採用選考において、「過去自分が起こしてしまった都合の悪いことは隠して入社したい」という応募者のプライバシー権と、「キャリアが優秀なだけでなく人物にも問題のない人材を採用し、安全な職場を作りたい」という企業のセンシティブ情報収集権とが衝突する場面があります。
特に、応募者が犯罪歴、懲戒歴、既往歴(病歴)等のセンシティブな情報をプライバシー権を楯にして隠している場合に、企業として調査をどこまで行うことができるのか、非常に悩ましいケースもあるでしょう。

この問題に関し、突然ですがケーススタディを1問出題してみたいと思います。腕に覚えのある採用責任者・担当者/法務の方は、是非チャレンジしてみてください。
ケーススタディ
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特に、応募者が犯罪歴、懲戒歴、既往歴(病歴)等のセンシティブな情報をプライバシー権を楯にして隠している場合に、企業として調査をどこまで行うことができるのか、非常に悩ましいケースもあるでしょう。

この問題に関し、突然ですがケーススタディを1問出題してみたいと思います。腕に覚えのある採用責任者・担当者/法務の方は、是非チャレンジしてみてください。
ケーススタディ
あなたはX株式会社の採用責任者です。
あなたの会社の採用選考に、いわゆる前歴(判決までいかない逮捕歴等)のあるAさんが応募してきました。もちろん、自分から「前歴がある」なんてことを言う人はそうそういません。そしてあなたも、一流企業に長く就業した経験もあり人の良さそうなAさんの過去に、そんなことがあるとはまったく知りませんでした。
ところが、「もしかしたらAさん、TwitterとかFacebookとかやってないかな」と興味本位でGoogleで検索してみたところ、ヒットしてしまったのです。とある掲示版に貼りつけられた、7月頃の痴漢事件の実名報道が・・・。
Aさんはすでにトップクラスの評価で2次面接を通過し、明日確認程度の役員面接が予定され、明後日にも正式に内定を出そうとしていた矢先でした。今一度応募書類を見直すと、「7月 会社の業績不振のため将来に不安を感じ退職」と記載されています。偶然でしょうか、報道されている事件の時期とも重なっています。
さあ、あなたは採用担当者として、このあとどのようにこのAさんに対処しますか?
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曖昧にされ続けてきた採用選考での「センシティブ情報」の取扱い
日本でもSNSを使った応募者のバックグラウンドチェックが行われていること、そしてその問題点については、このブログでも何度か取り上げてきました。お読み頂いた方はおわかりになっているかもしれませんが、本来の目的外で利用されるという点で抵抗感はあるにせよ、私はバックグラウンドチェックにSNSを用いることは、SNSに本人が不特定多数に積極的に情報を公開をしているという点からも、違法ではないという見解です(ドイツでは違法になる可能性が出てきているというニュースは気になるところです)。
一方で、このケーススタディで出てくるような、本人が企図しない形でネット上で広まった犯罪歴や病歴といったセンシティブ情報は、応募者という立場の本人にとっては企業にもっとも知られたくないプライバシーにかかわる情報です。このような情報を、採用選考に利用していいのでしょうか?

こんな悩ましい質問に対し、行政が出している文書・ガイドラインではどうなっているかというと、職業安定法とそれに基づく告示を根拠に「職務遂行能力の判断に関係のない情報は収集してはならない」の一点ばりで、法的論点にはほとんど踏み込んでいません。
▼『採用と人権』(東京都産業労働局 雇用就業部)
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日本でもSNSを使った応募者のバックグラウンドチェックが行われていること、そしてその問題点については、このブログでも何度か取り上げてきました。お読み頂いた方はおわかりになっているかもしれませんが、本来の目的外で利用されるという点で抵抗感はあるにせよ、私はバックグラウンドチェックにSNSを用いることは、SNSに本人が不特定多数に積極的に情報を公開をしているという点からも、違法ではないという見解です(ドイツでは違法になる可能性が出てきているというニュースは気になるところです)。
一方で、このケーススタディで出てくるような、本人が企図しない形でネット上で広まった犯罪歴や病歴といったセンシティブ情報は、応募者という立場の本人にとっては企業にもっとも知られたくないプライバシーにかかわる情報です。このような情報を、採用選考に利用していいのでしょうか?

こんな悩ましい質問に対し、行政が出している文書・ガイドラインではどうなっているかというと、職業安定法とそれに基づく告示を根拠に「職務遂行能力の判断に関係のない情報は収集してはならない」の一点ばりで、法的論点にはほとんど踏み込んでいません。
▼『採用と人権』(東京都産業労働局 雇用就業部)
戸籍謄(抄)本や本籍・家族の職業などを書かせる社用紙・エントリーシートは、絶対に提出させてはいけません。求人票等には採用条件や労働条件等を明示してください。職務遂行上必要な適性と能力に関係のない応募要件は記載しないでください。(P63)
面接において、家庭環境、思想などを聞きだしてはいけません。(P72)
採用選考を目的とした、画一的な健康診断を実施してはいけません。(P79)
採用に関する身元調査は絶対にしないでください。(P81)
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なかなか世には出ない貴重な実務家の検討結果があった
プライバシーの問題となると及び腰になるのか、実務家がこの論点に具体的に踏み込んだ論考もあまり多くありません。そのため、私も実務でこのような事例に出くわすたびに、個別に検討せざるをえない状況にありました。
そんな折、経営法曹研究会の第64回労働法実務研究会にて「経営権による労働者の人権・プライバシー等の制約の限界」と題するセミナーがあったとの情報を濱口先生のブログで知り、早速資料を入手しました。

この会報では、東京の弁護士2名・福岡の弁護士1名の3名による講演・パネルディスカッションの様子を書き起こす形でまとめて下さっています。一般には販売されていない雑誌ですので名前は差し控えますが、その三名の弁護士見解は「配慮は必要だが、経営側としての情報収集権がプライバシー権よりも優位すると考えてもいい場面は、一般に考えられているよりもっと広く捉えてもいいのではないか。」という大胆な論旨でした。
参考までに、概要を以下に抜粋してまとめておきます。
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プライバシーの問題となると及び腰になるのか、実務家がこの論点に具体的に踏み込んだ論考もあまり多くありません。そのため、私も実務でこのような事例に出くわすたびに、個別に検討せざるをえない状況にありました。
そんな折、経営法曹研究会の第64回労働法実務研究会にて「経営権による労働者の人権・プライバシー等の制約の限界」と題するセミナーがあったとの情報を濱口先生のブログで知り、早速資料を入手しました。

この会報では、東京の弁護士2名・福岡の弁護士1名の3名による講演・パネルディスカッションの様子を書き起こす形でまとめて下さっています。一般には販売されていない雑誌ですので名前は差し控えますが、その三名の弁護士見解は「配慮は必要だが、経営側としての情報収集権がプライバシー権よりも優位すると考えてもいい場面は、一般に考えられているよりもっと広く捉えてもいいのではないか。」という大胆な論旨でした。
参考までに、概要を以下に抜粋してまとめておきます。
■収集する情報による違法性の検討
1)適格性関連情報:成績、志望動機など
→採用選考に必要不可欠な情報であり、当然収集は合法。
2)人格関連情報 :思想、人生観など
→幹部候補生であれば情報収集権が優位し、収集も合法。
ex三菱樹脂事件
3)周囲周辺情報 :家族関係、精神状態、負債状況など
→プライバシー権が優位するので収集は違法。ただし「家族」は
配転命令との関係で、また「精神状態」は安全配慮義務との関
係で、情報収集権が優位に働く可能性も。
■情報収集の手段についての違法性検討
a)新聞/雑誌の検索
→公刊物によるものであればまったく問題がない。
b)調査会社への依頼
→グレーゾーンに近い手段を使っている場合もあり、「なぜこん
なことがわかったのか」ということが問題になる可能性があ
る。従い調査会社の成果物の利用については慎重な配慮が必
要。
c)弁護士照会
→合法だが、使い方を間違えると、照会をかけた弁護士または答
えてしまった方が責任を問われる。
ex最高裁昭和56年4月14日判決京都市前科照会事件
d)自己申告(履歴書への記載・面接での質問)
→応募者の自由意志に基づいて行わせるものであれば合法。
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企業の情報収集権が応募者のプライバシー権を凌駕しはじめる日
企業の採用選考において、プライバシー権はどこまで尊重されるべきか。犯罪歴や病歴などの採用選考上気にならざるを得ないセンシティブ情報についても、プライバシー権を優先しなければならないのか。
私の意見は、過去このブログでも何度かまとめて述べてきました(下記リンク参照)。その観点から言わせていただくと、情報収集手段として前ページ弁護士見解のb)の調査会社を使って応募者を身辺調査するのは探偵業法上問題があると思っていますし、前ページd)の「自己申告を任意で行う」というのも、任意とはいえ拒否したら落選は目に見えているわけで、事実上強制開示になりますよねぇ・・・などなど、突っ込みたくなる点も多々あります。
▼法律上、採用面接で聞いてはいけないコト
▼採用選考において企業が探偵・興信所の調査結果を用いて合否を判断することは違法とならないのか?
しかし、私見ながら、最近ではSNSを中心としたネットワークの力によって個人が起業や雇用の機会を手にしている一方で、企業は経営環境と労働市場の変化に対応しきれず苦難しており「企業は常に労働者よりも強い(だから労働者は守られるべき)」という旧来からの構図は、崩れつつあるように思います。
このようなことを踏まえると、先に紹介した弁護士お三方の見解にもあるような応募者のプライバシー権よりも、企業の情報収集権が優先されるべき場面が増えていくかもしれない、そう思いはじめています。
企業の採用選考において、プライバシー権はどこまで尊重されるべきか。犯罪歴や病歴などの採用選考上気にならざるを得ないセンシティブ情報についても、プライバシー権を優先しなければならないのか。
私の意見は、過去このブログでも何度かまとめて述べてきました(下記リンク参照)。その観点から言わせていただくと、情報収集手段として前ページ弁護士見解のb)の調査会社を使って応募者を身辺調査するのは探偵業法上問題があると思っていますし、前ページd)の「自己申告を任意で行う」というのも、任意とはいえ拒否したら落選は目に見えているわけで、事実上強制開示になりますよねぇ・・・などなど、突っ込みたくなる点も多々あります。
▼法律上、採用面接で聞いてはいけないコト
▼採用選考において企業が探偵・興信所の調査結果を用いて合否を判断することは違法とならないのか?
しかし、私見ながら、最近ではSNSを中心としたネットワークの力によって個人が起業や雇用の機会を手にしている一方で、企業は経営環境と労働市場の変化に対応しきれず苦難しており「企業は常に労働者よりも強い(だから労働者は守られるべき)」という旧来からの構図は、崩れつつあるように思います。
このようなことを踏まえると、先に紹介した弁護士お三方の見解にもあるような応募者のプライバシー権よりも、企業の情報収集権が優先されるべき場面が増えていくかもしれない、そう思いはじめています。