2013年04月
2013年04月29日
カメラ修理 OLYMPUS PEN-D (オリンパスPEN-D)
こんにちは。
きょうは、OLYMPUS PEN-D です。
当時、PEN、PEN-EEシリーズと矢継ぎ早にハーフ判カメラを開発していたオリンパスが、新たに男性向けにアピールして開発したのがPEN-Dシリーズです。
PENのプロ仕様・高性能版といえます。
この初代PEN-Dは1962(昭和37)年の発売です。
最高シャッタースピード1/500秒、大きな32mm/F1.9レンズと、セレン電池式の光度計を備えています。
総合整備一式を行ないました。

トップカバーを外すと、中央に居座っているのがファインダー/セレン電池/光度計が一つになったユニットです。
当時のPENシリーズは、部品をユニット化したりシンプルにしたりと、どれも合理的に設計されていたように思います。

レンズボードをはずして、フィルム室側から。
絞り羽根が見えています。

ひと通り分解したところです。
このあとシャッターユニットを分解・整備、シャッター羽根洗浄、絞り羽根洗浄、各部点検・清掃・グリスアップ、光度計の調整などを行いました。

デジカメは手放せないとしても、これにフィルム1本詰めてポケットにしのばせれば、連休中のスナップ撮影に最適かも知れません。
次回機種は未定です。お楽しみに。
*********************************************
当工房では、良いものを長く、愛着を持って大切にされるお客様の気持ちになり、真心をこめて修理致します。
国産MFカメラ修理専門
カメラ修理工房 ミノハ
*********************************************
ブログをご覧の皆様へ
いつもご覧いただきまして、誠にありがとうございます。
当ブログでは、お客様からご依頼のあったカメラ修理の様子を中心にご紹介しています。
カメラ修理は、ご自分で分解などなさらず是非プロの修理屋さんにご依頼くださいますよう、お願いいたします。
また、記事の内容や表現等に、工房主の不勉強、無知識による間違いなども多々あるかと思います。
そのようなことがございましたら、どうかご了承いただけますようよろしくお願いいたします。
ありがとうございました(^_^)
工房主
きょうは、OLYMPUS PEN-D です。
当時、PEN、PEN-EEシリーズと矢継ぎ早にハーフ判カメラを開発していたオリンパスが、新たに男性向けにアピールして開発したのがPEN-Dシリーズです。
PENのプロ仕様・高性能版といえます。
この初代PEN-Dは1962(昭和37)年の発売です。
最高シャッタースピード1/500秒、大きな32mm/F1.9レンズと、セレン電池式の光度計を備えています。
総合整備一式を行ないました。

トップカバーを外すと、中央に居座っているのがファインダー/セレン電池/光度計が一つになったユニットです。
当時のPENシリーズは、部品をユニット化したりシンプルにしたりと、どれも合理的に設計されていたように思います。

レンズボードをはずして、フィルム室側から。
絞り羽根が見えています。

ひと通り分解したところです。
このあとシャッターユニットを分解・整備、シャッター羽根洗浄、絞り羽根洗浄、各部点検・清掃・グリスアップ、光度計の調整などを行いました。

デジカメは手放せないとしても、これにフィルム1本詰めてポケットにしのばせれば、連休中のスナップ撮影に最適かも知れません。
次回機種は未定です。お楽しみに。
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当工房では、良いものを長く、愛着を持って大切にされるお客様の気持ちになり、真心をこめて修理致します。
国産MFカメラ修理専門
カメラ修理工房 ミノハ
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ブログをご覧の皆様へ
いつもご覧いただきまして、誠にありがとうございます。
当ブログでは、お客様からご依頼のあったカメラ修理の様子を中心にご紹介しています。
カメラ修理は、ご自分で分解などなさらず是非プロの修理屋さんにご依頼くださいますよう、お願いいたします。
また、記事の内容や表現等に、工房主の不勉強、無知識による間違いなども多々あるかと思います。
そのようなことがございましたら、どうかご了承いただけますようよろしくお願いいたします。
ありがとうございました(^_^)
工房主
旧車のはなし
きょうは「昭和の日」。
一時期「みどりの日」と言われていましたが、これは現在は5月4日ですよね。
今日は、昭和天皇の誕生日にあたります。
だからという訳ではありませんが、今日は昭和時代のある「旧車」についてのお話です。
私が運転免許を取得したのは大学2年生、1982(昭和57)年のことです。
その頃たまたま友人が探していたこの中古車に興味が湧いて(それまでクルマにあまり興味はありませんでした)、試しに私も探してみたら探し当ててしまい、免許が取れたタイミングもあって結局購入することになりました(当時はインターネットなんてありませんでしたから、情報はもっぱら中古車情報誌です)。
うちは両親とも免許を持っていませんでしたから、家族初のマイカーとなったわけです。
その名は「パブリカ(Publica)」。

この外装色は、後年好みに調色してもらったもの。購入当初はホワイト/内装赤で可愛いかった。
都合レストアを2回行っていて(奥さん家が自動車板金屋さん)、内装は自分で。内張りはベニヤなので簡単(オリジナルの素材は、むかしのTV受信機の裏蓋と同じヤツ)。
コラムシフトの4速ミッション。三角窓は走っていれば意外と涼しい(虫も飛び込む)。
「トヨタ パブリカ800DX」 という車種で、当時すでに希少と思われる空冷水平対向2気筒エンジンを搭載した、4人乗りのクルマでした。
家族はもちろん、自分もクルマに疎かったということもありましたが、それでもすでに15年落ちの、エアコンも付いていないクルマを購入するということはどういうことなのかは自分ではある程度分かっていました(要するに趣味性が強いということです)。
一方、免許取りたてでこんなクルマを運転して街へ出るなんて、何て勇気のいることだろうと、嬉しさと不安の入り交じった気持ちでした。

エンジンルーム内の銘板。型式はUP-20。排気量790cc。36psはグロス表示で、実際には28~30psくらい?
当時、2つ下の妹は受験生だったし、家族でドライブという雰囲気は無かったのは幸いだったかも知れません。
私は当時住んでいた岐阜から、名古屋市内の短大まで、旧国道を使って何度か行き来しましたが、それ以上遠出をしようとは思わないクルマでした(笑)。
翌年には名古屋市内の会社に就職し一人暮らしを始め、クルマも持って来てしまいましたから、特に両親には申し訳なかったと思っています。

予備用に持っているフェンダーサイドのエンブレムは鋳造の金属製。ほかにステアリングのホーン部や、すぐ腐るマフラーのタイコ部分など、今でも予備として大事に保管中。機会あればまたいつか・・・(かなわぬ希望?)
それから23年間、途中幾つかのクルマに浮気しながらも、手放さず乗り続けました。
その間、連れ合いが出来、転居し、家族が増えといった歴史と一緒に、いつも隣にいた、空気のような存在でした。
普段は通勤の足として、またセカンドカーとして家族でドライブに出掛けたり、保育園の送り迎え等にも活躍しました。子供たちも大好きなクルマでしたね。
錆びたりあちこち手も掛かるし、夏はうだるように暑い(熱い)し、雨降りはフロアに清水が湧きましたが、それにも勝る魅力があったのでしょう(私には・・・ね)。
心臓であるエンジンが空冷でシンプルだったことも、長く乗れた理由かも知れません。ラジエターがありませんからね。

ボンネット空けても、エンジン本体は見えないくらい小さくて低い。
考えてみれば、中型バイクと変わらないわけ。丸いエアフィルターケースが懐かしいでしょう?
晩年は、当地(愛知県)から長野県木曽郡、御嶽山の麓まで2~3回往復したのが、長距離ドライブの記録でした(往復300キロ程度ですけど・・・)。
1号線を使っての、東京往復ドライブを企画したこともありましたが、実現する前の2006年、「経済的」な理由から、泣く泣く手放すことになり、次のオーナーさんへお譲りしました。
今でも、三重の空の下、元気に暮らしているでしょうか?

2ドアセダンという今は見掛けないスタイル。自分の身の丈に合ったクルマという印象。周りのクルマが良くなりすぎた感強し。高速道路はつらいが、スピードが出ないわけではない(110Km/hくらいまで)。でも急には止まれないかも(汗)
できればまた乗りたい。
経済的な理由で手放したといった割には、現在乗っている後継車も実は趣味性のかなり強いクルマ(軽ですが)です。
このお話は、機会あればまたいつか・・・
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当工房では、良いものを長く、愛着を持って大切にされるお客様の気持ちになり、真心をこめて修理致します。
国産MFカメラ修理専門
カメラ修理工房 ミノハ
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一時期「みどりの日」と言われていましたが、これは現在は5月4日ですよね。
今日は、昭和天皇の誕生日にあたります。
だからという訳ではありませんが、今日は昭和時代のある「旧車」についてのお話です。
私が運転免許を取得したのは大学2年生、1982(昭和57)年のことです。
その頃たまたま友人が探していたこの中古車に興味が湧いて(それまでクルマにあまり興味はありませんでした)、試しに私も探してみたら探し当ててしまい、免許が取れたタイミングもあって結局購入することになりました(当時はインターネットなんてありませんでしたから、情報はもっぱら中古車情報誌です)。
うちは両親とも免許を持っていませんでしたから、家族初のマイカーとなったわけです。
その名は「パブリカ(Publica)」。

この外装色は、後年好みに調色してもらったもの。購入当初はホワイト/内装赤で可愛いかった。
都合レストアを2回行っていて(奥さん家が自動車板金屋さん)、内装は自分で。内張りはベニヤなので簡単(オリジナルの素材は、むかしのTV受信機の裏蓋と同じヤツ)。
コラムシフトの4速ミッション。三角窓は走っていれば意外と涼しい(虫も飛び込む)。
「トヨタ パブリカ800DX」 という車種で、当時すでに希少と思われる空冷水平対向2気筒エンジンを搭載した、4人乗りのクルマでした。
家族はもちろん、自分もクルマに疎かったということもありましたが、それでもすでに15年落ちの、エアコンも付いていないクルマを購入するということはどういうことなのかは自分ではある程度分かっていました(要するに趣味性が強いということです)。
一方、免許取りたてでこんなクルマを運転して街へ出るなんて、何て勇気のいることだろうと、嬉しさと不安の入り交じった気持ちでした。

エンジンルーム内の銘板。型式はUP-20。排気量790cc。36psはグロス表示で、実際には28~30psくらい?
当時、2つ下の妹は受験生だったし、家族でドライブという雰囲気は無かったのは幸いだったかも知れません。
私は当時住んでいた岐阜から、名古屋市内の短大まで、旧国道を使って何度か行き来しましたが、それ以上遠出をしようとは思わないクルマでした(笑)。
翌年には名古屋市内の会社に就職し一人暮らしを始め、クルマも持って来てしまいましたから、特に両親には申し訳なかったと思っています。

予備用に持っているフェンダーサイドのエンブレムは鋳造の金属製。ほかにステアリングのホーン部や、すぐ腐るマフラーのタイコ部分など、今でも予備として大事に保管中。機会あればまたいつか・・・(かなわぬ希望?)
それから23年間、途中幾つかのクルマに浮気しながらも、手放さず乗り続けました。
その間、連れ合いが出来、転居し、家族が増えといった歴史と一緒に、いつも隣にいた、空気のような存在でした。
普段は通勤の足として、またセカンドカーとして家族でドライブに出掛けたり、保育園の送り迎え等にも活躍しました。子供たちも大好きなクルマでしたね。
錆びたりあちこち手も掛かるし、夏はうだるように暑い(熱い)し、雨降りはフロアに清水が湧きましたが、それにも勝る魅力があったのでしょう(私には・・・ね)。
心臓であるエンジンが空冷でシンプルだったことも、長く乗れた理由かも知れません。ラジエターがありませんからね。

ボンネット空けても、エンジン本体は見えないくらい小さくて低い。
考えてみれば、中型バイクと変わらないわけ。丸いエアフィルターケースが懐かしいでしょう?
晩年は、当地(愛知県)から長野県木曽郡、御嶽山の麓まで2~3回往復したのが、長距離ドライブの記録でした(往復300キロ程度ですけど・・・)。
1号線を使っての、東京往復ドライブを企画したこともありましたが、実現する前の2006年、「経済的」な理由から、泣く泣く手放すことになり、次のオーナーさんへお譲りしました。
今でも、三重の空の下、元気に暮らしているでしょうか?

2ドアセダンという今は見掛けないスタイル。自分の身の丈に合ったクルマという印象。周りのクルマが良くなりすぎた感強し。高速道路はつらいが、スピードが出ないわけではない(110Km/hくらいまで)。でも急には止まれないかも(汗)
できればまた乗りたい。
経済的な理由で手放したといった割には、現在乗っている後継車も実は趣味性のかなり強いクルマ(軽ですが)です。
このお話は、機会あればまたいつか・・・
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国産MFカメラ修理専門
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2013年04月16日
カメラ修理 KONICA IIB (コニカIIB)
こんにちは。
きょうは、KONICA IIB です。
なんと1955(昭和30)年の発売。
このシリーズは沈胴させて収納するレンズ鏡筒部分が特徴ですね。
シャッターは自社製のKONIRAPID-SでB・1~1/500秒。
レンズはHexar50mm/F3.5(F2.8モデルも存在)。
まあるいBのエンブレムで、KONICA II型でタイム露出切替スイッチのあったところを塞いでいます。
総合整備一式を行いました。

分解は比較的容易です。各パーツは思いのほか精巧に作られている感じを受けました。

スロー不具合の為、分解して洗浄/注油します。

シャッター羽根、絞り羽根も全て分解/洗浄します。

緻密な金属の集合体。機械式カメラの魅力が存分に味わえる逸品です。
正面パネルの、カーブさせたデザインも洒落ていますね。
次回機種は未定です。お楽しみに。
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当工房では、良いものを長く、愛着を持って大切にされるお客様の気持ちになり、真心をこめて修理致します。
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カメラ修理工房 ミノハ
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ブログをご覧の皆様へ
いつもご覧いただきまして、誠にありがとうございます。
当ブログでは、お客様からご依頼のあったカメラ修理の様子を中心にご紹介しています。
カメラ修理は、ご自分で分解などなさらず是非プロの修理屋さんにご依頼くださいますよう、お願いいたします。
また、記事の内容や表現等に、工房主の不勉強、無知識による間違いなども多々あるかと思います。
そのようなことがございましたら、どうかご了承いただけますようよろしくお願いいたします。
ありがとうございました(^_^)
工房主
きょうは、KONICA IIB です。
なんと1955(昭和30)年の発売。
このシリーズは沈胴させて収納するレンズ鏡筒部分が特徴ですね。
シャッターは自社製のKONIRAPID-SでB・1~1/500秒。
レンズはHexar50mm/F3.5(F2.8モデルも存在)。
まあるいBのエンブレムで、KONICA II型でタイム露出切替スイッチのあったところを塞いでいます。
総合整備一式を行いました。

分解は比較的容易です。各パーツは思いのほか精巧に作られている感じを受けました。

スロー不具合の為、分解して洗浄/注油します。

シャッター羽根、絞り羽根も全て分解/洗浄します。

緻密な金属の集合体。機械式カメラの魅力が存分に味わえる逸品です。
正面パネルの、カーブさせたデザインも洒落ていますね。
次回機種は未定です。お楽しみに。
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ありがとうございました(^_^)
工房主
2013の鯉のぼり
ちょうど1年前、「今年が最後」と揚げたはずの鯉のぼりですが、
今年は下の子が小学校最後の年ということで、「今年こそ最後に」と揚げたわけです。

でも今日は、風が弱くてうまいこと泳いでくれません。
あっという間の1年です。
子供たちには、1日1日を大切に過ごしてほしいと思います。
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当工房では、良いものを長く、愛着を持って大切にされるお客様の気持ちになり、真心をこめて修理致します。
国産MFカメラ修理専門
カメラ修理工房 ミノハ
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2013年04月08日
カメラ修理 Nikon F2 (ニコンF2)
こんにちは。
きょうは Nikon F2 です。
F2は、1971(昭和46)年に発売されました。
1959(昭和34)年発売の、ニコン初の一眼レフ機「F」の後継機です。
パッと見は、Fの角(かど)を落としたマイナーチェンジのようですが、中身は全く違っています。
シャッターの最高速度(1/2000秒)、シャッター幕素材(チタン)から、裏蓋開閉(ヒンジ式)、モータードライブの着脱性といったところまで、大きく進化を遂げました。
また、露出計を内蔵したファインダーを搭載したモデルもあり、こちらは「F2フォトミックシリーズ」と称し、レンズのAi化をともなって数度改良され、進化しました。
長期間使用されなかった機体の総合整備を行いました。

「F」では、SPなどレンジファインダー時代の設計手法を感じましたが、「F2」では部品構成や精度を含め、新しい思想を感じます。

プレビューボタンの操作が異様に重く、前板を取り外し整備しました。

各部清掃・グリスアップも済ませます。

新品同様、とはいきませんが、各部操作もかなり軽くなりました。
次回機種は未定です。お楽しみに。
*********************************************
当工房では、良いものを長く、愛着を持って大切にされるお客様の気持ちになり、真心をこめて修理致します。
国産MFカメラ修理専門
カメラ修理工房 ミノハ
*********************************************
ブログをご覧の皆様へ
いつもご覧いただきまして、誠にありがとうございます。
当ブログでは、お客様からご依頼のあったカメラ修理の様子を中心にご紹介しています。
カメラ修理は、ご自分で分解などなさらず是非プロの修理屋さんにご依頼くださいますよう、お願いいたします。
また、記事の内容や表現等に、工房主の不勉強、無知識による間違いなども多々あるかと思います。
そのようなことがございましたら、どうかご了承いただけますようよろしくお願いいたします。
ありがとうございました(^_^)
工房主
きょうは Nikon F2 です。
F2は、1971(昭和46)年に発売されました。
1959(昭和34)年発売の、ニコン初の一眼レフ機「F」の後継機です。
パッと見は、Fの角(かど)を落としたマイナーチェンジのようですが、中身は全く違っています。
シャッターの最高速度(1/2000秒)、シャッター幕素材(チタン)から、裏蓋開閉(ヒンジ式)、モータードライブの着脱性といったところまで、大きく進化を遂げました。
また、露出計を内蔵したファインダーを搭載したモデルもあり、こちらは「F2フォトミックシリーズ」と称し、レンズのAi化をともなって数度改良され、進化しました。
長期間使用されなかった機体の総合整備を行いました。

「F」では、SPなどレンジファインダー時代の設計手法を感じましたが、「F2」では部品構成や精度を含め、新しい思想を感じます。

プレビューボタンの操作が異様に重く、前板を取り外し整備しました。

各部清掃・グリスアップも済ませます。

新品同様、とはいきませんが、各部操作もかなり軽くなりました。
次回機種は未定です。お楽しみに。
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当工房では、良いものを長く、愛着を持って大切にされるお客様の気持ちになり、真心をこめて修理致します。
国産MFカメラ修理専門
カメラ修理工房 ミノハ
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そのようなことがございましたら、どうかご了承いただけますようよろしくお願いいたします。
ありがとうございました(^_^)
工房主