シリーズ第三十回目。いや~今回も物凄い文量になっています。転載元で大幅な省略があったので、自分で打ち込んだり、何とかスキャンする方法を考えたりとしていました。結果、2ページ分は自分で打ち込み、他はスキャンして誤字脱字のチェックになりました。いつもよりチェック回数が少なかったので、誤字脱字が多いかもしれませんが、御了承下さい。御指摘があれば、大変助かります。
 
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日本人が知らない「二つのアメリカ」の世界戦略 深田匠(P471~P519)
 
日本の国家戦略(二)祖国を蝕む内なる敵を斬る!

 現在の日本には、政治に関心のないノンポリシーの層を除けば保守主義とマルクス主義の二つの層しか存在しておらず、欧米でいうところのリベラル層(中道及び中道左派)は存在していない。十六世紀イギリスから発祥した「人間は自由かつ機会平等」という本来の意味でのリベラル(自由主義)とは、現代の日本に置き換えるとコンサーバティブ(保守主義)の思想と同一のものとなる。一方、共産党の一党独裁支配により自由を弾圧し、強烈な不平等階層社会(例えば北朝鮮は「三階層・五十一分類」)を構成するマルクス主義とは、完全に反リベラルの思想である。しかし何故か日本ではマルクス主義を信奉する左派の政治家(無自覚マルキストを含む)がリベラルを自称するという不可解な現状にあるのだ。

 現在、米欧の保守主義の法哲学・政治政学は、自然法(ナチュラル・ロウ)と自然権(ナチュラル・ライツ)の二大潮流に分類される。まず自然法とはアリストテレス哲学に由来し、政治哲学家レオ・シュトラウス等が唱えた「人間社会には、社会が社会であるべく、それを成立させている自然の掟がある」というもので、その「掟」については「理性」とか「神の意志」とか様々な解釈が存在している。一方、自然権とは、英国近代政治哲学者ジョン・ロックが提唱したもので「人間は一人一人が生まれながらにして固有の権利を自然に与えられており、人間は生まれながらにして自由かつ平等だ」というものだ。つまり本来のリベラル派とはこの自然権派を指すのである。マルクス主義は自然法を完全否定して人工法の「掟」で国家を支配し、強制収容所に代表される反体制派の弾圧と虐殺、さらに政治的に出自を分類されたカースト制度をその特徴とすることから、これらの二大保守思想の対極に位置しているのだが、日本の左翼運動はこの自然権を意図的に曲解した「人権」なるものを運動のカモフラージュに掲げてきた。しかしマルクス主義で否定する私有財産は自然権では「奪うことのできない固有の権利」とされており、マルクス主義とは自然権をことごとく奪い取る「神の摂理に背く思想」である。それ故にマルクス主義は無神論を柱にしているのだ。

 自然法派のエドマンド・バークが自然権を強く批判したごとく、欧米の政治哲学界で自然法と自然権は対立する思想なのだが、これにはキリスト教的概念が関連してくるので日本人にはあまり馴染めない論争である。ちなみにこの自然法の「掟」の解釈については諸説あるが、反共のバイブルとして名高い『奴隷への道』を著した思想家フリードリヒ・ハイエクは、これを「自生的秩序」(自己保存本能から混乱を回復しようと自然に発生する秩序)だとしており、私もハイエク説を支持する。つまり社会を社会であらしめるのは人間の自己保存本能ということだ。何も国家権力が個人の自由を抑えつけて維持しているような「掟」ではないのだ。ところがマルクス主義者は体制転覆のために「人権(自由と平等)を侵すのは国家権力や資本主義階級だ」と唱え、「その最大の敵はアメリカの帝国主義だ」と喧伝したのである。

 日米などの自由主義国と中朝(そしてソ連・東欧)などの共産主義国と、どちらが人権弾圧国家なのかは考えるまでもないことなのだが、前述のようにマルクス主義には阿片のような「毒」があり、オルグされて一旦マルキストになってしまうとこの明らかな現実が見えなくなってしまう。そしてソ連や中共など共産主義国を「正義」と信じアメリカを「悪」と信じるマルキストは、自然権を歪曲した「人権」思想と同時に、「反戦平和」なるものを愚民を釣るための二枚看板として掲げてきたのだ。(反戦運動の実態については別章を参照。)区別することを「差別」だと捉え、機会平等ではなく全て結果平等にと考える発想はマルクス主義である。つまり日本で平等主義を掲げてリベラルを自称する勢力は、欧米知識人から見れば「旧ソ連や中共に同調してきたマルクス主義者」以外の何者でもない。日本の政治思想において本来のリベラルは存在せず、保守とマルキストしかいないと私が断じる所以である。

 さて、もとより思春期の若者は、情緒的に「反戦平和」という理想論に流されやすい傾向がある。初めて反戦運動に加わる若者たちの多くは、反米親中のマルクス・レーニン主義者でもなく、漠然とした幼い正義感で反戦を主張している。諸外国のシビアな国際戦略も知らず、詳しい知識もなく、日本の危機的現実も何も知らず、当然ながら「国益」という概念もない。「戦争はいけない」という単純で幼稚な感情だけなのだ。しかしこのような若者たちを扇動している層は、全共闘世代のマルクス・レーニン主義者たちである。かつての反米親ソの左翼たちは、今や反米親中を旗印に無知な若者層をミスリードしており、日教組・全教と左翼マスコミがその主力となっている。中共の属国としての共産主義国化を実現するために、これら無知な若者を操る反米親中左翼勢力は万死に値する国賊である。本章ではその日本の「内なる敵」について具体的に例示していこう。

 まず最初に左翼マスコミの筆頭格である朝日新聞の背景について述べよう。昭和二十年八月十六日の朝日の社説は「戦後の日本の再出発にあたって、我々は堅く心しなければならない。これから色々な間違った思想が入ってきて、この国をおかしくしてしまうかもしれない」と国民に自戒を呼びかけた。しかし誰より真っ先に、間違った思想に染まっておかしくなったのは当の朝日新聞だったのだ。占領下でGHQニューディーラーに媚びて「左」へ寄った路線を以後もそのまま継続していた朝日が、さらに完全なる共産主義プロパガンダ紙へと急旋回したのは昭和四十三年の株主会クーデターに由来する。このクーデターで社主の村山家は追放され、共産党員の森恭三同紙労組委員長の下で副委員長を務めていたマルキスト広岡知男が社長に就任した。この広岡が「中国に不利なことは一切書いてはならない」と厳命し、社内で「広岡プレスコード」と呼ばれたこの方針は、例えば「蒋介石の顔写真の掲載禁止」といったところにまでエスカレートした。広岡社長就任の三年後、昭和四十六年三月九日号の「朝日ジャーナル」誌は「朝日は赤くなければ朝日でないのだ」と自ら記し、またマンガの中で「アカイ、アカイ、アサヒ、アサヒ」「サテ今度は……」「ドコを乗っ取ろうかな」とも述べている。共産党が新聞社の乗っ取りに成功したことが余程嬉しかったのであろうが、まさに語るに落ちたというところである。

 従来より日本の左翼は、マルクス主義を「進歩」だの「革新」だのと吹いて、反日的なマルキスト活動家を「進歩的文化人」などと称してきた。いわば朝日新聞はその「進歩的文化人」の母体であり、朝日出身のマルキスト活動家では例えば、中共の意のままに南京虐殺の虚偽を喧伝して現在は極左イデオロギー誌「週刊金曜日」を主宰する本多勝一、その「週刊金曜日」編集委員にしてTVニュースで左翼偏向プロパガンダを流布する筑紫哲也(昭和五十二年の参院選では極左過激派「革自連」系のミニ政党の支持を表明して政見放送に出演!)、世界各国の反日主義活動家を招いた模擬戦犯裁判「女性国際戦犯法廷」を大々的に催してこともあろうに昭和天皇に「有罪判決」を下した故松井やより、その他、枚挙するにキリがない。俗に「朝日文化人」「岩波文化人」などと呼ばれる反日反米マルキストたちが長年幅をきかせて自虐史観や防衛アレルギーを喧伝し、朝日新聞系のテレビ朝日や「ミニ朝日」と呼ばれる毎日新聞系のTBS等のニュース番組や討論番組は今もこの「進歩的文化人」に占拠されている。朝日文化人の筆頭である大江健三郎はかつて防衛大生たちのことを「日本人の一つの恥辱」だと言い放ったが、そこまで言うのならば大地震が起きても北のミサイルが落ちても、自衛隊は朝日新聞社と大江宅を守る必要は一切ない。

 二〇〇三年八月、中共の林治波人民日報論説委員は、これら日本の「進歩的文化人」を評して「長年に渡り、東史朗、本多勝一、家永三郎、梶村太一郎、大江健三郎など日本の多くの友人は中日友好を守り、戦争反省を推進するため、たゆまず奮闘してきた。これら真っ当な日本人は真の愛国者で、日本の良心である。(小略)だからこそ彼らの闘争と努力には我々の援助が必要なのだ」と新華社通信で述べている。これは日本の自虐史観の喧伝者たちが中共の「援助」を受け、中共の意に従って動いていることが裏付けられる発言である。なお、これは中国人の立場による言葉なので、本当の「日本の愛国者」たる私が和訳すると次のようになる。「長年に渡り、これら日本の多くの売国奴は日本の中共属国化を進め、自虐史観を喧伝するため、たゆまず奮闘してきた。これら真っ赤な嘘をつく日本人は真の『中共の愛国者』で、日本の恥部である。(小略)だからこそ彼らの反日工作と売国行為には我々の天誅が必要なのだ」。さてこれらの「赤い売国奴」の群れに支えられてきた朝日は、かつてスターリンを「消えぬ革命家の情熱」という見出しの提灯記事で讃美し、金日成の写真に「ニコニコして気のおけぬおじさんタイプの男前」という注釈を付け、カンボジアの人口の三分の一を虐殺したポルポト派共産革命を「アジア的な優しい社会主義革命」と報じたぐらい、その揺るぎなき赤い政治的信条を現在に至るまで貫いてきた。

 朝日新聞の論説は常に国家を絶対悪だと視るマルクス主義史観的なものであり、朝日のあまりにも偏向した言論には拉致被害者家族会が「朝日新聞は敵だ」とコメントしたぐらいである。これで購読中止が相次いだために朝日は慌てて「朝鮮民主主義人民共和国→北朝鮮」という表記に改めて、家族会の機嫌を取ろうとしたのだ。ブッシュ政権発足以後も朝日の反米プロパガンダは、ブッシュ批判・フセイン擁護・仏独への賛美・人間の盾の賛美・国連絶対視・反戦デモの賛美と延々と続き、「ブッシュは石油利権が目的だ」と繰り返し強調してきた。平成十五年一月二十九日の朝日は、一ページ全面を使って大々的な反戦広告を掲載している。札つきの左翼運動家が四百五十九人その名を連ねた意見広告だ。この広告主である「イラク攻撃に反対する意見広告の会」の三木睦子代表は、北朝鮮から勲章を受け、自著の中で金正日を「とてもチャーミングな方」と述べ、「(金日成)主席のお言葉が耳をはなれない」とも述べている北朝鮮シンパなのである。朝日の記事や論説が反米親中朝の歪んだバイアスに基づくものである以上、その紙面を全く逆に見るという見方をすることで自ずと真相は透けてくる。

 アメリカの協力で日本を「強い国」なんかにされては困る朝日の「ブッシュ憎し」の反感はもはや常軌を逸しており、例えば、平成十五年三月二十五日付の読者投稿欄では、十二歳の小学生の「友達も『ブッシュの考え方はおかしい』と言っています。小学生がおかしいと思うことを、大人が支持しているのは理解出来ません」という投稿を嬉しげに載せている。国際情勢や安全保障の知識もない小学生が何を思い上がっての朝日への投稿かと思うものの、実際にはこんな十二歳がいる筈もなく、要するに今井紀明の一家のように共産党員の親が自分の子供を「洗脳」して書かせているのであろう。ブッシュにしてみれば十二歳の小学生に「考え方がおかしい」と言われるなんて、もはやギャグであるとしか思えないことであろう。

 アメリカを敵視する一方で朝日は「広岡プレスコード」どおりに中共を讃え続け、例えば中共が自国民を二千万人以上虐殺した文化大革命について、昭和四十二年一月十四日付の朝日は「文化大革命が新しい社会主義的人間像を求める革命的な試みの一面を持っていることにも注目をはらいたい」と絶賛している。文化大革命の実態なんて、例えば毛沢東の写真の載った古新聞で大根を包んだ主婦が大逆罪に問われて死刑、「造反有理」を叫ぶスローガンを言い間違えた老人は強制収容所へ送られ衰弱死、あげく広場で「人民の敵」の死体の肉を鍋にして食べていたという狂気の大虐殺なのだが、これを賛美するとはさすがポルポト派を「優しい」と報じた新聞だけのことはあると驚嘆するより他はない。中共と北朝鮮が大好きでアメリカと日本が大嫌いという朝日の根底に流れる思想は、結局のところマルクス・レーニン主義なのである。

 また自虐史観を社是とする朝日は『新しい歴史教科書』市販本の広告掲載を拒否する一方で、共産党系の「こどもと教科書全国ネット21」による『新しい歴史教科書』批判の意見広告を掲載しているが、これは朝日がもはや不偏不党中立公正という見せかけの綱領さえもかなぐり捨てている現状を証明している。朝日は過日も、共産党の不破哲三議長の「資本主義は耐用年数が切れた時代とも言われる」というインタビューを大々的に載せていたが、二十世紀後半に世界の半数近くを占めていた共産主義国の現在の状況を鑑みれば、耐用年数が切れたのはどちらなのかは明白ではないか。朝日はどこまで悪あがきを続けるのか。

 朝日の自衛隊敵視についても今さら言うまでもないことだが、平成十五年十二月十一日付の朝日は「彼をイラクに行かせないで~たった一人の街頭署名活動」という見出しで、自衛隊員を恋人に持つ女性が自衛隊イラク派遣反対の署名活動を街頭で始めたという記事を大きく掲載した。この記事で紹介されている女性は、朝日の「声」欄に妄想平和主義的な感情論を投稿していた「朝日の読者」で、要するに自作自演のヤラセ記事ということである。イラク戦争に関わる朝日の自作自演が馬鹿女の与太話に留まっている内はともかく、そのヤラセによって日本経済にダメージを与えようと策謀した一件については付記しておく必要がある。イラク攻撃前に朝日は詭弁の一つとして「イラク攻撃に至れば株価下落して企業決算に打撃となる」と執拗に主張していた。しかし、いざ攻撃となると実際には株価は逆に大幅高となったのだ。そこで朝日は苦肉の策を弄する。平成十五年三月二十九日、イラクの米軍に従軍していた朝日の記者が「米軍が補給不足で苦戦」という記事を配信し、このために翌日の東京証券取引所の平均株価は急落し、朝日の「望み通り」に企業決算に打撃を与えた。しかし米軍に従軍する百名近くの世界各国の記者の中で、この補給不足を報じたのはこの朝日の記者ただ一人であり、それ以外は後にも先にも一件もない。要するに株価下落を狙った捏造記事だったのだ。ちなみにイラクの邦人人質解放後にニューヨーク・タイムズ紙が「人質へのバッシングは『お上』への反逆を許さない日本社会の狭量さだ」という的はずれの記事を掲載したのも、ニューヨーク・タイムズ本社内にアメリカ総局を設置している朝日新聞の在米記者が吹き込んだエセ社会分析の受け売りである。

 さて平成十五年七月二十日に朝日は論説主幹による「日なたの自衛隊~アジアヘ謙虚さあってこそ~」というコラムを載せ、小泉訪朝は日本の植民地支配の「過去」にケジメをつけようとしたのに頓座したと述べ、「中国との対話がぎこちない」「親しい友は多いほうがよい。せめてアジアのことぐらい東洋の指導者たちと腹を合わせて」と主張している。つまり、金正日や中国共産党と腹を合わせろと要求している訳である。このコラムこそ実に朝日にとっての「親しい友」とは、中朝政権指導者に他ならないことを告白しているものであり、昔も今も朝日は金親子や中国共産党の事実上の対日世論工作機関なのである。例えば昭和四十六年九月二十七日付の朝日の紙面は、金日成を神格化した賛美記事を延々書き連ねたあげく、金日成を「アジア反帝統一戦線の結成を提唱して止まぬ革命家である」と英雄視し、日本が「この反米・反資本主義統一戦争に加わるべき」だという主旨を述べている。また近年においてもその社説で「いたずらに中国脅威論をあおることをしてはなるまい」「実態以上に”脅威だ脅威だ”と騒ぎたてて(日本の対中)援助の大幅カットに結びつけたら、かえって地域の緊張を高めることになりかねない」等々と、何が何でも対中ODAを減らさせまいとして中共政権の代弁を行っている始末なのだ。かつてマルクスは「その国の新聞社一社を味方につけることは、その国に数個連隊を常駐させるに等しい」と述べたが、日本の現状はまさしくその通りになっている。

 なお朝日に次いで、反米親中朝とマルクス主義讃美の傾向が強いのは毎日新聞である。例えば毎日新聞はイラクの邦人人質事件の際の自衛隊撤退をめぐる世論アンケートで、選択肢を選ばずに投票すると自動的に「撤退せよ」に票が入るという姑息なカラクリを仕掛けている。しかしそれにも関わらず撤退反対が六十五%で、「撤退せよ」の二十九%の二倍以上の結果となった。これまでのように朝日や毎日の思い通りに世論が操られる時代は峠を越えつつあるのだ。

 ちなみに私はある情報機関筋から平成十一年の統計を入手しているが、主要全国紙社内での共産党員数として判明した人数は、第一位が朝日で二百十二名、二位が毎日で百五十一名、三位が日経で百三十一名、四位が読売で百十名、最下位の五位が産経で十二名であった。この順位を見ると一目瞭然なのだが、反米プロパガンダや中朝賛美、防衛アレルギーや自虐史観を喧伝する左翼偏向の度合いと、共産党員数の多さの順位はピッタリと重なっている。なおこの統計人数は明らかに判明した分だけであり、朝日と毎日については実数はその何倍にもなるとのことであるが、要するに朝日や毎日なんかは共産党員がつくっている新聞であり「赤旗」と何ら変わりないというのが実状である。従ってマルクス主義者ではない普通の日本人が読む新聞としては、この共産党員数の下位の二紙、つまり産経か読売を読まないかぎり、偏向したイデオロギーを毎日毎日頭にインプリンティングされることになってしまうのだ。一九三一年九月の満州事変勃発の翌日、日本共産党は「革命の中国を守れ!赤軍を援助せよ!ソビエト連邦を守れ!帝国主義日本を倒せ!ソビエト日本を樹立せよ!」という檄文を党員に伝達しているが、この思想は今もなお朝日や毎日に受け継がれ、「中国共産党を守れ!北朝鮮を援助せよ!資本主義日本を倒せ!中国の力を借りて日本人民共和国を樹立せよ!」という目的の下に今日もプロパガンダ報道が続けられているのだ。

 なお新聞業界においては、自虐史観と左翼イデオロギーに基く記事を全国の地方紙に配信している共同通信の罪禍も見過ごせない。共同通信が共産党系だというのは公知の事実であるが、共同通信の斉田一路社長は、平成十四年に金正日の誕生祝賀パーティーに土井たか子らとともに出席している筋金入りの親中朝派マルクス主義者である。共同通信の自虐史観や共産主義への傾倒は、例えば七十年代のベトナム戦争当時、米AP通信や英ロイターや仏AFPなど自由主義国の通信社は全て北ベトナム軍を「コミュニスト・フォース(共産軍)」と表記する中で、唯一共同通信だけがソ連なんかの通信社と同様に北ベトナム軍を「解放勢力」と表記して配信し、朝日などはそれをそのまま載せていたことでも明らかだ。サイゴン陥落も共同通信の配信によれば「サイゴン解放」となり、共産勢力が政権を取ることが「解放」であるという同社のイデオロギーが露呈している。それならば北朝鮮が韓国に侵攻しソウルが陥落したら「ソウル解放」なのか、日本が中共に占領されるのも「東京解放」なのか。つまり、どちら側の立場に身を置いて報道しているかによって、「陥落」になるか「解放」になるかは変わってくるのだ。

 共同通信が共産主義を信奉する反日・反米の通信社になったのは、戦前の同盟通信社がGHQニューディーラーに解散させられ共同通信社と時事通信社に二分割された際に、GHQが日本悪玉史観プロパガンダ『太平洋戦争史』の各紙への配信を共同通信に任せたことに由来する。前述のようにニューディーラーは要所要所に共産党員を起用していたわけだが、共同通信にも共産主義者が投入され完全に社内を赤化してしまったのである。つまり共同通信の自虐史観はGHQ以来の長年の伝統であり、現在も社長以下大半の社員が共産主義者という、自由主義国では他に類例のない「赤い通信社」なのだ。例えば中嶋啓明という共同通信の記者が「週刊金曜日」に連載しているコラムでは、天皇陛下や皇太子殿下を明仁・徳仁と呼び捨てで書き、「戦争責任免責する敬語満載報道」なる一文では天皇に対して敬語を使うなと主張し、「天皇制生き残りに手を貸すな」なる一文では天皇制打倒を呼びかけている。またこれは数年前のことだが共同通信が地方紙に配信した記事の中に「文部省が侵略→進出と書き直させた事例がある」という記述が有ったため、私はそれが「誤報であることは明らかになっている」と抗議したが、共同通信側は「訂正記事は出さない。誤報だとは認識していない」と返答して訂正を拒否した。こんなデタラメな反日プロパガンダの虚報が今もなお、地方紙を通じて全国にバラまかれている。

 さてマスコミにおいては、新聞以上に危険なプロパガンダ影響力を持っているのがテレビである。テレビの全国ネットの場合、視聴率一%は約百万人とされるため、仮に視聴率十五%ならば一千五百万人が視ていることになる。これは新聞を上回る巨大な影響力である。全国ネットのテレビ局の中でとりわけ左翼イデオロギーの偏向著しいのがテレビ朝日・TBS・NHKであろう。テレビ局はほとんど新聞社が経営権を握っており、例えばテレビ朝日の歴代社長も地方局の社長も全員が朝日新聞からの天下りであることから、その報道姿勢がご本家の朝日新聞と一致するのは当然のことなのだ。

 テレビ朝日系の『ニュースステーション』はもう終了した番組なので偏向事例の列挙はやめておくが、テレビ朝日とはテレビ鮮放送本支局の略としか思えない反米・反日・中朝賛美に満ちた内容ばかりであった。ちなみに『ニュースステーション』の後継番組『報道ステーション』でもこの左翼偏向ぶりは相変わらずで、放送開始早々からイラク人質事件の家族(共産党員の今井両親を含む)をスタジオに招いて政府批判に全面的に同調したあげくに、キャスターの古舘伊知郎は「小泉総理はこの戦争を肯定していて、自衛隊を撤退しないと言いきることは簡単ですが(小略)残された家族にとっては真綿で首を絞められるような気持ちですよ。(小略)みなさん、国がどう動くのかを訴えなくてはいけないですよ」「民間人が危険だと政府が言うなら、自衛隊にも撤退命令を出してもらいたい」と反米左翼と同じ主張を絶叫した。また別の日にはド左翼の反米マルキストとして知られる藤原帰一をゲストに招いて「(イラク戦争は)間違った戦争だった」「(ブッシュはイラクから米軍を)引く勇気がないんですよ」「(ソマリアから撤退した)クリントンは人間味があった」などと言わせたい放題であった。結局看板は変わっても中身は何も変わっていなかったのだ。(なおクリントンが撤退させたソマリア派遣米軍は国連の指揮下に入ったPKOの多国籍軍であり、イラクとは全く政治的な意味合いが違うが、藤原も古舘もそれを理解できないわけである。)

 この『報道ステーション』制作スタッフの思想背景を露呈したるものは、極左過激派「日本革命的共産主義者同盟」が実質運営する「ATTAC JAPAN」(前述のWPNの加盟団体の一つ)の構成員である田中徹二という活動家を出演させ、田中が「イラク国内の民衆グループ(=イラク反米武装勢力)のスポークスマンを通じて」の情報として人質解放を日本政府よりも先に知ったと自慢するのをそのままタレ流したことだ。ちなみにTBS『ニュース23』もこの「ATTAC JAPAN」の活動家の大学生を出演させているが、およそ自由主義国のニュース番組において、極左過激派の活動家の主張を公共の電波で放送するのは日本だけである。

 実はテレビ朝日以上に共産主義賛美と反米・反日の偏向度が強いのがTBS(毎日新聞系)であり、石原都知事の「日韓併合を百%正当化するつもりはないが」という発言に対して正反対の「百%正当化するつもりだ」というテロップを打った件では、ついに石原都知事に刑事告訴されるに至っている。ちなみに嘘のテロップについては、テレビ朝日の『スーパーJチャンネル』がバグダッドの二万人のイラク人の親米デモを「反米デモ」とテロップを打ったり、NHKも含めてこのような悪質な情報操作は日常的に行われている。私はTBSが中共・北朝鮮の対日プロパガンダ機関と「特別な関係」にあるという情報を複数のルートから耳にしているが、平成十二年に来日した中共の朱鎔基首相も、平成十五年に来日した「北朝鮮の代理人」盧武鉉も、共に何故かTBSのニュース番組だけに出演している。

 平成十六年一月二十五日のTBS『サンデーモーニング』は、航空自衛隊本隊がイラクヘ出発するのを小牧基地前で見送る地元保守団体とヘルメットにマスクといった極左過激派グループの光景を写して「派遣に反対する市民団体と賛成する右翼団体」と解説した。戦友会や防衛協会の人たちを「右翼団体」と呼び、赤ヘルかぶった極左を「市民団体」とは呆れ果てるのみなのだが、この『サンデーモーニング』は朝鮮ナショナリストの辛淑玉やマルキスト佐高信ら共産主義者ばかりが毎度コメンテーターとして登場する番組でもある。それもその筈で実は『サンデーモーニング』の制作会社である「スタッフ東京」は、北朝鮮へ闇送金してきたことで知られる在日北朝鮮人が経営する東洋コンツェルン(パチンコ業が中心)の系列傘下の会社なのである。要するに北朝鮮の工作機関の指示どおりに北朝鮮擁護と反日・反米プロパガンダを公共の電波を使って放送しているということである。なお司会の関口宏も熱心な共産主義者として知られている人物である。

 さて、それではいよいよ、テレビ史上最悪の共産主義プロパガンダ番組であるTBS『ニュース23』について述べていくことにしよう。キャスターを務める筑紫哲也は、共産党支持を打ち出している極左誌「週刊金曜日」の編集委員を務めており、赤軍派系列のピースボートでも船上講師を務めるという筋金入りの共産主義者である。ちなみに筑紫は元「朝日ジャーナル」編集長であったが、この「朝日ジャーナル」は、ゾルゲ事件の共犯スパイ尾崎秀実に情報提供していて逮捕された田中慎次郎朝日新聞政治部長が、戦後GHQニューディーラーの後押しを受けて朝日に復帰し、ソ連やマルクス主義を礼賛するために創刊した雑誌である。年配の方ならご存知のように全共闘御用達の赤色革命プロパガンダ一筋の雑誌だが、この当時の編集長が筑紫であった。

 「週刊金曜日」は、「朝日ジャーナル」誌上で南京大虐殺プロパガンダを行った本多勝一が創刊した共産主義礼賛と反米・反日(自虐史観)を喧伝するための雑誌だが、同誌上で本多は「(TV報道では)テレ朝の久米宏番組やTBSの筑紫哲也番組が評価できます」と述べている。同誌で共産党支持を呼びかけている本多が「評価できる」というニュース番組がいかなるものかは、同誌の平成十五年十一月二十八日号の次の本多のコラムを読めば明らかである。いわく「アメリカ帝国の武力はケタ違いであり(小略)これに対抗する方法として何がありますか。いまマスコミがいうテロ。これ以外に有効な方法が何かあるか?独立のためのレジスタンスとして、このテロが方法として『正しい』とまでは言えなくとも、アメ帝の侵略に対しては『当然』であり、げんに有効ではありませんか。(小略)ブッシュのペットたる小泉の日本が自衛隊派遣を渋りだしたのも、このテロの有効ぶりを示していますね」。このコラム文が掲載されたのは、二人の外交官がイラクで武装勢力のテロにより殺害された直後のことだ。テロを「当然」であり「有効」だと断じるような反米極左誌の編集委員がキャスターを務め、編成までも仕切っている『ニュース23』が、いかに悪質な偏向とプロパガンダに満ちているかは想像するに易いであろう。

 例えば昭和天皇に「有罪判決」を下した模擬裁判「女性国際戦犯法廷」を主催したバウネット・ジャパンという極左団体代表の西野瑠美子(松井やより死後に副代表から昇格)という活動家がおり、この西野は北朝鮮国内での自由取材を朝鮮労働党から認められている日本人工作員だとして公安からマークされている人物である。ところが平成十四年十二月に筑紫はこの親しいマルキスト仲間の西野を『ニュース23』のゲストに招き、「拉致事件が起こったのも、そもそも日本がたくさんの朝鮮人を強制連行・拉致したのに謝らずお金も払わないからだ」という西野の北朝鮮擁護宣伝を実に十一分間も自由に喋らせている。かの「嶋中事件」を想うとき、昭和天皇に「有罪判決」を下した西野が北朝鮮の対日工作のために堂々とテレビ出演している姿は隔世の感があるが、さらに罪が重いのは言うまでもなく筑紫自身である。

 筑紫は平成十三年四月三十日のスペシャル番組『地雷ゼロ・二十一世紀最初の祈り』の中で、四年前にすでに対人地雷の輸出を全面禁止しているアメリカを執拗に批難する一方で、途上国に大量の対人地雷を今も輸出し続けている中共には一切言及しようとしなかった。スタジオに並べられた地雷見本もアメリカ製やロシア製ばかりで中共製は一切なく、それでいて筑紫は日本が一日も早く対人地雷禁止条約を締結するように公共の電波で政府に「圧力」をかけた。その結果、中共と北朝鮮という日本の仮想敵国が対人地雷を禁止していないのにも関わらず、左派マスコミに煽られた日本政府は平成十五年二月に同条約を締結して対人地雷を全面廃棄し、かくして自衛隊の防衛能力は何の必然もないままに低下させられたのである。

 筑紫が「南京大虐殺を否定する者に刑事罰を課せ」と言ったことは前述した通りだが、このような筑紫の中朝服従・反米・自虐史観の喧伝はもはや常軌を逸したレベルに達している。筑紫は南京大虐殺や従軍慰安婦といった捏造話を頻繁に取り上げ、中共のチベット侵略を「中国による自治権拡大」と言い放ち、共産党員の主婦を「普通の主婦がイラク戦争反対の活動を始めた」と紹介して「反戦主婦のススメ」を呼びかけ、毎度おなじみの模擬裁判「アフガニスタン国際戦犯民衆法廷」の事務局長(共産党系青法協に所属する弁護士)を出演させて「ブッシュを起訴する」と気勢を上げさせた。また筑紫はこれまで韓国の朴政権、フィリピンのマルコス政権、インドネシアのスハルト政権などに対する日本からのODA利権を再三批判してきたが、一番巨大な対中ODA利権について言及したことは過去一度もない。なお筑紫は辻元清美の熱心な支援者でもあり、夫人名義で個人献金を行っており、さらに辻元裁判では弁護側に立って上申書を提出している。ところが公私混同どころの話ではないことに、筑紫は辞職直前の辻元を出演させて長々と弁明させ、あげくの果てには「辻元議員の逮捕はかなり不自然なものという印象を強めるのではないか」と決めつけたコメントをしているのだ。加えて筑紫は不法外国人の「支援」にも熱心であり、例えば平成十六年四月二十八日には、不法滞在イラン人を紹介して「イラクヘの自衛隊派遣が人道支援ならば、このイラン人たちにも人道的に滞在許可を与えよ」という味噌と糞を混同した主張を行って不法外国人擁護を図っている。もはやキリがないのでこれぐらいにしておくが、筑紫の情報操作・世論誘導については、『筑紫哲也「妄言」の研究-「ニュース23」その印象操作&偏向報道の作られ方』(宝島社)及び水間政憲氏著『ニュースキャスター筑紫哲也を斬る』(日新報道)の二冊を参照されたい。

 なお、TBS『報道特集』が平成十五年六月二十二日に放送した内容について、私の立場上どうしても看過できない事柄があった。それはイラクの大量破壊兵器が発見されないことに関して、筑紫の後継キャスター候補と目される金平茂紀TBSワシントン特派員が「ブッシュは歴史修正主義者」「歴史修正主義とは、ナチスによるホロコーストはなかったとか、南京大虐殺はなかったということと同じ」と述べたことである。本来歴史修正(レビジョニズム)とは歪曲された歴史を正しく修正しようというもので、米国におけるレビジョニズムは「ルーズベルトの真珠湾謀略」の検証がその中心となっている。伝統的に歴史捏造が多いシナでは捏造史を修正する「弁偽学」という学問があるが、要するにそれと同じことなのだ。私が代表を務めていた団体も日本歴史修正協議会という名称だが、実証的研究結果に基づいて「南京大虐殺は中共の捏造である」と主張している。ところが金平は「歴史修正主義=嘘つき」と決めつける意味合いでこの発言を行っており、そこには三つの意図がこめられていた。すなわち、ブッシュを誹謗すること、南京大虐殺を不動の事実だと印象付けること、自虐史観修正の運動を嘘つきだと決めつけること、この三つである。

 この金平は『ニュース23』でチーフディレクターを務めていた人物で共産主義者としても知られる人物でもあることから、反米媚中プロパガンダに一役かった訳であるが、そもそもイラク戦争の報道でなぜ南京大虐殺が出てくるのか理解できない。さすが「南京大虐殺を否定する人間に刑事罰を与えよ」と番組で言い放った筑紫の「弟子」だけのことはある。しかもその金平という苗字から推察するに、この男は在日北朝鮮人ではないか。もしそうならば、金平は「祖国」のための反米プロパガンダにTVを利用していることになる。(なお付記しておくならば、日本歴史修正協議会ではホロコーストについて言及したことは一度もなく、また敢えて肯定も否定もしない。何故ならばそれはドイツ民族の問題であって日本には関係のないことだからである。)

 この金平という男の人間性を伺い知れるのが、平成十五年十二月十一日に米国で行われたイラク戦従軍記者四名の死亡者に対する追悼式典の取材である。この取材で金平は「本当はやってはいけない戦争だった場合は、これらの記者は犬死に」と言い、「戦争に反対する立場で報道を行った記者こそが称えられるべき」と言い放った。この「反対する立場での報道」なるものは、それは報道ではなく政治宣伝すなわちプロパガンダと言う。反米マルクス主義という特定の政治的立場で報道を行って自画自賛し、同盟国のジャーナリストの戦没者を「犬死に」と蔑むような下司な人物から「歴史修正主義は嘘つき」などと非難される謂れは全くない。この金平茂紀は自著で「(テレビ報道は)為政者の権限の行使のチェックにこそ、この主眼が注がれ然るべきである」と相変わらすの国家権力悪玉論を展開し、為政者の「利益に沿う、あるいは意向に従うことを、ここで簡潔にプロパガンダと言おう」と記しているが、この男はプロパガンダの意味も知らずに知ったかぶりを書いているのか、それとも詐話師なのか。為政者のプロパガンダもあれば、反体制のプロパガンダもある。特定の政治的意図に基く事柄を戦略的に情報宣伝で広めることをプロパガンダと言うのだ。金平は自著に「報道はプロパガンダになってはいけない」と書いているが、その金平や筑紫の行っている報道なるものが、反日史観、反米、中朝讃美、そして共産党の党勢拡大を目的とするプロパガンダそのものである。自分たちのことを棚に上げて、いわば口元にアンコをいっぱいくっつけながら「饅頭を食べてはいけない」と言い張るような言い草である。

 TBS『ニュース23』がいかに計算されたプロパガンダに溢れているかは、プロパガンダ論を研究してきた私には十分よく分かる。まず一般視聴者も気が付きやすいであろう手法として、「街の声」として放送される街頭インタビューがある。例えば平成十六年四月九日に放送されたイラク邦人人質事件に関するインタビューでは、七人中六人が「自衛隊を撤退せよ」「そもそも派遣が間違い」といった返答で、「脅迫に屈してはならない」は一人だけであった。これは取材した中でそういう発言だけを選んでピックアップしており、つまり筑紫の欲しい返答が必要な分だけ集まるまでは街頭取材を終えないのである。従ってこの人質事件をめぐる見解のように、世論とはかけ離れた内容のインタビューが放送されることになる。これは朝日新聞などが読者投稿欄を使って行う方法と同じ手口ではあるが、直接キャスターが番組の見解として口にすると余りにも露骨な政治的主張となることを「街の声」に代弁させて放送するのだ。

 さらに『ニュース23』は、ナレーションの声質や声調、進出色(赤色系)と後退色(青色系)の用い方、スプラリミナル(視認できる映像を用いた事実上のサブリミナル)を多用するプライミング効果など、明らかに映像プロパガンダ技術を駆使して制作されてもいる。これは一般の人は気が付きにくい巧妙なインプリンティングだが、プロパガンダ知識の有る者が見れば一目瞭然なのだ。欧米ではこの種のプロパガンダ手法はディスインフォメーション(情報操作)と呼ばれ、万一テレビ局が公共の電波で行おうものならば、放送免許は没収され、キャスターは業界から永久追放される。なお日本でも放送法第四十四条に、放送事業者は「公共上重要な論争のある問題について一方の側の意見を放送した場合は、反対意見の放送にも適正な機会を与えなければならない」という趣旨が規定されており、つまり筑紫が南京大虐殺を取り上げるならば、虐殺否定論者にも等分の反論の時間を割り当てなければならないが、それが為されたことは一度もない。

 筑紫が視聴者(国民の一割)を共産党基礎票にすると自著で述べていることは前述したが、筑紫が本気でその為のプロパガンダに『ニュース23』を利用してきたことは、平成十四年十月八日の「多事争論」でついに「こういう資本主義というものをいつまで続けるのか」と言い放ったことでも明らかであろう。億に近い単位の金を毎年稼ぐ「資本家階級」でありながら、筑紫がいまだに共産主義のプロパガンダを続けるのは「三つ子の魂百まで」だからか何だか知らないが、こんな偏向した政治的プロパガンダが実に十五年も続けられてきたのだ。ロシアでは女性キャスターがストリップをしながら原稿を読むニュース番組が人気だが、共産党員や赤軍関係者をゲストに迎えて白髪頭の老マルキストから共産主義の説法を毎夜タレ流されるぐらいならば、まだ『ストリップニュース23』のほうがマシというものだ。ともあれ我々がテレビという巨大な赤色プロパガンダ装置に対抗するためには、『ニュース23』の番組スポンサー企業に抗議の電話を入れ抗議の手紙を送り続けること、それ以外に改善させる方法はないのだ。

 このように筑紫に代表されるTBSの偏向と情報操作は明らかに放送法違反であり、石原都知事でなくとも刑事告訴したくなってくるのだが、親が赤ければ子も赤いという、まるで今井紀明の一家のような関係はテレビ局も同様である。つまりTBS及びテレビ朝日の系列地方局も同じカラーに染まっているのだ。一例だけ挙げておく。TBSの系列局であるMBS(毎日放送)は、平成十五年十月三十日にニュース番組『voice』の中で特集として、ある幼稚園が運動会で園児に「愛国行進曲」などを合唱させていたと大々的に批判する報道を行っている。しかもタチの悪いことに、この幼稚園の光景を白黒画面で写し出し、その直後にSMAPの「世界に一つだけの花」という歌を合唱する別の幼稚園の光景をカラーで写し出すという、実に露骨なイメージ操作を行った。この番組のせいで軍歌を練習していた園児たちは、予定されていた老人会コンサートヘの出演を中止させられ、懐かしい軍歌を楽しみにしていた老人たちも無念の思いに駆られることになった。かつては君が代を歌うことが悪であるかのような報道を行ってきた左派マスコミにすれば、軍歌を歌うことはさらに悪だと決めつけているのであろうが、日本は思想信条の自由が保証された国であり、「子供が軍歌を合唱した」とわざわざテレビニュースで特集する国は日本以外は世界中の何処にも存在しない。なお「世界で一つだけの花」という歌は、平成十六年一月十四日の共産党大会で絶賛されており、極左団体がこの歌を「平成のインターナショナルにしよう」とも主張している。要はアカ好みの歌だということだ。

 さて次はNHKについて述べよう。NHKは年間七千億円もの巨大な予算を保証されており、国民から視聴料を徴収できる準国営の公共放送である。しかしNHKはTBSやテレビ朝日と並んで「左翼テレビ御三家」に入っており、例えば松井やよりの模擬戦犯裁判に関与していた池田恵理子ディレクターがその特集番組を放送するなど、長年に渡り自虐史観と反日左翼的偏向がひどく、完全に共産党系労組の影響下にある。NHKが共産党に事実上支配されるに至った発端は、「ウォー・ギルト・インフォメーション・プログラム」を実施したGHQ民間情報教育局(CIE)の本部がNHK内に設けられ、ニューディーラーが戦前戦中のNHK幹部を追放して共産党員を積極採用したことに始まる。またしてもニューディーラーのツケなのである。

 NHKには内部に二十二の共産党支部が有り、昭和六十三年の調査では東京都下だけでも、九十八名以上のキャスター、アナウンサー、ディレクター等が共産党員であることが確認されている。この共産党員数は、テレビ朝日(朝日新聞系)やTBS(毎日新聞系)と並んでテレビ業界の上位三位に入るものである。つまりNHKが反日左翼史観プロパガンダ番組を放送し続けるのも、共産党の指示に沿ってのことなのだ。自由主義国で公共放送を共産主義勢力に支配されているのは、日本と韓国、この二ヵ国だけである。例えば平成十六年五月二十日のNHK『ニュース7』は、高遠菜穂子のインタビューを放送する中で、「自衛隊を撤退させなかったのは当然だと思います」という発言の部分だけを編集によってわざとカットしているが、民放でこの発言をわざとカットしたのはTBS『ニュース23』だけであり、これは即ちNHKとTBSが共産党の「御用放送」と化していることを裏付けていよう。そしてNHKの悪質な点は「NHKの番組なら信用できる」という国民のイメージを悪用して、中共に媚びる歴史捏造番組を頻繁に行っていることにもある。さすがにニュース番組では、筑紫哲也みたいな露骨な共産主義賛美や反米扇動ができず、せいぜい編集やテロップによる情報操作しかできないため、NHKは専ら自虐史観の喧伝を担当しているということだ。

 加えてNHKは自虐史観とのワンセットでの対中従属もひどく、例えば平成十二年春にNHKが特集として放送した『ダライ・ラマ』では、中共のチベット侵略をなんと「人民解放軍の進駐」と言い換え、チベット民衆の独立運動に対する中共の弾圧虐殺を「鎮圧」と呼び、あげくには「チベット動乱はチベット仏教こそがその紛争原因だ」と解説するに至っている。明らかな侵略者たる中共を「解放者」として位置付けたこの番組は、黒を白と言いくるめる中共のプロパガンダ放送そのものである。最近の例を挙げておくならば、NHKはサッカー日中戦の報道では、重慶スタジオで君が代吹奏に対して浴びせられた中国人の反日ブーイングの音声をわざと絞り、さらに日本チームのゴールシーンで浴びせられた罵声の大合唱を消して、代わりに別録音した歓声をアフレコして放送している。このようなNHKの歴史歪曲と情報操作は数え上げればキリがなく、公共放送であるが故にその罪は民放よりも重いといえるのだ。ちなみに「拉致は韓国公安機関のでっちあげ」「大韓航空機爆破は韓国の自作自演」と主張していた北朝鮮シンパの吉田康彦元埼玉大教授は、元々はNHK国際報道部次長を務めていた人物である。この一事をもってしてもNHKの国際認識の偏向性がよく分かるというものだ。なお、このNHKの偏向報道を批判して中村粲獨協大教授は、「正論」誌に「NHKウォッチング」を連載され、同時に「NHK報道を考へる会」を主宰されてNHK受信料不払運動を提唱しておられる。この運動に関心のある方は、同会FAX:〇三-三五六七-二二六〇に資料請求を申し込まれると良い。

 さてマスコミでも出版業界のほうに目を向けてみると、渡部昇一氏や小室直樹氏らの良識著作が土壌を作り、藤岡信勝氏の『教科書が教えない歴史』あたりが契機となって良書の出版点数が増え、さらに出版不況も重なって、書籍の出版における左翼プロパガンダは最近ではかつてほどの影響力を失いつつある。岩波書店を筆頭に青木書店・大月書店・学習の友社・未来社など多くの共産党系出版社も、これまでのような反日反米「トンデモ本」を出し続けることは売上減につながるものであり、辻元清美のスポンサー(ピースボートの実質オーナー)であった元赤軍派の経営する出版社は倒産している。

 但し、少し気をつけないといけないのは、行き場を失った共産主義者が、表向きはその正体がわからないような題やテーマで中身は真っ赤という本を、普通の出版社から出すようになっている傾向である。一例を挙げると、昭和天皇の玉音放送のCDを付録に付けた小森陽一東大教授の『昭和天皇の玉音放送』という本なんかがその典型だ。小森陽一は父親が日本共産党中央委員、母親が自称「反戦詩人」、本人は十代の頃にプラハのソ連大使館付属学校に通学してマルクス主義教育を受け、東大教授となってからも「赤旗まつり」のシンポジウム等で講演している筋金入りの共産主義者である。つまり天皇に関する本を書かせたら、全文悪口ばかりになるというのは当然の政治的立場なのだ。この本はよく売れているそうだが、付録のCDを目当てに買った人たち、つまり純粋に昭和天皇を敬慕する人たちは、昭和天皇を「戦犯」と呼び「憲法九条を改悪するためにかつての侵略戦争を美化しようとしている」だの「日本はヒロヒトのために朝鮮人強制連行=拉致という国家犯罪を行った」だのといった自虐史観と反天皇思想に満ちた本文を読んで驚いたことであろう。そもそも昭和天皇をヒロヒトと呼び捨てにする共産主義者の天皇誹謗書に対して、宮内庁はなぜ玉音放送のCD付録の許可を与えたのだろうか。

 この小森のように大学には今だに多くのマルキストが存在しているが、それはかつて東大や京大を始め全国の大学で赤色思想が大流行した時期の左翼学生や左翼講師が教授となって実権を握っており、助手が講師になる時、講師が助教授になる時や助教授が教授になる時、また学部長や学長を選任する時に、「同じ思想」の人間を推すからである。従って小森や姜尚中のような反日マルキストが東大の教授にもなれるのであり、肩書きだけを見て「大学教授の言うことだから信用できる」「大学教授の書いた本だから信用できる」と思うのは大間違いなのだ。例えば東日本国際大学で学長を務める鎌倉孝夫は、日教組の主体思想研究会の幹部を務めた後に現在でもチュチェ思想国際研究所理事を務めている人物であり、金日成主義革命を日本で起こすと広言している団体の幹部が大学の学長になれるのが日本という国の現状である。平成十六年一月の十七日の大学入試センター試験の「日本史B」には、「既存の体制が生み出す矛盾に対して、マルクス主義の思想や学問は、根源的な批判を投げかけた」という記述などがあり、マルクス主義への憧れを隠そうともしていない。また同試験では、マッカーサーがその五大改革でやり残した未改革は何か選べという設問について、正答は「天皇制の否定」としている。改革するべき対象に何故天皇制(天皇制という言葉自体が共産党用語だが!)という回答が用意されるのか。共産主義者以外にこんな設問をつくる人間は存在しない。つまり読者が想像される以上に、全国の大学ではまだまだ共産革命や北朝鮮の主体(チュチェ)思想を信奉する人物が多数派として存在しており、出版や講演そして日常の講義や入試問題の内容を通じて反日マルクス主義を伝播させているのが現実なのである。そして言うまでもなくTBSやテレビ朝日などにゲスト解説者として招かれるのは、この種のマルキスト教授ばかりであるということだ。
 
 さて、このように新聞・テレビ・出版などマスコミを通じて国民を左傾化させんと企図するマスコミ共産主義勢力の母体としては、新聞労連・出版労連・民放労連・広告労協・映演共闘・音楽ユニオン等が挙げられ、現在それらを含めて国内の共産主義労組を統合した左翼組合連合体「日本民間労働組合連合会(連合)」が結成されている。戦後間もない時期のことであるが、共産党直属組織の「全労連」(昭和二十五年に一旦解散)がソ連共産党情報局から活動資金を貰っていたことから、反共の「総同盟」と「民同」がここから脱退し、この「民同」は団体名を「総評」に変えた。ところが共産党と社会党左派はこの「総評」に大量の党員を潜り込ませて完全にその支配下に置き、実に三百万人を呼号する巨大な共産革命組織が誕生したのである。この「総評」は社共両党の集票マシーンとなり、「昔陸軍、今総評」と揶揄されたぐらい過激で暴力的強圧的な反日革命運動と企業攻撃を繰り広げ、多くの企業経営者をノイローゼ自殺に追い込んで「資本家を打倒した」と気勢を上げた。しかし栄枯盛衰は世の習いで、「総評」は革マル派系の「勤労」などと内ゲバを繰り返した結果、平成元年十一月に解散に至る。そしてその「総評」の極左活動家たちは、「連合」「全労協」「全労連(再結成)」に分かれ、極左労連勢力はこの三派に分裂したのである。つまり日本の労働組合でその本来の主旨を堅持したのは「同盟」系だけであり、それ以外は全て単なる共産主義革命を目指す政治的な運動に他ならなかったのだ。そしてこれらの共産労組はそのイデオロギーを何ら変えることなく、ソ連の代わりに中共を宗主国に戴いて今もなお日本の共産主義国化(中共の衛星国化)を企図しているのである。(ちなみにこの旧「総評」系を大量に抱えた「連合」が民主党の支持基盤となっている。)

 さて、この国を滅ぼさんとする元凶としては次に、近年批判を受けている「官僚支配」が挙げられる。欧米などの官僚は完全なる公僕であり、政治家に従う実務集団としてのポジションを越えることはない。米国なんかは政権が交替すると課長級以上の官僚もほぼ全員が交替するが、これは政治が政治家主導で行われているため、共和党と民主党の政策の大きな差異に適応する政治的信条の人物を両党がそれぞれ官僚に任命するからである。しかし日本の場合、東大の横田喜三郎法学部教授や大内兵衛経済学部教授ら反日マルキスト学者に学んだ「東大閥」、次いで井上清京大教授らに代表される左翼全盛の「京大閥」が官僚支配構造を確立し、権限を超えた権力と利権を握りつつ、反日マルクス主義を思想ベースに置いて政策まで左右し、日本を左翼官僚国家に改造してしまったのである。その結果、閣議の前日に各省庁のトップが集合する事務次官会議が開かれ、この場で閣議に提出される案件が決められ、閣議ではそれを形式的に決定又は承認するだけという仕組みができており、内閣の意志決定を行っているのは首相や閣僚ではなく官僚たちという時代が長く続いている。そしてマルキスト官僚たちは巧妙に提出案件の中にマルクス主義の思想を混入させているわけである。

 共産党は「国公労連」(日本国家公務員労働組合連合会)という直属組織をほぼ全ての省庁を網羅する形で張りめぐらしており、全ての省庁には国公労連傘下の共産労組が存在している。例えば厚生労働省には「全厚生」、法務省には「全法務」、国土交通省には「全建労」、経済産業省には「全通産」、総務省には「全行管」、文部科学省には「文労」……、キリがないのでもう止めにするが、要するに日本の省庁には一切例外なく大量のマルキストが侵入しているということだ。気象庁みたいなところにまで「全気象」という共産労組があるぐらいなのだ。またそれは地方自治体も同様で、共産党系の「自治労連」(全日本自治体労働組合総連合)は全都道府県のあらゆる職域の地方公務員を網羅しており、例えば美濃部東京都知事の時代には都庁の管理職の九割以上が「赤旗」を購読していたという記録が残っている。それは蜷川京都府知事など地方の府県政においても同様であり、「赤旗」や共産党出版物の購読を拒否した職員は出世コースを断たれ閑職へと飛ばされた。

 共産党はとりわけ京都・沖縄・北海道の三道府県を集中的オルグ対象拠点(重要区)に指定し、今でもこの三道府県の行政機関には共産党員が異常に多い。札幌市営地下鉄が「週刊新潮」誌の「共産党一家が育てた劣化ウラン弾高校生」という見出しの車内吊り広告に紙を貼って目隠しをするという奇態を演じたのも、同市が共産党の牙城であることと無関係ではない。このように国も地方も官公庁は赤色思想に侵されたマルキストが今だに多く要所に座っており、旧社会党系の「自治労」「官公労」など左翼思想を奉じる組合員官僚も多く、しかしいくら共産主義者だと分かっていても「思想信条の自由」を楯にされるとクビにはしにくいというジレンマの中に現在の左翼官僚支配は延々と継続している。

 「国公労連」の加入者数は約十二万九千人と発表されており、「全労連」系列下の「自治労連」の加入者数は約二十五万二千人である。さらに人事を決める人事院にも「人職」という共産党直属組合が有って約二百人が加入しており、この二百人がマルキスト官僚を「出世」させるために思想選別人事を行っている。つまり官僚・公務員の世界では左翼が主流派なのだ。さらに十四万六千人を擁する「全教」のマルキスト教師に教えられた生徒たち、仮に一クラスを四十人と仮定すると五百八十四万人の生徒たちの何割かは教師の影響で反日マルキストとなり、さらにその一部は日本を共産国家に変えるために官庁入りを目指すという構造がある。これではキリがない。小泉首相が構造改革を言うのであれば、まず「国公労連」「自治労連」に加入するマルキスト官僚を公務員誓約違反で全員解職しなければ、日本の左翼官僚支配構造は何も変わらない。マルキストが「共産主義者という理由で解職するのは思想信条の自由を侵す憲法違反」などと言っても、国家の解体や政府の転覆を企図する共産主義の思想信条はそれ以前の次元であり、破防法指定容疑団体たる共産党の関係者は、民間はともかく公務員としては絶対に許されないものである。

 なお外務省や文部科学省について言えば単なるマルキストだけでは出世できず、「自虐史観」と「親中主義」の持ち主であることも出世のバロメーターになっている。これは例えば外務省においては田中均や慎田邦彦・阿南惟茂らキャリア組の親中派マルキストがトップに居座っているため、出世を目指す者は上層部の「思想」に迎合する必要があるためである。それはノンキャリアでも同様であり、例えば鈴木宗男と結託しての背任罪他で逮捕された佐藤優は、学生時代はマルクス主義運動に没頭した左翼で、逮捕後も獄中から左翼誌「世界」に論文を発表しているぐらいだ。要するにこれは上司からの「引き」を得られるかどうかということであり、一般企業でも上司の考え方に相反する部下が遠ざけられることと同様である。ちなみに文部科学省においては約六百名の「文労」組合員が教科書検定官のポストを独占しようと躍起になっており、さらに現在の文科省事務次官はかつて全学連の闘士として赤色革命に邁進した共産主義者でもある。デタラメな「南京大虐殺」だの「従軍慰安婦強制連行」だのといった記述がフリーパスになっているのは、「近隣諸国条項」に加えてこの「文労」組合員が検定官となっているからではないかと私は推測している。
 
 大蔵省(現・財務省)でも大内兵衛の系譜にある東大マルキスト派が今でも実権を握っており、実はこの大不況はその勢力が引き起こしたものなのだ。大不況の引き金となったバブル崩壊は、平成二年三月二十七日の大蔵省銀行局による「総量規制」が原因となって起こっている。大蔵省のマルキスト官僚が「土地の値上がりによる経済格差(資本家の増加)はマルクス主義の思想に反する」と考えて、土地価格を暴落させるために、不動産・建設・ノンバンクの三業種には一切融資しないように金融機関に通達したのが「総量規制」なるものの正体である。大蔵省では「総量規制」のみならず、さらに土地や株の取引に途方もない重税をかけることまでして、バブル潰しを図ったのだ。この「総量規制」通達から一~二ヵ月で土地は平均三割も暴落し、約一千百兆円の国内資産が瞬間にして消滅した。これは日本のGDPのほぼ二年分に相当する。あまりの急激な景気悪化にさすがに大蔵省もあわてて、翌平成三年十二月に「総量規制」を廃止したが、もう手遅れであった。かくしてバブル崩壊と平成大不況が始まったのだ。この大不況を生み出した全ての責任は、マルキスト官僚、官庁に巣喰う左翼勢力にある。そしてこの「総量規制」を行った大蔵省元銀行局長は一切何の責任も問われずに、現在東京証券取引所理事長に天下りして高給を得ている。ちなみに付け加えるならば法人税減税に反対しているのもこの勢力であり、その真意が企業・資本家を敵視するマルクス主義に由来するものであることは言うまでもない。

 厚生労働省として合併された旧労働省がマルキスト官僚に支配されていたことは有名だが、実は旧労働省には「全労働」(全労働省労働組合)に加入する一万九千人がおり、ここに「厚生共闘」(厚生省労働組合共闘会議)の四万一千人と「全厚生」四千人が加わった為に、全省庁の中で最多の共産党系直属組合員を抱えることになったのである。共産党労働組合に占拠された労働行政がどのようになるかは明白の理であり、それ故に厚生労働省は、奇型マルクス主義思想に基くジェンダーフリーやフェミニズムを主唱し、スチュワーデスや看護婦などといった呼称を禁じ、「企業の求人には男女を区別してはいけない」という不合理の極みを命じ、全国の労働基準監督署なんかは企業敵視のマルキストの集会場所のようになっている。政府は「ジェンダーフリーという名称は使用するべきでない」と述べたが、名前だけ変えても中身が変わらなければ同じことである。

 現在、国家公務員の人件費は十兆八千億円で、国家予算一般会計の十三%強を占めている。一人あたりの平均年収は六百九十四万円で、退職金(勤続三十年の場合)に至っては一人あたり平均五千五百十四万円も取っており、さらに退職後の天下り先として不要な特殊法人を大量に設立してきたのだ。民間人の何倍もの退職金を取った上で特殊法人でも再び高給を取り、そしてさらに特殊法人を退職する際にも莫大な退職金を取っているという仕組みだ。つまり国民の血税をいかに吸い上げるかという吸血寄生虫のようなことをやっており、しかもこれだけの高収入を得ながら「マルクス主義の実験」を行い続けている。これが官僚支配の実態である。日本国民は自分たちが左翼官僚群の「実験動物」にされていることを自覚しているのであろうか。

 ちなみに「日本は平和に対する罪を犯した有罪国家だ」と主張していたマルキスト法学者の横田喜三郎の影響は法曹界全般にも波及しており、弁護士や裁判官にはマルキストが異常に多いという現状が続いている。平成十六年四月に告訴棄却する判決の理由欄で前代未聞の「靖國神社首相参拝違憲論」を並べ立てた亀川清長福岡地裁裁判長なんかは、百%間違いなく共産主義者であろう。共産党直属の法曹組織は「自由法曹団」「日本国際法律家協会(国法協)」「青年法律家協会(青法協)」「日本民主法律家協会(民法協)」「日本労働弁護団」など多数に及び、また被害者の弱味につけこんで共産党に引き込むために「全国公害弁護団連絡会議」などを結成し、水俣病被害者など全国の公害患者を集めてマルクス主義勉強会を開いてもいる。「青法協」は弁護士総数の約十五%、「自由法曹団」は約十%を占めており、この二団体だけに限っても弁護士の四人に一人は共産党直系といった状況なのだ。

 そして、とりわけ深刻な問題は、全ての弁護士が強制加入させられる日本弁護士連合会(日弁連)が完全に共産党に実効支配されかけている現状である。日弁連を脱退したり除名されたりしたら弁護士資格を喪失するという性格上、日弁連はあらゆる思想信条の弁護士が所属する機関として政治的に左右に傾くことは本来許されない。しかし昭和四十一年の党大会で決定した方針に基き、共産党は「自由法曹団」を中心にして日弁連の委員ポストを独占する戦術を進め、大半の弁護士は日常の活動が忙しくて委員なんかにはなりたがらないことから、やがてほとんどの委員ポストが共産党系弁護士で占められるに至り、今や日弁連は共産主義者に事実上支配される機関と化してしまったのである。革マル派系の「報復戦争に反対する会」の発起人に名を連ねていた日弁連の土屋公献元会長なんかは、「日本政府は戦争責任の謝罪と賠償と関係者の処罰を時効抜きの事後立法で行え」という法律家にあるまじき暴論を主張し、二〇〇一年九月八日に中共の反日史観プロパガンダ団体「南京大屠殺索償聯盟」がサンフランシスコで開催した国際的反日工作イベントに公式出席しているぐらいなのだ。その他、二〇〇三年九月十七日に上海で中共の肝入りで開催された「日本のアジア侵略・戦争責任問題国際シンポジウム」を始め、土屋元会長が出席している中共の反日プロパガンダイベントは枚挙するにキリがなく、また国内のその種のイベントに日弁連が協力しているケースも数多い。なお平成十五年八月二十五日に日弁連は、八十年も昔に起きた関東大震災朝鮮人迫害事件について朝鮮人に謝罪するようにとの勧告書を小泉首相に提出しているが、日本人拉致との「相殺」を狙う北朝鮮の対日工作に加担したる意図は明白であり、今頃唐突に八十年も昔の件を持ち出す理由など他に存在する筈もない。

 この反日マルキストの司法界支配は検察庁もその例外ではなく、例えば改憲や歴史教育是正に尽力してきた村上正邦・中尾栄一・小山孝雄といった正統保守派の政治家を起訴する一方で、加藤紘一や田中眞紀子といった中共シンパの売国左翼政治家は議員辞職するだけで逮捕せずに見逃している。村上正邦氏は、議員辞職後も毎朝欠かさずに靖國神社に参拝され、「国難の折に国政に携われず申し訳ない」と英霊に詫びておられるとのことだが、このような国士が政界から去ったことは日本にとって大きな痛手であり、この起訴か不起訴かをイデオロギーで決めるという検察の不公正さは、まさに横田喜三郎の「遺産」なのである。なお辻元清美の逮捕までには、事件発覚以来実に一年四ヶ月も時間を要しているが、これにも理由があるのだ。警視庁捜査二課は辻元立件に積極的だったのだが、辻元を逮捕したくない左翼びいきの検察官は警察を抑えて消極的な姿勢を取り続けた。しかし警察が一年四ヶ月もかけて完璧な証拠固めを行い、それを検察庁に突きつけた為に、検察官も渋々了承したというのが真相なのである。警視庁捜査二課の努力によってかろうじて辻元は逮捕できたのだ。

 辻元清美が設立したNGO「ピースボート」は、北朝鮮とベトナム(どちらも共産主義国)との往来を行うことを主目的としており、その運営会社である(株)ピース・イン・ツアーの社長は赤軍派の北川明、役員には北朝鮮から朝鮮総聯への指示文書で対朝協力者だと名前のあがっている小田実(ベ平連)、共産党シンパとして有名な灰谷健次郎などの名前が並んでおり、前述のように筑紫哲也も「支援者」として船上講師を務めている。公安はこの「ピースボート」を事実上の北朝鮮対日工作団体だとして監視してきたのだが、例えば平成十二年に「ピースボート」の一行は万景峰号にコメを山積みして訪朝し、朝鮮労働党幹部候補生の学生たちとディスカッションを行い、なんと拉致だの核だの強制収容所や人権弾圧だのには一言も触れずに「ともに日本の戦争責任を追求しよう」と気勢を上げている。赤軍派よど号グループが北朝鮮から日本へ密入国したのも「ピースボート」の船だといわれており、辻元の周辺には赤軍派と北朝鮮工作員が溢れかえっていたのだ。それ故に警視庁捜査二課は、この事実上の北朝鮮工作員でありながらも無知な大衆やマスコミに人気のある辻元の議員バッジをはずさせることに執念を燃やしたわけである。しかし残念ながらその判決は執行猶予付きとなり、全く同罪で逮捕された山本代議士が獄中に在り中島代議士が保釈中に自殺したことに比べると、裁判官が左翼であったとしか思えない判決が下されたのだ。そのためにこの犯罪者が再び参院選に出馬するという事態に至ってしまった。
 
 実は裁判官にも相当な割合でマルキストが存在しており、偏向した不公正な判決を下し続けている。一例を挙げておこう。平成十三年七月七日に故松井やよりを講師に招いた左翼集会が開催され、模擬戦犯裁判「女性国際戦犯法廷」のVTR上映とフリー討論会が行われた。この集会は入場料を払えば誰でも入場できるため、五名の愛国者有志(いわゆる右翼活動家ではない民間の一般人)が入場し、VTR内容のあまりのひどさにヤジをとばしたところ、なんとこの五名は逮捕され四~六ヵ月間も拘留されたのである。さらに同裁判の河邉義正裁判長は、単にヤジをとばしただけのこの五人に不当な有罪判決を下したのみならず、ブルーリボン(拉致被害者救出運動のシンボル)と日の丸バッジを付けていた傍聴人に対して「それをはずさないと入廷させない」と通告した。もし仮に傍聴人が赤旗バッジを付けていたのならば、この裁判長は「それをはずせ」とは言わなかったであろうことは容易に推察できる。司法界の左傾化が指摘されて久しいものの、およそ世界中のあらゆる裁判において、傍聴人に自国の国旗バッジをはずさせるという裁判長が存在する国は日本だけである。本件は西村眞悟代議士が国会で追及されたが、我々保守陣営はこのマルキスト裁判長の名前をしっかりと記憶しておかなければならない。

 ちなみに「従軍慰安婦」と自称する元売春婦の訴えのままに国に慰謝料支払いを命じた山口地裁下関支部や、中国人のでっちあげた「強制連行」の与太話を鵜呑みにして八千八百万円もの賠償を国に命じた新潟地裁など、この種の政治的偏向判決は年々増加しており、その傾向の共通点は「左翼びいき」「国と政府を敵視」「中共や中国人の主張は丸呑み」といった点にある。国の体質が変わるときは先ず司法の体質から変わることは前述した。スペイン共産党書記長S・ガリョは共産主義化へ向けたプロパガンダ装置として「マスコミ・学校・司法を味方につけられれば時間の問題で共産主義革命に至る」と述べているが、日本はこの三つともすでに共産主義勢力の手中に落ちかけているのだ。

 司法改革をいうのであれば、将来的に日本をアメリカのような賠償金目的乱訴大国に変えかねない裁判員制度導入なんかよりも、不適格な反国家思想を持つマルキスト裁判官を弾劾して解任追放するほうが先決である。ドイツでも裁判員制度を設けているが裁判員は有識者から選ぶと定めており、日本のように年令・学歴・思想信条に関係なしに抽選で選んだりすれば、頭カラッポのそこらのお兄ちゃんや感情論にだまされやすいオバサンなんかがマルキストの裁判官や共産党系の「人権派」弁護士に巧く乗せられて、中国人凶悪犯の主張どおりにバンバンと無罪判決を出しかねない。日本はまた馬鹿な制度をつくってしまったのだ。
 
 さて次には社民党と極左過激派との深い関係について少し述べておこう。辻元清美の「ピースボート」は前述のように日本赤軍の北川明が「自分の女につくらせた赤軍支援団体」であり、つまり辻元とは赤軍が政界に送りこんだエージェントである。また福島瑞穂党首は学生時代からずっと中核派を支援しており、平成十一年五月二十二日には中核派活動家約七十名が参集した集会に出席している。中核派とはご存知のとおり極左暴力団として認定されているテロ組織である。自民党の誰それが右翼と一緒に写真に写っただのといって騒ぐマスコミは、なぜ左の場合にはこうも沈黙するのだろうか。ともあれ極左過激派は、共産党とは近親憎悪的に敵対しているため、社会党に目をつけて幾多のエージェントを潜入させてきた。中核派、革マル派、日本赤軍、そして朝鮮総聯などのエージェントが社会党には多く浸透しており、社会党(現社民党)とは実に極左過激派のカモフラージュ政党に他ならないのだ。米国民主党には極左SDS分派に属する議員が混在するものの、それでもまともな議員も存在する。しかし社民党、そして民主党へ逃げこんだ旧社会党系には、まともな議員は一人もいない。背景を洗えば必ず極左か朝鮮総聯とのつながりが出てくるのだ。とかく極左は「ピースボート」のように偽装団体で表社会にくいこむ戦術に長けているのである。

 それでは次に共産党の実態について述べよう。その前にまず一考して頂きたいのは、元々反共を国是としてきた韓国が現在のように完全な赤色政権へと至ったのは何故かということだ。資本主義国として先進国入りしている韓国が今頃になって共産主義へと傾く外形的要素は何もない。その原因はただ一つ、労働組合と教育界へのマルキストの浸透を放置したことにある。そして若者が赤化すれば、その国は年々「左」へと傾いていくことになる。日本でもこの韓国と酷似した土壌が出来つつあることを忘れてはならない。教科書の自虐史観と共産主義礼賛の記述は、戦後最悪のレベルに達しており、民青やWPNなどの共産主義組織は反米ナショナリズムを餌にぶらさげて若者を引き込み続けている。

 平成十五年十一月の衆議院選挙で共産党は議席を減らしたとはいえども、前述のように労働組合を先兵とする共産党の「赤い細胞」は中央官庁から地方自治体、マスコミから教育界や法曹界に至るまであらゆる職権と職域に侵入しており、平成十一年四月の統一地方選挙では四千四百十三名を当選させて政党別地方議員数では何と第一党となっていることからも、共産党に対してまだまだ気を抜いてはいけないのだ。平成十年の参議院選挙では比例代表で共産党に投票した人間は八百十九万余人だが、これは未成年者など選挙権のない人やノンポリシーの棄権者の比率を鑑みると、日本人有権者の二割近くが共産党に投票したことになる。つまり大人が五~六人いれば、その内の一人は共産主義者なのである。社民党や民主党左派(社会党出身議員)を支持した人も合わせると、日本人の三~四人に一人は確信犯的な左翼だという見方もできよう。こんなに左翼比率の高い国は、自由主義国では韓国、ドイツ、日本ぐらいのものではないだろうか。ちなみに沖縄には地元ローカル政党ながら、「朝鮮労働党日本支部」とでも呼ぶべき極左マルクス・レーニン主義政党である沖縄社会大衆党というものが有り、一定の議席を保持している。沖縄社会大衆党は朝鮮総聯は勿論のこと北朝鮮の主体思想を信奉する国内親朝左翼諸団体と不可分な関係にあり、なんと「沖縄を琉球人民共和国として独立させよ」と主張している。つまり沖縄を北朝鮮のような国にしたいわけだ。
 
 沖縄社会大衆党や旧社会党が北朝鮮の工作機関から資金を受け取ってきたことは明らかになっているが、共産党もまたソ連から莫大な金を貰っていた外患誘致政党であり、スターリンの指示で武力革命を行おうとしたことは内乱罪に該当する。そのため共産党は破防法適用の容疑団体に指定されているが、共産党に投票している人々は自分たちがオウムと大差ない組織に投票していることを自覚しているのであろうか。「民商に入ると税務申告をやってくれるから」とか「融資してもらえるから」といった理由で民商に加入する馬鹿な零細企業や自営業者がいるが、私から見れば阿呆の生き標本みたいなものである。民商や共産党に入るということは破防法指定容疑団体の構成員になるということ、つまりオウムの信者になるのと同じことなのだ。それ故に破防法を目の敵にする左翼陣営がオウムの破防法適用に対して、一致団結して反対を唱えたる所以である。

 平成五年に共産党議長の不破哲三が『日本共産党に対する干渉と内通の記録』という著書を出版している。これは宮本顕治派が野坂参三派を攻撃するために、つまり共産党内部抗争の材料として出版されたものだが、この本には野坂や志賀義雄ら共産党の幹部の多くがソ連共産党のスパイ(工作員)となり、ソ連から活動資金を支給されクレムリンの指示に従って活動していたその事実が詳しく書かれている。これはまさに不破自ら語るに落ちたというべき珍著であり、日本共産党がソ連の対日工作部門であった事実を証明するものである。日本を仮想敵国とする外国から数百億円もの裏資金を貰って自国政府の転覆を企図する、この共産党の行為は死刑に該当する刑事犯罪ではないか。高校や大学でオルグされて民青に入り街頭で「自衛隊イラク派遣反対の署名をお願いしま~す」と叫んでいる馬鹿学生たちは、この不破による共産党売国史のカミングアウト著書を読んだことがあるのだろうか。

 日本共産党の実態とその歴史を調査研究すれば、同党がまさに日本国内の「ミニ北朝鮮」「ミニソ連」のようなことを行ってきたことは明らかである。例えば共産党は党の方針や上層部を批判する党員を、当人がまったく正常であるにも関わらず精神異常者として、代々木病院精神科など全国の共産党系病院に「強制収容」している。共産党は民医連(全日本民主医療機関連合会)という直属の病院を多く持っており、全国で病院経営している政党なんて共産党ぐらいのものであるが、要するにこの病院は共産党の「強制収容所」の役割を果たしているのである。公安調査庁や警視庁公安部はこのような実態をもっと積極的に国民に公表するべきではないか。

 共産主義国のまさに縮図のような事件の代表例は、やはり日本共産党革命左派所属の永田洋子らが起こした連合赤軍の群馬県榛名山アジト十二名リンチ殺人であろう。永田や森恒夫ら幹部の意見には全て無条件で「異議なし」と答えさせられ、少しでも幹部の気に入らない言動を取った者は「革命意志が足りない。共産主義戦士の自覚がない」とされて死ぬまで殴られた。もしも幹部に対して疑問を呈したら「公安のスパイだ」と決めつけられて殺害された。こうして十二名を殺害した残党がかの「あさま山荘」へと向かったわけだが、この榛名山アジトがそのまま国家規模になった国がソ連・中共・北朝鮮等々なのである。すなわち日本共産党員が目指す国のことだ。これは観念論ではなく、共産党の頂点に長らく君臨した宮本顕治議長はリンチ殺人で逮捕されたことのある人物であり、殺人犯を党首に戴く政党なんて共産党だけなのである。この宮本のリンチ殺人について共産党は「党と社会進歩をめざす闘争の正しい前進を防衛するためにおこなった正義の闘争」(昭和五十一年一月八日・日共中央委員会)としている。殺人を「正義の闘争」と断じる政党は日本においては共産党だけである。

 共産党は一九五一年に「日本で暴力革命を起こせ」というスターリンの「五一綱領」を受けて「軍事闘争・武装革命」を呼号し、交番に火炎ビンを投げ込んでまわり警官殺害などを行ってきた。日本において自国政府を暴力で転覆しようとしたテロ政党も共産党だけである。共産党革命左派の永田洋子らのテロ活動は、暴力を肯定するマルクスの思想を忠実に実行したものであり、現在の共産党が表向き掲げる「人権、反戦、民主」なんてマルクス主義とは真っ向から相反する単なるカモフラージュに過ぎないことを裏付けている。山岳アジトでリンチ殺人を繰り返し、入管事務所や交番に火炎ビンを投げ込み、大企業への無差別爆弾テロで罪もないサラリーマンを多数殺害する、それが共産主義という思想の真の顔であることを決して忘れてはならない。マルクス主義が暴力を肯定するイデオロギーであることは前述した通りだが、それ故にマルクス主義陣営同士でもその好戦性から内ゲバが絶えない。中核派と革マル派の内ゲバは有名だが、国単位でもソ連と中共、ソ連とチェコスロバキア、中共とベトナムなど、共産主義国の憎み合いはそのイデオロギーの持つ暴力性に由来する。
 
 日本共産党の成り立ちは、一九一九年にソ連が国際共産主義運動の司令塔コミンテルン(第三インターナショナル)を創設し、各国にその支部を設けたところから始まる。日本も含めて各国ではコミンテルン支部としての共産党が体制を転覆させるために反政府活動を行ったが、戦前の日本は共産主義という「悪魔の思想」の正体をよく理解していたことから、これを非合法として禁止した。実に正しい政治判断である。しかし日本は敗戦し、GHQニューディーラーが共産党員を釈放し、焼け跡に赤い旗が乱立した。一九四七年九月、ソ連は欧州各国の共産党代表者をポーランドに招集してコミンフォルム(コミンテルンの後継組織)を結成し、また同年五月にはアジアにおいても、中国共産党・朝鮮労働党・日本共産党が連携して武力でアジア全土を赤化するための「東方解放大同盟」(同年十一月に「アジア社会主義同盟」に改称)を結成した。この同盟のトップには中共の朱徳(後の中共全人代常任委員長)が就き、ナンバーツーには野坂参三が就任している。

 そして翌一九四八年、ソ連は「コミンフォルム指令第百七十二号」により、欧州とアジアの各国共産党に対し「十二~十三万丁の銃で武装し、発電所・送電線・送電施設を破壊し、反動的人物を暗殺せよ」と指示した。この指令は同年の米軍第九七一諜報部隊(CIC)の報告書によって明らかにされているが、各国共産党はコミンフォルムの指令通りに銃を集め武装革命の準備に着手し、そして多くが未遂の段階で検挙された。さて時は移って一九七六年(昭和五十一年)、同年四月一日付の「世界日報」紙と同年六月十六日付の産経新聞は、「共産党がのべ千八百丁もの銃を所持していたことを警察庁防犯部筋が明かした」と報じている。もはや説明の必要もないだろう。十二~十三万丁ではなく千八百丁しか集まらなかったが、共産党は大規模な反政府テロと要人暗殺を計画していたのだ。そして計画はしたもののGHQの占領下で結局行動には移せなかっただけなのだ。こんなアルカーイダと大差ないテロ政党が平和主義を連呼するに至っては、冗談は志位和夫の顔だけにしてもらいたい。
 
 私の手元には共産党のこの真の顔を裏付ける多くの情報や資料が他にも多くある。全てを列挙するのは不可能なので、最も衝撃的な例をもう一つだけ紹介したい。米国防総省戦術技術部元副部長のジョゼフ・ダグラス博士は旧ソ連KGBの対米謀略工作文書の解析を専門としているが、このダグラス博士が発見したKGB公式報告書の中に「ベトナム戦争時に、沖縄の米軍基地周辺で中国が提供する麻薬が蔓延したが、実際に米兵を標的に麻薬を売る役割を日本共産党が担当し、その仲介役は在日本チェコスロバキア駐在武官が担当した」というものが存在している。さらに同文書では「中国共産党と日本共産党は表向きは対立しているが、一九六四年に麻薬による在日米軍士気低下を目的とする工作活動の合意文書を交わしており、麻薬の売上の二十五%が日本共産党のマージンとなる旨が取り決められた」ともある。米国に亡命したチェコスロバキア諜報機関のJ・セスナ大佐も同文書の内容を裏付ける証言を公聴会で述べており、ダグラス博士は「中共政権が崩壊すれば、この日中両共産党の合意文書が公になるであろう」と述べている。文化大革命の最中、ベトナム戦争において日本共産党は反米国際統一戦線を主張したが、中共は反米反ソ戦線を主張して決裂、それ以後中共は日共を「宮本修正主義集団」と呼んで両党関係は断絶した、表向きは。しかしソ連と中共、ソ連とチェコスロバキア、中共と日本共産党、それぞれ対立はしていても実は麻薬戦略については共闘していたという証拠文書をダグラス博士は発見したということである。中共が国内に数百ヵ所の麻薬精製工場を持ち人民解放軍が管理していることは公知の事実だが、過去に存在した共産主義国も例外なく国営麻薬精製工場を所有しており、「資本主義国を麻薬禍で弱体化させるために、ソ連は米国及び欧州を担当し、中国はアジアとアフリカを担当する」という中ソ秘密協定が存在していたことはCIAも報告書にまとめている。ソ連崩壊後も中共は、一九九九年の軍事戦術マニュアル「超限戦」の中で、サイバーテロや金融テロ、心理戦や情報戦、環境破壊テロ、メディアを通じた洗脳、これらの戦術とともに重要戦術の一つとして麻薬による敵国の弱体化を挙げているのだ。さて果たして共産党が麻薬密売工作を本当に実行していたのか否か、その真偽は現時点ではまだ断定するには至らない。しかし少なくとも、その旨を記したKGB文書が米国防総省戦術技術部に保管されているのは事実だということである。

 さて次は教育界について述べよう。日本人を汚染したマルクス主義、反日自虐史観と妄想平和主義を国民に植え付けた最大の罪は、日教組と全教にあることは論を待たないであろう。日教組は旧社会党系で全教は共産党系だが、その思想にさほど大差はなく、どちらも反日・反米の「赤い兵士」を育てることを主目的にしているのだ。日教組の最盛期の加入率は九十%近くもあり、つまり教師イコール日教組という時代が長く続いてきた。今でも教師の半数近くは日教組か全教に加入している。この日教組や全教は、愛国心・忠誠心・国防義務・道徳精神など国家の存亡に関わる国民教育を「軍国主義的」だとして抹殺し、代わりに「平和・人権教育」なる名目の反日マルクス主義を子供たちにインプリンティングしてきた。

 例えば生徒による校長土下座要求事件で有名になった東京の国立市(市長の上原公子が共産党)の市立第二小学校では、全教の教師が子供たちに「日の丸の赤は人民の血の色、日の丸の白は戦争被害者の骨の色、千万の血を吸った犯罪の旗」と唱和させており、国旗国歌法も何もあったものではない。「日本を憎ませること」そして「そんな悪い国日本を共産革命で良い国に変えること」がマルクス主義教組の教育目的であり、それは何よりも日教組が採択した金日成の「教師は勉学を教えるよりも、いかに赤い兵士を育てるかが第一義の任務だ」というアピールが証明している。平成十六年三月に東京都立板橋高校の卒業式では、卒業生の九割が着席したまま国家斉唱を拒否し、さすがに九割の生徒が共産主義者になったケースは珍しいために産経新聞他でも報じられた。しかし九割までいかなくとも大半の公立中高校での国家斉唱拒否は、安売り家電店のCMではないが「三割、四割あたりまえ」なのである。日教組や全教の組織率が下がったとはいえども、教科書の自虐化のエスカレートや政府の謝罪外交も相まって、自虐史観洗脳=共産主義者育成はさらに過激になっており、中高生がマルキストになっていく比率は年々高まっているのだ。

 平成十六年三月三十日に検定合格した小学校用の各社教科書では相も変わらず、大東亜戦争は言うまでもなく秀吉の出兵から日清・日露戦まで日本の戦争は全て「侵略」と記述し、一方元寇からソ連の満州侵攻に至るまで外国の日本への攻撃は全て「進出」「攻めてきました」「日本と戦争になりました」などと記述している。中学・高校の歴史教科書も同様なのだが、この記述の仕方は中共の国定歴史教科書と寸分違わないものであり、全編がマルクス主義の階級闘争史観で執筆されている。日教組・全教の教師がこんな教科書で教えているわけであるから、「劣化ウラン弾の被害調査にイラクヘ行く」という類いの子供がどんどん増えるのも当然のことなのである。教育現場の異常なまでの反日自虐性については、これまでに藤岡信勝東大教授らが再三指摘してこられたので本書での詳述は避けるが、ある一例だけ紹介しておきたい。平成十年に日教組系列の三重県教組が人権学習という名目で計六時間の授業を行っているが、その際の教師の「指導上の留意点」として次のような内容が記されていた。「細かい歴史事実の相関関係よりも、日本が自国利益のために、アジアとりわけ朝鮮の人々に甚大なる犠牲を強いたその身勝手さ酷さが伝わればよい」「日本の行為の無謀さに不条理への驚き怒りを引き出し、次時につなげたい」。この「次時」なるものが共産主義革命を暗に指すものであることは言うまでもない。こうして「細かい歴史事実の相関関係」を無視して、左翼組合教師たちは今日もひたすら祖国日本への増悪と中共への贖罪心を子供たちに洗脳している。

 ところで実は教育については自虐史観の他にも大きな過ちが存在している。それは「ゆとり教育」なるシロモノである。日教組ら左翼勢力に迎合した文部科学省の「ゆとり教育」なるもののせいで、日本の子供たちの学力は先進国でも最下位になっている。しかしその一方で、中共はかつての日本式「詰め込み教育」によって子供の学力は大きく伸びており、櫻井よしこ氏のレポートによると「中国の小学校一年生と日本の小学校三年生の学力レベルがほぼ同じ」というところまできているのだ。「ゆとり教育」とは、日本を近未来確実に後進国へと転落させる時限装置なのである。平成七年に村山政権下において、文部省と日教組の「和解」なるものが行われたが、これは日教組がそのイデオロギーを捨てたのではなく、文部省が日教組のイデオロギーを受け入れたのである。それ以降は文部省と日教組が一致協力して、教科書の自虐記述をエスカレートさせ、狂ったジェンダーフリー主義だの異常な性教育だのが教育現場に野放しにされることになった。今や日本の教育は完全に崩壊しているのだ。教育再生のためには、この「ゆとり教育」なるものを即時廃止し、GHQニューディーラーが作成した教育基本法を全面的に改訂し、またマルクス主義政治運動である日教組・全教に属する公立教師全員を地方公務員法第三十一条違反、すなわち不偏不党を約する公務員誓約違反で解雇すると発表するべきである。そうすれば確信犯的マルキスト以外の教師は慌てて日教組・全教から脱退し、両組合は崩壊する。教師が個人としてどのような思想を持とうが勝手だが、それを教育現場に持ちこんだ時点で解雇は当然である。それぐらいダイナミックな政治決断が為されないかぎり、教育再生は不可能であろう。

 さて、このような教育を受けてマルキストになってしまった子供たちは、成人してどの場に身を置いてもその思想を変えることができなくなる。マルクス主義の毒とは麻薬よりも中毒性が強いのだ。例えば宗教界に目を向けてみると、日本国内のキリスト教団体はごく一部を除いて大半が反日自虐史観を掲げており、共産革命を目指す宗教団体も多く「日本のカトリック団体のいくつかは左翼の巣窟になっている」(渡部昇一)のである。「日本キリスト者平和の会」や「日本宗教者平和協議会」等は共産党直系であり、その中でも特に悪質なのが靖國反対を主導する「日本キリスト教協議会」である。宗教を否定する共産主義にかぶれる宗教団体というものは、もはや私には全く理解できない存在である。「マルクス主義はキリストの敵であり、日本の戦争は聖戦である」と宣したカトリックのローマ法王の言葉を、この共産主義キリスト教徒たちはどのように受けとめているのであろうか。なお仏教界においても左翼系が増殖しているが、とりわけ共産党の影響力が強いのが浄土真宗である。真宗大谷派(東本願寺)が平成十四年に発行したパンフレットでは、『新しい歴史教科書』や靖國神社を批判して「私たちは十五年におよぶ中国への侵略戦争とアジア太平洋戦争からなにを学んだのでしょうか」などと歴教協流のマルクス史観(十五年戦争史観)が延々並べ立てられている。実は東本願寺が共産党にジャックされているのは地元京都では知る人ぞ知る事実であり、共産党の牙城である京都では真宗大谷派のみならず共産党員の僧侶が多数存在しており、仏の教えよりもマルクス・レーニン主義を広めることのほうに熱心なのである。

 また本来のその目的主旨から逸脱して単なる反日反米マルクス・レーニン主義運動に「変化」してしまったのは同和運動も同様であり、社会党・中核派・解放派などが合流した部落解放同盟は、幾多の暴力的行動を引き起こして「極左暴力団」として認知されるに至っている。その解放同盟よりもさらに悪質なのが共産党系の全解連(全国部落解放運動連合会)であり、彼らの運動は同和問題そっちのけで「反天皇」「反資本主義」「反自衛隊」「反日米安保」「護憲」「中朝へ謝罪と連帯」といったスローガンに溢れているのだ。なお、あまりにも悪評が広がりすぎた為に全解連は名称を人権総連(全国地域人権運動総連合)に最近変更している。私は同和運動がその本来の主旨だけを訴える分には何の異議もないのだが、同和の仮面をかぶった共産主義政治運動である以上は、その政治性において強く批判するものである。従って私は、偏向したイデオロギーを排して純粋に同和問題に取り組んでいる「全国同友会」等の同和運動は全面的に支持する。

 その他、人権団体や平和団体を欺称するマルクス主義団体は、もはやあまりの多さに列挙しきれないが、要するにソ連崩壊により正面からマルクス主義を唱えにくくなったマルキストは、一斉大挙して「人権」「反戦平和」「日中友好」などを掲げる団体にその「看板」だけを掛け替えたのである。例えば櫻井よしこ氏の講演を中止に追いこんだ神奈川人権センターの事務局長が学生時代は革労協の極左活動家であり、同センターの活動実態が左翼活動家による人権弾圧であったことなどは典型的なパターンなのである。加えて地方自治体の外郭団体も相当な高い比率で共産主義者に実効支配されており、例えば関西在住の読者の方は、大阪府豊中市が運営する「とよなか男女共同参画センターステップ館」(年間一億八千万円の運営費用を同市が負担)に是非一度行ってみて頂きたい。同館内には中核派が主宰する「自衛隊イラク派遣に反対する一斉決起行動」PRチラシ、共産党の過激分派MDS(民主主義的社会主義運動)が別称「平和と民主主義をめざす全国交歓会」の名で進めている「無防備地域宣言」のPRパンフレット、その他「天皇制反対」「日米安保反対」「ブッシュ再選阻止」等々といった極左のアジビラが大量に置かれている。このような税金を使っての左翼運動支援は、全国の多数の自治体のセンターや展示館などで行われており、「地方分権」のお題目の下に国はこれを全て野放しにしているのだ。

 さらに中共で洗脳を受けてきた中帰連(中国帰還者連絡会)を筆頭に、平和遺族会全国連絡会、中国人戦争被害者の要求を考える会、中国人強制連行を考える会等々、中共の対日工作の先兵となる団体は続々と増加する一途にあり、日中友好協会のような「文化交流団体の仮面をかぶった媚中反日集団」も数えるにキリがない。日中友好協会は昭和四十~五十年代に、協会内で「正統派」「労学戦線派」なる毛沢東主義の派閥が実権を握っており「日本でも共産革命を起こす」と呼号していたが、その思想は今も脈々と受け継がれている。

 左翼が全共闘時代のように表立っての革命闘争を行わなくなったことで、赤色革命はもう起こらないと安心している人が多くいるが、左翼はこのように水面下で着々とその勢力を拡大しており、目指すところは韓国の盧武鉉政権樹立のような形での日本共産化なのである。前述のように韓国では、中共と北朝鮮の世論操作工作によって若者世代が赤化し、盧武鉉赤色政権樹立の原動力となった。日本でも左翼陣営が水面下で各方面にその勢力を浸透させて子供や若者の思想改造を推進している現状を放置すれば、いずれ自民党は韓国ハンナラ党と同じ運命を辿ることになる。「各種の市民団体を装う左傾集団が社会の表面に出てきて(韓国の)政治に直接参加している」(朝鮮日報)という韓国の状況は、日本でも大差はないのだ。偽装されていて表立って目に見えない動きは、火炎ビンを投げるといった目に見える動きよりも、実ははるかに危険なのである。中西輝政京大教授は「(左翼勢力は)市民団体、NGO、官公庁や自治体、左派のテレビ・新聞を中心に、外国人参政権運動、男女共同参画構想など、一見それとはわかりにくい主張を隠れ蓑にして、じわじわと勢力回復を図り、今では再び侮り難い影響力を誇示し始めた。(小略)ことによると保守との勢力関係は再び伯仲する兆しを見せているのかもしれない」と述べておられるが、まさに慧眼の指摘であり、日本は今や「第二の韓国」への道を歩みつつあることを忘れてはならないのだ。

 なお、マルクス主義勢力とは言えないものの対中従属(謝罪外交)と妄想平和主義の悪影響を及ぼす巨悪という意味において、ここで創価学会と公明党についても述べておく必要がある。これは同和運動でも同様なのだが、私は宗教団体の宗教活動や教義そのものを批判する気はまったくない。しかしその本分を超えて政治的な主張や影響力行使を行う場合、その政治姿勢が国益に相反していれば当然批判対象となる。公明党は「創価学会は単なる支持団体」と言っているが、それを信用する国民は創価学会員も含めて一人もいないであろう。例えば二〇〇一年九月十三日、米国同時多発テロの二日後、日本から日中友好議員連盟の国会議員が毎度のごとく「このテロに日本としてはどう対応するべきか」と中共の「ご意見拝聴」に訪中しているが、中共首脳との公式会談の席上、公明党議員は「池田大作会長が、よろしくと申しておりました」と発言している。「小泉首相がよろしくと申しておりました」ならば分かるものの、国家間の公式な会談の席で池田大作の名前が出ているのだから、「単なる支持団体」の筈がない。

 二〇〇一年五月三十日にフランス下院議会は全会派一致で「カルト運動防止・抑制強化法」を可決制定し、創価学会は「布教運動防止対策を要するカルト宗教」として一九九五年十二月に同議会に報告されているため、同法の適用対象となっている。また米国の三大ネットワークの一つであるABCは、一九九一年三月に『カルト・スクール』と題する創価学会特集番組を五夜連続で放送し、「池田帝国には政治・宗教・大学・出版が統合されており、池田大作は独裁者として神聖化されている」と報じている。事実その通り創価学会の大会では、満席の学会員が池田大作を讃える「我らの先生」という歌を「先生、先生、我らの先生ぇー」と涙を流しながら絶唱し、壇上の池田が「私に命くれる人!」と叫ぶと全員が「ハーイ!」と手を上げるという、カルト的な光景が繰り広げられている。つまり創価学会・公明党の方針を決める全権限は池田大作ただ一人にあるということである。実は創価学会は元々から、全共闘時代に池田大作が赤ヘルをかぶって「宗教社会主義」を唱えてインタビューに応じるなどマルクス主義的な傾向があり、そのため日米安保反対や台湾断交・北京政権承認を主張するなど左派的政治性を持っていた。しかしその傾向がさらに加速して徹底した自虐史観・謝罪外交・防衛力弱体化を唱えるに至ったのは、昭和五十年頃に起きた二つの要因に起因するのだ。

 従来より創価学会は「国立戒壇」や「王仏冥合」といったスローガンを掲げて「国民全員を学会員にして国立宗教にする」と息まいていた。しかし昭和四十五年、批判書に対する創価学会の出版妨害・言論弾圧事件をきっかけにして、学会は世論の厳しい非難を受けるに至り、そのため表向きだけでも「政教分離して公明党との関係を絶つ」と宣言して従来の過激なスローガンを引っ込めざるを得なくなったのである。そこで創価学会が学会員の求心力維持のために代わりに掲げたスローガンが「平和主義」であり、それにより公明党も社会党と大差ない謝罪外交を唱えるようになったのだ。そして平成三年十二月に創価学会が宗門から破門されるに至ると、宗教団体としてのアイデンティティを事実上失った学会は、池田大作が言うところの「一大平和勢力」と称して一層の自虐史観・対中服従・防衛力弱体化を主張するようになり、もはや単なる反戦左翼組織のようなイデオロギーに染まりきっていくこととなる。このように公明党が唱える平和主義とは、マルクス主義者がそれを巧妙に反米・反政府活動に政治利用しているのに比べて、実に底の浅いものにすぎないのだ。

 次に二つめの要因だが、これは創価学会・公明党の独裁者たる池田大作のパーソナル・キャラクターの変化に由来する。創価学会が巨大化していき膨大な金が集まるようになり、さらに政治権力まで背後から操れるようになると、次に欲しくなるものは名誉であろう。創価学会が国連に莫大な寄附をして池田大作の国連賞を買っていることは前述したが、国連以外で金で勲章や称号を買えるような国は、共産主義国か独裁国か極端な小国に限られてくる。日米英仏あたりの国では金では買えないのである。そのため池田大作はルーマニアのチャウシェスクやパナマのノリエガあたりの独裁者に金を積んで対談したりしていたが、昭和五十年代頃から急速に中共に接近していくようになった。創価学会が中国共産党に莫大な献金を行い、また公明党が謝罪外交・対中服従をもって中共に媚びることにより、池田大作は北京大学、上海大学、吉林大学、中国社会科学院、武漢大学、深圳大学その他から、合計二十数号の名誉博士号や名誉教授号を授与されている。つまり池田大作が中共からこれらの「名誉」を貰うために、公明党は中共の完全な言いなりの政治姿勢を取り続けて、中共に媚びる必要があるというわけなのだ。二〇〇二年に訪中した神崎公明党代表が「公明党は小泉首相の靖國参拝に反対している」と述べ、さらに中共国営中央テレビに出演して「日本が侵略戦争を率直に反省し謝罪することが一番大事だ」と対中土下座発言を行ったのは、池田大作の名誉称号だのといったものが真の目的であったということだ。

 そして池田大作が対中服従と反日的思考(自虐史観)を増幅させ続けている最大の理由は、日本が池田に勲章だの公的な称号だのを与えないことへの憎悪にある。平成二年四月二十九日に池田は創価大学での講演で「私は正しいことを一生懸命にやっているのに、日本中でこんなに迫害を受けている人は誰もいない。でも世界が証明してくれた。私は日本の勲章なんか貰わなくてもよいのだ。今度は北京で、これまで日本人が誰も貰っていない教育貢献賞を貰う。(小略)日本人は嫉妬深く、人間の思いがわからない。二百年遅れている後進国だよ。大聖人(日蓮)は『日本は最も根性の悪い人間が集まっている国』だと話されている」と述べ、さらに平成三年六月一日の学会本部幹部会では「(日本人は)馬鹿ばっかりだからね、ね、餓鬼畜生です。と修羅と大聖人が言っておられるんだけど」とも発言している。

 巨満の富と絶大な政治権力を持つ人間が「日本で一番迫害を受けている」とはギャグでなければ被害妄想なのだが、ここで池田が勝手に日蓮の言葉だとして日本人を罵倒しているのは、要するに「北京は勲章をくれるのに日本はくれない。だから日本人は馬鹿ばっかり」という屈折した日本への憎悪なのである。しかも祖国を「最も根性の悪い人間が集まっている二百年遅れた後進国」と罵り、同胞を「餓鬼畜生」呼ばわりするという、そういう人物が独裁者として君臨している以上、創価学会・公明党が教育基本法改正案から愛国心という言葉を削除せよと要求するのも当然のことである。選挙ですっかり創価学会票への依存を深めている自民党は、池田大作の勲章のために公明党が自国の国益・主権・歴史・名誉を中共に売り渡していることに気付いているのであろうか。もっとも自民党にも「中共の飼い犬」が溢れているのだから同じ穴のムジナということか。ともあれ公明党が大きな政治権力を握っているにも関わらず、創価学会批判をタブーにするマスコミの風潮は実に嘆かわしい臆病さである。

 このように公明党と共産主義勢力の主張は多くが一致していてもその動機は大きくかけ離れているわけだが、共産主義の恐ろしいところは平気で多くの人命を奪う冷酷さにある。阪神大震災では被災者にとっては不運なことに、当時の首相も兵庫県知事も筋金入りの反米・反自衛隊を掲げるマルキストであった。村山は言うまでもないが、反自衛隊の左翼である貝原知事は、地震発生から何と四時間も自衛隊出動要請を拒否しつづけ、結局は四時間後に一係長がクビを覚悟して独断で陸上自衛隊に出動を要請したのである。(なお勿論のことながら、米軍への救助出動の要請は村山も貝原も拒み続け、さらに神戸港に空母を派遣して物資を輸送するという在日米軍の申し出さえも兵庫県と神戸市はこれを断わっている。)これによって死者は倍近くに膨み、六千四百三十五人の生命が失われることになった。もし仮にこの係長がクビを覚悟で自衛隊への出動要請を出さなければ、もっと多くの生命が失われていたことであろう。これは知事の職責にある者がマルクス主義者としての反自衛隊イデオロギーのために、何千人もの県民を見殺しにした、いや虐殺したといっても過言ではない。災害とイデオロギーが関係ないと考えるのは当然のことなのだが、共産主義者である貝原はそうは思わなかったのだ。本当であれば助かった筈の人々の生命、平穏に暮らしていた善良な日本人の生命を「思想」のために殺したのである。これは前述のように日本の「反戦・反核」運動が、日本に中共の核ミサイルが落ちることを待望していることと同一の思想に基く行動である。ノーベル文学賞作家ソルジェニーツィンは「共産主義者は平気で人を殺すことができる。彼らには神がいないからだ」と喝破したが、さしずめ貝原はその見本となる一人であろう。

 妄想平和主義に縛られた現行法制下では、災害であっても自衛隊は自治体の出動要請なしには出動できないがそれさえも知らないのか又は反自衛隊プロパガンダ目的なのか、朝日など日本のマスコミの多くは「自衛隊の出動が遅かったから被害が拡大して死者が増えた」と自衛隊批判を展開していた。しかし責任を問われるべきは、自衛隊ではなく貝原と村山である。兵庫県民は、あまりにも寛容なのか、もしくはさすが土井たか子の地盤だけあってマルキストの「虐殺」を許すほど赤色思想が多数派なのか、なぜ貝原を許してしまうのか私には不思議でならない。しかも貝原が打ち出した被災者援護法とは、年収五百万円以下の人間しか適用されないもので、被災者の一割しか利用できなかった。マルキストである貝原はなんと、被災者援助にまで共産主義思想を持ちこみ、中高所得者には援助しないという挙に及んだのである。マルキストというのは、ここまで非道なことを思想のために平然と行う人種なのである。
 
 ちなみに平成四~五年にかけてのカンボジア、同五~七年にかけてのモザンビーク、平成六年のルワンダ、これらの国連PKO部隊の自衛隊派遣に際しても、国内左翼勢力の批判に迎合した妄想平和主義政治家たちは自衛隊員の生命の安全を無視して「小銃一挺しか携行してはならない」という、狂いに狂ったシビリアン・コントロールを発揮している。要するに自衛隊員が襲撃されたら死ねということである。自衛隊員がようやく機関銃を持って行くことが認められたのは、平成十一年のゴラン高原PKO以降からだ。三矢事件、栗栖議長解任事件、竹田議長処分事件などが示すように、妄想世界の狂った法規や概念を「文民」たる赤い政治家が自衛隊に押しつけている現状が、自衛隊員の生命、そして日本国民の生命を無為に危険にさらしている。ド・ゴールは自著で「文民は、軍人に対する干渉を断念するか、指揮権そのものを取り上げるか、いずれかにするべきである」と述べているが、日本におけるシビリアン・コントロールの最大の致命点は、「文民」たる政治家の多くが軍事の知識もなく、中朝など日本の仮想敵国に媚びるために自衛隊に干渉する考え方の持ち主であることなのだ。

 日本でシビリアン・コントロールを成り立たせるためには、先に徹底的な親中左派のレッドパージが不可欠であり、それを断行できないまま現状を継続するということは、阪神大震災における死者倍増のような無惨な光景がこの日本で今後もなお続くということである。大地震の原因となるのはプレートの移動だが、日本は世界で唯一、四つものプレートが重なる国だ。近年これらのプレートの移動が活発になっており、一九九四年以降に世界で起きた地震の二割が日本で起こっている。東海大地震や関東大地震は近年中に必ず起こるが、その時にその地方自治体の首長がいかなるイデオロギーの持ち主かということで住民の生命は左右される。阪神大震災では、地震発生直後に自衛隊と米軍が即座に救出活動に入っていれば、死者の六割近くは助かったであろうと推定されているのだ。

 このような現実を目の当たりにしているのに、日本国民は一体いつになったら、マルクス主義者こそが日本民族の真の敵であることに気が付くのだろうか。すなわち共産党や社民党に投票するということは、たとえ大地震でガレキの下に埋もれても自衛隊に救出してもらう資格はないということなのだ。共産党や社民党に投票するということは、北朝鮮のテポドンや中共の「東風」の核で焼き焦がされても、それこそ自ら望んだ結果であって一切文句は言えないということなのだ。田中康夫のような自称無党派の左翼なども有事法制反対を主張していたが、これらの政治家を支持するということは、例えば北朝鮮軍が日本に上陸して民間人が殺されていたとしても、その目の前で自衛隊は赤信号で停車しなければならないという「現状」を支持するということである。田中を知事に選んだ長野県民はそれでもよいのか。それだけの覚悟を持って田中康夫に票を投じたのか。私にはそうは思えない。危険なイデオロギーというものが持つ恐ろしさを何も理解しない無知な人々が実に多いだけのことであろう。田中康夫は「長野を平和県にする」とも主張していたが、北朝鮮軍が長野だけ回避してくれるとでも思っているのであろうか。現在の日本において、ことさら「平和」だの「反戦」だのといったポーズを取る者は、日本の防衛力解体を狙う共産主義者か、救い難い無知な馬鹿者かのどちらかでしかないのだ。

 かつてインドのインディラ・ガンジー首相は「国家の解体を謀る勢力は、民主主義を守るという口実を使って、民主主義を破壊しようとする」と語った。共産党の宣伝ポスターには「自由と民主主義を守る日本共産党」と印刷されていたが、それならば党名を自由民主党に変更するべきではないか。プロレタリア独裁の共産主義は、自由民主主義とは相反するものであるが、まさにガンジー首相の言のごとく、ことさら大きな声で「民主主義」を唱える勢力ほど実は民主主義の破壊を狙っているということなのだ。時折「消費税廃止と言っているから共産党に投票する」なんていう救い難い愚かな人もいるが、自分がマルクス主義という特殊で危険なイデオロギーを支持するということの意味が分かっていないのである。消費税廃止なんてオウムがつくった「真理党」でも主張していたことで、単に愚民の票をかき集める戦術にすぎず、共産主義と消費税は次元の違うものだ。オウムが革命による日本支配を計画していたように、共産党もまた一度は「武力革命による政権転覆」を呼号したテロ政党であり、その違いはサリンを使ったか火炎ビンを使ったかだけにすぎない。

 さて、私のように単刀直入に現実を指摘していることが、「妄想」を掲げて国民をあざむいている邪悪な左翼勢力にとっては目障りなのか、これまで私には多くの脅迫や弾圧が加えられてきた。脅しや嫌がらせの電話や封書は日常的なのだが、その中でも特に悪質な公権力濫用による一例を挙げると、数年前から私の経営する会社は、京都信用保証協会の思想差別による弾圧を受けている。中小企業が銀行融資を受けるのに信用保証協会の保証は不可欠だが、京都信用保証協会は蜷川共産知事時代から共産党の事実上の支配下にあり、今でも民商や建労や共産党議員の口ききがある先に保証をバラまき、保守系支持だとわかった会社には保証を却下するか減額するかしている。京都の民商加入率が異常に高いのもこの思想差別による偏向審査が大きな要因となっており、同協会の保証部は今もマルキストの巣なのだ。理事長など役員が交替しても審査の現場である保証部の面々が変わらないために、今もこの職権を悪用した思想差別は延々と続いている。

 日本経済通信社の『日本共産党のいま』には、「京都は、いまも日本共産党の牙城の地である。人口比での党員数、赤旗読者、国政選挙の得票率、地方議員の比重など、どれをとっても全国のトップクラス」であり、「行政の要所(保証協会)をおさえ、その結果得た資金をもとに、自らの拡張活動に費やし」ていくために、「(保証協会の保証が必要となる)融資に、民商をとおして申請すれば借りやすくするなどして民商会員を拡大していったのである。いわば行政を利用して、自らの党勢拡大へとつなげていったわけで(小略)これら『京都方式』は、その後、共産党の地域活動のモデル」となった旨が記されている。これは事実その通りで各種選挙における共産党の得票数の全国第一位は京都府である。第二位~第三位は大阪府と高知県が入れ替わりをしているが、京都の第一位だけは不動なのだ。参院選における京都選挙区の共産党の平均得票率は三十三・九%、つまり京都では三人に一人が共産主義者なのである。蜷川虎三共産党知事が君臨した七期二十八年という長い年月は、京都という街を上から下までまんべんなく赤い色に染め上げてしまったのだ。そしてその力の源泉が保証協会なのである。

 共産党から特に目の敵にされている私が経営する会社などは、平成十一年のいわゆる特別保証制度利用の申込に際して担当の保証部役員から「思想が健全じゃない」などと言われたあげくに、「保証が欲しければ言う通りに書類を書き直せ」と提出書類の書き直しを要求され、しかもその書き直させられた内容を口実にして却下されるに至っている。私がそれに抗議して「わざと却下する口実をつくるために、提出書類を書き直させた以外ありえないペテンだ。却下された以上は、この不本意に書き直させられた書類は引き上げる」と述べたところ、その役員は「それを引っこめると、今後永久に保証を付けないがそれでもいいのか」と脅して書類を強引に取り上げた。また平成十三年に再び申込みした時には、担当者の保証部推進役が私の人格までもを口汚く罵倒し、さしたる理由の説明も一切ないままに「総合的判断だ」とまたしても強引に強弁されて却下されている。そして、普通であれば「この額の保証は無理だが、これぐらいまでなら可能」という呈示が有るのが通例なのだが、私が「幾らなら保証可なのか」と尋ねても「それには答えられない。却下は却下、ゼロだ」と言い張るのみであった。

 私の会社は売上もここ十年来安定しており、債務も公的機関からの僅かな額だけで、顧問税理士は「この財務内容で丸々却下されるなら、日本中のどの会社も一円の保証も付かないことになる」と首をかしげ、某銀行の営業担当者は「以前は革新政府時代の大阪もそうだったが今は改善された。滋賀も随分マシになった。しかし京都だけは蜷川時代のままで、京都で共産党から睨まれた企業には絶対保証は付かないというのは、我々の常識です」と本音を吐露した。市の公的機関は私の会社に対して「何ら問題ない優良な財務内容」といって融資をしてくれるが、思想弾圧を目的とする保証協会だけが唯一断固として理由なき却下を続けている。つまり私の会社が銀行から融資を受けられないようにすることで経済的に追い詰める戦術なのだ。このように平成十一年と平成十三年の二回とも、あまりに異常で不可解な対応と審査結果であった為に、私は各方面の情報ルートを駆使して同協会の事情を調べたところ、実にあきれ果てた事実が判明するに至ったのである。

 同協会の内情について私が公安筋から得た詳しい情報によると、保証部の主要な面々が共産党の秘密党員であることや「日本歴史修正協議会を解散させるには、会長の経営する会社をつぶせばいい」という会話が同協会内部で有ったことが判明した。さらに同協会保証部は、嫌がらせのために私の会社について京都府幹部に対し「あの会社に保証を付けると右翼の資金源になる」とも話しており、共産党員の中傷を真に受ける府の幹部も如何なものかと思うのだが、そのせいで私は反社会的な右翼であるかのように決めつけられて「京都正論懇話会」にも一度も招かれたことがない。そもそも「資金源」も糞も、これまでに行ってきた講演会やシンポジウム、講演ビデオやブックレットの制作、書籍の発行など、これらの活動で利益など出たことは一度もなく主要役員が持ち出しで赤字を埋めてきた。いわば国民意識啓蒙のための純粋なボランティアであり、それが私の会社に保証をつけないことの理由にどう関連するのだろうか。

 日本歴史修正協議会は自虐史観とその社会的悪影響を憂う民間人のネットワークであり、会員もサラリーマン・経営者・教師・主婦・学生・自衛隊員・地方議員などで反社会的な人間は一人も存在せず、大学元総長・元参議院議員や著名な文化人に顧問を務めて頂いている真面目な言論団体である。それどころか京都府知事や京都市長が田中正明氏と一緒に発起人に名を連ねた「パール博士顕彰碑」建立の記念セミナーを主催したりしているぐらいなのだ。これまでの主な活動としても産経新聞社等の後援を得て講演会などの文化的思想活動を行ってきただけであり、いわば「新しい歴史教科書をつくる会」や「自由主義史観研究会」と同じ主旨を持つ正統保守団体だ。しかし保証協会の口にかかれば、まるでテロでも行う反社会的団体であるかのように一方的に差別されてしまうのが、府・市ともに共産党が議席の半数近くを占める「共産王国」京都の実状なのである。

 平成十一年の申込時に同保証部役員は「外国の悪口も言っているみたいだな」と私に言い放ったが、折しも北朝鮮問題のシンポジウムを開催した直後のことであり、そんなことも保証協会がこの弾圧を行う一因となったのだ。小泉訪朝前の当時はまだ一般人の対北認識など存在しないに等しかったが、私は日本に狙いを向けた核ミサイル製造が進行しているのを黙って見ていられなかった。同胞がさらわれているのに見捨ててもおけなかった。政治が動かないから民間で世論を喚起しようとしたのだ。しかし当時、北朝鮮批判を行うことは「(主催団体の)会長の経営する会社をつぶせばいい」という弾圧を招くに至った。

 このように京都では、共産主義を批判し「強い日本」のための言論活動を行うことは「反社会的」だと差別され、逆に民商に加入して「赤旗」を購読すれば「良心的」と評価されて保証がバラまかれ、銀行から幾らでも無担保融資が受けられる。そしてその融資された金の一部が民商を通じて共産党へ流れているのは、前出『日本共産党のいま』でも述べられている通りである。京都府下における共産党の収入は政党別第一位であり、自民党の二倍以上の収入となっているが、その収入を確保する先兵が同協会保証部なのだ。つまり「右翼の資金源」も糞も、京都信用保証協会自体が「共産党の資金源」ということであり、同協会保証部を占拠する「党細胞」たちは、党勢拡大のための手段としてその職に就いているということなのだ。この京都信用保証協会保証部の行為は明らかに特別背任に該当するのだが、「保証可否決定は協会の裁量権限」と主張されると偏向審査の反証が難しく、また後援会企業を狙い撃ちにされることを怖れて保守系議員も「触らぬ神に祟りなし」を決めこんできた。京都市は理事長などトップを定期的に交替させているが、保証部の現場の人間が変わらないことから、この現状は何も変わらず、その結果、共産党系の地銀連(全国地方銀行従業員組合連合会)に加入する銀行員が「民商に入れば希望どおりの保証が付きますよ」と経営者に耳打ちする構造は、今現在も延々と続いている。

 そのため京都府の失業率は全国平均を大きく上回っており、景気回復どころか京都の平成十六年三月の倒産件数は過去最多を記録している。これは同協会が民商系企業などには仮にその経営状況が最悪でも保証をバラまくことで銀行の金を流しこむ一方、共産党と無関係の企業には減額、そして私のように経営者が保守系運動に直接関与する企業には却下するという思想弾圧を行ってきた結果、公正に保証さえ付いていれば生き残れた筈の企業が続々と倒産していったからである。平成十六年に京都府は様々な中小企業支援対策融資制度を新しく設けているが、どの制度も全て例外なく「保証協会の保証が必要」と規定しており、これでは中小企業支援ではなく事実上の共産党支援対策制度と化すことになる。この愚かな支援制度により、いずれ京都に再び共産市長が誕生するのは必至であろう。もし読者で志のある方がおられたら、是非この共産党の資金源=京都信用保証協会の実状を経済産業省や京都市長宛に抗議して欲しい。その声が蓄積されれば、いつか全国第一位の「共産党の牙城」の力の源泉を絶つことができる日が来る。

 このように反日的マルクス主義勢力の弾圧は、保守思想運動をつぶす為には無関係の社員が働く会社まで潰そうとするごとく、常に陰湿で卑怯な攻撃となって現れることを私自身よく実感している。とりわけ三人に一人が共産党支持者という京都にあっては、誰もが共産党の力を怖れて迎合している。例えば共産主義批判で著名な保守文化人を招いての講演会を開催するために、京都ホテルのホールを予約したところ、後日「検討した結果、他のお客様の迷惑になる」という不可解な理由で、一方的に「予約はなかったことにさせてもらう」と通告されたりしたこともある。国民生活金融公庫京都支店も保証協会と大差ない思想差別を行っている。日本歴史修正協議会は「新しい歴史教科書をつくる会」よりも以前に発足したために、まだ自虐史観や謝罪外交に反対する世論は成熟しておらず、とりわけ共産党からは地元機関紙「京都民報」に一面を使った大々的な批判記事を載せられるなど目の敵にされてきた。「放火してやる」とか「殺してやる」という電話や手紙は今も絶えることがない。

 近年になって私の地元京都でも「新しい歴史教科書をつくる会」京都支部の方々などの同志が増え、私も同支部顧問に迎えて頂いたりして勇気づけられているが、それまでの十数年間位はこの「赤い王国」の中で脅迫と弾圧を受けながら孤独な戦いを続けてきたのである。しかし、いかなる弾圧を受けようとも、あらゆる手段を駆使して、この日本の「内なる敵」と戦っていかなければ日本の命運は尽き、愛しき祖国は遠からず中共の完全な属国となってしまうことになる。私は座してその日が来るのを待ちたくはない。左翼団体のイベントのように助成金が貰えるわけでもなく、活動資金は全て持ち出しで、メリットは何もない。逆に保証協会の経済的弾圧を筆頭にデメリットは山程存在している。思想を捨てて商人としての利益追求に徹するのならば、共産党・保証協会に降伏して日本歴史修正協議会を解散し民商に加入すればよいだけのことである。しかし私はそれをすることはできない。私がそれをしてしまえば祖国を裏切り、師や同志を裏切り、自らの誇りと信念を裏切ることになる。「かくすれば かくなるものと知りながら やむにやまれぬ大和魂」(吉田松陰)の心境で私は戦っている。

 共同通信が配信する地方紙は約三千万部、朝日は約八百万部、毎日は約四百万部、すなわち親中左翼の偏向プロパガンダを毎日受けている国民が約四千二百万人は存在しており、これは日本人口の三分の一を占める。そして仮に三分の一が乳幼児・子供やノンポリシーだとすれば、保守陣営に属する人口も三分の一ということである。つまり中西教授も指摘されたように、左翼(無自覚左翼も含む)と保守は五分五分の勢力で拮抗しているともいえよう。それは自衛隊イラク派遣の賛否が丁度半数ぐらいを推移していることでも裏付けられるのではないだろうか。日本の真の敵は、これら日本自身の「内なる敵」、すなわち共産主義・対中従属・自虐史観・妄想的平和主義を掲げる勢力であり、我々保守陣営は、政治・教育・官僚・マスコミの各界に打倒すべき「内なる敵」を山ほど抱えているのだ。日本の未来を暗愚の「永遠なる卑屈」に誤導せんとするもの、その根因はすべて自虐史観にある。自虐史観がこの国を狂わせ、この国の未来を深刻な危機にさらしている。『新しい歴史教科書』を攻撃した自虐史観勢力は、親中反米・親北朝鮮の勢力とピッタリ重なっている。そして毎年中共への莫大なODAが決定されているというこの現実は、今なお「内なる敵」がこの国の中枢を支配していることを裏付けている。

 政界に目を向ければ、日本を衰亡へと導こうとするマルキスト・自虐史観信奉者・中共の飼い犬たちを見分ける明確な目安が存在している。平成十年に発足した「恒久平和のための真相究明法の成立を目指す国会議員連盟」に名を連ねる、衆議院九十八名、参議院三十五名の売国奴たちだ。国会図書館内に日本の戦争犯罪を追及する「恒久平和調査会」を設置して日本を中共に服従する「永遠なる卑屈」の下に永久に留め置こうとするもので、この議連は共産党系の「日本の戦争責任資料センター」がつくった二つの偽装市民団体の要請により結成されている。いわば中共と共産党が「日本弱体化」戦略のために政界に打ちこんだ楔である。この議連に名を連ねる自民党左派、民主党左派、公明党、社民党、共産党の売国議員たちをいかに落選させていくかが、我々保守陣営の国家に対する責務でもある。

 昨今急激に盛り上がりつつある反米ナショナリズムのうねりを巧妙に利用しようと企図する共産党は、「いつまで続けるアメリカの言いなり。安保をなくし本当の独立日本に」というポスターを選挙で大量に貼りだした。これは反米感情とナショナリズムを取り込んで勢力拡大につなげる作戦だが、現実には安保をなくす以上は、スイス並みの精強な国防体制と核武装が不可欠となる。しかし共産党はそれらにも反対し自衛隊解体を唱えている。要するに日本を丸裸にして中共に「献上」しようということだ。共産党の綱領には「アメリカ帝国主義と闘う」旨が記されており、またかつての全共闘運動にも反米ナショナリズムの要素が有った。「反米」「マルクス・レーニン主義」にナショナリズムが加わる時、それは最も危険な「正義と熱狂という言葉で埋めつくされた地獄への道」につながっていく。ナショナリズムは我々正統保守陣営のものであって、売国勢力に利用されてはならないのだ。敵を見誤らない正しい知識を身につけ、我々は自らの内なる魂の声に従って、正しく健全なナショナリズムをその武器として「内なる敵」との思想戦に勝ち抜かなければならない。

 田中均、加藤紘一、河野洋平、野中広務、日教組、朝鮮総聯など、これらの事務所や自宅を攻撃した所謂「建国義勇軍(征伐隊)事件」の標的となった人物・組織が見事なまでに日本の「内なる敵」であったことは疑いようもない。彼らはこの行動を起こすことでは、個人的に何の私益にもならず逮捕されるリスクも承知の上で、この義憤に燃えた行動に決起している。彼らは会社経営者や会社員・僧侶・歯科医師など、いわば草莽の人々であり、名前を売りたい右翼活動家のパフォーマンスでもなく、逮捕されれば得るものは何もなく失うものの多い普通の人達であった。現に彼らの中の一人は事情聴取直後に自決しているぐらいなのだ。私は政治家でもなくマスコミ受けを気にする評論家でもない在野の思想家であるため、敢えて気兼ねなく本音を述べるが、この「建国義勇軍事件」の実行者たちは仮に刑法には反しても国家民族には背いておらず、自ら個人を犠牲にして国家民族のために行動を起こした義士である。国民の中には内心で、彼らの行動に対して「よくやった」と拍手している人々が相当多く存在すると私は確信している。もっとも私は決してテロを肯定しているわけではない。テロを肯定してしまえば極左の赤色テロも認めなければ、ダブルスタンダードになってしまう。しかし私たちの怒りを代わりに「行動」に移した人々に対する想いはまた別のものである。私は誤解を怖れずに、獄中の、そして自決した「建国義勇軍」の人々に対し、一人の日本人として感謝の想いを捧げたいと思う。たとえ彼らが選択した手段がラジカルであったとしても、その国を憂うる至情は私たちと同じなのだ。

 かつてスターリンは「社会主義と資本主義が軍事的に衝突することを第一戦線と呼ぶのであれば、資本主義国の内部において社会主義国が革命を導く戦いを第二戦線と呼ぶ」と述べた。日本は今なお、この第二戦線の戦いの中に在る。私たちは今、「スターリンの子供たち」と思想的内戦を戦っているのだ。大多数の国民は政治や内外情勢の知識がなく、頭にあるのは年金とか消費税のことぐらいである。「盲いたる民、世に踊る」はいつの時代も同じことだ。現在の日本で左右を問わず知識層とされる人口は約五百万人だと言われている。つまりこの五百万人が残りの一億二千万人の運命を預かっているのだ。本書をお読み頂いている読者諸氏は、この五百万人の中の一人である。私たちはこの五百万人の内側における思想的内戦に勝利しなければならないのだ。それは日本の未来を決めるための愛国者と売国奴との戦いである。

 さあ、国を憂うるそれぞれの人がそれぞれの場で、自分にできる「戦い」を実行していこうではないか。無理をしなくてもよい、法を犯す必要もない、仲間を集めて勉強会を行うも良し、良書を周囲の人たちに配るのも良し、署名運動を行ったり講演会を開催するも良し。とにかく行動を起こしていこうではないか。もし私でよければどこにでも講演に行く。講演料なんか要らない、交通費だけ出して頂ければそれで良い。先人は「一燈照隅、万燈照国」と言った。皆がそれぞれ一燈を掲げていこう。私利私益ではなく国家民族の未来のために行う行動は、いかなる行動であろうとその大小を問わず、国家再生という大きな大河へと流れ込む一粒の水滴となる。そしてその水滴はやがていつの日か、大いなる奔流となって穢れた自虐史観を洗い流し、私たちの愛する日本を再び強く誇り高いサムライの国へと至らしめるものと信ずる。
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 冒頭で述べたように、今回の内容を上げるにあたって、上手くスキャンする方法を思い付いたので、転載元でページが飛んでいる所も上げようと思います。

天皇弥栄★彡