尾久 守侑って、読めない

詩を書いています。 第一詩集「国境とJK」(思潮社)絶賛発売中! http://amzn.asia/2gfT7A7

なんだか解らないのですが、1年に何度も何度も健康診断を受けるように言われるのでたいへんに苦痛を感じています。

特にどこか悪いところをお医者様にご指摘いただいたわけではありません。なんだか解らないのですが、繰り返し通知が来るのです。ぼくはむかっ腹が立って、やい、こんな健康診断など誰がうけるものか、と路上に落ちていた木の棒を振りかざしながら叫んだのですが、同僚や上司がみなごく当たり前のように健康診断に行くので、だんだんに自信をなくしてしまいました。

よく考えたら半年もたてばどこか悪いところがあるかもしれないのです。そういうぼくの健康に気を使って、せっかく何度も受けなさいと親切心からおっしゃってくださっているのに、被害的な感覚に襲われて、公共の場で木の棒を振り回すなどという蛮行に及んだ自分をぼくは恥じました。そして病院の方の親切心に感動して、世界には愛しかないんだなあと思いながら粛々と健康を診断してもらいに健康診断会場へと向かいました。

しかし、そこで自分はやはりこんなふざけたところに来なければよかったと強く後悔しました。会場に入るなり、笑顔の女性に尿を提出しろと迫られるのです。

そもそもそんなに随意に尿なんて出ないものです。しかし、みな余裕の表情でトイレに行き、1分も経たないうちに爽やかに出てきて尿を提出する。尿を提出できた選ばれし者だけが健康診断会場に入ることができる、という特権的なシステムになっていて、ほとほと嫌気がさしました。

どうやって尿を提出せずに健康診断会場に潜り込もうかと思いましたが、受付の列の横には何人も検尿おばさんが立っており、「尿は提出しましたか?」と一人につき5回くらい尋ねられる仕組みができあがっており、一度や二度は嘘をついてごまかせても、全員の検尿おばさんの目をかいくぐって健康診断会場に潜入するのはとても困難に思えました。

さて困りました。全く尿意はありません。気持ちだけが焦ります。「尿は提出するモノじゃない」そういうタイトルの欅坂46のダンスナンバーが脳内で勝手に作曲されていきます。検尿おばさんに囲まれて「うああああああああああ」と少女が絶叫するという、自分の精神が投影されたMusic Videoが脳内で繰り返し流れました。

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http://www.keyakizaka46.com/s/k46o/artist/17

とにかく飲水を負荷するしかない、そう思ってBOSS、というおっさんの顔がついたコーヒーを大量に飲み、十数分後、なんとか受付をすることができました。

しかし、中に入るとすぐに身長と体重を計るという精神的苦痛を伴うイベントが待っていました。むかしは身長計といえば、人が人力で頭にあの棒をおしつけて身長を測ったものですが、最近は自動で機械仕掛けの棒がしゅるしゅると脳までおりてきて、頭に触れたか触れないかくらいで自動でぐいーんと戻っていく、という電動測定器が使用されています。

人力の時は、本当は身長が小さいことを知っていながらも認めることができずに、「こんな小さいはずがないだろうがっ!」などと不条理に怒鳴ってクレーマーと化し、何度も測定させて人工的に身長を伸ばすという方法が使えましたが、電動ではそうはいきません。「こちらでお間違えないでしょうか」と尋ねられて、自分は「全くその通りです」としか答えることができませんでした。

失意のうちに視力検査が始まります。自分はどちらの目も悪く、特にどちらかが乱視でひどく悪いのですが、普段コンタクトレンズの定期検診にいく眼科は15年以上通っており、「こちらの平仮名を端から読んでください」といった質問に対しても、どこにどの平仮名が書かれているか完全に熟知しているため、もはや記憶が補正してよく見えてしまい、すらすらと豆みたいに小さな文字までいきなり読み上げて2.0などというhigh scoreを叩き出してしまうので全く参考にならず、こういった健康診断などの実力を試される場では特に緊張するのでした。

しかし結果として、相手の呼吸の様子などからメンタリスト的な感じでなんとなく間違った答えをいったということがわかって即座に訂正できてしまうため、「ひだりーじゃないや、みぎ」「上という文字は好きだけれど答えは下です」「ひだりききの彼氏がなんとかって歌ありましたよね?ああ、答えですか、上に決まってるじゃないですか」などと答えて結果的にまあまあのhigh scoreを叩き出してしまいました。


ところでさっきからhigh scoreと英語で表記しているのは、英語を使えば少しカッコいい、モテる感じがするかなと思ったからです!いかがでしょうか!(=゚ω゚)人(゚ω゚=)ぃょぅ!)


と急に意味不明の文章を挿入してしまいました。怖いですね。さて、そのあとは採血検査などいろいろ山場はあるのですが、一番の難所はなんといってもレントゲンの撮影でしょう。

一時に数人男と女で分けられて狭い部屋に通されて、ボタンのついたシャツを脱いで待つように言われるのですが、ああ、なんということでしょうか。自分は家庭の教育のせいかシャツの下に下着を着ない習慣があるので、皆がTシャツを着ているというのに、一人であほみたいに上裸にならなければいけないのです。

しかも、普段から鍛えていたり、焼いたりしていれば、上裸といっても全盛期、ビーチボーイズの竹野内豊みたいな感じでむしろ気色が良いのですが、自分は特に鍛えたりもしていなければ焼いてもいないので、ただ意味もなく上裸になっている変な趣味の人、という扱いになってしまい、心なしか周りに笑われているような気がして不快な気分になります。

大抵は、いつも呼ばれるギリギリまでシャツを羽織ってごまかしているのですが、なぜか放射線技師さんはそういう人に厳しく当たる傾向にあり、「ホラホラホラ、早く脱いで!」などと叱られてしまうので、仕方なく1分程度地獄のような時間を過ごさなければならないわけです。

地獄のような1分間を耐え忍び、自分はなんとか今年も2回目の健康診断を終えることができました。

今年の下半期も健康でありたいものです。それではみなさん御機嫌よう。

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*9/13 朝日新聞夕刊に詩「昼間の花火をみていた」を寄稿しました。

*詩客連載 第2回「ガールズナイト」が公開されています。 

自分は少ない時では19時間、多いと22時間半くらい、どうやったらモテるだろうか、ということをずっと考えているのですが、最近、ついに一つの結論に達しました。それは、不良になればモテるということです。

不良、と聞いて眉をひそめる人もいるかもしれません。田舎のゲームセンターやショッピングセンターで中学生からカツアゲをしている非行少年や、成人式に戦国無双のような服装で参列し、市長に爆竹を投げつけて騒いでいる金髪の青年たちのような出で立ちに僕がなってしまうことを想像して、ドン引きしている方がいるかもしれませんが、そうではありません。

「極悪」ではなく、いわゆる「チョイ悪」がモテるのではないかと、10年くらい遅れて思うようになったのです。

10年前といえばまだ自分は高校の生徒でした。「規律を守り、誇りと勇気をもって責任を果たそう」「互いに感謝の心を抱き、明るい絆を作ろう」「たゆまざる努力に自らを鍛え、たくましく生きよう」というAKBの円陣の掛け声みたいな3か条を毎日大声で絶叫しながら通学路を歩き、模範的な生徒として日々を過ごしていました。

ぼくの高校の規則がAKB48の戒律のモデルとなっているのはほぼ間違いなくて、例えば恋愛禁止がその最たるものでしょう(結婚はok)。男子と女子は駅から学校までの通学路が決して交わらないように完全に分けられており、なにかの間違いで女子の半径2kmに入ってしまった場合は牢獄に捕らえられて彼女とのツーショットプリクラを踏むように命ぜられ、「転ぶ」ことなく拒否したものは水磔の刑に処されたり海に沈められたりといった弾圧を受けてってこれは遠藤周作ですが、不純異性交遊に及んだ場合は退学になるなど厳しく男女交遊は弾圧されていました。

通学路を分けても意味がないじゃないかと当時は思ったものですが、同じ人や物に接する回数が増えるほど、その対象に対して好印象を持つようになるというザイオンス効果、という心理学用語を最近知って、そうか、うちの母校は女子にザイオンス効果を起こさないように通学路を分けていたんだな、ということに今更思い至り、意外とアカデミックな意味があったんだなあと感心していました。

そんな高校に通っていたので、恋愛はおろか、女子の目をまともに見たり、会話を交わすなどという破廉恥行為には到底手を染めるわけにはいかず、おっさん向けの雑誌で「いまはチョイ悪オヤジがモテる」といった文言を電車内とかで見ても、「モ、モテるなんて恐ろしいこと、よもや人間の所業ではない!」と叫んで中吊り広告を破って歩くなどしており、それが正義、ジャスティスと思って生きていました。

ところが大学生になって状況は一変しました。まず同じクラスに女性がたくさんいるのです。しかも会話の仕方がわからないままに挙動不審になっているうちに学内カップルがあっという間に5組くらいできてしまい、彼らはいまやみんな(ではないがほとんど)結婚してしまい、自分がようやくまともに女性の顔を見られるようになった頃にはすでにスタートダッシュをキメたやつらは女子やなんかと楽しげに遊んだりタワマンパーティーに行ったりしており、一方で自分は解剖発生学や生理学を勉強することだけに注力していました。

しかもいくら勉強を頑張っても誰にもモテないわけで、モテているやつは一体どうしているんだろうと当たりを見回すと髪の毛を金髪に染めたり、「クラブ」という不良のたまり場に出かけて行って音楽に合わせてゆらゆら踊ったり非行少女様の出で立ちの女性に声をかけたりしてあたかも不良然として振舞っているのです。偏差値が72くらいあるくせに。

そこで自分は一念発起して、まず髪の毛にパーマネントを当てて染髪するという鬼畜のような悪事に手を染めました。しかし実際染めてみると悪いものではなく、自分がなにか今風の若者になったかのような気持ちになり、心も浮ついてmixiを通じて女性にメッセするといった考えられないような浅ましい行為までするようになっていました。しかし、そのせいで女子もまともに話などをしてくれるようになり、これは明らかに髪の毛を不良然とした影響だな、と思うと同時に待てよ、と思いました。

つまり、精神世界では解剖発生学や生理学の事を考えており真面目なのに、見た目は不良のような髪型、つまりこの半真面目半不良の状態が自分の目指すべきモテ、ちょいワルなのではないかとその時思ったのです。

そこから修行が始まりました。すなわち、医学の道に邁進する一方で、見た目はどんどん不良のようになっていき、現在では夏はサングラスをかけて黒いタンクトップを着用におよび、冬はものっそいながいファーみたいなものを首から巻いて、カラオケでは歌もスピッツとかサカナクションみたいな軟弱な曲は一切歌わずEXILE系列一色、歴代の彼女はみんなあゆと倖田來未しか歌わない。恋ダンスを余興でやるような友達は一人もおらず誰の結婚式に行ってもみんな「R.Y.U.S.E.I.」を踊っている、そんな人間になればモテるんじゃないかとずっと思っているのですが未だに一歩も近づけずにいます。一歩も。 



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最近の活動。よかったら読んでね。

▶︎現代詩手帖8月号 アンソロジー企画「川口晴美と、詩と遊ぶ」に詩「空からなにも降ってこない」を寄稿。
▶︎現代詩手帖7月号 詩「天気予報士エミリ」とアンケートを寄稿。
▶︎詩客連載 詩ドラマタイゼーション
▶︎ユリイカ6月号 最果タヒ特集に論考「最果タヒさんと時代感覚」を寄稿。
▶︎ユリイカ5月号に詩「サラサラ」を寄稿。
▶︎詩集『国境とJK』絶賛発売中! 

9月になりましたね、そして時を同じくしてなんだか涼しくなってきたので、二重に9月っぽさを実感しています。

そうするとだんだん興が乗ってきて、教授回診の日なのにアフロヘアーにキラキラの服を着てEarth, Wind & Fireという外人のおっさんのモノマネでSeptemberという曲を歌唱しながら病棟中を練り歩いて懲戒解雇になってしてしまう可能性があるので十分に注意したいと思います。


十分に注意するといっても何を注意すればいいのかわからないのですが、例えば最近半袖では少しく寒いなと思って長袖を着るなどしているので、再びアロハのような半袖を着てTUBEの歌を歌ったり、水着を着てミュージックビデオを撮ってもらったりすれば夏らしさがでるのではないかと思ったのですが、いったいこの世の誰が自分が水着を着て踊っているミュージックビデオを見たいのだ、という普通の疑念が噴出したため、グアムロケまで夢想していましたが急遽取りやめにすることにしました。

9月というと西洋諸国ではむしろ日本の4月的な、年度始め的なニュアンスすらあるらしく、なにか新しいことを始めるのはどうだらうか、と歴史的仮名遣いでふと思いました。

そうと決まったら早速動かなければなりません。新しいこと、まだやったことないことで今すぐにでもやる意義があることといえば、ギターを始める、インド旅行に行く、角界入りを目指す、instagramのストーリー機能で日常生活をみんなにお知らせする、フラッシュモブでのプロポーズを企画する、相席居酒屋で友達を見つける、タクシー代を払うので家まで付いて行っていいですか?と道を歩いている人間に声をかけてまわる、家にウサギがいると嘘をついて家まで付いてきた人を仲間にして新しい劇団を立ち上げる、といった極めて普通のことしか思いつかないのですが、やってみるに越したことはありません。

例えば、フラッシュモブでプロポーズも驚き(サプライズ)があったほうが女性が感激して情動コントロールを失ったりしやすいと聞いたことがあるので、ふらっとタリーズかなんかに入ってきた女性が注文をすると、いきなり店員や他の客が踊り始めて、最終的に見たこともない50絡みのおっさんが急にプロポーズをしてくるという展開はどうでしょうか。

あるいは家にウサギがいると嘘をついて家まで付いてきた人を次々に仲間にして立ち上げた劇団みんなでアフロヘアーにして、キラキラの服でEarth, Wind & FireのBoogie Wonderlandという曲を歌いながら軽快に街を練り歩き、感じのいいカップルがいればそこで強引にフラッシュモブをしたりするのは楽しいのではないでしょうか。

そこでの活動が認められてミュージック・ステーションとかにも出演したりするようになれば、たとえ教授回診中に病棟をBoogie Wonderlandを歌いながら劇団のみんなで練り歩いたとしても、どちらかといえば慈善事業のような雰囲気になるので懲戒解雇にはならないのではないかと思っています。

と、ここまで一行も意味のあることを言っていないのですが、そうそう9月になったから甲高い声でセプテンバーさんというRADWIMPSの曲を歌ったら女子にモテると思ったけど全く誰にもモテなかった大学1年の夏の話でしたっけ。それともバンプオブチキンというバンドの曲の歌詞を引用して女子に告白したけれども記憶から消したので何も覚えていない高校1年の秋の話でしたっけ。

いずれにしても涼しくなってきたので街に出て人と会ったりしたいものですね。あー、今日本当に一行も意味のあること書いてないわ。いつもだけれども。

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最近の活動。よかったら読んでね。

▶︎現代詩手帖8月号 アンソロジー企画「川口晴美と、詩と遊ぶ」に詩「空からなにも降ってこない」を寄稿。
▶︎現代詩手帖7月号 詩「天気予報士エミリ」とアンケートを寄稿。
▶︎詩客連載 詩ドラマタイゼーション
▶︎ユリイカ6月号 最果タヒ特集に論考「最果タヒさんと時代感覚」を寄稿。
▶︎ユリイカ5月号に詩「サラサラ」を寄稿。
▶︎詩集『国境とJK』絶賛発売中!  

24時間もテレビを連続で放映している番組があると聞いて驚愕しました。しかも、その内容に批判が殺到しているというのです。これは一体どういうことなのでしょうか。

僕自身は24時間もテレビを見ている暇があったら睡眠をとったり食事をしたり合同コンパニーに赴いたりしたいので、そういった番組を視聴することはないのですが、視聴した人からは、感動の押し売りをするな、といった怒りのこもった批判が噴出しているというのです。

内容は詳しくは知らないのですが、幼少期にみた記憶を辿れば、黄色い服を着た芸能人たちが日本武道館に集結して、サライという歌を歌いながら号泣したり、ZARDの曲をみんなで歌いながら、とんでもなく長距離をマラソンしている別の芸能人を応援していたような気がします。

あと、中学3年のとき、当時まだケータイ刑事銭形愛という深夜ドラマくらいにしか出ていなかった宮崎あおいさんの大ファンだったのですが、確か宮崎あおいさんが24時間テレビのなかで放映されていたドラマにでたような記憶があり、それだけは見たような記憶があるようなないような気がします。

まあ、視聴者が怒るのは、無理矢理に感動させるような構造を作って、ほうら、芸能人がとんでもない距離をがんばって走りましたよ、子どもたちががんばりましたよ、感動したでしょう、ほうらほうら、と言われている気がしてなんかむかつく、ということなのでしょうし、そういう構造に巻き込まれる人たちが気の毒だ、という話もきっとあるのでしょう。

端的にいってだったら見なければいいだけの話なのですが、窮地に陥った日本テレビが混乱して、24時間テレビの新しい企画のアイデアを求めて誰彼構わず道行く人をスカウトするようになり、たまたま梅ヶ丘駅構内を歩いていた尾久に声がかかる、というようなことが明日あたりあるかもしれません。

そうした場合、うろ覚えで恐縮なのですが、助けを求められたら応じなければいけない、なんとか義務というのが医者にはあった気がするので、そこでお断りすると免許を剥奪されたりする恐れもあるので、自分が24時間テレビの総監督をしないといけなくなるわけです。

自分だったら24時間もどうやって場をもたせるか、と考えて見ると、やはり感動を押し売りするのは批判を受けるので、全く感動のないような光景を永遠流し続けるというのは一つの案でしょう。

たとえばどこかもわからないような地方都市の定食屋でおっさんがただ食事をしている様子を放映したり、高齢主婦が午後になったら買い物に行こうと思いつつ昼ご飯を適当な有り合わせで作ってぼーっとテレビをみているうちにうたた寝をしてしまう様子を放映したりするのはどうでしょうか。そこに関ジャニの人とかが訪問して、話しかけたり話しかけなかったりする、という画があれば、なんとかもつのではないでしょうか。

ドラマもあまり感動を押し売りしないほうがいいので、帝都工業大学という架空の理系の大学に通う3年生が、院に進むか就職するかで迷った挙句、院に進む友達が多かったので自分もなんとなく院に進むことに決める、というストーリーを2時間放映するのはどうでしょうか。

恋愛要素なども多少あったほうがいいので、オタサーの姫的な感じでまあ本当はそこまで可愛くないのだけれども、アダム・スミスの神の見えざる手の都合で相対的にモテている同じ学部の女の子(21)を理想化して片思いをするものの、その子がそれなりに遊んでいることが分かってすごく萎える、というエピソードを挿入したりすれば良いのではないかと思います。

というと、感動の押し売りはないけれども、ぜんぜん面白くないじゃないか、そんな普通の光景を流してどうするつもりだ!とまた批判にさらされてしまう気がするので、多少スパイスを入れるというか、たとえばスパイスで思いついたのですが、地方都市の定食屋で食事を終えたおっさんが会社に戻ると社員が全員インド人のカレー屋になっていて、デスクで激しくナンを叩きつけて作っていたり、一体どこにあったのか不明のタンドールという釜をオフィスに設置してチキンを勝手に焼いている人間がいたりしてすごい匂いになっており、一体どういうことかと思っていると奥様のゆみこさんと愛娘のアキちゃんが登場、いつも頑張っているパパのためにカレー屋をたくさんスカウトして色んなカレーを作りました、といって大量のカレーとナンが供給され、パパはさっき昼を食べたばかりの腹満感もあって号泣しながらカレーを食べる、それをスタジオで見ている芸能人がZARDを歌いながらがんばれ!と叫ぶ、いつのまにか高齢主婦はスタジオにいてAKB48とダンスメドレーを踊っており、はっきり振られてはいないけど事実上振られた工業大学の3年生は家までの10kmを泣きながら疾走する、それを見ながらまた関ジャニや徳光さんが号泣してサライが流れる、めちゃくちゃ感動的な番組ができました。

と満足していたけど、やっぱりこれでは誰もみないよな、感動の押し売りだし。今は恋愛とSFとかを組み合わせないと流行らないから、やっぱり工業大学の3年生が何度もタイムリープして好きな女の子(21)を誘惑する男を一人ずつ問答無用でボコボコにしていくというバイオレンス要素も入れて最後は打ち上げ花火を下からみたりすればいいかな、と思ってるのですが、こんな下らないことを考えている暇があったらもっと有意義なことをしようかなと思います。たとえば寝るとか。なぜか今日24時間起きている気がする。


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1) wikipediaより
 
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▶︎現代詩手帖8月号 アンソロジー企画「川口晴美と、詩と遊ぶ」に詩「空からなにも降ってこない」を寄稿。
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▶︎詩客連載 詩ドラマタイゼーション
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夏が終わろうとしているのか涼し目の日が多く、もっと暑ければ気持ちも盛り上がって大黒摩季の歌を歌いながらサマーソニックに参戦したりしたと思うのですが、そんなこともせずにこの週末は実家に隠遁していました。

本来であればコールアンドレスポンスのレスポンスパートのために残しておいたと思われるエネルギーが自分の中に余っているらしく、急に気持ちが大きくなってロイズのアイスクリームを大量に食べたり、何でもできるような気になってどこにも発表の予定のない漫才の台本を何本も書いたりしていました。

そんななかで激しくPCをタイプしているときふいに、ちゃんこ鍋、という単語が脳内を去来しました。

自分は直ちにちゃんこ鍋、とEvernoteにメモをして、この意味を考えました。

自分はちゃんこ鍋を食べたいのだろうか?と考えると、確かに食べたいような気がします。それも大量に食べたい。

しかしそれだけでいいのか?自分はちゃんこ鍋を自己中心的に1人で食べて、それで満足か?と自分に問い直し、やはりもっと大きなこと、ちゃんこ鍋を通じて人と人との絆を築いていくようなそういう活動に従事したいと思いました。

とすればまずは留学でしょうか?コンゴ共和国などに短期留学し、自慢のちゃんこ鍋を振舞って現地民と触れ合うプロジェクト『チャンコ・コンゴ〜ヒトとヒトとを笑顔で繋ぐ一杯のちゃんこ鍋プロジェクト〜』を立ち上げようと思います。

次に仲間を集めないといけません。友達を誘いたいと思います。それから友達の友達は、これはもはや友達でしょう(笑)彼らも誘って、なるべく垣根なく大勢で集まれたらいいと思うんですよね。

そもそも潜在的にちゃんこに興味がある若者って多いと思うんです。相撲部屋じゃないとちゃんこを食べちゃいけないとか、おかみさんの作ったものじゃないといけないんじゃないかとか、なんとなくそう思っちゃってみんな遠慮しちゃっているところがある。

でも本当はそうじゃないわけです、僕らみたいなある意味で業界に無知な若者が、ちゃんこについてあーだこーだ素直なギモンをぶつけあう会をやることで、なにかが生まれる気がするし、だからこそ面白い、って思ってるのは僕だけかな?(笑)

講演・シンポジウムにはもちろん現役の力士も呼ぶつもりだし、親方、相撲部屋の女将さん、ちゃんこ屋の経営者、ほかにも様々な分野で活躍する若手に登壇してもらいたいと思っています。

だからみんなも、思ったことは素直にぶつけてきて欲しいんです。もちろん単なるちゃんこ批判に終始しても仕方ないし、ぼくらがちゃんこを通じてなにをしていくかってことを考えていくことが一番大切だし、それができなければこんな会やる必要はないと思う。でも、本当に重要なのは、そこに集まったみんなが、それぞれちゃんこについてマジで考えたってことだと思うんです。参加、お待ちしています。





















という比較的どうでもいい空想がどんどん広がっていくうちにcreative officeにたどり着きました。ちゃんこ鍋ってところでなんなのでしょう。ぼくはキムチ鍋や水炊きが今食べたい気分ですが、夏なので誰も賛同してくれないのが寂しいです。

また明日から1週間がはじまりますね。仕事などがある人は、決して頑張りすぎず頑張りましょう。 

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1) ちゃんこ鍋

Reference 1) 九州フードタウンhttp://www.k-foodtown.com/?pid=94305614


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▶︎現代詩手帖8月号 アンソロジー企画「川口晴美と、詩と遊ぶ」に詩「空からなにも降ってこない」を寄稿。
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▶︎ユリイカ5月号に詩「サラサラ」を寄稿。
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