企業法務マンサバイバル

ビジネス法務に関する本・トピックのご紹介を通して、サバイバルな時代を生きる皆様に貢献するブログ。

投資契約

【本】『種類株式ハンドブック』― 種類株式にウブなぼくらのAtoZ

 
この数年で、法律実務雑誌やウェブ媒体で取り上げられる頻度が高まっている契約類型の一つが、投資契約です。

2015年以降は特に顕著で、「旬刊商事法務」のNo.2087, 2126, 2128、「ビジネスロー・ジャーナル」のNo.103-105で投資契約に特化した記事がそれぞれ掲載され、弊ブログでもいくつか記事をアップするようになりました。

最近では「ビジネス法務」の2017年11月号の特集が、またウェブ記事では「BUSINESS LAWYERS」で柴田堅太郎先生が契約交渉の目線での解説を連載されていました。


BL201709140910


こうして雑誌やウェブ媒体で投資契約が取り上げられ、そのたびに読者に喜ばれているのも、それまで日本では種類株式を使った資金調達があまり使われてこなかったところ、スタートアップ投資ブームが本格化し、実務家のニーズが高まったからなのでしょう。

この急な種類株式ブームの高まりに骨太な法律系出版社からの文献の刊行も追いついていなかったところ、この度、実務書の王様ともいうべき商事法務「ハンドブック」シリーズが照準を合わせてきたというわけです。


種類株式ハンドブック
太田 洋・松尾拓也
商事法務
2017-09-13



ベンチャー企業への投資契約だけでなく、同族オーナー系中小企業の事業承継の場面や、役職員への株式インセンティブ付与、シャープのような不振に陥ってしまった大企業の資金調達など、用途が多岐に渡り法律上の論点も多いのがこの種類株式。これをいかに分かりやすく整理できるかが(ベンチャー起業家だけが読者ではないだけに)法律実務書としての真価が問われるところですが、この目次建てを見た瞬間、ああなるほど!と合点しました。

第喫圈“鷯緇豌饉劼用いる種類株式 
 第1章 概 説
 第2章 事業承継で用いる種類株式
 第3章 合弁会社で用いる種類株式
 第4章 ベンチャー企業(スタートアップ企業)の種類株式

第曲圈‐緇豌饉劼用いる種類株式 
 第1章 概 説
 第2章 IPO時の種類株式
 第3章 上場後の種類株式その1―元本償還権付・譲渡制限議決権株式
 第4章 上場後の種類株式その2―上場無議決権株式
 第5章 上場後の種類株式その3―トラッキング・ストック
 第6章 上場後の種類株式その4―株式報酬型の種類株式
 第7章 上場後の種類株式その5―不振企業の資金調達時の種類株式
 第8章 上場後の種類株式その6―拒否権付種類株式

つまり、ユーザーたる企業のステータスが非上場であるか上場であるかによって、種類株式の使い道や発行規制の内容が自ずと決まるわけで、これに合わせて解説すれば分かりやすくなるに決まってますねと。確かに。


上場前の種類株式に関しては、やはりベンチャー企業向けのものが私にとって身近だっただけに熟読してしまいましたが、株主間の利害調整と適切な投資インセンティブに種類株式がどう貢献するのかといった基本的な意味・意義から解説してくださっていて、投資契約の実務経験がない方にも読みやすい内容になっています。

IMG_9694


また、上場後の種類株式発行については、
・トヨタ AA型種類株式
・伊藤園 第1種優先株式
・ソニー SCNトラッキングストック
・シャープ A種種類株式
といった日本においてまだ少ない実際の定款規定事例を丹念に収集しながら、メリットと問題点を論じています。

このあたり、私は経験もなければ正直に申し上げて興味も薄かったところですが、一昨年からのコーポレートガバナンスコードの文脈から、

我が国上場企業としては、自らの持続的な成長と中長期的な企業価値向上のためにはどのような資本構成ないし株主構成が最適であるかにつき、トヨタのAA型種類株式などのも参考に主体的に検討した上で、元本償還権付・譲渡制限議決権株式を含む各種の種類株式を活用することも検討していくべきであろう。(P268-269)

との著者意見もあり、この観点でも研究していく必要がありそうです。
 

【本】『ファイナンス法大全(上)〔全訂版〕』― 業法による規制に専門家はどう向き合うべきか


西村あさひ法律事務所の掘越先生・本柳先生よりご恵贈いただきました。ありがとうございます。





14年振りの改訂ということで、金融業界隈の方々はきっと首を長くしてお待ちになっていたのではないでしょうか。金融業界でない新興ベンチャーを転々としている私のような者にとっても、IPOやストックオプションの法務にはじまり近年では投資契約やファンド法などにも関わるようになってきた時代ですので、このあたりの規制を概観できる文献がアップデートされるのは大変ありがたいことです。


IMG_8914


業法の中でも最も法律が複雑に絡み合い、論点も枚挙に暇がないファイナンス分野。しかも本書は、中国・香港・シンガポールといったアジア金融マーケットの法律も出来る限りカバーしようという意気込みと相まって、この上巻だけで1200ページを超えるボリュームとなっています。さすがに各論点の詳細については本書脚注等で引用されるそれぞれの専門書に譲っている部分も少なくありませんが、それがかえって関連規制を概説するための必要最低限の情報量に留める効果をもたらし、その分野の専門書を読んでいても頭に入ってこなかった各法の骨子や規制にいたる背景が、かえって分かりやすく見えてくることと思います。

業法ならではの、明文化されていない監督官庁独自の運用ルールについても、
「筆者らにおいて金融庁に確認したところ、・・・記載が紛らわしかったかもしれないとのことであった」
「・・・を・・・とする方式もいずれも受理されているようである」
といった“実務”に即した言及が随所にあるところなどは、この分野の業法規制とその運用の恣意性に苦しむクライアントに寄り添ってサポートしてきた経験豊富な先生方が書かれていることを感じさせます。


そういった、業法の実務において交わされる当局との対話・対応の積み重ねの重要性について、序章に書かれたこの一節が、私の胸にチクリと刺さりました。

今日金融関連の規制は複雑かつ重層化して金融機関の自由な活動の足かせになっていることは事実であるが、規制そのものを問題視するのではなく、マーケットのニーズを十分に汲み取った予測可能性と実効性を備えた適切な規制であることこそが必要であるとの認識が必要であろう。あるべきファイナンス・ロイヤーの姿勢は、規制と向かい合い、当局との話し合いを積み重ね、あるべき方向と既存の法規制や法理が単純な論理の組立てでは相容れないときに、それを喝破する新たな解釈や論理を構築することであろう。(P14)

私の属する業界内で、とある規制が強化されようという動きが突如発生したときのこと。「自社は巻き込まれたくない」「ここは静かにしていたほうが目をつけられずに済むのでは」という思いから、多くの企業側関係者が当局とは距離を置いた姿勢をとる中で、私の知人が規制当事者の懐に飛び込み、自身が所属する会社のみならず業界団体をも巻き込んで交渉し、時に腹芸も交えながら、業界全体にとってプラスとなる落としどころを引き出していく姿を目の当たりにしました。それはまさに、規制を陰で批難するだけではなく向かい合って喝破していく渉外マンの姿でした。


近年、法務パーソンがそのキャリアを発展的に分岐させる道のひとつとして、ロビイングを含む官公庁や業界団体との渉外業務領域に注目が集まっているように感じています。そういったところに飛び込んで得たい結果を得るためには、情報収集力・人脈力・胆力もさることながら、このような「喝破する新たな解釈や論理を構築」するだけの緻密さを備えなければと、序章の一節に知人の行動を重ねながら考えています。
 

【本】『Venture Deals』― イノベーションのジレンマを破る手法としてのマイノリティ出資

 
米国におけるベンチャー投資の条件交渉の温度感を踏まえた、優先株による投資契約(の前提となるタームシート)の内容とポイントをわかりやすく説明してくれる定番書。その第三版が刊行されました。





第二版との主な差異は、Crowd Fundingの解説が独立の章として加筆された点。glossaryおよび索引にも充実が見られました。本書のウリであるタームシートのサンプルについては、レイアウトが見やすくなった点以外の変更は加えられていませんでした。私がチェックしたところ数字をfill inすべきアンダーバーが消えるなど第二版にはなかった誤植が複数ありましたので、ご利用の際はお気をつけ下さい。


IMG_8043IMG_8042


本書第二版の魅力については、すでに柴田・鈴木・中田法律事務所柴田先生のブログbizlaw_styleや、ビジネスロー・ジャーナル2017年2月号のブックガイド特集P58掲載の安田正修さん寄稿で紹介されているとおりです。私から付け加えるとすれば、たとえば下記引用部のConvertible Debtやvaluation capなどの仕組みの解説部分で見て取れるように、ベンチャー投資に携わったことがない人にもイメージが湧くよう、具体的な数字をあてはめて契約条項の効果・動きを解説しようという姿勢が貫かれているのが、この本のいいところだと思います。

Convertible debt is just that: debt. It's a loan. The loan will convert to equity (preferred stock, usually) at such time as another round is raised. The conversion usually includes some sort of discount on the price to the future round.
For example, assume you raise $500,000 in convertible debt from angels with a 20% discount to the next round, and six months later a VC offers to lead a Series A round of a $1 million investment at $1.00 a share. Your financing will actually be for $1.5 million total, although the VCs will get 1 million Series A shares ($1 million at $1.00 per share) and the angels will get 625,000 Series A shares ($500,000 at $0.80 per share). The discount is appropriate, as your early investors want some reward for investing before the full Series A financing round comes together.
The next economic term is the valuation cap, also known as the cap. The cap is an investor-favorable term that puts a ceiling on the conversion price of the debt. The valuation cap is typically seen only in seed rounds where the investors are concerned that the next round of financing will be at a price that is at a valuation that wouldn't reward them appropriately for taking a risk by investing early in the seed round.
For example, an investor wants to invest $100,000 in a company and thinks that the pre-money valuation of the company is somewhere in the $2 million to $4 million range. The entrepreneur thinks the valuation should be higher. Either way, the investor and the entrepreneur agree to not deal with a valuation negotiation and instead decide to consummate a convertible debt deal with a 20 discount to the next round.

なお、上記引用で紹介されているConvetible Debtに加え、貸金業規制リスクを回避しつつ契約としてのシンプルさも追求したSAFE(Simple Agreement for Future Equity)・KISS(Keep It Simple Securty)といった新しい投資スキームが開発され、実際に取引で利用される事例も目にするようになってきました。これらについて日本語で解説されたものとしては、
・森・濱田松本法律事務所の増島先生が執筆されているStartup Innovators
・TMI綜合法律事務所の3弁護士が執筆されているBizlawInfo
・IT企業でインハウスとしてお勤めの岡本先生が執筆されているJPxSV Startup Lawyer
などは大変参考になります。是非ご覧になってみてください。


米国のみならず、日本でも金融機関でない一般事業会社がコーポレートベンチャーキャピタル(CVC)の機能を企業内に抱え、ベンチャー企業にマイノリティ出資する例は増えています。先日読んだある本には、その理由として、ベンチャー企業への投資を「ゆるやかなアライアンス」または「新規事業の育成」と位置づけ、それによって大企業が陥りがちなイノベーションのジレンマ(既存事業の成功に囚われ破壊的技術にリソースを振り向けられない状況)を回避しようとしているのではないか、と書かれていました。確かに、比較的ベンチャー企業に接点が多い私が見聞きする事例でも、そういった目的で行われるCVC投資は多くなっています。

事業会社の法務パーソンが企業の成長投資に直接的に絡むチャンスは、大が小を食うM&Aのような、職業人生において数回出会うかどうかといった機会にこれまで限定されていました。上記目的で行われるCVCを通じたベンチャー企業へのマイノリティ出資というスタイルが広まれば、従来型の株式の発行・譲渡とは異なる投資スキームに関する知識の必要性も高まることになりそうです。そういった時代の到来を見据えて、今から予習をしておいても損はないものと考えます。
 

【本】『ベンチャー企業の法務AtoZ』― 投資契約のセミナーなんて受講する暇があるわけもない経営者と、彼らを支える投資家たちへ

 
AZX総合法律事務所の雨宮美季先生よりご恵贈いただきました。ありがとうございます。

起業家が会社を興し、人材とお金を集め、成長軌道に乗せるまでに、最低限どのような法律上の手続き・契約書等の文書・社内制度を構築しなければならないか?繰り返されてきたこの問いについて、近年のベンチャー経営の傾向を的確にとらえた上で、経営者サイドにもそれを支援する投資家サイドにも役立つ書籍が初めて誕生したように思います。





“初めて”というのはちょっと言い過ぎのように思われるかもしれませんが、私が本書にそれを感じたのは、類書では見られなかった、第V章の「資金調達、ファイナンスにあたっての注意点」の充実ぶりにあります。投資契約(株式引受契約および株主間契約)について、優先株や新株予約権付社債などの制度設計に関する注意点にも触れながら、経営者と投資家の両視点を踏まえて具体的な交渉のポイントを明示してくれている点です。

IMG_7962

私の理解するところでは、AZX法律事務所さんは基本的にベンチャーの経営者サイドの支援をされていることの方が多いと思います。しかしながら、起業家として成功するためには、リスクを一緒に背負う投資家の存在が不可欠。どちらか一方だけを有利にするということではなく、両者のリスクに関する理解を深めさせそれに基づいた会話(交渉)をきちんと成立させることがまずは必要だという信念のようなものを、本書の端々に感じました。たとえば、投資契約では必ず存在する表明保証条項についての一節より。

表明保証条項の確認は、会社の現状と合致しているかを確認するということになりますが、確認の結果は以下の3つに分かれるのが通常です。
\気靴
異なる事実がある(例:実は商標権を他社に保有されている)
自分ではわからない(例:「訴訟を提起されるおそれがない」か否かは、相手次第なので自分ではわからない)
,呂修里泙泙任茲い任垢、◆↓は手当てが必要です。
「異なる事実がある」ケースは、投資家にこのような事実がある旨を告げて、投資契約の表明保証条項に例外として明記してもらう必要があります。
なお、この場合、起業家側が「商標の問題があるので、この条項は削除してください」と修正を要請する場合がありますが、条項全体を削除してしまうと、当該商標以外の表明保証までなくなってしまうため、通常、投資家は、条項全体の削除には応じてくれません。あくまでもただし書きで例外事項を明記するのが正しい対応方法と言えます。
次に「自分ではわからない」ケースは、「〇〇のおそれがない」という形の規定や、自分以外の取引先、関連会社、株主、役職員の状況に関する規定などでよく生じることがあります。
このような場合は、「発行会社の知る限り」などの文言を追加して、自ら把握している範囲では正しいことを保証するという形に修正するのが一般的です。
これに関して、投資家側から「知り得る限り」に修正するよう求められるケースもあります。これは、会社側として「知りえた=合理的に調査すれば分かった」事項については保証してくださいというものです。
「知る限り」では、知らなければ免責されるのに対して、「知り得る限り」では、知らなかったとしても、知らなったことについて調査不足などの落ち度があった場合には免責されないということになります。
この点、どの程度の調査をするべきかは、対象事項の重要性や調査に要する一般的な費用や時間などを考慮して、発行会社の当時の具体的な状況に即してケースバイケースで判断されるので、多少曖昧な概念といわざるを得ない面があります。
しかし、妥協点としては、「知り得る限り」で妥結しなければならないケースも多いのが実情です。投資家と起業家の双方が上記の意味の違いを理解して、合理的に交渉を進めることが望まれます。

上記引用部の太字部分などは、書籍化にあたってなかなか書きっぷりが悩ましいところだったのではないかと推察します。事業会社がベンチャーに投資することも増えてきた中、こんなスタンスでの投資契約の解説書を待っていたという方は少なくないのではないでしょうか。

また、Q&A形式の書籍というと網羅性に疑問を感じる方もいらっしゃるかと思います。本書のQ&Aのスタイルは、ある法領域に関する解説をはじめるきっかけ・フリとしてのQuestionがあり、Answerではその領域に関する概念を紙面の許す限り体系的に説明するところからスタートする形となっています。上手な講師によるわかりやすいセミナーを紙面で読ませてもらっているような感覚、といったら伝わるでしょうか。本書の主な読者層にはとっつきやすいスタイルだと思いますし、そもそもそういったセミナーを受講する暇などないであろう若手経営者・投資家には、必要なところだけをつまみ食いできるので効率的です。欲をいえば、セミナー的なノリをもっと前面に出したスタイル、たとえばパワポのスライドを各節ごとに出して、それを先生方がセミナー形式でしゃべっている「実況中継シリーズ」的なスタイルにしていただいたら、より本書の親しみやすさが伝わりやすい形になったかもとは思いました。


ベンチャーにおける起業家と投資家の関係や契約交渉のポイントについては、磯崎哲也先生の『起業のエクイティ・ファイナンス』や、最近邦訳がでたばかりのガイ・カワサキ『起業への挑戦』にも一部触れられていましたし、また先般「日々、リーガルプラクティス。」さんが紹介されていた『Venture Deals』も第3版が出るなど、その悩みやノウハウをタイムリーに見聞きできることが増えてきたように思われます。外部関係者も交えて新しいビジネスの立ち上げを支援するという立場である法務として、キャッチアップが欠かせない領域になりつつあることを感じます。
 

投資契約上の「上場努力義務」に法的拘束力を持たせるにはどうすればよいか

 
会社に投資をする以上、なんらかの成果・リターンを求めるのは当然。そのために投資契約や関連して締結する株主間契約に入れられるのが「対象会社/対象会社株主は、2018年◯月を目処として、対象会社の株式を上場すべく最善の努力をする」といった「上場努力義務」条項です。

もちろん、様々な事情や都合そして市場環境もあり、現実に上場にまでこぎつけられる会社というのは星の数ほどある企業の中のほんの一握りに過ぎません。では、契約書上こういった上場努力義務条項があったにもかかわらず上場をしない・させないことは、債務不履行となるのでしょうか?

dow-jones-1458672-640x480


法的拘束力を否定する複数の判例


この点に関し、先日発行された西村あさひ法律事務所M&Aニューズレター2015年9月号で、株主間契約における上場努力・協力義務条項の法的拘束力について争われた東京地裁平成25年2月15日判決(判例タイムス1412号228頁)が解説されていました。

M&Aニューズレター 2015年9月(西村あさひ法律事務所)
本判決は、上場協力義務について、大きく分けて、(1)内容の具体性の欠如、(2)契約の主たる目的との関連性、(3)契約の文言との矛盾の存在を理由として、その法的拘束力を否定し、上場協力義務違反を理由とするXおよびAの請求を棄却しました。
株主間契約に限らず、M&A取引においては、このように、契約締結の時期からいって、合意内容の具体的な特定が困難であることや、当事者のコントロールの及ばない事項であること等を理由に、抽象的な努力義務や協力義務の形で規定を設けることは良くあり、例えば、当局の承認や必要な許認可の取得に向けた義務、対象会社のスタンドアローン化に向けた義務、年金等の人事労務制度の構築に向けた義務等などは、抽象的な努力義務や協力義務の形で規定されることが比較的多いように思われます。
従来の判例(最高裁平成元年 11 月 24 日判決裁判集民事 158 号 181 頁等)では、合意内容が確実性や具体性を欠き、また、合意時点では合意内容の実現に必要な条件等が整っておらず時期尚早というような段階である場合には、その法的拘束力が否定されることが多く、本判決は判例の従前の立場を踏襲したものともいえます。しかし、多大な時間とコストをかけて契約交渉を行う M&A 取引において、当事者が義務として条項化している以上は、その義務の内容が抽象的であるため、義務違反の立証が困難であるといった事情は十分承知の上で、それでもなお相手方を拘束するために規定しているというのが一般的な当事者の意図であり、およそ法的拘束力を有しないという結論は当事者の合理的な期待に合致しないように思われます。

この地裁判決は事例判決の要素が色濃いとはいえ、解説の伊達隆彦先生も述べていらっしゃるように、日本の裁判所は上場努力・協力義務の法的拘束力を認めることにネガティブな様子が伺えます。

文献に見る専門家の見解


実際の投資契約や株主間協定でこういった条項をドラフティング・レビューする立場の私たち企業法務パーソンとしては、契約に規定する以上上場努力・協力義務条項の法的拘束力が認められるための基準ははっきりと理解しておきたいところ。特に投資家サイドとなるケースにおいては、起業家側の努力義務に法的拘束力が認められるかはシリアスな問題となります。そこで、そのための基準や考え方を整理した文献がないか探してみたところ、こちらの本に手がかりがありました。




もっとも、努力義務であっても法的拘束力のない紳士協定となるものではなく、たとえば、会社が株式公開をするという方針を完全に撤回したような場合には、株式公開に向けた努力がおよそなされなくなるので、努力義務違反として認められることもあり得ます。この場合、投資家は投資契約上の義務違反があったときには投資家が保有する株式を創業者等は買い取らなければならないという条項があれば、この条項とセットで、努力義務の定めも一定の意義を有することになります。(P257)
株式公開が実施されない理由が、会社において株式公開の基準を形式的にも実質的にも充足するにもかかわらずあえて行わないということであればともかく、努力したにもかかわらず結果として株式公開に至らなかった場合に、個別の事案にもよりますが、株式買取条項が発効されるとなると創業者等にとっては酷といえます。(P257)

やはりケースバイケースと言った書きぶりではありますが、さきほどのニューズレターの結論部よりもやや踏み込んでくださっています。

さらに、同書P257脚注で紹介されている経産省主催の研究会資料を読み込んでみると、買戻条件の設定に関する実例とその分析を踏まえての、適切な買戻条項のあり方が具体的に提言されていました。これはかなり貴重な資料です。

ベンチャー企業の創出・成長に関する研究会 最終報告書(ベンチャー企業の創出・成長に関する研究会)
(i)損益状況、財務状況その他ベンチャー企業の経営状況からみて、株式公開の要件を満たしているにもかかわらず、ベンチャー企業が株式公開をしないことを発動条件とする「努力不足型」と、(ii)ある年月までに株式公開をしなければ自動的に発動条件とする「外形標準型」に分類できる。(i)「努力不足型」を採用するベンチャーキャピタルが多い。

venturekenkyuukai
(P78-79)
各類型の買戻価格設定の実態を踏まえると、今後は、買戻条項の設定に当たって、以下の点に留意すべきであろう。
第一に、2)株式公開が実現されない場合のうち(ii)外形標準型、あるいは、3)ファンド終期が近づいた場合に、その買戻価格を、ベンチャーキャピタルファンドの取得価額(あるいはこれに経過利息を加えた価額)と買戻請求時点での様々な方法による株価評価価額のうち最も高い価格(あるいはベンチャーキャピタルが決定した価格)とすることは、買戻条項の発動がベンチャー企業自身の努力とは関係なく外的環境によって発生するにもかかわらず、その結果のダウンサイドリスクをすべてベンチャー企業側に負わせているという意味で、衡平を逸しているのではないか。
第二に、2)株式公開が実現されない場合((i)努力不足型および(ii)外形標準型)あるいは、3)ファンド終期が近づいた場合に、その買戻価格を、買戻請求時点での様々な方法による株価評価価額のうち最も高い価格(あるいはベンチャーキャピタルが決定した価格)とすることは、結果として、ベンチャーキャピタルファンドの投資回収手段(「出口」)として、他企業への売却をしにくくしているのではないか。(P80-81)
上記の二つの観点を踏まえると、2)株式公開が実現されない場合のうち(ii)外形標準型、あるいは、3)ファンド終期が近づいた場合には、買戻請求時点での様々な方法による株価評価価額を基準としつつ、ベンチャー企業側とベンチャーキャピタルファンド側とが協議をして定めた価格(すなわちその時点での適正価格)で、買戻すこととするべきではないか。また、2)株式公開が実現されない場合のうち(i)努力不足型については、買戻請求時点での様々な方法による株価評価価額を基準としつつベンチャー企業側とベンチャーキャピタルファンド側とが協議をして定めた価格とベンチャーキャピタルファンドの取得価額(あるいはこれに経過利息を加えた価額)のうちいずれか高い価額で買戻すこととすることも考えられるのではないか。(P81)

お役所系文書だけに、かなりまわりくどい言い回しとなっていますが、法的拘束力を持たせることも十分に可能と読める内容です。

まとめ


以上を踏まえて私なりにこの論点を整理すると、
  • 投資契約の買戻条項にリンクさせた上場努力義務の規定は、(判例上その義務の曖昧さから効力が否定されている事例もあるため)条件に具体性を備えることが重要であり、その点に注意すれば定めることには十分に意味がある
  • 努力不足型を採用する場合の条項は、「その財政状態および経営成績等が株式公開のための形式的基準に適合し、幹事証券会社の判断、既公開会社の事例等に照らし公開の準備を開始又は続行できると投資家が判断したにもかかわらず、同ベンチャー企業が株式公開のために必要な準備又は手続きを開始せず、その実現に向けて合理的な努力をしなかった場合」「買戻請求時点での客観的株価評価価額を基準としつつも、原則としては投資家の取得価額に経過利息を加えた価額(すなわち投資家出資額ベース)で買戻す」こととすべき
  • 外形標準型を採用する場合の条項は、「ベンチャー企業が、○年○月○日までに株式公開しない場合」「買戻請求時点での客観的株価評価価額(すなわち時価ベース)で買戻す」こととすべき
という感じでしょうか。

判例を踏まえて、投資家サイドとしてさらに安全を見るならば、外形標準型は採用しないでおくか、または外形標準型と努力不足型のハイブリッド規定にしておいたほうがいいのかも、という感触をもっています。
 

モテないヤツが投資契約にかかわるとロクなことがない

 
フィナンシャルアドバイザーのような職業の方々からすれば、いまさら何を言っているのかという話だと思いますが、投資やM&Aというのはつくづく恋愛や結婚と同じなんだよなと、ようやく身に沁みて理解できるようになりました。

・出会いという偶然 
・互いの相性を確認するコミュニケーション
・本心を探る駆け引き
・告白・プロポーズ
・無償の愛

エンジェル、ベンチャーキャピタル、事業会社の投資部門、機関投資家、政府系ファンド…と、投資家の立ち位置によって、相手=投資先の選び方や結ばれ方の濃さにグラデーションは出るにせよ、結局は男女のソレ(いまどきは非ジェンダーな表現ですが、一般にわかりやすい表現として使用することをご容赦ください)と変わらないというか。

デューデリジェンスのたびに「今回も相手の恥ずかしい部分を晒してやったぜ」と失礼な質問を重ねて悦に浸っていたり、タームシート上で条項ごとにちまちました交渉を重ねて「勝った」「負けた」と一喜一憂したりしているようでは、まとまるものもまとまらなくなるでしょう。法務として経験豊富でも、人としてモテないヤツが投資やM&A案件にかかわってでしゃばると、ロクなことがありません。はい、私を含めてです。

s-IMG_5564

自分の蔵書置き場を見ても無駄に書籍が多い投資・M&Aの分野で、法務パーソンにも歯ごたえのあるようなカッチリとした体系書が少ないのはなんでだろう?と疑問だったのですが、恋愛や結婚においてマニュアルやハウツー本に書かれたテクニックをあてはめようとすることがナンセンスなのと同じだからという気がします。


モテる投資契約(笑)とは何かを教えてくれる文献は、投資を受ける側である起業家の揺れる思いをよく理解している方が書かれたものに絞られます。「理解してから理解される by 7つの習慣(R)」ってやつです。その意味で、やはり磯崎先生のこちらははずせないでしょうし(磯崎先生が全米ベンチャーキャピタル協会契約ひな型について解説されたメルマガシリーズもおすすめ)、




英文ではありますが、以前shibaken_law先生が詳しくご紹介くださっていたこちらなど。




webで読めるものとして、増島先生がまとめて下さっているこちらも参考になります。

Startup Innovators
s-startupinnovators
 

投資やM&A案件をうまくすすめたいなら、こういう文献を読むまでもなく天性の人懐っこさや嫌がられない図々しさを備えた、モテるヤツを前面に出すに限ります。
 

【本】『シリコンバレーの英語 スタートアップ天国のしくみ』― 画一的な雇用契約の終焉、そして投資契約によるAcqui-hire(アクハイヤ)時代の到来に備えて

 
私は最近、ベンチャーキャピタル等に限らず一般企業に所属する法務パーソンであっても、投資契約をレビューする機会が増えていくのではないかと感じているのですが、そんな中にあって、投資契約を理解するための前提知識を学ぶ読み物として紹介したいのがこちら。





本書は、「シリコンバレーのビジネスパーソンは当たり前のように使っているけれども、一般のビジネスパーソンにとっては特殊な用語」を100ワードピックアップし、見開きで1ワードずつ解説するもの。特に法務パーソン向けにアレンジしているわけではないのですが、起業と投資が盛んなシリコンバレーだけに、そうした契約交渉の場面で使われる専門用語がたくさん掲載されています。たとえばこんなもの。

・Bootstrapping
・Vesting cliffs
・Single Trigger Acceleration
・Down Round
・Cap Table
・Burn Rate
・Unicorn
・Pivot
・Iteration
・Vertical
・Acqui-hire
・Perks

こういった用語を日本語でかなり丁寧に、かつ実際の英文記事やスピーチでの使用例とともに紹介してくれます。雑誌のコラムのような筆致で、読み物としても気軽に読める内容になっています。

s-IMG_5544

知っているほうとしては「これくらいの業界用語は当然に君たちも分かるよね?」という態度で(これみよがしに)使ってくるため、こちらから意味を問い質しにくいところがタチが悪いのです。起業文化や投資契約の実務という意味では数歩遅れている日本ですから、こういった言葉もそのままカタカナ英語として輸入されることになりそうですし、今から備えておいても損はないでしょう。そういった機会がすぐには来なくても、この本を読んだ後にTech CrunchやWIREDなどの記事を読むと、視界がクリアになった自分を認識できると思います。


さて、冒頭で私は、「一般企業に所属する法務パーソンであっても、投資契約をレビューする機会が増えていくのではないか」と述べました。その理由として、単純にスタートアップ企業に対する投資意欲が高まっているという点も一つに挙げられるのですが、加えて、企業の人材囲い込みのあり様が変わりつつある点を挙げておきたいと思います。

企業がリスクマネーをスタートアップに投資するのが珍しくなくなったのと同時に、会社をやめて起業する若者や、そもそも就職を一度もせずに学生起業する若者は、この日本でもすでに珍しい人種ではなくなっています。むしろ、優秀で目的意識が明確な人材ほど、企業に属さない=雇用契約的な束縛・隷属を嫌う傾向が強くなっているといっても過言ではありません。実際、企業の人事部の悩みは、(少子化に加えて)そういったイキのいい独立志向の強い若者が、これまでの画一的な「新卒採用=雇用」の枠組みでは確保できない流れが加速しているところにあると聞きます。こうなると、企業が優秀な人材の力を借りようとするときに、その優秀な人材を従業員として「雇用」するのではなく、その人材が起業した会社やチームに対して「出資」をすることで、緩やかに連帯していくことになるのではないかと。

まさにこの本でも紹介されているキーワード"Acqui-hire(アクハイヤ)”に象徴されるように、特に優秀な人材層を中心に、就業規則に基づく雇用契約により画一的な労働力化を図る時代から、その人材・チームと投資契約を結び資本関係に基づく連帯・協働をする時代へと、変わっていく予感がします。
 

ここまでやるか、な表明保証の骨抜き文言

 
ライセンス契約や投資契約等にはつきものの「表明保証」条項ですが、ここまでやるか、と呆れるような骨抜き文言を見かけたのでメモ。

甲は、本契約締結日において、甲が知り得る限り(認識可能であった場合を含むが、軽過失により認識できなかった場合を除く。)において、乙に対し以下の各号を表明及び保証する。ただし、乙による本契約締結の可否判断に影響を与えないものと合理的に判断される軽微な事由については、この限りではない。

ここまで骨抜きに一生懸命になっている姿を見ると、よーやるわ、を通り越して、いっそのこと

以下の事項については、申し訳ないんですが表明保証できません。

って書いてくれた方が男気を感じますね・・・。
 
記事検索
月別アーカイブ
プロフィール

はっしー (Takuji H...