● 会員さんへ

ここまで 読まれて 大変 驚かれたと思います 。
 
 絶対だ と信じていたものが 「 そうではないのか ?」  と 疑い の出た時、私も 不安でした。

 2~3月間 何とも言えない 気持ちが交錯し 、知らねば良かった と 後悔したりもしました。
 必死に 否定する心が出てきます  。そんな はずは無い、絶対ない、間違っているなんて。
 少しは そうかもしれないが ひどすぎる 書き方だ 。
 恨み つらみ 復讐の 気持ちで書いているのだろう、こいつは 恩知らずな キチガイだ。
 この 嶋田は 何という奴だ 早く死んでしまえ 。
 
 若し 親鸞会が、間違いなら 私のこれまでの 人生は何だったのか、無駄というのか。
馬鹿野郎  !

こんな もの 俺は 認めないぞー、絶対に認めないぞー !

こう 強く思った方もあると思います 。
真面目に 従ってきた人ほど 強いと思います。
 しかし、現実は  親鸞会の教えは 親鸞聖人のみ教えと大きく違い、
その 精神も「 会長先生に 無条件で従え、そうしないと 法謗罪 」 などは、
 もはや 「   御同朋   御同行」精神 ではありません 。

「 こんな話 どれだけ聞いていても 助からない 。」と感じた人は 、
 一日も速やかに 離れて 六字の心 南無阿弥陀仏を 説かれる先生につくべきです 。

 これまで 相当の 遠回り道を させられてきましたが 、阿弥陀様は みな ご存知です 。
見、聞、知、の阿弥陀様です 。
導いて下さいます 。

 何十年も苦労をして求めてきた 貴方を 特に哀れみ 「 あなたに 真実信心 白道  」をご回向下さいます 。

「 あなたの 白道  」は 「今、ここで、あなたに」届けようと 喚んでおられます 。

 早く 雑行、雑修、自力の心を ふり捨てて この弥陀をたのめ、、受け取れよ、分ってくれよ。と、待っておられるのです 。

 何も 心配することはありません。

 ・「親鸞会、高森先生を離れて 助かる筈はない、地獄行きだ」と非難する人もあると思います 。
それを 恐れる心もあるでしょう。しかし それは 間違いです 。
「 弥陀の御もよおしにあずかって念仏申し候ふ人を    わが弟子   と申すこと、極めて
荒涼(とんでもないこと)のことなり。
つくべき縁あれば ともない、離るべき縁あれば  離ることのある  をも、師にそむきて、ひとにつれて念仏すれば、往生すべからざるものなり、なんどいふこと、不可説なり。
 如来より たまわりたる信心を、わがものがおに、取り返さんと申すにや。
かへすがへすも あるべからざることなり」    
                                                   歎異抄 6章

「 高森先生を 裏切る者は 助からぬ 恩知らずだー」と言う この人こそ、親鸞聖人より叱られる人です 。
 親鸞会、高森会長が 助けてくれたり 信心を与えるのではありません。
   
○ 退会となると 支部長、講師は 必ず 何かと しつこく言ってくると思います 。

その場合、

1 「 あなたの 白道  」を読んで 決めました 。とハッキリと言って下さい 。
それでも まだ 「 嶋田のような 恩知らずの キチガイの書いたものを読んで  迷うとは 程度が低すぎる 。
貴方の 信仰は そんなものだったのですか
地獄へ堕ちますよ 。」と言われたら
  
2  「 では 高森会長への 4つの質問に 支部長 貴方が全部答えてそれを書いて 私に下さい。そしたら 検討します  」
 と言って下さい 。
 高森会長でも 答えられない問題を 支部長が答えられるはずがありません。 

3 それでも 必死に しつこく 言ってくるようなら
「 警 察に 大変迷惑していると 相談しますが いいですか 。
信教の 自由は、憲法に 保障された人権です 。
人権侵害で 警察に 訴えますよ。」 と言えば さすがの支部長も 手を引きます 。

4 それも 面と向かって 言えないなら 退会の意思を 親鸞会へ 葉書でも 手紙でも書いて出すことです 。

理由は 一切 書く 必要はありません 。
  
「 私 ○○は ○月○日を もって 親鸞会を 退会します 。」だけでいいのです 。
氏名と 印鑑があれば 万全です 。

・ 携帯用正御本尊は  支部長に返すか、本部会館へ  宅配便で  返して下さい 。

 活動も 一切せず、 会費も 一切 払わないと 3ヶ月で 退会になります 。


5   では 退会して 誰から聞くのか ですが インターネットが出来る人は「21世紀の浄土真宗を考える会」を 検索して下さい 。

 それが 出来ない人は 先に 退会し、聞法している人に聞いて下さい。教えてくれます 。
 だから 心配は 全く 無用なのですよ 。


6   それでも 親切だった支部長に  悪いことしたように 思う人もあると思います 。
 優しい方です 。
しかし あなたが 退会することは 支部長のため でもあります 。
支部の 退会者が 増えて 生活が 成り立たなければ 支部長は 講師部を辞めることになるからです 。
洗脳の 組織を 抜け出すことが出来ます。
大変 いいことです。
他の人も誘って 退会して下さい 。
   
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●  特専部  の皆さんへ

真生会病院  を建てる時 銀行の保証人に 皆でさせられたと聞きました 。

   「  万が 一の時は 全財産を 出します 」と。

 病院は 高森会長が オーナー 所有のものではありませんか 。
親鸞会とは 全く別のものです 。
利用できるものは 何でも利用する人です 。
      
 特専部の人は 社会へ出て働いている、常識ある人です 。
 
おかしい、と思う感覚を  大事にして下さい 。
自分の 財産を守ってください 。
      
阿弥陀様は それを 無理に 差し出さないと助けない  とは絶対に 仰いません。

 ただ、「 雑行、雑修 自力の心をふりすてて 我をタノメ  」です。
善知識は「 南無阿弥陀 仏の心を伝え 帰命せよ」と 一つ勧めるのが使命であり、
それ 以外の権利を主張し、求めるものではありません 。
 自分の したいことの為に 善知識の 名を利用して 物やその他を 強要するなど
もっての外です、許せません 。

おかしいことは おかしいと判断して それに対処して 仕事をしているはずです 。

ならば、高森会長の 言動に対しても然るべきです 。
おかしいと感じたら 質問し、指摘し
今回は、これほど ひどいのですから 離れるべきです 。
    
親鸞聖人のみ教えは 高森会長の 独占物ではありません 。
      
どこで聞くのか、調べる気持ちがあれば、情 報によって 即座に分ることです 。

早く 「 無二の善知識に服従 」 の バカな マイコンの 鎖を切って下さい 。
自分の為です、家族の為です 。
決断して下さい。

おかしいことは おかしい、 駄目なものは いくら求めても駄目です 。

  親鸞会で 求める 理由は 何も 無いのです。

 K堀さん もう 自分と 仲間の マイコンの鎖を切って下さい、解放して下さい 。

 何が真実か 調べるのが 専門の貴方が 
高森会長の「  深いみ心  」の「正体」を
見抜けぬ 筈はありません 。
教えの 曲がりを知らない はずは ありません。
私は 貴方を信じています 。
正義の人 だと 信じています。
阿弥陀様も  それを望んでおられますよ 。

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●  講師部の 皆さんへ

ここまで 読んでどうですか 。
講師部を やっていて 信心決定 出来ると思いますか 。

 50年間 300名 ほどの 講師部の人が 求 めても 誰一人 獲信していません 。

それとも 誰かいますか 。
この 現実を どう見ていますか。
原因は 何ですか。

「19願の入り口にも入っとらん  」と言われた 貴方に 問題があるのですか  。

 私は 明らかに、導く 高森会長が問題だと 今回書きました 。
 どう思いましたか 。
 私の間違いですか 。

お預かりしている 会員さんを お浄土に導く自信はありますか 。
 自分さえ おぼつかないのに 無理だと思いませんか 。

お聖教の 解釈が 一応、説明が出来 たら、善知識のつもりでいても 
「 雑行を投げ捨てて 一心一向に 弥陀タノメ  」の「南無」の心が分らないと、六字のお取次ぎは  絶対に 出来ません 。

これからも 今のままですか。 これで満足ですか 。
  
●  真面目に 自身の「 後生の一大事 」を考えたら このままでは 駄目だと気づくはずです 。
     
 これみな 阿弥陀様の ご方便でした。
     
     
● 私は 講師部には 4つの 道が あると思います 。

① 働きながら 求めるーーー会員さんと同じ道です 。
 講師部 、会員を 辞めて 、働きながら 善知識をさがして 「 後生の一大事  」に、もう 一度 取り組むことです 。
これ以外何も考えないで。
      
今の立場では、 自由に他の先生の本も読めず、まして 聞くことも  ご法度です 。

 清森元講師が ひどい目にあい 除名になりましたね 。
絶対服従の鎖を ぶち切って 自分を自由にして下さい 。 まずそれです 。

・ 上司に服従もありません。指示を出す者もいません 。自由です 。
・ 人集め 金集めの 目標もありません 。
・ 始末書ももう書きません 。任地を変えたり 処罰を受ける心配がありません  。
・ 講師部会合、合宿での指摘、糾弾もありません 。
・ 形ばかりの お礼状を書く必要もありません 。
・ 働いて得た 収入は どう使おうが自由です 。
・ 将来のことは 自分で計画できます 。
・ 仕事以外の時間は 自由に使っていいので す。これは大変な喜びです 。
・ 何より、「 助からぬ 不浄説法 」をして 生活するという 精神的苦痛から開放されます 。
      
このような 安堵感を まず感じると思います 。

○ 特に 経済的問題は 深刻です。

 昨年も 経済的に やってゆけなくて 講師部員が 2人やめたと聞きました 。
それは 却って 良かったです。
支部長は 30年 40年 50年の経験者でも 高森会長が 厚生年金を 掛けてくれたのは たった5年です 。 
 これでは 国民年金と変わりなく 老後は悲惨になります 。
 病気になったら もう終わりです 。逃 げ場はありません 生きてゆけません 。

生活保護を 受けるつもりですか 。

 私は 講師部退部して、10年働き 厚生年金をかけましたが それでも楽と言えず、
定年後も働きました 。

 高森会長は 富山県内に 使い切れない 幾つもの 自分専用の 豪華な何億円もする宿泊施設を 作りながら、講師部の 老後など 全く 無関心です 。
 それどころか、「 辞めるときは 1000万円 払います  」と誓約書を書かせる冷酷さ。

どこにも 世間的な慈悲のかけら さえ もありません 。
 馬鹿にするにも ほどがある 。
ここまで されて、まだ 気づきませんか 。

ここを 読まれた 常識ある会員さんは きっと 驚いておられると思います 。

「 いやーここまで ひどいのかー  」と。

 講師部は そんな 危ない 世界に 住んでいるのですよ、目を覚まして下さい 。
    
●  「 いつ死ぬか分らない 無常の身 。
有るやら無いやら分らぬ老後のことより、
そんな お金があれば 仏法に 財施すべきだ 」などと 人に話しして、自分は 80歳になっても 豪華な、億単位も かかる F館 4階 豪華宿泊施設を建てています。
 
こんな 人です。
まだ 分りませんか。

       
  「  皆人に   欲を捨てよ  と語りつつ 、  あとから拾う寺の住職 」

   高森会長のことです。

 私は 講師部を退部して 通信販売の物流センターに 朝4時30分に起きて 6時から 
2時30分まで 働き、夕方は 葬儀社の駐車場の警備係りを2時間と 定年まで 10年間
勤めました 。
 肉体的には 楽ではないですが、精神的には  とても気持ちよく、仕事以外の時間を 聴聞に集中できました 。
   
 日本は いい国です 。
  働く気持ちがあれば ら高齢でも仕事があります。
 元気なら 働けます。
 働きながら、 善知識を求めるのです 。

 情報収集力のある あなたなら すぐに出会えるでしょう。

 私は この9年間に 10名近くの 先生から 生の説法を聴聞しました 。
DVD,CD,法話テープ などは 600以上 聞き、持っています。
今 ベットの上で 繰り返し 聞いています。  
 聴聞の毎日で有難いです 。
書籍は 70冊ほどあります 。

 高森会長の 個人的 独善的 解釈しか 知らなかったから、 浄土真宗の  み教えの尊さ、深さが 聞くほど、読むほど 学ぶほど 慶びとなってきます 。

 本当に 有難いことです 。

講師部の 皆さんに  、是非、この慶びを知って もらいたいと 心から 願っています 。

 正しい 仏願の生起本末  を聴聞すれば、やがて「  雑行を捨てて弥陀たのめ  」の 本願招喚の勅命が 至り届くときはきます 。

そこまで 何があっても 聞いて下さい 。


② 僧侶、布教使の道を歩む

 私は 65歳の定年を迎え、「中央仏教学院、 専科、 通信教育学部 」に入学しました 。
  3年で卒業すると 10 日間の「 得度式  」の集中教育を受けて   本願寺の 僧侶  」となります 。
 更に 勉強し 試験を受ければ 「布教使」の認可を受けます。
入学して 教科書をもらって、読むと驚きます。

「 本願寺は 念仏さえ称えておれば 死んだら極楽 死んだら仏しか言わん  」と 散々、本願寺は間違っていると 吹き込まれてきましたが それこそ間違いです 。

 仏願の生起本末 南無阿弥陀仏のいわれ 信心正因称名報恩 など 、正しい 親鸞聖人の教えが、根拠を挙げて 書かれています 。
同時に 高森教学の間違いも分かります。

 65歳の定年までは 肉体的労働をしましたが その後は 僧籍を取り 福井市の お寺の
 「 役僧 」になって 門徒の方々に 役僧の仕事をしながら、六字のお取次ぎをして
人生を終わってゆこう、時間を作り 布教もしよう  と思っていました 。
 しかし この病気で それも 断念することになりました。

  今 三期生ですから 今年の10月 頃には 「 僧侶」だったのに 残念です。
その 「  資格 」の為に お金もかかるので、朝3時に起きて 新聞配達をして 6時から昼3時まで豆腐屋で製造の仕事をして、夕方 5時30分から 葬儀社の駐車場の係りを 2時間してと1日 10時間は働きました 。
 3年、3年さえ 耐えたら楽になる。夢が叶う。
もう少し、もう少しと 無理したのが こうなってしましました 。
歳を忘れて 馬鹿ですね。

 一般の仕事をしないで、僧侶の道  を進むなら 忘れてならないのは あくまでも 目的は
我が身の「  後生の一大事  」の解決です。

これを 忘れて「  世を 渡る僧 」にならないで下さい。
 布教は、 「 自信教人信  」の立場に 立たねばなりません。
 また  「  獲信できるまで、布教はすべきでない」と 厳しく自分を諌めるべきです。

名誉、利益に 流れたら そこらの 僧侶 と同じです 。

③  親鸞会の革新をする

  江戸時代の末期 幕末のころ、ヨーロッパ、諸外国の列強に 植民地化されてゆく中国などを見て 長州、薩摩の若いリーダー達は 日本の危機を感じました。
 江戸幕府にその対応能力がないと見るや 倒幕の旗を揚げたのです。
 徳川慶喜に「大政 奉還」政治の 全権を 天皇に返させ 武力による内戦を乗り越え
明治時代が開かれ ました 。
  しかし、徳川幕府を倒しても、明治新政府には 諸外国と対等に渡り合える産業も 、知識も 学問も ありませんでした。
 そこで、明治新政府は、盛んに 留学生を送り それらを取り入れ、また 外国から 専門の先生、知識人を 招待して学び、徐々に 力を蓄えて、アジアで最初の近代国家の歩みを始めたのです。 歴史を学べは 良く分かります 。
   
親鸞会も同じです。
高森会長は 講師部講義の時 こう言われた
「 君らは ワシのことを 会長先生 会長先生というが、ワシは本当は会長先生ではない。
親鸞会を創られたのは 阿弥陀仏だから、阿弥陀仏が会長なのだ。
しかし、世間的に そう はいかないから ワシが 会長になっているだけだ   」と。

思い出しましたか。
      
「 親鸞会は 親鸞聖人の み教えを徹底する以外 あってはならない  」とも言われました。

 それならば、「   六字のみ旗 」を押し立てて
「 新しい親鸞会 」を目指して頂きたいです。

  阿弥陀様の ご本願から 逸脱したことを説いているいる人は もはや会長ではありません。

 私に 高森会長から 返事のない この ④つの質問の回答を 高森会長に求めて下さい。
納得のいく返答がなければ 、速やかに 「会長職を返上し」退陣すべきで 、代わりに 六字の心を正しく説かれる先生を 親鸞会に 招待して聴聞すべきと思 います 。
      
  また、講師部は 高森会長独自の解釈を離れ、浄土真宗の教えに 深く、詳しい先生から学びなおすべきと思います 。

「  新生親鸞会  」です。

もう 特定の者に「 絶対服従  」などという 馬鹿な 精神的 自縛行為は 捨て去るべきです 。

○ 革新の 大義は 
「 南無阿弥陀仏 聞其名号信心歓喜  」です。
 「 高森会長に 絶対服従   」の旗を 破り捨てるのです 。
  これでこそ 南無阿弥陀仏を 「 御本尊 」とする「 本当の 浄土真宗 」ではありませんか 。

     そう、成りたくありませんか 。

○  曲がった 教学と 体質と 利権にしがみつく 上層部 との 戦いは当然起きると思います。
素直に 非を認めるような 人達ではありません 「内戦」です 。
 脅し、脅迫 詭弁 誤魔化し 誘い うわさ 左遷、 あらゆる手段を使うと思います 。

しかし、正しいことは 正しいのです 。

畏れることはありません。
南無阿弥陀仏の敵になれる者は 誰も いません 。

「しかれば、本願を信ぜんには、他の善も要にあらず、念仏にまさるべき善なきゆえに、
悪をもおそるべからず、弥陀の本願をさまたぐほどの悪なきゆえにと、云々」 (歎異抄1章)

 親鸞会が、生まれ変わるための 産みの苦しみは 、それだけひどいことを してきた「業報」と耐えて 頑張って下さい。
 初めから 大勢はついて来ないと思います。2人か3人か 4人か 。
      
 倒幕に立ち挙がったのは 全国 約300藩の中の 長州 薩摩の「 薩長連合  」、たった 2藩でした。
 これを 説得したのが 坂本竜馬です 。
ここから 日本が変わって いったのです。
 たった2藩 、説得した 1人から 始まったのです 。

 貴方が 竜馬になって下さい 。 

「 おのおの 十余箇国の境を越えて、身命を顧りみすして、尋ね来たらしむ  御志  偏に 往生極楽の道を 問い聞かんが為なり  」                            ( 歎異抄 2章 )
    
関東の同行の覚悟が 今 求められているのです 。

  ○ 同じ思いの者で 分派する場合もあるでしょう。
 全力を挙げても 本会の 革新が 出来ない場合、同志と 分派もあるでしょう 。
しかし、未信の自分である自覚を持って、常に 聞く立場を忘れないで下さい 。

  指導する立場ばかりを 望めば 高森会長の 二の舞です 。
 何度も 申します 「 自信教人信 」を忘れないで下さい 。

我が身の 後生の一大事を 忘れないで下さい。
これが抜けたら 、それは 生活をかけた 勢力争いに過ぎません 。
分派しても、また分派するだけです。
自他共に 無駄ごとです 。
そうならば 静かに 自分一人 退部、退会して 働いて  聞法すべきを思います 。

 そんなことは 無理だ、 夢だ、と思う人は 我が身の「後生の一大事」も、会員さんの、後生も考えない 4の講師です 。

④ このままでいいだろう  の講師へ

 今も暗い 老後も暗い 臨終も暗い 後生も暗い 目の前に滝つぼが迫っているのに 何もしないで  堕ちてゆく人です 。

 不浄説法の罪は あらゆる 罪の中で 最大最悪で 特別な 「坊主地獄」を覚悟しなければなりません 。
      
 生活のために 今の立場を失いたくないなど、最低です 。「法 泥棒」です 。
 仏法を生活に 利用しているだけで そんな 本願寺の 僧侶 を 馬鹿にしていますが 同類です。
 国の存亡に 憂い、幕末の志士達は 命まで掛けています 。
 今生ごとでも 危機を感じる者は  行動を起こすのです。
     
 私が 若し未だ 講師部で これを読んで 高森会長から 4つ の明確な回答がなかったら
間違いなく 立ち挙がります。

マインドコントロールの 鎖を断ち切ります 。

「 こんな 大事なことに 答えないとは どうゆうつもりですか。
 いい加減にしろー ら何が善知識だ、俺たちを 何だと思っているんだー」
と言うでしょう 。

 我が身の 後生の一大事と 会員さんのことを思えば、このままに出来ないからです 。
親鸞会講師部として 生きるなら 革新を取ります。
  そうでなければ この一生は 無駄ごとになると 自覚するからです 。
 これ以上の 愚かな一生はないと思うからです。