カムの心身一如

マスコミが報道しないニュースや、おススメのエンターテイメント情報、タメになる話、時事コラム等をご紹介いたします。 音楽・映像・アート関連から思想、健康などの貴重な情報を発信いたします。 ご意見、ご感想をお待ちいたします。

2013年09月

カイロプラティックの元祖、オステオパシーの深~い話

  カイロプラティックをご存じでしょうか?
 
 カイロプラティクとはギリシャ語でchiro(手)とprakticos(技術)を組み合わせた造語で、日本では未だに法制化されていない民間療法のひとつで、世界保健機構(WHO)では鍼灸等と同等に位置付けている民間療法のひとつです。

 カイロプラティックは1895年に米国のDr.DDパーマーによって創案されたとされていますが、実のところは1874年にDr.ATスティルという人が発案したという説が濃厚です。
 ATスティルは3人の子供を髄膜炎で亡くし、子供を救う為に何もできなった事を後悔し、世界中を旅し、薬のない時代の治療手技を学び、オステオパシー(総合手技療法)をまとめたものがカイロプラティックの始まりです。

 ATスティルはその効果を確認するとアメリカ各地でセミナーを行います。その中の生徒の一人がダニエル・デヴィット・パーマーでした。その頃、世界各地で同時多発的に(薬を用いない)民間療法が現れ始めます。その一方、デヴィット・ロックフェラーらの石油メジャーらの陰謀によって(薬を使わない)民間療法は弾圧されてしまいます。
 やがてアロパシー(薬を最重要視する現代医療)運動家はロックフェラーらの協力を得、政治機関に積極的に働きかけを行います。その結果アロパシーは保険の利く医療として陽の目を見るのですが、オスティオパシー医師たちは儲けよりも患者を助けることに夢中になり、保険機関との繋がりに遅れを取ってしまいます。
 その後パーマーは戦略的にPRを打ちますが「医者に行く前にカイロプラティック」というキャッチコピーに腹を立てたロックフェラーはAMA(アメリカ医師学会)に圧力をかけ、カイロプラティック(オスティオパシー医師)の120人程の医師たちは、ニセ医師扱いを受けて投獄されてしまいます。
 その時裁判所の周りを、オスティオパシーによって健康を取り戻した者たちが取り囲み「彼らを解放せよ」とシュプレヒコールを上げてカイロプラティック医師たちを救い出しました。裁判所といえども世論の声を無視することはできなかったのです。世論がロックフェラーらの陰謀からカイロプラティック医師を救ったのです。

 スポーツ選手やダンサーなど体を使う人たちのパフォーマンスを上げるのに適しているカイロプラティックですが、頸椎への急激な回転運動操作(骨をポキポキ鳴らす施術)「スラスト法」は危険が高いという報告がされています。「技術」「知識」「倫理」「安全管理」を踏まえた(しっかりとした教育を得た)医師から施術されるのであればとても有効な治療手段だと言えるのです。

 (情報提供:施術者養成塾「上野塾」代表上野幸雄氏)

B層からの脱却【マスコミによる政治戦略】

  
 私はB層には自信があります。
 B層の人と出会うと大抵「変わった奴」もしくは「世捨て人」のようなレッテルを(勝手に)貼られるという自信です。そんな私もここ数年前まではれっきとしたB層のひとりでした。イベント制作会社に勤めていた頃は、一番の取引会社が(今ではCIAの傀儡として名を馳せている)あの某大手代理店でしたし、母親は今でもテレビ中毒で、アヘン中毒者のように茫然とテレビに依存しています。つい先日のことです。あまりにテレビに依存し過ぎて、テレビの偏向放送しか情報源のない母親が可哀想に思え、テレビの洗脳についてお話をしてあげたところ「ほっといてくれ」とバッサリやられました。この時の悔しさといったらありません。テレビのやらせ番組に声を上げて喜んでいるくらいですから、もう手の施しようのない末期的状況なのだと知りました。(オ)カルト教団なら相当な幹部にでもなれたかも知れませんが、独立した愚民党員の一員であることは間違いありません。

 皆さんはB層という言葉をしっていましたか?

 私が生まれて初めてB層という言葉を知ったのは数年前、ベンジャミンフルフォードの話をYoutubeで観ていたときに初めてその言葉を知りました。偶然にもその頃、私は人生の大きな挫折を経験し、世の中の仕組みに疑問を感じ始めていた訳です。それから人生の再起を図るとともに、「この世の中の理不尽さ」について学び始めることとになったのです。それは量子力学から宇宙、哲学、脳機能化学、宗教、政治、経済と多岐にわたり学ばなければ分からない難問でした。(勿論今も尚学ぶことだらけです)ひとつのテーマの答えを導き出すのに、少なくても3つ以上の分野を学ばないと答えらしきものにはたどり着けないという事を知りました。そうすることによって、自分の頭で考え、より確かで、立体的な答えが得られるのです。

 このように自分の頭で答えを導き出す方法を知ると、絡み合った糸が解けるようにスルリスルリといろいろな真実が見えてきます。「誰かがそういっていたからきっとそうなのだろう」という安直な情報は鵜呑みにしなくなります。マスコミ特有の意識調査という誘導にも慎重になれるのです。するとどうでしょう、面白いことに「なぜテレビでは太った芸人が命がけで、お肉ばかり食べているのか?」「三宅洋平の選挙演説は他の立候補者とは比べ物にならない人を集めているのに、選挙が終わるまで無視され続けたのか?(選挙終了後に咳を切ったかのように取り上げていた!)」「なぜ人体に悪い遺伝子組み換え食品や、食品添加物が蔓延るのか?」「落ち込んで悩みを抱えた人に医者は多剤投与し、死ぬまで止めさせようとしないのか?」「どうして政治家は、フリーエネルギーにシフトしようとせずに原発に執着するのか?」という数々の問題の裏側が全て(数珠つなぎのように)繋がっている事が理解できます。それを知ったというだけでは意味がありません。そこに自分ができる範囲でどう対処するかが重要なポイントとなってきます。

 何よりもB層はダサいからもう止めな。」という事に気づく必要がありますひとりひとりの意識が変われば世の中は今よりもずっと過ごしやすくなる筈です。その為に私たちにできることは、情報の周知と拡散なのです。勇気をもって立ち上がりましょう。

B層の由来

2005年小泉内閣の進める郵政民営化政策に関する宣伝企画の立案を内閣府から受注した広告会社・有限会社スリードが、小泉政権の主な支持基盤として想定した概念である[2]

スリードの企画書では国民を「構造改革に肯定的か否か」を横軸、「IQ軸(EQITQを含む独自の概念とされる)」を縦軸として分類し、「IQ」が比較的低くかつ構造改革に中立ないし肯定的な層を「B層」とした。B層には、「主婦と子供を中心した層、シルバー層」を含み、「具体的なことはわからないが、小泉総理のキャラクターを支持する層、内閣閣僚を支持する層」を指すとされる[1]

上記の企画書がネット等を通じて公に流布されたため、資料中に使用された「IQ」という知能指数を示す語や露骨なマーケティング戦略が物議を醸すところとなり、国会でも取り上げられた(後述)。

スリード社の企画書は、国民を「B層」を含む以下の4層に分類している「B層」

郵政の現状サービスへの満足度が極めて高いため、道路などへの公共事業批判ほどたやすく支持は得られない。郵政民営化への支持を取り付けるために、より深いレベルでの合意形成が不可欠。マスコミ報道に流されやすく「IQ」が比較的低い[2]、構造改革に中立的ないし肯定的。テレビ依存者。

構成
主婦層、若年層、シルバー(高齢者)層など。具体的なことは分からないが盲目的にキャラクター・内閣閣僚を支持する傾向にある。忙しいサラリーマンにも多くみられる。

 

生涯現役という覚悟【イチロー】


 イチローの言葉はやたらと重い。彼は「苦しい時やピンチ、逆境のときにしか進化を見出せない」と信じているようです。そこで、私たちはこの時代を生き抜くのにイチローの言葉と(独特な)思考パターンを理解する必要があると思われるのです。他人の行いにただ一喜一憂するだけではなく、そこから多くを学ぶことができるのです。

「僕を目標にしているようでは僕を抜けません」

人は自分が描いた夢より大きな夢を実現することができないものです。だから、簡単に達成できるかもしれない夢は書きなおさなければならないのです。常に最善を尽くし、運を味方につけて、ようやく達成できるくらいの壮大な夢くらいで調度いい。また、夢が叶いそうになったら、さらなる目標を書き加え、更新する必要があるようです。

「僕のスランプの定義というのは『感覚を掴んでないこと』です。結果が出ていないことを僕はスランプとは言いません」

毎日次につながる努力を積み重ねる以上、目には見えなくても成長しています。それが結果につながるまで多少のタイムラグで右往左往しないという事でしょうか。日々全力でもがいている人にスランプというものは存在しないのです。

「自分の技術に自信を持つ前は相手のミスを待っていたんですけど、(自分の)技術に自信を持ってからは、相手のベストを待っている。だから難しいんです。本当にベストだったと思うためには、自分だけでなく相手のベストも必要になって来る」

相手のミスばかり期待するようでは大成することなどできないのです。他人を蹴落としてやろう、足を引っ張ってやろうと等と考えていてはいつまでも成長できません。相手がベストな状態で、お互い切磋琢磨できるからこそ、共に飛躍していけるのです。

「あのときの僕と今の僕を比べるのは、今の僕に失礼だとおもう」

自己イメージこそモチベーションに大きな影響を与えます。イチローは常に未来の成長したイメージを頭に描くことのできる、高いモチベーションの持ち主だという事が分かります。「どういう人間になりたいか?」という事を思い描いてみよう。必ず「もう一人の凄い自分」とめぐり合えます。

「自分は幸せな人間だと思う。不幸な人間って、何事も何の苦労もなくできてしまう人でしょう?でもそれって克服の喜びがないからね」

困難な場面に遭遇した時「苦しい」と思って愚痴や泣き言を言うんじゃなくて「面白い」と考えてみましょう。難しいと思われる事が実現した時の喜びは至上の喜びではないでしょうか。

「嫌いなことをやれと言われてやれる能力は、あとで必ず活きてきますからね」

嫌なことをやれるというのもひとつの能力です。一見何のプラスにも思えないような事でも人生の長丁場においては後々プラスになって跳ね返ることがあるからです。そのとき嫌だと思っても、自分を成長させてくれるエッセンスにもなるものです。

「そもそも僕は選手生命が40歳から50歳に延びることについては、何ら不思議ではないと思っているんです」

野球選手としては、既にベテランの域に達しているイチローですが、40歳どころか50歳でも現役でいたいと考えています。人間の成長は無限だという事を教えてくれます。

満足に年齢制限などありません。

「常識と思われる事を少しでも変えてやろうというのが、僕の生きがいのひとつです」

 このセリフは痛快です。

 イチローは成功と言う言葉を使いません。マスコミはこぞって「成功者」としてのイチローを語りますが、そんなことはイチローにとってはどうでもいいことなのです。そればかりか「成功という言葉、嫌いなんです」とまで言っています。一時期の栄誉や報酬額で満足しようなどとは微塵も思っていないのです。大切なのは今日(今)という時間を誠実に生きること、過去や未来の勝敗の事よりも目の前の課題をこなすことだとイチローは教えてくれるのです。人は誰もが「今」という時間に生きているのです。

(参考資料:「イチロー思考」児玉光雄著)

ビートルズの隠れた名曲【In My Life/The Beatles】

 In My Life(人生の中で)という曲は、ビートルズがそれまでのアイドル路線から脱皮するきっかけとなった「ラバーソウル」というアルバムに収録されています。後期ビートルズのようなメッセージ色もまだ顔を出していませんが、もともとビートルズというバンドは「世界で初めてラブソングを3人称で歌ったバンド」に他なりません。
 その中でもこの曲はシンプルながらもエッジの効いたラブソングとして、知る人ぞ知る名曲です。この歌詞は強調されたニュアンスを微妙にとらえたい一曲です。




人生の中で
(In My Life)
  
作詞・作曲:レノン&マッカートニー

心の中に刻まれた場所がある
いくつかは変わってしまっても
永遠に変わることのないことが
無くなってしまったことも
今もなお残っていることもある

それぞれの場所に、それぞれの思い出がある
恋人や友達との思い出が
逝ってしまった人、生きている人それぞれに
人生には愛おしい人がいる

だけど、どれだけ振り返ってみても
君は特別な存在だよ
どんな思い出も色褪せてしまう
君と新しい恋に落ちたから

今まで経験したことはかけがえのない事
思い出にふけるときもあるだろう
でも今は君だけを愛している

 この曲はジョンがリバプール時代を思い返して書かれたものといわれています。チェンバロのような音色のピアノが印象的な(隠れた)名曲です。
 アルバムタイトルのラバーソウルとは、ロカビリー御用達の靴(ラバーソウル)とLover Soul(恋する魂)を掛けたものでしょう。

【国産 純正ハチミツ】野草
【国産 純正はちみつ(野草)】脱色、脱臭、濃縮等の加工を一切していない国産の純正蜂蜜です。純正ハチミツには10種類のビタミンと12種類のミネラルが豊富に含まれています。
840円

アーユルヴェーダの実力【本場インドカレーのスパイス】

  
 私はシタールを買いにインドへ行ったことがあります。その時食べたカレーは、カレールウを溶かして作った(日本の欧米式)カレーとは全く別物でした。見た目は今でいうところのスープカレー風なのですが、日本のカレーとはひと味もふた味も違うものであったのです。初めて食べたとき「これが本物のカレーか!」と汗をかきながら大いに感激したのを覚えています。カレーの味そのものが日本のそれとはまるで違い、ひとつひとつのスパイスの味が立体的に分離しているような感じがして、それは何ともミステリアスな体験になりました。

 その後本場のカレーを好んで食べるようになったのですが、どうやらカレーに使われるスパイスには常習性があり、食べれば食べる程やみつきになるような気がするのです。
 
 実際インド人は毎日飽きもせずカレーを食べています。毎日食べても飽きないのは、カレー粉やルウを使った単一的な味ではないので、飽きることはないようです。日本の食事に例えるとお味噌汁みたいな感じでしょうか。カレーは地方ごとに個性的な料理が数多くあるようです。
どの料理もクミンやコリアンダー、ターメリック等の香辛料を使って香り豊かに仕上げるのが本場です。インドではどの家庭でも、そのつど複数のスパイスを組み合わせてカレーを作ります。勿論体調に合わせてスパイスの配合を使い分けています。これは「インド流予防医学」の一端でもあるのです。

〇風邪気味の時〇
・ターメリック、カルダモン、クローブ、ブラックペッパー、クミン、しょうが、フェンネル、にんにくなどを用います。

〇胃の調子が悪い時〇
・コリアンダー、クミン、アニスシード、カルダモン、アジョワン、ターメリック、アサフォエティーダ、しょうがなどを用います。

〇疲労がたまっている時〇
・にんにく、ローリエ、フェネグリーク、バジル、カルダモン、フェンネルなどを用います。

 アーユルヴェーダは食をはじめとする生活スタイルを重視する予防医学です。スパイスは乱れた全身バランスを整える為に用いられます。また、カレーに含まれるスパイスには脂肪を燃やし、エネルギー代謝を高めることが解明されています。また、老化を防ぎ、血液キレイにする効果と、ターメリックには解毒作用があることが証明されています。  
 
 

ミツバチのささやき【ミニシアター系名作映画】4


 10年に1度のペースで作品を発表してきたスペインの映画監督ビクトル・エリセ。彼の出世作が1973年製作(日本公開1985年)「ミツバチのささやき」この映画は幼い少女の空想と現実の中に、スペインの歴史と精神性を織り交ぜ、牧歌的な抽象世界を謳いあげています。幼少期の純粋な心と大いなる大自然を語ったこの映画は、大人が忘れてしまった世界観を思い出させてくれます。

 まず、オープニングで度肝を抜かれる。6歳のアナ(アナ・トレント)と姉妹少女が戯れながら、田舎道をゆく様子が、気の遠くなるようなロングカットで表現されていて、しょっぱなから時間の感覚が麻痺します。
 
 映画の舞台となるのは1940年頃、スペインのカスティーリャ地方の村に巡回映画が来ます。6歳のアナ(アナ・トレント)は姉のイザベル(イザベル・テレェリア)と一緒に「フランケンシュタイン」を見て感動します。その日の夜、姉からフランケンシュタインの怪物は実は精霊で、村のはずれの一軒家に隠れている事を聞かされます。幼いアナはそれを信じ込みます。
 ある日、一軒家に行ったアナはそこに負傷した共和党の男を発見し、精霊だと思ってリンゴや衣類を与えるようになります。やがて男は村の住民に処刑されてしまいます。
家出したアナは精霊の幻想を見て、連れ戻されてもその精霊は消えることがありません。

 この映画、何が凄いって、アナの無垢な表情と汚れのない美しさが尋常(じんじょう)じゃないのです。

 私はこの映画を見る度に愛おしくて、切ない気持ちにさせられます。それは何処か恋する気持ちのようにさえ思われるのです。

 ミニシアター系シネマの不屈の名作作品です。

フィリップKディック原作の映画はなぜ面白いか?4

 
  私の敬愛するSF作家フィリップKディック原作の映画「ブレードランナー」を10回観ました。10回といっても、この映画ロードショー公開が1982年なので2013年現在までの長い間かけて10回観たという事になりますが、ディックの映画はこれまでに「トータルリコール」「アジャストメント」「NEXT」「マイノリティーリポート」などが映画化されており、今もなおディックの人気はうなぎのぼりといえます。そこで今回リドリースコット監督、ハリソンフォード主演の近未来ヒューマン・サスペンス「ブレードランナー」に焦点をあてて行こうと思います。

 <あらすじと解説>

 舞台は2019年、酸性雨に煙るロスアンジェルス、香港と東京をイメージされたダウンタウン。惑星植民地や宇宙での過酷な労働に従事させるべく製造されたレプリカント(人造人間)。彼らは心理テストをしなければ人間と区別ができないほど精巧で、地球での使用が禁止されていた。
 とある惑星を脱出し地球に入り込んだ4人のレプリカントにはそれぞれに賞金が懸けられており、賞金稼ぎの警官”ブレードランナー”であるデッカード(ハリソンフォード)は夢にまで見ていた「本物の動物」(このころは本物の動物はとても高価で一般庶民が飼えるものではない)を手に入れる為、レプリカント捜査命令を引き受ける。
 早速デッカードはレプリカント製造メーカータイレル社を尋ねる。そこで黒髪の美女レイチェルに出会う。彼女がレプリカントと知りつつも次第に惹かれてしまう。彼は一人ずつ脱走レプリカントを抹殺してゆくが、リーダー(ルトルハウアー)と対決する事となるが、そこでレプリカントの悲しい心情をその体験から知る、、、、、。


 原作は「アンドロイドは電気羊の夢をみるか?」といい、ハードボイルドの語り口調で物語は進行しますが、初公開時はスコットの意にそぐわぬ強要がされ、後に”ディレクターズカット版”が発表されました。結局編集は「劇場初公開版」「ノーカット版」「ディレクターズカット版」の3種類存在します。バンゲリスによるクールなインストゥルメンタル音楽が物語を一層ミステリアスにかもしだしています。ディック作品の初めての映画化は当時の先鋭的なクリエイターたちのサポートに因り、まさに最先端の演出が功をなしている。10回観た私は不覚にも涙を落としてしまった。そもそも、設定が今見てもちっとも古くない事に驚いきますし、デックの一連の評価は、デックの死後になってから大いなる評価を集めています。見れば見る程に味の出る謎の多い佳作だと思います。

Philip k dick drawing.jpg


怒らないことと、怒らないこと・スマナサーラ長老の教え

                                    

 スマナサーラ長老は1945年スリランカ生まれの僧侶です。

 本日友人とスリランカフェスティバルに行ってきました。
スリランカフェスティバルは、多くの人が賑わう代々木公園で行われていたのですが、そのような喧騒の中、赤みがかったオレンジ色の袈裟を着たサマナサーラ長老の姿を見つけました。サマナサーラ長老のお話は以前友人に勧められてYoutubeで聞いたことがあり、その時見聞きした長老のストイックな佇まいに、私は妙な安心を覚えたものでした。そのスマサナーラ長老が突然目の前に現れたものですから私は感激してしまいました。スマサナーラ長老は誰かとつるんでいるわけでもなく、そこに佇んでいました。
「スマサナーラ長老ですか?」
「はい」とスマナサーラ長老。
「握手してもらってもいいですか?」と私。

 その時、私はスマサナーラ長老に人生の相談をしたかったのですが、何故か言葉が出てきませんでした。一瞬、間が空きました。するとスマナサーラ長老は穏やかな声で「それじゃあ」と一礼してその場を立ち去っていきました。

 この一連の流れから私は人に対しての礼儀について学ばせていただきました。ごくありふれた瞬間の出来事なのかもしれませんが、握手した後に何も言葉も出ない私を置いて黙って立ち去るのではなく「それじゃあ」と一礼する心使いに私は礼儀作法を学ぶことができたのです。

 芸能人などが自分のファンに対して、目も合わせずに握手していたり、いやいやサインしている姿を見慣れていたせいか、スマナサーラ長老の鋭い眼光に私はぐうの音も出なかったのです。想像以上にストイックなスマナサーラ長老の姿勢に私は人間の根幹を見出す事ができました。自然な精神のあり方について考えることができたのです。

 参考までにスマナサーラ長老について参考資料を添付させていただきます。(以下、Wikipediaより)
アルボムッレ・スマナサーラ長老
 スマナサーラ長老

上座仏教(または
上座部仏教[4])と呼ばれるテーラワーダ仏教は、東南アジアで広まる仏教であり、日本に伝わる大乗仏教に対し、釈迦が説いた初期仏教の影響が強く[12]、初期の経典、原始仏典を重んじる[4]。それら仏典も釈迦本人が書いたものではものではないが、早い時期に弟子たちが纏めたものである[4]

上座仏教に関して、スマナサーラは、日本の仏教とは共通点も多いが違う点もあり、日本の仏教は釈迦の死後かなりたってから編纂された大乗経典に基づくため、釈迦のアイデアが旨く伝わっていない部分があると述べる[20]。 上座仏教は神も信仰も無いことで他の宗教と異なると述べ、仏教は釈迦の「教え」であって「宗教」では無く、論理的で実践的な「心の科学」だと説き[21]、今この場で役に立ち、自ら実践し理解する智慧の教えであると説く[1]

「怒らないこと」に関しては、「世界」は自分の思い通りには変えらないため、「自分」の方が変われば良いと説く[22]。一切の物事は無常であり、無常が怒りの原因であり、人は怒らずにはいられないと説き[23]、我々は常に変化し、体は苦の感覚で出来ており不変の実体は無いことを説く[12]。人を不幸にしているのは怒り・欲望・執着などであり、理性によって捨て去ることができること、そのために重要なのは怒らないことであること、怒ることは「自分は正しい」という態度であり極限の無知であること、人が怒りを止められないのは自我が強いからであるが、自我とは錯覚に過ぎないことなどを説く[21]。「自分は偉い、自分を認めてくれないといけない」といった自我が怒りの元であり、その状態から逃れるには、怒りがわいたとき「これは怒りの感情だ」と、自分の精神状態を客観視するのが良く、それにより気持ちがよくなり元気になれると説く[24]

自身の活動に関しては、釈迦の語った内容を分りやすく話すことを行っており、現実に生きる人々の役に立つことを教えており、現実の日本社会で問題を抱える人に、どんな問題を持っているのか尋ね、それに適した仏教の教えを紹介していると述べる[5]。現代は、釈迦の時代と比べ機械文明が進んだが本質は変わらず、現代人の悩みは、釈迦の教えで全部答えることが出来、来日後約30年経つが、答えられなかった質問はひとつも無いと述べる[5]。日本で活動する理由は、日本人が仏教を何も分っていないと思ったからであり、一方、駒澤大学時代における学生との交流から、日本人は躾がされていて性格的にはしっかりしており、納得のいくことを言われればきちんと実行するので、難しい仏教でも頑張れば出来る人々だと思ったからだと述べる[5]

著書『怒らないこと』に関しては、本書は「怒りがあってうまくいかない」という相談への答えとして書いており、「怒ってはいけない」ではなく「怒りとは何か」「何で怒るのか」を論理的に分析してみせており、それが分ると自己管理が出来るようになると述べる[5]。日本人は決断や心のコントロールが失われてきていると思うが、仏教を学べば怖くないことが判ると述べ、怒りの問題が最も分りやすく、怒りと戦うと他の弱みは全部消えると述べる[5]。人間は弱いため、厳しく極限的に言う必要があり、それを計算して書いており、言葉が荒っぽい・乱暴だと指摘されるが、それは全部敢えて意図的に入れており、指摘されても「ほら当たったぞ」という感じであり直そうとは思わず、論理的・知識的に本質を批判できないことを知った上で書いていると述べる[5]

道徳に関しては、仏教では、自分が他人にしてほしくないものが非道徳・してほしいものが道徳であり、一切の生命を慈しむことこそが全ての人間の問題の解決策だと説く。  

解毒作用のある玄米の話【見直されている玄米食】

 
 そもそも玄米とは稲の果実とも言われる籾(もみ)から籾殻(もみがら)を除去した状態で、精白されていない状態の米です。それでは解毒作用のある玄米についてまとめてみましょう。

 1、玄米と白米のカロリーはほぼ同じ。
 2、噛みごたえがあるので、咀嚼(そしゃく)回数が増え満腹感が得やすい。
 3、胚芽・糠(ぬか)にはビタミンBやミネラル、食物繊維が豊富です。
 4、強力な解毒作用(フィチン酸によるデトックス効果)により放射能などを体外へ放   
   出してくれる。(病気を治す作用が報告されています)

 玄米と言ってもできるだけ自然栽培、有機栽培されたものを選びましょう。なぜなら、残留農薬があるからです。残留農薬を落とす工夫としては、だし昆布を入れておくという方法があります。
 
 〇 発芽玄米
 発芽玄米は玄米を水に浸して発芽させます。
 玄米を発芽モードにするには、水に浸して一日以上置いておくと、小さな芽が顔を出してきます。発芽玄米を食べることによって体内に蓄積された金属などの有害物質を体外へ排出してくれます。(キレート作用)

 
 実際に玄米を食して真っ先に感じたことは、便秘しなくなったという事が挙げられます。玄米食に慣れてくると、一菜一汁のおかずでも満足できるようになります。玄米自体に旨みが感じられるのです。

 いかがでしたか?
 内部被ばくの解毒作用にとどまらず、玄米には実に多くの効用があるということなのです。

日本人はなぜ少子化なのか?

 ファーストフード、コンビニ食、果ては外食産業の低コスト化、賞味期限の先延ばしにより、食品添加物やパーム油の使用が多発され、日本人の少子化と弱体化が深刻になっています。そのような外食産業一辺倒により精神を病んでしまう者も少なからず存在しております。また、原発事故と遺伝子組み換え食物輸入の追い討ちも加わって「処で、一体何を食べたら安心か?」というテーマが(心ある)市民レベルで囁かれるようになってきました。
 
 1970年代は、危険な食べ物といってもサッカリン等の人工甘味料(現在ではトクホ飲料が有名)、人工着色料(黄色4号、赤色3号など)の駄菓子、インスタントラーメン、そしてミートボール等の冷凍食品に気を付けていればそれで何とか凌げましたが、80年以降怒涛のように「不健康食品」が私たちの食卓を包囲し始めます。

 よくもまぁ、これだけの不健康食品だらけになったものです。

 私自身親の目を盗んで近所の駄菓子屋さんであんずや麩(ふ)菓子等を平気で食べていましたが、心の中にどこか背徳感を以って食していました。「そんなもの食べてると病気になるぞ」と父親に叱られても、あの見るからに毒々しい色をした駄菓子の無機的な甘さと、駄菓子を食べるというカタルシスにどっぷりはまっていたのです。今思うと軽い自殺行為でした。父親のこと「健康マニア」だと思っていましたが、今思うと父親は正しかった事が分かりました。

 一方インスタントラーメンや、冷凍食品の食べ始めは、見事な母親の手抜きによるものでした。母親はママさんバレーやご近所づきあい等で(安易に)薦められる新商品に飛びつき、「これ安いのよ」「これ日持ちするのよ」というお馴染みのキーワードを振りかざしては子供らを見事に洗脳しておりました。しかも、戦争経験者故の多少腐ったものまで「食べなさい攻撃」までやってのけるという快挙をやってのけていました。

 1980年代に入ると自民党・中曽根政権が(国民の知らないうちに)アメリカと理不尽な条約を結び、結果として殆どの石鹸や、歯磨き粉、シャンプーなどにいまでは悪名轟く「フッ素」なるものが混入され始めます。それもTVコマーシャルでは「フッ素は健康に良い」といっ嘘八百まで並べ立て、医者や御用学者を動員して、一大キャンペーンを始めます。この手の詐欺的手腕は現代の「ワクチンで安心」にも似ています。言っておきますがワクチンはとても危険なんです。

 こんな感じで大企業と政治の癒着は大きな利権を伴い、日本人の意識低下を促し続けて現在に至っています。なぜ少子化させられている事に疑問をもてなかったのか?
それは私たちは毎日が忙し過ぎて、この事を知らされていないかったのが一つ。もう一つはこの事を知ってはいるが会社(お金)のシステムに洗脳されてしまっているからです。或いは、未だに「自分は関係がない」と思い込んでいる、本物の阿呆。子供ならまだしも、いい大人がこの低落だとしたら、その人の社会的立場がどうであれ、収入が良かろうと、もはや立派な愚鈍(ぐどん)です。最も醜いのは努力もしないで「自分ひとりではどうしようもないじゃないか」と負け犬根性が染みついた輩です。ここまで来ると一人前の魯鈍(ろどん)です。

 不健康な食べ物はたくさんありますが、馬鹿にもいろいろなのが存在します。どうせなら「健康バカ」でありたいものです。

   
タグ絞り込み検索
ギャラリー
  • 愛するペットが死とどう向きあえばいいか【ペットロス症候群による損失感の意味について】
  • 愛するペットが死とどう向きあえばいいか【ペットロス症候群による損失感の意味について】
  • セキセイインコのトリセツ【飼育方法・基本編】
  • 職人に訊け!渋谷大木サイクル商会・大木さんインタビュー
  • 職人に訊け!渋谷大木サイクル商会・大木さんインタビュー
  • 職人に訊け!渋谷大木サイクル商会・大木さんインタビュー
  • ライブドアブログ