ロールパン文庫の伝言板

家庭文庫「ロールパン文庫」のブログです。 ホームページ http://www.rorupanbunko.com/

ミュゼ・イマジネール

2015.5.17島多代さんのミュゼ訪問&汐崎順子さんの文庫研究

島多代さんのミュゼ・イマジネールに行ってまいりました。

慶應大学講師で文庫研究者の汐崎順子さんにお頼まれし、島さんのご紹介とミュゼへのご案内をしたのでした。


といっても、汐崎さんと島さんは初対面ではなく、1990年のIBBYウィリアムズバーグ(アメリカ)大会で同席したことがあるそうです。


これは、そのときの汐崎さんの記録メモ帳に貼ってあった当時の写真の写真。
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若き日の猪熊葉子、百々佑利子、島多代、福本友美子、渡辺茂男という大物メンバーが一堂に会した貴重な一枚。そこに可愛い汐崎嬢の姿も。


その後も数回お会いする機会があったとのことでしたので、ロールパンの出番はないと思えたくらいなのですが、今までおふたりのあいだには個人的なおつきあいがなかったので、道案内+ご紹介をかねてロールパンに同席してもらいたいとのことでした。


ロールパンが道案内。。。


ええ、お察しのとおり迷いました。でも一回だけです。すごいでしょ。ちゃんとたどりつきました。
大きな花束とどっさりのランチ&お土産をかかえた順子さんを余分に歩かせたのはほんの5分だけです。いや、7分かな…10分はなかったと思う。8分…?

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とちゅうからいらした、ミュゼの大黒柱K教授も交えての一枚。
ココア(わんこ)を追いかけてきた島さんのお嬢さまに写していただきました。お嬢さま、ありがとうございました。


Kさんと汐崎さんも思いがけないご縁があったようで、とても楽しいひとときでした。
本日の目的はミュゼのコレクションの今後についての取材。

いつもながら、短い時間で貴重なお話をたくさん伺うことができ、同席のロールパンにとっても実り多い一日でした。



帰りに五反田の駅カフェで順子さんとお茶しました。
文科省の科研費による日本の文庫研究で、ムーシカ文庫の資料をまとめてくださっています。
数万件にのぼる個人カードの記録をデータ化してくださっているとのこと!

うちの屋根裏で眠っていたら、文庫史のお役に立てることもなかったことでしょう。
それどころか、連絡のとれない文庫卒業生の分はいつか処分しなければ、とさえ思っていたのです。
娘たちにも「ママが死んだらこれは捨てていいから」と言っていたものでした。

その古いカードたちが、汐崎さんの手元でみごとに整理され、データ化までされ、日本の子どもの読書の歴史の証人になろうとしています。

研究がまとまる日が待ち遠しいかぎりです。





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2014.5.22『島多代の本棚』展

『島多代の本棚』展に行ってまいりました。
http://www.kyobunkwan.co.jp/narnia/specialevent

実は2回目です。一回目は5月8日に三小会で。

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いつもミュゼ・イマジネールで、好き放題にさわらせていただいているものが厳重にガラスケースに納められているのを見ると、改めて資料の価値の高さに身が引き締まると同時に、ミュゼでは自由に閲覧させてくださる島さんの懐の深さも感じます。

そして、会場では手で触れたり中身をめくったりできないかわりに、国別、年代別にわかりやすく配置され、きめ細かいキャプションもついているうえに、絵本の黎明期から、現代児童文学への道が俯瞰的に見られ、繊細かつダイナミックな展示となっていました。

スタッフとしてかかわったレジーナのギャラリートーク&裏話も聞けて、大満足。




今回は世代会で、ということでミュゼ会全員で行きたかったのですが、島さんは体調不良(皇后さまがお見えのときだけ車椅子で会場に。それ以外は展示コンセプトの朗読も松岡享子さんの代読だったそうです)、キルディー君はお風邪、ということで、3人だけとなりました。


が、見学後、銀座で一杯(二杯?)&おしゃべりと、はからずも楽しい女子会となりました♪



そして、またすぐにミュゼに行きたい!島さんのお話をたくさん聞きたい!ということで全員一致したのでした。

次回の世代会が楽しみです。島さんが一日も早くお元気になりますように。







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2012.4.15島多代さん講演 ~ジェシー・ウィルコックス・スミス~

島多代さんの講演会に行ってきました。

テーマは

 “ジェシー・ウィルコックス・スミス”
   19世紀末~20世紀初頭のアメリカにおける母子像


でした。

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ジェシーはこの方です。

Jessie Willcox Smith, 1863年9月6日 - 1935年5月3日)はアメリカ合衆国イラストレーター。『レディース・ホーム・ジャーナル』誌などでの活動や、児童書のためのイラストレーションで知られる

作品はこちら
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19世紀から20世紀にかけて、ほかの女流画家たちと共同生活をしながら創作にたずさわったジェシーの生涯の紹介でした。

また、美智子皇后が英訳を手がけたまどみちおさんの詩集についてもご案内がありました。

どうぶつたち          THE MAGIC POCKET「ふしぎなポケット」
どうぶつたち     THE MAGIC POCKET「ふしぎなポケット」

末盛ブックスから文藝春秋に版権が移って再出版されたところだそうです。
企画・編集者であった島さんのところに第一号が送られてきたとのことでした。ほやほやです。


会場は成城学園前のCasa Mia。かわいい白亜のミュージアムです。展覧会やミニコンサートが行われるプライベートホールです。

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レジーナと行ってきました。お天気がよくて、八重桜がきれいで、最高の一日でした☆

2012.2.23ミュゼ・イマジネール訪問(第三回)六世代会

ミュゼに行ってきました。

今回は前回の五世代五人に、二十代のレジーナが加わって、六世代六人になりました。

だんだんふえていきます。次回は七世代七人…?

伺う前に四世代四人(二十代・三十代・四十代・五十代)で、ミュゼの近くでランチしました。
隠れ家っぽいイタリアンです。

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2時半すぎにミュゼに伺う予定だったのに、話に夢中になってちこくしました。島さんときみちゃんを心配させてしまって反省。

今回もアーリー・アメリカンの絵本のお話をたっぷり伺いました。

ここではいつも時間を忘れます。
島さんの巧みな話術の魔法でしょうか。

百年前の絵本たちの不思議なオーラなのでしょうか。

2011.9.22 ミュゼ・イマジネール訪問(第二回)五世代会

島多代さんのミュゼ・イマジネールを訪問しました。ロールパンにとっては3回目です。

1回目は2010年4月30日に小泉妙さんとふたりで伺ったときです。


♪   ♪   ♪

元IBBY、JBBYの代表である島多代さんとロールパンが、どうして知己を得させていただくことになったか、ここに記録を残しておくことにします。


今を遡ること約30年前、高校3年生だったロールパンは「小泉信三賞」という高校生論文に応募しました。

その前にも高校生論文に応募し、高1で電通広告論文2位、高2で同佳作、高3で朝日新聞創刊百周年記念高校生論文で文部大臣賞をとり、破格の賞金に味をしめていたロールパンは、高校の職員室の壁に貼ってあったポスターを見て、4匹目のどじょうを狙ったのでした。ちなみに30年前でありながら、電通論文の2位賞金は7万円(きっと1位の人は10万円だったにちがいありません!)と銀座和光の革製ハンドバック、佳作賞金は3万円、朝日新聞社は「50万円相当賞品」ということでテイジンの英会話学習セットをいただきました。しかも、電通も朝日新聞も、授賞式後の豪華立食パーティーつきでした♪


朝日新聞の「50万円相当」には応募前からくらくらしていまして、何がもらえるのだろう、ハワイ家族旅行かしら、ブランド物のフランス製ハンドバックかしら、と大興奮でしたから、授賞式から1か月以上経ってから英会話セットが送られてきたときは正直がっかりしました。

でも、カセットテープ50巻とハードカバーの教材数十冊、再生レコーダー、自動採点機能の機械、当時は立派に見えた(今でも結構立派な)ヘッドフォンのセットは捨てがたく、つい最近までうちの屋根裏部屋にありました。もとい、一部今でもまだあります。現在英語にかかわる仕事ができているのもこのセットのおかげ…と思いたい。


あ、話がそれましたが、文筆活動におけるロールパンの第一次人生最盛期である高校3年間の最後を飾ったのが「小泉信三賞」でした。残念ながら佳作入選で、賞金3万円、授賞式は4回の受賞のうちでは一番地味で、慶應大学のお教室のひとつで、審査員と受賞者が学校の保護者会みたいに四角く机を並べて仕出し弁当をいただきました。しかも審査員のなかで一番お目にかかりたかった阿川弘之先生はお風邪を召してご欠席。ロールパンの作文は『雲の墓標』と『赤毛のアン』をからめた比較文学(ふう)の感想文だったというのに(涙)。

それでも、その時は「この先もペン一本(当時はワープロもなく、ほんとうに鉛筆の下書きを万年筆で清書したものです)で生きて行こう!」と夢見たのでしたが、高校卒業後、大学4年間は吹奏楽にうつつをぬかし、その後も「書く」ことからはすっかり遠ざかってしまいました(たまに主婦向けのエッセイその他に応募して小金を得た程度)。。。


が、25年後、奇しくも長女が同じ賞に応募し、母親の「佳作」を超えてみごとホンモノの「小泉信三賞」を射止めました♪

その授賞式は25年前よりもはるかにゴージャスで、貴賓室のようなお部屋にフランス料理のシェフを招いての立食パーティー。審査員の萩野アンナさんもちゃんと元気にご出席。

そしてみなさんお帰りになられた後、信三賞受賞者の長女は、ひとり残されて来年の募集のポスターの写真撮影。

母ロールパンは撮影風景を見ていたかったのですが、お邪魔だったとみえ、広報の女性が来て「保護者はこちらで」と、別室に案内され、これでも見ててねと過去の受賞者の作品集を渡されました。そのとき「第3回のもありますか?」と伺ったら、どうしてですかと聞かれたので、「私も高校時代に入賞しましたので。佳作でしたけど」と言いました。お返事は「古いものに関しては佳作は掲載しておりません」でした。



その3年後、長女も母の轍を踏んで「高校卒業したらただの人」となった頃、慶應大学広報部から一本の電話がかかってきました。「小泉信三没後40年記念号三田評論の出版にあたり、信三賞受賞者に短文を書いていただきたい」との依頼。「では長女に伝えます」と言ったところ「いえ、お母様に」。


ものすごくびっくりしましたが、「親子受賞なさったそうで、その感想を」。3年前に控室でつぶやいたひとことを覚えていてくれたんですね、あのときの広報部の女性。いい方です。

原稿料8000円いただけるということで、はりきって思い出の文章を書きました。「25年前は地味な授賞式でしたが良い思い出です。あのとき信三賞をとった北海道の女子高生、一緒に帰った慶應生…みなさん今頃どうしているでしょう。あれから歳月を経て、私は娘が受賞して、今の立派な授賞式に親として再び出席することができたことがうれしいです」。

そんなことがあって数週間後、一葉のはがきをいただきました。差出人は「小泉妙」。どなただろうと首をひねりながら読みましたら「三田評論に一文をお寄せくださってありがとうございました。親子受賞とはなんとすばらしいのでしょう。ぜひお孫様にも応募していただいて三代受賞なさってください」。

そこで、ワンテンポ遅れましたが、これは小泉信三賞と関係のある方だと思い当たりました。あとで三田評論のほかのページを読み返し、ツーテンポ遅れながら、妙さんは小泉信三氏の令次女だということもわかりました。




そしてさらに数日後、今度は職場の机に一通の手紙。差出人は「小川文明」。
どなただろうと首をひねりながら封をあけました。そして目に飛び込んできた便箋の一文は。。。


「『三田評論』読みました。ぼくはあの時小泉信三賞で貴女と一緒に佳作入賞し、一緒に帰った慶應生です」



鳥肌が立つほど感動しました。そう、あの日は母が用事で先に帰ったのですが、かわいい(?)娘がひとりで田町の駅まで帰れるか案じた母は、慶應生なら道がわかるだろうとそこに立っていた男子学生にロールパンを押し付けていったのでした。

その学生はあまり愛想がなく、「なんで俺が…」とぶつぶつ言っていたので思わず「じゃあいいわよ!」と言いたくなったのですが、それでは帰れなくなるのでとりあえず田町の駅まで連れていってもらいました。そして、山手線の駅に着けばさすがにもうだいじょうぶなので「ここでいい」と言ったのに、彼は結局なんだかんだ言いながら池袋まで送ってくれたのでした。途中から「案外いい人なのかも」と思い始めましたが、ケータイもメールもなかった当時、電話番号すら交換することなく別れ、二度と会わない。。。はずの人でした。


ちなみにその慶應生、小川文明君の手紙には「あのときの信三賞受賞の女子学生は山口県の人だった」とさりげないご指摘までありました。そういえば北海道は電通賞の一位の人でした。が、小川君がいまやその電通の営業部長になっていると知り、やはりただならぬご縁を感じました。



もちろんながらすぐにお返事を書きました。そして、せっかくだから会おうということになり、小川君と、そのとき次席入選した小川君の後輩の慶應生秋元幸人君、ロールパン、ロールパンの長女と4人で銀座の「はち巻岡田」にて、「小泉信三賞同窓会」をしました。実に30年ぶりの再会、しかも30年前にたった一度しか会ったことがなかったのに、すぐにわかりました。紅顔の美少年だった小川君が貫禄あふれる電通部長になっていて、一学年下の秋元君もフランス文学の大学教授になっていましたが、ひと目でわかりました。余談ですが、小川君はこの再会のことを翌年の『三田評論』に書き、彼も8000円の原稿料をもらいました。




秋元幸人君は昨年40代の若さでこの世を去りました。「フランス文学者」の言葉に似あわず190cm近い巨躯の持ち主だった彼の棺はとても大きく、かえって無念をそそりました。
ロールパンの長女は再会の翌年に就職し、この春にヨメに行きました。四人の「同窓会」は、あれが最初で最後になりました。


が、小川君とロールパン、そして、その後ご主人様をみとって介護生活を終え、メリー・ウィドウとなられた小泉妙さんは、今も年に数回会って、この数奇なご縁による旧交を温め続けています。この3人の集まりは「小泉・小川・小松原」の三つの「小」の字をとって「三小会」と名付けられました。


♪   ♪   ♪

長くなりましたが、島多代さんは小泉妙さんのお父様、小泉信三先生の、おねえさま(松本千さん)のお孫さんにあたります。つまり、妙さんのいとこのお子さんが島さんです。

ちょうど三小会発足の前後にロールパンの初めての単行本『いい夢ひとつおあずかり』が出版され、妙さんにも謹呈したのですが、そのときに「子供の本をお書きになるなら、いつか親戚の多代をご紹介します」と言われました。それがJBBY代表の島多代さんだということに気がついたのは2年ほど経ってからのことです。なにごともワンテンポ、いやツーテンポ遅いロールパンです。


♪   ♪   ♪

初めて島さんの御宅に伺ったのは妙さんに連れられて行った一年半前。

2回目がこのブログにも書いた今年6月の「ミュゼ・イマジネール訪問」です。
http://blog.livedoor.jp/butter_roll/archives/2011-06.html

そのときに意気投合したメンバー、島さん(70代)、ロールパン(50代)、学研編集者小方桂子さん(40代)、福音館編集者多賀谷太郎さん(30代)に、今回60代の「紀美ちゃん」が加わり、会の名前は「五世代会」になりました。妙さんの「三小会」と、島さんの「五世代会」。どちらもロールパンにとってかけがえのない会になりそうです。

ちなみに「紀美ちゃん」は、ミュゼにて島さんの片腕となっている方ですが、お名刺をいただかなかったのでフルネームがわかりません。。。島さんが至光社の編集者をしていたときの同僚のお友達だということです。上品な美人でつつましく、もの静かなのですが、島さんに何か聞かれれば確実にピンポイントで簡潔にお答えなさいます。島さんがいかに「紀美ちゃん」を信頼しているかが短い時間ながらとてもよくうかがえました。


今回はミュゼの資料保存のためのお手伝いとして「宿題」が出ました。島さんがpick upして紀美ちゃんがリストを作った、アメリカの絵本黄金時代(1920年代)の厳選図書のなかから、日本で出版されたものがあるかどうかを調べるという宿題です。ロールパンはどれだけお役に立てるかわかりませんが、まわりの方々に相談に乗ってもらいながらできるだけがんばろうと思います。


♪   ♪   ♪

おいとまするとき、島さんにお貸ししていた「ナショナル・ギャラリー・ワシントン展」のカタログを持って帰るようにと渡されました。とても重くて大きいものなので思わず絶句しましたら、島さんが「じゃあ、送るわ」と言ってくださいました。

けれども、これをロールパンが島さんに送ったときの苦労がよみがえったので、島さんに同じご苦労をさせてはいけないと思い、「いえ、持って帰ります」ときっぱり申し上げました。実はロールパンが島さんにカタログを貸してほしいとメールをいただいたとき、郵便局のレターバッドを買って島さんの住所とお名前を書いて、いざカタログを入れようとしたらフタが閉まらなかったのです。

多賀谷さんが持ってきたお土産のお菓子の紙袋がちょうどいい大きさだったのでそれを貰って入れましたが、帰りの電車で上記の苦労話をしましたら、小方さんと多賀谷さんのふたりに「そんな苦労をするのはロールパンさんだけ。ふつうは一度入れてみてから住所を書く」と言われました。


やっぱり余計な気を遣わないで送ってもらえばよかったかな、と後悔しましたが、おかげでリストを折らずにカタログに挟んでくることができました。ミュゼのお手伝いをしている「トミタ君」の会社の新発売サプリメントのチラシも。帰ってきてから「あれはどこにやったかな」と探さずに済んでよかったです。…毎回そんな苦労をするのもロールパンだけかもしれませんが。

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2011.6.24 ミュゼ・イマジネール訪問(第一回)四世代会

2011.6.24(金) 絵本研究家で元JBBY代表の島多代さんの私設図書館、ミュゼ・イマジネールを訪問しました。

JBBYというのは、子どもの読書推進のための全国組織です。詳しくはこちらをご覧ください↓
http://www.jbby.org/jbby/index.html
島さんは、この5月まで、このJBBYの代表をつとめておられました。国際組織IBBYの初のアジア出身代表でもあった偉大な方です。
ロールパンの最年長友人・随筆家の小泉妙さんのご親戚ということで知己を賜り、お世話になっています。

この日は学研の編集者・小方桂子さん、福音館書店の編集者・多賀谷太郎さんといっしょに伺いました。

ミュゼの資料を見せていただくのが目的でしたが、それ以上に、有意義で楽しいお話をたくさん伺えたのが収穫でした。
はからずも、島さんが70代、ロールパンが50代、小方さんが40代、多賀谷さんが30代、と、それぞればらばらの世代でしたが、あとで島さんからいただいたメールにもあったように、「なにか、人に伝えることを仕事としてきた者たちの時代を越えた体験が、きっとあの楽しさの原因」だったのでしょう。ともかく、時間を忘れるほどの楽しいひとときでした。ちなみに、島さんも元編集者だそうです。

島さんは、翻訳家でもあるので、最新の翻訳絵本『ちいさなもののいのり』をお持ちして、サインをお願いしました。
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『ちいさなもののいのり』エリナー・ファージョン/文 エリザベス・オートン・ジョーンズ/絵 島多代/訳
出版社: 新教出版社 価格:1,260円(税込)
ISBN: 978-4-400-75001-7  発売年月:2010年9月13日


ミュゼではこの絵本の原書も見せていただきました。
絵本の黎明期の貴重な資料がたくさんあり、拝見するのにいくら時間があっても足りないほどでした。

この時代、限られた印刷技術のなかで、子どもの本に最大限の努力と敬意が払われた足跡は、二度と復元することはできません。機械文明は決してあともどりができないからです。

美術館のカタログが本物よりも美しいと言われるほどの現代の印刷技術で、絵本の産みの苦しみに立ち会った人々の息遣いを再現することはむしろ不可能です。彼らの記憶をとどめ、初心を忘れず、未来の児童書へのフロンティア精神を常に新しく持ち続けるためには、まさにこの時代のオリジナルを保存し、後世に伝えるしかありません。それは芸術作品の保存とはまたちがう意味において重要なことです。島さんは今、このことのために、ミュゼ・イマジネールの継承に尽力なさっています。

島さんはとても寛容な方で、ミュゼでは、大切な蔵書を惜しみなく見せていただきました。わたしたちは百年の時を超えた絵本を、実際に手にとり、触れることができました。
昨年、国立国際子ども図書館における『絵本の黄金時代』の展示も見せていただきましたが、あのときはガラスごしに見学するだけだった古典絵本が、このときは、まるで、おじいちゃんの海の見える別荘の屋根裏で偶然見つけた本のような(実際はそんなのないんですけど)、あるいは実家の子ども部屋から遙か昔に読んだ本が出てきたときのような(実家の部屋ももうないですけど)、そんな懐かしい気持ちになりました。印刷の色味の微妙な風合いだけでなく、島さんがおっしゃるように、紙の手触り、そしてインクの凹凸感のせいなのかもしれません。

島さんはともかく引き出しが多いだけでなく、話術に長けた方で、しかも若々しくエネルギッシュ。そのうえ気さくなお人柄なので、会う人誰をも魅了してしまいます。おいとましたあとも、私達3人は、「まだまだいつまでもお話を聞いていたい感じ」と言いながら五反田までの道を歩きました(行きはタクシーに乗りましたが、実は歩ける距離でした)。

写真もたくさん撮ったのですが、まだこのブログの作り方に慣れてなくてアップできません(泣)。パソコン指導者のさきむら君にも「写真があるともっといい」と言われているのですが…がんばります(絵文字は使えるようになりました


帰りは、学研本社におじゃまして、(新しくてゴージャスな高層ビルです)、夕暮れの都会を見下ろしながら、お茶をごちそうになって帰りました。

若い編集者たちも、とても意義深い時間を過ごせたと感謝してくれたので、この日は低い鼻がちょっとは高くなったロールパンでした。



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