元企業法務マンサバイバル

企業法務を中心とした法律に関する本・トピックのご紹介を通して、サバイバルな時代を生きるすべてのビジネスパーソンに貢献するブログ。

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法務の給与はいかにして決まるか


答え:その業界の営業利益率


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まだ若かりし頃に人材ビジネスに関わって、実際の求職者のデータを見て衝撃を受けたことの一つが、学歴・法務経験年数・ポジションが同じような方であっても、就職・転職した会社によって給与水準が圧倒的に異なるという事実でした。たとえば、同じ有名大学出身・同じ経験年数・同じ課長クラスで比較して、給与所得ベースで300-500万円差が出ている事例はざらにあるのです。

さらにしばらくの間データを観察しているうちに、ごくまれに発生する異常値(新進気鋭の外資系企業が高額で法務責任者を他社・法律事務所から引き抜くケースなど)を除いて、そうした給与水準の違いは会社ごとではなく、業界ごとにキレイに固定化しているということも理解しました。これはなぜなのでしょうか。


経済学を持ち出すまでもありませんが、給与は基本的に労働市場の需給で決まります。

法務人材の需給バランスを左右するものの中心は、その企業にとって必要な法的専門性を備えた人材の供給量です。法務に限ったことではありませんが、企業の需要に対し労働者が供給すべき専門性は、その業界でしか通用しないものも多いため、採用・転職の流動性は基本的にはその業界内に限られます。その中でも法務は、業界特有の法的知識や経験が特に求められる傾向にあります。

新しく興った業界には原初は法務担当者がおらず、需要だけがたくさんある一方で、企業が求める専門性(新しいビジネス分野の法的知識・経験)の供給が追い付いていないため、それを持っている人が飛び込めば、当然に給与交渉は容易でしょう。

もう一つは、その会社の、もっといえばその業界の営業利益率です。業界全体で営業利益率が高いということは、競争が発生していない、または発生していても他社・他業界に負けていない、ユニークなビジネスであるはずです。こうしたところに専門性と勇気を持って飛び込めれば、給与に配分するだけの原資が豊富であり、管理部門もその恩恵にあずかることができます。さらにそこが新興業界であれば、前段で述べた業界における労働市場からの強い需要にも支えられ、高い給与が提示されることでしょう。最近でいえば、IT、特に日本市場での異常なほどのユーザー課金に支えられたスマートフォン関連のビジネスが、そうした業界だったと思います。

(なお例外として、新興業界ではあるがまだ赤字、つまり営業利益率ゼロ以下のベンチャーが法務求人に高い給与を提示するケースがあります。これは、それだけの営業利益率を数年後に出せる見込みが事業計画上も高く、早晩上場もするだろうと確信している、インサイダーとしての自信の表れであることが多いと思います。)

歴史を重ねすでに参入者が多く競争が盛んな業界を見ると、企業の絶対数が多いこともあって、見かけ上はたくさんの法務求人が出ていて景気がいいように見えます。ところが、そこで求められる専門性を持った人材も同時に労働市場に多く供給されており、また企業間の競争の結果営業利益率も低くなっているため、転職をしても高い給与を得られる可能性は低いはずです。単に他業界に転身した担当者の穴が埋まらず、ずっと求人が貼り出されたままという可能性すらあります。競争がグローバル化して久しい自動車や電気・機械産業といったところが、こうした業界にあたるかもしれません。


よって、当該企業および当業界全体の営業利益率をチェックし、それができるだけ高いところを狙うのが、給与UPを主目的とした場合の法務の転職のセオリーと言えます。

なお注意すべきは、そうやってうまく目をつけて入社した会社も、成功して数年後には参入企業が増え、その業界の法務人材に求められる法的知識・経験もコモディティ化し、給与がカンタンには上がらなくなるという点です。新興業界にリスクをとって早めに飛び込んだなら、転職時の給与と入社直後数年間の給与交渉はきっちりやっておいたほうがいい、ということでしょう。


「部内の人が減って一人当たりの仕事の量が増えたから」とか、「個人として圧倒的に能力と生産性が高いから」といった、個人業績だけを理由にしては給与が上がりにくいという点は、法務のつらいところでもあります。

戦略法務とは、wishのあるコンプライアンスだ

 
先週のこと。とある企業法務の大先輩と、経営者・マネジメント層との関係で期待されている、または当該層に提供したい法務の役割とは何かについて、「戦略法務」をキーワードにお話しをしました。

そこで大筋で一致した意見というのが、そういった幹部層との関係にフォーカスした場合の法務の役割とは、
(1)ダメなものはダメと言う気概と、それを根拠と理屈をもって理解させ最後の砦を守る役割
(2)もう引き返せない時点ではなく、早くから相談に乗り実現に近づくための修正案・代替案を提案する役割

この2つに尽きるんじゃないか、というものでした。

一方で、これを「戦略法務」と呼ぶことに自信が持てずにいました。そもそも、戦略という言葉自体が抽象的・多義的ですし、法務のあり方というのは企業の規模・業態・ステージによって千差万別で、予防法務・臨床法務・戦略法務といった「◯◯法務」でキレイに分類し切れるものでは必ずしもないからです。実際、この「◯◯法務」でキーワード検索してみると、実にさまざまな解釈が存在するのがおわかりになるかと。


そんな折、シティライツ法律事務所水野祐先生が、“法務の企画術”という一風変わった切り口から、先生が考える戦略法務とは何かについてコピーライター阿部広太郎さんとの対談で語っていらっしゃり、その考えのあまりの一致にびっくり。しかもとっても分かりやすい。少し長くなりますが、業界でも目立った存在なためにアグレッシブなだけの弁護士と誤解されがちな水野先生の本当のお考えがよく伝わる対談になっているので、その点でもぜひ紹介させていただきたいと思います。


「wishのないコンプライアンスこそ、日本の閉塞感の象徴」弁護士・水野祐による法務の企画術(ネタりか)
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まず、戦略法務とは、ビジョンを出来る限りそのまま実現する支援をするのに必要なロジックを早期から緻密に積み上げていく仕事である、という点について:

何かこれまでにない、新しい企画を通そうとする時、「その企画がなぜ必要なのか」「社会にどういう価値を提供できるのか」っていうビジョンがまず存在すると思います。

多くの場合、そのビジョンだけでみんな突っ走ろうとするのですが、もう1つすごく重要になるのが、「ロジックを立てられるのか」ということなんです。つまり、法的な適合性を、何らか現行法の解釈の中で立てられるかどうか。

だから企画とは、ビジョンとロジックの両立が必要。両立して初めて上司を説得でき、会社を説得でき、社会を説得できる企画になるっていう話を、最近はよくしていますね。
企画においてビジョンは当然あるべきだけど、そこに至るまでのロジックっていうものも絶対存在しなくちゃいけない。そして、そのロジックの中では、法律的なものの積み重ねが果たす役割がとても大きいんですよ。

だから僕は最近、そういう部分を「戦略法務」と呼ぶようにしています。
これまでの法務の役割って、予防法務か紛争解決、つまり「事前」か「事後」かっていうことにはっきりと分けられていたんですね。でも最近は、この一歩前段階の法務の重要性が高まってるんじゃないかと思うんです。


そして、法務が最後の砦を担うことの重責と、そこで企業活動を止めないための早期相談体制の重要性について:

僕はこういうスタイルなのでよく勘違いされるんですけど、企業で何かをストップさせる法務部門の役割とか、ディフェンシブなことをちゃんと言う弁護士の存在も絶対に必要なんです。僕だってダメなものはダメだって言うし。だから、そういう機能とかそういう役割の人を「保守的」と見下しちゃ絶対ダメというか、それがすごく大事であることも大前提として認識しておかないといけないんです。
攻めすぎたというか、予防法務が機能していなかったから大問題になったという事案は世の中にたくさんあるんです。僕はただ「とはいえ今の時代は保守的なばかりじゃダメだよ、食われちゃうよ」っていうことを言いたいだけなんですよね。

だからこそ、もっと戦略と予防法務の両方、つまり戦略法務を重視しないといけない。企業でも、やっぱり法務機能は今後ある程度二分していく必要があるのでは、と最近よく思います。
重要なのは「法務的な相談は最後に持っていくんじゃなく、最初から相談すること」だと思うんです。やっぱり法務部門って何でも最後に持ってこられるんですね。だから「今の段階で持ってこられても無理!」みたいなのが多くなり、保守的な対応をせざるを得なくなってしまう。

でもその一方で「最初から相談してくれれば、もっと何とかなったのに……」みたいなケースも確実にあるんです。


昨今多数報じられる信じられないような企業不祥事を見るにつけ、この一見当たり前にも見える「マネジメントや現場から早期に相談がもらえる関係づくり」がうまくいってない現状が、かなり多くの会社で存在しているのだろうと感じています。

もちろん、法務部門だけの責任ではないはずですが、この現状を法務パーソン側から少しでも変えていくために具体的にはどうしたらいいのか、思うところを私なりに提案していきたいと思います。
 

【本】『法のデザイン』― 余白を楽しむ


仕事上お世話になっている先生方で「尊敬する弁護士」はたくさんいますが、シティライツ法律事務所の水野祐先生は、私の「憧れの弁護士」像そのもの。その水野先生が初の単著『法のデザイン—創造性とイノベーションは法によって加速する』を出版されました。法律知識を武器とする職業人と、そうした法律職の価値に疑いのまなざしを持っている方、両方に読んでいただきたい本です。

ご縁あってゲラ段階で中身は拝読していたにもかかわらず、法律書籍とは思えない美しい装幀の実物を書店で見て、我慢できずに即購入。あとがきにあたる「アウトロ」によれば、佐々木暁さんの手によるものだそうです。

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弁護士資格を取得し、実務で実際に法律や契約に対峙してみると、法に存在する「余白」に不思議と自由さを感じるようになった。同時代を生きるイノベーターたちとの刺激的な対話と実践のなかで、プロジェクトを法的に支援し、場合によっては加速することができるのではないかという手応えを得るようになった。(P7)
社会のルールたる法は、私たちの生活において欠かせないものである。ルールを意識するということは、メタな視点から物事を俯瞰することでもある。私はこれが「リーガルマインド」の真髄だと考えているが、それはあらゆる物事がネットワークでつながるアフターインターネット時代においてとりわけ重要な視点となってきている感覚がある。
大切なことは、ルールは時代とともに変わっていく/変わっていくべきという認識と、ルールを「超えて」いくというマインドである。ルールを超えていくことは、ルールを破ることを意味にしない。ルールがどうあるべきかということを主体的に考えて、ルールに関わり続けていくことを意味する。ルールを最大限自分寄りに活かすことは知性の証明に他ならない。(P7)
高度情報化社会は、「法の遅れ」を前提として、有史以来もっとも現実と法律の乖離が大きい時代であり、また、私たちが日々交わす利用規約を含む契約が大量化・複雑化している。そのようななかで、創造性やイノベーションの源泉である「余白」=コモンズをいかに法やアーキテクチャの設計や協働を通じて確保することが重要なのかについて述べてきた。(P46)
このような情報化社会において、法律や契約を私たち私人の側から主体的にデザイン(設計)するという視点が重要になる。「リーガルデザイン(法のデザイン)」とは、法の機能を単に規制として捉えるのではなく、物事や社会を促進・ドライブしていくための「潤滑油」のようなものとして捉える考え方である。(P47)


「企業法務のやりがいって何ですか?」

この仕事に携わるなかで何度となく投げかけられてきたこの質問。私はこれまで、「関わる製品・サービスに何かリスクがあるのではと不安を感じて自分を頼り相談してくれる経営者や社員に対し、法律という一見小難しいルールをうまくかみ砕いて説明することでその不安を解消し、感謝されること」といった、抽象度の高い回答しかできませんでした。また、感謝をいただく対象を経営者・社員と内向きに捉えている点にも、自分で口にしながら、疑問を感じていました。

この本を読んで、何が楽しいと思っていたのかを改めて発見することができたように思います。それは、「企業が製品・サービスを上市することを通じて世の中に新しい価値を提案する際、その提案の内容が本当に新しいものであるほど、法の遅れとの間に生まれる『余白』に触れる。この『余白』の明/暗の度合いを明らかにし、グレーであればより白くするための活動を行い、誰からもその製品・サービスの価値を認められるものとすること」であると。

そして、その余白を広げていくのも自分の仕事の一つなのだということも。


「弁護士はビジネスの現実を分かっていない」

法律職の代表格である弁護士という職業を、企業人が揶揄するときの常套句。弁護士こそが法律知識を誰よりも備えていてビジネスと法の間の「余白」のありかを教えてくれるはずなのに、相談してもその余白を探してくれようともせず、遅れた法への保守的な当てはめに終始するケースが多い、そう思われていることから出てくるものだと思います。

弁護士という職業に対しそのような批判的な態度を取っている人ほど、本書および著者水野祐先生の存在を知って驚くはずです。音楽・出版・アート・写真・ゲーム・ファッション・ハードウェア・不動産・金融・・・といった幅広い分野について、新しい価値が現状どこに発生ししつつあるのかを的確に把握し、それらの余白に潜む今後10年ぐらいの間に起こるであろう法的問題を見通し、解決の道筋について現時点での見解をはっきりと述べているからです。

問題はきっと社会にとって良い方向に解決できる。ただの楽観主義ではない、決意のようなものが込められた水野先生のメッセージに、特に起業家の方は勇気づけられることと思います。


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本書は、法務を業とする方にとって、広告業におけるマクルーハンの『メディア論』の如く新たな視座を与え自分の仕事の価値を再認識させてくれるものとして長く読み継がれることになるでしょう。それとともに、法律職に疑いのまなざしを持つ方にとって、水野先生のような弁護士がいるのだということを知らしめるものにもなるでしょう。本書の出版をきっかけに、志をともにする法律家とクライアントが先生の事務所を中心に集まり、イノベーションが加速することを願ってやみません。


追伸
本書内でわざわざ弊ブログおよび私について言及くださいまして、恐悦至極に存じます。ありがとうございます。
 

法務の実戦経験

 
企業法務パーソンとしてのキャリアを考える上で、会社に何を求めて就職・転職するのか。幅広く色々な経験が積めそうな会社のほうがよい、という漠然とした答えになりがちです。では、訴訟をたくさん抱えている会社がいいですか?と問われると、それはちょっと会社としてどうなんですかねぇと、とたんに及び腰になったりもします。

以下は、職場の同僚に教えてもらった記事から。あまりに刺激的でびっくりしましたが、私には耳が痛い話であることは否めませんでした。

企業の法務部は「専守防衛」から脱却できるか
これまで日本企業の法務部は知財に関して、守りの姿勢に徹することが多く、米国企業のように手持ちの知財を使って、ライバルを追い詰めたり、競争優位を築こうとしたりする攻めの発想は乏しかった。

そのへんのニュアンスを見事に表現しているコメントがあったので少し長めだが紹介しよう。政府の知的財産戦略本部における川上量生KADOKAWA・DWANGO社長の発言である。

「企業の法務部というのは、大体どの企業でも今日一日が無事に過ぎればいい、できれば一生何ごとも起こらなくてもいいと、そう考える人が大体法務部に入ってくることが多いのですが、要するに戦おうとしない、実戦経験が不足している」
「実は私の会社でも以前から法務部員に年間1件は必ず訴えろと、年間10件は必ず内容証明を出せと、これはノルマだと言っているのですけれども、冗談と思われて、実行してもらえないのです。ですが海外の権利行使に強い企業は実際にそれをやっています。日本は何が問題なのかというと、みんな特許で訴えないのです。訴えないから、戦ったことのない軍隊みたいなもので、弱いのです。戦ってみたら実は特許権が全然意味のない権利の取り方をしていた、ということにようやく気づくのです。数だけ競って、中身は伴っていないことがすごく多い」


在職中に上場した企業、当時非上場の大企業、できたてほやほやに近いベンチャー企業と、そこそこ長い社会人生活の中で様々なフェーズの法務を担当してきて、それぞれ特有のリスクを乗り越える経験をさせていただきました。しかし、法務パーソンとして川上さんのいう「実戦経験」を積めてきたかというと、幸か不幸か、自分はまだまだ足りないなと思います。

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あえてそういった経験を積極的に得たいのなら、それなりの規模と歴史(膿ともいう)の両方を兼ね備えた大手企業の法務部門に就職する必要があるでしょう。さらに、先輩から案件を引き継ぐのでなく、自分が担当した案件がその後シリアスな紛争に発展するという骨身に染みる真の当事者パターン(苦笑)を経験するとなると、一所に最低5年程度の在籍期間も必要になってくるはず。一般的に一人前の法務パーソンとして認められるために相当の経験年数が必要とされている理由は、こういった実戦経験への遭遇率の低さもあるかと思います。


まっさら無垢でピカピカなベンチャーに入り予防法務に力を入れて「実戦」を発生させないことを目指す法務のキャリアと、伝統ある大手ではあるが長年の膿を抱えた企業に入って「実戦」に日々揉まれながら鍛えられる法務のキャリア。もしどちらも選べる立場だったとして、果たしてどちらがいいのかは難しいところです。ただし、若い方からそういった相談をもちかけられた場合は、後者の経験がいかに得難く貴重なものであるかを伝えるようにしています。
 

【本】『数理法務のすすめ』― “経験”ではなく“論理”で経営者にアドバイスをするために必要となる法律以外の知識とは(追記あり)


2014年のマイベスト法律関連書籍であった『数理法務概論』の翻訳者のお一人である西村あさひ法律事務所 草野耕一先生が、その応用編として書き下ろしたのが本書。一読して理解できるような本では決してないものの、普段の仕事を数段上の高みに引き上げるきっかけを与えてくれる、おすすめ書籍となっております。


数理法務のすすめ
草野 耕一
有斐閣
2016-09-09



特に企業法務に直結するのは5〜6章「財務分析」でしょう。まず、法務がなぜファイナンスを学ぶべきなのかについて。経営者に対して“経験”ではなく“論理”でアドバイスするのが法務パーソンの役割である以上、ファイナンスの知識が絶対に必要だということが、明快に述べられています。

あなたが顧問をしている企業の経営者からM&A取引や自社株買いあるいは公募増資などの具体的な経営政策の当否について意見を求められたとき、あなたは何と答えるのであろうか。「それは法律問題ではないので、あなた自身がお決めください」。あるいは、「私がいえることはただ1つ。善良な管理者の注意を尽くして行動して下さい」。これではあまりに情けない。提示された政策の当否について会社法の知識とその企業を取り巻く状況を踏まえてできるだけ明確な意見を述べてあげたい、そうあなたも思うのではあるまいか。しかしながら、企業経営をしたことのないあなたには提示された政策が企業に何をもたらすかを経験的に知るすべがない。したがって、その政策を会社法の理念に照らしてどう評価してよいか分からず、結局のところ有益な意見を述べることができない。(P168)
このジレンマを打開してくれるものがファイナンス理論である。ファイナンス理論は経営政策の帰結を論理的に明らかにするものだからであり、その帰結と法律知識を結びつけることによって提示された政策の当否を(経験的ではなく)論理的に語ることが可能となる。これこそは法律家であるあなたにふさわしい意見の述べ方であり、それができる能力を養うことに法律家がファイナンス理論を学ぶ最大の意義がある(P168)

では、ファイナンスとリーガルを統合することで経営にどのようなアドバイスができるのか。6章では、投資政策/資本政策/配当政策/多角化政策/非営利政策の検討におけるその具体例が挙げられています。以下は配当政策に関する一節。

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【図6−9】を子細に眺めていると配当政策のあるべき姿が自ずと見えてくるのではないだろうか。それは、「配当政策は他の政策の結果として他律的に定まるべきものであり、独自の配当政策というものを作り出すことは有害無益である」という考え方である。(P290)
(1)株主に分配可能な資金がある場合であってもNPVがプラスとなるプロジェクトがある限り、資金はそのプロジェクトに用いるべきである。なぜならば、
 ,修離廛蹈献Дトの実施を断念すれば、株主価値の最大化という経営の目的がその限度において阻害され、
◆〇餠發魍主に分配したうえで資金を借り入れてそのプロジェクトを実施すれば、資本構成の最適性が保たれず、
 資金を株主に分配したうえで新株を発行して新たな株主資本を調達してそのプロジェクトを実行する行為は分配可能資金をそのままプロジェクトに用いる行為に比べて不効率である。なぜならば、新株発行を実施するためには多額の取引費用を支出しなければならず、そのうえ、バッキング・オーダー理論に従えば、新株発行を行うこと自体が1株あたりの株主価値の希薄化を招く
からである。

(2)NPVがプラスとなるプロジェクトがないのであれば分配可能資金はすべて株主に分配すべきである。なぜならば、
 〇餠發鯤配しないでNPVがマイナスのプロジェクトに用いれば確実に株主価値は減少し、
◆〇餠發鯢藝弔諒嶌僂砲△討譴弌∋駛楾柔の最適性が保てない
からである。

配当政策の基本原理がかくのごときものである以上、年間の収益に占める配当の割合が企業の業種によって異なってもなんら不思議ではない。一般的にいえば、NPVがプラスの投資機会に恵まれた成長産業に属する企業の場合はできるだけ配当を減らして収益を再投資に向けるべきであり、他方、成熟産業に属する企業は誇りを持って大胆な収益の分配を行うべきである。(P292)
会社法の解釈論としていえば、経営者は、配当政策を決めるにあたり配当課税効果まで考慮する義務は負っていないといえるのかもしれない。しかしながら、経営者を選任するのは株主であり、株主にとって真に重要なことは彼らにとっての税引後所得であるから、事実問題として言えば、配当課税効果まで考慮して配当政策を決める経営者がいてもなんら不思議ではない。(P297)

上場会社の株主総会のご担当者であれば、別冊商事法務などのアンチョコを参考にして毎年作成する配当関連質問の回答案に漂う白々しさから脱却するヒントとなるでしょうし、配当政策を変えようか悩んでいる経営企画部門の壁打ち相手を担えるようにもなるかもしれません。


2017.8.13追記

有斐閣のPR誌「書斎の窓」2017年3月号に、田中亘先生による書評が掲載されていてものすごい迫力でしたので、紹介します。

書評『数理法務のすすめ』なぜ法律家は数理的分析を学ぶべきなのか
「このような知識の習得は、法律学の片手間にできるものではなく、むしろ専門家に任せたほうがよいのではないか?」という疑問が生じるかもしれない。
 それに対する1つの回答は、現代の法律問題には、本書で説明されているような社会科学に対する理解がなければ満足に解決できないものが多く存在する、ということである。
 一例を挙げると、最近、最高裁は、反対株主の買取請求に係る株式の価格決定事件(会社法786条)において、収益還元法によって非上場株式の価値を評価した場合には、当該株式に流動性がないことを理由とする価値の割引(非流動性ディスカウント)をすることは許されない、と判示した。その理由の1つとして、収益還元法は、将来期待される収益を一定の資本還元率で還元することによって株式の現在価値を算定するものであり、類似会社比準法と異なり、「市場における取引価格の比較という要素は含まれていない」から、と判示されている。しかし、収益還元法(より洗練された評価手法であるDCF法も同様)で用いられる資本還元率(割引率)は、通常(この事件もそうであった)、上場株式の過去の収益率をもとに決められる。その点で、市場における取引価格の比較という要素は、収益還元法やDCF法にも当然含まれているのである(資産評価の際に用いられる割引率は、投資家が当該資産に投資するために最低限要求する期待収益率である。従って、上場株式の収益率をもとに割引率を決めるということは、当該資産には流動性があることを前提にして評価を行っているということである)。もしも最高裁が、本書第5章で説明されている資産価格の理論(特に、割引率の意味及びその決定方法)について正しく理解していれば、前記のような理由づけによって非流動性ディスカウントを否定することはなかったであろう。


[以下おまけ 〜事前にファイナンス知識を得るための参考書籍〜]

本書において登場するファイナンス用語や概念、たとえば上記引用で言えば「NPV」「株主価値」「資本構成の最適性」などについては、本書内でも必要最低限の説明はあります。しかし、(ファイナンスの知識以上に)高校レベルの数理技術が本文中に普通に出てくるただでさえ難易度の高い本書を読み通すにあたっては、事前に何冊かのファイナンス関連書籍に目を通してその用語や概念に慣れておくことをおすすめします。

当ブログはファイナンス専門ブログではありませんし、詳しくはその道の専門家にお尋ねいただければと思いますが、以前、『数理法務概論』の弊ブログ記事コメントで「ファイナンスのおすすめ本は何か?」とご質問をいただいたこともあるので、私がよく読み返しているものをいくつか一言コメントを添えてご紹介しておきます。

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ざっくり分かるファイナンス
学問的な体系にとらわれず、セミナーのような語り口で、会計とファイナンスの違いから分かりやすく解説してくれます。私は、他のファイナンス本を読んでいて用語や概念についていけなくなったときに、学生ではなく企業人向けに言葉を噛み砕いて分かりやすく説明してくれるこの本の該当箇所を読み返すようにしていました。

新版グロービスMBAファイナンス
体系的なまとめ+ケーススタディも交えた文字通りMBA教材っぽいテキスト。どこの本屋さんにも必ず置いてあるほど売れ筋なだけあって、内容もこなれていて文字やレイアウトも読みやすい。米国の教科書の翻訳本ではないため日本企業の事例が積極的に取り上げられるなど、日本人読者にフレンドリー。

ファイナンシャル・マネジメント 改訂3版
米国の大学院でも使われている正統派教科書の翻訳。ブリーリー著『コーポレート・ファイナンス 第10版』のほうがメジャーですが、あちらは大部で記述にも少し冗長なところがあるので、こちらをおすすめしておきます。

MBAバリュエーション
ビジネスにファイナンス理論を活かす代表的場面であるバリュエーション=企業価値評価についての初級者向け書籍。同じく森生明先生の新刊『バリュエーションの教科書』は最新かつ各論のノウハウが詰め込まれているのに対し、こちらは基本を漆塗りのように固めていく内容になっています。

超入門 企業価値経営』『MBA アントレプレナー・ファイナンス入門
中小・ベンチャー・スタートアップ企業をバリュエーションする際、上場企業のような評価軸をそのまま使うことができないのですが、実際の投資案件はそのステージの企業が多いのも事実。そこに特化したバリュエーションについて学ぶならシリーズもののこちら2冊がおすすめ。前者は会計→ファイナンス→バリュエーションの順にストーリーに沿って手を動かしながら学べる本で、後者は理論に特化して解説する本になってます。

企業価値評価 第6版[上]』『企業価値評価 第6版[下]
この分野では超有名・定番本です。ファイナンス理論を経営判断の場面にどのように当てはめると役立つのかが端的に・論理的に・具体的に述べられており、冒頭から目から鱗が落ちまくることまちがいなしです。ちょうど先月新しい第6版が出たばかりですので購入にはベストなタイミングです。

【本】『リーガル・エリートたちの挑戦』― ようこそ先輩


テンションを上げたい法務パーソンにはもってこいの本がこちら。
 




日本育ちのアメリカ人として日本の司法試験に合格されたのち、コロンビア大学のJDを修了されたダグラス・K・フリーマン先生による、アメリカロースクール体験記。弁護士としての先生の存在は共著書『英文契約書の法実務』等で以前から存じ上げていたのですが、先日、自分の出身高校のパンフレットを見ていたところ、フリーマン先生がOBとして寄稿されていて、母校の先輩だったことを初めて知り、勝手に親近感を覚えて遅まきながら本書を古書で購入。

コロンビアのロースクール、実は私も入ったことがあります。
ええ、観光で・・・。

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本書では、入学に必要となるLSAT対策から、入学してからの友達・教授との付き合い、テスト対策、ローレビューの編集委員、就職活動のそれぞれの場面で、どのようにフリーマン先生が苦労されていたかについて、具体的で細かなディティールを伴って描かれており、まるで小説を読んでいるかのように感情移入して読みいってしまいます。特に法務パーソンがこの本を読むと、いかに自分が法律の勉強という分野で自分自身に天井を作ってしまっていたのか、と反省させられるのではないでしょうか。そして読み終わったころには、自分もこのぐらい死に物狂いで勉強するぞ、という気にさせてくれるはずです。それでいて、読んでいても「意識高い系」と揶揄したくなるような嫌味を感じることが一切ないのは、著者の人格のなせる業かと。


また、日本法弁護士のフィルタを通して観察されるコモンローのエッセンスが語られているところも、本書の読みどころでしょう。

以前の判例が打ち出した「ルール」を適用するうえで不都合な事実状況に遭遇した場合、判例は新たな「修正ルール」を生み出して対応していく。かくして、コモンローにおけるルールは、新しい事実状況に複雑に対応しながら発展していくのである。もっとも、究極的には、コモンローにおける「法」は「XならばYである」という抽象的な法命題としては存在しない。「Aという事実のもとでは、Bと判断される」「A2という事実のもとでは、B2と判断される」「A3という事実のもとでは、B3と判断される」という無数の積み重ねがあるばかりである。
こうなってくると、「ルール」といっっても、確固とした法命題を記載した日本民法の条文などとは違う、はかない存在であるとわかってくる。日本の民法では、たとえば九十六条に「詐欺又は脅迫に因る意思表示は之を取消すことを得」と書いてあれば、この条文に記載された抽象的なルール自体は不動のものであり、その有効性に疑いをはさむ余地はない、ところが、コモンローにおいては、判例が生み出すルールはそれ自体刻々と変貌していくばかりでなく、そもそも抽象的なルールとしてはきわめて脆弱な存在なのである。
結局、厳密な意味で後続の判例を拘束すると確信をもって言えるのは、ホールディングと呼ばれる当該事件の事実関係をもとに下された結論のみである。
このようなルールおよびその適用のあり方のアナロジーを日本法の世界に求めるとすれば、若干突拍子もないが、刑事事件の量刑と比較できるように思う。かつて私が東京地裁の刑事部で司法修習した際、私の指導を担当された裁判官が、「刑事被告人に対する犯罪の軽重、事件の性質等に応じた妥当な量刑の判断は、星空に『正しく』星を並べるような作業である」と話されたのを記憶している。当時の私は、たとえば傷害事件で被害者が全治一か月の重症を負った事件の判決起案をさせてもらったとき、どの程度の量刑が妥当かさっぱりわからなかった。だが、四か月間の修習の中で様々な事件を経験するうちに、少しずつではあるが、裁判官が「量刑感覚」と称するセンスのようなものが少しずつわかってきた。アメリカのコモンローの適用・判断過程は、量刑よりやや基準が明確ではあろうが、経験と感覚が重きをなす点において、量刑作業と共通する要素を有しているように思う。
このように説明してくると、ブラック教授が一言一句漏らさず判例を読むように口がすっぱくなるほど指導する理由も理解できよう。ある法分野をきわめた者の頭のなかには、判例の流れを築いた重要な判決のイメージの数々が満天の星座のごとく刻まれているのだろう。あらたな状況を前にした場合、「AのケースではBの結果で、A2のケースではB2の結果だからこのケースはおそらくこのように判断されるだろう」と、なかば直感的に分かるのだと思う。判例の重要な事実が一つ違ってくれば、ルールと考えられていたものが適用されなくなり、まったく異なる結論になりかねない。判例を一つずつ細かい事実状況を踏まえ以前の判例と比較しつつ学んでいくことによってのみ、判例中のどの事実が結論を導くうえで不可欠であるかを見極める、有能なロイヤーには欠かせないセンスが身についてくるのである。

ちょうど先週、入って来たばかりの新入社員総合職10数名を相手に丸3日間、契約と利用規約に関する研修の講師を担当した際、そこで教える立場であるはずの自分が、新人に繰り返し説きながら自分にも言い聞かせていたのが、「ビジネスにおいては、契約や利用規約の条文解釈をどうこうする前に、事実がどうであったかを正確に把握することがまず大事」という点。コモンローどころか成文法についてもプロではない私に法律論を語る資格はないかもしれませんが、上記引用のフリーマン先生の言葉によれば、その点だけはどうやら間違いではないようです。


仕事の忙しさに自分を見失いそうになったときに、何度も読み直したい一冊です。
 

アイデンティティとブログ

 
人事の季節。私も昨日付けで異動となりました。

これからはもう少し俯瞰して会社の「統治」「執行」をドライブする役割を担います。法務も管掌はするものの、実務は成長著しいメンバーと強力な新戦力にお任せをして、私自身は新しい複数の領域に軸足を移していくことになります。1年前から、自分の進路をいろいろ考えていたところでのこの人事。少しばかり計画が狂ってしまったところもあるんですが、せっかくいただいた貴重な機会を前向きに捉えようと思います。

とはいえ、かなりドキドキしてます。なにしろ、新しい名刺には「法務」の文字がありません。

長年自分のアイデンティティとしていたものが、いざ名刺の文字からも無くなると、寂しさや不安を感じますが、それは、これまでの私が法務という職務名・イメージを笠に着、甘えて仕事をしていたということかもしれません。これからは、法務の文字に頼らずそしてとらわれず、新しいアイデンティティを自分自身で築いていく必要があります。
 
さて、この「企業法務マンサバイバル」をどうするか。

このブログには、法務業務ネタ以外のノイズは極力入れない方針でやってきました。それは今後も守って、新しい担当分野のネタをまぜるようなことはいたしません。逆に、あえてここから距離を置くぐらいでないと、いつまでも変われないのかなとも思っています。私の中の法務マンとしてのアイデンティティがときおり顔をのぞかせた時に、ふらっとよしなしごとを書きつける。そんな感じでまいります。

今後とも、何卒ご指導ご鞭撻をよろしくお願い申し上げます。
 
 

3つの専門性 ― ろじゃあ先生へ 御礼に代えて

 
第3回法務系LTのトリを務めていただいたろじゃあ先生のメッセージに、心を動かされた参加者は多かったように思います。

なのに私は、あの熱気あふれる現場にいながら、なぜか努めて冷静に、もっと言えば批判的に受け止めようしていました。その昔(popoluと名乗っていたのも7年以上も前になりますか…)ろじゃあ先生に叱咤激励をいただいた私としては、「自分なりに考えてやってきて、もうあの頃の自分ではないですよ」と言いたい意地や反発もあったと思います。

しかし、「専門分野3つ。趣味でもいいです。それを持ちなさい。」とおっしゃっていた部分については、「自分なりに考えてやってきた」と言い切れるかどうかは自信がないことを認めざるを得ませんでした。通信放送→人材→ベンチャー→ITエンタメと企業法務を渡り歩いた中で、契約法務、商事法務、情報法、労働法、知財法、消費者法とそれぞれまんべんなくやってきたという自負はありますが、まんべんないだけで尖ってないし、それを専門と言えるまで尖らせようという意識を最近持っていなかった、それどころか、経験の長さだけで裏付けもないのに「オールラウンダー」を標榜してごまかそうとしていた自分を、見透かされた気がしました。


さて、どの分野の何を尖らせるか?

ろじゃあ先生もLTでこれから重要だとおっしゃっていた消費者法は、景表法を中心として今まさに日々の業務の最上位テーマですから、これは最優先できっちりやっていきたい。
2番め。これが一番迷ったのですが、パーソナルデータ立法という格好のテーマとパブコメを出す機会が目の前にある以上、そして情報ネットワーク法学会の会員を続けている以上、やはり情報法の分野は突き詰めていきたい。
最後、地味な分野ではあるのですが昨年末もブログに書きましたとおり、契約法務、特に英文契約については多少テクニカルな方向に走っても地道に能力を向上させていきたい。ちなみに、これが自分にとって一番好きなことかもしれないです。


ろじゃあ先生には、遠いところからわざわざお越しいただいた上に、心の隙にムチを打っていただきまして、本当にありがとうございます。実は、この7年余りで考えていたことや、ろじゃあ先生の最近のY氏との活動について、いろいろお尋ねしたいこともあったのですが、また場所を改めた方がいいと思い、ぐっとこらえて遠慮しました。こんどは私のほうがお伺いする機会を作りたいと思います。
 

Google法務の“カウボーイ・ルール”

Google会長を務めるエリック・シュミットが共著者として自ら筆を取ったこの本に、Google法務の仕事に対するアプローチが披露されていました。




これはジョナサンが完成したばかりのグーグルの運動場を見に行ったときに撮影したものだ。標識には運動場の地図が示されているが、スペースの四分の一は免責条項に充てられている。(略)

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弁護士のなかにはスマート・クリエイティブもたくさんいるので、こんな標識を社内で見たときには本当に驚いた。アメリカ産業界ではおなじみの、法律問題に対して過去を振り返りながらリスク回避を再優先に取り組むという姿勢は、インターネットの世紀には通用しない。企業の進化が法律の変化をはるかに上回るスピードで進むからだ。
西部劇には必ずカウボーイが馬を止め、周囲の状況を確かめ、次にどうするか決める場面がある。ケント(注:Google法務責任者のケント・ウォーカー)は部下の弁護士に、カウボーイと同じようにすればいい、とアドバイスする。ときには馬に乗り(もちろん比喩的に)、周囲の様子を素早く確かめたらさっさと先に進んでいいこともある、と。じっくり分析しなければならない決定(大型買収、法令順守の問題など)も多いが、常に馬を降り、起こり得る失敗とその結末を列挙した50ページものブリーフィング(どこがブリーフだ!)を作成する必要はないのだと頭に入れておこう。新しいプロジェクトの初期段階では、いずれにせよ分析が100%正しいことはあり得ない。そういう状況で弁護士に求められるのは、すべての可能性を詳細に分析することではない。不確かな未来を探り、意思決定をする経営者に賢明かつ簡潔なアドバイスを提供することだ。そしてまた馬にまたがればいいんだ、相棒。
法務に関して“カウボーイ・ルール”がうまくいくのは、弁護士が必要に応じて呼ばれるのではなく、初めから経営チーム、プロダクトチームにメンバーとして参加しているときだ。しかも弁護士も適切な顔ぶれを選ぶ必要がある。だからグーグルの創業初期にはなるべくスペシャリストではなくゼネラリストを採用し、また法律事務所や企業、場合によっては非営利団体など幅広く人材を求めた(とはいえ新卒の弁護士はめったに採らなかった)。

商品を仕様書どおりに作り続ければ売上がコンスタントに上がっていた高度経済成長期の企業法務ならいざしらず、消費者から当たり前のように変化と進化を求め続けられる今の時代には、職務分掌規程に法務の仕事の範囲を定義すること自体が難しくなっていて当然だと思います。

こういう時代に求められる企業法務パーソン=“カウボーイ”たりえる人は、引用部の最後にも述べられているように、
・最初からメンバーの一人として呼ばれるだけの信頼と、
・法律の仕事という枠にとらわれずにバックアップする姿勢、さらに
・実際にそれが遂行できるゼネラリストとしての能力
を兼ね備えた人。経営から「彼・彼女なら法律の勘所を抑えた上で、他のメンバーに足りない部分の穴埋めも含め、うまく立ち回ってくれるはず」という期待が寄せられる人には、自ずと情報が集まり、その情報をもとに正しいアドバイス=法務としての価値の高いアウトプットが提供できるという好循環が生まれ、次のプロジェクトにも欠かせない法務パーソンに自然となっていきます。

「そろそろ最終稟議のフェーズなので、法務部門からも毎週月曜やっている定例会議にどなたか一人顔を出していただけますか。どなたでもいいんで。」と、最後のほうでようやく声を掛けられるような“お供え物”法務になってしまっては、気は楽かもしれませんが、仕事は楽しくはなさそうです。
 

法務パーソンにとっての「差別化」

 
ここ1ヶ月ぐらいで買ったカジュアルな本の中で、期待以上におもしろかったのがこれ。





折を見てこの本からいくつかネタを取り上げたいと思っているのですが、最初にとりあげたいのは、サバイバルを冠する弊ブログにぴったりな、「企業と個人の生き残りの方法としての差別化」についてです。

 差別化ということについて少し掘り下げていきたい。経営者の方を前にお話しするとき、私はよく次のようなことを言う。「競争が激しいときに、企業が生き残る方法は三つしかありません。この三つのどれかをしないかぎり競争に敗れることになってしまいます」、と。三つの方法の一つはもっとがんばることである。日本の企業はこれまで同質競争の中でがんばってきた。ただ、もっとがんばることは大切だが、同質競争の中で疲弊することでよいのか考えてみる必要がある。

 生き残りの第二の方法は、競争相手を消滅させてしまうことだ。企業経営で言えば、M&Aがその典型である。昨日までの競争相手でも、合併してしまえば明日からは仲間になる。M&Aは重要な手法であるが、しかし、どの企業でも利用可能というものではない。

 結局、私が一番言いたかったのは第三の方法であるのだ。それが差別化だ。競争相手との違いを出していくことで、厳しい競争の中でも生き残ることができる。いかに違いを出すのか、これを企業は真剣に考えるべきである。差別化できない企業は生き残れない。それぐらいに考えた方がよい。

 さて、以上で述べた経営の原則は、企業だけでなく、私たち個々人についても言えるだろう。職業人生を歩む中で自分の価値を高めていくためには、人にはないような何か特徴的なものを持つようにすることが非常に重要であると思う。

サバイバルのために「相手を消滅」させるっていうのは、人を殺したり人と合体したりすることができない自然人には大変難しい(笑)。となると、「もっと頑張る」「差別化」のいずれかまたは両方を欲張るしかないわけです。で、「もっと頑張る」っていうのは一生競争に勝ち続けるってことなんで、それはきつい。勘弁してよ。となると、伊藤先生のおっしゃるように「差別化」しか残ってない。


自分が他人と差別化できるポイントには、どんなところがあるだろうか。人柄などのアナログなスペックを除いた、法務パーソンとして職務経歴書に書けそうな差別化ポイントを書き出してみました。市場想定人数は、企業法務を職域とする日本の法務パーソン(弁護士含む)総人口を約2万人と仮定しての、自分の視界から見たざっくりとした推計です。

  • 企業法務経験10年以上
    →経営法友会第10次会社法務部実態調査における回答企業の人員構成比で約30%が「経験年数10年以上」であったことから推計すると、6,000人。

  • IT業界の法務に強い
    →IT業界ってどこからどこまで?はさておき、自認も含めれば5,000人ぐらいにはなりそう。

  • BtoB法務とBtoC法務両方を経験
    →法務職はBtoBが圧倒的に多いが、転職が当たり前になった今、両方経験がある人も増えている。3,000人ぐらい。

  • 契約法務・知財法務・機関法務をすべて経験
    →特に上場企業の機関法務経験という絞り込みまでかければ、ざっくり2,000人ぐらい。

  • 法曹資格を有する(予定w)
    →弁護士登録している組織内弁護士の方だけでも1,000人を超えていることを考えれば、登録を控えている方を含めて1,500人ぐらいか。

  • 論文が学会誌に掲載されたことがある
    →ちょっとハードルは上がるが、法務パーソンには少なくない。1,000人ぐらいはいそう。

  • 法務ブログをやっている
    →匿名の方を含めれば300人ぐらいか。

  • 企業法務に関する書籍を出版したことがある
    →ここまでくるとかなり絞られる。現役の方で150人ぐらい?じゃあここはもう少し伸ばそうかということで、今またほそぼそと合間を見つけては本を書いています。

こうして整理してみると、差別化要素の中でのポイントは、法務が求められるビジネス領域に先んじて自分の軸足を置き、その領域での経験・実績を積めているか、という点にあるんじゃないかという思いを強くします。資格をとることは、職を得るための入り口に立つ・ツブシを利かせるためには必要ですが、これだけ人数が増えてくるとそれだけでは差別化要素とまではなりません。また専門領域に関する論文・ブログ・書籍を書くことは、もちろん実績の一つとしてプラスになるとは思いますが、そもそも自分がテーマとしているビジネス領域がその時代においてメジャー過ぎたりニッチ過ぎたりすれば、そのアウトプットも世の中から求められないものになってしまいます。過当競争にならず世の中からは必要とされるといういい感じのビジネス領域はどこか?その狙いが当たれば差別化効果も大きいですが、逆にヨミが外れたときはツブシも効かなくなる。法務パーソンに限らず、これまで以上にその選択が重要になってくるんじゃないでしょうか。


さて、ここまでを小括すると、競争はしたくない → でもサバイバルのために何らか差別化は図らなきゃならない → ビジネス領域の選択が重要になる、ということなわけですが、じゃあどのビジネス領域が次に来るのか?が問題となります。それが分かったら苦労しないよって話ですよねぇと思っていると、丁度これを書いている最中に、シンクロするようなこんな記事に出会いました。

川上量生氏「競争したくないから、誰にもわからないことをやる」 WBSで大江アナに成功哲学を語る
川上:いや、無いですね。というか、別に人を食った発言をしているわけじゃなくて、KADOKAWAとドワンゴが何をするかって、みんな疑問に思ってるじゃないですか。みんな疑問に思ってるというのは、やっぱり何をするんだろうっていうのが分からないんだと思うんですね。

で、僕だってわかんないですよ。だから、それは正しいと思いますね。

大江:ただ、経営統合はしてしまおう、という……。

川上:面白いことは出来ると思いますね。思ってるんだけど、それって実際にやってみないとわからないじゃないですか。

大江:そうですね。分かるようなことはもう誰かがやっているだろう、ということなんですか?

川上:そうです、そうです。分かるようなことだったら、多分うまくいかないですよ。わかんないことだから多分うまくいくんだと思ってるんですよね。それは本当に思っています。
大江:ただ、統合したあとにこういうことします、っていうことが明確にないと、競合の方もどう戦っていいかわからないですよね。

川上:そうだと思いますね。

大江:それも、戦略のひとつですか?

川上:ひとつと言えば、ひとつですよね。やっぱりわかんないと競争しようがないですから。競争って僕、一番やっちゃいけないことだと思ってるんですよ(笑)。

大江:なるべく競争は避けて?

川上:はい。競争は無いほうがいいです。

川上さんらしい飄々とした、茶化したようなコメントではあるものの、競争にならないようにするために、これでいいのか自分でもわからないことを、他社・他人からもわからないようにすすめるということ、これが一番かもしれません。確信は持てないまでも、人知れずヤマを張って試行を繰り返してみるしかない。

このブログも今後は川上流に倣って、自分が何を考えているかバレないようにしていきたいと思います。だったら、何も書かないのが一番かもしれませんねー。
 

さあ、本当のサバイバル

 
やっぱり法曹を目指すことに決めました。「やっぱり」というのは、2002年〜2003年にかけて、まだ人事総務部門所属だった私が法務部門に移してもらおうとしていたころに旧試験を受験した経験が有り、恥ずかしながら改めて、となるためです。


弊ブログにも何度か書きつけてきた(これとかこれとかこれ)ように、ここに至るまでに何度かもやもやしてきたわけですけれども、これだけ長いことビジネスにまつわる法律問題の解決に携わり、今後も携わり続けるであろうと考えた時、“あえて法曹資格を取得しない合理的な理由”がありませんでした。自分の能力からみた合格可能性の高低とか、年齢とか、法科大学院が今後も存続しえるのかとか、司法試験の制度がまた変わるかもとか、弁護士はこれからは過当競争で食えないとか、ネガティブな理由を並べて逃げていても仕方ないと思い至りました。

もやもやの募りがオーラとして滲み出ていたのでしょう。このブログを昔からご覧いただいている友人のT先生と先週会食した際、「はっしーさん、法曹を目指さないのはおかしくないですか」とソフトに詰められました。「おっしゃるとおりですよね」としか答えられず、まさに、背中を押された格好になります。いや、観念したという表現が適切かもしれません。

ということで、とりあえずまずは某予備校に金を振り込みました。おなか痛くなりました。

妻も応援してくれると申しております。というか妻には雰囲気でばれてました。妻すごい。

上司にも昨晩伝えました。一流のビジネスマンである彼から言わせれば、法曹はこれからがチャンスだと。

私は残念ながら頭がよくありませんので、長い道のりになるものと思われます。ヘタをすると寿命のほうが先に来てしまうかもしれませんが、少しでも社会のお役に立てるように、できるだけ早く司法修習生考試を無事通過したいです。

このブログは、あくまで実務的視点からの法務ブログとして運営してきましたので、これを受験生ブログ的なコンテンツにはするつもりはありません。ただ、そういう視点がにじみ出てしまうかもしれないと懸念しています。それがこれまでの読者の皆様のご期待に沿えないようでしたら申し訳ないです。というか、ブログ書いている暇が有ったら勉強しろよって後ろ指さされそうなので、気をつけます。


エイプリルフールにややこしい身の上話を書くことになってしまいました(笑)。このブログをご覧くださっている法務クラスタのみなさまからは、イチ受験生として、厳しく、ときに暖かくご指導賜れれば幸いです。
 

【本】数理法務概論 ― 法務の壁・殻を破るために必要な学問とは何か

 
だいたいの本は2〜3時間程度で読み終えてしまう(あえてそれ以上時間をかけないようにしている)私も、この本は3日、いや3ヶ月ぐらいかけてじっくりと読まなければもったいない、そう感じさせられた名翻訳書。





法務という立場から経営や現場の問題解決をサポートする上で、法学以外にもわきまえておくべき周辺知識・学問とは具体的に何なのか?学ぶとどのように役立つのか?これらを明らかにした上で、その基礎を概説し、発展的に学ぶにはどの本を読めばよいかを紹介した本になります。

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この本で紹介されている周辺知識・学問はおおよそ以下のとおりです。

・決定分析(デシジョンツリー)
・ゲーム理論
・契約論(インセンティブとリスク分配という意味での)
・会計
・ファイナンス
・ミクロ経済学
・統計学

契約行為という意思決定をサポートする上で決定分析・ゲーム理論は知っておいた方がいいというのは想像に難くなく、また会計・ファイナンスといったカネまわりの話がビジネスに関わる上で避けて通れない道だというのも誰しもわかるんじゃないかと思います。実際、法務に2〜3年携わり法務だけじゃビジネスパーソンとして役に立たないと気付いて、あわてて簿記を勉強しだす人は多い気がします。

一方で、ミクロ経済学や統計学まで必要?と思われる方は少なくないのではないでしょうか。しかし、どうやらこれらは法務を長くやっているといつか必ずぶち当たる“壁”であり、また破らければならない“殻”なのだろうという実感が、私にはあります。というのも、3年前の私が経済学を、そして1年前の私が統計学を学ばなきゃと直感的に感じ、あわてて本を読み漁りはじめていた記録がはっきりとSNS上の記録に残っているから。私は私なりにこの分野を手探りで学び(その後も数十冊買った本の中には、はっきり言ってハズレも少なくありませんでした泣)、目の前の法務業務とのヒモ付けを行ってきましたが、今から学ぼうという方はそれがこの本一冊で効率よく学べるわけです。回り道しなくて済む分相当幸運だと思わざるを得ず、羨ましいかぎり。ちなみに、きわめて乱暴にまとめれば、ミクロ経済学が必要なのは、自分が戦う「市場」を発生しうる損害も含めて正確に理解し捉えるためであり、統計学が必要なのは、相手方の「統計をタテにした主観的主張のウソ」を見破るためだと考えています。


感動的なのがその翻訳の品質。あとがきを読むと、その作業がいかに妥協のないものであったかがよく分かります。

第二に、本書の内容についてもいくつかの変更を加えた。具体的にはヽ鴇呂冒蠹数の「訳者注」を挿入し、各章の末尾に日本の書籍の「読書案内」を加え、B茖款錬機焚餬廚僚制度)の内容を日本の法制度の記述に改め、ぢ茖款呂謀塞佞靴榛睫浬表を米国のAmazon Inc.のものから日本の楽天株式会社のものに差し替え、ヂ茖犠呂謀塞佞靴振戯爐鬟蓮璽弌璽彪弍調浜大学院作成のものから慶応義塾大学経営管理大学院作成のものに差し替えた。いずれの変更も本書の利便性の向上を図ってのものであるが、その責任はすべて私たち二人が負っている。

この本の出版は、翻訳作業というレベルをはるかに超えた、日本の法学界・法務パーソンにとって大変に意義と貢献のある一大事業と言って過言ではないと私は思います。神田先生・草野先生ならびに有斐閣のみなさまに感謝。
 

『若手法曹のインハウス就職/転職一問一答』は、法曹のみならず人材サービス従事者も必読

 
インハウスとして働く知人の先生から、こちらの電子書籍をご恵贈いただきました。ありがとうございます。

若手法曹のインハウス就職/転職一問一答 オファー獲得の地図をその手に(DL Market)

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拝読してまず思ったのは、企業法務に職をもとめる若手法曹よりむしろ、先に人材エージェント・ヘッドハンターと呼ばれる方に、自分たちの法曹に対する人材サービスのあり方を見直すために読んでもらいたい、ということでした。

この本は、人材エージェント・ヘッドハンター(特に大手の)がいかに弁護士(業)を理解しないままマッチングしようとしているかを、具体的な事例で証明した上で、ユーザーとしてそのような人材エージェントらとどう付き合って希望の職を勝ち取るべきか、というアプローチで書かれています。そのソリューションとしておすすめされている手法は、さすが弁護士の方が書いただけあって訴訟の準備書面のごとく極めてロジカルで、主張を裏付ける証拠としての事実も必ず添えられています。さらに、ここでは種明かしは避けますが、「インハウス目指して転職活動するなら絶対に利用すべきサービス」までもが、具体的名称とともに記載されています。それらはすべて、かつて人材サービス会社におり、また今はインハウスを採用する側の立場である私から見ても、「まったくもってその通りです。恐れ入りました。」と言わざるをえない的確なものばかりです。

ちなみに、法曹ではない私も、直近の転職はここでおすすめされているあるサービスと手法で決まっていますので、無資格の企業法務パーソンにも十分応用可能なノウハウ集であると言えます。

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事実、私の場合は、(残念ながら)某大手人材紹介会社に費やした時間が最も非効率的で実りの少ない時間でした。別の Q&A で記載したかもしれませんが、

・法科大学院制度の概要
・司法修習の期間
・日本の有名大手法律事務所
・強制加入団体である弁護士会

などの基礎的事項すら知らない方も多々いらっしゃいます(これは非常に多くの業界を担当されていることからやむを得ないことで非難しているわけではありません。)

指摘されているとおり、法曹人口が拡大している一方でインハウスとして採用される事例がなかなか増えない理由には、求人の起こりにくさもさることながら、人材サービス従事者の弁護士(業)に対する理解のなさもあるのかもしれないと、私も薄々思っていました。「薄々」というのは、私自身がかつて某人材会社にいたインサイダーであるため、批判的なことを申し上げにくい立場だったからなのですが。これを読んで、今さらながら身につまされています。
 

【本】ITビジネスの原理 ― ハイコンテクストな法務

 
あるサービスを提供している中で、まったく意図しないことでお客様からお叱りを受ける事案に遭遇しました。モノを売るにせよ、サービスを売るにせよ、無機質な「機能」だけで満足してもらえる時代はとっくに終わっていて、それを買う人に「ワクワク」を添えて提供して差し上げられるかどうかが問われているということを、現在進行形で身に積まされている日々です。

そんな中、自分が今いるIT業界の今後を学ぼうと思って手にとった『ITビジネスの原理』という本を読んで、その「ワクワク」の提供能力の有無が、その事案での経験と重なって、自分が今やっている法務という仕事の今後にも大きく関わるのではないかと、考えさせられた次第です。





この本で著者は、Googleを辞め、しかもAmazonではなく楽天に転職したのはなぜか、という自身の判断軸を披露しています。それは、Amazonはモノを大量にカタログして検索しやすくし、安く・早くデリバリーする「機能」を売っているが、一方で楽天は、一つ一つの商店がなぜそのモノを販売しているのかという物語や人との関係性=「ワクワク」を売っているハイコンテクストなビジネスだからだ、と述べます。そして、ITビジネスは今後、機能の追求ではなく、もっとハイコンテクストとハイコンテクストを結びつける方向を志向していくだろうと予測しています。

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法務という仕事の「機能」は何かと問われれば、法令や判例の知識、過去にあった同様のケースの経験といった“引き出しの多さ”を磨き、それに照らして会社を守るための判断をサポートする機能が第一に挙げられると思います。例えば、顧客とのトラブルで、現場の営業担当が顧客から何か謝罪や補償を求められたときに、「法的責任の観点からは、今回のケースは当社はほとんどゼロに等しいので、これ以上詫びてはいけないところだ。謝罪や補償は毅然と断るべきだ。」と手綱を引くのは、一般的な法務に期待される機能です。

問題は、その「機能」を提供するだけでは、現場にとってはまったく「ワクワク」がないというところにあります。法務に相談すればそういうディフェンシブな答えが返ってくるだろうねぇということは、相談する前から現場だって分かっています。もちろん、そこに法令や判例に裏打ちされた確かな専門性が伴えば、機能としてはある程度満足してくれるでしょう(それすらないと、「そんなダメ出しだけなら俺でもできる」と思われるだけ)。しかし、その機能部分だけでは付加価値はないということは、もっと意識すべきなのかもしれません。

たとえばそれは、クレームをいただいたこの顧客から次の案件をまた受注できるような期待(=顧客にとっての「ワクワク」)を頂くために、代わりに何が提供できるのか、その法的な限界はどこにあるのか、というところまで一緒に考えて欲しいということだったりします。事案は異なりますが、契約書だったら、短く読みやすくてわかりやすい、現場もきちんと説明できる、その結果顧客がハンコを気持ちよく押して貰える契約ひな形を作れるか、さらには、契約の内容を現場が顧客に説明し、自信をもってクロージングできるまでに指導するのもありでしょう。

ここまで書いて、6年前に読んだダニエル・ピンクの本『ハイ・コンセプト』にも似たようなことが書いてあったのを思い出しました。現場をワクワクさせるような仕事をして、その先の顧客をもワクワクさせる。法務としてそんなハイコンテクスト領域にどこまで関わっていけるかが、そろそろ具体的に問われる時代になってきたのを感じます。
 

参考:

著者 尾原和啓さんのこちらのインタビュー記事にも、本のエッセンスが一部語られていますので、参考までにご紹介します。

『 ITビジネスの原理 』の著者、 尾原 和啓さんインタビュー(BookWebマガジン)

 

コモン・ロー型法務への転換(追記あり)

 
私がブログにとりあげる(法律書評以外の)ネタは、「法律の条文や法律実務書に答えが書かれていない、世の中に起こりはじめている新たな法的問題を、どう分解して考えるべきか」という視点で取り上げるようにしています。たとえば、ちょっと前のネタではUstreamの音楽配信自炊代行などの著作権周辺問題、最近のネタではパーソナルデータなどのプライバシー関連問題などがそう。なぜって、瑕疵担保責任とはなにかとか、典型契約の条文の知識とかを私が解説したところで、偉い先生方がすでに書いたものを写したような内容がせいぜいになりますし、その深みと比較されたら、太刀打ちできませんしね・・・。

しかし、これはブログだけでなく仕事上もそうで、数年前と比較しても、条文や実務書を見たら答えが書いてあった、なんていうことは少なくなって来ていますし、どこを調べても書いてないからわかりません、では仕事にならなくなっています。今いるのがエンタメという少し特殊な業界だから変化が激しいのかなあなどと漠然と思っていたものの、そういった著作権やITといった法分野に限らず、最近では、仕事で携わる会社法や税法などの分野でも、条文や実務書等には答えのない法的論点との出会いが増えています。


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その度に、本当にこれは新しいことなのか?実は先例がどこかにあるのではないか?そこから疑ってかかるわけですが、この「条文ではなく先例から探る」仕事の仕方ってどうもコモン・ロー的すぎるし、曲がりなりにもシビル・ローの国の法務パーソンとしてそれで本当にいいのだろうか、と思っていたところに、こんな沁みるコラムを見つけました。


海の向こうのコモン・ロー:「法律」がない国々(アンダーソン・毛利・友常法律事務所 企業法務の窓辺)
「コモン・ロー」や「シビル・ロー」といった言葉自体多義的なため、本来はきちんとした定義をする必要がある。しかしながら、厳密さには目を瞑り、非常に大雑把に言うと、コモン・ローとは先例主義であって、制定法ではなく判例を中心とする法体系であり、他方でシビル・ローとは制定法(法典)を中心とする法体系である。
アメリカにおいても、会社法、証券法、倒産法など法律(条文)がある分野も存在する。こうした分野では、一見、コモン・ローとシビル・ローとではそれほど変わらないようにも思える。しかし、そうした分野でも条文の意味、位置づけは日本とは相当に異なる。
アメリカでは、日本の弁護士が行うようなコンメンタールや立法担当者の解説の参照という作業はあまり見たことがない。そもそもコンメンタールといった類の体系的な書籍や、立法担当者の解説といった類の文献自体があまり存在しない。余談だが、アメリカの法律事務所の弁護士の部屋を見てまず驚いたのは、その本棚に置かれた本の少なさである。無論、書籍のオンライン化が進んでいるという事情もあろうが、オンラインで検索できる判例がより重要ということもできるのだろう。そうした作業の結果としての法律的な分析は、どことなく「ファジー」であるという印象が否めない。確立したルールを前提にそのルールの適用を考えるのではなく、ルール自体が特定の事実を前提にしたものであり、事実が変われば適用されるルールが変わり得るからである。さらには、裁判所の判決によりルールが変わったり、新しいルールが確立したりするため、制定法と比べるとルール自体が「ファジー」ともいえる。
経験に裏打ちされた「勘所」がなければ、判例の射程距離の分析どころか、適切な判例・ルールを探すことさえ覚束無い。そして、常に新しい判例に気を配らなければならない。こうして、アメリカン・ロイヤーは日々勉強し、凌ぎを削っている。しかし、その姿勢は、私の知るジャパニーズ・ロイヤーと同じだった。つまるところ、「弁護士の姿勢はコモン・ローであろうとシビル・ローであろうと変わりはない」というのが回答なのかもしれない。


経験に裏打ちされた勘所が共通して重要、法体系とは関係ないとのメッセージに安堵しつつ、しかし、私に不足しているのは、先例に当たる量とその最新の先例を調査する手段の少なさだなと再認識。

判例百選などで最高裁判例だけを聞きかじって終わりではなく、判例データベースを個人のツールとして備え持ち、それを武器として使いこなせる能力が当然に必要になってくるでしょう。さらには、コモン・ローの国での商売も増える一方であり、当該国の先例・判例が調べられるデータベースと、勘所を働かせるための前提知識としての学問としてのコモン・ロー知識の必要性は、(それこそ先例主義の国で先例を調べないのは本末転倒なわけで)ひしひしと実感しています。

後者については、いまさらながら自分自身がキャッチアップに努力しつつも、やはり組織としてはコモン・ローの国でLLM、あわよくばJDとしてしっかり学んだ方であることを求人要件とした採用も、積極的に考えなければならなくなるでしょう。誰かいい方がいらっしゃれば是非ご紹介くださいませ。
 

2014.1.11 追記:

『日々、リーガルプラクティス』のCeongsuさんが、応答エントリ(などというのは大変おこがましいのですが)を書いて下さっています。きちんと勉強されている方の深みのあるコメントに、自分の浅学非才を恥じるばかりです。

証拠法と民事訴訟法の勉強にこだわる理由〜日米間の法制度の最大の違い
米国の弁護士・企業内のインハウスロイヤー(米国では各州の弁護士倫理規定上、企業内であろうと、法律業務は有資格者しかしてはいけないことになっています。例として、Model Rules of Professional Conduct §5.3参照。)が常に気を向けているのは、やはりこの陪審員制度及び陪審員による心証形成に関してであるかと思います。当然、日本でも裁判官の心証形成を考えて弁護士の方は日々対応されているかと思いますが、成文法の国で、かつ裁判所の統一性のレベルが高い日本では、その心証による結果の相違の振れ幅は、米国の陪審員のそれと比べると、やはりだいぶ狭いと考えています。

そのため、米国のLitigation Lawyerたちは、適用されるCase Lawの調査は同じチームの弁護士やアソシエイト又はパラリーガルに任せ、日々黙々と陪審員の心証形成をいかによくして、またいかに相手方にとって自社がその観点から有利な立場にいるように見えるか、ということを意識しながら、どう好ましい和解案を獲得するかなどを考えている方が少なくないと思います。逆に陪審員が絡まない事例(独禁法関連等)となる場合には、過去の行政の判断過程や裁判所等の判断内容及びその理由の分析・検証などがより深くなされると思いますので、「何を深く分析・検証・検討する必要があるか」という判断をする場面でも、陪審員裁判制度が実務に大きな影響を与えているはずだと考えています。
そういった観点からすると、弁護士や企業法務が行う努力の大枠は日米間で変わらないとしても、米国法に関連して本当に微妙な事案で物事を判断するには、陪審員裁判に特有な証拠法とか訴訟手続法を理解していないと、先行的な対応はできないのではないか、という気がしております(だからデポジションの話題も過去に取り上げてみたのですが。。。あ、そういえば、当該シリーズの最後の投稿を忘れていました。。。近日投稿します。)。

補足:証拠法と民事訴訟法の勉強にこだわる理由〜日米間の法制度の最大の違い
判例を学ぶというのは、成文法の国である日本では法律の条文がどう適用されるか、つまりRule以上にApplication(Ruleがどう適用されるか)を学ぶ、ということだと思いますが、コモンローの国でも、Ruleが判例で形成されることが多いとは言え、やはり判例を読む上で重要なのはApplicationを学ぶことだと思います。

そういった意味で、判例の重要性は日米間に大枠の違いはないものの、そのApplicationが陪審員によって行われているのが米国である、そこに大きな違いがある、と言えば、先ほどの投稿はもっと分かりやすかったかもしれない

日本でインハウスローヤーとして働く弁護士のみなさんも、やはり訴訟手続法部分の実務経験が強みであり、それがあるからこそ目には見えにくいところで無資格者の仕事とはアウトプットに差が出ると感じていらっしゃる(ただし日本の企業法務においては訴訟が少ないので実際に活用できる機会が極端に少ないという悩みも聞きますが)のと、Ceongsuさんが仰っていることは重なりますね。

※なお、1点だけ私のエントリの主旨を補足させていただきますと、「日本の企業法務も、米国のように判例をもっと重視して、条文の適用など無視して良い」とまで言いたいわけではありません。仕事の仕方として、何か問題が発生した時にその手がかりを条文やその解釈を書籍で探すのではなく、世の中で実際に発生した先例を探すアプローチをとるということは、適用できる条文がほとんどない新問題・新分野においては、必ずしも悪ではないのではないか、という主旨でした。まあ、いずれにせよ浅いエントリです。
 
ありがとうございました。
 

法務という仕事の楽しみ方 契約書編

 
いろんな会社のいろんな法務の人を見ていると、法務の仕事って他の事務職よりも向き不向きがはっきりと出やすいように思っているのですが、それはなぜなのか・どこに違いがあるのかを考えてみました。

法務の仕事をやると、1年も経たないうちに、楽しめる人と苦しさしか感じられず楽しめない人がくっきりと二分されます。リスクの発見・分析と、それを背負うべきか否かの判断を毎日迫られる仕事ということもあり、苦しさしか感じない人にとっては毎日が地獄のように感じられ、逃げるような態度と行動が目立つようになります。そういった態度・行動はアウトプットとしての成果物の品質にも現れて評価も必然的に低くなり、本人もそれを自覚せざるをえない状態となって、自然とリタイア(社内異動・キャリアチェンジ・転職)に追い込まれていきます。

一方で楽しめる人にとっては、その苦しさは「修行」であり、修行によって自分の能力が研ぎ澄まされていくことが喜びとなります。一見困難で面倒そうな案件が降ってきても逃げないどころか、むしろこの修行を乗り越えれば違う次元に立てるはずとチャレンジを厭わないので、楽しめない人=チャレンジしない人との経験量の差はどんどん開き、その差とともに能力の差も広がっていくという好/悪循環が生まれます。・・・好き好んでイバラの道を歩むのは、ただのM気質なのではないか、という説もありますが(笑)。


そして、特にその差がくっきりと現れるのが、契約書の仕事だと思います。
契約書の作成・レビュー依頼が現場から来た時に、契約書の文言の巧拙をいきなり吟味するのではなく、
1)その案件=ビジネス自体に興味を持てるか
2)現場が目指すビジネス上のゴール・目的をしっかりとヒアリングし、シンプルに言語化できるか
3)ゴールを目指す上での障害を漏れ無くピックアップできるか
4)障害を処理する方法・アイデアを現場(と契約の相手方)に提案できるか
が勝負です。楽しめない人は、3にばかり終始し、1と2の重要性にいつまでも気付かず(もしくは気付いてもそれができず)、結果として成果物である4についても、ショボい提案しか出せないのです。


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シティライツ法律事務所の水野祐先生が、この1と2の重要性について、「契約書は相手方との共同編集物だ」という斬新な視点で述べていらっしゃいました。

水野祐+平林健吾 Edit × LAW:第1回「契約書」(DotPlace)
契約書は契約当事者の合意内容を実現するためのコミュニケーション・ツールと捉えるのが正しい。契約当事者双方で修正を繰り返すと、Wordのコメント機能や削除履歴上で、契約当事者間の利害対立がアツいバトルとなって表れることも少なくない。だが、そのようなやり取りも、契約当事者双方が契約の目的にしたがって「あるべき形」に向かって編集を重ねていく共同作業と考えたほうがポジティブであるし、はるかに生産的であろう。
人は、いざ契約書が自分の目の前に差し出されると、契約書の各条項の文言に飛びついてしまい、「文言の海」に溺れてしまいがちである。しかし、実は、契約書の具体的な文言を読む前に、「この契約書が、どのような視点から編集されているのか/されるべきなのか」と考えることは大切なことだ。
すでに述べたとおり、契約書には、当事者がその契約によって実現したい目的やテーマがあり、契約書はその観点から編集されている。契約書には必ず「編集者」がいるのだ。その「編集者」の視点に気づけば、契約書を迅速に、要領よくチェックすることもできる。
また、このような編集的視点で契約書を読み解く場合、昨今の議論では軽視されがちな前文や第1条に配置された目的規定といった条項(英文契約書であれば、「WHEREAS」で始まる冒頭部分)も、ぼくは大事なものだと捉えている。なぜなら、ここには契約書の「編集者」の視点が凝縮されているからである。
契約書をそのような編集的な視点で見つめてみると、ほとんどの契約書は「◯◯を●●円で購入したり、貸したりする契約」だったり、「◯◯という業務を●●円で依頼する契約」だったりという、シンプルな構造を持っている。もちろん、複雑な契約書になると、テーマが複数あったり、条項ごとにテーマがあったりするということもあるのだが、ほとんどの契約書は想像以上に単純な構造をしているものである。

最近も、wordファイル上に「民法上、瑕疵担保責任とは、・・・です。従ってこの規定は・・・と修正すべきです。」という教科書を読みかじったようなコメントをして仕事をしたつもりになっている人を見ました。おそらくあの調子だと、瑕疵担保責任の条項がおかれたすべての契約書に、そういったコメントをつけて返しているのでしょう(ガクブル)。そうだとすると、彼/彼女にとって契約書の仕事は相当楽しくない「作業」になっていると思われ、余計なお世話ですが先は長くないんじゃないかと懸念します。
 
「この契約書で取引する商品・役務はどんなものなのか?」
「その商品・役務の持つリスクに対してわざわざこの瑕疵担保条項をおいた(民法上の任意規定を変更した)のはなぜか?」
「その商品・役務を受けた後、当社or相手方はどんな取引につなげていくつもりなのか?」
といった点に疑問をもち、それを解き明かしながら相手方との合意点を見つけていくことの楽しさに気づくと、契約書の仕事ほど楽しくて腕が鳴る仕事はないはずなのですが。

もし、それが楽しめないんだとすると、企業法務どころか会社員であることそのものが楽しくない人かもしれませんね。
 

【本】スキルアップのための企業法務のセオリー ― ずばり「法務業務標準マニュアル」ができました

 
LexisNexisメディア・コンテンツ部のI様よりご献本いただきました。ありがとうございます。


スキルアップのための 企業法務のセオリー (ビジネスセオリー 1)スキルアップのための 企業法務のセオリー (ビジネスセオリー 1)
著者:瀧川 英雄
販売元:レクシスネクシス・ジャパン
(2013-01-29)
販売元:Amazon.co.jp


この本の企画・編集がはじまった頃、ちょうど私がBLJの編集部で働いていたという御縁で、著者である瀧川さんのご経験をどのようにして引き出すとよいだろうか?という企画ブレストみたいなものにお付き合いをさせていただいた次第。「アイデアの一部をこの本で活用させていただきました」と、律儀にもお手紙を添えてくださったのでした。

そんな私のアイデアなどどうでもよくなるぐらい、素晴らしい本ですね。文字化することが難しいと思われがちな「法務の業務のすすめ方・取り組み方」についてのフレームワーク・チェックリストの類が、惜しみなく整理・披露されています。図表も盛りだくさん(図表一覧が目次になっており、その数なんと50以上)で、読者を飽きさせない本にするという点にも必要以上に気が配られている印象があります。

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そして、その記述の中で私が特に共感した部分がこの2箇所。とっても基本的なことではありますが。

ヒアリングで聞き出すべき内容は、「取引内容」と「依頼内容」の2つに分けることができる。

取引の中身ばかりを聞いて依頼者の欲しい答え(期待や不安)や回答期限などをきっちり聞いて帰ってこれない例、またはその逆に取引の中身を把握してこれない例など、正確なヒアリングはすべての業務のスタートとして重要でありながら実は法務パーソン各人のクセもでやすいところで、この双方のバランスが重要だと特に感じていたところです。

主語と述語の位置をできるだけ近づける。述語が何を受けるのかがわかりにくい場合には、読点を打つなどの工夫が必要である。

英語の世界では有り得ない話ですが、他人が作った日本語の文章を見ていると、主語が存在すらしない例が目につきます。契約書を作るときなどは、すべての条文について「発注者は、―」「受注者は、―」と、わざとすべて主語から書き始めるぐらいの意識的な訓練が、特にジュニアクラスな人にとっては必要なのかもしれません。ちなみに、主語と述語の距離については、位置や読点等でそれが主語であることが明確になっていればいいんじゃないか派なのが私です。


私も所属組織での指導員として、時折自分が過去ブログに書いた法務Tips記事のURLをメールで飛ばしたりしながら「そんな時オレはこういう風に気をつけてるけど」みたいなこともやっていたんですが、この本が出てしまった以上、そんな私の記事は金輪際もう不要になってしまったというべきでしょう(笑)。こういった法務の小技はこれまでも法務パーソン向け雑誌の読み切り記事などでもよく見かけますが、これだけまとまったものが出てしまうと、今後は「この本の二番煎じ」感が否めなくなるかもしれませんね。

ブロガーとしては、そういったTips系の記事がこの本によって一気に陳腐化されてしまったのはちょっと残念ではありますが、より高度に・網羅的に・体系化された「法務業務標準マニュアル」ができたということは、この職務に携わる者として、そして後進を育てていく責務を負う世代として、感謝・歓迎すべきことだと思っています。
 

禁断の果実の見分け方

 
ソーシャル業界は、個人の本能的欲求を直接的に掻き立てて課金・広告収入を得ているだけに、コンプライアンスの難易度も高い業界だなあというのは、私自身が片足を突っ込んでみて日々感じているところです。

やまもといちろう×楠正憲「ネット業界“ソーシャルの次”を本気で考える」(エンジニアtype)
やまもと テクノロジーをマネジメントする人も、テクノロジーを使って事業をドライブしている人も考えなきゃいけないパラメータが増えていきますよね。でも、現状はこういう着眼点さえ持っていない人がほとんどだから、あらかじめ問題を起こさないようにしていくこと自体が難しくなるってことでもあるわけです。

 ネットにしてもソーシャルにしても、まずは何がどうグレーな状況なのかってことに僕ら作り手自身が自覚的でなければなりませんよね。
やまもと 元も子もない抽象論になっちゃいますが、結局は利便性とリスクの間で許容できるバランスを見つけながらやっていくしかないってことですかね。

 これは例えが悪いかもしれませんが、交通事故で年間何千人も亡くなっても自動車は禁止されていませんが、こんにゃくゼリーで赤ちゃんが亡くなることは1人だって受け入れられない。世の中ってそういうもので。だから、これからのソーシャルWebの最適解を見つけるためには、やはりユーザーや規制当局を含む「社会」とキッチリ向き合うことを前提にどうリスクを取るか、慎重に判断するしかないでしょうね。

どんなに利便性が高かったり革新的な商品・サービスを提供して世の中のお役に立っていたとしても、ここで挙げられている「こんにゃくゼリー」の例のような、社会が食べることを許してくれない“禁断の果実”もあります。私たちが知りたいのは、この禁断の果実と食べてもいい果実の見分け方です。ただ法律を勉強してそれに基いて慎重に判断していればいいかというと、そうではないからです。

Adam-mange


koni akiさんのGoogle+の投稿
法律で禁止されてるからやっちゃダメなんじゃなくて、やっちゃダメだから法律で禁止されている。
この大前提を理解せずに「法律(あるいは校則)で禁止されてるからやっちゃダメ」と育てられ、それに疑問を持たないのであれば、不文律に至っては「法律で禁止されてないからしてもいい」という理屈になるので、そりゃ他人との大きなズレは生じるだろうなぁと。

おっしゃるとおり、常に先に法律で「やってはいけないこと」を明記するのは限界があるわけで、コンプライアンスが単なる法令遵守ではない、と言われる所以は、まさにこの点にあります。だからこそ(コンプガチャがそうであったように)後からこじつけのような理屈がつけられて違法とされたわけです。しかし、「感覚」「センス」に頼って禁断の果実を見分けようとしていると、その業界に長く染まった人ほど嗅覚は鈍り、見分けられなくなり、「法律で禁止されていないからしてもいい」となりがちです。

「感覚」「センス」に頼らずに、禁断の果実の見分け方を言葉で表現した原理原則のようなものはないだろうかと思っていたところ、クーリエ・ジャポン1月号P103〜にこんな記事がありました。


COURRiER Japon (クーリエ ジャポン) 2013年 01月号 [雑誌]COURRiER Japon (クーリエ ジャポン) 2013年 01月号 [雑誌]
販売元:講談社
(2012-11-24)
販売元:Amazon.co.jp


▼あなたが「地球温暖化」に無関心な理由を教えよう(COURRIER JAPON)
人間の脳は、主に次の4つの特性を持つ危険に反応します。
「意図的な」「非道徳的な」「切迫した」「瞬時に起きる」危険です。この4つは、人間の脳に組み込まれている“警報”を鳴らし、行動を促します。裏を返すと、こうした特性を持たない危険には、行動を促したりはしない。残念ながら、「温暖化」は、4つの特性の一つも持ち合わせていないのです。
たとえ些細なものであっても、何かしらの意図がある行動に、私たちは否でも反応してしまいます。ですが自然の災いはそうではありません。もしワールドトレードセンターに飛行機が突っ込んだ要因が落雷によるものだったとしたら、事故の日付を覚えている人などいないでしょう。
わたしたちの道徳観を刺激するものとは何か。それは、太古の昔から人間にとって重要だったこと、つまり「食べ物」と「セックス」に関するものです。「大気」や「化学」などではありません。
将来、痛い目に遭わないよう、人にいまから準備させるためには、おだてたり、しつこく言い続けたりしなければなりません。反対に、ホッキョクグマが近日中に絶滅するとわかっていれば、皆さんは今すぐにでもそれらを見に行くでしょう。
髪が薄くなっていく現象のように徐々に起きていく変化ならば、私たちはすんなり受け入れることができます。反対に、ある朝起きたら突然、丸坊主になっていた、なんてことは到底受け入れることはできない。そんなことがあれば、私は頭髪クリニックに走っていって、植毛してもらうでしょう。

こんにゃくゼリーにせよコンプガチャにせよ最近また騒がしくなりはじめたプライバシー問題にせよ、企業が叩かれる要因はこの「人間の脳が反応する4つの特性」に触れた時。何か新しいこと・刺激的なことをやろうとすれば人間の防衛本能が反応するという意味では、ソーシャル業界だけの問題でもなさそうです。

禁断の果実を見極める基準として法律が役立たなくなってきたのなら、人間の防衛本能の限界のような、法律にこだわらない基準を考えてみるというのも、企業法務パーソンの醍醐味でありやらなければならないことかなと思っています。
 

【本】10年後に食える仕事 食えない仕事 ― 花形のはずの国際契約法務パーソンが食えなくなる?

 
10年後に食える仕事、食えない仕事10年後に食える仕事、食えない仕事
著者:渡邉 正裕
販売元:東洋経済新報社
(2012-02-03)
販売元:Amazon.co.jp



「グローバル時代にサラリーマンがどうサバイバルするか」をテーマにした本がたくさん出版されていますが、そこで共通して述べられているのは、
・日本語以外の言語(英語・中国語)を身に付ける
・できるだけクリエイティブな知識労働に携わる
という2点です。

対してこの本が特徴的なのは、あえて逆説的な立場を取り、そういった本で理想像とされる<グローバル×知識集約的>な職業を「無国籍ジャングル」と名付け、“(実力で戦い抜いて勝てればメリットは大きいものの)世界の70億人が競争相手になることを考えると決して賢い選択ではない職業”と位置付けている点。ではどうすべきかというと、日本人メリットが生かせる右上の象限「グローカル」もしくは右下「ジャパン・プレミアム」な職業を選ぶべきだと。

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中でも、企業法務パーソンのようなバックオフィスの職業は、意外にも資格制度があるような専門的な仕事ほど、選び方を間違えると危険な「無国籍ジャングル」や、陥ったら最後抜け出せなくなる「重力の世界」にはまりやすい職業の代表例として取り上げられています。

「財務や経理の仕事はルーティンで定型的な作業が多い。ざっくり言うと全体の7割は外注できる感覚があり、それらは最低賃金になっていくでしょう。逆に残り3割は判断が必要なコア業務なので、国籍に関係なく業務遂行能力が求められます。(略)」
経理・財務の仕事は顧客(乗客)に対して行われるものではなく社内向け業務であることから、日本語によるコミュニケーション力が最優先事項にはならず、日本人メリットが働きにくいのである。
財務・経理系のキャリアで生き残るには、無国籍ジャングルで戦い抜けるぐらいの研鑽を積むか、対社内向けの業務ではない分野、例えば財務分野のコンサルティングに進出して顧客をつかみ、「グローカル」化する方向が考えられる。

ここでは代表例として財務や経理の仕事が挙げられていますが、法務も同じように判断業務に携われる一握りの法務部門責任者だけが高給を取り、メンバークラスの法務パーソンの給与はグローバル化とアウトソーシング化が進むことでどんどん低賃金化して二極化が進んでいくものと私も思います。

「管理の業務はどこまでアウトソースできるか」「バックオフィスは誰を顧客と捉えるべきか」という話は、管理部門仲間の酒飲み話でしばしば交わされる鉄板ネタなわけですが、著者の分類法によれば、アウトソースできるような業務(ex.定型的な契約書レビューのような業務、現地弁護士法人に任せた方が多くの場合割安な国際法務)、従業員向けの業務(ex.社内研修、相談業務)ばかりに偏ってしまうと、企業そのもののグローバル化に飲み込まれ、日本人メリットが通用しなくなり、「重力の世界」に落ちていくというわけです。

日本人メリットにすがりつくのは“タコツボ”的発想でありよくないと考える方も少なくないと思われますが、いずれにせよ法務パーソンだから手に職で生き残り易いとか、希少価値があると慢心せず、
・アウトソースし得る仕事(契約書レビュー、国際法務)の時間的シェアが高くなり過ぎてないか
・顧客(従業員等の社内顧客ではなく)に対して直接の影響・価値を生み出せているか

を常に意識し、法務の中でもそういった仕事を積極的に選んでいく態度が、より必要になっていくのは事実でしょう。単に英語ができないとヤバそうだから英語を勉強して、英文契約書をレビューできるようになって・・・と反射的にスキルだけを身につけるような態度に終始しないよう、気をつけていきたいものです。


※なお余談ですが参考までに、弁護士については、資格があるからというよりも、相手にする顧客と関係者が日本人だからという理由において、以下引用部のように「グローカル」な生き残りやすい職業だと位置付けられています。
日本語の微妙なニュアンス理解が決定的に重要となる仕事は、やはり「生え抜き日本人」の独壇場である。たとえば弁護士は、裁判所で裁判官に主張を認めてもらわねばならない。裁判官の「心証」が判決に大きく影響してしまう仕組みになっているため、言葉遣いは、見た目の印象と共に重要となる。
裁判官は、国家公務員特別職なので、国籍条項によって100%日本人だ。育ったカルチャーの異なる外国人が日本の法廷で勝負しても、同じ土俵では戦えず、不利になるだけ。仮に規制緩和で資格の相互認証が行われ、外国人弁護士が日本で活躍できるようになったとしても、やはり活躍は難しい。
さらに弁護士は、3「信用&コミュニケーション」の条件も満たす職業である。日本人の顧客に、対面で日本語によって相談に乗るのが仕事なので、これが外国人に置き換わることは難しい。

 

【本】就職、絶望期 ― 法務のキャリアパスは八方塞がり

 
雇用の常識「本当に見えるウソ」』以降、様々な出版社からリリースが続いた海老原さんの「就職・転職論」ここに極まれり、といった感じ。


就職、絶望期―「若者はかわいそう」論の失敗 (扶桑社新書 99)就職、絶望期―「若者はかわいそう」論の失敗 (扶桑社新書 99)
著者:海老原 嗣生
販売元:扶桑社
(2011-09-01)
販売元:Amazon.co.jp



新聞・旧メディアが騒ぎたて、行政(というか民主党)が乱発する“就職弱者救済のためのつぎはぎの施策”や、それに対してエリートホワイトカラー層が信奉する「解雇規制の緩和」「欧米型職務給への移行」のどちらもが、いかにピントがずれた解決策であるか、さらに「年寄りは全部ダメ、若者は全部かわいそう」という世代間論争がいかに失当であるかを、データやグラフを次々繰り出し解き明かす快心作。

  1. 高年齢になるにつれて平均勤続年数が長く、転職率が低くなるという構造は、流動性が高いと思われている欧米においても実は同じであり、45歳以上での転職率は日本同様10%を切っている。

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  3. 失業率も、欧米・日本ともに高年齢になるにつれて低くなり、しわ寄せが若年者に寄せられる構造も同じ。日本の若年者の失業率はまだマシで、大卒者が就職先を選り好みしている点を見なおせば改善の余地もある。解雇規制の厳しい日本より、むしろ欧米の方が若年者の失業率は高い。

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  5. ホワイトカラーのような職務難易度の高い職務であればあるほど“経験年数”がものをいうので、職務給にしたところで、採用しやすくなることもなければ熟年と若年の給与格差も狭まらない。日本でまだ今は高止まりしているエントリーレベルの職務にある熟年者の給与をさらに下げる方向に働くだけ。

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  7. 欧米では、慣行としての「セニョーリティ(勤続年数が長い人ほど解雇対象とならない)」と法律としての「年齢差別禁止法」の両面で、実は日本よりも熟年者が保護されている。


1〜3は雇用慣行が違えども結果は同じになることを示しており、4についても09年の雇用対策法改正(改悪)に見られるように、日本も流れとしては同じ方向に傾いています。日本型の<終身雇用+メンバーシップ型雇用>を捨てて<解雇規制緩和+ジョブ型雇用>を採用したところで、労働市場において熟年者が優遇されやすい構造は変わらないし、問題の本質はそこにはない、ということを述べています。


では日本は、企業は、そして労働者はそれぞれどうすればいいのか?前二者についてはこの本をお読み頂くとして、労働者の立場について考えさせられた一節を引用して紹介させていただこうと思います。

ビジネスマンとは、各業界に細分化された「職人」でしかないということなのだ。これを「ビジネスマン」と一言で括るから汎用性が広く思えて、勘違いをしてしまう。
銀行も商社もメーカーも高度な職人であり、熟練に15年はかかる。それを40歳近くになって宗旨替えすることなど難しい。つまりスペシャリティを磨いたからといって、自由に次から次へと会社を選べるなどということは(40歳近くにもなれば)ほどんどあり得ないことなのだ。
では、同業内であれば、一社に縛られず、自由に生きられるか?これも実はけっこう難しいといえる。まず、ホワイトカラーの仕事は単独ワークではなく、たいていの場合、集団での業務となる。下っ端の時は、他者からの転職も構わないが、集団の上に立って人を指導するとき、「下にいる部下の素性がわからない」「横で連携すべき多部署の人とコネがない」ということがけっこう致命的となる。そして、その会社特有の意思決定メカニズムに慣れていないこともマイナスに働く。
結局、ハイパーを目指す人たちは、(突き抜けて経営幹部クラスにならない限り)、その多くが会社に従属して生きていくしかなくなる、それは、世界中の熟年層の転職率の低さからも窺えるだろう。

法務パーソンにとっては、純粋に法的な専門性よりも結局業界経験が一番重要なのであり、キャリア形成においてはどこの業界を選ぶかがポイントであるということは、私も最近ブログに書いていたところです。が、海老原さんはビジネスパーソンはすべからく熟年になればなるほど(業界どころか)企業に縛られるのが宿命であると仰っているわけです。

では、企業とも業界とも心中したくないビジネスパーソンはどうすればいいか?海老原さんは、中途半端にスペシャリストを目指してつぶしがきかなくなるよりも、エントリーレベル人材にあえてとどまることで「そこそこの自由」=流動性を確保した方がいいのでは、と説きます。どこかで似たような話を読んだなあと自分のブログを辿ったら、この本にも書いてありました。やはり真理なのでしょうか?

一方で、仮にエントリーレベル人材に甘んじることを受け入れようにも、業界特有性のない法律知識だけで解決できるような法務業務であれば、大増員した弁護士がリーズナブルに担ってくれる時代に突入しつつあったり・・・。いつの間にか、法務のキャリアパスは八方塞がりになってしまったようです。
 

競合会社様の社内報に載せていただきました

 
競合会社様の管理部門の社員さんが作成されている社内報に、写真付で登場(笑)。ご丁寧に弊ブログの宣伝までしていただいたので、もしかしたらこの社内報をみてこのブログにたどり着かれた方もいらっしゃるかもしれません。

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管理部門の仕事の仕方を客観的に見直すために社外のプロに日頃の仕事ぶりを聞こう、という企画でご依頼いただき、1時間ちょっとのインタビューを先方の広報の方にコンパクトにまとめていただいたもの。どんなきっかけで法務・コンプライアンスの仕事を極めていこうと思ったのか、日頃の勉強法、仕事をする上で大切にしていること、などなどをお話させていただきました。なんだかすごい偉そうな人になっちゃってて恐縮です・・・。それにしても、競合会社の社員を捕まえて自分のところの社内報でしゃべらせちゃう某社様の懐の深さと行動力は、さすがだなと思いました。


対談の最後の話題は、アウトソース化が進んでいくであろう管理部門の「中の人」として何ができるか・すべきかというものでした。ここでは、自社の事業を相当好きでないと、事業にコミットしている経営者と同じ目線で真にものを考えることはできないんじゃないか、逆に言うとそこが「外の人」と唯一差別化できるところではないか、というお話をさせていただきました。

そう答えておきながら、実際の私は、相変わらず経営者に“雇われ”る立場で事業にコミットするということの難しさ・矛盾に悩んでいたり。そろそろこの女々しい自問自答にも終止符を打ちたいところです。
 

「キャリアの独自性」は、何によって育まれるか


企業のマーケティングにおける独自性の重要さを訴えるこの本を読んでいるうちに、この本の本来のテーマからは外れて、ビジネスパーソンとしての「キャリアの独自性」はいつ生まれ、どうやって育まれているんだろう、とふと考えてしまいました。

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著者:ジャック・トラウト
販売元:海と月社
(2011-04-28)
販売元:Amazon.co.jp

わたしたちがこの三十年言い続けてきたことの中心には、つねに差別化による独自性の確立があった。
それなら、もう独自性が重要なことは世の中に浸透しているだろうと思われるかもしれない。みんなが独自性を念頭において計画を立て、独自性を意識せずに仕事にかかるものなどいないのではないか、と。
ところが、そうではないのだ。

法務というのは、「つぶしが効く」キャリアと思われています。法律はなくならないし、誰にでもすぐ身につく類の知識・専門能力でもない。ビジネスと法律は切っても切れない関係。だからどこでもできるし引く手あまたでしょ?と。
しかしそれは幻想であって、法務経験があっても、同じ業界でない限り「つぶしが利く」ということはない、というのが私の持論です。

確かに転職市場を見ていると、営業職はその業界経験ありきでの募集がされているのに対し、法務の求人を見ていると業界経験を問うものがありません。一見すると確かに法務はつぶしが効きそうです。しかし、現実を見ると、通信業→人材業と渡り歩いた私が金融業の法務に誘われることはもはやないと断言できますし、周りを見ても、法務として転職して職責アップ・年収アップを勝ち取られている方は、製造業の法務の方は製造業に、IT業の法務の方はIT業に・・・と移ったパターンに限られているように感じます。

また、資格上はどんな領域でも担当できるはずの弁護士であっても、ある程度自分の得意顧客の領域に専門特化していくうちに良く言えば「金融関係なら○○さん」というブランドが、悪く言えば「○○さんはエンタメ系はあまり得意じゃなさそう」というレッテルが(本人の能力如何にかかわらず)貼られていくのも、同様の理由かと思います。

つまり、その人の強みとなる「キャリアの独自性」とは、業界特有の商習慣と、その業界をとりまく顧客・取引先によって育まれるものなのではないかと。そう考えると、自分がどの「業界」に身を置くかを決めることは、ビジネスパーソンのキャリア形成においてとても重要な選択となるわけです。
よく「目の前の仕事を一生懸命こなしているうちに、気づいたら高みにいた」「キャリアは作るものでなく、振り返るとできているもの」という成功者のコメントを目にしますが、これらも同一業界に身を置いて修行し続けることが前提であって、途中で業界を変えてしまうことは、ビジネスパーソンとしてのキャリアを育むという観点では、リスクが高いように思います。

日頃そんなこと意識していなくても、自分の好きなことを選択し続けているうちに、結果的に所属する業界が固定されていくのだと思いますが、もしこれを読んでいる読者の方が就職・転職を考えている方(特に新卒の方)なのであれば、自分が身を置く業界がキャリアに大きく影響するということを意識して就職・転職先を選ぶことが、その会社の大きさや社風なんかにこだわるよりよっぽど重要ということは、視点の一つとしてもっておかれても良いのでは。

ところで、通信から人材へ、BtoBからBtoCへと渡り歩いてしまった私の独自性って一体・・・?
 

法務のアウトソーシング(LPO)を進めなければならないワケ

 
前回のエントリで、弁護士事務所は多国籍軍化するエリート事務所と、多国籍軍化に乗り遅れたローカル事務所に分かれていくのではと述べましたが、その時に企業法務部門はどうなるのかについて、考えてみます。

そのヒントとなりそうなのがこちら。マイクロソフトとヒューレット・パッカードが法務業務のアウトソーシング(LPO)を進めている、という記事。

Companies Get Creative to Cut Legal Costs(Law.com)
Under pressure to curb legal costs, Microsoft and Hewlett-Packard have turned to outsourcing work to India, giving work to solo practitioners rather than mega-firms and eschewing hefty hourly fees in favor of alternative and fixed fees.

As a result, both Fortune 500 companies have saved millions of dollars in legal fees. HP shaved 25 percent off its legal budget in four years and Microsoft 4 percent annually in the last few years, according to deputy general counsel for both companies.

事業そのものの競争力と紐づかないスタッフ業務のコストセーブを突き詰めていくのは、ある意味当たり前の経営努力だと思います。しかし、法務のアウトソーシングを単なるコストセーブの手段と捉えているとすれば、それは間違いです。法務をアウトソーシングすることは、それによって法務のダイバシティ(多様性)を高めることにこそ本質がある。それはこの記事の以下の一節にも現れています。

Both companies also are under pressure to diversify their outside counsel as their business increasingly moves beyond the United States.

"When I started, everything I did ... all the regulatory work ... was centered in Washington," Gutierrez said. "Now the centers of power are Asia, Sao Paulo and Moscow. The majority of our revenue comes from outside the United States."

That drives corporate counsel to hire lawyers who are multilingual and understand the cultural sensitivities of other countries, Gutierrez said.

取引のグローバル化が進んでいる今、“マルチリンガル”が求められるのはどの職種でも同じです。しかし法務については、その国の言語が分かるだけでは役に立たず、そのそれぞれの法律や商習慣といった文化までもが分かる人材を確保して“マルチリーガル”“マルチカルチュラル”にならなければなりません。

日本国内に加えてアメリカ・中国、さらには伸び盛りのインド・ブラジル・ロシア・・・事業を展開する様々な国で発生するリーガルイシューに対応するために、まさか法務部員を自社採用して自前ですべての国の法曹資格を取得させその国での経験を積ませて、自社法務部門を多国籍軍化しようなんてことを考える経営者はいないでしょう。5ヶ国語が喋れるようになる人はいても、5カ国の法曹資格を持ち文化的素養を会得出来る人・しようとする人は、そうそう現れないはずですし、いたとしてもどう考えても時間がかかりすぎます。かといって、そのために1カ国1人ずつ雇うのも、非効率的です。

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マイクロソフトやヒューレットパッカードは、コストセーブのことだけ考えてアウトソースをしているのではなく、国ごとの言語・法律・文化という障壁が存在する限り内製で法務業務を行うのには限界があること、そしてアウトソーシングを進めることが法務ダイバシティを高めそれに対応するベストな手段であることにいち早く気づき、行動を始めたのだ。この記事にははっきりとそう書いてあるわけではありませんが、そのように読み取るべきだと思います。

自前では多国籍軍化しえない企業法務部門が、グローバルな競争を勝ち進むためには、必然的にLPOに頼らざるを得なくなっていき、それを契機に法務業務全体の外注化に拍車がかかっていく。私はそう考えています。
 

【本】企業法務と組織内弁護士の実務 ― ブログやTwitterには出てこない情報ってあるよね

 
弁護士として企業の法務部に入り込んで仕事をされている「組織内弁護士」が、日常どんなことに問題意識を置いて、どんな水準で仕事をしているのか?

私も企業法務パーソンのはしくれとして、頭の中にある企業法務の視点・ノウハウのようなものを守秘義務を侵さない程度にこのブログやTwitterで公開させていただいているつもりですが、組織内弁護士の方がブログやTwitterなどの世界にお出ましになることは、ほとんどありません。弁護士かつ組織に所属しているという立場を考えれば、自分の業務について喋ることのリスクと、わざわざ世の中に出てアピールするメリットがバランスしないでしょうから、当然と言えば当然です。

ところが先日、そんな貴重な組織内弁護士の視点と業務実態が、きわめてつぶさに書かれた本を見つけてしまいました。

企業法務と組織内弁護士の実務 弁護士専門研修講座企業法務と組織内弁護士の実務 弁護士専門研修講座
販売元:ぎょうせい
(2011-02-08)
販売元:Amazon.co.jp



登場する組織内弁護士は計4名。
・エイベックス所属の木内秀行弁護士
・日興コーディアルに5年在籍され今は独立開業されている竹内朗弁護士
・GS→UBSを経て現在はラッセルインベストメント所属の西和伸弁護士
・NHK所属、現在NY大学ロースクールに客員研究員として派遣されている梅田康宏弁護士

こんな一流企業で組織内弁護士経験をもつ方々が、契約書審査、不祥事危機管理、守秘義務、インサイダー取引、放送コンテンツの著作権、事業アウトソーシングなどのテーマについて、実例やケーススタディを用いながら、日ごろどのように業務に取り組まれているかを公開してくださっているのがこの本。

上記の一つ一つのテーマについてここでご紹介しているとキリがないくらい含蓄があるので、また日を改めて個別に記事を書いてみたいと思っていますが、例えば私が4月から追いかけようと思っているテーマであるLPO(Legal Process Outsourcing)、つまり法務のアウトソーシング化に関して、エイベックスの木内弁護士がこんなことを仰っていたのでそのさわりだけご紹介。

企業が自前で契約書を作るといっても、法務部門のリソース、ノウハウ、能力に限度があって自前で契約書をつくれない場合もあります。(略)そういったときには、そのような案件を担当できる専門性を有する法律事務所に頼むことになります。
英文契約を依頼する際にも、別に我々は、英語が苦手だからというふうな観点で投げるだけではないのです。法務部門の中には、英語が達者な人もいます。英文契約はもう死ぬほど作りましたという人もいます。ただ、そういう人でもカバーできないのが、外国の法律です。
どうしても外国との取引が関連してくる契約だと、これは、外国法にも通暁している外部事務所になげなくちゃならないというふうに思います。

これを語っている木内弁護士自身は、ペンシルヴェニア大学LL.Mを修了されニューヨーク州弁護士登録もされているエリート弁護士です。そんなエリート組織内弁護士をして、「すべてを自社で賄えるわけではないし、他にアウトソースすべき場合もでてくる」と言わしめる現実。この現実を直視したとき、企業法務部とは、そして企業内(無資格)法務パーソンとはどうあるべきか?という問題は、そろそろ真剣に考えるべきタイミングに来ていると思っています。うーん、まさに『企業法務マンサバイバル』!(笑い事じゃない)。この話は長くなるので、またエントリを改めて書きます。

東京弁護士会の専門研修講座、つまり弁護士向けに講演された内容を収録したものであり、従って体系的な構成にはなっていません。しかしそれを割り引いても、普段世の中には出てこない本当のプロである弁護士から見た世の中の法務業務の実態情報が満載という点で、貴重な本だと思います。


2011.3.11追記
Twitterで梅田先生から「NHKは辞めたわけでなく1年限定でNYに派遣されているだけ」とのご指摘をいただきましたので訂正いたしました。大変申し訳ございませんでした。

コンプライアンスの仕事とは何か

 
法務の仕事とは何か」については比較的多く語られているのに対して、「コンプライアンスの仕事とは何か」というのは、これだ!というものに出会ったことがありません。

法令だけでなく、広く社会的規範や企業倫理にも適うように・・・

この常套句に納得している方は皆無なのではないでしょうか。

そんな折、今発売されているBLJ1月号の特集「形式的コンプライアンスの打開策」でちょっとした取材協力をさせていただくことになって、編集者の方とお話ししていた際、この数年間取り組んできたコンプライアンスの仕事がいつの間にか自分の中で腹落ちしていることに気づきました。

BUSINESS LAW JOURNAL 2011年 01月号


  1. ステークホルダーの期待を探り、
  2. その期待に対し、自社の広告・契約・サービスのあり方を含む態勢の中で「応えているフリをして本当は応えられていない期待」がないかを洗い出し、
  3. 法律上絶対に沿わなければならない期待に背いてないかをフィルタリングした上で、
  4. 残った「応えるか応えないかを選択しうる期待」に対し、現場として・経営として沿うつもりがあるかないかを決断させ、
  5. 「実は今はまだ応えられていないが応えたい期待」にどう品質管理をしたら沿えるようになるか、一方で「実は応えるつもりのない期待」には、期待に応えられないことについてステークホルダーに対しどう説明責任を果たすかを検討し、
  6. 最終的に、ステークホルダーの期待と会社の現実とを一致させる

これがコンプライアンスの仕事だと思います。

どうしてもやらせ感・やらされ感の漂う仕事ですが、「ステークホルダーに対する言行を一致させ、誇りを持って堂々と接することのできる会社に近づける仕事」と捉えて取り組まれると、やりがいのある仕事になるのではないかと思っています。



法務の仕事とは何か

 
ビジネス法務1月号の巻頭に、野村晋右先生が「新しく弁護士・法務部員になられる方々へ」と題した文章を寄せられています。

ビジネス法務 2011年 01月号


弁護士・法務部員は決して主役にはなれないし、なってはいけないということだ。「結果を受けとめる」のは依頼者だから、あくまでも依頼者が主役で、それを助ける、いわばサポーティングアクターであることの自覚である。したがって、一見して矛盾等する依頼者の言動に対して批判的に接するのでなく、そこに本当の悩みを見出すための努力が必要となってくる。
最終的に依頼者の支持を仰ぐことを、企業法務では、しばしば「経営判断」と言われているが、安易に「経営判断」に逃げ込んではいけない。(略)最終的に経営判断に委ねるにしても、事実関係を十分に調査しそれをベースに、法的分析・検討をギリギリまで進めること、そして、できる限り選択肢を狭くしかつ選択の材料を簡潔に判断者に対して提示することが重要である。

現場の営業担当者であれ、経営者であれ、みんな色々な悩みを抱えて相談に来ます。

  1. その悩みの中身を根気よく確認し(ファクトファインディング)、
  2. 確実な専門知識をもって法律上できることとできないことのフィルタリングをした上で、
  3. 「あなたの悩みを解決するための選択肢とその判断のポイントはここにあるんですよ」と論理的にかつ分かりやすく説明し、
  4. 迷いなく決断させて差し上げる

それが法務の仕事。

経験が豊かな法務パーソンだと、決断の選択肢を絞った上で「過去似たような案件で、こんなふうにしたらうまくいきましたよ」なんて付加的な情報提供をすることで、更に喜ばれたりもします。

しかし、サポーティングアクターには、それ以上でしゃばらない謙虚さも必要。1〜3をすっ飛ばして経験だけで「それは無理」「こうすべきである」とやっている法務パーソンには、いつか指名付きの相談は来なくなります。申請ベースの契約書レビューだけこなし、悩みを相談されない法務パーソンには、存在価値はありません。

折にふれてこの野村先生の言葉を読み直し、自分を戒めていきたいです。


企業が法科大学院卒業生を採用しない理由をもう少し丁寧に考えてみた


先週発表された社団法人商事法務研究会の調査によれば、「法科大学院修了者を弁護士資格がなくても採用する」意志のある企業は83/1035社(P8)だそう。給費制廃止に追い打ちをかけるような、法科大学院生にはなかなかショッキングな数字です。

問題は企業が採用しない理由がどこにあるのかということ。とかく「勉強ばかりでビジネスを知らないから」と簡単に片付けられてしまいがちですが、そもそも法務の仕事・役割とは何なのかという視点に立ち返って、もう少しその理由を丁寧に考えてみたいと思います

ろじゃあさんの法務スタッフの心情シリーズを読んで−“顧客”の期待と経営者とをつなぐ法務マンの役割(企業法務マンサバイバル)
従業員・お客様・投資家というステークホルダー全員から、支持と信頼を得られる絶妙なバランスポイントを見つけ、会社の舵をとる仕事。それが経営者。
その経営者に対し、ステークホルダー全員=“顧客”の期待を通訳し、理想的なバランスポイントはここであると提言することで、経営者の舵取りを支える仕事、それが法務なのではないか。

法務の仕事・役割とは何か。私の中ではこのエントリで出した自分なりの答えから変化はないのですが、少し抽象的なので、今月のBLJの緊急企画“新司法試験合格者vs法務部長 就職座談会”でのケーススタディ「緊急案件にいかに対応するか」の一節を引用して、契約検討という実務的なシチュエーションに置き換えてみましょう。

BUSINESS LAW JOURNAL 2010年 12月号


営業マンからの電話
「明日、英国のサプライヤーが急遽来日します。サプライヤーの製品の日本における独占的な販売権を得るために、これまで交渉してきたのですが、先方が日本で交渉の詰めをおこないたいと言ってきています。(中略)これから、その契約書式をメールで送るので、大至急、問題がないかどうか、コメントをいただけませんか。最短で、明日の夕方には調印する予定でいます。」
<あなたの置かれている状況>
送られてきた契約書は署名欄を含め、英文で3頁ほど。読みこなせない分量ではない。(後略)
調印したらまずそうだというところは皆さん感覚的に分かったみたいですね。問題はそこでどう説得するかですが、一番いいのはリスクを挙げて、それに対して準備出来ているんですか、と問うことです。例えば、まず契約の準拠法はどこでしょうか。英国企業の作った契約ですから、おそらく英国法で、裁判管轄もイギリスの裁判所でしょう。さらに、英国法で「独占的販売権」といっても大まかに三種類くらいあって、それぞれリスクも違ってくるのですが、どれのことを言っているのでしょうか。それに、そもそも英国企業の契約書が3枚なんてあり得ません。こうしてリスクを挙げてみせると「それでも契約します」と言えるほど肝の据わった営業マンはまずいないでしょう。だから法務には、何がリスクかという点について、契約書に書かれていないことも含めて指摘し、きちんと説明できる知識と能力が必要なのです。

ここでいう“契約書に書かれていないこと”がどうやったら見出せるようになるのか。私は、様々なステークホルダーの視点に立って、そのステークホルダーの利害すべてを検討することにそのコツがあると思っています。契約に書かれた約束を、自社の利害という視点はもちろんのこと、相手方さらには株主の利害をも代表する視点でも検討し、その人たちの利害が過度に損なわれるような“アンバランスさ”や“隙”のある約束となっていないかを確認することでリスクをもれなく洗い出す作業、それが契約検討という法務の仕事だと思います。

企業が法科大学院卒業生の採用に不安を覚えるのは、法科大学院の教育ではこのような「契約書に書かれていないことも含めて指摘し、きちんと説明できる知識と能力」が身につくとは思えない、という点にあるのではないでしょうか。それがないままに法律の専門知識だけ学んでこられるぐらいなら、学部卒の若いうちに採用してビジネスの世界で揉んで育てたほうがマシ、とすら思われているフシすらあります。

たくさんの新司法試験合格者、さらにそれに不合格となってしまった法科大学院卒業生を企業法務で採用せよというなら、授業や司法修習において、ステークホルダーの視点からリスクを指摘し説明できるようにする知識と能力も身につけさせることが必要なのだと思います。

日本の法律事務所が中国に進出する理由

 
ちょっと前まで、日本の法律事務所で中国案件の相談をと思えば旧キャスト糸賀か旧アンダーソン毛利、そして労働法であれば高井先生ぐらいしか思い浮かびませんでした。それがいつの間にか、森・濱田松本/西村あさひ/TMIをはじめとする大手事務所、そして中堅事務所までもが中国本土に事務所を構えるなど、日本の法律事務所の中国進出が目立っています。

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いくら中国が経済成長著しいとはいえ、なんで皆さんこぞって事務所まで構えるのだろう?と思っていたのですが、ビジネス法務の10月号に曾我・瓜生・糸賀法律事務所の代表弁護士である曾我貴志先生が「中国における中国律師と日本弁護士の使い分け」と題する記事で、その種あかしをしてくださっていました。

ビジネス法務 2010年 10月号


法務的にこれを説明するとすれば、成文法国であり漢字という共通手段を使用する国の法律は日本法と近接していること、およびドキュメンテーション言語が英語であることがむしろ例外であり日本語と中国語の両文方式が採用されていること、の二点が主たる原因となっているということができる。これらの要因により、中国は、日系法律事務所にとって、(弁護士を大量生産し外国に輸出している)英米資本に対抗しうるほとんど唯一の市場となっているのである。

なるほど。“言葉”を武器にする弁護士という職業ならではの視点で、「漢字を知っている日本人弁護士は、中国において英米人弁護士よりアドバンテージがある」と踏んでの進出なわけですね。納得です。

そういえば、私も半年1年位前、同じように「漢字が分かるんだからすぐできるようになるだろう」と思って中国語に手を出したんですけど、読めはしても喋れるようになる可能性はまったく感じなかったです・・・。
 

【雑誌】BUSINESS LAW JOURNAL No.31 10月号 ― 採用選考に落ちるべくして落ちる法務パーソンとならないための5つのポイント


今月のBLJは、「人材流動化時代の法務キャリア」。キャリアで悩んでいない法務の方なんていないと思われ、皆さんのハートにグサっとささる記事ばかりのはず。

で実は、私も匿名で特集のどこかに登場させていただいてたりします。読んで分かったらすごい。

BUSINESS LAW JOURNAL (ビジネスロー・ジャーナル) 2010年 10月号


特に読んで即効性が高そうなのは、p39からの「採用担当者はここを見る!」(念のため、このコーナーには私tacは出ておりません)。BLJ編集部さんのネットワークでかき集めた生々しい“企業が法務担当者を採る時の目線”が描かれています。以下、記事中の採用担当者コメントを引用させていただきながら、私が特に大切と思う切り口に再整理して5つにまとめてみましたので、本誌と併せご参考になさって下さい。


ポイント1:転職回数は重ねるな

まずは転職回数について。
許容範囲は3回までです。(略)転職を繰り返す人は変な自信があったり協調性に欠けていたり、こらえ性がないのではと感じてしまいます。
これは現実。同感です。自分自身がそうならないように気をつけないと。


ポイント2:本流の法務たれ、そうでなければ語れる専門性を磨け

評価される「法務担当」とそうでない「法務担当」の範囲について。
法務部は別にあって、本人は事業部門の法務担当に過ぎないというパターンがよくあります。このような立場はやはり社内の主流ではなくあくまで“出城”なので(略)それなりの経験しか積んでいないという評価になります。
出城とは手厳しいですが確かに・・・。業務上そういう立場で法務をやらざるを得なかった方は、個人的に問題意識を持って研究した専門的法分野をアピールしないと、評価されにくいのは事実かもしれません。


ポイント3:関わった案件それ自体の大きさはアピールするな

続いて経験アピールの仕方についていくつか。まずはM&Aなど、関わった案件の大きさをアピールすると・・・
どのような関与か詳しく聞くと、実際は最初の簡単な秘密保持しか関わっていないことが分かったり(略)自分を大きく見せようとしているわけです。
自分がこういうアピールしたことがあるので身につまされます(汗)。だいたいM&Aなんて自分ひとりでできるわけもないですし、弁護士事務所を担ぐケースが殆どであって、冷静に考えれば自慢になりません。関わった案件のone of themとして職歴書にそっと書いておいて、面接官から聞かれたら「デューデリでどんな視点をもって相手企業をチェックしていたか」ということでも具体性をもって語れればそれで十分、むしろそれ位に留めておいた方が得策かと思います。


ポイント4:数・量よりも守備範囲の広さを語れ

では「契約件数年間◯百件」という数・量のアピールは?
稼働日数が年間200日として、私の感覚では打ち合わせや修正を含めて1日3件はきついはずです。どんな契約か聞くと、ひな形どおりで修正のない取引基本契約であったり(略)数字でこけおどしをしようとしているのだなと判断してしまいます。
数字のこけおどしにならないようにするためには、ひな形系とオーダーメイド系を分け、かつ契約種別を分けてアピールされてはどうかと思います。そうやって経験している範囲の広さは伝えておいたほうが、企業が求める専門性との重なりも見出しやすいというものです。


ポイント5:あえてノーガードで行け

さてさて、ありがちなパターンとはいえ、こんなにダメ出し・タブーばかり列挙されると、一体どうしたらいいのか困っちゃいますね(笑)。そんなあなたに私からのアドバイスがあるとすれば、アピールではなくあえてノーガードで行け、ということでしょうか。

ノーガードとはつまり、自己紹介や職務経歴において、わざと聞きたくなるところ、ツッコミどころを用意しておくということです。この特集の最後でも
法務に求められるのはあくまで代理人としての能力、つまり依頼者の業務をすぐに理解する感度とニーズを引き出すコミュニケーション能力だと思います
と述べられているように、面接官は(他の職種以上に)現場とのコミュニケーション能力を測ろうとします。その場に応じた当意即妙なやりとりができるかを見ようとしている相手に対して、質問の余地・隙がない自己紹介や職務アピールをしたのでは会話も弾みようもなく、「あの人、現場とうまくやれる感じがしないね」で選考脱落です。


蛇足ながら、法務の基礎知識を確かめる質問をクリアできるだけの勉強も、ちゃんとしておきましょう。私だったらいくらコミュニケーション能力高くても、民商法や会社法を身につけて無い人は、採用しませんから。
 

【本】トレードオフ ― 上質な人材と手軽な人材、あなたはどっち?

 
全ビジネスパーソン必読。そして全ビジネスパーソンが読み終わった後自問自答すること必至。

トレードオフ―上質をとるか、手軽をとるか


DVD宅配レンタルで成長著しいネットフリックスの取材で著者が耳にしたアイデア
人々は上質さと手軽さを引き比べてどちらか一方を選ぶ
にインスピレーションを得て、「“上質”と“手軽”のどちらかに強みを絞って極めれば成功するが、その両方をいいところどりした“幻影”を目指すと、“不毛地帯”に陥って失敗する」という、これまでの経営戦略のセオリーに対する大胆な逆説を提示し、数々のビジネス実例を基にその証明を試みる本。

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「“上質”か“手軽”かの二者択一で戦え、どちらかは捨てろ」なんて、随分短絡的なものの見方・言い方だなあと眉に唾しながら読み始めた私も、分析対象として取り上げられている商品・サービスの数々がiPhone・キンドル・Palm・スターバックス・COACH・ティファニー・フェデックス・シンガポール航空etcといった、まさに自分が顧客として体験してきているものばかりだったために、顧客視点で共感できる点が多く、読了時にはもうこのフレームワークのシンパになってしまいました。

しかし、このフレームワークを私たち自身に当てはめた途端、こんな恐ろしい・キツいメッセージに変わってしまうとは・・・。
「理想的な」働き手とは、いわゆる「質の高い」人材である。ところがそういう人材は見つけるのが難しい。つまりは手軽に集めることはできないのだ。たいていは、長い時間をかけて探したり、面接をしたりしないと発掘できない。そのうえ、入社してもらうにも、つなぎとめておくにも、相場よりも高い報酬が必要になる。他方、「現実的な」働き手とは、すぐに勤務を始められる人材である。雇用主が望みそうな技能をすべて備えていなくても、「十分な」見込みがあって、人手不足の折りにすぐに空きポストを埋める人材がいれば、採用する側のマネジャーからもおおむね感謝されるものだ。(P35)
誰もがどこかの分野で上質の頂点をきわめられるわけではない。その場合は手軽さをきわめようとするのが賢明だろう。街で最も腕利きの不動産業者になれないなら、手軽で一番を狙うのだ。テキストメッセージによる問い合わせに即答する。不動産を売却したい人々に気楽に利用してもらうためにあらゆる方策を尽くす。競争に勝つために手数料を下げて手軽度を高める……。とにかく手軽をきわめるために打てる手をすべて打つのだ。(略)
世の中で活躍著しい人々は、上質または手軽のどちらかをきわめているものだ。不毛地帯でくすぶっていたのでは、キャリアの見通しは非常に暗いと言わざるをえない。(P260)

法務パーソンとして、これまでの仕事っぷりが上質じゃなかったとは認めたくありません。でも、ユーザー(雇用主である会社、相談してくれる従業員)が無資格法務パーソンの私に“上質さ”を求めていたのか?と考えると、そこはかなり疑問です。実際に自分が評価されてきた数少ない(笑)シーンを振り返ると、弁護士とは違う“手軽さ”をきわめたところで喜ばれてきたんだろうなあ、正直なところ。

そういえば、ワールドカップサッカーを見ていた方は、田中マルクス闘莉王が「下手は下手なりにやり方がある」と何度も言っていたのを覚えていらっしゃるかもしれませんが、これも同じことを言っていたのでしょう。上質なサッカーを目指すことを捨て、手軽なサッカーに徹したからこそ、強豪とあそこまで戦えたのだと。

私なりの“手軽さ”のきわめ方を、立ち止まって考えてみる必要を感じています。
 
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