企業法務マンサバイバル

企業法務を中心とした法律に関する本・トピックのご紹介を通して、サバイバルな時代を生きるすべてのビジネスパーソンに貢献するブログ。

秘密保持契約

秘密保持契約と「利用目的」条項

 
そのほとんどが、現場担当者に「とりあえず挨拶代わりに結んでおけばいい」とすら思われ単なるペーパーワークになりがちな契約書である一方で、それをレビューをする法務が手を抜くと怖いことになることもある秘密保持契約について考える不定期シリーズの2回目。

今回は、「利用目的」条項について。
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秘密保持契約では、開示した秘密情報を目的外に利用することを禁止する規定が必ずあります(たまにそれを忘れている契約書を目にすることもあります汗)。そして目的外の利用を禁止する前提として、あらかじめ開示の目的を明確にしておく必要があります。多くの秘密保持契約書のひな形において、その目的がなんであるのかを記載する部分は、頭書とよばれる契約書の冒頭に置かれています。たいていの場合、1行分ぐらいの自由記入欄が用意されていて、そこに現場担当者が適当に契約の目的を書き加え、契約の相手方と調整し、法務がその言い回しを適当にチェックするという流れになります。以下がその記載例で、これは少しふわっとしたあまりよくない書き方の例ですが、実際こういう文言で締結してしまっているケースは少なくありません。

株式会社A(以下「A」という)および株式会社B(以下「B」という)は、X分野における協業の可能性を検討することを目的(以下「本目的」という)として、互いに開示する情報の秘密保持に関し、以下のとおり秘密保持契約(以下「本契約」という)を締結する。
This confidentiality agreement(this "Agreement") is entered into between A, Inc ("A") and B ("B") regarding the confidentiality of the information disclosed to each other for the purpose of considering the possibility of an alliance in the area of X (the "Purpose")


さきほど「現場担当者が適当に書いた」利用目的を「法務が適当にチェックする」と言いました。心ある法務パーソンであれば、適宜ヒアリングを行いながら「利用目的を限定的に書いておかないと、相手方にその情報を本件と全然関係のない目的外の利用をされても、相手に文句言えなくなってしまいますよ」というアドバイスを添えていることでしょう。一方で、現場担当者には多くの場合、将来その取引がどこまで広がるかを想定できない、限定的にせずむしろ広がりを持たせておきたい、といった心理が働きます。その衝突の結果、上記例のようなふわっとした書き方になるケースが散見されるというわけです。

この書き方に関する現場と法務の立場の衝突に関しては、西村あさひ法律事務所森本大介ほか著『秘密保持契約の実務』P21にも、

あまりに広く目的を定めると、受領当事者が当初の想定を超えて自由に受領した情報を使えるようになってしまうし、他方で、あまりに狭く目的を定めると、受領当事者が当初の想定の範囲内で使用したにもかかわらず、意図せず契約違反を犯してしまうことにもなりかねない
秘密保持契約を締結することになった主な取引以外に関連する取引がある場合には、その関連取引についても契約の目的とするか否かを検討する必要がある。たとえば、ある会社の株式を譲り受けるにあたって、株式を譲り受ける前にその会社の資産の一部を第三者に切り出したりすることを株主と一緒に検討するには、(略)「AによるBからのX会社株式の譲受けおよびそのために必要な取引の可能性を検討する目的」と記載するほうが正確
取引スキームが決まっていない場合には、想定される取引スキームが網羅されるような目的を設定する必要がないか検討する必要がある。たとえば、基本的には合併による企業の統合が予定されている場合であっても、デュー・デリジェンスの結果によってはその他のスキームがあり得る場合には、「合併その他の両者の(全部または一部の)統合の可能性を検討する目的」といった目的を定めるほうが正確

といった具合に、悩ましいものの十分な検討が必要なところとして取り上げられています。法務パーソンとしては利用目的はより限定的に記述すべきだとわかっていても、実際に利用目的の書き方が仇となって揉めたリアルな事例がないと、現場担当者を納得させられず、広めの規定ぶりで妥協してしまいがちです。


このような、現場担当者の納得を得たい場面での紹介に適した、利用目的条項の定め方の曖昧さによって生まれるリスクが現実のものとなった事例がないものかと探していたところ、アンダーソン・毛利・友常法律事務所石原坦ほか著『英文契約書レビューに役立つ アメリカ契約実務の基礎』P140‐141に、Martin Marietta Materials, Inc. v. Vulcan Materials Co., No. 254, 2012 (Del. Jul. 12, 2012) が紹介されていました。

この利用目的の解釈がいかに重要であるかを示す例として、M&Aの「Transaction」を目的とした秘密保持契約の条項の解釈をめぐって争いとなった米国デラウェア州最高裁判所の裁判例がある。
過去にMartinとVulcanは、友好的な合併を目指して協議を行っており、その過程において両社は秘密保持契約を締結して情報を開示していた。しかしながら、当該交渉が決裂したため、Martinは、Vulcanに対して、交渉の過程で取得した情報を利用して、敵対的買収を仕掛けたのであった。本件秘密保持契約上は、利用目的として、「solely for the purpose of pursuing and competing the Transaction」と規定されており、この「Transaction」の定義が、「a potential transaction being discussed by Vulcan and Martin」とされていたことから、本件訴訟においては、論点の一つとして、友好的合併のみならず敵対的買収もこの「Transaction」に含まれるか否かが争いとなったのである。

争いとはなったものの、このケースでは最高裁判所が「契約書上は明確ではないが利用目的は友好的な取引のみが含まれる」という原告に寄り添った解釈をし、秘密保持契約違反を理由に敵対的買収を差し止めることができました。結果オーライとはいえ原告法務担当者は冷や汗をかいたんじゃないでしょうか。なおこの事例については、ちょうど2016年末に発行されたばかりの旬刊商事法務No.2121 P70で、龍谷大学今川嘉文教授による判例解説が掲載されていましたので、ご興味あればぜひお読みになることをお勧めします(なお、本稿には本件対策としてのスタンドスティル契約の必要性についても述べられています)。


さて、目的外流用リスクが現実のものとなることがあるのは分かったとして、じゃあ、秘密保持契約書において、具体的に利用目的はどのように規定しておけばいいのか?についてです。

たとえば、先ほど紹介した『秘密保持契約の実務』では、上記Martin v. Vulcan裁判例への具体的な言及はないものの、おそらくこれを意識したであろう記載がありました。

「合併その他の両者の統合の可能性を検討する目的」と定めるのではなく、「合併その他の両者の友好的な統合の可能性を検討する目的」と定めることによって、友好的な統合・買収の検討・交渉の過程で開示を受けた情報を敵対的買収に転用すること(典型的には、買収価格の算定に利用すること)を目的外使用と位置付けることができる。

続く解説に、この文言によっても裁判での差止等の実効性には懸念あり、とノリツッコミのような注意が書かれていましたが、実際、話しているうちにこの相手とは組めないなとなることはあるので、「友好的な検討・交渉・協議のため」と秘密情報の利用目的を限っておくのは、M&Aに限らず多少の意味はあるかもしれません。もちろん、友好or敵対という状態が主観的なものに過ぎず、その立証も難しそうではありますが。

友好的/敵対的M&Aといった特殊な取引でない一般的なケースでの文例としては、宮田正樹著『英文契約書ハンドブック』P64の文例などがちょうどよいかと思いますので、こちらもご紹介しておきます。せめてこの程度の特定・限定が必要になるのではないかと考えます。

This Agreement made for the purpose of setting forth basic matters regarding the maintenance of the confidentiality of Confidential Information (as defined in Article 2) disclosed by either Party to the other Party in connection with to integrate energy saving function into the boiler developed and sold by either Party hereto ("Purpose").

[訳文]
この契約は、いずれかの当事者が開発し販売するボイラーに省エネ機能を組み込むこと(以下「本目的」という)に関して、いずれかの当事者が相手方当事者に対し開示する秘密情報(第2条に定義する)の秘密保持に関する基本的な事項を定めることを目的とする。

そのほか、規定の厳密さと運用のフレキシビリティを両立させるアイデアとして、秘密情報を開示するたびに、開示側当事者が当該個別秘密情報ごとの個別の利用目的を特定・限定して開示するスタイルをとってもいいのでは、と提案したことがあります。しかし、事務的な負担が増加することに対する懸念や、過去にそういったスタイルをとる事例がみられないからか、理解を示してくれたことがほとんどありません。

そういうフィードバックをもらうたびに、そもそも契約書を交わしてまで守らせたい秘密だったのでは?面倒はいやだけど守りたいと言っているその情報って大した秘密じゃないんじゃないか?と思ってしまいますが・・・。
 



英文契約書レビューに役立つ アメリカ契約実務の基礎
石原 坦
レクシスネクシス・ジャパン
2016-10-17


元商社ベテラン法務マンが書いた 英文契約書ハンドブック
宮田 正樹
日本能率協会マネジメントセンター
2016-09-25

【本】『秘密保持契約の実務』― みんなにとってのルーチンワークも書籍化すれば価値がつく


秘密保持契約だけに絞った実務書が、新刊として出版されました。





秘密保持契約ぐらいの締結頻度の高い契約類型となると、多くの会社でなんらかひな形が整備されているでしょうし、交渉が必要となるポイントがかなり限定されていることもあって、契約書起案・検討業務の中でも若手部員向けルーチンワークの代表選手となっているのではないでしょうか。

しかし、いざ他人にこれを教えようとなると、毎日のように見ていたはずの秘密保持契約書の文言に込められた意図を立板に水のようには説明できないこと、そして意外にもそれらのポイントを体系的にまとめて解説してくれている文献が少ないことに気付かされます。求められるたびに、あわてて猪木先生のブログ記事を紹介したり、Business Law Journal等の法律系雑誌のバックナンバー記事にバラバラに掲載されているノウハウを整理した解説用のテキストを作成したり…。「ニーズはあるんだから誰かちゃんとした先生が本として出してくれれば売れるのに」「なんなら自分で出版社に企画を持ち込んじゃおうかな」と思っていましたが、ようやく、西村あさひ法律事務所の先生方が重い腰を上げてくださったというわけです。

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内容については、日本国内企業同士の契約でよく見られる水準の秘密保持契約をベースとして、和英対訳となったサンプル条項を逐条で解説する、奇をてらわないスタンダードな作り。
・秘密情報の例外(受領当事者の独自開発情報、従業員の記憶に無形的に残留した情報など)
・秘密保持義務の例外(役職員やグループ会社への開示、法令等や取引所の処分など)
・秘密情報の複製
・有効期間
・秘密情報の破棄または返還
のような、相手方とバトルになる頻度の高い論点も明示的に取り上げられており、通常業務に困らないだけの網羅性はほぼ担保されていると思います。実際に交渉することは少ないが検討俎上にはあがる契約違反時の違約金・損害賠償額の予定の是非などについても、言及があります。また、秘密保持契約書作成・検討の前提知識であるもののきちんと抑えているかと言われると不安になってしまう平成27年改正不正競争防止法のポイントも、章を独立させて解説してくださっています。

反面、英文の秘密保持契約書に見られるような、マニアック・トリッキーなドラフティング事例がたくさん紹介されているような類の本ではありません。サンプル条項は和英対訳とはなっていますが、あくまで日本語の標準的な条文をそのまま英語訳したものであり、英米法をベースとして活動する企業には受け入れられない可能性が高いと思います。ここは、敢えての割り切りということでしょう。


ともあれ、契約書ひな形集の一部に数ページだけ掲載されているような頼りない秘密保持契約書のサンプルを参考に、不安を覚えながら見よう見まねで修正起案を重ねている人も少なくなかったはずで、本書が売れることは間違いなさそうです。
 

秘密保持契約と「残存情報」条項

 
そのほとんどが、現場担当者に「とりあえず挨拶代わりに結んでおけばいい」とすら思われ単なるペーパーワークになりがちな契約書である一方で、それをレビューをする法務が手を抜くと怖いことになることもある秘密保持契約について考える不定期シリーズ。

本日は、外資系企業を中心に契約書に規定されるケースが増えてきた「残存情報」条項について。


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残存情報(残留情報と表現される場合も多い)条項とは、以下のようなもの。

1 本契約の各当事者は、秘密情報にアクセスしたもしくは秘密情報を取り扱った受領者の従業員等(以下、「取扱従業員等」という。)に、当該取扱従業員等の意志にかかわらず記憶として残存する情報(秘密情報に含まれるアイデア、コンセプト、ノウハウ等を含む。以下、「残存情報」という。)が生じうることを確認する。
2 本契約の各当事者は、残存情報についてはいかなる目的のためにも自由に使用することができ、取扱従業員等の職務を制限もしくは限定する義務、または残存情報を使用した成果について開示者に対価を支払う義務を一切負わない。

初めてこれを見たときは、「そんなのOK出すわけないでしょw」と二つ返事で削除の回答をしたものですが、特に米国企業は、この条項を入れるのに必死になってきます。そしてそれは米国でビジネスをするのが当たり前になっている日本企業も例外ではなく、元キヤノンの伝説の弁理士丸島儀一さんも、その著書『知的財産戦略』でこう述べていらっしゃいます。

知的財産戦略
丸島 儀一
ダイヤモンド社
2011-10-07


(前段でクリーンルーム管理ポリシーでの契約交渉について述べた上で)しかし、ここまでしても完璧に秘密を守れるわけではない。情報を知った人が部屋から出てくるときには頭の中に情報が入っているはずであり、だれにもコントロールできない。そして、頭に入った情報は「目的以外の使用の禁止」にも関係してくる。
秘密情報が自分の知識となった技術者が他の仕事をする際に、この知識を使わないということはありえない。(中略)そこで、頭の中に入ってしまった情報については秘密情報と見なさないという例外条項を設けるように交渉しておくべきなのである。この例外条項が認められなければ、「きちんと管理したにもかかわらず、そこから情報が出てしまうことに関しては免責である」という方向に持っていく。とりわけアメリカなど外国の企業と秘密保持契約を結ぶ場合には、これは欠かせない。

ということで、削除交渉をするにもこちらから入れる交渉をするにも、平行線を辿ることが多い本条項。
実務の落としどころとしては、

ただし、残存情報はメモや音声等記録に残しもしくは再製してはならず、受領者は本契約により認められた場合を除き残存情報に含まれる秘密情報を第三者に漏えいもしくは開示せず、また本条によっても開示者の特許権、著作権およびノウハウを含む知的財産権について受領者にライセンスを付与するものとみなされない。

を追記してお互い矛を収める、といったところでしょうか。


細かいことをいえば、もう二つほどやっておくべきことがあるのですが、それはまたどこかで。
 

外国企業との秘密保持契約における注意義務の水準について、みんな言ってることが違っててワロタ

 
前回の記事を書いた後も、外国企業との秘密保持契約における注意義務の水準についていろいろ調べてるんですが、おなじBLJの過去記事だけみても面白い結果が。


まずはこちら。2013年1月特集「クロスボーダー契約のリスク NDA」の西村あさひ菅尋史先生の記事。

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自己情報と同一の注意義務が規定されている場合、自分のものと同様に大切に扱うという意味に誤解しがちである。しかし、無償寄託の規定(注:民法659条)からも分かるとおり、善管注意義務(with the care of good manager)よりも軽減された義務であるので、開示した秘密情報が受領者にぞんざいに扱われ、漏洩してしまう可能性が大きくなる。なお、英文契約ではreasonable care(合理的な注意義務)がよく用いられるが、善管注意義務に非常に近い意味(ほぼ同義)と考えられる。開示側からすれば、少なくとも、合理的な注意義務または善管注意義務を負わせておくべきである。

英文契約の解説でなぜ日本法の無償寄託の規定を引き合いに出すのかがちょっと解せないですが、いずれにせよ自己情報管理水準ではNGで、reasonable careあたりが落としどころとの解説。


一方で、2011年3月特集「英文秘密保持契約の起案・検討のしかた」の日比谷パーク原秋彦先生の記事がこちら。

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文例1では秘密情報の内容として、

use its commercially reasonable best efforts to cause its directors, officers, employees agents and other representatives to keep confidential

というような一般的な内容を記載するにとどまっているが、社内的にアクセスを許容されるものを限定するというように、努力義務の内容をダメ押し的に記載する例も見受けられる(文例2参照)。

文例2では、

with the same degree of care as it will use with regard to its own confidential information

としていることに違和感を覚える読者もおられるかもしれない。日本の民法上は自己自身のためにする注意義務は「善良な管理者の注意義務」よりも程度の軽いものと一般に理解されているからである。しかし、後者を「the duty of care of a good manger」と直訳したのでは、かえって外国人には意味が通りにくい。英語あるいは英米法での類似の概念「fiduciary duty」(信任関係上の義務)であり、より具体的に表現するとなると上述のように表現することが通例である。

英米法上は自己情報水準がむしろ正しい、との原先生解説。菅先生とまったく逆のことをおっしゃってます。これは・・・。


引き続き、他誌からも探してみたいと思います。みなさまからも情報いただけますと助かります。
 

外国企業との秘密保持契約における注意義務の水準

 
BLJ5月号で、あの『英文ビジネス契約書大辞典』の山本孝夫先生が新しく英文契約書のノウハウについての連載を始められていて、そこで取り上げられていたネタが早速ツボ。





お題は、秘密保持契約や信託契約などにおける相手方の情報・資産を受け取った側(Receiving Party)の注意義務の水準について。先週メンバーの一人にNDAのレクチャーをしていた際、まさに話題にしていたポイントでした。

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山本先生の著作ではおなじみの登場人物「飛鳥凛」が、「ブラック・パンサー社」と秘密保持契約の交渉をするという設定。飛鳥が、

with the due diligence of a prudent merchant
善良なる管理者の注意義務をもって

でドラフティングしたところ、ブラック・パンサー社が「善管注意義務なんて空想にすぎない。第三者の財産の管理に払われる注意義務の水準はおしなべて低いものだ」等々口八丁手八丁の熱弁をふるい、

with regard to its own Confidential Information
自己の情報資産に払う注意義務をもって

と修正カウンターを入れてきて、さあ、飛鳥はこれにどう対抗する・・・?というストーリー展開。

記事の結末はもちろん綺麗な落としどころで終わっているわけですが(ぜひ同誌をご確認ください)、実際のところ、善管注意義務でのドラフティングって、日本国法を準拠法としない外国企業との契約交渉ではすこぶるウケが悪いのは事実ではないでしょうか。それもあって、恥ずかしながら私、相手方がまともな企業という条件付きではあるものの、日本法以外では「自己の〜」の方がむしろスタンダードとどこかで刷り込まれた認識がありまして、

with the same degree of care normally used to protect its own similar Confidential Information
自己の同様の秘密情報に用いるのと同程度の注意義務をもって

ぐらいを落としどころにするのでOKとしていました。はたしてこの思い込みはどこから来たのだろう?と手持ちの英文契約書関連の蔵書を何冊も紐解いたのですが、どこにもそんなことは書いてません(汗)。

それこそ山本先生の『英文ビジネス契約書大辞典』の第一版だったかも、と紐解いてみたのですが、意外なことに、第一版では秘密保持契約書自体が項目として独立してなかったんですねー。一般条項としての秘密保持条項については少し触れられていますけども。それに対して、先月発売の増補改訂版では第8章が一章分まるごと秘密保持契約、内容も今回の連載記事とちゃんと連動したものとなっていました。さすが、大改訂しただけのことはあります。

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英文ビジネス契約書大辞典<増補改訂版>
山本 孝夫
日本経済新聞出版社
2014-02-06



思い込みは怖い・基礎知識の定期的な振り返りは必要、というお話でした。
 

秘密保持契約書は秘密を守ってくれない


「NDAを締結しても、NDAが秘密情報を守ってくれるわけじゃない。」
「本当に守りたい秘密情報を守る最善の方法は、あなたが他社に伝えないことだ。」

ということを現場にスッキリと腹落ちするまで理解してもらえる効果的な方法はないものだろうか、と日頃思っています。

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統計はありませんが、秘密保持契約書(以下NDA)は、あらゆる契約類型の中でもっとも流通数量が多い契約書と推察されます。秘密を開示するか否かにかかわらず、商談に入る際には、まずはNDAを結ぶということを習慣付けている会社もあると聞きますし、どの業界でも、駆け出し法務パーソンが契約書のドラフティングスキルを身につけようという時、まずはNDAから入るのがセオリーともなっているのも、その一つの裏付けと言えるでしょう。

しかし、多少なりとも実務経験のある法務パーソンなら、以下の事実に気付いていらっしゃるはず。

  1. ほとんどのNDAにおいて、「秘密」「CONFIDENTIAL」などの表示を付すいわゆる“マーキング”をした上で情報を相手方に渡さない限り、NDAの守秘義務の対象となる秘密情報として取り扱われない契約条件となっている。
    →しかし世の中では、マーキングをしないまま秘密のやりとりをしてしまっているケースが多いのが実態

  2. NDAは、渡した秘密情報を漏らさないという義務に加え、NDAに記載された“目的”の範囲内でのみ秘密情報を用いてよい(“目的”が終了すれば秘密情報は破棄・返却)という、“目的外利用の禁止”を義務としているところに意義がある。
    →しかし世の中では、目的外利用の禁止義務が意識されておらず、それどころか、「将来の取引にも汎用的に使えた方がお互い便利」という安易な考えから、契約締結時に“目的”をあえて絞りこまずにブロードに書いて結んでしまう“とりあえずNDA”が横行しているのが実態

  3. NDAの相手方に秘密情報を漏らされたり目的外利用をされたところで、それを立証できなければ損害賠償等を請求できないが、それを証明するのは、知っているはずの人間が特定少数でない限り、現実的には困難。
    →しかし世の中では、秘密が広まってしまっても、NDAを結んでいれば相手に賠償してもらえたり漏れた秘密がそれ以上拡散しないようにしてもらえる、と勘違いされているのが実態

こういう実態にみられるような名ばかりNDA文化が蔓延すると、「ひとたび商談先とNDAを結んだ後は、秘密情報は社内にいるのと同様になんでも喋ってよい」という勘違い担当者も蔓延してしまいます。そうなると、形式的にはNDAがあったとしても、実態的には営業秘密の3要件のうちの秘密管理性が認められなくなり、不正競争防止法的にも営業秘密が守れなくなるおそれすらあるでしょう。

このNDAに対する誤解を解くため手段としては、研修ぐらいしか思いつかず、実際そういった研修を入社時等に徹底している会社もあると聞きます。しかし、そんな研修は現場にとってはつまらないこと請け合い。なので、私は心ある現場の方からNDAについての相談をいただくたびに、「NDAを結ぶと、誤った安心感から秘密情報を安易に伝えてしまうだけ。NDAは結ばずに、そして秘密情報は渡さずに商談をする、というのが一番です。」という主旨のことをひたすら説明(というかほぼ説教)し、布教に努めるぐらいしかできていません。いっそのこと、どこかの企業が「マーキングしてないまま渡した秘密を目的外利用されて、数億円規模の訴訟を起こしたが、立証できずに結局負けた」という事例でも作ってくれないかと祈るばかりです。

この問題意識を現場に理解してもらうために効果的な方法があれば、是非ご教示いただきたいところです。


ご参考:

現場の方にも比較的わかり易い言葉で、NDAの重要なポイントを網羅しているネット上の記事として、猪木俊宏先生の下記の記事をご紹介しておきます。

秘密保持契約の実務上の留意点(IGI LAW OFFICE)
 

【雑誌】BUSINESS LAW JOURNAL No.27 6月号 ― 飾りじゃないのよ秘密保持契約は

 
今月のBLJは、秘密保持契約(NDA)特集。

BUSINESS LAW JOURNAL (ビジネスロー・ジャーナル) 2010年 06月号


カッコだけじゃない実効性のあるNDAを目指して知恵を絞る

NDAといえば・・・。

2月の終わりに、秘密漏洩が起こっても損害の立証ができずに結局何も請求できずに終わる、そんな実効性のない秘密保持契約って、どうにか卒業できないものだろうかとふと思い、Twitter上でこんなideaを呟いてみたところ、

そこにeurosellerさんから鋭いコメントが。
うーんなるほど・・・としばし考えた挙句、苦し紛れに、
 なんてことをさらにつぶやいてはみたものの、お互いの秘密の評価額を契約時に見積もるなんて現実的じゃないよねー、という誰もが気づくオチで終了。とはいえ内心では、皆さんどうやってNDAの実効性を高めようとされてるのかな?と引きずっていた部分でした。

そこへきて、さすが本号はNDA特集というだけあり、この点にもう少し踏み込んだこんなideaが披露されていて、参考になりました。
いざ訴訟になった場合、X社がこの因果関係と損害額を立証することは困難を極める。そのため、X社の立場では、あらかじめ因果関係の存在と損害額を推定できるような条項を定めておくのがよい。そこで参考になるのが、特許法に定められている、特許権侵害を理由とした損害賠償請求でのみなし(推定)条項である。
1.X社は、自社の書面による承諾なしに、Y社が秘密情報を漏洩・開示・利用した場合には、Y社に対して、損害賠償請求することができる。
2.前項の場合において、X社が損害賠償として請求出来る損害は、X社の請求時の直前2期の事業年度末の売上高の◯%とみなす

秘密の評価額を契約時に確定させるものでもなく、かと言って、鉛筆ナメナメ思いつきのように数字を入れるのとも少し違う、ある程度考え方として受け入れやすいideaではないかと。
※「直前2期の事業年度末の売上高“平均値”の◯%」の誤植かも?

もちろん、これが完璧なideaではないことは承知していますが、法務パーソンそれぞれが様々な知恵を自ら絞って、こうして他者と交換しながらその知恵を磨き合っていくことで、契約書検討業務の質をだんだんと上げていきたいものですね。
 

2010.4.24追記
※について、著者浅見先生とBLJ編集部様から、以下補足をいただきました。有難うございます。
------------------------------------
<条項案6>
2. 前項の場合において、X社が損害賠償として請求できる損害は、X 社の請求時の直前2期の事業年度末の売上高の○%とみなす。

↓(第2項の「売上高」と「の◯%」の間に「平均値」を入れる。)

2. 前項の場合において、X社が損害賠償として請求できる損害は、X 社の請求時の直前2期の事業年度末の売上高平均値の○%とみなす。

------------------------------------

2年分の売上高(合計)の○%よりも、2年分の売上高平均値の△%としたほうが分かりやすいですね。
ご指摘くださった企業法務マンサバイバルさまありがとうございました。

 
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