企業法務マンサバイバル

企業法務を中心とした法律に関する本・トピックのご紹介を通して、サバイバルな時代を生きるすべてのビジネスパーソンに貢献するブログ。

英文契約

紛争解決条項の落とし所 ― 「裁判か仲裁か」「管轄地は自国か相手国か第三地主義か被告地主義か」の議論に終止符を打つ

 
英文契約に触れる以上避けて通れないテーマであり、かつ契約交渉実務でも必ずと言っていいほどひな形に相手方からケチがつくにもかかわらず、結構適当に修正・ドラフティングしてしまいがちな「紛争解決条項」について。
BLJ4月号でも特集があったので、私なりの考え方を整理しておこうと思います。


BUSINESS LAW JOURNAL (ビジネスロー・ジャーナル) 2011年 04月号 [雑誌]BUSINESS LAW JOURNAL (ビジネスロー・ジャーナル) 2011年 04月号 [雑誌]
販売元:レクシスネクシス
(2011-02-21)
販売元:Amazon.co.jp



紛争解決条項の定め方には、まず大きく裁判での解決と仲裁での解決の2パターンがあります。よく見かける比較表がこんな感じ。

裁判官は当事者では選べない仲裁人は当事者が紛争の事案に応じて合意により自由に選べる
裁判の対審および判決言渡しが公開される仲裁手続および仲裁判断は非公開
裁判は多くの国で三審制、上訴ができる反面長期化し非経済的仲裁は一審制で、早期解決が図れて経済的
判決の国際的強制に関する多数国間条約が存在しないニューヨーク条約、ジュネーブ条約または日本との二国間条約による仲裁判断の国際的強制力が存在する

これに、管轄地を自国/相手国/第三地主義/被告地主義のいずれとするかの4パターンをかけあわせると、紛争解決条項のパターンには理論上合計2×4=8通りの組み合わせが存在することになります。
※第三地主義=いずれの当事者の国でもない第三国において紛争解決を図る考え方
※被告地主義=訴えを起こす側が相手側の国において紛争解決を図る考え方

言うまでもなく、「裁判」を「自国」で行う管轄合意ができれば安心です。しかし、契約に定められた商行為が全て自国内で完結するとか、相当なバーゲニングパワーが自社側にない限りは、ほとんどのケースでそんな希望はとおりません。その結果、なかなか紛争解決条項で折り合いがつかないときに採用されがちな「落とし所ベスト3」が、以下3パターン。
1)「裁判」×「被告地主義」
2)「仲裁」×「第三地主義」
3)「裁判」×「第三地主義」

この3つの選択肢の中でどれがベストかは、契約相手国がどこかにもよるでしょう。しかし私は、外国の裁判制度の影響を受ける1)や3)の組合せは安易に採用すべきではなく、仲裁を利用する2)がベストであると考えます。それは
(a)契約内容・条件により被告地/第三地の裁判所において管轄合意が有効とされないリスク
(b)第三地の裁判所で得た勝訴判決が相手国で承認執行されないリスク
がある以上、裁判制度を前提とした紛争解決条項を契約に定めるにあたっては、本来相当綿密に当該地の訴訟法、執行法を事前に調べておかないとならない(しかし現実にはそれは困難である)からです。

今月のBLJにも記載されていましたが、たとえば(a)のリスクについていえば、NY州のGeneral Obligations Law(一般債務法)のSection5-1402には、履行地がニューヨークでないなど契約内容がNY州に関わりのない場合、NY州法を準拠法としかつ100万USドル以上でない限り、第三地主義的な裁判管轄合意は受け入れない旨が定められています。
準拠法と合意管轄の裁判所との相性が合わないケースも少なくありません。昨年10月施行の中華人民共和国渉外民事関係法律適用法10条2項によれば、当事者合意で準拠法を日本法としていても、中国の裁判所では「職権による調査によっても日本法が調査できず」とされると中国法が適用される可能性もあります。
また、(b)の執行力の面でも、例えば中国最高人民法院は未だ日本における判決の承認をしていないとも聞かれます。

これに対し、仲裁を用いれば、各国裁判所特有の手続法の影響も準拠法の抵触の問題も切断でき、アウェイな国で起きがちな“お国事情のえこ贔屓”な判決が下される懸念もなく、条約批准国であれば仲裁判断の結果に従い執行までもちこめる点、変な国の変な裁判制度に乗っかるよりも実効性が高いと考えます。

「仲裁って、仲裁人の費用とか滞在費とか、意外と裁判より金がかかるらしいけど・・・」という声もよく聞きますが、仲裁人を1人と合意している限りはそれほど高額にはなりませんし、当該地の裁判制度について調査をするコストの方が(結局渉外事務所を通じて現地弁護士に確認することになるので)馬鹿になりません。何より、そんな調査をしている間に「出るところに出てもいいのか?」と相手方にプレッシャーをかけるべきタイミングすら見失ってしまうことが問題だと私は思います。
事前にろくに調査もせず、ギリギリの交渉を行う重要なタイミングで「そもそもこの契約書の紛争解決条項って実行力あるんだっけ?」などというマヌケな調査を必要とするような契約書を作っていたのでは、現場を支援する法務として無責任というそしりを受けても反論はできないでしょう。

相手法人の所在国が条約批准国であることだけ確認できれば、よっぽどの事情が無い限り紛争解決条項の落とし所は「仲裁」×「第三地主義」の組み合わせで契約締結しておくのが一番妥当である。私はそう思っています。

 
参考図書:


【本】活用 英文契約文例 ― 丁度いい塩梅の英文契約条項集ありませんか?にお答えします

 
最近、「市販の英文契約の条項集で、手元に置いておくのに丁度いい本を教えてくれないか」という質問を立て続けに各方面から頂きました。どちらの会社も、中国を中心にアジア展開を進めていく中で、中間言語(Pivot language)としての英文での契約が激増しているようです。

ちょっと昔なら、アジアで合弁とかビジネス進出となればある種「大事」だったわけで、即座に大手渉外事務所を担いでドラフティングしてもらってきちんとした中/日文契約書を作成していたところ。しかし近年では、それほどでもない小さめのビジネス案件の量が増え、相手もこちらも理解できる英文を正本とした契約書を作成したり、中文正本/英文対訳とする契約書を締結しているのが今の実態ではないでしょうか。大手企業に限らず、今後も中国を含むアジア各国企業との契約検討をどうにかこうにか自社内で完結させるために、英語を中間言語として採用し契約を締結する頻度はますます高まっていくのでしょう。
(そして、楽天のように英語を社内公用語とするグローバル企業が日本にも増えていくと、日本国内の企業同士であっても英文で契約を締結する日が来たりするかも・・・。)

英文契約書を読み書きするための推薦図書はこのエントリにもまとめていて、条項集というくくりではボリューム重視なら『英文ビジネス契約書大辞典』を、コンパクトさ・探しやすさでは『英文契約ドラフティングハンドブック』をお薦めしてきた私でしたが、言われてみればその真ん中あたりの手頃なものがなかったなあと。ということで、冒頭の質問に対してお答えできるような本がないか改めて探してみたところ、こんな本を見つけました。

活用 英文契約文例活用 英文契約文例
著者:岡本 幹輝
販売元:民事法研究会
(2006-12)
販売元:Amazon.co.jp



帝人の法務部門で長く勤務され、現在は白�貎大学教授を務められている著者が、英文契約書の書き方・基本構造の解説などの初心者向け解説は徹底的に割愛した上で、
nativeな英米人が実務において使っている英文契約書から、私が30年以上に渡って拾い集めた
という321条項を、ひたすら並べた本。

その内訳がこちら(出版社webサイトより)
1 WHEREAS CLAUSES〔背景説明〕(12文例)
2 SALES AND PURCHASE〔売渡と購入〕(2文例)
3 PRICE〔価格〕(3文例)
4 ORDER AND DELIVERY〔発注と受渡〕(13文例)
5 LEASE〔賃貸借〕(2文例)
6 PLEDGE & MORTGAGE〔質権と抵当権〕(4文例)
7 LICENSE〔ライセンス〕(22文例)
8 DISCLOSURE〔開示〕(12文例)
9 DESPATCH OF ENGINEERS〔技術者派遣〕(2文例)
10 ROYALTY〔ロイヤルティ〕(17文例)
11 ROYALTY REPORT〔ロイヤルティ報告〕(5文例)
12 NET SALES PRICE〔正味販売価格〕(12文例)
13 EXPENSE〔経費〕(11文例)
14 PAYMENT〔支払〕(18文例)
15 TAX〔税〕(5文例)
16 INSPECTION〔検査〕(1文例)
17 PATENT〔特許〕(15文例)
18 OWNERSHIP〔所有権〕(5文例)
19 NEXT STEP〔ステップ移行〕(4文例)
20 WARRANTY〔保証〕(42文例)
21 APPROVAL OF GOVERNMENT〔政府認可〕(8文例)
22 COMPLIANCE WITH LAWS〔法令遵守義務〕(2文例)
23 CONFLICT OF LAW〔法の抵触〕(3文例)
24 FORCE MAJEURE〔不可抗力〕(6文例)
25 CHANGE OF CIRCUMSTANCE〔事情変更〕(3文例)
26 RESTORATION〔原状復帰〕(2文例)
27 NOTICE〔通知〕(9文例)
28 SIMILAR AGREEMENT〔類似契約〕(3文例)
29 MOST FAVORED CLAUSE〔最恵待遇〕(4文例)
30 SUCCESSORS AND ASSIGNS〔契約承継人と譲受人〕(1文例)
31 REPRESENTATION〔表明〕(3文例)
32 TERM〔期間〕(14文例)
33 EARLY TERMINATION〔早期解約〕(18文例)
34 AFTER TERMINATION〔契約終了後〕(18文例)
35 NO WAIVER OF RIGHT〔非権利放棄〕(3文例)
36 SEVERABILITY〔一部無効〕(1文例)
37 ENTIRE AGREEMENT〔完全合意〕(2文例)
38 HEADINGS〔見出し〕(3文例)
39 TERMS GENERALLY〔一般条項〕(5文例)
40 GOVERNING LAW〔準拠法〕(2文例)
41 SETTLEMENT OF DISPUTE〔紛争解決〕(3文例)
42 COUNTERPARTS〔副本〕(1文例)

ただ単に脈絡なく並べただけではなく、各文例ともにまず“最も基本的かつ重厚な文例”を1つ挙げた上で、追加的に使えそうないくつかの短めの文例を並べてくれているので(条項の性質上そうなっていないところもあります)、応用がしやすいのがこの本のいいところ。例えば、“24 FORCE MAJEURE”の1文例目なんかはこんなボリューム。

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キーワードから逆引きできる索引に加えて、そのキーワードの和訳から逆引きできる50ページにも渡る対照表が巻末についています。英→和のリーガルジャーゴン集は世の中に沢山あるものの、和→英はほとんど見かけませんので貴重です。例えるなら、受験英語学習で誰もが使う「頻出単語/熟語/連語集」の英文契約版といったところ。英文契約の学び方として、これを単語カードにまとめて片っ端から覚えるという方法もありでしょう。

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この本の著者と同じように、「自分だけの条項集・頻出ワード集」を作る工夫は法務パーソンならみなさんやっているはずですが、来るべき中間言語としての英文契約の爆発的増加に備えて、今のうちからこの本を参考に自社だけの条項集・ワード集に磨きを掛けておくのもよいでしょうし、そこまでしないにしても、手元に置いておきたい一冊です。
 

英文契約書を読み書きしたい法務のためのブックガイド2011


法務ブロガーの中でも、ウイットに富んだネタでいつもみんなを楽しませてくれる『企業法務について』の@kataxさんと、意地でも毎日更新され不気味な存在感では誰にも負けない『dtk's blog』の@dtk1970さん。
お二人が示し合わせたようにブログで英文契約書の読み方を解説されていまして、これは私もなんかしなくちゃいけないんでしょうか?と強迫観念に駆られたわけですが、私如きが語るようなネタはもう残されておらず。

そんなおり、BLJ2月号では毎年楽しみな特集「法務のためのブックガイド」が。

BUSINESS LAW JOURNAL (ビジネスロー・ジャーナル) 2011年 02月号


拝見させていただいたところ、本特集では“英文契約書”という括りではまとめられていない模様。ということで、法務ブロガーの英文契約書祭り×BLJ特集の双方に勝手に便乗企画、

英文契約書を読み書きしたい法務のためのブックガイド2011

をやってみたいと思います。

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STAGE1 外国の契約法を理解する

アメリカ契約法第2版


英文契約書を作りはじめる前に、英米法の考え方、特に準拠法の関係で登場頻度が高いと考えられる米国契約法の基本的な考え方を、日本法と比較しながら勉強しておくことは、英文契約書の検討をするようになる前のステップとして不可欠と考えます。しかし、残念ながらあまりにも学術的な本、古くてアップデートがされていない本ばかり。そんな中で唯一お勧めなのがこれです。本当はロースクール向けの英語の教科書読むべきなんでしょうけどね。


STAGE2 英文契約書のマナーと必須知識を覚える

英文契約書作成のキーポイント


永遠の定番として外せない本。英文契約書のマナー、全体の構成(例:Whereas clauseの意味)、数字・日付の書き方、期間の表し方、以上・以下・未満の書き方、英文契約特有のラテン語由来表現(bona fide, pari passu, pro rata…)などなど、まさに契約書を読む・書くにあたっての英文契約書の必須知識が過不足なく詰め込まれています。
BLJでも多くの法務パーソンがオススメしていたとおり、持ってないとお話にならない感じ。


STAGE3 英文契約書を読み修正すべきポイントを契約類型毎に抑える

英文契約書の基礎と使い方がわかる本


続いてのステージは、売買、請負、業務委託・・・といった契約類型ごとの読み方の勘処・ポイントを掴み、譲るべきでない重要なポイントについては変更を要求できるようになること。
このステージでのお勧め本はいろいろあって悩ましいのですが、私のお勧めはこれ。
初心者向けではあるものの、準拠法や裁判管轄などの一般条項のパートと契約類型ごとの注意ポイントがまとめられたパートがはっきりと分けてあり、契約の基礎知識が身についている法務2〜3年目の方にはとても読みやすいこと、この価格帯で14種もの契約書サンプルとポイント解説がコンパクトにまとめられている本はこの本をおいて他にないことがその理由。


STAGE4 典型条項を組み合わせて英文契約書を作成する

英文契約書ドラフティングハンドブック
英文契約書の基礎知識


英文契約書の全体構成、基本的な組み立て方、英語表現の特徴が分かったら、次は英文契約書の典型条項をパーツ毎に探して組み合わせながら、英文契約書を読んで修正するだけでなく、作成していく段階へ。
このステージでのお勧めはこの2冊。この2冊に出てくる定型表現をくまなくおさえれば、典型的な契約であればおおよそ直したいように直し・作成できるのでは、と思います。よほどの英文契約書の達人でもない限り、手元に置いておく価値のある2冊です。


STAGE5 モノマネではない英文契約書を自分で書く

英文ビジネス契約書大辞典


パーツから組み立てるのではなく、自分で英文そのものを操りつつ英文契約書を作成するようになって、条項ではなく文・句レベルでよりよい表現はないかを探しだす中〜上級ステージに辿りついたら、行き着くのはこの本。
何せ高いですが、そのボリュームは現時点で日本一。どうせいつか買うのなら、早めに買っとくのが吉だと思います。


■番外編■

チェックリスト形式で契約書を作る

国際取引契約実務マニュアル


売買契約しかカバーされていないという弱点はあるものの、正式契約を締結する前に結ぶMOUと正式な契約の両方を、チェックリスト形式で契約条件をチェックしていくだけで作成できるという画期的な本。
そのユニークなコンセプトと完成度は折り紙つきなんですが、残念ながら絶版。どこかで在庫を見つけたら、迷わず買っておくことをお勧めします。共著なので著作権法的には全員が同意しないと改版もできないことを考えると、可能性は低いと思われます。残念。


ライセンス契約も勉強しちゃう

ライセンス契約のすべて
ライセンス契約のすべて 実務応用編


英文契約の中でも圧倒的に頻度が高く、また契約期間が長期に渡るだけにドラフティングにいっそう気を使うライセンス契約については、(和文契約の解説も混ざっていますが)この2冊を是非読んでください。特に『実務応用編』は私も共著者の一人として名前を並べておりまして、BLJのアンケートでもご評価を頂き(P29)、うれしい限りです。


なお、上記の本については、過去弊ブログでもう少し詳しくご紹介しています。もしご興味あればご覧ください。

アメリカ契約法第2版
英文契約書作成のキーポイント
英文契約書の基礎と使い方が分かる本
英文契約書ドラフティングハンドブック
英文契約書の基礎知識
英文ビジネス契約書大辞典
国際取引契約実務マニュアル
ライセンス契約のすべて
ライセンス契約のすべて 実務応用編




【本】英文契約書の作成実務とモデル契約書―裁判管轄が日本なら、英文で契約するのはやめておけ

 
久々の契約法務関係。

英文契約書の作成実務とモデル契約書

契約書サンプルを用い、初級者や法務担当ではない現場の方でも初めて読んでも分かるぐらいに英文契約特有のリスクを噛み砕いて解説。

日本の契約との違いを理解するのに必要な米国法の解説にも踏み込んでおり、読み手のレベルが初級であれば初級なりの、中級であれば中級なりの読み方ができるような本になっています。


まるで先輩と新人の会話を見ているかのようなQ&A

そんなオールラウンドなつくりのこの本の中で異彩を放っているのが、第2章の「英文契約書の読み方・作り方Q&A33」。

国際法務のTipsが1ページに1つずつ、計33個連発される、それだけと言えばそれだけなのですが、このQ&Aのところどころに、英文契約を扱い始めたころに出くわして先輩に尋ねた覚えのあるQが。

相手方からサイン証明を求められました。どのようにすればよいのでしょうか。
日本の契約書では袋とじをしますが、海外との契約書ではこのような決まりはあるでしょうか。
英文の契約書が製本され、いよいよ署名をする際になって、契約書の一部に誤記があることがわかりました。どのように訂正すればよいのでしょうか。
ある国の企業と販売契約をしました。契約書にはどの国の言語が契約言語か記載がなかったのですが、先方の要望で、英文とその国の言語の契約書の双方に署名しました。問題あるでしょうか。

法務歴がそこそこある方にとっては、自分の若い頃を見るようで、うーん懐かしー!という気分になるはず。
裏を返せば、初級者の方にとっては、いつかは必ず出くわすであろう疑問をあらかじめ先取りして予習できる本、ともいえます。


英文契約書を使って日本の裁判所で争うと・・・

そんなノスタルジックな気分も束の間、え、そうだったの?と目を疑うようなQ&Aが1つ混ざってまして。
外資系企業が契約相手方の場合、当事者が日本法人同士でも英文での契約締結を求められることがよくありますが、これは有効でしょうか。

このQに対するAはもちろん
契約書をどの言語で作成するかと言う問題も、当事者の合意によって決定されます。(中略)英文での契約が当事者を拘束する唯一の合意であるとの合意形成がなさされればそれで有効です。
と、ここまでは別に問題ないのですが、

その補足で自分の経験の浅さを自覚することに。
日本の民事訴訟規則第138条第1項は「外国語で作成された文書を提出して書証の申し出をするときは、取調べを求める部分についてその文書の訳文を添付しなければならない。」と規定しています。
同条第2項は、「相手方は前項の訳文の正確性について意見があるときは意見を記載した書面を裁判所に提出しなければならない。」とも規定しています。
つまり、結局日本で裁判するのであれば、せっかく英語で結んでも日本語に訳して争われるってことで。

この話、先輩に教わった記憶がうっすらとあったものの、その後時が経つにつれて、自分の頭の中で勝手に「裁判管轄を日本におく英文契約書では、英文契約の規定にしたがって紛争を解決する日本の裁判官にも誤訳されないような、分かりやすい英語を書くことが肝要。」という理解にすりかわってしまっていました。とんだ思い込みだったようです。

これまでの私の経験を振り返ってみると、そういえば日本で英文契約を使って争った紛争はいつも仲裁、かつ使用言語も英語と合意していたので、英文を和訳して証拠として日本の裁判所に提出する場面に遭遇していなかったみたいで。

この本にははっきりと書いていませんが、つまるところこのQの答えとしては、
当事者が日本法人同士であっても、英文で契約締結することはもちろん可能だが、その契約の紛争解決が日本の裁判所となる場合は証拠として訳文も提出することになり、その訳し方そのものが紛争の種になるので、和文で契約できるならその方が無難。
ということですね。

【本】国際ビジネス法務―“ときどき国際法務”な法務パーソンにこそ持っていて欲しい転ばぬ先の杖

 
先日、ある会合でこの本の著者、吉川達夫先生とお話をする機会に恵まれました。

このブログでも数冊ご紹介しているように、「NY州弁護士 吉川達夫」のクレジットが入った本を目にすることは多いものの、あまりメディアには登場されない吉川先生。
どこかの事務所に所属されているおとなしい学者肌の弁護士先生、といったイメージを勝手に抱いていたのですが・・・実際にお会いした吉川先生は、仕事も遊びもバッチリこなす、カッコいい大人のオジサマでした。

それもそのはず、この本の奥付の著者略歴にもあるとおり、吉川先生はNY州弁護士でいらっしゃる以前に元商社法務部で16年、そして今もなお外資系IT企業で法務本部長を務められている、超一流の現役ビジネス法務パーソン

しかも、多忙を極める中複数の法科大学院で講師も務め、このように本も書いているという・・・。いつ本を書く時間があるんですか?と尋ねると「飛行機の中なんか、とってもはかどりますよね」なんてさらりとおっしゃる。タフな方ってこういう方をいうんだろうなあと。

そんな吉川先生自ら、「これは結構いいですよ」とお奨めいただいたのがこちらの本。

国際ビジネス法務―貿易取引から英文契約書まで



国際ビジネスの心得から実務までをコンパクトに網羅

先に結論を言っておくと、さすが吉川先生ご自身が自信作とおっしゃるだけあって、内容充実のすばらしい本なので、国際ビジネスに関わる方であれば買って損はありません。

第1部では、国際ビジネスの法務の何が難しいのかを、準拠法の問題、知財紛争の問題、労務の問題に分けてポイントを絞って解説し、

第2部では、貿易実務を通して、安全保障貿易管理など輸出入に関わる法規制、インコタームス、信用状などの貿易実務、それらを踏まえたSales Note(売買契約)について具体的に解説し、

第3部では、
1)Distributor Agreement(代理店契約)
2)Service Agreement(業務委託契約)
3)Non-Disclosure Agreement(守秘義務契約)
4)Memorandum of Understanding(意向書/覚書)
5)Joint Venture Agreement(合弁契約)
6)Termination Agreement(解除契約)
7)Settlement Agreement(和解契約)
の7つの英文モデル契約を逐条式で解説するという、

かなりな広範囲をカバーした、欲張りの構成。

特に、他の国際法務本にはない特徴が見られるのが、株式会社クボタ法務部の方がメインで書かれた第2部の貿易実務をからめた解説部分。
船荷証券や信用状の実物を見ながら、ディスクレ(信用状記載の条件と船積書類上の記載が異なること)で支払い保証機能がなくなる問題など、実務でどんなところがリスクになりやすいかを知ることで、それこそ商社の法務の方でもなければ契約書上は適当にスルーしてしまっているような国際ビジネス法務の怖さ・要点を教えてくれます。
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このあたりの充実ぶりは、これから国際法務をバリバリやるぞという新人法務パーソンだけでなく、海外営業パーソンにも参考になるはずです。


「国際取引はたまに」という法務パーソンにこそ

しかし、実のところ、国際ビジネスに毎日のように関わる方以上に、
「ウチはドメドメで国際取引の頻度は少ないから」
とか、
「基本的に渉外事務所に任せちゃうからな」
とか思っている、“基本国内法務、ときどき国際法務”な法務パーソンこそ読むべきなのがこの本ではないかと。

前職時代は私も国際法務に携わっていましたが、商売がら役務系の契約がほとんどで、売買契約なんかは年に数回あるかないかという程度。
ちょっと難しいものになると渉外事務所にお任せをしたり、それほどリスクがなさそうな売買契約であれば、信用状のチェックポイントだのインコタームスのFOBだのCIPだのの違いから生まれるリスクを、その都度いろんな本でばらばらに調べたり上司に聞いたりしながら、今思えば取引の全体像も把握せずかなり適当にチェックしていたように思います。

そんな私が今この本を読むと、断片的に理解していたチェックポイントの数々が有機的に繋がって見えてくるのです。

国際取引は滅多に発生しない=逆に言うとたまには発生するという、その「たまに」にこそリスクは潜んでいるわけで。
普段から国際取引に慣れっこな人よりも、そんな「国際取引はたまに」な法務パーソンが読んでこそ、まさに転ばぬ先の杖とも言うべきこの本の真価が発揮されるのではないかと思います。

【本】知的財産・著作権のライセンス契約入門―メーカー・知財法務担当じゃなくてもこれは是非抑えておきたい3種類のライセンス契約

 
契約法務強化月間ということで、今日はライセンス契約のガイドブックを。

前回ご紹介の本『ビジネス契約書の起案・検討のしかた』は「読んだことありますよ」と言う声を多く頂いたこともあって、今回は少しマイナーな本をチョイスしてみました。




どんな会社であってもこの3契約はあるはず

ライセンス契約と聞いて「あ、オレメーカー法務じゃないし」「特許とか意匠は知財担当がいるから・・・」と思ったあなたも一見の価値あり。

なぜならこの本は、
1)トレードシークレット
2)著作権
3)商標
という、どこの会社でも発生可能性のある3種類のライセンス契約に絞っているから。

著者の山本孝夫さんが商社(三井物産)ご出身ということもあり、当たり前のように英文契約をベースに典型的な契約条項を取り上げて解説していきます。

まず、契約例文と日本語対訳があり、
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その下に山本さんの国際契約経験の豊かさを感じさせる具体的エピソードを交えた解説が加えられていく、
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という構成になっています。

英文契約ならではの言い回しそのものの解説は端折られていますので、英文契約の基礎をすでに勉強してある中級者以上向けといえるかもしれません。


京大カード式英文契約自習法が書籍に昇華

本の内容以上に私を刺激したのが、あとがきとしてかかれていた、若き日の山本さんの英文契約自習法。

早川先生の『法律英語の常識』他で基礎知識を習得しながら、『Jones Legal Forms』を片手に見よう見まねで英文契約を作成し、それを顧問の外国法弁護士(極東裁判で重光葵を弁護したジョージファーネス弁護士)に筆を入れてもらう日々。
その中で、実際の契約に頻繁に登場する重要条項を京大式カードに書き留めていくという作業を繰り返して、英文契約をものにされてきたそうです。

そして、このカード式条項集の集大成として出版されたのが、以前にも紹介している『英文ビジネス契約書大辞典』であり、厳選して出張にも持っていけるように新書版で出版したのが『英文契約書の書き方 (日経文庫)』『英文契約書の読み方 (日経文庫)』。

それに対して今回ご紹介のこの本『知的財産・著作権のライセンス契約入門』は、これらの本よりも専門的にライセンス契約の条項に特化しかつ携帯できるようにしたという位置づけなのだとか。

自分が手塩にかけて育てた愛着のあるツールがこんな風にバリエーション豊かに次々と書籍になっていくというのは、感慨もひとしおでしょうね。
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