あの頃への撮影地ガイド

現役当時のSL(蒸気機関車)を始め、今はなき車両たちの懐かしい写真を 少しづつですが、ご紹介したいと思っています。

なんとも贅沢な貨物列車ですね

今年の正月休みは短かったので、近所の神社へ初詣でに行っただけで、家でのんびりしながら、古い写真を出して眺めてみました。



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      日豊本線  清武~日向沓掛   1590レ C5765     1974. 3.19

国鉄の線路から蒸気機関車の煙が消えて、もう何十年経つのでしょうか。
いまだに当時の写真を出し続けている私は、昔付き合っていた女性の事をズーっと引きずっているようで、さすがに未練たらしい気がしますね。

などと言いながらも、たまにはいいんじゃないかと、またまた古い写真を引っ張り出してみました。

在京のSLファンにはなんとも楽しい南九州の罐たちです。
日豊本線では、スマートな門デフのC57が貨物列車を牽いているのです。
贅沢な貨物列車ですよね。
このあと、清武~南宮崎へ移動して、SLの牽く最後の優等列車となった「急行日南」の撮影です。
すべてがもう関東では見ることのできない光景なので、感動してしまいます。

なんだかんだ言っても、やっぱり蒸気機関車はいいですね!

※引っ越しにより、当時の撮影ノートが見つかったので、詳しいデータを記載しておきます。





西尾克三郎氏の生写真(その3)






RIMG0580

 とても狭い部屋なので、あのグリーン車シートと古い鉄道雑誌を並べた書棚を置くと、写真を飾れるスペースはドアの裏にしか残っていません。
 それでも憧れの写真家の、しかも生の写真が並んでいるとなれば、テンションは上がりっぱなしです!
 
 私が所有している西尾氏の写真についてもう少し知りたいと思い、調べてみました。
 HPで検索したところ、東京都写真美術館の収蔵品リストに、同じ写真がありました。
  
  作品番号 10108728
  作品名   形式C53、NO.5389と形式230、NO.261 宮原機関区
  制作年   1939
  寸法    267 × 400

 収蔵作品は大きく引き伸ばされていますが、私のものはキャビネサイズより若干小さいのでベタ焼きだと思われます。

 撮影場所が宮原機関区であると確認できましたが、そうとなればもっと詳しい情報も知りたくなります。
 HPで当時の宮原操車場の配置図を調べてみました。
 写真では、261号機の後方にターンテーブルと思われるものが見えています。
 その背後に機関庫が見えない事、261号機のすぐ後ろで線路が右側に分岐している事、C5389号機の後ろに照明塔がある、つまり広大なヤード(客車区)がある事、等々から機関区の西端にあった機関庫を背に撮影したと考えられます。 
 当時の地図からすると、被写体の機関車は西南西に向いて停まっていることになります。
 機関車の影を見ると、写真の左側から日が当たっています。 そうなると太陽の位置は随分西寄りという事になります。
 しかし、影の長さから判断すると、太陽はかなり高い位置のはず。
 撮影時刻は、夕方なのか、昼下がりなのか、謎ですね。
 私が所有する写真の裏の記載をみてみると、昭和14年7月9日(万年カレンダーによると日曜日)との日付があります。
 夏至から間もない時期ですので、南中高度も80°近くあり、太陽が早い時刻に西側に回り込んでいたのかもしれません。
 そうであれば、撮影時刻は7月の日曜日の昼下がりという事で納得です。
 本業の合間を縫っての写真撮影という事でしょうか。 形式写真の神様もチョッと身近な存在に感じますね。
 
 




西尾克三郎氏の生写真(続編)

以前、「西尾克三郎氏の生写真」とのタイトルをつけておきながら、私の下手くそな写真をお見せしてしまい、大変申し訳ありませんでした。
実はその当時、写真が行方不明になっており、ご用意できなかったというのがホントのところでした。
今回、引っ越しをしたことにより段ボール箱の中から発見することが出来ました。

それでは、どうぞ私の宝物をご覧ください。

RIMG0576
         キャビネ判の組立暗箱で撮影したと聞いています。
         C5389 と 261 (230形) が鮮明に写っています。


RIMG0575
    写真の右下には 「 K.NISHIO OSAKA 」と刻印されています
    さらに裏面には 氏名と撮影年月日のゴム印が押されています


きちんと額装をして、一昨年の写真展で購入した広田尚敬氏の写真と並べて飾ろうと思っています。





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