コーヒーを半立ての生クリームで蓋をしたウィーンオリジナルのアレンジコーヒー「アインシュペンナー」。
この「アインシュペンナー」と同じように、生クリームが上に乗ったアレンジコーヒーがあります。
それは「アイリッシュコーヒー」です。 

DSC03647
 
熱いコーヒーにアイルランドが誇るウイスキーと酪農国を物語る生クリームという、アイルランドの特産品を材料にしたカクテルです。

カクテルには創った人、場所、年代、そしてストーリーがはっきりしているものがたくさんあるのですが、「アイリッシュコーヒー」もそのひとつです。

“ウイスキーのコーヒー割り”自体は100年以上前から存在していたそうなのですが、このレシピは1943年に、アイルランドの西海岸シャノン川の河口に広がる美しい入江に面したフォインズ水上飛行場で、旅行客をもてなすチーフバーテンダーのジョー(ジョセフ)・シェリダンによって考案されました。


1937年からパン・アメリカン航空によって、飛行艇を使ったアメリカ・イギリス間大西洋横断航空路の運行が始まったばかりの時代。(といっても、今から80年ほど前のこと、です。)

水上飛行艇

当時の飛行艇は航続距離が短く、大西洋上の経路途中で、燃料補給のためアイルランドとカナダに寄港しなければなりませんでした。その寄港地として、アイルランドのフォインズ、そしてカナダのガンダーの水上飛行場が利用されました。

飛行艇が水上で給油する間、乗客は安全のためボートで移動して陸上待機せねばなりませんでした。
ただでさえ当時のプロペラ飛行艇は現代の旅客機と違って気密性が乏しく、暖房はあまりよく効かなかったそうです。さらに港の天候が悪ければ、飛行艇からパブのあるレストハウスにたどり着くまで更に凍える羽目となりました。ですので、冬には乗客にとってとても辛い時間となっていました。


1943年のある夜のこと。
折しもの荒天のため、ガンダー行きのフライトはフォインズに引き返さざるを得なくなりました。帰ってくる乗客のために体が温まるものを用意するよう指示されたのがチーフバーテンダーのジョー・シェリダン。
シェリダンは、厳寒の中を空港待合室にやってくる乗客の冷えきった身体を温めるカクテルとしてコーヒーに特産の上質なアイリッシュウイスキーを入れ、また酪農の盛んなお国柄を印象づけるために生クリームを浮かべ、滑らかな口当りにした「カクテル」を用意しました。
これが「アイリッシュコーヒー」の生まれた瞬間です。

ジョーシェリダン

温かさに加えあまりの美味しさに乗客のひとりが礼を言い、「このコーヒーはブラジル産か?」と尋ねました。
シェリダンは「いいえ、アイルランド産コーヒーですよ」と答えたそうです。
「アイリッシュコーヒー」は大西洋航路の乗客たちに評判となり、口コミで世界中にその美味しさが広まっていきました。

このカクテルはフォインズ近郊に1940年に開港し、第2次大戦後陸上機が主流となってからフォインズに代わり大西洋航空路の中継地となったシャノン空港でも提供されるようになり、アイルランドの名物として大西洋横断航空路を利用する人々に知られるようになります。

1952年にはサンフランシスコの「ブエナ・ビスタ・カフェ」にレシピが伝えられて飲まれるようになったことから、その存在が大西洋航路以外にも広まるようになり、世界中で飲まれるホットカクテルのひとつとなりました。


現在もアイルランドの西の玄関であるシャノン空港にはカクテル考案者のシェリダンを名を冠した『ザ・シェリダン・フード・パブ』が設けられていて、アイリッシュ・コーヒーの発祥の味わいを堪能することができます。

Shannon-airport-building-2008