③ 嶋田 幸美 ( 妻 )

 親鸞会を 離れて 早10年の 月日が 流れようとしています。
 短大に入った秋、知人に キャンパスで声を掛けられました。
 「死ぬことは怖くない?」それが 親鸞会に 入る最初のきっかけでした。
 自分の 死についてよく考えていた私 は「怖いよ」と即答しました。
 「仏法 を聞いたら 死がこわくなくなるよ」と言われ、それなら 聞きたいと素直に思いました。
 そして 学生部の 頃から 30年間、走り続けてきました。
 かつての 法友の 顔が何人も 浮かびます。

 なぜ 私が 親鸞会を離れたかは 主人の「私の白道」を読んで頂ければ分かると思いますが、
  今回続編 として新たに「あなたの白道」を発表するに当たり 私も 発言の場を頂きましたので
この 機会に 是非とも皆さんに お伝えしたい事があり 筆を取りました。
 
  初めて 高森会長の 法座を聞いた時の印象は 今も記憶に残っています。
 とにかく自信に満ちあふれ、内容は理解できずとも 熱一杯の 話に釘付けになりました。
 聴聞を 続けるうち 「この先生は凄い、この先生は私の後生を案じて こんなに一生懸命
話して下さっている、どこの世界にこんな先生がいるだろうか、この先生についてゆけば
きっと 死の解決ができるに違いない」と 思ったのです。
 今から思えば 何の根拠もなく どうしてそこまで信じられたのだろうと 不思議ですが
何も知らない 18歳の娘には 信じ込むに 十分な惹き付ける力があったのでしょう。
 皆さんの 中にも 同調される方は おられると思います。
 全国の僧侶を 一人一人 調べたわけでもないのに 高森会長だけが 唯一絶対無二の 
善知識 と思ってしまいました。
「 ワシ以外から 話を聞いても 絶対に助からないぞ」と言われると 何の疑いもなく
そうなんだと思ってしまいました。
 この先生は間違いない、この先生がウソをつく訳がない、なぜなら私の後生をこんなに 案じて下さるから 、大変な ご苦労され この親鸞会を 立ち上げて下さった のも私を助けるためだから  。 

「本願寺は みな間違っている 、助かっている 僧侶も一人もいない、親鸞会 を 離れたら 絶対に助からんぞ」
 何度も 何度も 自信一杯の話しを聞けば 大変な尊い先生におあいできた喜びで  いっぱいになり 上司の 言われるまま 親の諫言にも 耳を貸さず 家庭や 子供を 犠牲にしました。
  これ全て 後生の解決のため と言い聞かせ突っ走ってきたのです。
 それが 完全に マインドコントロール された姿だとは 夢にも思わず…。
 しかし 親鸞会を 離れて はっきり分かりました。まんまと会長に騙されていたことに。
 会の中にいる限りは 決してそうは思えませんが 会を離れて 広い世界に出た時、初めて 自分はなんて 狭い世界にいたのだろうと 気づくのです。
 正しい教えを 知れば本当に びっくりでした。
 今まで 疑問に思っていた事が 一つ一つ氷 解していきました。

  いつまで 活動したら 宿善厚くなって 救われるんだろう? 終着点が 全然見えてこない 。
    今日とも 明日とも 知れない命だと教えられるのに 途中で命尽きたら どうしよう 。
   助からないまま 地獄に真っ逆さまではないか。

  「一日も 片時も急いで 信心決定せよ 、
  報恩講の 七ヶ日間 に 信を獲れ」
蓮如上人は 急げ急げと仰っるけど、どう 急いでいいか 分からないのです 。
ずっと 疑問でしたが ようやく分かりました。
 宿善なんて 自分が求めるものではなかったんです。
 活動なんて 救いと何の関係もありませんでした。
  ただ 南無阿彌陀仏の心を 知れば 一念で救われることを知り大変な衝撃を受けました。
 蓮如上人の 急げ急げの 意味はこういうことだったのかと すっきり分かりました。
 仏願の 生起本末を 幾度となく聞いて下さい。
  高森会長の 話では分かりません。
南無阿彌陀仏の心が 抜けているからです。
そこを 主人が詳しく書きました 。
 私もそれ一つ 聴聞しました。

 初めて聞く事も多く 戸惑いましたが 阿弥陀様が この私を助ける為に どんな ご苦労をされたのか、私を 助ける 南無阿彌陀仏を 完成され、それをどのようにして 与えようとされたのかを 聞きました。

 今まで遠い遠い 存在でしかなかった 阿弥陀様が こんな近くにおられたとは…。
 私は完全に 間違っていました。

私の 後生を 案じて下さるのは 高森会長ではなく 阿弥陀様 だったのです。
私を 助けて下さるの も阿弥陀様でした。

 今まで高森会長 が 全てだと思っていた 私の呪縛が完全に溶けました。 
 
 皆さん、親鸞会に縛られる必要は 全くありません。
 高森会長に しがみつく 必要は何 一つないのです。

 私も貴方も 阿弥陀様に 願われているのです。
 遥か遠い昔から ずっとずっとです。
 今のこの 一瞬も 休むことなく 叫んでおられます。

「われにまかせよ、必ず助ける」と。
 そのお叫びが 南無阿彌陀仏です。
 私が助けて下さいとお願いする前に 阿弥陀様の方が先に「どうかまかせてくれよ」と
頭を下げて下さっているんです。

 こんな話を会長から聞いた事がありますか? 私は一度もありませんでした。
善知識は 南無阿彌陀仏 一つを説くのが 仕事だと後に聞かされ、愕然としました。
高森会員は善知識でも何でもなかったのです。

 主人の4つの質問に、ただただ沈黙を守り、法論を避け、何も言ってこなくなるのを じっと待っているのです。
かつての勇ましい会長はどこに行ったのでしょう?
 
世間事ではありません。
一つでも教えが 間違っていたら 大変な事です。
未来永劫のたくさんの 会員さんの 後生がかかっているのですから。
誠実に 答える 義務と責任 があるのです。

 どうして答えられないのか 皆さん自身でよく考えてみて頂きたいです。
 
私は貪るよう に毎日 阿弥陀様のお心を 聴聞しました。
 しかし「そのまま助ける」と言われても素直に信じられない心に泣きました。
どうしたら 信じられるのだろうと もがき苦しみました。
(  この心が雑行です。)
 そのままが どうしても 分からなかったのです。
もう私は 絶対に 助からないと思いました。
誰 が助かっても 私だけは 堕ちるしかないと思いました。
ただ泣くしかありませんでした。
そんな時です。私の 全身を 南無阿彌陀仏のお心が 貫いたのです。
「この弥陀に助けさせてくれ」 と阿弥陀様が 私に 頭を下げて下さいました。
 そのお心を 知った時、絶対 頭の下がらなかった 私の頭が 初めて下がりました。
下がらずにおれなかったのです。
 まさに大願業力でした。
 大慈悲心の 塊が 私の 自力の心を こじ開けて入ってきて下さったのです。
声なき声とはこの事だったのか、本当に不思議でした。
「不可称不可説不可思議」とはこのことだったのか 初めてお聖教を体で読むことができました。
 それからは どうしたらの 心は一切 出なくなりました。
完全に阿弥陀様に奪われてしまったのです。

 皆さん も南無阿彌陀仏のお心を どうか聴聞して下さい。
 特別な人だけが 助かるのではありません。
 誰でも 正しい 教えを聞けば 救われるようになっているのです。
私や 主人 そして 投稿された方々が生き証人です。
 この私に 用事 は微塵もありません。注文も何一つありません。
 ただ 阿弥陀様の 一人働きで救われるのです。

 主人は この事一つ 何と かかつての 法友に伝えたくて 今まで 色々とアクションを
試みました。
退会された方も たくさん出られましたが まだまだ迷われている方が大半です。
 親鸞会を 離れて皆さんの事を 忘れた日は 一日もないと言っても 過言ではありません。
 口を開けば 親鸞会の話でしたから。これは 主人の心ではなく 阿弥陀様のお心だと
思って下さい。

 生きてる間に かつての 法友に お伝えし共に手を取り合って 喜ぶのを 夢見ておりました。

それが難しいとなった時、
最後に 遺言として「あなたの白道」を残そうと考えたのです。
 病床で 病と戦いながら 最後の 最後まで 書き続けました。

 これを 読まれて 一人でも多くの 方が 親鸞会を 離れ 正しい教えを聴聞し 救われて
いかれます事を心から 願って止みません。

 読んで頂き 本当に有難うございました。

 南無阿彌陀仏                   
                                                            嶋田幸美