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この建物は以前上海美術館として使用されていた建物を再利用しています。元あった上海美術館は万博跡地の中華芸術宮に移転しました。ここは租界時代上海競馬倶楽部、競馬場の社交場・馬券売り場として建てられています。スペンスロビンソン&パートナーズ設計。1933年竣工。1900年を過ぎるとこのような租界の建物がたくさん建てられ現存するものはほぼこのころの建築ですのでこの時代に上海が急速に拡大したことが建築物群からも見て取れます。

上海の街のレイアウトは黄浦江という長江の支流の河岸を起点に内陸に延びる導線が特長的です。これは租界時代に物資が移動した名残りでしょうし川岸は荷揚げの場でエリアも限定されることから内陸に延びていった名残りです。でもその中で2つ不自然なエリアがあります。一つ目はこの人民広場を中心としてひっくり返ったハート形にレイアウトされた道路。もう一つは豫園を中心とした大きな円形レイアウトです。

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左の地図にあるように人民広場は過去競馬場として作られたところを公共の広場としたためにその名残りで円形になっていますがハート形のはその東側も同じような形状となっていて競馬場が倍だったか、以前の場所は本来は東側だったのが租界エリアの拡大に伴い移転したのではないかと思います。(これは私の仮定ですが)豫園についてはまたいつか紹介します。この施設には大きく2つの見どころがあります。一つは建物。旧租界の建物ですので重厚で意匠も秀逸。もう一つは名前の通り展示物です。

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外観は印象的なロココ調です。時計は当時のランドマークだったと思います。
いつも思うのですが中国では施工が悪いので施工した直後もすぐに汚くなります。でもこういった建物は多少汚れがあった方がそれっぽいので、すでにどこからどこまでが補修したのかわからない状態になっています。もし日本でも古い建物をそれっぽくしたかったら中国の職人を呼んで施工してもらえばいいような気がしています。

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外灘の銀行や商社とは趣の違うデザインが秀逸です。当時どうやって図面を描いたのだろうか。。。競馬場の社交場・馬券売り場の雰囲気がします。

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以前の美術館当時とはかなり変わっています。以前は昔の状態を多く残していましたのでちょっと残念です。

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特に廊下。以前はエスカレーターもなく開放的な廊下だけでした。暖炉は残されていました。手摺下には馬のレリーフがあります。ステンドグラスもいい感じですが当時の物かはわかりません。新しいかもしれません。展示物を見てみましょう。エントランスホールはちょっと刺激的な感じです。例の雰囲気ぷんぷんで気合入って来ます。

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2Fには上海古代の土器などが展示されています。フロアが上に行くにつけて年代が新しくなっていきます。国宝級の展示物は無いように見えます。段々と近代になってきますが嫌なオーラを感じます。
展示物はまあまあ。中国の博物館の中ではいい方かと思います。でも日本語表記がないのでわかりにくい。日本語の貸し出しヘッドセットはあると思います。次回また行って調べてみます。

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面白い展示がありました。年代を追って租界エリアががどのように変わっていったかがわかります。赤いエリアはフランス租界。最初は川沿いだけそのうち内陸に広がっていったことがわかります。北側にはイギリスが、蘇州河を超えるとアメリカが共同租界としてエリアを拡張しています。日本のエリアは特別記されませんでしたが共同租としてドイツやロシア、オランダあたりと分けていたのでしょう。日本人的にはそこが重要、横浜路くらいは書いておいてほしかった。今ある超高層ビル街の陸家嘴は昔は田んぼ。なーんにもなかった。だから開発も簡単だったわけです。

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5Fに行ってみるとさあ登場です。お約束の感動の反日展示がありました。こうでなくっちゃ。このフロアが予想通り一番気合入っています。こんなことをしていて日中友好と言っているんだから笑わせますしもう国民に嘘だとも言えない不治の病。がんばって小さいころから勉強してやっと入れた共産党員なのに展示をどうしようか考えている人がいると思うと気の毒でなりませんが展示品を発注する会社にウラガネの要求をしたりしたら、反日も担当者にとって悪いものではなかったということになりますし一種の公共事業のように思えてしまいます。調べてみると上海は租界時代が長く大規模でしたから日本以外の国も地元民としょっちゅう衝突していました。白人との抗争は何も言わないのに日本には大声で叫ぶ。なんともダブルスタンダードな感じでなんともうれしくなります。

中国の反日(中国語では抗日)プロパガンダは中国各地で見ることができます。今まで上海には大掛かりな展示はありませんでしたがついにできてしまったという感じです。上海人はリアリストですので反日プロパガンダには完全に染まっていないように見えます。ここに来る人の多くは地方からの観光客と外国人、年配の方でしょうから若い上海人はこの展示がどうのうこうのという感情はないでしょう。でも街の真ん中でシンボリックな建物にこういう展示をすること自体が10万人いるだろうと言われている上海の日本人にとっても気持ちのいいものではありません。こんなことをすると企業撤退の言い訳を作ってしまうような気がします。こてこての反日をわざわざ南京虐殺記念館まで行かなくても味わうことができますので、そういったことを経験したい方にはお勧めかもしれません。

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百度地図ではまだ286芸術空間となっています。
街の中心部ですのでついでに行くことも可能です。敷地の形状が競馬場ということがよくわかります。
隣の駅南京西路駅にはスターバックスの特別ロースト店ができました。10年前までは飲めたものでは無かったのですが既に珈琲も日本より進んでしまいました。。。

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