② 親鸞会との決別  と  阿弥陀様との出会い

        とくよしみね( 男性 50代 )

 

注:親鸞会の名称は親鸞聖人に申し訳がありませんので以下高森顕徹会と呼ばせて頂きます。

 

子供の頃から死に対しての何とも言えない恐怖を持ち続けていました。

どうしたら心の平安が得られるのか、大人になったら分かるのかとずっと考えていました。子供の頃交通事故に遭い、大学生時代にも遭いました。

死の恐怖を何度も味わい、どうしようも無い無力感に襲われながら、結局人生は好きなことをして生きるしか無いと思い込んでいました

だから自分の好きなことをやりながら人生を模索しようとしていました。

 

そんなとき知り合いから人生の目的は「後生の一大事を解決して絶対の幸福になることだ」と言われたのですが、「何をアホなことを」と思って聞いていました。

真剣にいろいろ言われたのですが、当時の自分は宗教などに頼らずに自分の力で人生を切り開こうと思っていたので知り合いの言葉は私には入りませんでした。

そして自分なりに人生はやりたいことをやって後悔の無いようにするのが一番だとの答えを出しました。そう思って自分がやりたいことを次から次へとやってはみたものの本当の満足とはほど遠く悶々とするばかりでした。

そして、大学四年生になったころいよいよ就職活動をし出したのですが、人生の先行きが見えてしまったのです。

「あ~、このまま就職して、結婚して、子供を産んで、そして死んでいく人生に意味があるのか?俺は何か見つけることが出来たのか?」と。

思い出したのは知り合いから教えてもらった人生の目的でした。

それからは知り合いの家に行きあるだけの本を借りて読んだのです

それが高森顕徹会との出会いでした。

 

読んだ本は、こんな事が知りたい1から4,白道燃ゆ、会報1から3などでした。衝撃でした。

「仏教に、浄土真宗に真実があるのか?」と。

大学の図書館で大無量寿経を読んで本当にあることを確認し、嬉しくて仕方ありませんでした。

その後、初めて高森会長のご法話に参加したのですが、変な服を着て胡散臭さが一杯でした。それでも分からないことばかりでしっかり勉強しようと思いました

残念なことにそれは高森顕徹会から出された本のみでと思ってしまったのです。

暫くして会員に成ったのですが段々活動を強制するように成ってきました。

会員の勧誘や白道戦などといろいろな戦いを次から次へと展開していきます。

専任講師になっていく人を見て自分はそんな力は無い。在家で求めるしかないと思っていました。

また、在家でもご信心はいただけるはず、そういう教えだと思っていました。

私は本願寺での座り込みからズーッと正会員でした。

また純会員の時期も結構ありました。純会員に成れば少しでも宿善が厚くなると思い勧められるままなりました。

ところがこれも、途中で活動やいろいろな条件で純会員を辞めさせられました。理由は非常に曖昧なものでした。たぶん何か会にとって都合の悪いことがあったのでしょう。

純会員が反旗を翻したとか。

 

私が聞き出した頃、教学的には高森会長の教えは三重廃立が基本でした。

簡単に言えば阿弥陀様一仏に向けでした。

そのために必要なものは宿善を厚くすることだと。

ご法話では、縦の線、横の線を書き、当時は自分達がどこにいるのかは一切言わずに縦の線と横の線が交わったところで信心決定出来るのだと力強く叫んでいました。

そして聞く一つだと何度も言っていました。

 

これも今思うと全く矛盾しているのです。

救いを今と言いながら、宿善を厚くせよと。

 

私は高森会長以外に西堀咲枝さんとの出会いがありました。西堀さんは当時の高森顕徹会に於いては妙好人であり信心決定者であると公認された人でした。

そのためにその後の教義の変化や財施の強要も我慢していました。「この教えだけは間違いない」と思い込んでいました。

西堀さんのビデオは入会後でしたが作成されました。

持っておられる方もいらっしゃると思いますが、あの体験ビデオは本当に個人のものだなと今更ながらに思います。ほかの誰にも共通しない西堀さんだけの体験だと今ならよく理解できますが、当時の私は「すごい」としか思えませんでした。

 

西堀さんは当時私にこう言いました。

「真剣勝負や、先生のご法話をド真剣に聞くのや、白刃と白刃の戦いやで。あの先生から離れたら絶対にあかん」と。

私は「よし、とにかく10年は頑張って聞こう」と心に決めました。

当時のご法話は腹に響くものでした。

「駄目だ、駄目だ、今回も分からなかった」という感想が連続でした。それでもご法話に行ってもムダと思ったことはありませんでした。

 

ご法話以外では正本堂の建立や顕正戦のことがいつも話題にありました。

当時の顕正新聞を見てみればその事ばかりです。

特に正本堂建立に関しては財施の未納者に対する催促は何度もありました。

また、親鸞聖人のビデオ販売に関しては妻は販売員登録を半ば無理矢理にさせられました。妻はビデオを一生懸命販売しました。

販売成績はかなり良かったのですが当時の上司からもっと頑張れと檄を飛ばされていました。

後で分かったのですが、正本堂の財施もビデオ販売成績も当時の上司は妻よりかなり低く、どうしてあそこまで言われなければいけないのかと疑問に思うこともありました。

当時の上司もまた、その上から檄を飛ばされ叱咤激励されていたのでしょう。しかし、それが大変なストレスとなっておりました。

それでも会長は正しく法を伝えている、聞ききらない私達が悪いようなご法話があり、「そうなんだ、もっと真剣に聞かなければ」と言われるままに思っていました。

 

高森顕徹会結成の三五周年から三願転入が親鸞聖人の本当に言われたことだと言い出した時もきっと会長の深い御心があるのだと思っていました。

 

これは退会してから知ったことですが、退会者の家に講師や会員が押しかけ、御名号を返せと家の周りでわめいた音声が公開されたことがありました。

今もどこかのサイトに残っていると思います。

突然家に押しかけてわめき散らすのです。

まったく非常識としか言いようがありません。

警察沙汰になっても不思議ではないのに何の疑問も持たず、正しいことを行っていると思っている姿はまさしく創価学会の「折伏」と同じです。

創価学会の「折伏」は当時の映像ニュースにも成ったくらいです。

youtubeで動画を検索すれば出てきます。

 

その後何人も辞めた講師から連絡が有ったら無視せよとか、ネットを見るなとか言われることがたびたびありました。ネットは普通に見ていたのですが、退会者が間違ったことを言っているぐらいにしか思っていなかったため全く言葉が入ってきませんでした。

また、座談会をしなさいとの命令で、ご法話の後に同朋の里での座談会も高森会長の言われることの繰り返して納得いかないことが何度もありましたが、結局記憶力を自慢しているだけでした。

 

さらに高森会長のご法話はどんどん劣化していきました。とても他の人を誘って聞いてもらおうと思えるようなご法話では無くなっていきました。

聴聞録を書こうにもまた前回と同じで段々書く気が失せてきました

 

そうこうしたある夏のご法話の時でした。

お昼休みに大事なことがあると言われ正本堂前の広場に集めさせられました。

そこで高森光晴総参謀が陣頭指揮をとって会員の皆さんに素手で正本堂前の煉瓦を運ばせたのです。

暑い日差しの中で担当講師を先頭に皆並んで玄関前の工事中の煉瓦を素手でリレーしてパレットに並べていったのです。

その間、高森光晴総参謀と恭子夫人は二人パレットの上に立ったまま、真っ赤な顔をして皆さんの作業を見ているだけでした。

講師達は光晴氏の命令をそのまま一生懸命聞いて動いていますが表情がおかしいのです。

なにか脅されているような感じで会員に指示を出します。

まるで怯えているように感じました。

私は高森顕徹会での理不尽なことはいろいろありましたが、ずべて後生の一大事の解決の為とずっと我慢してきました。

しかし、この時私よりかなりお年を召した人たちが沢山いたのですが、その方達に声をかけるわけでも無く、当然自分が参加することも無く、ただ、二人で真っ赤な顔をして作業を見ている姿を見たとき、この異常さにさすがにおかしいと思うように成りました。

蓮如上人は報恩講に皆さんと一緒にお風呂に入ってお話をされたとか、寒い日に遠くから来た人には酒など出して身体を温めさせたとかのお話があります。

高森光晴総参謀は、蓮如上人のこのお言葉をどう思っているのか、否、そんなことは全く思っていないことがハッキリと分かりました。

 

実はこれより以前、私は高森会長の作戦会議に呼ばれたことがありました。

そのことを体験発表された人もありましたが、私は今まで公表したことはありませんでした。あたりまえですがその会議の理不尽さと来たらとんでもありませんでした。

「ある特専部員の除名の真相」という投稿がさよなら親鸞会にありますが、そのひとの気持ちがよく分かります。

とにかく会長に対して意見を言うのですが最後は会長の指示通りです。

今思うと会長の発言は凡夫丸出しのとんでもない発言ばかりでした

また「会長は全く人の意見を聞いていないな」とも思いました。

会議での内容については箝口令が後で敷かれました。

 

その後、インターネットによるご法話がありましたが、小さなパソコンの画面から聞こえる小さな声でどうしてこれで説法ができるか不思議で仕方ありませんでした。

生のご法話ほど大事なことは無いはずなのにこれからはネットでのご法話か?

ご法話の内容は毎回同じ三願転入ばかりで財施をせよと比喩的に言うばかりで、阿弥陀様の御本願についても仏願の生起ばかりで本末は全くといっていいほど説かれることはありませんでした。

御念仏についても御文章の根拠はいつも同じ所、「・・・無上甚深の功徳利益の広大なることその極まりなきものなり・・・」ばかりでした。

もうこの話をどれだけ聞いても何も変わらない、専任講師で救われた人も一人もいない、たまに病気で死にかけの人が救われたと言っているがその内容もよく分からないような話でした。

今思うと肝心なところをすべて修正させられていたのでしょう。

段々、今生での後生の解決を諦めるようになってきました。

 

しばらくして知り合いから嶋田講師の「私の白道」がネット上にあることを教えてもらいました。嶋田講師は本願寺座り込みの時から知っていましたが、まさかあの人がと思いました。

読み進めるうちにどんどん血の気が引いていくのが分かりました。読むことを止めることが出来ず最後まで読んだときには自分の足下から信じていたものが崩れていくのが分かりました。

とんでもないことでした。

いろいろな理不尽なこともありましたが、それより教義が間違っていることに驚きました。いままで自分は何をやってきたのか、言われるまま家族や親戚に対しても破邪顕正を盾にどれだけひどいことをしてきたのか、また、いろんな人に対して選民意識丸出しの対応をしてきたことで自分が押しつぶされそうになりました。

自分が正しいと思ってやってきたことが本当は間違っていたとは。

「俺は今まで何をしてきたのか」

本当にショックでした。

 

暫くして会を退会しました。

当時の担当講師に退会の意図を伝えました。

講師は家に来たのですが退会理由を話しても全く受け付けず、また、お世話になったのでお礼を渡したのですが何も言わずに受け取って帰って行きました。

そして「私は千日回峰行だと思ってこれからも布教する」と言ったのです。

全く浄土真宗ではありませんでした。

典型的な知識帰命の異安心でした。

 

それからは、今はお浄土におられる近藤智文さんから、宮田さんから、故梯先生から、故加茂仰順師(ご法話などが今でもあります)から、そして、華光会の先生からご法話をむさぼるように聞かせていただきました

何が間違ったのか一つ一つ確認をしていきました。そしたら100%間違いでは無く、至る所で間違いを誘引するような言葉が沢山あることに気づきました。

たとえば二河白道のお話でもそうです。

白道を踏み出すかどうかの所が三定死なのに、火の川、水の河を行った真ん中あたりが三定死との説明はお聖教と全く異なります。

また、白道について求道の道と信心の道の違いも大変な違いです。

ところがそれ以外はほぼお聖教通りで普通に読むと間違いに気づかずに読み飛ばしてしまうのです。

マインドコントロールとはそういうことで、たとえば正しく文章が読めなくなってしまいます。

退会後、かなり苦しんだのがこのことです。お聖教の文章が読めなくて頭に入ってこないのです。近藤智文さんが言われていましたが「私達はマイナスからの出発なのです」というのが本当にそうだと思います。

自分勝手に読んでしまうだけで無く、刷り込まれた高森顕徹会的教学や高森会長の個人的感想のまま読んでしまうため本当の著者の意図を読み違えてしまうのです。

 

だから最初の頃は「もう騙されるものか」と思いながら聞かせていただいたのです。

それでもいろいろな御著書やご法話を聞かせていただくうちに自分の周りの状況が段々と分かってきました。本願寺が教えていることもネットの中でのやりとりも何が本当で何が間違いなのか分かってきました。

そして周りに獲信者が沢山いることに気づき出しました。驚きました。

こんなに沢山の獲信者がいるのかと。

 

高森顕徹会では国に一人郡に一人のお言葉通り誰もいないような状態でしたので、それが当たり前と思っていたのに、あっちにもこっちにも、先生も沢山いることに本当に驚きました。

これなら自分も何とかなるかと思ったのです。

そう思って一生懸命聞法しました。これを読んでご信心をいただこう、これを聞いてご信心をハッキリさせようと自力一杯で求めていました。

 

しかし、それが間違いであることに後でしっかりと知らされました。簡単に言えば自分は救われるようなものでない、そんな力は無いと言うことが知らされたのです。

自他力廃立させていただいたのです。

それまでは、どうしたら信心決定出来るかに力が入っていたのですが、ベクトルが180度変わったために信心決定がどうでも良くなってしまいました。

当たり前ですがご法話でもお聖教でもそのことが繰り返し書かれているのです。普通に読めばそうなります。ところが自分はまだ救われていない、これでは駄目だと自ら法に蓋をしていたのです。

法は私に「聞いてくれ、聞いてくれ」と何度も何度も働きかけているのに、私は「まだ救われていない、これでは駄目だ」とすーっと自分で決めていました。しかし、あるとき「すべて阿弥陀様のお陰だった」と気づかされたのです。

自分で求めていたこともすべて頂き物であったと。

そのことも何度も何度も聞かせていただいていたのですが、結局「自分が自分が」と自分の思いを重要視していたことにより法を拒絶していたのです

これを庄松同行の摂取不捨の救いの譬えと同じだと思いました。

「あー、法を聞いているようで結局自分は逃げていたんだな」と気づかせていただきました。

たからご法話を聞けばその通りで、地獄一定住処ぞかしも極楽往生間違い無しもともにハッキリすることなのです。

ただし、ひとそれぞれの感じ方がありますのでそれについてはここでは省略します。

 

また、一方で退会後は称名念仏を癖になるまで励みました。

それまでの高森顕徹会では称名念仏は信後のお礼の念仏であり、信前の御念仏は自力で役に立たないと教えられていました。

ところが御念仏は私の方で自力他力と区別を付けているのですが、御念仏自身は真実の塊であり私が称えた御念仏はそのまま私を呼ぶ呼び声なのです。念仏循環ともうしますか、そもそもこの御念仏に私を救う力があるのです。

だから、御念仏を称えないということは浄土真宗ではあり得ないことであり、信前信後を問わず称えるべきものなのです。

ここもマインドコントロールの為に自分で称えている御念仏はすべて自力だという思い込みが強く、そうでないかもしれないという考えがどうしても出来ませんでした。一つの壁かもしれません。

 

退会後は自由にご法話に参加することが本当に嬉しかったことでした。

当たり前ですが本願寺の西も東もご法話はいつでも何処でも参加自由です。身分証明書や高額な御法礼を要求することもありません。それでいて世間でいわゆる高名な先生のご法話があちらこちらでされているのです。

人にも普通にお寺に行ってご法話を聞いてきたと言えます。

世の中広かった、本当に広かったと思いました。

また、聖道門の仏教も本当に裾野がひろく教えも深いものでした。一方的な考えて判断できるようなものではないことを実感したこともありました。

また、カルト宗教と呼ばれるものの特徴も世間では一般的に知られていましたが、それに疑問さえ持たなかった自分が情けなくなりました。

 

高森顕徹会は浄土真宗の名を借りた典型的なカルト宗教と同じでした。それについてはあちらこちらに書かれていますので割愛しますが、とても残念に思います。優秀な方達が揃って迷いの中にいるのです。

未だに沢山の法友が高森顕徹会に必死にしがみついています。

自分たちが最後に勝つと思っておられるのでしょう。

それだけではなく既に高森会長の教えが間違っていることを理解しながらも生活の為、面従腹背されている講師も沢山おられるのではないでしょうか。

皆さん、今生、後生の解決出来なければどうなるのか、仏語に虚妄無しです。

本当に怖ろしく思います。親鸞聖人がたまたま行信を獲ば遠く宿縁を慶べと言われましたが何の間違いか今、私に南無阿弥陀仏が届いています。

そしてその教えを聞かせいただいています。

どうか皆さんも今一度自分の人生を振り返ってもらいたいと思います。

これで良いのか、本当にこれで死んでいけるのか、後悔は無いのか。

 

 

私は親鸞会を退会させていただいたことがが本当に良かったと思っています。あのままいたら必ず後生の解決出来ずに人生が終わっていただろうと思います。

私はいつもブログに書いていますが、現在、ただ今、落ちるそのままのお救いであった、それが阿弥陀様の願いだったと。

そして、必ず救う、我にまかせよ、我が名を称えよと大音響流十方しているのです。

どうか、今、聞いて下さい、称えて下さい、南無阿弥陀仏をそのままいただいて下さい。

御念仏に自力も他力もありません。

真実の塊が南無阿弥陀仏です。

これ一つです。

自分がどう思うが全く関係なく今阿弥陀様の呼び声が私の腹底から呼んでいるのです。

その声に気づいて下さい。

かならず救われます。

 

南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏

 

とくよしみね

 

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