第 4 章 ①

    

 高森先生 お久しぶりです。

お元気でしょうか  。


光陰 矢の如し 。

本当に人生は短いと感じるばかりです  。


私は68歳、先生は88歳になられましたね。

親鸞会に入会したのが 18歳ですから 、もう50年、 人生のほとんどを、親鸞会のご縁で生きてきました  。


 親鸞会は 退会しても 感覚的に実家みたいなものです  。

18歳の時、「 後生に一大事がある、地獄へ堕ちる一大事がある」 。

この解決こそ「人生の目的」であり、「阿弥陀仏の本願」のみ 解決ができる 。

それが「親鸞聖人のみ教え」であり 、だから「世界の光」と 高森先生より聞きました  。


 この時、私の人生は決まりました。高森先生のお陰です 。

 この み教え を聞き求め、伝えること以上の尊い人生は無いと確信して 36歳の時には、

決意して「 講師部 」に 飛び込んだのです。

  常に、高森先生を無二の善知識と尊敬をしてきました 。


(信心)・ 信心決定されて 阿弥陀仏のみ心を知っておられる間違いのない先生だ  。

(教学)・ 龍谷大学で仏教・浄土真宗の教義を深く学ばれ、本願寺との法論にも勝たれた大学者だ  。

(人徳)・ 常に私たちの後生を念じ続けて下される お方であるから 尊敬すべきである 。

 

こう信じて ご指示に 講師部として 20年間 従って活動をして来ました 。

  しかし やがて、教えと 高森先生の言動・指導に 不審が起こり 、講師部を退部して、会員も退会して 「 後生の一大事」にもう一度 向き合うことになりました  。


  この事は 「私の白道 」に全て書きました 。  読まれたことと思います  。

   やっと出逢えた 増井先生のご法話中に「南無阿弥陀仏の 喚び声」

「 そのまま まかせよー 後生はこの弥陀が引き受けたー」と「六字の心」が到り届いたとき、 それまで高森先生より 聞いていた事と余りにも違うのに驚きました 。

 

 そのことを 、7年間 で、20通以上  高森先生へ手紙に 書き、 2年前には 「六字の心を親鸞会で話し させて頂きたい  。」 と  長い手紙と、話の内容のレジメも お送りしましたが、

返事は 1回もありませんでしたね  。


 南無阿弥陀仏に救い摂られた者の 思うことは 一つ 、

この六字の心を お伝えしたいだけです 。

 

高森先生も 「 顕正 」(昭和 33年 発刊  )に、


「 あら不思議 心も六字 身も六字

 浮世の空に かかる雲なし 」


「 叫べども 声を限りに叫べども

 なぜに届かぬこの六字

 力 乏しき 我を悲しむ 」

 

と歌っておられます。分かって頂けると 信じていました 。

 親鸞会は 「 親鸞聖人のみ教 えを徹底する以外にあってはならない  。」 と講師部の時 高森先生より、厳しく指導を受けました 。邪を許してはならないと。

 

  私が間違っていると思われるなら 「 私の白道」も 「20通以上」の書いた手紙も

ありますから 、それを証拠に、存分に 「破邪顕正」することは 高森先生なら易いと思います 。

  あの 本願寺さえ、相手にされたのですから。

 しかし、8年たっても 沈黙のままです 。不思議ですね。

  今回 この手紙を書いたのは 私には時間が無くなってきたからです 。


 元々 15年ほど前から 糖尿病で、この頃は 白内障で物が 霞んで見えます 。

今、手術の 順番待ちをしています 。

9年前には 「 椎間板ヘルニア」の激痛 に3ヶ月間 苦しみ、手術一歩手前までいきました。 

  今は楽ですが、いつ再発するか分かりません。

 3年前には 突然 心臓の異常を感じ 福井日赤病院で 「心筋梗塞」と診断されて、4回・10時間以上の 手術を受け、一命を取り止めました 。

 今も 心臓に 埋めこまれた 12本のステントが 命を保っています 。

 医学の発達していない昔なら 65歳で確実に死んでいます。

 しかし、これも いつ詰まる分かりません 。

 私の母は 金沢の病院で 心筋梗塞の手術に成功しましたが、2週間後に 今度は脳梗塞で 亡くなりました。

 担当医に「  嶋田さん 心臓の血管がこれほど ダメージを受けているとすれば、脳の血管も気をつけなければ なりま せんよ 」と言われてしましました 。

 母と同じことになる可能性が 大きいということです。

 心臓と脳梗塞を心配していたら とんでもない事が起きました 。


 昨年11月 咳が止まず 風邪だろうと 市販の咳止め風邪薬を 1週間ほど飲みながら 仕事を続けていました 。

 ところが、段々と息苦しくなって、日赤病院へ行くと「  突発性 間質性肺炎 」と診断され 即入院 、「絶対安静、集中治療」が始まりました 。

 妻と娘達が 呼ばれ 生死は半々なので 覚悟して下さいと告げられました。それほど深刻でした 。

 肺の半分の 機能が死んでしまい 残りの 半分で息をしていたのです、辛いはずです 。

 病院へ来るのが、2日遅れていたら 完全に死ぬところ でした。

  50日間の治療、リハビリを終え 退院することになりましたが、私の肺は 半分になってしまい  元には戻らない特殊な肺炎です  。

 だから 酸素を自分で吸って生きていけないので、酸素供給装置の チューブを鼻に当てて 一生強制的に  酸素を吸い込ませて 生きることになりました 。

 しかも、元の様な 動きは 全くできません、ソロリ、ソロリです。

 完全に 肉体的には 廃人同然です 。

  自家用車ももう運転が出来ないので 廃車にしましたが これは 辛かったです 。

  67年間 動き回ってきた私が動けない、この現実を受け入れることは 大変です 。

 

 それでも家に帰り、日常生活も 妻に支えられて 何とか動けるようになってきましたが、少し無理すると息苦しくなり 又も入院。

 2月、5月と3回も 入退院を繰り返してしまいました。

 その度に 悪くなってゆきます 。

 

  今では 自宅の8畳の仏間に 電動ベット 車イス 酸素供給装置、簡易トイレも入れて

日赤の病室と同じです 。

  「  障害者1級 」と「 介護保険 」の認定を受けました。

 シャーワーも妻に洗ってもらい、食事もベットの上でします。

 寝ては起き、起きては 寝ての8畳間 暮らしで、指を動かすパソコンができるくらいで 後は何もできません 。

   この 手紙を ゆっくりと、一字、一字 パソコンに打ち込んでいます 。

 話も 小声で 5分間が限度で、すぐ息切れします 。

  薬は朝だけでも 13粒飲んで、インシュリンの注射も 自分で 日に3度 腹に打ちます 。

 

 日赤へはもう通院が困難になったので 担当医が 月に2回 往診にきてくれるようになりました 。

    リハビリの 担当者も毎週 来ます 。少しでも身体を動かすためですが、もう 「イモ虫 」状態 です 。

 

 入院・3度目に 担当医から 初めて この病気の「 生存率表 」を見せてもらいました。

 驚きました。私の思っていたより 半分くらいで、しかも 半年間に3度も入退院を繰り返していたので 

「思ったより状態が悪いので 更に 短くなると思った方がいいでしょう」と言われてしまいました。

ショックでした。こうも 短いのか。

 

 助かったと 完全に油断していました 。

 人から見たら、ただ 死を待っているだけの状態です。

 

 それから 思ったのです。

この現実を 改めて 受け入れてゆこう。

 後に後悔の無いようにしておこう、思い残すことのないようにしようと。

それで 高森先生に 今生 最後の手紙を書こうと思いました 。

 20数回  、返事が頂けなかったことを まとめて、不審と疑問を聞いてみたいと思いました。

 幸いに 指は動きます、パソコンに入力ができます 。

 今度こそ お願い致します 。

私の思い違い、聞き違いがありましたら 教えて下さい。お願い致します 。

遠慮なく、心中そのまま 書きますから 。

言葉使いや、書き方に失礼があるかと思いますが お許し下さい 。

また、少し長く なりますが ご辛抱下さい  。


○ 私は今 病苦の真っ最中です 。

 しかし 後生の心配だけは 不思議に無いのです 。 在りません 。


「 まかせよと  聞こえた このまま 摂取不捨

   不思議 不思議の 南無阿弥陀仏 」

                                                          自作

 

9年前のこの安心は 今も変わりません 。

後生安堵以上のものはありませんね、有難い極みです 。


「 往生ほどの一大事 凡夫の計うべきことにあらず、ひとすじに、如来に まかせたてまつるべし」                     執持鈔


このお言葉に 心より頷けます 。

ハイその通りでございます 。


「 火宅無常の世界は よろずの事 みなもって そらごと たわごと まことあることなきに

 たた 念仏のみぞ まことにておわします」

 

 本当に 当てたよりに なるものが 無いのが人生、 しかし 南無阿弥陀仏のまことがあった。

 あー  南無阿弥陀仏だけだなー  です 。


「 そのまま まかせよー お前の後生は弥陀が引き受けたー   。おさめ たすけ 救うぞー心配するなー」

この六字の 喚び声以上の たのもしさはありません 。

「 されば 束縛の業を 持ちける身にてあるけるを  たすけんとおぼしめしたちける本願のかたじけなさよ  」                           歎異抄


  私の数々の病気は 「 業病   」です 。

私の 過去世、今生の 悪業の報いに違いありません。

 私は 人より 悪性なのです だから これでもか、これでもかと 痛い目に合うのです。

 悪因苦果 当然なのです 。全部が 自業自得です 。誰にも文句は言えません 。

 そんな業報に泣いている私を 阿弥陀様は 哀れに思われて 十劫以来 護り 育て 今生に 摂取不捨と 抱き取って下さいました 。

 「 世界中のものが見捨てても この弥陀だけは見捨てんぞー、離しはせんぞー」 と抱き取って下しました 。

    過去無量劫 から 魂の連れがない、寂しい一人ボッチの旅と思っていたが、常に離れたまわぬ 阿弥陀さまと二人連れだたっとは、

知らなんだ 。

早く分かってくれよと 、喚びづめだったとは 知らなんだ 。

 こんな体になっても 安心できる世界があるなんて知らなんだ 。

私ほどの 果報者はありませんね。

あーお伝えしたいです 。

この真実 まことの 六字の心を。

それが 出来ないことことだけが 残念です 。

そんな私に、「 乃至十念」「 称えてくれよ、この弥陀を呼んでくれよ」 と仰せです 。

呼ばずにおれましょうか、称えずにおれましょうか。

ただ、 南無阿弥陀仏 南無阿弥陀仏 南無阿弥陀仏  。

 

なぜに後生が安心なのか 。

凡夫の往生成仏の願いがかかっているからです。 すでに 成就しているからです

  「臨終一念の夕べ 大般涅槃を 超証す 」     

                                                親鸞聖人

 

 死ぬと同時に お浄土に往って生まれ 阿弥陀様と同じ 仏の悟りを開き 光明無量 寿命無量の仏となり、大慈悲心を起こして 衆生済度 に出かけるのです。

「 ただ自力をすてて、いそぎ浄土のさとりを ひらきなば、六道四生のあひだ、いずれの業苦にしずめりとも、

神通方便をもつて、まづ有縁を度すべきなり」

                                            歎異抄

 

今生、過去世 にご縁のあった人々を 神通力を得て導くことが誓われています 。

死ぬのじゃない、往生成仏するのです 。

還相回向で懐かしい人に 会えるのです 。

六字の心をお伝え 出来るのです 。

父は今 どこに居るだろうか、亡くなった講師部員 5人は今 どこだろうか 。

懐かしい あの会員さんはどこだろう 。

母はもう 衆生済度に出かけて お浄土では留守だろうか 。話ししたいことが 一杯あるのに。

あー会いたいなー 。

そんな 喜びが待っているのです

凡夫往生成仏の明らかな 救い

そんな身に、今 定まるから 安堵させられるのです 。

往く先が 明かるいから、今が安心なのです 。「 九つとせー ここに居ながら正定聚 光明摂取の網の中

逃げても 逃がさぬ お慈悲とは ホンに今まで 知らなんだ」

「 十とせー 称えるみ名のそのままが 連れて帰るぞ 待っている

 間違わさぬの 仰せとは ホンに今まで 知らなんだ」


 息の切れるまで 南無阿弥陀仏ですね。

  こんな ボロボロの身になっても 挫折感も 敗北感も全くありません 。

   日 一日 お浄土へ お浄土へと 近づいているのです 。

 私の やせ我慢ではありません 。本願他力の不思議です 。

このように殊勝な思いもあるのに また、煩悩は少しも変わりません 。

 生活のこと、残される妻のこと、お金のことも心配です。

娘たちと 可愛い4人の孫たちと、別かれたくない 死にたくありません 。

布団にしがみついてでも 1日でも 長く生きしたい心も 一杯です 。

この病気の臨終は 苦しいそうです  。

息が出来なくなるのですからそうでしょう。

出来ることなら 楽に死にたい心も一杯です 。

四転八倒して 苦しんで 「殺してくれー、楽に死なせてくれー」と叫ぶかもしれません

肉体的苦痛に泣くでし ょう。

それが 自性、本性ですから 我慢ができねば 当然です 。

格好も見栄も捨て去って わめくと思います。思い切り わめいてやろうと思っています。

どこどこまでも 煩悩具足 丸出しで死んでゆきます 。

格好よく死のうと思いません。それより 死ぬのは 辛いぞーと娘、孫に見せて

だから 仏法聞けやーと言って死にたいものです 。

私は じたばたして、やがて 力尽きて 死んでゆくと思います 。

 

「念仏往生には 臨終の善悪を沙汰せず」 (口伝鈔)

 

平生業成のご本願は 、平生に浄土往生が決まりますか、往生は 臨終の有様とは関係がありません 。

   念仏称えつつ 静かに息が絶えるか、そうでないか 問題ではありません 。

  どこまでも、私のど根性に合わせたご本願 有難い お計らいですね 。

力なくして 尽きたら お先に 往かせて頂きます  。

  

   生死の岩頭に立たされてこそ 尚 光を発揮する南無の六字 。

ただただ称うべし

「 念仏者は無碍の一道なり」歎異抄

南無阿弥陀仏 南無阿弥陀仏 南無阿弥陀仏


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 ● まず 第1問です 。お聞きします {三願転入について}です 。


 「ここを以って、愚禿釈の鸞、論主の解義を仰ぎ、、宗師の勧化によりて、久しく

万行・諸善の仮門を出でて、雙林下の往生を離れ、善本、徳本の真門に廻入して、偏に難思往生の心を発して。

 然るに今 特に方便の真門を出でて、選択の願海に転入し、速に難思往生の心を離れて、難思議往生を遂げんと欲す、果遂の誓、良に由有るかな」(化土巻)

                                                                                                                                               

                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                 では お聞きします 。

高森先生は 「 三願転入は 親鸞聖人の教えの根幹です 」と言われました  。

「 親鸞聖人と同じ道を歩むのだ」

 「 三願転入しなければアリ一匹助からん」

 「 まず 19願の善を力一杯求めないと信仰は進まない」

 「 19願で善を勧められるのは 善の出来ない悪人であることを知らせるため 。

自惚れ強いから 悪人だ 後生は一大事と言っても 素直に認めぬ悪人だからだ 。

親孝行した者だけが 出来ないと知らされるように やらねば分からないのだ  」

「自力無効を知らせるための方便の願だから 要の願 要門である」

「  雑行を知るためには やらねばならない 、30年 40年かかる  」

  

・ 縦の線、横の線を書いて 右端に私たちがいる

 

「 18願の真実の世界に導くために 阿弥陀仏が建てられたのが19、20の願なのだ  」

 「 必要でないなら 建てられるはずがない」

 「 三願共に 十方衆生とある、だから私たちのために建てられた願である」

「 初めから 18願の人などいない  」

 「 だから 「 従仮入真」 仮からしか真に入れずなのだ」 


この様に話しをされて、根拠のご和讃を出されます 。

これで 皆さん 納得してしまいます 。

「なぜ生きる 2」には、「三願建立の仏意を開顕されたのが 親鸞聖人のご一生であった 。

 されば、三願転入の仏意は身命賭けても 伝えきらねばならない大法なのである 。」295P

 こればかり もう20年近く話されてますね。

お陰で 講師部も会員さんも 三願転入で 頭はカチン、カチンで他の事は耳に入りません 。


○ 真宗は 真仮廃立か 三願転入か  

・  しかし、50年前から 同じ高森先生から教えを聞き 書かれた書籍を読んできた私には 常に心の中に違和感がありました 。

「会報」を読んで 「真仮廃立」こそ 親鸞聖人の教えの特徴 真宗の要と知っていたからです 。

 「 後生の一大事と 自他力廃立 」 これが 真宗の肝要と聞いていたからです 。

 「 真宗の門に於いては 幾度も 廃立を先とせらりたり」(改邪鈔)

「 今の真宗においては、もっぱら自力を捨てて、他力に帰するともって、宗の極致とする」

  (改邪鈔)


○ 前に、高森先生の強調されたこと

「三重廃立しなかったら、一心一向に弥陀に帰命することは出来ない。

 聖人の教行信証も一口で言えば三重廃立になる。

善知識の任務は、三重廃立以外にない。

三重廃立さえ徹底してゆくと必ず信を獲る」と言われた 。

自信一杯 言い切っておられましたね 。

 

 ○ 親鸞聖人には多くのご著書がありますが 根本聖典は「教行信証」6巻です 。


(18願の仏意を5願に開いてーーー)

真実

・ 大無量寿経ーーー教巻ーー阿弥陀仏の本願こそ真実の教え,名号こそ経の体なり<

・ 17願ーーーーー行巻ーー南無阿弥陀仏の名号について 

・ 18願ーーーーー信巻ーー他力回向の信心について

 ・ 11願ーーーーー証巻ーー 必至滅度、往生成仏について

 ・ 12,13願ーー真仏土巻ーー光明、寿命無量のお浄土について

 

 ここに 凡夫が浄土に往生成仏できることを明らかに されました 。

( 化土巻には  )ーーー仮(方便ーー三願転入の告白 )

・ 19願ーーー善人に諸善をすすめ 化土往生を誓われました

 ・ 20願ーーー疑心の善人に念仏を勧め 化土往生を誓われました 。


これらの人は 南無阿弥陀仏を疑って 信じられず それより 自力の諸善や 称えた念仏の功徳で助かろう、浄土に生まれようとする人です。

これらの 自力行者を捨てることの出来ない 大悲ですから、しばらく 方便して やがて 化土往生させて 罪を 償わせてから 報土に 迎えて下されるから 従仮入真と言われます  。

これは 決して 阿弥陀様の 本意ではないから、聖人は 厳しくこれらの人々に、ここに留まるな、棄てよと 教えられたのです 。

方便だから捨てよということです 。

 

・ 親鸞聖人は 19願、20願を「随他意の願」

 本心ではないが、導くために、衆生の心に随って 建てられた願と教えらえました 。

18願は 「随自意の願」阿弥陀仏が本心を誓われた願であるから、そのみ心を知って 早く救われよと言われました 。

それを 教えられたのが 次のご和讃です 。

・ 19願の行者には 

「罪福信ずる行者は 仏智の不思議を疑ひて

 疑城にとどまれば 三宝に離れたてまつる」とその罪と果を警告し

 「定散諸機 各別の 自力の三心ひるがえし

如来利他の信心に 通入せんと ねがうべし」 

19願を早く捨てて 18願へ入れとお勧めです 。


・20願の行者には 

「仏智の不思議を疑ひて 自力の称念このむゆえ、辺地懈慢に とどまりて 仏恩報ずる 心なし」 と哀しまれ 

 「 弥陀の本願信ずべし 本願信ずる人はみな

 摂取不捨の利益にて 無上覚をばさとるなり」


 早く 20願から 南無網弥陀仏に帰命せよと18願を勧めておられます 。


・「八つとせ 益にも立たぬ雑行や 雑修自力は捨てもせで  弥陀仏泣かせて居たことは ホンに今まで知らなんだ 」

 この心です。

 この心が分かるか、分からないかの 違いです。

・ 四つとせ よくよくお慈悲を聞いてみりゃ 助ける弥陀が手を下げてまかせてくれよの おおせとは ホンに今まで知らなんだ」

 

高森先生 、貴方は ここを 読み違いしているのですよ 。

だから ヤレと読んでしまうのです 。

貴方が 19願、20願のご和讃を出して、「それ ここに 勧めておられるでないか 」

 と 得意に話をされますが、それは 19願、20願を信じている人は どんな信心なのか

ということだけで、「それで いいぞ」と親鸞聖人が勧められたのではありません 。

誤解をするように 話をしています 。

 

だからこそ 「疑惑和讃 23首」を作られて、19願、20願の人に対して それでは

「 阿弥陀仏の 本心に反していますよ」 と 悲しまれました 。


・ 疑惑和讃の最後に 

「 仏智疑う 罪深し、この心 思い知るならば

 悔ゆる心をむねとして 仏智の不思議を たのむべし」 と18願を勧めておられます 。

これが、19願の話ばかりをしている 高森先生は 阿弥陀様、親鸞聖人を泣かせているという理由です 。

 分かりますか。

 それでも 「 ワシは 間違ってない」と言われますか 。

 何で 読み違いをしてしまったのか、この先で話をします  。


 その為に どれ程 多くの会員さんが 無駄な時間 無駄なお金 無駄な苦労をしていることか  。

 

 「 遠回りの道 」 「 死ぬまで求道  」に はまっています 。

そればかりか、どれほど多くの 方々が 不安一杯で 後生へ出ていかれたことか 。


 50数年間で 、5000人や 1万人では ないでしょう 。

こらからもです。

 生まれ難い 人間に生まれ、聞き難い仏 法を聞き、阿弥陀仏の本願にまで 、ご縁がありながら 。

  これでは、本当に可愛そうです 。

 これ以上の 罪はないのです 。

 

○ 親鸞聖人 自らがこの道、三願を通られたのは 記述通りです  。

 親鸞聖人の信仰告白です。

 

 高森先生は 「 だから 我々も 三願転入しなけれれば 絶対に助からない。」

 と 読まれました。

 問題は ここです  。この 理解のしかた、読み方です 。

果たして、親鸞聖人はこのように理解してほしくて書かれたのでしょうか 。

 私は違うと思います。


もし、そうならば 「 自分と同じように 19願、20願をヤレ、ヤレ  」 と 積極的に勧められる筈です 。

 しかし、親鸞聖人は 多くの ご著書を書き残されましたが、三願転入の文は 他にはありません 。

ここだけです。

他に あったら 示して下さい 。


  三願を通られたらこそ、私達(衆生)には、

18願 一つを 迷わず聞きなさい と教えられました 。

 

「  聞というは 衆生、仏願の生起本末を聞きて 疑心あることなし  。 これを聞というなり」


どうして、素直に読めないのですか。


○ 本願寺が自信をもって

 「高森親鸞会は、宿善として、自力諸善を積むように勧めているが、当流では、他力の信心を獲るために、まず、自力諸善を積まねばならない、などという説示はない  。」

 と 言い切っているのは 当然です、その通りです 。

  反論できますか 。

 

(三願転入の文)は

・「 噫 弘誓の強縁は多生にも値ひがたく、真実の浄信は  億劫にも  獲がたし 。

 遇 浄信を獲ば  遠く宿縁を慶べ  」


   52歳で「  教行信証  」を 書かれた時に、

18願 の真実に救い摂られて 振り返って書かれたのです  。


こうなれたのは

・「 然るに 愚禿釈の鸞 建仁辛酉の暦、雑行を棄てて 本願に帰す」(化土巻)であったと 仰っています 。

「 雑行を棄てて 救われました」とあります 。

 棄てて 救われたのです 。

 ここが 大事です 。

「 私はやった、だからやれ 」では ありません 。

 真、仮の廃立を明らかにして 要門(19願)、真門(20願)の二門は  廃されるものであり、永くとどまるべきものは 選択本願(18願)であること  を示されるのが目的 です。

 19願、20願の行者に 18願を勧められた ご和讃がその証拠です 。

 高森先生は その読み間違いをしてしまったのです 。

 高森先生には  こんなことが よくあります 。

文章の意味が 正しく 受け取れないのです 。

自覚は少ないと思いますが、聞く方にすれば 大変なことになります 。


 後で これも お聞きしますよ 。

 

  

 蓮如上人も 生涯に何十回 何百回と 教行信証を読まれたか分かりません  。

 三願転入の文を読まれた その結論は 

「   雑行を棄てて 弥陀たのめ  」でありました。10ヶ所以上ありますよ 。


・「 聖人一流のご勧化の趣は 信心をもって 本とせられ候。

  その故は もろもろの雑行をなげすてて 、

一心に弥陀に帰命すれば  、(南無)不可思議の 願力として、仏の方より往生は治定せしめたまう(阿弥陀仏) 」(御文章 5-10通)


・  80通の 御文章の中に  どこにも「 雑行をヤレ 」、まして「 雑行を棄てるために 雑行をヤレ  」なんどという 頓珍漢な 教えもありません 。

 あったら 教えて下さい 。

高森先生の 勝手な 発想以外にありません 。


 ・  「 されば、自余の浄土宗は もろもろの雑行をゆるす。わが聖人は雑行をえらびたまう。

 このゆえに、真実報土の往生をとぐるなり  。

このいわれあるがゆえに 別して真の字をいれたまうなり  」 (御文章  1-15通 )


 えらびたまうーーー捨てるという意味です。


  ここまで、ハッキリと、雑行は棄てるべきもの とありますよ 。

  ・ 「もろもろの雑行・雑修・自力のなんどいう悪き心 ふりすてて、一心に  深く弥陀に帰する心の疑いなきを、真実信心とは申すなり 」 

                                (御文章 5ー15 通 )

 

「 雑行を ヤレ」は 高森先生の 完全な自己流、勝手解釈ではありませんか 。

お聞きします 。


○ 自分の書いたものにも 矛盾してますよ。 高森先生「 会報 第5集 」44Pに

「  覚如上人は聖人の意を「改邪鈔」に「真宗の門に於ては  幾度も廃立を先とせり」と申され、蓮如上人は「もろもろの雑行雑修自力の心を  ふりすてて  後生助け給え  と弥陀たのめ  」と御教示になさったのである。

 ---その廃立すべきものに  三種あるから、三重廃立といい、これをしなければ 絶対に助かることがないから、親鸞聖 人の「教行信証」には 厳しく、それが説かれている  」


 廃立は 「ヤレよ」とでも 読むのですか。