問題の まとめ。

○ ここまで 読まれて いかがですか 。

親鸞会の会員さんは 、
①  高森会長は 信心決定してる 。
②  正しく 親鸞聖人のみ教えを 伝えている。
③  深いみ心で 導かれる お徳がある 。

この 3つを信じています  。

私も そうでした 。

① 信心ーーー
・18歳の 獲信か?
・ 崩れて 夢で 獲りなおした 信心か?
・ 三願転入して 獲た信心か?

どれだと 思いますすか 。
本人が 言わないので 不明です 。
まさか 信心のことまで 問題に する者は いないだろうと、油断 していたと思います 。
 会員 講師部ではあり得ませんから 。

○  皆さん 、
これは どうでもいいことですか 。
火に さわったように ハッキリすると 言いながら、言わない 。
言うと 都合が 悪いからです 。
しゃべると 自力の信心 人工信心と バレルからです 。

② 教え ーーー
信心が グラグラ ふらついて いるから、教えも ブレまくるのは 当然です 。

・ 40年ほど前は 三重廃立で 真仮廃立 十八願だけで助かる 。
これだけでいい 。虎の説法を聞けました 。

「 顕正 」に ハッキリ 書いてあります 。
しかし 「 宿善まかせ だから  。」と、自力の善 活動も 宿善になると 勧めていました 。
今 思うと すでに おかしな 教義だったのです 。

他力に、自力を 混ぜた 教義です 。

・ 35周年から 「 三願転入こそ 親鸞聖人の 教えの根幹 」 と言い出し 20年近く 続きました  。

従仮入真ーーー
方便からしか 真実に入れない。
これに皆 乗せられた 。
 十九願は  「 善をせよ 助ける」という願です 。2,3回 聞けば 分ります 。
 十九願は 「  聞く本願  」でなく「  善を 実行する 願  」です 。

 聞くのは 「 聞其名号 」 であり 仏願の 生起本末です 。
本願・名号・信心・往生の 話を 聞くのです。
十九願ではありません 。

ところが 「  聴聞は  『  聞法善 』になる 。」と聞かされる と納得して、せっせと 法話会場へ 足を運び 宿善のポイントを 貯めるのに一生懸命になるのです 。

おかしいと 気づくこともなく高森会長の トリックに はまってしまいます 。

・ ところが、「 三願転入は 間違いだ 」と批判されると 手のひらを返し、三願転入の 話はしなくなり 「 なぜ生きるのアニメ  」 が 中心で 「  大悲の願船が あるから 乗れ乗れ、乗せてもらえ  」の 話になりました 。

こうも 教えが ブレまくっています 。
どうすれば 本願の船に 乗れるのですか 。 高森会長は どう教えていますか 。
やはり ここは 三願転入ですか。
宿善まかせですか 。
そうなると まだまだ先の 話しですね 。

臨終に間に合いませんよ 。
平生業成の教えでは ありませんね 。

何を 話しても 矛盾しています 。

○ 私は 65歳で 中央仏教学院 通信課へ入学しました 。

3年間、勉強し レポート 筆記試験 研修会 勤行の試験も あり 沢山学びました 。
本当は 今年の 9月に 卒業して 10月に 10日間の 得度式を 受けて、「 僧侶 」になり 福井市の寺に 入り 門徒さんのお世話をしながら、布教をして 一生を終わる予定でした 。

しかし残念なことになりました 。

25冊の 教科書を 勉強して、浄土三部経の内容 、七高僧方の教えの特長 、親鸞聖人の 「 教行信証  」 「  正信偈 」の深い 教えを知り、驚きと 感動でした 。

そして いかに 親鸞会・高森会長の 真宗の理解力が 低いか、お粗末か 、間違い が ハッキリしました 。
真宗教義の 基本さえ 分っていない 詐欺師と 分りました 。
 蓮如上人 500年以来の 善知識など ウソです。 大ウソです 。

だから 私が 4つの 質問をしても 逃げるのです 。

本願の船がある 、という だけでは 救われません 。

他力回向の 信心は、南無阿弥陀仏の 信心です 。

念仏 と 信心の 関係を 説かずして 絶対に 救われません 。
3章 5章 で何度も 繰り返して述べました。

ここが 高森会長は 説けない、分からない 。
だから 信心が ニセモノだと 言っているのです 。

名号を  ご本尊にして 手厚く扱っても 南無阿弥陀仏の心を 知っている会員さんは ありません 。
 名号 信心 念仏と 、「 願船に乗る 」とはどんな 関係があるか 答えられる人はありますか 。
支部長もお手上げです 。
こんな ことで、臨終 後生 どうするのですか 。
心配です  。

「 聞其名号 」 「 聞即信 」この真宗の 肝要を 説けない人は 善知識では ありません 。
まして 「 生起本末の 末は 十九・二十願だ 」などと本にまで 書くようでは  完全に  「  悪知識  」 です 。

私の先生は 笑っていました 。 その程度の人なのです 。

他力回向の 信心に 恵まれた人は 十九、二十願を 問題にしません 。 捨てものですから。

高森会長は どれだけの人を 迷わせ続けてきたのでしょうか 恐ろしい限りです
「 一盲 衆盲 を 引きいて もって 火抗(地獄)に堕ちる  」         お釈迦様

皆さん  、 「  助からない教え  」を聞いているから 助からないのです 。

宿善が うすいとか、まだ十九願へ 入ってないとか、後生が苦になってないとか、 そんなことが 救われない理由ではありません 。

「  高森会長の 教えていることが 間違っているから誰も 助からない  。」
だけの ことです 。
たった これだけです 。

私は ここを 伝えたくて
「 あなたの 白道 」を書いています  。

これを 言わねば 死んでも 死ねない 。
どーしても 書きたい 。
これ 以外 全く ありません 。

どうか 分って下さい 。
正しい先生から 聞かれたら あなたも救われます 。

③  深い み心
信心、教えの間違いを  聞いても 、まだ 親鸞会を 辞める 気に なれない人があります 。

それが 「 深いみ心 」「 ご恩 ご苦労  」が邪魔しているのです 。
88歳まで 50年以上も ここまでやってくるのは 大変です 。
その 点、高森会長は 大変な 努力家です 。 すごい エネルギーを持っています 。
次々と 企画し、 建物を 建て 休みはありません 。
 ここを見て 「  会長先生は すごい ただ人でない。」と感心します 。
これこそ 善知識の 証拠だと、皆 思います 。

皆さんは この「 深い み心 」は 何だと思いますか 。
阿弥陀仏に 救われた 「 恩徳讃の心 」 だと思っていますか 。

 私も 35年間 そう信じていました 。

●「 深い み心 」の正体は
 「 我執 我慢 」 であり 煩悩です 。

「  本願寺 憎し 」の 復讐心と、名利の心で
「  親鸞会を 日本一の真宗教団にしてみせる  」
という心が「  深いみ心  」の 正体 です 。

「我執、我慢」 が人一倍強く、自分は 一番正しいと思い、人の意見が聞けず 、
「 お山の大将 」でいるのが大好きなのです。

 これだけの人なのに、非常に残念であり、気の毒であり、哀れな人だと思います。

○ 私が 講師部になって 高森会長の 口から聞くのは 、本願寺のことばかりでした。

「 本願寺を焼こうとしたことがあった」
「 将来 大講師 500名で 本願寺と法論をする」(47年前の話)
「 本願寺 打倒 」
「 真宗改革は 我らの手で  」
「 本願寺の 盲点は 宿善だ  」
                 (宿善論争 本願寺座り込み)
「 この宿善の問題は 本願寺が 将来的に背負っていくことになる  。」
「 この アニメで 本願寺は 大波に飲み込まれる  。」
「 この小杉の本部会館は 将来 真宗十派の総本山になる。」
「 本願寺の屋根に ぺんぺん草が生える 」
「 死に(西)本願寺、干餓死(東)本願寺  」
「 歎異抄をひらく  が 出たのに、本願寺から 反論書が出て来ない  」
「 本願寺から 執筆依頼があった  」(大はしゃぎ、しかし後でボツになった)
「 本願寺の現状を見るとワシ には時間がない あせっとる。君たちに頼むしかない  。」

こんなこと ばかり聞かされているから、我が身の後生の 一大事の解決より、本願寺 憎しの
「高森会長 の本願」が大事になっていました。

 元 N村講師長 から、「 講師部は 会長先生の お陰で生活できる、常に会長先生が今 何を 望まれているか 、それを考えながら 活動しなければならない 。 」と、何度も 聞かされました 。

なぜ こうも 本願寺を憎むのか 会長と兄弟のように親しかった 増井先生より 、先生と ふたりきりの時に、 事の次第を 詳しく聞きました。

 当時の高森会長の 布教内容に 問題があると 門徒さんから 本願寺へ 苦情が入り 、
何度も本願寺に呼び出され 注意を受けました 。ところが、全く聞き入れないどころか、
苦情を言った門徒さんを批判したのです 。
その態度に 本願寺は、「  本願寺布教使の資格の剥奪  」を断行したそうです 。

本願寺からの 呼び出しが あったことは、高森会長から  昔、何度も 聞きました 。
布教使資格  を、剥奪された会長は 非常に落ち込み 苦しんで、悶絶して、そばで見ていても 気の毒なくらい だったそうです 。

やがてその思いが 本願寺への憎しみとなり、「 本願寺を焼いてやる 。」と いう恐ろしい 焼き打ち計画 まで立てました 。

事前に 知った 増井先生、高森会長のお母さん からの 必死の説得で 何とか未然に防げました。
止める人がなかったら 本願寺は 焼け落ちていたでしょう。

その上 本願寺から 八箇所の 間違いを指摘された文書を配られ それに対抗して、「顕正」を書いたのです 。
 この「顕正」は富山県内で 布教中でありながら3日間で 書いたと言われ、如何に 本願寺への怒りが 大きかったか 分ります。
怒り心頭です。

本願寺の非難文のせいで、寺からの 説法依頼も 全く無くなり 兵糧攻めにあいました。
ここまで 追い込んできたのです 。

「くそー今に 見ていろ、絶対に 頭、下げさせてやる、きっとだ。本願寺 覚えておけー」
 と 怒りの 炎がメラメラと燃え上がったのは 当然でしょう 。
高森会長の 気性なら 分ります。

● そこで、「 打倒 本願寺 」を目指し 親鸞会を 結成して 大きくする為に、あらゆるものを 取り入れ 始めました 。

これが「 深い み心  」の 正体 です。

「 本願寺 打倒 、親鸞会 を日本一にする  」と目標が定まったのです 。
全てを ここへ  集中させました 。


・ 華光会、伊藤先生と 決別して 32歳で「 親鸞会 」を作り、会長となり 思い通りの 活動をする 。

・   「 人生の究極の目的は 絶対の幸福にあり、絶対の幸福は 真実の宗教を信ずることによってのみ 獲得 できることを信じます」の会員聖則を作り、
「 弥陀の本願  」は 絶対の幸福だと マインドコントロールする。
 それには 「 宿善まかせ  」と教え込み、人集め、金集めの活動集団に 成長させていった 。
・ 絶対服従の 講師部を作り、軍隊式組織で 手足の様に使い 全国、海外にも進出して会員の拡大を図る 。

・ 大沼、伊藤師の本から「盗作」をして「会報」などを書き 、いかにも大学者らしく振舞う 。

・ 全国の大学に入って 「学生部」を作り 学生を勧誘し「 講師学院 」へ送っ て
「 会長に 無条件 服従 」の洗脳を受けた 講師を 次々と増産する 。

・ ある程度 大きくなったので 本願寺との 「宿善論争」で 本願寺の 本堂に 座り込みの実力行使  を行い、伝統、体面を重んじる本願寺の 泣きどころを 衝いて 黙らせることに 成功する 。

この 痛快さは 信長が 桶狭間で 大敵 今川義元の 首を取った 感であろう 。
しかし、教学力が 低いのに 、本願寺に 戦いを 挑み 逆質問されて 未だに 返答が出来ない。
勿論 会員には 隠してある 。

・ 名実共に「 善知識 」になり、会の運営に 拍車がかかる 。

・ 金の詐欺商法 豊田商事から 騙した汚い金を 億単位で貰い 大喜びするが、永野会長が 殺され 金の流れがばれて 返すことになったが、これも講師部 会員に真相は隠した 。

・「親鸞聖人アニメ製作」で全国に 会員総動員の 個別訪問が始まった。
本願寺がこの「津波に呑みこまれる」と豪語し、「100万本出ても 琵琶湖に小便くらい   」と 会員を駆り立てた 。
今は、全く 言わなくなった。何もかも こんな調子だ。 続かない。

・「なぜ生きる」は「  世界の名著に なる 。」と  妄想して  英語翻訳をやったりする 。
 ベストセラーに見せかける為 全国の書店で 組織的に買わせたりして、浄財の無駄使いする。
今では アマゾン中古本で「20円」で売っている始末。

・ 念願の 「2000畳の正本堂」 が 落慶して勢力的には 絶頂期を迎える 。
正本堂を 「2000畳」と強調して言うのは、東・西本願寺の本堂の 畳数が 合計しても 2000畳は無いから、それを越えた という意味で「2000畳」と言っています 。

いかに、本願寺に 意識過剰か 、これでも分ります。子供じみている。

・ しかし、勝手な 支部長制度で 会の 拡大を図ろうとするが、失速し始める。完全に読み違い。

・ ビデオご法話の布教の徹底も効果無し。講師部も 10分間説法を 強要され、説法力を失っていく。

・ 次々と 思いつきで ドメイン・、同朋の里・絵画・ 安心弁当 ・移動映画館・ 全国に会館建立・  なぜ生きるのアニメ映画・シアター館  と 金、金、金、金 、金ーーー金集めが 慢性化してゆく 。

次第に 振るわず 今日に至る  。

これが 親鸞会の「 歴史の真実 」です。 40年 活動の ド真ん中にいて 経験し 、 外に出てから はっきりわかりました 。

○ こうなるのは
 「 親鸞聖人のみ教えを 徹底する以外に あっては ならない  。」  この原則が 守られて無いからです 。

 蓮如上人は これをーーー

「 一宗の繁昌と申すは、人の多く集まり、威の大なる事にてはなく候
  一人なりとも、人の信を取るが、一宗の繁昌に候。
 然れば、専修正行の繁昌は 遺弟の 念力より成ず  」

今の  親鸞会に対する 厳しいお叱りです 。

高森会長の一番の喜びは 立派な 建物です。完成まで 毎日 見に来ていました  。

蓮如上人の ご教導を 無視すると こうなるのです。
「 深いみ心 」が 「阿弥陀様への 報恩謝徳」一つであったなら 絶対に 今の親鸞会には なっていません 。

本願寺 憎し、「  親鸞会を日本一の教団にしたい  」という、我執 我慢 の 「  ワシ の 本願  」を叶えるために、仏法を 引き込こみ、「 阿弥陀仏の本願」を 利用した 結果であり、因果の応報です。

当時、本願寺の間違いを説き、本願寺から理不尽な 仕打ちを受けた時、
なぜ 、「 正しい み教えを伝えて 間違いを 認めさせる。」 と切り替えて 自らの 信を問い 聴聞を続け 深く教えを学び 一人一人を大事に して 南無阿弥陀仏一つ 伝えなかったのか 、本当に残念でなりません 。


真の信を獲た人は 阿弥陀様の願いをお伝えしたい思い一杯になります 。
復讐心で 法を説くことなどありません 。

弁論大会は 常に 高森会長 絶賛に始まり絶賛に終わります 。
「 会長先生のご恩に感謝し ご恩にお応えできるよう頑張りますー 」で終わります 。
そこに 阿弥陀様は一度も 出てきません 。
 阿弥陀様は全く無視です 。
これは 善知識だのみ の 異安心です 。
それが全くおかしいと 気づく人はありません。
会長のマインドコントロール にかかっているからです 。
 弁論大会は その一番の手段だと 会長は 分っているのです 。

まさに会長の人生は「  我執 我慢  」に 振り回されただけの人生  だったと 思います。

その為に 多くの人が 被害に遭っています。


また、会長は、離れる人には、急に無関心になります。
  ーーー利用価値が 無くなったからです 。

 親鸞会会員、一人一人の 後生の 解決より 、今日は  参詣者 が 増えたか 減ったかが、 大事なのです。
ーーー支部長も同じ心です 。
 だから 自分の支部に 信心決定者が いなくても 建物を 建てることに 夢中になれるのです。

「 深いみ心  」に 清浄な お慈悲な心は 有りません  。

「 浄土真宗に帰すれども 真実の心は ありがたし
 虚仮不実の 我が身にて 清浄の 心も 更に無し」

 親鸞聖人も無いと言われて 心が どうして 高森会長に あるのですか 。
無いものを 期待しているだけです 。

 「 南無阿弥陀仏に 動かされて 」、報恩が 出来るだけなのです 。


 真実心も、清浄心も ない奴を そのままとはなー。
「 南無阿弥陀仏、どうか、聞いて頂きたい。」

これだけです。

「我執」だけでは 報恩は 出来ません 。


○  皆さん 「   深いみ心 」の 正体が 分りましたか 。

私の 言うことは 外れていますか 。

●  これで
 ① 信心は ニセモノ
 ② 教えは でたらめ
 ③ 深いみ心は 我執 の煩悩だった
と、わかられたと 思いま