それでは 仏教に入ります。

「 仏教 」とは「 仏の教え 」ということです 。
仏とは 最高の 「 覚り、悟り 」のことで 「 52段 」ある一番上の悟り ですから 「 無上覚 」とも言います 。
大宇宙の真理を悟り  人間が 「  真の 幸福 になる  真理  」を 悟ることを言います  。

 この 仏覚に到達した お方は 今から 2600年前に インド( 今のネパール )に
お生まれになった 釈尊 、お釈迦さま ただお一人です  。
35歳 12月8日に 仏と成られて( 成仏 ) 80歳2月15日 お亡くなりに なるまで ( 入滅 )の 45年間の教えを 仏教と言います 。

では 何を教えてゆかれたのでしょうか 。
お経に 書き残されています 。
七千余巻と 膨大な量ですが 大事なことを 選んで 書きます 。

○ 諸行は無常であるーーー総てのものは 変化し続けている、変わらぬものは何もない。
 予期しない 怪我や 事故  地震 津波 災害もあり、国家間の 争い 戦争の危機もあります 。
 命や 財産を失ったり 、家族との別れ  など 何が起きるか分かりません 。
つまり、本当に 安心出来ないのが 人生です。

○ だから「 人生は苦なり 」と お釈迦さまは 仰いました  。

・ 生苦 老苦 病苦 死苦 の苦しみに 満ちています 。

・ 生苦ーーー生きる苦しみ
学生は 勉学に 苦労して、成績 将来に悩みます 。 大人になり 仕事を探し 働いても、不景気になれば また  苦労です 。
 日本の失業率は 世界の中では 大変少なく、今は 恵まれてます 。しかし、仕事の内容、待遇、業績 将来性、職場の人間関係 など 、全部満足の人は少ない。 だから転職が絶えません 。  また 身内、近所、友人の 誤解や 嫉妬 恨みや 怒り などの 人間関係に悩みを 持つ人も多く、深刻です 。
子供の将来、いじめ 、自殺 、不登校、学校崩壊 も問題になっています 。
  北朝鮮のミサイル が、日本人の頭上を飛んでいます 。5分ほどで 届く近さで 逃げる所はありません 。
 今後 アメリカはどうするつもりか 分りません 。
 何の心配や 苦労もなく 生きている人はありません 。

・ 老苦ーーー
 (精神的)定年退職して 生きがいを失う人もある  。熟年離婚も 増えています 。
 (肉体的 )目、耳、足腰が弱り 若いときの 記憶も薄れ 、日に日に衰えを 感じて 不安になる  。 一番の関心ごとが 健康になってきます 。
(経済的)老後の生活に 不安な人が 多い。 日本は 老人大国であり 福祉予算は年々増えて 国家予算の 30%に達し  将来的に 不安視されています 。

・ 病苦ーーーガン、脳卒中、心臓病、肺炎など 様々な病気に苦しみ、病院通いが 仕事になる人も多い 。
健康に自信が 無くなり  いつも心配になる 。
たとえ これらの病気が無くても 「 認知症 」によって 家族に迷惑をかけ、嫌われることを 恐れます 。
長生きさえすれば いいとは限りません 。

・ 死苦ーーーいよいよ 死んでゆかねば なりません。
日本人の 平均寿命は 世界一ですが これは 平均であって、私の 寿命を保証しているわけではありません。
まだ 大丈夫と 安心できません。
年間 60万人近くが亡くなり、毎日 1700人近くの 日本人が亡くなっています 。 多いですね、ご存知でしたか 。

お釈迦さまは 臨終の姿を 教えておられます
( 大無量寿経 )
・「 人は臨終になると 後悔と恐れとが 交互にやってきて 苦しむ 」
自分の 人生を振り返ると ああもすれば良かった こうもすれば良かった 。
 なぜ あんなことをしてしまったのか しなければ もっと 人生は良かった はずなのに 、とか 、色々思っては「 後悔 」をします 。
そして 愛しい 家族と別れて 死んでゆかねばならず 苦しむのです 。
家族がいなくても この大事な肉体を失うことを 苦しみます 。
・「まことに 死せん時は かねて たのみおきつる 妻子も財宝も  我が身には 一つも 相添うことあるべからず 。
されば 死出の山路のすえ 三途の大河(後生 )をば ただ一人で  こそゆきなんずれ 」
蓮如上人はこの様に 教えておられます 。

次に「 恐れる 」とは 後生へ 一人 、出かけてゆかねばならないからです 。
死んだら 何も無くなる。おしまいだ。と思っている人は 日本人の6割あるそうですが 、 それは 元気なときの話で 臨終が 迫ってくると、
「 俺は 死んだら どうなるのか、どこへ行くのか 教えてくれー 」となっていきます 。

「 病気などの肉体的 苦しみ 」と「 愛するものとの別れ 」が「 死の苦しみ 」だと 思っている人が 殆どだと思いますが、実は  「 後生が分らない 」これこそが、死を目の前にした時の苦しみであり、人生 最大の悲劇なのです。

臨終に、お礼を言って 、苦しまず亡くなる人を見て 大往生と言って いますが そこから 魂の一人旅が 始まっていくのです 。
本人は それに気づかず 肉体的な死を 先に 迎えただけなのです 。
 仏法を聞く人と 聞かない人の 違いは ここです 。
後生が気にかかる、心配になる、そういう人は、仏法を聞きます。
だから 仏法を聞く人を「 後生 願い 」とも言います 。

○ 後生は どうなるのか

「 六道を 輪廻する 」と教えられました 。六道とは 六界とも言われ 苦しみ 不安 悩みの 絶えない世界です 。
この六道を 車の 輪が 回るように 回って 際限がないのです 。
 過去世から 今日まで この六道を 迷い続けて来た  と教えられます 。
また 未来世へと 迷って行くのです 。

(  六道  )
・ 天上界ーーー六つ中でも 最も苦しみの少ない世界です。 しかしここも無常の世ですから 次の世界に輪廻します
・人間界ーーー私たちの住む 世界です
・ 修羅界ーーー人間に見えない争いばかりの世界です。 例えると戦争の止まない中東の世界です 。
・ 畜生界ーーー犬 鳥 魚 昆虫などの 動物の 世界です
・ 餓鬼界ーーー人間には見えない 常に満たされず苦しむ世界です 。
・地獄界ーーーこれも人間には見えません 。
 六道の中で 苦しみの 最も 激しい世界です 。 そこで 鬼が地獄で 罪人を苦しめる 絵が書かれました 。
如何に 苦しみの激しい世界かを 教える為です
 八大地獄ーー蒔いた種によって 受ける結果も違いますから 八あると 説かれています 。

○ 特に 人間界に生まれ難いことを お経に説かれています 。

「 盲目の亀と 浮いた丸太 」の例えです 。
 お釈迦さまが お弟子に向かって
「 海の底に 盲目の亀がいて 100年に一度 だけ海面に顔を出す 。海の上には 丸太が浮いており 亀の頭が入るほどの 穴が開いている 。
では  この亀が 浮いた時に この丸太の穴に 頭を入れることを 、どう 思うか」と尋ねられました 。
 すると お弟子たちは 「 お釈迦さま そんなことは考えられません  。 亀は盲目で どこに丸太があるか分りません 。また広い海の丸太は波に 風に東へ西へと動いています、とても考えられません」と答えると
「 では 絶対に 無いことと思うか  」と念を押さえられると 、お弟子は 「 何億年かける 何億年、それ以上の間に有るかもしれませんが やはり 考えられないほどです 」と答えました 。
 すると お釈迦さまは「 実は この亀が丸太に頭を出す以上に 、人間界に生まれることは 難しい 有りがたいことなのだ」と 仰いました。
そして 日本の源信僧都も このように教えれられました 。
・「 まず 三悪道 (畜生・餓鬼・地獄)を離れて 人間に生まるること 、大いなる よろこびなり 。
身は卑しくとも 畜生に 劣らんや 。
家は貧しくとも 餓鬼に 勝るべし
心に思うこと かなわずとも 地獄の 苦に 比ぶべからず 」

○ ・ その 生まれ難い 人間に生まれても 次の後生はどこへ 行くのでしょうか 。
 ・「 人間に 生まれる者は 爪の上の 土の如し  。地獄へ堕ちる者は 大地の土の如く」 (涅槃経 )
 ・「 如何なる 喩えといえども、如何に 地獄の苦なるを 説くこと あたわず 」
( 賢愚経   )と 説かれています

地獄という 大変な世界が有り、死んだら終わり ではないのです 。

● この 地獄界へ生まれることを 「 後生の一大事 」といいます 。

これが 仏さまから 見られた 私たちの 流転している 三世の 生命の実相 なのですが
驚かれたと思います 。
生まれて 死んでゆく、50年〜100年しか 知らない。考えない 。
人間の智恵では 想像の出来ない 仏の智恵の 世界です 。


○ ではなぜ 地獄など あるのでしょうか 。

人の運命は因果の道理によって決まります  。

善因善果ーーー善い行為は  善い 幸福な結果を生む
悪因悪果ーーー悪い行為は 悪い 不幸な結果を生む
自因自果ーーー自分のやった行為は 総て 自分にその 結果は現れる

また、正しくは   因・ 縁・果 の道理です。

「 一切法( 万物 )は 因縁生なり 」 こうなるのです 。
縁 とは 因を助ける 条件です 。
もみ種を 畳に蒔いても 米になりません 。
苗代を作り 水や土や肥料の 縁があって 田植えをして 米になるのです 。
因だけで 結果は 生えません 。
しかも、これは この世だけでなく 過去 現在 未来へと 三世に続く 真理であると説くのが 仏教の 特徴の 一つです 。

・ 「 過去の因を知らんと 欲すれば 現在の 果を見よ
   未来の果を知らんと 欲すれば 現在の 因を見よ 」 ( 因果経 )

現在の 自己を 知る中に 過去も 未来も 分って来るのです 。
カギは 今の 自分です 。
これは 大事です 。  覚えていて 下さい 。


○ 煩悩によって 悪を造り  その報いを 受けて 苦しんでいる 。

 毎日 私たちは どんな 種まき 原因を 造っているでしょうか 。
仏教では 私を「 煩悩 具足の 凡夫 」と言います 。
 雪だるま は 雪で できています 。
そのように 私は 煩悩の 塊 そのものです 。

○ 煩悩には 六大煩悩が有ります

1・ 欲ーー(五欲 )
・ 食欲ーーー食べたい、飲みたい、もっと美味しいものが、欲しい
・ 財欲ーーーお金、家、趣味の物をもっと欲しい
・ 色欲ーーー性欲、浮気する心
・ 名誉欲ーー褒められたい、認められたい
・ 睡眠欲ーー眠たい、楽したい

2・ 怒りーーー欲が 邪魔されると 起きる心
3・ 愚痴ーーーねたみ 恨み そねみで 自業自得と思えない心
4・ 疑いーーー人や 物を疑う 心
5・ 自惚れーー自慢する心
6・ 悪く見る

親鸞聖人は 自分の この 心 に驚かれて

・「 凡夫というは 無明煩悩 我らが身に 満ち満ちて   欲も多く
怒り   腹立ち   嫉み  恨む   心   多くひまなくして  臨終の一念まで 留まらず消えず  絶えず 」と教えておられます 。

煩悩は、自分可愛い、我執の心です  。自己中心  我利我利亡者の心です 。
自分は 正しい 、自分は善い、勝れている、と 他人を差別する心でもあります 。
自分と 他人を 平等には、見れない心です 。
そして、自分の思い通りになれば 自惚れて 得意になり、上手くいかないと 他人を怒り 批判し 傷つけ 害することもします 。
戦争さえやります 。
勝てない憎い相手には 、恨み 妬み 呪い 不幸になれと 願う恐ろしい心です 。
人の言うことを 疑い 計らい 悪くしか見れない どうしようもない心です。
死ぬまで 無くなりません。

○ こんな心ですから、口が言うのは、

・ 綺語ーーーおべっか、ご機嫌とりです 良く思 われたい下心があります 。
・ 両舌ーーー二枚舌、相手に よって言うことが変えて 損得を考えます 。
・ 悪口ーーー言わぬ つもりで言っています。これが 大好きで 我慢は辛いです 。
・ 妄語ーーーウソです 。教えないのに 子供でも自分を守るために ウソをつきます。

○ では、身体はどうでしょうか

・ 殺生ーーー生き物を 平気で殺して「 食べ物 」とします 。罪の意識は 全く無く 高い 安い 上手い まずいだけです  。
食事前の「頂きます」は 尊い命を頂く 感謝の 言葉ですが 、 知っている人は少ないです
・ 窃盗ーーー人の物、心 名誉 その 他 を盗み 自己満足して 他を苦しめます<
・ 邪淫ーーー性欲による邪な 男女関係

○ このように 心も 口も 身体も 自己中心で 悪業を 造って生きていますから、
悪因悪果 自因自果 自業自得で、この世も 苦しみ 不幸が絶えず 後生も 大変になるのです 。
「 後生の 一大事 」を 引き起こすのです 。

「 苦より 苦に入り 闇より 闇に入る 」      ( 大無量寿経 )
「 業道は 秤の ごとし 重きもの 先ずつく」
やった行為の重さによって、六道が 分かれてくると 説かれます 。

「 火の車 造る大工は なけれども 己が 造りて 己が 乗 り行く」
全部 自分の 蒔いた 種の 報いですから 逃れられません 。


 「 教語 開示すれども 信用する者は 少なし 。 生死 止まず、悪道 絶えず 」
教えても 信じる者は少ないから また 六道に 迷ってゆくと、お釈迦様は 仰いました( 大無量寿経 )

自我意識、自己主張  が強く、権利主義者 の 現代人は なかなか 仏説が そうと聞けません。
都合の悪いこと、嫌なことは 否定します 。 認めません 。
あなたは どうでしょうか 。

親鸞聖人は この 仏説を 真実と 聞かれました 。

( 歎異抄 )
・ さるべき 業縁のもよせば
                 ---恐ろしい 縁が来たならば、
  如何なる 振る舞いも すべし
                 ーーー何でも してしまう 親鸞だ。

・ いずれの  行も 及び難ければ
              ーーー心からの善の出来ない 親鸞は
   地獄は 一定 住みかぞかし
                 ーーー地獄へ 堕ちて 当然である

・煩悩具足の 衆生は もとより
   真実の心 なし 清浄の 心なし
   濁悪 邪見の 故なり
                                                        親鸞聖人

○ この 自覚から 仏法が 始まるのです 。

これが 抜けていたら、それは ただの「 教養」  「 知識 」「 趣味 」になります 。

● 仏教を聞く 目的は 何か

○ お釈迦様の 誕生と 教え

・ お釈迦様は お生まれになると 東西南北に 七歩 歩かれて
 「 天上天下 唯我独尊 」

と言われたと 伝えられています。
赤ん坊が すぐに歩いて すぐに 話ができると 思いませんが 、これは 何を 教えて いるのでしょうか 。

「  天の上にも 天の下にも とは この大宇宙の中で、唯  、人間だけが 、尊い使命を 果たすために 生まれてきたのだ。
それは 六道 迷いの世界を 出る( 七歩 ) 出離する ことである  。
仏法を求めて その使命を 果たしなさいよ 。
人間界しか 仏法は聞けず 他の世界では 出来ないことですよ 。
 絶好の 恵まれた このチャンスを 逃しては いけませんよ。
逃せば 二度と 機会は 来ませんよ 。
今ですよ 求めなさい 。 」
      と 教えておられるのです 。

これを 華厳経にも 同じ 心で 説いておられます 。

「 人身 受け難し 今 すでに受く
        ーーー人間に 生まれることは難しい 。
      今 生まれてきた 。

   仏法 聞きがたし 今 すでに聞く 。
        ー ーー仏法を 聞くことは もっと難しい
     今 聞いている 。

    この身 今生に 向かって 度せずんば
         ーーー今の このチャンスに
      六道を 出離せねば

   さらに いずれの 生に 向かっ て  この身を             度せん。
        ーーーどの世界に生まれて、解決ができるでしょうか、出来ませんよ、今だけですよ  。


 「  第1章  」の 最初の この仏説は こんな 深い 意味があったのです。

○ では 六道 迷いの 世界を 離れて どうなるのでしょうか 。
成仏です。仏のさとりを 得る 。
あなたが 仏に成る ということです。

「えー⁉︎  自分が 仏に成るなんて 」
想像もしておらず、驚かれたと思います 。
死んだ 人を極楽へ往ったとか 仏になったとか 言っていますが 。
 仏になるということは どんなことか 正しく 知る人は 殆どいません 。
善い所へ往って 楽をしているくらいに 思っていますが、誤解です 。
 仕事をしなくてもいい 。税金もない 。家も 車も必要ない 。汚れることも無いから、 着替えも 洗濯もしない 。 食事も作らなくても スーっと出てくる 。
毎日 のんびりと 談話でもして 暮らせる所と 思っているなら 極楽でなく、人間の考える 欲楽です 。間違いです  。

仏とは 52の 「 覚り  悟り  証 」の中の 最高の さとりです  。
極楽浄土とは 私達 人間の 智恵では 理解し難い仏様の 智恵の 世界です 。
大宇宙の真理をさとり、我執 自己中心的な 心を離れ 差別は無く 、自己も相手も同じく 平等であり 煩悩を滅して 、
自分だけ可愛いいの心 は無く
常に 相手の、人々の 、成仏 幸福を 心から願う 心が 満ち溢れて、
苦悩の 根源をを説いて 救いの道、さとりの道を 教えます 。

「自覚覚他 覚行窮満 」といい 自分が覚るだけでなく、覚っていない人を 覚らせることに 完全なことをいいます 。
 これが 智恵と 慈悲が 備わった 完全無欠の 仏様です 。
智恵と慈悲の 両方が 円満に 満ち溢れていますから

「 衆生苦脳 我苦脳ーーーー人々の 苦しみが 仏の苦しみ
衆生安楽 我安楽」ーーー人々の 喜びが  仏の喜び一体です 。

丁度 赤ん坊が 熱を出して 苦しんでいたら お母さんも苦しみます 。
赤ん坊が 元気になって 笑顔になれば お母さんも喜びます 。
母子一体です 。
この 「衆生を差別しない、大慈悲心 」が 仏様です 。

この 地球上では お釈迦様です 。
世界の 聖人と言われ 今も 世界中の人から 尊敬を受けておられます 。

● ですから
仏教とは 「仏の説かれた 教え 」であり、
     「 仏になる 教え 」なのです 。

○ これも 「 後生の一大事」です 。

「 六道輪廻  」が、「 成仏 」となるの ですから 「 一大事  」です。
ですから 後生の一大事は 二つあるということです 。

○ 仏教は「 抜苦 与楽 」の教えとも言われます 。

六道という 迷い 苦しみの世界を 抜けて 離れ て 、
極楽、仏  という 究極の 悟りの 世界へ 導く 教えなのです 。成仏の 法なのです 。

○ 迷いの 人間界から 成仏という 最高の 世界を 目指して 生きなさい 。

これが 仏法を 聞く 目的であり 、どんなに 苦しくても 生きる目的 と教えられました。

ここまで 読まれて どうでしょうか。
うなずかれましたか 。
こんな 世界があるなんて、信じられませんか 。
そんな ものかなー と思われましたか 。
何と言っていいか 、分らない人も 多いと思います 。
最初は そうです 。

ただ 私が感じるのは、
 仏教とは 驚くほど 正確に 真理が説かれ  ていて、学べば 学ぶほど その深さが 知らされ ます。そして、自分の これまでの 智恵 知識 考えの浅さを 恥じて 聞かずにおれなくなってきます 。
それほど 尊く 深い 教えです 。

  お釈迦様は 他にも 十二因縁 唯識 空 八正道 四聖諦 八識 四顚倒  など 真理を 多く説かれました 。

 そこで 仏教は 一代教とも 一切経とも 八万四千の法門とも言われます 。

奈良時代、平安時代 鎌倉時代の 日本の最高の 知識人は 僧侶で あったのも うなずけます 。
ですから 「 仏教を知らずに 一生を過ごす」以上に勿体無いことは有りません 。

蓮如上人は
「 宝の山に 入りて 手をむなしくして 帰るに 同じ 」と言われました 。
 仏教を聞けば 幸福観  、価値観 、人生観、生死観 、世界観 、自己を見る目が
変わってきます 。
仏様の 智恵、仏智 を聞くから、頂くからです 。

○ では 次に どうしたら 成仏が 出来るのでしょうか 次へ進みましょう。