ラブレターはたらくということ

September 07, 2011

線を点にもどす作業


時間もないのに、触発されて文字をタイプしている。

続ける、ということがネックになっていて、少しでも自分のなかで
義務に近い位置づけをしてしまったら、途端に手が止まってしまう。
頭が止まってしまう、のかも知れないけれども。  

意識的に残すというところでは同じ括りかも知れないけれど、
書きたくて書いてる、というよりは出せていない部分を補うような。

不健全?まあ、まあ。





「夢をみ続けないと撮り続けられないのかもしれない」という、仮説。

いつだって、心惹かれる写真を撮るひとは夢見がちで、それが魅力となって
周りに認められているひとなんじゃないか、と思っている。

どうしたって早く地に足をつけたいし、石橋を叩いて叩いて、壊れそうになる前に渡るような
いまの私には、出来ない(もしくは、出来なくなった)ことだ。




年齢というのもあるかもしれない。

つくづく、僅かながらでも年齢を重ねるたびに思うのは
20代前半までは、尖っていたなあと思うし、尖っている時のほうが
表現に迷いもなく、評価されることも多かった気がする。


特有の、
と言ってしまえば元も子もないのだけれど
そういう、不器用な部分をぶつけるくらいでないと、ものづくりをしたり
作品を残し続けていくことは出来ないのではないかしら?と。


感情の、最たる部分の初期衝動。




そこから少し経って、それまでを振り返る機会が誰しもあって
それでも続けていけるひとは続けていけるし
見ないふりをして初期衝動を抱えたままオトナになっているひともいるし。

パフォーマンスとして割り切っているひとも、なかには居ると思う。
(けれど悲しいかなその場合は直ぐにわかってしまうのだ、目が肥えているひとには)



続けていけないひとは、そこで方向性を変えてみたり
別の道に進むことをする。





いつだって、後ろ髪引かれながら離れられないまま
色々を目で追うだけの私は仕様もないな。


したいことをする、
そして、できることをする、ただそれだけなのに。





camerria99 at 11:31│Comments(0)TrackBack(0) おもいごと 

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