カイロプラティクとはギリシャ語でchiro(手)とprakticos(技術)を組み合わせた造語で、日本では未だに法制化されていない民間療法のひとつで、世界保健機構(WHO)では鍼灸等と同等に位置付けている民間療法のひとつです。
カイロプラティックは1895年に米国のDr.DDパーマーによって創案されたとされていますが、実のところは1874年にDr.ATスティルという人が発案したという説が濃厚です。
ATスティルは3人の子供を髄膜炎で亡くし、子供を救う為に何もできなった事を後悔し、世界中を旅し、薬のない時代の治療手技を学び、オステオパシー(総合手技療法)をまとめたものがカイロプラティックの始まりです。
ATスティルはその効果を確認するとアメリカ各地でセミナーを行います。その中の生徒の一人がダニエル・デヴィット・パーマーでした。その頃、世界各地で同時多発的に(薬を用いない)民間療法が現れ始めます。その一方、デヴィット・ロックフェラーらの石油メジャーらの陰謀によって(薬を使わない)民間療法は弾圧されてしまいます。
やがてアロパシー(薬を最重要視する現代医療)運動家はロックフェラーらの協力を得、政治機関に積極的に働きかけを行います。その結果アロパシーは保険の利く医療として陽の目を見るのですが、オスティオパシー医師たちは儲けよりも患者を助けることに夢中になり、保険機関との繋がりに遅れを取ってしまいます。
その後パーマーは戦略的にPRを打ちますが「医者に行く前にカイロプラティック」というキャッチコピーに腹を立てたロックフェラーはAMA(アメリカ医師学会)に圧力をかけ、カイロプラティック(オスティオパシー医師)の120人程の医師たちは、ニセ医師扱いを受けて投獄されてしまいます。
その時裁判所の周りを、オスティオパシーによって健康を取り戻した者たちが取り囲み「彼らを解放せよ」とシュプレヒコールを上げてカイロプラティック医師たちを救い出しました。裁判所といえども世論の声を無視することはできなかったのです。世論がロックフェラーらの陰謀からカイロプラティック医師を救ったのです。
スポーツ選手やダンサーなど体を使う人たちのパフォーマンスを上げるのに適しているカイロプラティックですが、頸椎への急激な回転運動操作(骨をポキポキ鳴らす施術)「スラスト法」は危険が高いという報告がされています。「技術」「知識」「倫理」「安全管理」を踏まえた(しっかりとした教育を得た)医師から施術されるのであればとても有効な治療手段だと言えるのです。
(情報提供:施術者養成塾「上野塾」代表上野幸雄氏)