桜の海




【NHK総合ch.2045年11月10日06:00】

『こちらは会場の今の映像…ですが、えー、まだですね。会見はまだ始まっていないようです。記者会見は6時から予定されていましたが、今のところまだ始まっていません。繰り返しお伝えしております通り、国際宇宙空間・月面開発機構のルナーシャトル「セレーネ」が地球への帰還を留保されている問題で、間もなく内閣官房長官の記者会見が開かれる見通しです。この会見を通じて政府は、日本政府の立場と見解を表明するものと見られます。』



【讀賣新聞 東京本社発行朝刊 2045年11月10日〔第16版〕】

『―安保理、シャトル帰還に懸念表明 国際宇宙機構、困惑―  国連安全保障理事会は日本時間の9日深夜、国際宇宙空間及び月面開発機構(ISALDO)の第6次月往還事業(LCM6)に従事中のルナ・シャトルについて、検疫上の重大な懸念が払拭されていないとして、当初に予定された帰還スケジュールを見直すよう強く勧告する議長声明を発表した。ISALDOは検疫上の懸念そのものに科学的合理性が著しく低いとして反発している。安保理は当初、全会一致の声明採択を目指したが、複数の非常任理事国の同意を取り付ける見通しが得られず断念。最終的に議長国と常任理事国5ヶ国の連名による議長声明という形に決着した。安保理がISALDOに勧告を行うのは極めて異例。ISALDOのサンジニワ事務局長は同日、検疫上の懸念の根拠が明確でない現時点において声明は理解し難いとして、安保理の介入に疑問を呈した。』



【ニューズウィーク・ジャパン 2045年11月10日09:00】

『I.S.A.L.D.O.(国際軌道空間月面開発機構)のルナシャトル2号機「セレーネ」の乗組員の健康状態について、深刻な問題が生じた疑いがあるとI.S.A.L.D.O.の事務局が発表してすでに2日を経過し、なお全容の把握に目処が立たない。当初の計画で帰還収容地点の第一候補だったジョンソン宇宙センターへの着陸を、アメリカ政府が急きょ認めない姿勢に転じたことで前代未聞の混迷が続いている。アメリカ政府は拒絶の理由を明らかにしていないが、I.S.A.L.D.O.に職員を派遣しているN.A.S.A.(米航空宇宙局)の幹部は非公式に、「セレーネ」が60時間以上に渡って通信途絶の状態にあると語った。』




 瀬蓮ちゃん、知ってる?あのさ…。

 月の裏側には地球のどんな名所よりも綺麗な桜並木があるんだと、酔っ払った陸川さんはいつも言っていた。

 月はほら、重力が地球の六分の一しかないだろ。だから桜も地球の六倍育つんだよね。あ、高さのことだけじゃないよ、枝も六倍広く横に伸びるんだ。

 そう言って陸川さんは必ず背を反らし両手を思いっきり広げる。

 そんな一本一本がちょっとした山のような、超立派な桜がさ、万里の長城みたく連なってね、月面の荒野をどこまでもどっこまでも続くんだよ。

 なぜかいつもここでドヤ顔だ。

 でね、と人差し指を立ててわたしの顔を覗き込む。月には空気がなくて風が吹かないから、花の寿命のギリギリまで散らないんだ。雨もないしね。

 そうしてまた得意気に背筋をぴんと伸ばし、それでここが一番のポイントなんだけど…と一呼吸勿体をつけ、ちょっとうっとりとした感じで言う。

 一日中夜桜なんだなあ、これが。もちろん月面にも昼と夜があるけどね。昼間でも、つまり太陽が地面を照らしていても、大気のない空はいつも真っ暗闇。ずっと夜の空のままなのさ。

 わたしは知っているけれど、へええという顔をする。

 真っ暗な空にそびえる桜の山脈が、陽光に照らされて輝くんだ。その荘厳さと言ったら、満月に映える地球の夜桜の比じゃないね。そう言う時の陸川さんはだいたい目をつむっている。その光景を思い出すように。

 最高のスポットはやっぱり盆地の縁(へり)だな。壁を下った桜の列がはるか向こうでまた登って、地平の彼方に消えて行く…。

 この辺りまで来ると陸川さんの目尻に光るものでも見えて来るんじゃないかと思いつつ、わたしも目を閉じてみた。

 何の物音もしない荒れ地にただ、ひたすら続く桜並木の輝く風景だけが時間と世界を支配する。その寂寥と美しさが無限に響き合う舞台の温度を思う。ふと「悲しいね」と漏らしたのが陸川さんだったか、わたしだったのか、どうしても思い出せない。

 やがて、そんなわたしに興味を失った何かが時間切れを告げ、わたしは目を覚ました。

 ああ、これが夢だとわたしはどこからか、あるいは最初から知っていた。腕を伸ばして視界の裏側にある目覚ましのアラームを切る。

 そしてその時初めて、テレビが点けっぱなしになっていることに気がついた。

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