企業法務マンサバイバル

企業法務を中心とした法律に関する本・トピックのご紹介を通して、サバイバルな時代を生きるすべてのビジネスパーソンに貢献するブログ。

音楽著作権

【本】『その音楽の<作者>とは誰か リミックス・産業・著作権』― VRによって加速する古典的著作権からのパラダイムシフト

 
法務パーソンが音楽著作権処理の実務に携わると、業界の現実や慣習が著作権法の建前どおりになってないことがあまりにも多すぎて、イライラします。といっても、法律が現実や慣習にあわせてキレイに改正されるチャンスは、そうそう巡ってくるものではありません。

こんな状況がいつまで続くのやらと重たい気分になるのですが、そのイライラの原因を具体例をもって解きほぐし、法務パーソンの精神の健康を支えてくれるのがこの本。





英米法的「コピーライト」と大陸法的「著作権」との衝突


著者増田聡先生が指摘する、イライラの根本原因は、一言で言えばこれ。

著作権制度上の「楽曲の権利者」はその音楽の「作者」とは必ずしもイコールではない。(P154)

その理由と歴史的背景について、英米法上の“コピーライト”と大陸法の“著作権”制度の成り立ち、およびベルヌ条約の批准を目的として、混乱の最中で制定された日本の著作権法の成立の過程を、詳細に紐解きます。

コピーライトの原理はあくまでも「複製」に関わる経済的利権の配分や調整に発したものであり、情報複製産業の秩序維持と国家によるその統制との間で発展してきた法制度であって、「作者の権利」保護とは異なる理念に発したものである点だ。端的に言えば、コピーライトによって保護されるのは「(芸術)作品」の価値というよりも、作品の「商品」としての価値である。(P103)
「著作権」はコピーライトと異なり、保護の焦点は「作者」にある。作品は作者の人格の表現であり、故に作者が及ぼす作品への支配権は法的に正当化される。その作品から生じる経済的利益を作者が享受するのはもちろん、英米的コピーライトには見られない、作品の改変やその公表、あるいは氏名の表示・非表示などのコントロールを作者に与える「著作者人格権」(仏 droit moral)もまた原理的に当然認められることになる。後述するベルヌ条約に加盟することによって始まった日本の著作権制度も、法制度上この制度に分類される。(P104)

こうして大陸法を前提とした法律を作っておきながら、音楽の現場では、商業的な必要性から英米法的な著作権処理がなされ、法制度の例外として部分部分でこれを受け容れてきたという実態があります。法務パーソンとしてはここにイライラを感じるわけです。なんで法律と現実が綺麗に整合していないんだ!と。


広告音楽における大陸法的「著作権」の放棄事例


ここでいう法律と現実が綺麗に整合していない事例として、本書では、クラブ・ミュージックの現場と、広告と音楽のタイアップ・システムの2点を取り上げています。

個人的には、クラブ・ミュージックに関する指摘についても(弊ブログのこの記事この記事などで触れたこととの重なりも多く)頷くことばかりでしたが、弊ブログの読者層に本書を紹介するという意味では、広告音楽タイアップの事例のほうが親しみやすいでしょう。

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広告音楽タイアップにおいて音楽提供サイドは、著作権制度が保証する経済的権利(広告における著作物使用料)を放棄し、迂回した形(プロモーション効果による楽曲のヒット)で音楽からの収益を期待する。この広告音楽タイアップの戦略は、法的な理念の上では「作者の権利」であったはずの著作権が、「出版権」「原盤権」という形に変換され、複雑な業界の力関係のなかで経済的なリソースを担保する利権となってやりとりされている現状を顕著に示している。広告音楽を、著作物使用料を期待できるビジネスの場として用いるか、あるいは楽曲のプロモーションの場として著作物使用料を免除するか、といった音楽提供サイドの戦略は、公益法人であるJASRACをもアクターとして巻き込みながら、複雑な業界諸アクター相互の力関係により媒介される。そこでの著作権制度は、うまく利用して経済的価値を生み出させるための装置である一方、JASRACの規定改定に見られるように、業界内の力関係を反映して変容していくものでもある。

先に概観したように、日本の著作権制度は大陸法的な「作者の権利」の保護という原理を機軸に成立しているとされる。がしかし、それはあくまでも法的なレベルでの理念であって、現実の音楽著作権ビジネスの実務においては、「出版権」「原盤権」という音楽産業のシステムにおいて慣習的に成立している利権を、さまざまな使用実態のなかでいかに効率的に活用していくかがポイントになることが見て取れる。(P151-152)


「現実」と「仮想(拡張)現実」の区別の崩壊


著者自身は、こういった現状については「肯定も否定もしない」「ただできることは(略)諸概念のささやかな交通整理を行うことであるにすぎない」と本書冒頭P8で宣言しています。それもあってか、本書はその末尾P206で、名和小太郎著『サイバースペースの著作権』を紹介しながら、こうおとなしめに締めくくられています。

名和小太郎は、今日の著作権制度における基本的原理を揺動させている諸原因を、大きく七つにまとめている(名和1996:174ー176)。
1 個人的制作から集団的制作への変容
2 既存の著作物を素材にする著作物の増加
3 ネットワークにおける著作物(どこの国の法律を適用するか)
4 コピー技術の発達によって、著作物使用の許諾権が行使し難くなる
5 市場をバイパスして流通する著作物の増加
6 伝統的著作物の諸カテゴリーを横断するようなデジタル著作物の増加(マルチメディア作品など)
7 「複製」と「公衆伝達」の区別の崩壊(インターネットなど)
古典的な著作権制度の基盤を危うくしているこれらの社会的変化は、その制度が依拠している原理、十九世紀的な作者概念のゆらぎの原因でもあり、その結果でもある、ということだ。

しかし、ビジネスに携わる者として、著作権制度についてこれだけの不安定な要素が見えている現状を看過できないのではないでしょうか。

そして私から付け加えるならば、2016年の今、ここにさらにもう一つの社会的変化がはじまりつつあるということを指摘しておきたいと思います。それは、

8 「現実」と「仮想(拡張)現実」の区別の崩壊(Virtual Realityなど)

です。


このVine動画内で実演されているのは、VR Chatというコミュニケーションプラットフォームです。VR技術の利用事例としては非常に単純なものですが、このような、ヘッドマウントディスプレイの中に広がる360度の「VRという別世界」の中で、他人のアバターがディスプレイやスピーカーでコンテンツを視聴している姿を私のアバターがヨコから垣間見る、というシチュエーションにおいて、
  • 私以外のアバターが、「現実世界」の私の書籍を「VRという別世界」で“私的”に閲覧する
  • 私以外のアバターが、「現実世界」の私のバンドの曲を「VRという別世界」で“私的”に演奏する
とき、どのような権利処理がなされるべきか?単にブラウザやアプリを通じSNS上で他人の著作物を利用するのとはまた違った、複雑な問題を孕んできます。

ブラウザ・アプリ時代のインターネットによって著作権制度が大きく揺らいだとはいえ、英米法・大陸法ともにパラダイムシフトと呼べるほどの変化には至らず、いわば小康状態が続いてきました。ここで次の技術であるVR技術がインターネットのプラットフォームになるかもしれないという未来が見えてきた今、その変化の加速度は一気に高まり、臨界点を迎えようとしているように思います。
 

エイベックスのJASRAC離脱で風雲急を告げる音楽業界と音楽著作権実務

 
音楽業界と音楽著作権実務に大きな影響を及ぼすニュースが飛び込んできました。ちょうど弊ブログでも9月のシルバーウィークに音楽著作権のエントリを連投していたんですが、あれは虫の知らせだったんでしょうか・・・。

エイベックスがJASRAC離脱 音楽著作権、独占に風穴(日本経済新聞電子版)
音楽最大手の一角、エイベックス・グループ・ホールディングスが同協会に任せていた約10万曲の管理を系列会社に移す手続きを始めた。JASRACから離脱し、レコード会社や放送局から徴収する使用料などで独自路線を打ち出す。
使用料はCDの場合で税抜き価格の6%、放送の場合は各社の放送事業収入の1.5%を徴収。著作権者への利益還元に役立ってきた。ただ、同協会が著作権管理を独占していることで、レコード会社や配信会社は使用料で有利な条件を引き出しにくいのが実情だ。これが音楽市場の活性化を妨げているとの指摘もある。
エイベックスは子会社のエイベックス・ミュージック・パブリッシング(AMP)を通じ、JASRACに音楽著作権を預けてきた契約を一斉に見直す。今後は系列のイーライセンス(東京・渋谷)に委託する。コンサートなどでの楽曲の演奏権を除くすべての音楽著作権が対象になる。

エイベックスさんといえば、その昔、コピーコントロールCD(CCCD)を大真面目に広めようとした(そして失敗した)歴史があります。当時ダンスミュージックが好きでDJもどきをやっていた私としては、エイベックスさんの得意分野であるトランス系アーティストのCCCDがDJ用機器で読み込めず、ユーザーとして大変困らされた記憶しかないのですが、CCCDといい今回の動きといい、「多少の波風を立ててもアーティストと音楽業界の権利を意地でも守る」というそのスタンスは、まったくブレていないということなのかもしれません。


ところで、記事を読んでいて音楽著作権処理の実務に関わる者として気になったのは、「演奏権を除く」とある点です。音楽著作権を管理団体に預ける際には、下図のようにその著作権の支分権のまとまりごとに信託・委託範囲を指定することになるのですが、JASRACに信託しない道を選ぶ場合、現時点では演奏権の管理(権利行使)が事実上行えません。


その結果どうなるのかというと、たとえば、音楽著作権者の立場として放送以外で大きな収入源となりうるカラオケでの利用において、通信カラオケ業者に対するネットワーク配信に関する公衆送信権と店舗設置カラオケ機器への複製に関する複製権に係る使用料は徴収できても、そのカラオケ機器を設置して演奏している(客に歌わせている)カラオケ店舗に対する演奏権に係る使用料を徴収できない、つまり、その分の著作権者としての収入も得られないということになります。

なぜこうなっているのかと言えば、演奏権の管理には大きな手間がかかるから。全国に支部を持ち、店舗を実際に足で回る多数の徴収担当者を抱えているJASRACだからこそ、この演奏権管理に実効性が担保できているというのが現状なのです。こういった理由から、著作権者としての利益を最大化しつつフレキシブルな音楽著作権管理を実現するための実務として、演奏権のみをJASRACに信託し、その他の支分権をイーライセンスに委託するという組み合わせワザを使うケースもあったりします。

ということで、エイベックスさんも日経記事タイトルにある「JASRAC離脱」とまではまだいかなくて、実は演奏権だけは(しばらくの間)JASRACに残すんじゃないかな?と推測しています。そうでないと、ユーザーとしてもエイベックスさんの楽曲が演奏できないということにもなりかねませんし。なお、いったん全信託していたJASRAC管理楽曲につき、演奏権だけを残してその他の支分権を引き上げるということが実務上できるのかどうかは、私も詳しく知りません。

いずれにせよ、イーライセンスがJRCと統合されエイベックス傘下に入るという動きもあり、将来この演奏権の管理についても強化が図られ、硬直的だった音楽著作権実務にブレイクスルーを実現してくれることを期待しています。 
 

【本】『判例でみる音楽著作権訴訟の論点60講』― 音楽著作権は何が難しいのか(5)

 
シルバーウィークの音楽著作権特集は、少し硬派なこの本でフィニッシュしたいと思います。





本書を読むと、重要な著作権判例の大部分が、実は音楽著作権(物)に関する訴訟で形成されてきたことが分かります。例を挙げれば、

・ワン・レイニー・ナイト・イン・トーキョー事件
・クラブ・キャッツアイ事件
・スターデジオ事件
・記念樹事件
・グッドバイ・キャロル事件
・ファイルローグ事件
・MYUTA事件
・Winny著作権法違反事件

著作権法を学んでいれば必ず目にしたことがあるはずの事件たち。これらはすべて音楽著作権に関する侵害が問題となった事件です。本書でもこのような著名事件を取り上げて、著作権訴訟上の論点 → 事案の概要 → 争点 → 判旨 → 考察 という順に解説します。

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本書ならではの工夫として、「60講」をあえて事件ごとに分けずに、一つの事件に複数の論点があれば講を分けて繰り返し取り上げている点が挙げられます。たとえば、ファイルローグ事件控訴審判決は、

21講 規範的利用主体論 プロパイダ責任制限法にいう「情報の発信者」
25講 インターネット上のサービス提供者の責任 ファイル交換サービス提供者
42講 差止請求 差止対象の特定
47講 不法行為に基づく損害賠償請求 相当な損害額の認定

の4つの講に分解して取り上げるといった具合です。


音楽著作権は何が難しいのか?法律家にとってのその難しさの原因に、よくわからない「業界慣行」「実務」という名のノイズが混ざり純粋な法的論点が取り出しにくい状況があるように思います。それらのノイズをできるだけ混ぜずに具体的な論点に絞って音楽著作権を学びたい方には、本書のような判例分析スタイルがお好みかと思い、ご紹介させていただきました。
 

【本】『よくわかる音楽著作権ビジネス 基礎編/実践編』― 音楽著作権は何が難しいのか(4)

 
この本は有名ですのでご存知の方も多いと思います。






日本の大手音楽出版社を渡り歩き、ワシントン大学LLMに学びアメリカ著作権法にも詳しい著者が、マンガを交えながら音楽著作権ビジネスの昔と今・理想と現実・オモテとウラをあますところなく取り上げた本。

マンガは、新人のシンガーソングライターである著作ケンゾウを主人公に、音楽業界の作法をプロダクションの社長とマネージャーから学んでいくというストーリー。『基礎編』は音楽出版社やJASRACの役割を知るところからスタートし、

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『実践編』では、主人公がヒット曲を出した後、音楽配信やCMに出演してその権利処理に四苦八苦するといった内容。成長を見守りながら学んでいくことができます。今や音楽ビジネスはiTunesの存在を抜きには語れませんが、その配信契約の内容まで具体的に触れられているのは、この本ぐらいかと思います。

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デジタル音楽ダウンロード販売契約では、ケンゾウ君のプロダクションのように原盤権を持つ会社がライセンサー(使用を許諾する者)となり、iTunes株式会社はライセンシー(使用許諾を受ける者)となる。そして、ライセンサーが保有する原盤を非独占的にiTunes社に使用許諾(ライセンス)することを目的とする。また、iTunes社に提供される原盤は、ライセンサーが特定する。非独占的なライセンスなので、ライセンサーは他の音楽配信事業者にも同一の原盤をライセンスすることができる。
iTunes社は、原盤が複製された音楽データをiTunes Music Storeで販売するためのデジタル形式に変換したうえで、サーバーに複製し、一般ユーザーに対して音楽データのダウンロード販売をすることができる。
次にロイヤリティーについて説明しよう。iTunes社はライセンサーに対して、ダウンロード販売の売上げに応じたロイヤリティーを支払うが、これには原盤にかかるすべての権利者に対する報酬が含まれている。すなわち、ライセンサーにアーティストやプロデューサー等に対する印税の支払義務がある場合、ライセンサーは受領するロイヤリティーから責任をもって彼らに分配しなければならない。これはジャケットにかかるアートワークも含まれる。iTunes社との契約では、ロイヤリティーではなく、卸売価格を支払うという規定になっているが、契約の内容はあくまでも原盤のライセンス契約であるため、対価の性質はロイヤリティーそのものである。
原盤に収録されている音楽著作物の利用にかかる権利処理は、iTunes社がJASRAC、イーライセンス、ジャパン・ライツ・クリアランス等の著作権管理事業者に対して行うことになっている。したがって、ダウンロード販売にかかる著作権使用料は、iTunes社からこれらの著作権管理事業者に支払われることになる。なお、iTunes社は著作権使用料を販売価格の7.7%としてビジネスを組み立てているため、この使用料が変動する場合には原盤使用料のロイヤリティーもそれに合わせて変動することがあるとしている。
原盤に収録されているアーティストの氏名・肖像についても規定がされている。iTunes社は、アーティストの実演が収録された原盤のダウンロード販売や宣伝広告のために、アーティストの氏名や肖像を無償かつ自由に利用できるという内容である。アーティストはその氏名・肖像等についてパブリシティ権を持っているため、iTunes社は事前に利用許諾を受けておく必要がある。
以上がiTunes社のデジタル音楽ダウンロード販売契約の概要であるが、おわかりのとおり、これは原盤ライセンス契約である。したがって、この契約に基づいてiTunes社がダウンロード販売した場合、プロダクションやアーティストから見ると、これは第三者使用となるため、レコード会社はプロダクションやアーティストに対して、原盤契約や専属実演家契約の第三者使用の条項に基づき、印税を支払わなければならない(略)。


『基礎編』と『実践編』を合わせると、79話・800ページ超のボリュームがあるのですが、このマンガの力と取り扱うテーマのフレッシュさとの相乗効果でどんどん読み進めることができ、業界の中で今発生している音楽著作権に関するありとあらゆる問題をあっという間に理解できてしまうのが本書のすごいところ。この本を読むと、音楽ビジネスの世界は利害関係者の多さがそのまま紛争のタネになっており、それだけに音楽著作権実務についての深い理解が重要になってくるということが痛感できます。


一方で、本書内では著作権法自体の厳密な解説はあまりなされていないので、この本だけだと法律的には「わかったつもり」で終わってしまう危険性もあります。先に音楽著作権自体を学べる本を読んだほうが良いでしょう。
 

【本】『音楽ビジネス著作権入門 はじめて学ぶ人にもわかる権利の仕組み』― 音楽著作権は何が難しいのか(3)

 
一昨日・昨日とご紹介した2冊とはうってかわって、ページ数少なめ&文字大きめ、初心者にも安心・・・と舐めてかかってしまいそうな装丁ですが、読み終る頃には、音楽著作権のテキストとしてのレベルの高さに驚かされると思います。





著者は、元CBSソニー(ソニー・ミュージックエンターテインメント)で34年間のキャリアを積んだ佐藤雅人氏。同社グループ内の研修講師も務めていたというだけあって、説明の組み立て方に他書にない工夫が見られます。特に、著者が序盤で力説している初心者のつまづきポイントが以下4点。これらは、音楽著作権は何が難しいのか?という問いへのアンサーにもなっていると思います。
  • 音楽ビジネスの基本は、三者の権利(アーティストの演奏・歌唱/作詞・作曲家の創作した楽曲/レコード製作者が録音した音源のそれぞれに係る権利)
  • 楽曲(=著作物 by 作詞・作曲家)と音源(=レコード by レコード製作者)の2つを区別する
  • 著作者≠著作権者
  • レコード会社≠レコード製作者
すでに音楽著作権で苦労された経験をお持ちであれば大きく頷いてくださると思いますが、最初はこういった登場人物や用語の違いがこんがらがってわからないんですよね。これらを初心者が混同しないように順を追って、明示的に繰り返して説明してくれます。分かりやすい予備校の先生のような語り口です。


本書中盤では、このチャートを使いながら、権利譲渡の流れを実務に沿ってわかりやすく説明していきます。

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玄人筋の方はこの図を見て、「え、レコード製作者とレコード会社は実務では一体でしょうが」とツッコミを入れたくなるかもしれません。しかしこれが初心者に「レコード会社」と著作権法上の「レコード製作者」との違いをしっかりと理解させるためのあえての工夫だったりするわけです。


圧巻は中盤以降。権利者三者ごとの微妙な支分権の差異をマトリックスで比較しながら細かく抑えていきます。著作権法の条文も丁寧に参照して読ませるなど、初心者だったはずの読者をそれとなく高いレベルへと導いていきます。

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音楽だけにとどまらず、ビデオクリップやライブビデオに係る音源と映像の隣接権と実演のワンチャンス主義の複雑なからみを整理していくあたりは、もはや上級者向け書籍。

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見かけによらず、初心者からプロまで満足できるテキストです。
 

【本】『JASRAC概論 音楽著作権の法と管理』― 音楽著作権は何が難しいのか(2)

 
タイトルはまるでJASRACの社史のようで、実際の中身は、法律家・実務家が著作権法の観点からしっかりと音楽著作権/JASRAC信託約款を分析・整理する、予想をいい意味で裏切ってくれる骨太の法律書。





その法律書らしさがいかんなく発揮された部分をご紹介しましょう。著作権法61条2項の特掲規定とJASRAC信託契約約款との関係について、上野達弘先生が書かれた第2章P32およびP42より。

JASRAC信託契約約款によると、「委託者は、その有するすべての著作権……を、本契約の期間中、信託財産として受託者に移転」するとしたうえで(3条1項前段)、「委託者が受託者に移転する著作権には、著作権法第28条に規定する権利を含むものとする」と規定されているため(同項後段)、これによって28条の権利は特掲されていることになる。したがって、現在の信託契約約款に従う限り、28条の権利は信託の対象になっているものと解される。
他方、27条の権利は特掲されていないため、編曲権を含む27条の権利は委託者に留保されたものと推定されることになる。そして実際にも、JASRAC関連文書には27条の権利が信託されていないことを前提とする説明が散見されるため、同条の権利は信託の対象になっていないものと解される。
したがって、楽曲の編曲や歌詞の翻案といった二次的著作物を作成する行為自体については、JASRACが権利を管理していないことになる。他方、そのようにして作成された二次的著作物を利用する行為については、JASRACが権利を管理していることになる。(P32)
たとえば、他人の楽曲を無断で編曲する行為は編曲権侵害に当たる。他方、このようにして編曲された音楽著作物を公に演奏する行為は、あくまで28条を介して有する演奏権の侵害であって、編曲という行為がすでに終了している以上、27条の権利である編曲権の侵害になるわけではない。そのため、翻訳物の販売や映画の上映といった二次的著作物の利用行為に対して原著作物の著作者が差止請求をする場合、その根拠となるのは、あくまで28条を介して有する譲渡権や上映権であって、27条の権利である翻訳権や翻案権ではないのである。
先述のように、現在のJASRAC信託契約約款によると27条の権利が特掲されておらず(3条1項)、編曲権を含む27条の権利は信託の対象になっていないものと解される。そのため、楽曲の編曲や歌詞の翻案といった二次的著作物の作成行為それ自体については、JASRACが権利を管理していないことになる。(P42)

「JASRACが管理する権利」について述べている書籍ばかりの中で、あえて「(著作権法には規定されているのに)JASRACが管理していない権利」にも注目するというアプローチは、著作権法をある程度理解済みの法務パーソンにとって理解を深めやすいのではないでしょうか。

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また、第7章の、前田哲男先生が著作者隣接権についてまとめたパート「音楽産業とその関係者」も、第2章同様に、著作者が持つ著作権/実演家・レコード製作者・放送事業者らが持つ著作隣接権について、「著作者は持っているが隣接権者が持っていない権利」に着目するアプローチが取られています。メモがてらマトリックスにしてみました。

著作者vs実演家

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ということで、音楽著作権は何が難しいのか? 昨日は、『音楽著作権管理の法と実務』からの学びとして「JASRACの実務と用語が分かりにくい」という点を挙げましたが、今日ご紹介の本書からの学びは、
  • 著作権と著作隣接権の各支分権に、「あるもの」と「ないもの」の細かな差異がある点
  • その差異の上に、さらに「JASRACが管理する権利」と「JASRACが管理していない権利」が重層的になっている点
の2つが挙げられるでしょうか。

本書のところどころに散りばめられたJASRAC万歳というポジショントークが鼻につくものの、音楽業界で現場業務に携わる非法曹の有識者によって書かれた書籍がほとんどという中にあって、一流の法律実務家が音楽著作権についてここまで体系的に法律論を述べてくれている書籍は他に無く、貴重な一冊です。
 

【本】『音楽著作権管理の法と実務 2015-2016』― 音楽著作権は何が難しいのか(1)

 
エンタメ法務の真骨頂ともいえる音楽著作権。私もいちおう元バンドマンの端くれとしてそこそこ分かっているつもりだったのですが、仕事で扱う機会が増えてくると、この領域は本当に難しいなと感じます。

何が難しいのか?その理由を考えてみると、

1)権利者が多い
  作詞家、作曲家、実演家、レコード製作者、放送事業者…
2)権利の種類も多い
  著作(財産)権、著作者人格権、著作隣接権、実演家財産権、実演家人格権…
3)権利者の権利に二次的に関わる関係者がいる
  音楽出版社、レコード会社、プロダクション、プロモーター、広告代理店…
4)さらにそれらの権利者と権利に関わる団体がある
  管理事業者(JASRAC・イーライセンス他)、レコ協、芸団協(CPRA)、音事協…

こんなところにあるんじゃないかと思います。

しかも、これらの登場人物と権利の背景にある歴史的な「しがらみ」が強く、新しくこのビジネスに参加する者にとってはどうしてこんなに複雑になっているのかすらよく分からないという点が、余計に敷居を高くしています。まずそのしがらみを解きほぐすために、この一冊は外せないようです。


音楽著作権管理の法と実務 2015-2016
一般社団法人日本音楽出版社協会(編)



久しぶりに、Amazonどころか一般書店でも買えない本のご紹介となりました。

本書は、法律論にはあまり詳しく触れてくれません。さらに、一章一章の筆者も筆致もまったく独立してしまっており、体系的でもありません。そのためお世辞にも法務パーソンにとっての良書とはいえないのですが、音楽ビジネスにおいて中心を担う音楽出版社とJASRAC、そして権利管理団体らがどのような歴史のもとにそれぞれの役割と業務を担っているのかを、他書よりも詳しく知ることができるという点で、入手しておくべき1冊となります。

音楽著作権の世界においては、最終的には「今のところJASRAC最強!」というのが話のオチです。そのJASRACが行う細かい実務が具体的にイメージできるようになり、そこで出てくる用語に慣れないと、どの本を読んでも頭に入ってきません。そして、音楽著作権にちょっとでも関わったことがあれば必ず目にしているはずの「例の図」=管理委託範囲の選択区分の別表。あれをカラダに染み込ませないことには、お話になりません。

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音楽著作権を理解するには、この本ではないわかりやすくて体系的にまとめられた本を読みつつ、この本も都度ひも解くという、縦糸に横糸を通す作業を業務を経験しながら地道に行っていくしかないようです。

シルバーウィークは、引き続き音楽著作権関係の本を何冊か紹介していきたいと思います。
 
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