一種の錯乱

特定の行動をケアするプレイングは対戦の詰めを行う際に重要となってくる。
特に、強いプレイヤーは負け筋をケア(潰し)ながら勝利に向かうプレイングが上手い。
どんなに勝っているプレイヤーでも、詰めが甘いプレイヤーはお世辞にもプレイングが上手いとは言えないというのが私の個人的な考えだ。

さて。ここで考えなければいけないことがある。

「相手のプレイングをどこまでケアすればいいのか」

というものだ。

ケアというくらいだから、基本的には盤面に見えていない情報(技、持ち物、選出など)を予想しながら行動を起こすことになる。
だが、特定の行動をケアしたことで勝利から遠ざかってしまった場合、自ら墓穴を掘ってしまっていると言ってもいいだろう。

どこかで見たものだが、分かりやすい例としてエルフーンキノガッサ対面を考えてみる。
一般的に、エルフーンとキノガッサはエルフーンが圧倒的に有利な対面であり、キノガッサ側は何をされても文句を言えない。やどりぎを撒くなり身代わりを置くなり何をしてもいい対面だ。

キノガッサが「ヘドロばくだん」を覚えるということに目をつぶれば。

多くのプレイヤー、いや、ほとんどのプレイヤーはこの「キノガッサのヘドロばくだん」をケアしたプレイングは行わないだろう。
キノガッサがヘドロばくだんを覚えていることは知っていても、キノガッサが採用するにはあまりにも現実からかけ離れた技であるとほとんどのプレイヤーが認知しているからだ。

このような、実際には起こる確率が低い事象に対してケアを行ってしまう行為(上の例の場合はヘドロばくだん読み鋼タイプバックなど)は、明らかに勝率を下げる「過剰なケア」であると言える。

ここまでわかりやすい例ならばケアする必要がないことは明白なので簡単なのだが、これが特定の生き物のZ技やスカーフとなると少々話が難しくなってくる。
どこまでをレアケースと割り切るのか、また、発生し得るレアケースをどこまでケアするのか。こういった部分の基準の考え方にプレイヤーの技量が表れるものだと私は思う。

私にも自分なりの基準があり、意識するべき所を可能な範囲でケアを行うプレイングをしているつもりではあるが、オフ終盤やレートで連戦していると感覚が狂って過剰なケアを行ってしまうことがある。

行動の選択を行う前に一呼吸おいてリスクリターンを考えたプレイングを心掛けたい。