2008年04月04日

倭国防衛のために(No.86)4

2番目に選んだ「日本100名城」は家から2番目に近い<大野城>です。

このスタンプラリー中で2番目に古いこの城の歴史は、飛鳥時代にまで遡ります。

さあて、歴史の勉強です
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663年の白村江の戦いで唐と新羅の連合軍に大敗した日本(倭)は、その後防御を固めるために朝鮮式の山城を築きます。それが大野城です。
また同様に大宰府防衛として大野城から1.2キロにかけて敷かれた堀・土塁を水城といい、これも現存しています。
詳しくは → ココ!!

大野城は、「遠の朝廷」として重要な朝廷の機関だった大宰府政庁の北、四天王寺山中に造られた、全周8キロにも及ぶ城壁を有した城だったそうです。また、約180haの城内には多くの高床式倉庫が置かれていたことから、大宰府の逃げ込み城的な役割を任されていたのだろうと推測されます。
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大野城・全景


スタンプ設置場所は3ヶ所ありましたが、私は一番標高が高いところにある、福岡県立四天王寺県民の森管理事務所に行ってみました。

大野城・道中


割と細い、くねくねとした坂道を登っていくと、設置場所がありました。早速スタンプを押したあと、近くを散策してみました。

運動不足の私をあざ笑うかのような山道
その途中、「大野城址」という石碑を見つけました。

080326_151815

周辺の眺めはかなり爽快で、「北は博多湾から南は筑後方面を眼下に眺める」(百間石垣の看板に書かれてあった説明)が大げさではないことが分かります。



そして、大野城中最も規模が大きい石垣、「百間石垣」にも行ってみました。

大野城・石垣1



大野城・石垣3大野城・石垣2






同じ静かな雰囲気といっても、福岡城跡の都会にひっそりとたたずむそれとは異なり、歴史の中で徐々に自然と溶け込んだ城壁は神秘的でもありました。
・・・ただ、石垣の上にたどり着くまでの道は、足がガクガクするくらい急でしたが。

現在、大野城は大野城市として、水城も大野城市水城として、さらには大宰府政庁があったところは太宰府市としてその名を残しています。
あらためて福岡の歴史的重要性を認識させられました。



☆基本データ(『歴史群像シリーズ 日本100名城公式ガイドブック』学研より)☆
大野城
所在地=大野城
城地種類=山城(古代朝鮮式)
築城年=天智天皇4年(665)
築城者=??
スタンプ設置場所=福岡県立四天王寺県民の森管理事務所他


c_eyes_modest at 22:32│Comments(0)TrackBack(0)  日本100名城 |    中国・四国・九州

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