ロールパン文庫の伝言板

家庭文庫「ロールパン文庫」のブログです。 ホームページ http://www.rorupanbunko.com/

近況

「いぬいとみこ展」を終えて

8月14日をもって、特別展「いぬいとみこ ----ながいながいおはなしをみんなに---」は無事に幕を閉じました。
みなさまのご支援・ご協力、ほんとうにありがとうございました。

6月24日、開幕前日の内覧会で、初めて文化館の外壁いっぱいのポスターを見たときの感動が、そのまま少しも変わることなく続いた7週間でした。

そして最終日、夏の夕暮れの蝉しぐれのなか、さいごにまたそのポスターを見あげ、こんどは限りない感謝の気もちでいっぱいになりました。
いぬいとみこ先生、松永ふみ子先生のまいた種が確実に実を結んでいること、そしてその実から新たに生まれた種がふたたびまかれていることを実感した7週間でもありました。

午後6時、終了合図の「蛍の光」が流れるなかで、私が最後に目にしたパネルは、「ムーシカ文庫の世話人」というタイトルの一枚でした。
そこには、このような、きのしたあつこさんの文章と、いぬい先生が編纂した『松永ふみ子さんの思い出』の表紙写真がありました。

【…文庫を運営していくうえで、ある困難が生じたとき、私はこの問題にこれほど神経と時間を消耗しなければならないのなら、文庫の仕事などいっそ「もうやめてしまおう」と思ったのです。ところがそう思ったとき、私の頭に真先にうかんだのは、お話を聴いているときの、そして本を読んでいる時の、子どもたちの「あの顔」「この顔」でした。
 一人一人の子どもの顔が、私に文庫の仕事をやめることを思いとどまらせたのです。「この子たちが来ているかぎり、私はやめたくない。この子たちの世界がどこまで広がって行くのか、できるかぎり見届けたい。そしてもっと多くの子どもに出会いたい」という「欲」が、その時初めて私の中に湧き起ってきました。あらためて私は、文庫の子どもたちの存在が私の中で占めている重さを知らされたのです】

改めてこの一文を読んだとき、涙があふれて止まりませんでした。
いぬい先生がひらいた文庫で、このような世話人の方々の手でまもられてきた私たち。みんな幸せなおとなになった、ということを、いぬい先生には見届けていただけませんでしたが、きのしたさんはじめ多くのムーシカに関わった方々、そしていぬい先生に導かれた児童文学者たちにご覧いただけたこの企画展は、まさに「賜物」だったのだと思います。


“第一章 文学者いぬいとみこ”のコーナーの最後のパネルの最後の一行は、はからずも、いぬい先生自身がモデルと言われる『山んばと空飛ぶ白い馬』の一節でした。


「林のなかを歩いているのは、キリノさんひとりきりでした」


黒姫の山をひとりぼっちで歩くいぬい先生の姿が目に浮かぶようでちょっとせつない気もちになりましたが、それだけに、続く第二章が“ムーシカ文庫 子どもたちのふるさと”と題されているのは嬉しいことでした。私たちみんな、いぬい先生の子どもだったんですね。いつも多くの世話人と千人の子どもたち、そして何より素晴らしい親族に囲まれていたいぬい先生は、けっして「ひとり」ではなかったのだと思います。


このような日が来るとは、と、初めは奇跡のように思えた展覧会でしたが、いぬい先生の書かれた長編が現代児童文学の礎となっていることを知り、先生の終えの住処であった練馬区の文化館でその業績を再評価されたことは、むしろ運命だったのかもしれません。
いぬい先生の文学と、ムーシカ文庫の軌跡に光を当ててくださったのが、もう40代になる最後の文庫生たちよりもずっと若い、32歳の学芸員であったことはさらなる大きな恵みであり、希望です。

ぜひ3年後のねりま文庫連50周年、6年後のいぬい先生没後20年、さらには8年後の
生誕100年までつなげていただきたいと願うばかりです。

ご来場くださったみなさま、お暑い中、お忙しい中、そして遠方より、ほんとうにありがとうございました。

ムーシカ卒業生、そしてロールパン文庫のみんな、ありがとう!
みなさんのおかげで、私も「ひとり」ではありませんでした。

次回は私より若い文庫卒業生の手に委ねたいと思います。みなさま、どうぞよろしく
お願いいたします。


最高に幸せな7週間でした。
私個人の反省点は多々ありましたが、出会った方はみな良い方で、良いことばかりの7週間でした。こんなにやることがたくさんあり、いろんなことがたくさん起こったのに、一度も嫌な思いをすることがなかったことは、奇跡でしょうか、運命でしょうか。

きっと、まかれた種が良い種だったからですね。

これからも、日本の、そして世界中の子どもたちがおはなしの本を読める世界でありますように。


                        感謝をこめて
                        2016年8月15日

                                 小松原宏子


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2014.10.5このあの文庫訪問(こみやゆうさんの家庭文庫)

こみやゆうさんの「このあの文庫」に行ってまいりました。

11月30日に行われる練馬文庫連絡会45周年行事「家庭文庫シンポジウム」の打ち合わせです。

こみやさんは、杉並区で文庫活動をしていらっしゃいますが、ゲストスピーカーとしておいでいただくことになっています。


大雨のなか、コッペパン氏に車を出してもらって、関日奈子さん、田中奈津子さん(サマーさん)、こひつじ文庫の西裕子さん、ひかり文庫の田倉京子さんと伺いました。


ご許可いただき、このあの文庫と、こみやさんご一家の写真を撮らせていただきました。
ブログ掲載のお許しもありがとうございます。

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本も美しく整理されていて、アットホームな素敵な空間でした。

こみやさんのお話は、とてもおもしろく、楽しいシンポジウムになりそうです!!








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教え子たちの文庫訪問

先週の水曜日(9月10日)、ロールパン文庫にすてきなお客さんがやってきました♪


なんと、去年まで職場の女子高で教えていた生徒さんたちです。

この春卒業して、大学生になったふたり、リサさんとマナカさん。


たまたま外に出てママのひとりと話していたロールパン、曲がり角からきれいなお嬢さんがふたりこちらに向かってくるのを見て…


????



なんで!?どうして!? ここで会うはずのないふたりが…?






。。。これはまさに二重の奇跡でした。



だって、顔覚えのわるいロールパン(先生としては致命的)、学校にいたらいたで、みな同じ制服を着ていて髪型も決まっていて、乙女たちの区別がつかない、卒業して私服になってお化粧したらもっとわからない



・・・はずなのに。




ひとめでわかりました。どう考えても信じられないシチュエーションにもかかわらず、

ふたりがものすごく綺麗におとなっぽくなっていたにもかかわらず、



わかっちゃいました


びっくりしました。


そして…


感動しました




文庫のホームページを見て来てくれたのだそうです。
やっぱり作ってよかった、ホームページ



ふたりは文庫で短い時を過ごして帰って行きました。子どもたちがたくさんいてお茶も出せなかったけど、こんどはぜひゆっくり来てね。ごはんでも食べましょう
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とちゅうまで送って行きながら、ちょっとだけ朝ドラの『花子とアン』の話をしました。

村岡恵理ちゃんの『アンのゆりかご』が原案になっている、朝の連続ドラマ『花子とアン』。もちろんロールパンも毎日欠かさず見ています。

恵理ちゃんはいまや「時の人」、なかなかゆっくり会えなくなっちゃったけど、たまに電話でおしゃべりできるときは、ロールパンにとっては今までと変わらない楽しい時間です。たぶんこれからもずっと。

ドラマフィーバーが落ち着いたら、またいつか恵理ちゃんとこんなお出かけもできるでしょう。
http://blog.livedoor.jp/butter_roll/archives/53645829.html


リサさんとマナカさんも、『赤毛のアン』が大好きだそうで、嬉しいかぎりです。
私達の年代だけでなく、今の若い人たちにも愛されているのですね。


ところで、あとになってから、去年マナカさんのことを「ひとりごと」のブログに書いていたことを思い出しました。
http://blog.livedoor.jp/butter_roll-pirop/archives/33068464.html


なんと、ちょうど一年前のことでした。



あと6年。

わたしがこよなく愛した教え子たちは25歳。


東京オリンピックが華やかに行われるその年も、ロールパンのこと、まだ覚えていてくれるでしょうか。


たとえ忘れられてもいいから、みんなに幸せになっていてもらいたい私です














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芦辺拓さんからのメール

このHPを開いてよかったなあ、と思ったことがこの一年のうちにも多々ありましたが、この夏もまた。

受験生ベビーロールとひきこもりで、なんのトピックスもない夏休みだと思っていたのに。



♪    ♪    ♪

昨日、日曜日にしてはめずらしく(シナモンロール朝帰り、とか、諸事情ありまして)、朝からパソコンを立ち上げましたら、このHPへの「お問合せ」メールが。

差出人は「芦辺拓」さん。

ん?どこかで聞いたお名前…


内容は、「○○出版社からの荷物がロールパンさんの名まえでうちの住所に届きました。私も練馬区に住んでいて、○○社の仕事もしています。何かの手違いでそちらの荷物がこちらに届いたようなのでご連絡しました」とのこと。


。。。ということは…


ひゃあ推理小説家の芦辺拓さんではありませんか!
あわててネットを見たら確かに「練馬区在住」とあり、もちろんながら○○社からも多数出版が。


芦辺さんは○○社にも連絡してくださったそうですが、土曜日で連絡がつかなかったそう。

実はロールパンも社から著者校正原稿が届くはずだったのに来なかったのですが、やはり会社がお休みで荷物番号もわからなくて、困っていたのでした。

すぐに御礼のメールを出し、月曜日に○○社と連絡をとることに。

でも、そしたら原稿はいつ来るのかなあ。○○社に差し戻してからだと、もしかしたら編集の△さん、夏休みに入っちゃうよと、心配しておりました。△さんの鉛筆入れ原稿だから同じものふたつないし。


すると、夕方出先から帰ってパソコンをあけたら、芦辺先生からのお返事が。


「ヤマト運輸に電話したら伝票番号××××で、まだ練馬区内にあるようです。この集荷所です。」
と、宅配便集積所の電話番号もお知らせくださいました。


時計を見たら5時半、急いでその番号にかけてみたら、荷物も見つかり、こちらに転送してもらえることになりました。


今日着くことになっています。これで△さん夏休み中に初回校正を済ませることができます。



芦辺拓さんのおかげで、予定通りに仕事できることになりました。
芦辺先生、ほんとうにありがとうございました。


私だったら、たとえつながりのある出版社の誤配であっても、そこまでできないと思います。
しかも、あちらは有名人、こちらはほぼ一般人。逆ならばまだしも。。。

○○社つながりというだけで、見ず知らずの無名の人間のために---○○社のために、ということであっても---売れっ子のお忙しい作家の先生がそのようにきめ細かい対応をしてくださったことに感謝、そして感動です。



すっかりファンになりました。
実はロールパン文庫、ほとんど絵本が中心で、読み物は女の子向けに偏りがちでしたが、子どもたちは男の子のほうが多く、年齢もだんだんあがってきていますので、これから入れます、芦辺作品!


もちろん○○社刊を中心に





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子どものころの本の思い出

ご報告が遅れましたが、本作りsolaのウェブマガジンに、原稿を掲載していただきました。

連載「子どものころの本の思い出」です。

http://sola.mon.macserver.jp/

『ももいろのきりん』にしようか、『ロッタちゃんのひっこし』にしようか、悶絶したあげく、『ももいろ』のほうにしました。


原稿を依頼していただいたときから、どの本のことを書こうか、と思うと次から次へ書きたいことが浮かんできて、ひとりで連載したいくらいの気もちになりました


いまだに、あれもこれも、と、書きたいことがいっぱいなので、そのうちこのHPのなかでも思い出を綴っていこうかと考え中。



といっても、おはなし会のブログのアップも遅れがちなので、いつになるかわかりませんが



せっかく読書記録ノートも書いていることですし、できるときにぼちぼちやっていこうと思います。








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存夢銀行

2009年に台湾で翻訳刊行されたロールパンの著書『いい夢ひとつおあずかり』。


手元に一冊しかなくて、どうしてもあと三冊欲しかったものを、高山あつひこさん(あつこさん)の台湾在住の妹さん、なおこさんが手に入れてくださいました。

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覚えたての慣れない中国語で、苦労して本屋さんに注文してくださったのだそうです。



台湾から、なおこさんといっしょに海を越えて来てくれた三冊の中国語版。
あつこさんの手を経て、今日ロールパンのもとに届きました。


三人の娘たちに、たいせつに持っていてもらおうと思います。


なおこさん、あつこさん、ほんとうにありがとうございます☆








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2013.3.7文庫交流会

平成24年度 「第3回練馬区図書館と文庫の交流会」がありました。

プログラム

(1)平成25年度図書館と文庫の交流会について

(2)図書館、文庫、開放図書館からひとことずつ

(3)図書館と文庫の実技交流会

           ①ブックトーク
           ②おはなし
           ③切り紙細工


毎年、第1回(6月)と第2回(2月)は出席できず、今年も第3回だけの出席となりましたが、久しぶりの方ともお会いできて、楽しいひとときでした。

図書館のブックトーク、初めて聞きました。小学6年生の気もちになって楽しめましたし、とても参考になりました。

模造紙の小道具をつかってのおはなし、切り紙細工もとてもよかったです。こんど文庫のおはなし会でやってみたいと思いました。


ただいま改修工事中☆

5月8日からロールパン文庫は改築工事にはいりました。

旧文庫のおへやはこうでした。

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おはなし会会場はこうでした。

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改築前に、文庫の本をみなさんに貸出。
「たくさん借りて、7月までもっててね」。
みんなよろこんで借りてくれました☆
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本がだんだん減っていって。。。

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さいごはおかあさんたちに車で取りに来てもらい。。。

おとなの本は世話人りーふのおうちにあずかってもらいました。
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からっぽになった文庫の本棚。
2003年の5月、いよいよ自分の文庫をひらこうと、大磯の松永太郎さんのお宅に本をいただきにあがったときのことを思い出します。

あれから9年。太郎さんはあまりにも早くこの世を去ってしまったけれど、本はふえ、子供たちは育ち、また新しい子がおとずれ、おはなし会も始まりました。

いぬいとみこ先生、松永ふみ子先生、そして太郎さん。天国でロールパン文庫を見守っていてくださいね。

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本棚を自力で解体しようとしているコッペパン氏。
このあとあまりの大変さに断念。
結局プロの大工さんにはずしてもらいました。

作ったときはひとりでぜんぶやってくれたんだけどね。
9年前はまだ若かった、ってことかな。。。?笑


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そしてなにもなくなりました。ロールパンもこの状態を見るのは16年ぶりです。

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おはなし会会場もあっというまにこんなふうに。

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大移動のこの日、ゆんぬが作ってきてくれたお夕飯。
感涙。



2週間後、文庫だった部屋はこんなふうに。北側に少し広げて、出窓もつけてもらいました。

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間仕切りがなくなった2階は広々。

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左側がおはなし会会場だった場所です。念願の“格子窓”もつきました。

6月のおはなし会は、ここで行うさいごの回となります。
そのころには壁紙も新しくなっているかな。みなさま、次回のアップをおたのしみに(?)。





2012.3.29大阪国際児童文学館訪問

大阪国際児童文学館に行ってきました。2度目の訪問です。

荒本の文学館から100mのところに住んでいた次女が、4月から転勤になってしまうので、こちらにいるうちにもう一度、と思い、春休みを利用して行ってきました。


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早咲きの桜が綺麗でした。         児文館前から見える次女の会社の寮


今回は、毎日新聞社の反橋記者と、ムーシカ文庫の卒業生・二川(旧姓・森友)百重さんといっしょでした。

ロールパンは、もともとはムーシカ文庫で百重さんと仲良くなったのでした。いぬいとみこ先生のお見舞いに最初に慈雲堂病院に行ったのも百重さんといっしょでした。そして、それが「まあ、宏子ちゃん!」と、先生に認識していただいた最後の日となりました。

百重さんは結婚して群馬にお住まいですが、会えばいつでもムーシカで過ごした良き時間がよみがえります。

今回は、息子さんが大阪大学に合格(!)なさったとのことで、お引越しのお手伝いを兼ねての来阪でした。

♪         ♪        ♪

反橋さんは、ロールパンが「読んであげて」の連載のときにお世話になった学芸部の記者です。
この一年は「いっしょだよ」被災地キャンペーンのためにご尽力なさいました。ロールパンも、ささやかながら寄付と寄贈で協力させていただきました。キャンペーンはとても大きな反響があり、すばらしい成果をおさめたとのことで、ロールパンも嬉しくなりました。


♪         ♪         ♪

そして今回は、児文館主任専門員の土居安子さんに、ムーシカ文庫の資料と、いぬい先生の蔵書の受け入れをお願いしてきました。いぬい先生個人の記念館などがない現状では、公共の図書館にお委ねするのが一番よいのではと考えたからです。

ロールパン文庫でムーシカの資料をおあずかりしてきましたが、この先ロールパンの次の世代、その次の世代まで受け継がれていくという保証もありません。大阪府立中央図書館国際児童文学館は70万点におよぶ日本最大の資料を誇る専門資料館です。そして何よりも、土居さんはじめ児童文学への愛と熱意をもった財団法人大阪国際児童文学館が窓口になってくださっています。かけがえのない文庫資料をおゆだねするのに願ってもない最高の場だと思います。

児文館は練馬区と関係の深い鳥越信さんの資料を土台にしているという点でもムーシカとのゆかりが感じられますし、資料の保存を快諾していただき、ただただ感謝あるのみです。

♪         ♪          ♪

反橋記者が帰られたあと、百重さんと隣接の中央図書館を見学しながら土居さんの業務終了を待ち、いっしょに近所の天ぷら屋さんに食事に行きました。

会社から帰ってきた次女も加わり、女四人で一杯やりました☆
なんと素敵な一夜だったことでしょう。

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☆今回ロールパンがおもちして寄贈した資料のリストです☆

『いい夢ひとつおあずかり』中国語版(台湾にて出版)2009年出版

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『いい夢ひとつおあずかり』韓国語版  2010年出版
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『いい夢ひとつみぃつけた』韓国語版  2012年出版

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『足利の民話』 (山本俱子)

『おはなしが好き本が好き』(徳永明子)

『子ども文庫通信 ことばの喜びを求めて』(徳永明子)  


そして、いぬい先生が遺した文庫訪問者の記録です。手元を離れる前に新幹線のなかで写真を撮りました。
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いぬい先生手作りの表紙    木島始さんと松永ふみ子先生の写真

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いぬい先生手書きのメモ。「1977年5月24日 初めて松永先生ときのしたあつこさんが文庫に泊まった日」、とあります。




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若き日の津田櫓冬先生    石井桃子・中川李枝子のサイン
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ロールパンが長女を連れていった日の記録。なぜか「小松崎」(笑)。
この日のことはのちにIBBYの世界大会のスピーチで語られました。が、ロールパンがそれを知ったのはずっと後のことです。先生の没後、『ムーシカ文庫の伝言板』を編纂したときでした。

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こだまともこさんのサイン。

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こんこんのサイン。横浜に引っ越すと書いてあります。ムーシカで過ごした最後の日だったのでしょう。

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柳澤純子ちゃんのサイン。東京外語大学在学中のもののようです。


ほかにも著名な作家や文庫卒業生のサインや書き込みがたくさんありました。いぬい先生の手による文庫の記録も。

この貴重な資料が今後劣化や雨漏りの心配なく国際児童文学館に保存されると思うと安堵の気持ちに満たされます。

ロールパン家の屋根裏にひっそりとしまわれているよりもずっと幸せにちがいありません。




2011.12.7「よみこん」選定会&文庫忘年会ランチ

練馬区図書館と文庫では、毎年度子どもたちへのおすすめ本を選定しています。

http://www.lib.nerima.tokyo.jp/kodomo/k_yomikon/index.html

①まずは、前年度の春に練馬区内の各図書館、開放図書館、家庭文庫に推薦の依頼があります。

②各対象年齢に、よみもの・えほん・かがく・その他の各ジャンルから1~2冊ずつ推薦します。

③各団体からあがってきた推薦本を練馬区図書館子どもサービス係りが一覧表にまとめ、ふたたび各団体に配布します。

④各団体では、それぞれの候補作にA(よみこんリストに載せる)、B(よみこんリストに載せない)、C(読んでいない)のいずれかのしるしをつけ、12月28日までに光が丘図書館の子どもサービス係りに届けます。

⑤その結果をもとに、2月上旬に選定委員会がおこなわれ、リストに載せる本が決定します。


ロールパン文庫が直接かかわるのは②と④です。
⑤は、勤務先の学校の入試期間にかかるうえ、毎回自分の書いた本を候補作にあげさせていただいていることもあるので、まだ出席したことはありません。出席者から伝え聞いたことによると、かなり熱い議論がたたかわされ、厳密な審査のうえリストが決定するのだそうです。

ちなみに、おととし、初めてこの選定に参加したときは、自作『いい夢ひとつおあずかり』と、翻訳『ウエデェイング・ウェブ』を推薦させていただき、2作ともリストに入れていただきました。
http://www.lib.nerima.tokyo.jp/kodomo/k_yomikon/2010_34.html


♪    ♪    ♪

今回は、一番たいへんな④の作業を、ロールパン文庫のみなさんに手伝っていただきました。
おととしはひとりでやって、絵本ジャンルはほとんど手つかず、去年は図書館の閲覧室にひとりでこもってかたっぱしから絵本を読んでいるうちにキモチが悪くなってきたロールパンでしたが、今年は総勢7人で、あっというまに絵本数十冊の選定が終わりました。みなさん、ありがとうございました!

参加してくださったのは、
サマーさん、ともさん、ゆんぬ、さまんさ、りーふ、ルナさんの6人です。

サマーさんが光が丘図書館の会議室をとってくださいました。閲覧室だと会話ができないのですが、会議室を借りられたので、相談しながら楽しくできました。

思い立ったのが一週間前のおはなし会の「反省会」のときだったので、みなさんへのご案内が遅れ、急すぎて参加できない方もいらっしゃいました。こんこん、チョコレート、もんた、純子ちゃんがとても残念がってくださったのが嬉しかったので、来年は早めに計画立ててお誘いします。というわけで来年度もよろしくお願いいたします~☆


終了後、図書館近くのイタリアン「オリーブの木」で、7人でランチしました。これもまた楽しかったです。本の話題は全く出なくて、ぜんぜんちがう話題で大盛り上がりでした。

さいごはルナさんのスポーツカー(何度聞いても名前が覚えられない)を見せてもらって解散しました。
車にくわしいゆんぬとりーふは「わあ、〇×△なんだ!」「☆◇なのね?」と、ロールパンにはまったく理解不能な会話をルナさんとしてました。

りーふは「ホイールもかっこいいね!」と、ロールパンなら決して見ないところを見ていいました。
でも、折しもロールパンは夫に頼まれて車のホイールカバーの中古品4つで2000円くらいのをアマゾンでネット注文してあげたところでした。で、ちょうど今日の夕方届いたので見てみたら、やはり全然ちがうシロモノでした。


♪    ♪   ♪

次回おはなし会は12月17日(土)10:15~です。
その後11:00~おたのしみバザーをいたします。

15日(木)・16日(金)に値段つけなどの準備をいたします。お手伝いいただける方、どうぞよろしくお願いいたします。

2011.11.5東京アンサンブル チャリティーコンサート

児童書とも読書とも直接は関係ない話題ですが、島多代さんからのご招待で行ってまいりましたので、記事に残しておきます。浜離宮朝日ホールでのチャリティーコンサートでした。
http://www.asahi-hall.jp/hamarikyu/event/2011/11/event889.html

主宰の服部譲二さんは、ミュゼの強力な支援者ということです。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%9C%8D%E9%83%A8%E8%AD%B2%E4%BA%8C

ヴァイオリンは透明感のある素晴らしい音色でした。
アンサンブルの他のメンバーも若手の実力者だと思いますが、やはり服部さんのソロは出色です。

また、コスチュームはMiss Ashidaのオリジナルで、黒と黄の奇抜で、それでいて上品な、impressiveなものでした。
ところで、これを書くために今検索しましたら、服部譲二はSEIKOの服部一族の出だそうです。びっくり。どうりで高貴な雰囲気の方々が客席にたくさんいらっしゃったわけです。
でも、もちろんながら音楽にそんなバックグラウンドは関係ありません。正真正銘、ホンモノの実力派だと思いました。




ちなみに今をさかのぼること〇十年、ロールパンの兄は3歳から16歳までずっとヴァイオリンを習っていて、私はナマでもレコードでもクラシックの音色が絶えない家で育ちました。家には兄が幼いときの片手に乗るほどのものからオトナ用まで十数代の歴代ヴァイオリンがかなり長いこと保管されていました。

兄が幼稚園のときの夢は「パイロット」でも「正義の味方」でもなく「指揮者」だったそうです。そんなわけで兄が芸大に現役合格したときは、誰もがヴァイオリンで入ったものだと思ったものですが、実は中学のブラバンで目覚めたクラリネットの道に進んだのでした。今は東京フィルに所属しています。

で、そのためかどうかはわかりませんが、ロールパンは今でも弦楽器の音色が大好きです。
しかも、この日のコンサートは曲のチョイスもよくて、団伊玖磨やモーツァルトのシンプルな構成に服部さんのトークの味付けで、まったく飽きさせませんでした。

そのあとワインとサンドウィッチのパーティーもあり、ロールパンはとても残りたかったのですけど、一緒に行った夫が「寿司食いに行こうぜ」と言ったので築地市場の寿司屋に引きずられていってしまいました。あそこにいらしていたハイソな雰囲気の方々と優雅に談笑したかったのですが、夫婦でカウンターで熱燗もよかったです(笑)。


朝日ホールは初めてでしたし、演奏もトークもすばらしかったですし、大満足な夜でした♪
島さんは翌日の東京こども図書館での講演を控え、体調調整のためいらっしゃいませんでしたが、ミュゼの方々にとてもよくしていただきました。「ご招待 島多代」と書かれた立派な封筒をいただいて、VIPみたいで嬉しかったです。

阿部慎蔵先生《水彩画》展三十周年記念

水彩画家、阿部慎蔵先生の三十周年記念の個展でした。
http://www.isogaya.co.jp/artist/abe-shinzo/s-abereki.htm



村岡恵理さんと行ってまいりました。

恵理さんは、村岡花子の令孫で、『アンのゆりかご』の筆者です。

アンのゆりかご 村岡花子の生涯アンのゆりかご 村岡花子の生涯


そもそも、恵理さんとロールパンを引き合わせてくださったのが、画家の阿部慎蔵画伯でした。

阿部先生は、随筆家・小泉妙さんの従弟にあたられます。

小泉妙さんとロールパンとの出会いはこちら
http://blog.livedoor.jp/butter_roll/archives/52944389.html

♪     ♪     ♪

そして、阿部先生との出会いは、妙さんから阿部画伯のご長男、阿部太郎さんの切り絵展に誘われたときのことでした。

http://www.geocities.co.jp/Hollywood-Stage/4103/index1.htm

阿部太郎さんは慶應幼稚舎の先生ですが、趣味の切り絵が玄人以上ということで評判をよび、何度も個展をなさっています。

その太郎さんの個展に伺ったとき、ロールパンはよくあることですがたぬきに化かされ、中野駅で総武線に乗って新宿に向かったつもりがなぜか高田馬場に着いていて大幅遅刻、ご一緒することになっていた妙さんと小川文明くんを待たせただけでなく、会場のオキュルスも閉館間近になって切り絵作家の太郎さんも帰ってしまい、お父様である慎蔵先生が代わりに妙さんに付き添って待っていてくださったのでした。

そして平身低頭で切り絵を拝見したあと、慎蔵先生に高輪台のお蕎麦屋さんにお連れいただき、妙さん、小川君、慎蔵先生の当時のモデル・りんちゃん、ロールパンがごちそうになりました。

その際、妙さんがロールパンのことを「最近本を出されたの」とご紹介くださったのですが、それを聞いた慎蔵先生が「ぼくの知り合いも最近本を出したんだ。その人は村岡花子の孫なんだよ」とおっしゃいました。

ロールパンはとびあがってびっくり。「そ、それは村岡恵理さんのことでは?『アンのゆりかご』ですよね?私、それ、ちょうど読んだところです!」

で、ぜひ会わせてほしいと懇願したところ、「いいよ」。
ちなみに、慎蔵先生と村岡恵理さんのご縁は、この日の会場・画廊オキュルスを一時期恵理さんが手伝っていたことにあるようです。


そして、後日慎蔵先生はほんとうに恵理さんとの席をセッティングしてくださいました。こんどは銀座のお蕎麦屋さん。

『アンのゆりかご』をロールパンに薦めてくれた女流歌人の松村由利子http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%9D%BE%E6%9D%91%E7%94%B1%E5%88%A9%E5%AD%90とともに出かけてゆき、恵理さんご本人とご対面。以来恵理ちゃんとはすっかりお友達になり、村岡花子文庫でのホームコンサートにもお招きいただき、ムーシカ文庫の資料保存の相談にも乗ってもらったり、公私ともどもすっかりお世話になっています。

恵理ちゃんのお姉さまでロールパンと同い年の翻訳家・村岡美枝さんにもお引き合わせいただき、姉妹でロールパン文庫にいらしていただいたことも。これは美枝さんの訳書。もちろんほかにもたくさんあります。

うわさの恋人―アボンリーへの道〈4〉 (フォア文庫)うわさの恋人―アボンリーへの道〈4〉 (フォア文庫)


そして、2009年10月、ロールパンは毎日新聞大阪本社版「読んであげて」の連載『ホテルやまのなか小学校へようこそ』で、慎蔵先生のご長男、阿部太郎さんに切り絵をつけていただきました。


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さらに、このご縁はここだけにとどまりません。

ロールパン文庫の世話人、さまんさには息子さんがふたりいますが、次男のショウちゃんは高校生のとき、学校でとある「不祥事」を起こし、保護者さまんさは学校から呼び出しを受けました。

そして、その「不祥事」を起こしたグループのひとり、ショウちゃんの親友ゲンちゃんは、なんと村岡美枝さんのご長男でした。つまり、美枝さんとさまんさは一緒に呼び出されたわけです。


もちろん美枝さんは結婚して「村岡」は旧姓のため、最初はそんな「六次の隔たり」のご縁にはまったく気づきませんでした。わかったのは、ロールパンがさまんさに「村岡花子さんのお孫さんと仲良くなったの」と言い、さまんさが「ショウの高校の同級生で『おばあさまが「赤毛のアン」を日本で最初に訳したと言ってる子がいるらしいの。でも、苗字が村岡じゃないんだけど…」と言ったからです。

そんなこんなで、ショウちゃんゲンちゃん在学中は、「不祥事」の謝罪のために学校に行った美枝さんから、さまんさ経由でロールパンにおいしいお紅茶が届いたこともありました♪


ちなみにその「不祥事」がなんだったかというと、かの高校生たちが「学校の教室に出前をとった」ことでした。


不良高校生たちはその数か月後、無事に受験を終え、ショウちゃんは早稲田大学の入試の成績があまりによかったので大隈賞というのをとりました。今も特待生として大学に通っています。そしてゲンちゃんもまた一橋大学に現役合格して青春を謳歌しているもようです。


♪      ♪      ♪

思わずここで記事を終えそうになってしまいましたが、タイトルは阿部画伯の三十周年記念展でしたね。
こちらが当日の写真です。
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左:案内のお葉書
右:ロールパンが大好きな紫陽花の花です(6月生まれなもので)。


ちなみにこの日もロールパンはたぬきに化かされ、新橋の次が高輪台のはずなのに、なぜか品川に着いて恵理ちゃんを待たせました。みなさんごめんなさい。次回オキュルスに行くときはまっすぐ着きたいものです(泣)。

星野イクミさん個展「うわのそら」

イラストレーターの星野イクミさん
http://www016.upp.so-net.ne.jp/hossyan/index.html
の個展に行ってきました。

タイトルは「うわのそら」。

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去年はたしか「えそらごと」でした。しゃれたネーミングです。「そら」シリーズで続くのでしょうか。次回のタイトルが早くも楽しみです。

星野さんとは、2009年2月の毎日新聞大阪本社版「読んであげて」の連載『キューティー・キューピー・キューピッド』で挿絵を描いていただいてからのおつきあいです。


学研の編集者・小方桂子さんのご紹介でしたが、HPを見て、「オトナ可愛い」個性的な画風にひとめぼれでした。「この方に絵を描いていただきたい」というよりは、「この絵に合うおはなしを書きたい」と思わせるような、魅力あふれるイクミワールドです。

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↑右端の絵のタイトルは「おひっこし」。今回ロールパンのイチオシです☆

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なんといってもvividな色づかいがいいです☆

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オリジナルグッズ。ぜんぶ欲しくなってしまいます。

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銀座伊東屋8Fミニギャラリー(本店)で、10月16日(日)までです。
売り場の一部の静かなコーナーに忽然と現れたような魅惑の小宇宙です☆

期間中、2時以降はイクミさんが会場にいます。
絵だけでなく、画家自身のビジュアルもご堪能ください☆たぶん彼女は自分の絵の世界の住人なのでしょう。
ほんとうに、素敵なイラストから抜け出てきたかのようなのです。

SVAの「絵本を届ける運動」に参加

所属する「おにぎり文庫」(http://www.onigiribunko.jp/)のボランティア活動の一環として、SVA(http://sva.or.jp/ehon/)の「絵本を届ける運動」に参加しました。

日本の絵本の、文章の部分に、各国語に翻訳されたシールを上から貼って、海外の子どもたちに送る活動です。


まず、参加費2200円を払って、絵本一冊とシールをうけとります。
今年はこぐま社の『アローハンと羊』でした。何種類かの一冊が割り当てられるのです。

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それから、クメール語に翻訳されたシールを切り取ります。このとき、線の内側を切るようにします。


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このシールはたいへんよくできていて、切り取ったあと上下がわからなったりしないように、上の角が丸く、下の角は三角になっています。

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それから、切り取ったシールを日本語の上に貼っていきます。このとき、日本語がすべて隠れ、絵は隠れないように、シールのかたちもくふうされているのです!CIMG6713


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さいごのページまでシールを貼り終えたら、クメール語の五十音表を使って、自分の名前を書きます。
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がんばって書きました。

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絵本の裏表紙に貼って、おしまい♪

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このやり方を考えた人って、なんて頭がいいんでしょう!!

カンボジアで、翻訳絵本を出版するとなると、たいへんな費用がかかります。日本でつくるとしても、クメール語の本を製作するのはたいへんです。

でも、シールだけ作って貼れば、そのコストをかけずに、現地の子どもたちに新品の本を手渡すことができるのです!!

おおぜいのボランティアたちが、一人一冊、本代その他を払い、作業をするのですから、ひとりひとりの負担は少ないのに、いちどにたくさんの本を送ることができます。ちなみにロールパンは「若い(!)から」ということで、ページ数の多い本がまわってきた(らしい)のですが、すべての行程を約1時間半で終えることができました(2日に分けてやりましたが)。


昨年も参加したので、今年で2回目ですが、この賢さにはほんとうに感服するばかりです。
ちなみに、昨年は『にじ』(福音館書店)で、やはりクメール語でした。

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ロールパンがシールを貼った本が、カンボジアの子供に読まれると思うと、ほんとうにうれしいです。

来年は、どんな絵本がどこの国に送られるでしょうか。今から楽しみです。




『木かげの家の小人たち』フランス語版 ---柳澤純子さんからのお便り---

今日、ロールパンの妹分、柳澤純子さんから涼しい秋風といっしょに、残暑を忘れさせてくれる爽やかなお便りをいただきました。
ご本人のお許しを得て、ここに抜粋を掲載させていただきます。


◆   ◆   ◆




 私の大学時代、今から25年くらいまえに、フランスに留学していた
友だちをたずねて、フランス中央部ヴィシーという保養地に行ったときです。
たしか、ヴァレリー・ラルボーの図書館と覚えていますが、図書館でまちあわぜ
をし、時間があったので、最上階の児童書のコーナーをのぞきました。
なにげなく、本をながめていましたが、そこに、Tomiko Inui著とある、
「木かげの家の小人たち」のフランス語版が、2冊あるのをみつけました。
私の手元にある、「くらやみの谷の小人たち」のあとがきに、いぬい先生が、
「1971年10月、パリのフェルナン・ナタン社から、フランス版がでて、--
表題は、”空色のコップのひみつ”という冒険小説風のものでーー」、
とお書きになっている、その本にほぼ間違いないと思います。
その2冊とも、ボロボロに読み込まれていてました。日本を遠く離れて、
フランスにも、いぬい先生の作品を読んで育った子供たちがいるのです!!
 
あの時もし、もっと時間があったら、また、私のフランス語がもうすこし
流暢であれば、司書のかたに声をかけて、お話をきくことができたのに、
と、悔やまれてなりません。
いぬい先生にも、(ご存知のことであったでしょうが)、お知らせすれば
良かったと思います。残念でなりません。
小学5年生のとき、初めてムーシカ文庫にうかがわせていただいて、
(このとき先生は、「生きることの意味」を貸してくださいました)、
9年後、大学生のとき、千重さんが一緒に行ってくださって、再び、
ムーシカ文庫をお訪ねしたとき、(このときは、ルーシー・ボストンの
自伝を、貸してくださいました)、1時間くらい、いぬい先生は、お話
してくださったのですが、(心理学の、ユングのことなども)、先生は、
今とても、「小人たち」の続編を書きたいと思っている、とおしゃっていました。
私もぜひ待ちたいと思いました。今、先生のいらっしゃらない寂しさを
痛く感じながら、この秋、「木かげの家の小人たち」、「くらやみの谷の
小人たち」を、あらためて、読み返しています。
当然のことながら、フランス版のご本との出会いは、良い作品は、国境を
こえても、読みつがれる、ということを、私に、あらためて、実感させてくれました。
このことを、先日、急に思い出し、小松原さんに、おはなししたかったのです。

寒暖の差のはげしい、でも気持ちのよい10月になりました。
宏子さま、みなさま、どうぞ、良い秋をおすごしくださいね。


◆   ◆   ◆


うれしくて何度も何度も読み返しました。

ほんとうに、いぬい先生ご健在のときにお聞きになったら、どれほど喜ばれたことでしょう。

でも、こうして、先生の作品が各国で読まれ、日本の大学生がフランスの郊外で(パリの大図書館でなく!)ふと手にとり、何年も経っておとなになってから、ある日そのことを思い出して友に伝える…そんな風景をご覧になって、きっと天国で微笑んでいらっしゃるにちがいありません。


まかれた種。

文庫育ちのわたしたち。


先生方にとっての「次世代の文庫のおばさん」である私たちは、「初代・文庫育ちの子どもたち」でもあります。
テレビや受験戦争にふりまわされる「現代っ子」の行く末を案じていた先生は、その子どもたちが立派な中年(!)になるまでを見届けずに逝きましたが、お便りが「手紙」でなく「メール」になっても、電話やテレビどころか携帯やパソコンを操る幼児が出現するようになっても、…


。。。21世紀も案外悪くないと思っているんですけど。



天国の先生方、いかがでしょうか?(笑)

2011.9.24 はじめましての絵本たちinこひつじ文庫

「とことこペンギン隊」http://homepage3.nifty.com/toco-pen-tai/what.htmlの絵本ナビゲーター「三蔵さん」(本名・溝口いづみさん←女性)による新刊絵本の紹介です。ご近所文庫の「こひつじ文庫」にておこなわれました。


くわしくはこひつじ文庫のマーガレットさんのブログをご覧ください。
http://blog.livedoor.jp/margaret24/archives/51926565.html

たくさんの絵本を一冊ずつ丁寧に紹介してくださいます。

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どれもほしくなってしまうのですが、今回はこれを買いました。

いもいも ほりほり (講談社の創作絵本)
いもいも ほりほり (講談社の創作絵本)

それと、「おまけ」で紹介された、これ。

14歳からの原発問題 (14歳の世渡り術)

14歳からの原発問題 (14歳の世渡り術)

雨宮処凛は、ムーシカ文庫の卒業生、飯島裕子が記事を書いている雑誌『ビッグイシュー』に連載を書いています。そんなわけでなんとなく親近感。

さいごに、マーガレットさんの手作りランチとおやつをいただきました。

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バターナットというめずらしいかぼちゃで作ってくれました。


2011.9.22 さくまゆみこさんの読書会


前の記事に書いたミュゼ訪問のあと、学研編集者の小方桂子さんといっしょに、さくまゆみこ先生の読書会に行きました。場所は、さくま先生が教鞭をとっていらっしゃる青山学院女子短期大学です。

ずっと前から参加したかったのですが、7月はお題の『円卓』が読めなかったうえ、小方さんが都合で出席できなくなったので、シャイなロールパンはひとりで行かれず断念。

8月は、「映画会+食事会」ということで、割引チケットの申し込みもしていたのですが、直前に食事会の場所が本格インド料理のお店と聞いて急遽ドタキャン。なんでもいただく雑食系ロールパンですが、インド旅行の翌日に倒れて以来、サフランの香りをかぐと気分が…(汗)。憧れのさくま先生と初めてお会いするのに、食事をとらなかったり、無理して食べて粗相があっても、と思い、涙をのんでキャンセルしてしまいました。このときのことは後に小方さんによって「インド料理事件」と名づけられました。そのまんまですが。


そして、9月。とうとうデビューすることができました。
お題は『ゴハおじさんのゆかいなお話 ~エジプトの民話~』『チュウチュウ通り10番地 スタンプに来た手紙』『ピンクのチビチョーク』の3冊でした。

ゴハおじさんのゆかいなおはなし エジプトの民話      10番地 スタンプに来た手紙 (チュウチュウ通りのゆかいななかまたち)      ピンクのチビチョーク

ゴハおじさんのゆかいなおはなし エジプトの民話

10番地 スタンプに来た手紙 (チュウチュウ通りのゆかいななかまたち)

ピンクのチビチョーク

さくま先生はイメージどおりのとても素敵な方でした。
ロールパンも多少英語にかかわる仕事をしていますが、さくま先生はまさに雲の上の方です。でも、そんなことを感じさせない気さくで優しい方でした。もちろんこれから毎月参加させていただこうと思っています。

素敵な方のまわりには素敵な方が集まるのでしょうか。参加メンバーもみなさん魅力的な方ばかりでした。
そのなかに、小方さんの学研の同僚、寺村もと子さんがいらっしゃいました。どこかでお会いしたことがあるような…とずっと思っていましたが、散会後に自己紹介してくださって、家にお名刺があることを思い出しました。なんと、7年前の小川未明賞の授賞パーティーの席で一度だけお会いした方でした。

人の顔をまったく覚えられないという、学校の教員としては致命的欠陥をもつロールパンですが、寺村さんにはやはり特別のオーラがあったのかもしれません。読書会に遅れていらしたときから、ずっと、どこかでお会いした方かしら、昔の友達に似ているのかしら、と、気になっていました。

寺村さんにかぎらず、みなさん個性的で魅力的な方ばかりでした。しかもお若い!小方さんもそうなのですが、みなさん実年齢よりずっと若く見える方ばかり。ロールパンより少し年上かなあ、と思った司書の女性が大きなお孫さんのいる方だったり、大学を出たての編集者もいるぅ~と思ったら、32歳のパパさんだったり。みなさん、さくま先生からフレッシュなエネルギーをいただいているのでしょうか。ロールパンもぜひともあやかりたいものです











2011.9.22 ミュゼ・イマジネール訪問(第二回)五世代会

島多代さんのミュゼ・イマジネールを訪問しました。ロールパンにとっては3回目です。

1回目は2010年4月30日に小泉妙さんとふたりで伺ったときです。


♪   ♪   ♪

元IBBY、JBBYの代表である島多代さんとロールパンが、どうして知己を得させていただくことになったか、ここに記録を残しておくことにします。


今を遡ること約30年前、高校3年生だったロールパンは「小泉信三賞」という高校生論文に応募しました。

その前にも高校生論文に応募し、高1で電通広告論文2位、高2で同佳作、高3で朝日新聞創刊百周年記念高校生論文で文部大臣賞をとり、破格の賞金に味をしめていたロールパンは、高校の職員室の壁に貼ってあったポスターを見て、4匹目のどじょうを狙ったのでした。ちなみに30年前でありながら、電通論文の2位賞金は7万円(きっと1位の人は10万円だったにちがいありません!)と銀座和光の革製ハンドバック、佳作賞金は3万円、朝日新聞社は「50万円相当賞品」ということでテイジンの英会話学習セットをいただきました。しかも、電通も朝日新聞も、授賞式後の豪華立食パーティーつきでした♪


朝日新聞の「50万円相当」には応募前からくらくらしていまして、何がもらえるのだろう、ハワイ家族旅行かしら、ブランド物のフランス製ハンドバックかしら、と大興奮でしたから、授賞式から1か月以上経ってから英会話セットが送られてきたときは正直がっかりしました。

でも、カセットテープ50巻とハードカバーの教材数十冊、再生レコーダー、自動採点機能の機械、当時は立派に見えた(今でも結構立派な)ヘッドフォンのセットは捨てがたく、つい最近までうちの屋根裏部屋にありました。もとい、一部今でもまだあります。現在英語にかかわる仕事ができているのもこのセットのおかげ…と思いたい。


あ、話がそれましたが、文筆活動におけるロールパンの第一次人生最盛期である高校3年間の最後を飾ったのが「小泉信三賞」でした。残念ながら佳作入選で、賞金3万円、授賞式は4回の受賞のうちでは一番地味で、慶應大学のお教室のひとつで、審査員と受賞者が学校の保護者会みたいに四角く机を並べて仕出し弁当をいただきました。しかも審査員のなかで一番お目にかかりたかった阿川弘之先生はお風邪を召してご欠席。ロールパンの作文は『雲の墓標』と『赤毛のアン』をからめた比較文学(ふう)の感想文だったというのに(涙)。

それでも、その時は「この先もペン一本(当時はワープロもなく、ほんとうに鉛筆の下書きを万年筆で清書したものです)で生きて行こう!」と夢見たのでしたが、高校卒業後、大学4年間は吹奏楽にうつつをぬかし、その後も「書く」ことからはすっかり遠ざかってしまいました(たまに主婦向けのエッセイその他に応募して小金を得た程度)。。。


が、25年後、奇しくも長女が同じ賞に応募し、母親の「佳作」を超えてみごとホンモノの「小泉信三賞」を射止めました♪

その授賞式は25年前よりもはるかにゴージャスで、貴賓室のようなお部屋にフランス料理のシェフを招いての立食パーティー。審査員の萩野アンナさんもちゃんと元気にご出席。

そしてみなさんお帰りになられた後、信三賞受賞者の長女は、ひとり残されて来年の募集のポスターの写真撮影。

母ロールパンは撮影風景を見ていたかったのですが、お邪魔だったとみえ、広報の女性が来て「保護者はこちらで」と、別室に案内され、これでも見ててねと過去の受賞者の作品集を渡されました。そのとき「第3回のもありますか?」と伺ったら、どうしてですかと聞かれたので、「私も高校時代に入賞しましたので。佳作でしたけど」と言いました。お返事は「古いものに関しては佳作は掲載しておりません」でした。



その3年後、長女も母の轍を踏んで「高校卒業したらただの人」となった頃、慶應大学広報部から一本の電話がかかってきました。「小泉信三没後40年記念号三田評論の出版にあたり、信三賞受賞者に短文を書いていただきたい」との依頼。「では長女に伝えます」と言ったところ「いえ、お母様に」。


ものすごくびっくりしましたが、「親子受賞なさったそうで、その感想を」。3年前に控室でつぶやいたひとことを覚えていてくれたんですね、あのときの広報部の女性。いい方です。

原稿料8000円いただけるということで、はりきって思い出の文章を書きました。「25年前は地味な授賞式でしたが良い思い出です。あのとき信三賞をとった北海道の女子高生、一緒に帰った慶應生…みなさん今頃どうしているでしょう。あれから歳月を経て、私は娘が受賞して、今の立派な授賞式に親として再び出席することができたことがうれしいです」。

そんなことがあって数週間後、一葉のはがきをいただきました。差出人は「小泉妙」。どなただろうと首をひねりながら読みましたら「三田評論に一文をお寄せくださってありがとうございました。親子受賞とはなんとすばらしいのでしょう。ぜひお孫様にも応募していただいて三代受賞なさってください」。

そこで、ワンテンポ遅れましたが、これは小泉信三賞と関係のある方だと思い当たりました。あとで三田評論のほかのページを読み返し、ツーテンポ遅れながら、妙さんは小泉信三氏の令次女だということもわかりました。




そしてさらに数日後、今度は職場の机に一通の手紙。差出人は「小川文明」。
どなただろうと首をひねりながら封をあけました。そして目に飛び込んできた便箋の一文は。。。


「『三田評論』読みました。ぼくはあの時小泉信三賞で貴女と一緒に佳作入賞し、一緒に帰った慶應生です」



鳥肌が立つほど感動しました。そう、あの日は母が用事で先に帰ったのですが、かわいい(?)娘がひとりで田町の駅まで帰れるか案じた母は、慶應生なら道がわかるだろうとそこに立っていた男子学生にロールパンを押し付けていったのでした。

その学生はあまり愛想がなく、「なんで俺が…」とぶつぶつ言っていたので思わず「じゃあいいわよ!」と言いたくなったのですが、それでは帰れなくなるのでとりあえず田町の駅まで連れていってもらいました。そして、山手線の駅に着けばさすがにもうだいじょうぶなので「ここでいい」と言ったのに、彼は結局なんだかんだ言いながら池袋まで送ってくれたのでした。途中から「案外いい人なのかも」と思い始めましたが、ケータイもメールもなかった当時、電話番号すら交換することなく別れ、二度と会わない。。。はずの人でした。


ちなみにその慶應生、小川文明君の手紙には「あのときの信三賞受賞の女子学生は山口県の人だった」とさりげないご指摘までありました。そういえば北海道は電通賞の一位の人でした。が、小川君がいまやその電通の営業部長になっていると知り、やはりただならぬご縁を感じました。



もちろんながらすぐにお返事を書きました。そして、せっかくだから会おうということになり、小川君と、そのとき次席入選した小川君の後輩の慶應生秋元幸人君、ロールパン、ロールパンの長女と4人で銀座の「はち巻岡田」にて、「小泉信三賞同窓会」をしました。実に30年ぶりの再会、しかも30年前にたった一度しか会ったことがなかったのに、すぐにわかりました。紅顔の美少年だった小川君が貫禄あふれる電通部長になっていて、一学年下の秋元君もフランス文学の大学教授になっていましたが、ひと目でわかりました。余談ですが、小川君はこの再会のことを翌年の『三田評論』に書き、彼も8000円の原稿料をもらいました。




秋元幸人君は昨年40代の若さでこの世を去りました。「フランス文学者」の言葉に似あわず190cm近い巨躯の持ち主だった彼の棺はとても大きく、かえって無念をそそりました。
ロールパンの長女は再会の翌年に就職し、この春にヨメに行きました。四人の「同窓会」は、あれが最初で最後になりました。


が、小川君とロールパン、そして、その後ご主人様をみとって介護生活を終え、メリー・ウィドウとなられた小泉妙さんは、今も年に数回会って、この数奇なご縁による旧交を温め続けています。この3人の集まりは「小泉・小川・小松原」の三つの「小」の字をとって「三小会」と名付けられました。


♪   ♪   ♪

長くなりましたが、島多代さんは小泉妙さんのお父様、小泉信三先生の、おねえさま(松本千さん)のお孫さんにあたります。つまり、妙さんのいとこのお子さんが島さんです。

ちょうど三小会発足の前後にロールパンの初めての単行本『いい夢ひとつおあずかり』が出版され、妙さんにも謹呈したのですが、そのときに「子供の本をお書きになるなら、いつか親戚の多代をご紹介します」と言われました。それがJBBY代表の島多代さんだということに気がついたのは2年ほど経ってからのことです。なにごともワンテンポ、いやツーテンポ遅いロールパンです。


♪   ♪   ♪

初めて島さんの御宅に伺ったのは妙さんに連れられて行った一年半前。

2回目がこのブログにも書いた今年6月の「ミュゼ・イマジネール訪問」です。
http://blog.livedoor.jp/butter_roll/archives/2011-06.html

そのときに意気投合したメンバー、島さん(70代)、ロールパン(50代)、学研編集者小方桂子さん(40代)、福音館編集者多賀谷太郎さん(30代)に、今回60代の「紀美ちゃん」が加わり、会の名前は「五世代会」になりました。妙さんの「三小会」と、島さんの「五世代会」。どちらもロールパンにとってかけがえのない会になりそうです。

ちなみに「紀美ちゃん」は、ミュゼにて島さんの片腕となっている方ですが、お名刺をいただかなかったのでフルネームがわかりません。。。島さんが至光社の編集者をしていたときの同僚のお友達だということです。上品な美人でつつましく、もの静かなのですが、島さんに何か聞かれれば確実にピンポイントで簡潔にお答えなさいます。島さんがいかに「紀美ちゃん」を信頼しているかが短い時間ながらとてもよくうかがえました。


今回はミュゼの資料保存のためのお手伝いとして「宿題」が出ました。島さんがpick upして紀美ちゃんがリストを作った、アメリカの絵本黄金時代(1920年代)の厳選図書のなかから、日本で出版されたものがあるかどうかを調べるという宿題です。ロールパンはどれだけお役に立てるかわかりませんが、まわりの方々に相談に乗ってもらいながらできるだけがんばろうと思います。


♪   ♪   ♪

おいとまするとき、島さんにお貸ししていた「ナショナル・ギャラリー・ワシントン展」のカタログを持って帰るようにと渡されました。とても重くて大きいものなので思わず絶句しましたら、島さんが「じゃあ、送るわ」と言ってくださいました。

けれども、これをロールパンが島さんに送ったときの苦労がよみがえったので、島さんに同じご苦労をさせてはいけないと思い、「いえ、持って帰ります」ときっぱり申し上げました。実はロールパンが島さんにカタログを貸してほしいとメールをいただいたとき、郵便局のレターバッドを買って島さんの住所とお名前を書いて、いざカタログを入れようとしたらフタが閉まらなかったのです。

多賀谷さんが持ってきたお土産のお菓子の紙袋がちょうどいい大きさだったのでそれを貰って入れましたが、帰りの電車で上記の苦労話をしましたら、小方さんと多賀谷さんのふたりに「そんな苦労をするのはロールパンさんだけ。ふつうは一度入れてみてから住所を書く」と言われました。


やっぱり余計な気を遣わないで送ってもらえばよかったかな、と後悔しましたが、おかげでリストを折らずにカタログに挟んでくることができました。ミュゼのお手伝いをしている「トミタ君」の会社の新発売サプリメントのチラシも。帰ってきてから「あれはどこにやったかな」と探さずに済んでよかったです。…毎回そんな苦労をするのもロールパンだけかもしれませんが。

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こひつじ文庫訪問

おとといの水曜日、こひつじ文庫におじゃましました。

いつもお互い水曜日が文庫の日で、かぶってしまっているのですが、今月ロールパン文庫はサマータイムで、午前中で終わりましたので、午後急に思い立って押しかけてしまいました。

こひつじ文庫はロールパン文庫のご近所文庫です。
ねりま文庫連絡会に入会したその日、シャイな(?)ロールパンは、誰も知っている人がいなくて心細くしていたのですが、主宰者のマーガレットさんがお声をかけてくださって、いろいろ親切にしていただきました。

それがきっかけで、2009年7月の「ねりま文庫40周年」では何から何までお世話になったうえ、その後もお互いの文庫を行き来し、プライベートでも仲良くしていただいています。

ただ、曜日の関係でおはなし会には参加したことがなく、こひつじ文庫のブログで雰囲気だけ味わっていましたが、おとといは初めておじゃまして、おはなしを心ゆくまで堪能してきました。

マーガレットさんはじめ、世話人のみなさまの読み聞かせ、おはなし、パネルシアター等々にすっかり魅了されてきました。自分の文庫に子どもたちが集まってくれるのもいいけれど、たまにはよその文庫に「お客さん」になっていくのもいいですね♪自分も子どものひとりになり、楽しんで&だまされてまいりました(笑)。


ロールパン文庫のおはなし会は4月に始めたばかりで、おはなしはベテランの皆様にヘルプをお願いし、ロールパンはもっぱら司会と裏方をしていますが、そろそろ自分も少しがんばらなければ、とかなり触発されてきました。


楽しいおはなし会のようすは、こひつじ文庫のブログをご覧ください。
http://blog.livedoor.jp/margaret24/archives/51919236.html


これからもいろいろな文庫と交流したり、勉強させていただけたらいいなあと思っています。

ロールパン文庫は基本的にあかちゃん&幼児さんが多いので、次はこひつじ文庫の「おひざのうえのおはなし会」(0歳~未就園児対象)も参考にさせていただけたらと思います。
時間のゆるすかぎり、図書館のブックスタートも見学したいものです。

そうこうしているうちに、また2学期が始まってしまうのですが。。。

祇園祭とひとみちゃん

前回の記事で大阪国際児童文学館のことを書きましたが、このたびの関西行では、京都にも行きました。

大阪毎日新聞社の連載で、反橋記者の前にロールパンの連載を担当してくださった澤木記者に宵山を案内していただいたのです。ロールパンの友人で京都が大好きなみやこさんも祇園祭でこちらにいらしていたので、その娘さんの京大生なほこさんとも合流して、鮎寿司食べに行ったりしました♪

澤木記者は先ごろご自身の連載記事をまとめた本『京の美 都の響』を出版されたので、サインもしてもらいました。

京都芸大の歩みについてまとめたドキュメンタリーですが、美文家の澤木記者の手で、歴史物語のように興味深く読むことができます。京都芸大をめぐる芸術家たちの人間味あふれるドラマと、貴重な資料の記録をあわせてお楽しみください。

京の美 都の響―京都芸大百三十年の歩み
京の美 都の響―京都芸大百三十年の歩み
澤木政輝著・求龍堂

みずからも能をたしなむ澤木記者のサインは、毛筆(筆ペンでなく)による達筆でした。家宝にします。


それから、澤木記者の息子さんが菊水鉾でお囃子方をしていたので、鉾に登らせていただいたり、盛りだくさんの一日でした。

♪   ♪   ♪


そのあと、ロールパンは次女と一緒に九州新幹線「さくら」に乗り、岡山の夫の実家で三連休を過ごして帰ってきました。

そして、中日の日曜日の夜…

岡山の家でNHKニュースで山鉾巡行を見ておりましたら、浴衣姿のかわいい女の子がインタビューに答えています。
あれ、どこかで見たような。。。?と思ったら…

ムーシカ文庫の世話人だったともこさんのお孫さんで、ロールパン文庫でたくさん本を読んでくれていたひとみちゃんではありませんか!

パパの転勤で何年か前に京都にお引越ししましたが、今もおばあちゃんのおうちに来るたびにロールパン文庫に遊びに来てくれるひとみちゃん。一年近く会っていませんでしたが、こんなところで顔が見られるとは!!

「ひとみちゃんだ、ひとみちゃんだ!」と、ただただ興奮してさわいでいたロールパンに、家族は「写真を撮れば?」とアドバイスしてくれましたが、時すでに遅し…

テレビの画面を写真に撮るなんて思いつきもしませんでしたが、Youtubeとかでまた見られるのかな?


東京に帰ってから、いの一番にひとみちゃんママにメールしたところ、なんとこんなお返事が。

「ロールパンさんがお近くまで来られていたなんて、お会いしたかったです。菊水鉾は家から5分ほど、そしてひとみが粽を売っていた霰天神山はほんとすぐの所でした!
私も家でテレビをみながら、迎えに行く用意をしていたら、ひとみがテレビでインタビューされていて、慌てて実家に電話しました。」


どうやらはしゃいで鉾に登っていたときにニアミスしていたようです。
それにしても、ママもびっくりしたほど生中継は偶然だったようですが、ひとみちゃんはとっても落ち着いてはきはきとインタビューにこたえていて、ロールパンまでが嬉しく、誇らしく思ってしまいました。


そんなわけで、連載つながりと文庫つながりの両方のご縁がクロスマッチして、ますます実り豊かだった今年の夏休み前半戦でした☆


2011.6.24 ミュゼ・イマジネール訪問(第一回)四世代会

2011.6.24(金) 絵本研究家で元JBBY代表の島多代さんの私設図書館、ミュゼ・イマジネールを訪問しました。

JBBYというのは、子どもの読書推進のための全国組織です。詳しくはこちらをご覧ください↓
http://www.jbby.org/jbby/index.html
島さんは、この5月まで、このJBBYの代表をつとめておられました。国際組織IBBYの初のアジア出身代表でもあった偉大な方です。
ロールパンの最年長友人・随筆家の小泉妙さんのご親戚ということで知己を賜り、お世話になっています。

この日は学研の編集者・小方桂子さん、福音館書店の編集者・多賀谷太郎さんといっしょに伺いました。

ミュゼの資料を見せていただくのが目的でしたが、それ以上に、有意義で楽しいお話をたくさん伺えたのが収穫でした。
はからずも、島さんが70代、ロールパンが50代、小方さんが40代、多賀谷さんが30代、と、それぞればらばらの世代でしたが、あとで島さんからいただいたメールにもあったように、「なにか、人に伝えることを仕事としてきた者たちの時代を越えた体験が、きっとあの楽しさの原因」だったのでしょう。ともかく、時間を忘れるほどの楽しいひとときでした。ちなみに、島さんも元編集者だそうです。

島さんは、翻訳家でもあるので、最新の翻訳絵本『ちいさなもののいのり』をお持ちして、サインをお願いしました。
XI653

『ちいさなもののいのり』エリナー・ファージョン/文 エリザベス・オートン・ジョーンズ/絵 島多代/訳
出版社: 新教出版社 価格:1,260円(税込)
ISBN: 978-4-400-75001-7  発売年月:2010年9月13日


ミュゼではこの絵本の原書も見せていただきました。
絵本の黎明期の貴重な資料がたくさんあり、拝見するのにいくら時間があっても足りないほどでした。

この時代、限られた印刷技術のなかで、子どもの本に最大限の努力と敬意が払われた足跡は、二度と復元することはできません。機械文明は決してあともどりができないからです。

美術館のカタログが本物よりも美しいと言われるほどの現代の印刷技術で、絵本の産みの苦しみに立ち会った人々の息遣いを再現することはむしろ不可能です。彼らの記憶をとどめ、初心を忘れず、未来の児童書へのフロンティア精神を常に新しく持ち続けるためには、まさにこの時代のオリジナルを保存し、後世に伝えるしかありません。それは芸術作品の保存とはまたちがう意味において重要なことです。島さんは今、このことのために、ミュゼ・イマジネールの継承に尽力なさっています。

島さんはとても寛容な方で、ミュゼでは、大切な蔵書を惜しみなく見せていただきました。わたしたちは百年の時を超えた絵本を、実際に手にとり、触れることができました。
昨年、国立国際子ども図書館における『絵本の黄金時代』の展示も見せていただきましたが、あのときはガラスごしに見学するだけだった古典絵本が、このときは、まるで、おじいちゃんの海の見える別荘の屋根裏で偶然見つけた本のような(実際はそんなのないんですけど)、あるいは実家の子ども部屋から遙か昔に読んだ本が出てきたときのような(実家の部屋ももうないですけど)、そんな懐かしい気持ちになりました。印刷の色味の微妙な風合いだけでなく、島さんがおっしゃるように、紙の手触り、そしてインクの凹凸感のせいなのかもしれません。

島さんはともかく引き出しが多いだけでなく、話術に長けた方で、しかも若々しくエネルギッシュ。そのうえ気さくなお人柄なので、会う人誰をも魅了してしまいます。おいとましたあとも、私達3人は、「まだまだいつまでもお話を聞いていたい感じ」と言いながら五反田までの道を歩きました(行きはタクシーに乗りましたが、実は歩ける距離でした)。

写真もたくさん撮ったのですが、まだこのブログの作り方に慣れてなくてアップできません(泣)。パソコン指導者のさきむら君にも「写真があるともっといい」と言われているのですが…がんばります(絵文字は使えるようになりました


帰りは、学研本社におじゃまして、(新しくてゴージャスな高層ビルです)、夕暮れの都会を見下ろしながら、お茶をごちそうになって帰りました。

若い編集者たちも、とても意義深い時間を過ごせたと感謝してくれたので、この日は低い鼻がちょっとは高くなったロールパンでした。



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山本倶子さんからのお手紙

今から十数年前、ロールパン(小松原)の上の子ども達がまだちいさかったとき、短い間でしたが、近所の地区区民館で週一回開かれていた「ふれあい文庫」に通っていたことがありました。

こぢんまりした家庭文庫の雰囲気がムーシカ文庫を思い出させてくれて、私も大好きな空間でした。
何かお手伝いをしたいと思いつつも、育児と仕事で忙しい毎日で、思うように出席できないまま、少し離れた場所に引っ越してしまい、疎遠になってしまいました。

その「ふれあい文庫」を当時主宰していたのが山本倶子(みなこ)さんでした。
ご主人の転勤で栃木に越されたことは伺っていましたが、ついこないだ、嬉しい偶然によって消息を知ることができました。

ロールパン文庫で長いこと本を読んでくれていたメイちゃんのお母さんのママ友が、倶子さんの息子さんのお嫁さんだったのです。

メイちゃんママを通してお嫁さんから倶子さんの住所を伺い、早速お手紙を書いてみました。すると、倶子さんも私のことを覚えていてくださって、すぐにお返事をくださり、近況を知らせてくださいました。

文庫はお持ちでないものの、今もお元気で、おはなし会をあちこちでなさっているとのこと。
そして、昨年『足利の民話』を出版されたそうです。

早速ネットで取り寄せました。届くのが楽しみです。栃木県はロールパンの母の実家であり、子どものときは毎年栃木で夏を過ごしていました。伯父は長く「足利銀行」というところに勤めており、なつかしい地名です。

あのころ小学生と幼稚園児だったロールパンの長女と次女も、今は結婚したり地方に転勤になったりで、今は一緒に暮らしていません。

けれども、倶子さんのお手紙は、長い年月を一足飛びに飛ばして、親子でふれあい文庫に行ったあのときに連れていってくれました。今も目を閉じると、次女を膝に乗せ、長女の肩を抱いて倶子さんのおはなしに聞き入った日がよみがえります。

いつか、母の実家に行くときに足利まで足をのばして倶子さんと再会できたらいいな、と思います。
文庫つながりのご縁はやっぱりスペシャルです。
こんなめぐりあいの機会をつくってくれたメイちゃんママ、そしてロールパン文庫に小学生から高校生まで通ってくれたメイちゃんに、心から感謝!です。

978-4-88748-222-7
『足利の民話』 山本倶子  随想舎 1260円

慶応大学生の卒業論文

昨年のこの時期、ロールパン(小松原)の職場の学校で、職員室の席がとなりで仲良しのT先生から、ご主人の大学の学生に文庫を見学させてほしい、とお頼まれしました。

T先生のご主人は慶応義塾大学文学部社会学の教授。そしてゼミの学生、カオリさんに、「家庭文庫を研究してみたら?」とアドバイスしてくださったんだそうです。

そして、カオリさんは、去年の光が丘図書館での文庫交流会にいらっしゃいました。そして、ねりま文庫連絡会のK子さんや、こひつじ文庫のH子さんにもご紹介したところ、積極的に取材を始められました。

そのころ、4年生で、単位もほとんど取ってしまって授業も残っていなかったカオリさんは、静岡のご実家に帰っていました。そして、練馬やほかの都内の文庫を見学するときは、新幹線に乗っていらしていました。

この春、無事に卒論を提出して、社会人となられたカオリさん、4月から静岡県の地方公務員としておつとめだそうです。

そして先日、卒論のコピーが届きました。
タイトルは『いま「子ども文庫」に求められるもの -子どもの本を通して生まれる人間的なふれあい-』

読ませていただいたところ、実に細やかで入念なリサーチによる、現代の家庭文庫の存在意義が、しっかりとまとめあげられていて、感動しました。ふだんの草の根的な文庫活動が、こうして大学生の手で客観的に評価されたことは、ほんとうに嬉しいことでした。

そしてまた私たちも彼女から多くを学ばせてもらいました。
カオリさんによって浮き彫りにされた地域文庫のはたらきを見て、今後の反省点を見出し、これからの文庫の活力にしていきたいと思います。

いちばん再認識させられたことは、タイトルにもあるように、「文庫は人とのふれあいの場である」ということ。

ただ本を置き、たまに読み聞かせをするだけだったら公共図書館と変わりません。
いえ、それだけならむしろ図書館のほうがいいでしょう。本もたくさんあるし、あいている時間も長いし。

けれども、文庫はただ本があるだけの場所ではありません。
そこには、世話人と子どもと、若いお母さんのふれあいがあります。

文庫のおばさんが、「○○ちゃん、この本読んでみて」と手渡すことができる場所。
子どもやあかちゃんがいくら大きい声でよろこんでもいい場所。
お母さんが、忙しい育児生活のなかで、ふっと本の世界にひたれる場所。

ロールパン文庫は、いつも、いつまでもそんな場所でありたいと願っています。


ときに原点にかえり、文庫への思いを新たにするよすがとして、頂いたこの卒業論文を文庫の宝にしていきます。


♪    ♪   ♪


今、県の職員としての人生をスタートさせたばかりのカオリさん。
静岡県には家庭文庫はなかったそうです。いえ、あったかもしれないのですが、カオリさんの住む地域にはなかったようです。

将来は、静岡の読書活動の一環として地域文庫活動を推進してくれたらいいなあと思います。



そして、いつかカオリさんがお母さんとなる日---


ロールパン文庫のことを思い出してくれたらいいなあ、と思うのです。

2011.6.11 ムーシカ文庫卒業生・大島教授とランチ

6月11日土曜日、ムーシカ文庫の先輩で、津田塾大学教授の大島美穂さんとランチに行きました。

ロールパン(小松原)は都内の私立女子高で非常勤講師をしているのですが、その学校の卒業生で、現在津田塾大学で大島さんのゼミに所属しているAさんが、この数週間母校で教育実習をしていました。大島さんはその研究授業を見にいらしたのです。

大島さんとは『ムーシカ文庫の伝言板』(てらいんく刊)に原稿を依頼して以来のおつきあいで、ロールパン文庫とご自宅も近くて、ときどきママチャリに乗って訪ねてくださいます。

北欧文学研究の第一人者ですが、きっと今の大島さんのキャリアの根っこには、ムーシカ文庫で読んだ『長くつ下のピッピ』があるのでしょう。ロールパンが憧れ、敬愛する大先輩です。

さて、大島さんのゼミ学生で実習の津田塾大生Aさんは、3年前にロールパンが高校で教えていたという素敵な偶然がありましたが、この日の彼女の研究授業はロールパンの授業時間と重なってしまって残念ながら見に行かれませんでした。

でも、そのあと大島さんとふたりでランチに行きました。近くに「村上開新堂」という、津田塾関係者御用達の老舗レストランがあるというので行ってみましたが、残念ながら予約でいっぱいでした。次にまたこんな機会があったら行きたいものです。なんでも一見客はなかなか入れないらしく、津田塾の関係者の名刺があると入れるのだそうです。

で、そのまま駅方面に歩いていって、ちいさなホテルでランチしました。
食事中は文庫の話は出なくて、ほとんど練馬界隈とかうちの前で立ち話するときとおんなじ「主婦会話」だった気もしますが、やっぱり文庫というルーツでつながっている関係っていいなあ、と思いました。あっ、もちろん児童文学の話もしました。少しは。

大島さんは、ロールパンの初めてのおはなしが出版されたときお買い上げくださって、お祝のお花まで届けてくださいました。ついこないだのことのようですが、もう4年にもなります。

で、続編が出たらお礼に差し上げようと思っていたのに、近所で会うときは忘れていて、練馬から遠く離れた都心でようやくお渡しできました。2巻の出版から、3年も経ってしまいました。

「またお会いしましょう」と言ってお別れしましたが、何年も先になるかもしれず、明日近所でばったりお会いするかもしれません。または文庫のチャイムが鳴ってドアを開けると、ママチャリに乗ってにこにこして立っておられるか・・・

そして、そのどれであっても、少女のようなちょっとはにかみがちの笑顔はきっといつまでも変わらないことでしょう。
「文庫つながり」のどの顔にも垣間見える「かつての少年・少女」たち。「面影」でなく、今もまだ「そのまま」、の。

そんなおとなに会うたびに、あかちゃんや幼児さんからもらえるのと同じ元気をもらえてしまうロールパンなのでした。





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