ご存知、歌川国芳の「金魚づくし」。
ユニークな水辺の小動物たちが繰り広げるお伽の世界は、
妙にリアルで風刺画とも戯れ画とも言われますが、
見る者を惹きつけてやまない別次元ファンタジーのように思います。

今、見えている空間の裏側だか?横側だか?隙間だか?にこんな世界があるのかもしれないと
感じさせてくれるのです。
次元をひっくり返すというか、捻るというか。

画力のなせる技かもしれません。

で、
以前にもご紹介したことのあるこんな↓絵はがきが、手元にあります。


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The Japan Ukiyoe Museum 歌川国芳「金魚づくし」ポストカード『玉や玉や』
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初めて見た時から、右下の黒い物体は手足の出かけているオタマカエルと、何の疑いもなく
思っていました。
実際、それ以外の何物でもないように今も見えます。

ただ、
サインやロゴマークのようにこの位置にオタマカエルを記した意図は何なのだろうと
疑問がプツリプツリと湧いてきました。


こちら↓も以前に紹介しました若冲のカエル。

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伊藤若冲「蝦蟇図」部分
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形はほぼ同じですが、明らかに尻尾ではなく下の一本は足のように描かれています。

そう、三本足蛙です。

 三本足蛙は謎だらけ。
禍々しいもののように捉えられたり、やや魔界の使者のように描かれたりもします。

個人的には先述の国芳の蛙のようにオタマジャクシから手が出てきているところではないかと
思っています。
それは確かに足ではなく尻尾ですが、考えてみればその姿、随分随分すごいことです。

人間は胎内で尾がなくなるところまで成長してから生まれているわけですが、
もし水の中に生まれ出て、少し大きくなったら手足が出て尾がなくなり
更に水の外に出るという劇的な変化を遂げるとしたら、それはもう大騒ぎなことでしょう。

蛙にその神秘を見、驚愕し、命への畏敬を感じずにはいられません。


中国では尻尾ではなく足のようになっている写真や、
三本足どころか5本も6本も足のある蛙の写真などが紹介されてはいますが、

オタマジャクシに手が出る!というだけで充分すぎるほど驚異的なので
昔の人は特別な何かをそこに見ていたのだと思うのです。


さて、三本足蛙、

尻尾を足にしてしまったとして、それは人間の概念でしょうか。
探っていきたいテーマです。 


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