August 2011

August 25, 2011

ラブレター


少し抜けた感じ。

多分、食べ物と、衝動買い(という名の以前からのもやもや)のおかげ。



「食べたいと思うものが食べられない時が続くと、他のものを食べ続けてしまうし、
ずっと物足りない感じが続くよ」
 
だなんて聞いたものだから、「はて?」と思って、心の声にしっかり耳を傾けてみたら。
どんぴしゃり。

無事にまず、ひとつすっきり。
素直に聞けるひとの言葉は、大事だね。




衝動買い、とはいえ
ずーっと、頭のすみにあったことを、この機会・タイミングが合ったから
一歩踏み出した感じで。

運命、とまではいかないけれど、フィーリングって大事だね。
あと、手が大きいこと忘れてはいけない、と思った。
ぼんやり思っていた理想の形を口にすることも。



今日の、恒例のシャワータイムにつき1結論。
1結論というか、ずっと引っ掛かっていた、最近のかなしさの原因というか。

私が動かなければ進まないことであって、
徐々に、徐々に、と思わなければいけないこと。

考えだすと息苦しくなって、呼吸すら侭成らなくなりそうだったけれど
(そういうところ、本当に不器用というか、子供というか)
そういう時は何処かに残して、一時、忘れるのが私の対処法。

忘れないとフラットに物事が考えられなくなって、『ただしい』判断が出来なくなるから。


『ただしい』というか…
『ただしい』というか、客観的というか、建設的というか。

そういう、考えに至る判断。




星野源くんのラジオを聴くのが習慣になってきていて
今夜も生唄を聴くことが出来て。

「歌を歌うときは」、が妙に沁みた。


ひとつひとつが、しっくりくる。
うたごころ、というより、彼の『ひとごころ』が、そうさせるのだと思う。

じっくりと、いま考えていること、その断片でもいいから聞いて
語り合ってみたいと思うひと、だ。




どんな頭のなかになっているのか、を知りたいひと
素性や普段の生活、を知りたいひと

それぞれ、居るけれど
語り合ってみたいし、ちゃんと話してくれそうなひとだな、と思う。


(ラブレターになっちゃった) 






明日は舞台と、ときめきのギターレッスンである。



camerria99 at 02:39|PermalinkComments(0)TrackBack(0) おんがく | ひびつれづれ

August 10, 2011

浮いたり沈んだりの前に、


話すことで初めて気付く、感情と
話すことで初めて気付かされる、事実と


足りないのではなくて、伏せているだけなのか
現状を変えていかなければならないのは、何故なのか



同じ方向性を見出すこと
それぞれが続けていくこと

自分の想いの先と、スタンス



『求めない、奪わない、指示しない』




このスタンスは通じる場所だと伝わるけれど
そこまで辿り着いていない場所では通用しないみたいだ


さて、これからどうしようかね




自分自身のバランスを保てなくなっている、のは甘えで、
それを越えて体現していくしかない、として


それとは別の角度で、何かしら疲れてしまっているのは
何がクリアになればその先に進んでいけるのだろうか

巡らせる前、ただ進む以外にも
ひとりで考え抜かなければ同じことの繰り返しになるだけだ






誰も信用出来ず、信用されず
何も伝えられず、伝わらずに閉じていくだけ




分かってしまうからこそ、おっかなびっくりで微笑んでしまう
今はそれしか出来ないものだから





camerria99 at 20:37|PermalinkComments(0)TrackBack(0) おもいごと 

August 06, 2011

きょうの違和感


睡眠時間が不規則なのは、お休みを沢山頂いているからでしょうか。
(明日、というか今日も予定があるのでお休みを頂いております)


うん、眠たくならない。
というのも画面の前で自分の写真とにらめっこしていたから、なのだけれど。

どうこうしていきたい、わけではないけれど
自分の写真をみてしっくりこない、というか
「つまらない」と思えてしまうのは。




ちゃんと『みて』撮っていないから、なのか
写真を『みて』いないからなのか。




数日経ったら何か違う風にみられるかもしれない。



最近になって、広角の写真に違和感を覚えるようになって
けど、50mmレンズの一眼はハーフしか持っていないものだから、
やっぱり、持つべきか。うーん。

ハーフを使い倒すべき、か。
されどハーフ。




今宵のもやもやはこんな感じでした。
また明日ハーフを持って出掛けよう。




camerria99 at 02:56|PermalinkComments(0)TrackBack(0) しゃしん 

August 04, 2011

ひかりのまち


今週も連休を頂いていました。珍しく、4日間。 
8月に入って、1日はライブに行っていました。仙台まで。

2日は帰るまでにゆっくり時間をとって、今の私が見ることが出来るものを見てきました。
ひとりで、しかも徒歩だけだったので出向ける場所は限られているし、
本当にほんの少し、の今しか見られなかったのかもしれないけれど。




 
被災被災、と云われているけれど、何処までが被災地、なのだろうか。
生活に支障が来された場所まで? 震度の高かった場所まで?
それとも。

私が住んでいるところも、当日は5強を観測されていて、
今まで体感したことのない恐怖を味わい、それでもライフラインは直ぐ復旧し、
数日「普段通り」ではない、生活をしていたくらいで。

それは被災、とは云わないのだろうか。




さておき、
少なくとも震災の日以前の暮らしを心掛けているだけで、戻すようにしているだけで
誰しもが頭の中にはずっと、あの日のことがあるのだと思う。

そして今もまだ続く余震や、付随する色々な影響に対して、これからのことに
とても敏感になっているんだと、思う。



でも。
私たちは今出来ることをするしかなくて、その為に何が出来るのかというと、
ひとつひとつ、自分の目の前のやることをやるだけなのだと。
仙台に行って、思いました。

騒いでいたり、過剰に情報を信用したり、
発言をみて誰にも彼にもあーだこーだ言っている暇があるのなら
その前に一度行って自分の目で見てきたらいい。


そこに今も住んでいる、人々や街の姿を目の当たりにすれば
なんとなくでも、しっくりくる想いや答えが出るのだと思います。





何を言いたいのかわからなくなってきたけれど。
1日、ライブの最後の最後に、会場内の大きなスクリーンで観たこの映像を。


『もっと大変な想いをしているひとたちが居るのだから、泣いちゃいけない』
という想いがあったせいか、
なんで私今日この場所に来ちゃってるんだろう、という想いも少なからずあったせいか、
ただただ観ることしか出来なかったけれど、
観終わった瞬間、何とも言えない想いが溢れて、来れてよかったと思えました。

多くのひとに観て頂く為に、貼っておきます。




私の大好きなひとが、第二の故郷を想い唄ったものに
仙台の作家さんが映像をつけたものです。
仙台に住む、ひとたちの笑顔と共に。










さあ、明日からもやることをやるのだ。
(外に向けた言葉になると、ですます調に戻って、ブレるのやめたい) 




camerria99 at 23:45|PermalinkComments(0)TrackBack(0)