2017年06月17日

 おととい,山形から両親がお店まで来ました。お店が新しくなったのでどんな感じか見に来たのだと思いますが,お店に来たのは本当に久しぶりです。記憶があっていれば開店して間もない頃以来ですので,15年ぶりくらいになるかと思います。
 父は82歳,母は81歳。私は3人兄弟で年が少し離れた末っ子なので,同年代では親の年齢が高い方になると思います。歳をとり最近は体調も万全でないことが多くなってきたため,近いとはいえ仙台まで来るのも億劫に感じるでしょう。そんな中でもわざわざ来てくれたのは,やっぱり心配してのこと。自分も子の親になって少しだけわかるようになりましたが,いくつになっても子供は子供ですから。ちょうど焙煎が終わりひと息ついている時だったので,ひと通りお店を案内して外の椅子で一緒にコーヒーを飲んでああだこうだ話をしておりました。
 話の中で,私がコーヒーの仕事をしたいと両親に説明をしに行った時のことが出てきました。当時私はまだ会社勤めをしておりましたが,どうしてもコーヒーの仕事がしてみたくなり,会社を辞める決意を固めたところでした。実家に帰り緊張して正座をしたまま,まずは自分の考えていることを順番に話しました。なぜコーヒーの仕事をしたいのか,今後をどのように考えているのか,どう経験を積んでいくつもりなのか?,お金はどうするのか,などなどたくさん。両親はずっと黙ったままで耳を傾けていましたが,かえってそれが怖かったです。会社を辞めて…と怒られるんじゃないかとか,反対されるのではないかとか,色々と考えていましたが,一つだけ質問をされました。「会社に何か辞めたい理由があって辞めるのか?」と。私はむしろ会社はとても楽しかったし,仕事にもとてもやりがいを感じており何の不満もありませんでした。ですので,むしろ辞める決断をするのはとても難しかったです。ただ,趣味の延長とか道楽的な感じでコーヒーに携わりたいのではなく,しっかりと”仕事”としてやりたいから,今でなければ出来ないと考えていました。それを話すと母親の表情が急に柔らかくなって,「いいんねが?(いいんじゃないか?)やってみたら?」と言ってくれました。体にだけは気をつけるようにと言葉を添えて,両親の話はそれで終わりました。私の中では親に反対されたらもう一度考えてみるつもりではありましたので,とてもほっとしたような,拍子抜けしたような感じでしたが…。この時の「いいんねが?」がなかったら,今こうしていなかったかも知れませんね。あの時両親は背中を押してくれましたが,だからと言って安心した訳ではないと思います。むしろ,息子の動向を楽しみつつもこの先ずっと心配をしていく覚悟をしてくれたのかも知れません。
 長い時間ではありませんでしたが,お店やお客様の様子を眺め,二人ともちょっとはほっとしたように見えました。16年経ってようやく,”仕事”として最低限の合格点をもらえたように感じました。元々遠出する方でもないのでもしかすると生きているうちにお店に来ることはもうないかも知れませんが,本人たちもそうなってもいいようにと思って来たのでしょう。残りの人生を,心配が少しだけ軽くなって生きてもらえそうです。私自身の人生はまだまだこれからですので,安心することなくこれまで以上に頑張っていかなくてはいけませんね。

cafederyuban at 17:09コメント(0)トラックバック(0)季節 | 徒然日記 

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”Ryuban” って?
「Ryuban」というのは,私の幼い頃のあだ名。杜の都仙台でコーヒー店を営む現在は,その店名として使っています。いつかこの名前がおいしいコーヒーの代名詞になれば・・・と思いつつ。
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