何か。巻末の監訳者要約の言葉を借りれば
「悪質」、「怠慢」、「意図的」などを客観的に定義することは難しい
という点にあります。

司法システムと似たようなものとして、会社で懲戒人事を検討する際に、同じ難しさを感じることがあります。

懲戒対象行為として会社に与えた結果(損害)は同程度であっても、そうとわかっていてやった行為と、知らずにやった行為とでは、与える罰が異なるのが、懲戒人事の判断基準となるわけですが、

裁く側としての私が事実を突き止めようと関係者へのヒアリングを重ねるうち、「こういう結果になることが分かっていてやったのでは?」と問い詰めるような形となり、既に結果(損害)を発生させてしまったことが自明になっている従業員としては、本当は技術的エラーだったのに「分かっていたかもしれません」と規範的エラーを故意に起こしたような答え方をせざるを得なくなる状況になっていくのです。
そんなシーンに出くわす度に、自分がこの状況におかれたらどう行動したか?このヒアリングにどう答えたか?組織の構造上発生すべくして発生しただけで、誰も悪くないのでは?そんな中で公正な懲戒処分なんて下せるのか?と考えさせられてきた私は、この本が言わんとすることに思い当たる点は多々ありました。

ちなみに、私が懲戒を検討するときの私なりの公正さの保ち方は、
・故意や過失の認定は裁く側の仮説から入らざるを得ないので、
 いろんな人のいろんなものの見方を聞いた上で仮説を立てる
 よう気を付ける
・懲戒を受ける側の従業員には、私の判断そのものではなく、
 私が判断を導くにいたる過程に納得してもらえるように調査の
 徹底と透明性の確保を尽くす
しかないなと思っているのですが。

公正な判断となるかどうかは保証しようがないが、公正な判断を導こうと努力する文化は作りようがある
著者はこの本のタイトル“Just Culture”にそんな思いを込めたのだと思っています。

このようなややこしい仕事に携わるシチュエーションは少ないと思いますが、「論理的には正しくとも、それが必ずしも公正であるとは限らない」ということは忘れないようにしよう、そんなことを省みさせてくれる本としても有用な本です。
 

【本】企業不正対策ハンドブック―内部者の悪意ある不正を防止できてこそ、真の内部統制なんでしょうね

 
ビジネス法務の部屋で紹介された影響でしばらく売り切れ状態だったこの本を、ようやく手に入れることができました。

企業不正対策ハンドブック―防止と発見


ちょうど監査法人トーマツさんが「企業の不正リスク実態調査」を実施・公開していて、
回答企業の2 割(21%)で不正が発生。その内訳は資産横領(69%)と不正財務報告(22%)が主。
不正の原因として、不正コントロール(対策)の不備(33%)、企業風土や従業員の倫理観の欠如(22%)。
内部統制報告制度は、「一定の効果がある」が70%となったが、「有効な体制が整備できた」は21%。
なんていう結構衝撃的な数字が出ていることもあり、事故やミスの防止以上に内部者の悪意ある不正防止が内部統制の次なるトピックスになりそうな予感。

そんな中、旬なテーマをターゲットにした注目度大の本だと思います。


あらゆる不正を体系化したこれからの内部統制のバイブル

装丁の豪華さも、中身の充実度も、まさに企業内不正に関するバイブルの名にふさわしいもの。

著者の長年の経験と研究から導かれた、この本の目次の役割も果たしている“Fraud Tree(不正の体系図)”だけをとってみても、6,000円支払う価値を感じていただけるはず。
fraud tree


私が何よりも気に入っているのは、その不正体系化の妙だけでなく、この本が対象としている「不正」の幅広さ。

従業員による不正だけを問題視するのでなく、発生件数の実に19.3%を占める(本書P31 2006年全米不正動向調査より)オーナーや役員による不正までも対象としている点、

帳簿の操作や下請けからのキックバックといった典型的な不正だけでなく、昼休みや休憩時間の無断超過といった生産性を下げる逸脱行為をも不正の一つと捉えて分析する点、

これらを見れば、警察のように従業員を取り締まったり、現場の生産性を阻害するだけではない、内部統制2.0とも言うべき本当に役に立つ高次元の内部統制を実現するための知恵がこの本に詰まっていることが、お分かりいただけるのではないでしょうか。

【雑誌】BUSINESS LAW JOURNAL No.16 7月号―「戦う法務パーソン」が「戦う監査役」を作る

 
7月号責了です(BLJ編集部ブログ)
今回はいつもと少しテイストが違うかな??

という編集部のあめちぇさんのつぶやきにもあるように、取材内容が、そして気のせいか編集デザインまでもが濃い今月のBLJ。

「取締役・監査役を取り巻くリーガルリスクの現在」という特集記事の緊張度の高さがそうさせたのかもしれません。

BUSINESS LAW JOURNAL (ビジネスロー・ジャーナル) 2009年 07月号 [雑誌]




え、辞めてなかったんですか?

まあとにかくびっくりしたのが、荏原製作所の社外監査役、大森義夫さんの取材記事。

役員の不正取引の調査について疑義を感じたことを理由に、株主総会で
コンプライアンス上重大な疑義があるので事業報告を承認しない
という意見を付記するという、「監査役の乱」を起こし一躍有名になった方です。

結局あの事件、特に株主総会議場での株主からの質問も無く、計算書類の承認決議はそのままなされたということだったので、私はてっきり大森さんはその後お辞めになったのだろうと思っていたのですが、なんとまだ荏原製作所の社外監査役を務められているとのこと。

さすが警察庁・公安部長・内閣情報調査室長を歴任した方だけあって、正義感が強いというか肝っ玉が据わっていると言いましょうか・・・。


監査役とのパイプが「戦う法務パーソン」の武器になる

そんな大森さんのコメントに、法務パーソンが担うべき役割への示唆があります。
監査役、会計監査人、顧問弁護士、社内の内部統制担当部署が緊密に連絡しあって情報を共有することが、日本企業のガバナンス上最大の課題だと思います。ところが実態は、企業は特に社外監査役に対しては、都合の悪い情報は開示せず、自分達に都合のいい学説、論文は取締役会議事録に添付したりするのが現状です。

大森さんが危惧する実態があるとすれば、まさにその「自分達に都合のいい学説、論文」を探して提出しているのは、その会社の法務パーソンに他ならないのでしょう。たとえ企業に雇われた身だとしても、そんな“情報操作”に加担する法務パーソンは失格だと思います。

このblogでも何度か述べてきたように、私たち法務パーソンは
自分の雇い主である経営者が嫌がる本音ベースの提言も(時と場合によっては嫌われるのを覚悟で)しなければならない
存在。
私たちが最後の砦を守ることを放棄したら組織のコンプライアンスは崩壊する、ぐらいの気概をもって仕事をしたいものです。

とはいえ、法務パーソン自身がひとりで戦うのは無謀ですし、賢いやり方ではありません。そこで武器にしたいのが、監査役とのパイプです。

法務担当者やコンプライアンス部門担当者であれば、日常で監査役から質問や調べ物の依頼を受ける機会もあるはず。そんな細かいことまでお気になさらないでも・・・とうざったく思う時も正直あるとは思いますが(笑)、そんな小さな機会を捉えて監査役を支援し、パイプを太くしておくのです。そして、経営者と戦わなければならないいざ、というときには、私たちが監査役という神輿を担いで「戦う監査役」になってもらえばいい。私はそう思っています。

ちなみに、このパイプを太くするための監査役への小さな奉仕活動は、会社の中では目立たないようにした方が得策かもしれません。
監査役が取締役にとって耳が痛い情報を口にしたときに、「法務のやつら、また影でコソコソ告げ口しやがって」と取締役に思われないためにも。

内部通報って来てます?

 
今月のBLJに、いつも拝読させていただいている『ビジネス法務の部屋』の山口利昭先生が『不祥事の公表・調査義務―内部通報を発端とするケースを中心に』という記事を寄稿されていたのに関連して、休日モードでひと言つぶやいてみます。

コンプライアンス・法務部門で内部通報の受付窓口になってるみなさん、内部通報って来てますか?

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私のネットワークで各社の実務担当者にいろいろ聞きまわっている限りでは、0件か1件がほとんどで、大手一部上場企業でも1年に10件は無い程度。せっかく用意した外部通報窓口にはほとんど入ってこないというのが実感値。
しかもあったとしても、
・セクハラ
・パワハラ
・人事考課に対する不満
がそのほとんどを占める、というのが実務担当者が把握している実態のようなのですが。

当然私にも秘密保持義務がありますので多くは語れませんけれど、まあ同じ様な感覚です。

ちなみに、平成19年時点のものにはなりますが、この調査結果でも同じような結果がでているみたいで(P40〜参照)。

民間事業者における通報処理制度の実態調査報告書(内閣府国民生活局 PDF)
内部通報制度を導入している民間企業(n=1,310)、病院(n=24)、学校(n=34)に対して、過去1 年間に通報窓口(社内窓口・社外窓口)に寄せられた内部通報件数を尋ねた。
民間企業全体では、「0 件」(42.7%)と「1〜10 件」(39.5%)が多く、共に約4 割を占めている。
11 件以上受け付けている企業は、10.3%であった。

山口先生の力のこもった記事に水を差すつもりはありませんが、内部通報をきっかけに発覚する不正・不祥事よりも、法務担当者として業務の相談や打ち明け話的に受ける相談の中で発見する不正・不祥事の方が何倍も多いかも、と思ったり。

とはいえ、去年発覚した企業不正・不祥事の多くが内部通報で明るみになっていることからもわかるとおり、内部通報される“本当の1件”の重みは相当重いということも、肝に銘じなければなりません。

今月のBLJはこれ以外にも興味深い記事が。明日あらためて感想をアップしたいと思います。

BUSINESS LAW JOURNAL (ビジネスロー・ジャーナル) 2009年 07月号 [雑誌]

【本】内部統制で現場の仕事はこう変わる―内部統制と現場業務の効率化は両立する

 
この不景気のどん底の今、スタッフ職の我々に求められるのは、無駄な管理業務の削減と効率化。

内部統制を手厚くするなんて言語道断・・・といった雰囲気すら漂うわけですが
バランスのとれた「管理」または「内部統制」は、間違いなく業務の効率性に貢献するものです。
そんな頼もしい言葉で、業務の効率化との両立という困難な課題にどう挑んだらよいのか、という稀有な視点で内部統制を語る本に出会いました。

内部統制で現場の仕事はこう変わる



COSOのフレームワークを使わずに内部統制を語る

監査法人トーマツに在籍する監査人としての経験に基づいて、内部統制の評価対象となる業務領域ごとに、日本版SOXが現場の社員に求める行動・考え方を分かりやすく解説しようと試みるこの本。

その分かりやすさへのこだわりがよく表れているのが、敢えてCOSOのフレームワークを使わずに内部統制を説明しきっているところ。

たいがいの内部統制本は、内部統制とは何かを語る際に「アメリカで提唱された“COSOのフレームワーク”っていうのがありまして、それに当てはめて考えると・・・」というお約束パターンにはまり、そこから先は読んでるこちらも眠くなるわけですが、

この本は、監査人が現場を業務ベースでチェックする際の視点にあわせ、販売・購買・資産管理・・・といった業務単位のフレームワークで解説をしていくという、ユニークなスタイル。

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COSOの焼き写しでない「現場がわかる言葉」で内部統制を語ることができるのは、著者の深い監査経験ならでは。

内部統制担当者じゃない現場の方でも、自分の業務と内部統制上の問題にリアルな結びつきを感じ興味をもって読めすすめられるような、そんな本になっています。

著者のように現場業務を隅まで理解し、かつCOSOのような学術的な言語でなく現場が理解できるコトバで内部統制の重要性を発信することができるようになってこそ、「現場の業務を阻害せず」かつ「有効な統制が働く環境を作る」という二律背反するものを両立させた内部統制を実現できるのだろうなと思います。

【本】企業集団の内部統制―親会社によるグループ内部統制の権原は、契約によって設定すべし

 
自社だけでない、グループ企業を含めたリスクマネジメント・内部統制をどう設計するか。

Amazonで検索してもいい参考書がしばらく見つからなかったんですが、そのものずばりをテーマにした本をついに発見。

企業集団の内部統制



事業会社で法務・監査に携わる実務家が執筆

「“企業集団”とは果たして法令上どこまでを含むのか」といった、基本的なことでありそうで実はいっぱしの法務パーソンでも反射的には答えられないような部分からスタートしつつ、

一番知りたかったグループならではのリスク管理・内部統制の特異性についても、当然おさえてくれた上で、

そしてこれは期待以上だったのですが、23ページに渡る具体的な「グループ監査用チェックリスト」まで掲載された本書。

このかゆいところに手が届くお役立ち感は、新日鉄、フィデリティ投信、新生銀行、T&Dホールディングス、三井物産といった名だたる事業会社で実際に法務や監査に携わっている実務家が分担して書いたこの本ならでは。子会社を1社でも持っている企業の法務パーソン・内部監査部門の方にとっては、本書が丸ごと役に立つことは間違いありません。


親会社における子会社の管理権限という本質論まで切り込む

しかし、そんな本書のお役立ち感も霞むようなインパクトを私に与えたのが、「子会社管理の権限をどこに求めるのか」というパートのこの記述。
子会社管理においては、通常は、株主としての支配権をその根拠として説明される。
一方で、実際の企業集団に置いては、子会社管理のためだけでは説明のつかない各種の情報の受け渡しが多く行われていることであろう。
大株主の権限として、多少の情報量の多さも認められるべきという考え方も心情的には理解できるが、法的な説明が難しい以上は慎重を期し、親会社と子会社の間で経営管理に関する契約等を締結することで、子会社として情報提供の正当さを担保しておくことが望ましいと思われる。

グループ企業を持つ会社の法務パーソンであれば、日ごろからうっすらと思っていたはずです。

「グループ統制において、株主権による支配とは何なのか・どこまで及ぶものなのか」と。

親会社から見れば子会社は言うことを聞いて当たり前の存在ですが、株主として取締役(会)の構成を支配しているとは言っても、それが委任している取締役の権限を超えて直接にああだこうだと指示できてしまうほどの支配力を持っていいのかと。

一方で子会社から見れば、親会社とは都合のいい時は「教えてください〜」と甘えることができ、一方都合の悪い時は放っておいて欲しい存在なわけですが、そのように子会社が都合良く親会社に情報を提供したりしなかったりというのは、親会社の株主権を冒涜する行為ではないかと。

しかし、株主としてのグループ管理権限が会社法上明確に規定されていない以上、突き詰めて考えると法的な実効性を担保するものがどこにもないというのが、グループのリスクマネジメント・内部統制という問題をややこしくしているのです。


「経営管理契約」による親会社内部統制権の設定

本書はこの点につき、その曖昧な親子の間の統制関係を契約で明らかにすることを勧めています。

すなわち、
・親会社が子会社をモニタリングする事項
・子会社経営にあたり、親会社と協議すべき事項
・子会社からの報告義務
・親会社としての子会社への指導・助言義務
を明文化した「経営管理契約」を結び、会社法上実は明らかでない親会社として子会社に対し統制を働かせる権原、子会社としてそれに応じる義務を明らかにしておくべきということです。
(ちなみにこの本の205ページには、その「経営管理契約」に定めるべき項目事例のサンプルまでついています。)

法的なことに関心が薄い役員クラスの方には、「親子でそんな堅苦しい契約を結ぶとは、なんて荒唐無稽な」と一蹴されるかもしれませんが、グループの内部統制の実効性を法的にどう担保するかという問題について、何度か逡巡したことがある法務・監査担当者であれば、納得感のある解決策と感じられるはず。

そんな本質的な問題提起から具体的な解決策までをも提示するこの本に、内部統制を担当する者としてこの先何度か助けてもらうことになりそうです。

【本】内部統制の知識―たった今、ある一人の企業法務マンの内部統制知ったかぶりが是正されました

 
2週間前のエントリでも申し上げたとおり、4月からグループ内部統制業務も自分の組織で預かることとなりました。

3年前までは上場会社に在籍していましたので、昔取った杵柄という自負はあるものの、最近の本を(慌てて)買いこんで復習にいそしんでいます。

その中でも、基本書として今後も何度か紐解くことになりそうだなと思っている本がこちら。

内部統制の知識 第2版



日本の内部統制にも歴史あり


「おいおい新書が基本書かよ!」というツッコミを早速ありがとうございます。しかし新書とはいえ、内部統制というテーマ全般にわたる網羅性と纏まりは、巷に何百冊と溢れる分厚い内部統制本となんら遜色ない出来。基本的枠組み/構築プロセス/評価及び報告/監査という主要論点について、わかりやすいことばで一通りキッチリと触れられています。

その中でも、第蕎呂20ページ余をまるごと使って、内部統制が今に至る歴史・背景の知識をコンパクトに纏めているところが、そのわかりやすさに拍車をかけてくれているこの本。

「歴史って言ったって1990年代の“COSOフレームワーク”⇒“SOX法制定”っていう例のあれでしょ?」という声も聞こえてきそうですが、内部統制の歴史・背景はそれだけではありません。世界大恐慌後の1930年代のアメリカで確立された財務諸表監査の成り立ち、そして1970年代のコーエン委員会による「リスクアプローチ」の提唱につながっていく流れなどについて触れられていて、内部統制というテーマが何を大切にしながら今の姿に至ったのかを理解することができます。

そして日本においても、1950年代から企業に対して予算管理や原価計算制度の導入を促すために(国策的に)この内部統制というテーマが持ち出されていたこと、1965年〜70年にはアメリカの流れを受け、本来の意味に近い形で「監査基準」等に内部統制の概念が盛り込まれはじめていたことなどは、あまり他の本でも言及がなく、ご存知ない方も多いはず。

というか私も知りませんでした(^^;。

「昔取った杵柄」なんてとんだ自惚れであることを自覚し、知ったかぶりではない本当の内部統制を、実践を通じてこれから学んでいきたいと思います。

【本】八田進二・木村剛のこれが「内部統制」だ!― 内部統制についてみんなが誤解していること


金融商品取引法により義務付けられた内部統制報告制度の本質とは何か。

内部統制論の権威である八田先生が、自ら金融庁内部統制部会長としてこの制度に込めた思いを語り、内部統制制度に対して多くの企業が陥っている誤解を説いていきます。


曰く、誤解を解く手がかりとなる重要な文書は以下2つ。
内部統制報告制度に関する11の誤解
財務報告に係る内部統制の評価及び監査の基準並びに財務報告に係る内部統制の評価及び監査に関する実施基準の設定について(意見書)

この2つの文書に込められている内部統制への誤解を解くためのメッセージを、木村氏が対談形式で八田先生から引き出していくというスタイル。読み物としてはとても読みやすくなってます。


内部統制が日本企業に浸透しない核心はなにか

内部統制はとにかく負担がかかる、という誤解を解いたうえで、日本企業にとって真の内部統制に辿り着くのが難しいのはなぜかという問題の核心にも迫っています。

以下、それに関する木村氏の発言から抜粋。
韓という国の昭侯という王が酒に酔ってうたた寝していた。それを見つけた従者が毛布を掛けてあげた。ところが、この人は毛布をかける係ではなくて、冠の係だった。目を覚ました昭侯はその事実を知って、衣服の係と冠の係を厳罰に処しました。衣服の係は職務怠慢で。冠の係は越権行為で罰せられたのです。
この話には、「プロセス」というものの本質が描かれている。「プロセス」というのは、誰かがあることを行う権利を持っていて、それを遂行する責任が課せられていて、出来なかった場合には罰を受けるという、すべてをセットにした概念です。
日本企業の場合、ルールも責任も定められていないなかで、なんとなくやってしまっているケースが多い。そうではなく、「あなたは冠の係だけれど、こういう場合は毛布を掛けてもいい」という兼務を許す建て付けにする。「なんでもやっていい」というのではなく、「やらなくてはいけないこと」と「やっていいこと」の整理をした上で、内部統制を整備しないと混乱するだけなのです。

つまるところ、特に日本企業で美徳とされる「みんなで暗黙に助け合って仕事しようよ」という組織論自体が、対外的な説明責任を果たせなくさせるということ。

この悪い癖を直し、欧米型にジョブ・スクリプションに沿って仕事をするようにならないと、内部統制は混乱すると。だとすると相当根深い問題ですね。


やってはいけないことを決める権限を

私は、コンプライアンス部門に所属する者として、もう一つの整理をしておく必要があると思っています。
それは、「やってはいけないこと」を決める権限の整理です。

「やっていいこと」「やらなくてはいけないこと」だけを決めても、その権限の中で起きる組織の暴走が止められない場合は少なからずあります。

牽制部門が審査権をもったところで、現場に対して「それは現場の『やっていいこと』の権限を越えているはずだ」と意見するだけ、結局現場の暴走を止めるときにはその現場の上長にチクって止めるしかない、というような曖昧な権限では、遅きに失する場合もあると思います。

この本でも、結局のところ経営者の姿勢・本気が重要という結論に至っていますが(ここが内部統制制度の限界だったりもしますが笑)、経営者が本気なら、牽制部門の審査権には明確なストップ権限・つまり「やってはいけないこと」を決める権限をセットで与えるべきだと思います。

契約書のレビュー依頼でも、
「もうお客さんと合意してきちゃったんで、社内手続き上形式的な審査だけしてコメントしておいてくれればいいです。後は僕が社内を通しますんで。」
っていう営業マンっていますよね。

あーいうのを止める明確な権限が牽制部門に与えられてこそ、本当の統制が働くのではと思うのですが、乱暴でしょうか?

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【本】研究・製造・販売部門の法務リスク

松下電工(株)法務部/編、中央経済社
価格:2,400円(税別)
評価:★★

企業の法務部の立場から、営業活動に関わる法務リスクをケーススタディ形式で分かりやすく解説した本です。
この本でいう法務リスクとは、契約書の作り方のようなことではなく、法律を知らないことによるコンプライアンス違反リスクを指しています。続きを読む
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