カフェ・ユーで開催している
『健やかな心と身体を創る』・『知的探究心を満たす』・『感受性を磨く』"
をテーマに「識る・体験する」を愉しむサローネ。
そんなサローネのひとつ、「Wine Lovers Club」は、ひとつのテーマに沿って、基本3種類のワインをセレクトして、実際に味わいながらワインのことを識っていただくサローネです。
紹介はコースの順番に従って、2番目に「オーストラリア」を紹介をしています。
今回はオーストラリアの中心的な産地「南オーストラリア州」のワインの歴史について紹介します。

『健やかな心と身体を創る』・『知的探究心を満たす』・『感受性を磨く』"
をテーマに「識る・体験する」を愉しむサローネ。
そんなサローネのひとつ、「Wine Lovers Club」は、ひとつのテーマに沿って、基本3種類のワインをセレクトして、実際に味わいながらワインのことを識っていただくサローネです。
紹介はコースの順番に従って、2番目に「オーストラリア」を紹介をしています。
今回はオーストラリアの中心的な産地「南オーストラリア州」のワインの歴史について紹介します。

南オーストラリア州は、日本の約3倍もの面積をもちながら、人口はわずか150万人。大陸の中央南部に位置し、オーストラリア最大のワイン産地であるバロッサ・ヴァレーを有するなど南オーストラリア州のワイン産業は州の経済を支える重要な役割を果たしています。
主だったワインや葡萄に関する研究機関もすべて南オーストラリア州内にあります。
南オーストラリア州は、オーストラリアワインの生産量の大半を担う産地で、世界で最も古いシラーズのブドウ樹が存在し、未だに自根のブドウ樹も存在します。
1996年にオーストラリア全国でのワイン総生産量の50%を産出し、一時は75%を生産していました。
1996年にオーストラリア全国でのワイン総生産量の50%を産出し、一時は75%を生産していました。
南オーストラリア州へのヨーロッパ人の入植は1836年に始まり、それと同時にブドウ栽培が盛んに行なわれるようになりました。ヨーロッパ人の開拓が進むと同時に葡萄畑もアデレードの郊外へと広がっていきました。


自由移民の入植が奨励されたため流刑者は受け入れられず、また、ヴィクトリアやニュー・サウス・ウェールズとは異なり、大きなゴールドラッシュも経験しませんでした。
入植当初、ヨーロッパからの移民が伝統的なワインの醸造技術を持ち込み、ワインの品質向上に貢献したことが、国内最大のワイン産地に成長する基盤となっています。
Barossa Valley(バロッサ・ヴァレー)やAdelaide Hills(アデレード・ヒルズ)に見られる由緒ある古いブドウの木は、北米やヨーロッパ、そして後にオーストラリア東部のブドウ園を襲ったフィロキセラの被害から免れています。それは世界のワイン産地から遠く隔てられた地であると共に、早くから厳しい検疫規制が設けられたことによります。
南オーストラリア州は世界最古のブドウの木を誇るだけでなく、多様な産地に恵まれています。
それは次回、ご紹介いたします。
それは次回、ご紹介いたします。


オーストラリアの歴史は、フィリップ大佐に率いられイギリス人入植者たちがシドニー港に到着した1788年に始まります。第1船団を率いるフィリップ提督が、艦隊(11隻、総員1,000名強)を率いて、ケープタウンを経てニュー・サウス・ウェールズの植民地に到着した際、葡萄の木が持ち込まれたと言われていますが、この葡萄の木の栽培は失敗に終わります。
オーストラリアのワイン生産の先覚者は、グレゴリー・ブラックスランドとジョン・マッカーサーです。
ジョン・マッカーサーは、羊のメリノ種を導入し、オーストラリアの農業発展の基礎を築いた歴史上有名な人物です。
ジェームス・バズビーは、1824年父親と共にオーストラリアに移住。移住前、オーストラリアのワイン生産の将来性を見込んで、フランスで数ヶ月葡萄栽培を学びました。1824年、ハンター・ヴァレーの800haの土地を譲り受け、葡萄栽培を始めます。その後、義理の兄弟のケルマンが経営することになりましたが、ワイン生産者としてはよく知られた存在でした。





