■大企業も雪崩 警戒さらに 

 「この1年は“マスクパニック”だった。体重が6キロも落ちた」。マスク大手の白元(東京都台東区)の執行役員、大久保芳則(46)は振り返る。

 新型インフルエンザの発生が確認された昨年4月以降、全国至る所でマスクをつけている人の姿が見られた。マスクは人への感染を防ぐ効果は高いが、予防効果は低いとされている。にもかかわらず、多くの人が予防効果を期待し、マスクをつけた。

 「日本への感染が確認されていない段階で、全国各地から一気に注文が殺到。5月に入った途端に在庫が尽きた」と大久保は話す。

 マスク市場は驚異的な売り上げの伸びを記録した。対前年比で昨年4月末が2018%(約20倍)、関西で高校生への感染が確認された5月中旬で4800%。全国的に流行期に入った8月中旬には5800%。市場規模の調査会社から「こんな数字、見たことがない」と言われた。

 白元には「マスクを融通してくれないか」と切羽詰まった声の電話が殺到した。「小売店以外にも、多くの企業から社員に配るためのマスクの引き合いが相次いだ。多くの企業で、強毒性の鳥インフルエンザを想定した行動計画が動き始めていた」

 白元では国内2カ所にマスクの製造ラインを緊急増設し、24時間体制での製造を始めた。品薄状態は昨年末まで続いた。

 社会の雰囲気を先取りした企業もあった。牛丼チェーンの松屋フーズ(東京都武蔵野市)。メキシコでブタ由来のウイルス(新型ウイルス)が確認されてから4日後に、メキシコ産豚肉を使っていた「豚テキ定食」の販売を中止した。

 松屋広報グループマネジャーの遠藤隆也(36)は「『お客さまが不安と感じる可能性があるなら、やめたほうがいい』という経営判断だった」と説明する。

 政府は当時、「豚肉は安全」と盛んにPRしている最中。松屋の決断への反響は大きかった。即座に消費者行政担当相(当時)の野田聖子(49)が「心外。風評被害を起こしては困るし、消費者に間違ったシグナルを送ることにもなる」と猛反発した。

 しかし、松屋の方針は揺るがなかった。遠藤は「当時は『お客第一』ということを最重要に考えた。さまざまな意見はあるだろうが、間違った判断だったとは思わない」と言う。実際、客の反発はほとんどなかった。

 「出張を控える」「海外から帰国したら自宅待機1週間」「メキシコにいる社員を帰国させる」

 新型インフルの感染が確認されてすぐ、大企業は準備していた行動計画を実行し始めた。その少し前、世界的発生が懸念されていた強毒性の鳥インフルに備えて作った計画だった。新型インフルは感染確認から間もなく、弱毒性で重症者も多くないと分かったが、すでに計画は動き出し、軌道修正は困難だった。

 大手電機の広報担当者は「自分の会社から感染者を出したらイメージダウンになるとの思いもあった」という。ただ、大企業のものものしい対応は国民の危機感を募らせた。厚生労働省幹部も「国から企業向けのメッセージが少なく、企業自身がさまざまな行動を取り始めたことで、社会の警戒心がより敏感になったかもしれない」と自省を込める。

 白元のマスクの売り上げは、感染がピークを越えた昨年末から急激に落ち込み、今年1月は昨年比35%となった。「よかったことは多くの人がマスク着用に抵抗がなくなって、将来の鳥インフル流行のいい備えになったこと。ただ正直、世間の感覚に振り回された感はある」。激動の1年を過ごした大久保は苦笑するばかりだ。(敬称略)

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