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カンボジアの首都プノンペン。人口130万人の大都市です。街のシンボルであり中心はセントラルマーケット。フランス統治下に作られたとても美しい建物です。今では地元の人の買い物と同時に観光の目玉にもなっています。

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マーケットの中にも華人系のお店がたくさんあり中華食材を売っています。しかし今となると中華食材屋さんもすべてが華人でもないようです。

下は街の航空写真です。左からパリ・ホーチミン・そしてプノンペンX2です。セントラルマーケットはプノンペンの写真の中央右下あたりの白い「X」型の建物です。フランスの作った都市計画はこのように放射線状に作られていることが特徴ですしプノンペンにもその傾向を見ることができます。

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チャイナタウンと思われるところだけ拡大してみます。プノンペンにははっきりとしたチャイナタウンは無いようですがセントラルマーケット周辺に華人系のお店などが広範囲に点在していますのであえて中心を作るとすると、古くはセントラルマーケットの東側にある潮州会館の辺りかと思います。クメールルージュのプノンペン制圧時(1975年)に都市住民は全て一旦地方に強制移動させられたので一旦街の構成自体は破壊され舞い戻ってきたときにチャイナタウンも広範囲に広がったのではないかと思います。点在していても存在感があるのですから相当の人口がいると思われます。そして現在では中国からの投資が増え、華人の影響がすごくなっています。↓↓↓

まさに第二次建築ブーム。その中心に華人がいるのです。

潮州会館から東側は港湾からの荷揚げの名残りである川から垂直に延びる道路があります。最初はこの辺りに華人が多くが住んでいて商売人と肉体労働者として物資をセントラルマーケットに運んでいた。集められた物資は放射状に広がる道路から運ばれていったのでしょう。またその一部がプノンペン駅へと運ばれ地方に輸送されたのだと思いますが、鉄道は機能していないように見えますので物資は比較的近くで消費されていたのではないかと思います。
もともとカンボジアの首都はアンコールにあったわけですが、交易が盛んになって華人が商売として移ってきてようやっとプノンペンも大きくなってきたと言えます。都市の発展と華人は切っても切り離せないのがこのエリアの歴史かと思います。
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潮州会館周辺にはローカルエリアが広がりカンダルマーケットなどなどセントラルマーケットのように観光客向けではない地元民の市場となっています。不衛生なところは伝統的なチャイナタウンとして合格です。

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潮州は広東省の東北部の沿岸部にあります。チャイナタウンの一大派閥福建人よりも南側に住んでいて省境辺りで近いですが当時は省というくくりはなく、近いと言っても隣町でさえ言語が違いますし福建省は闽南語、広東省は広東語なので省自体が言語のくくりだったかもしれないので違う文化かもしれません。この街は中国の改革開放政策の初期に繊維系の工場が乱立したスワトウ(中国語汕头)ですのでこの名前の方が日本人には馴染みがあるかもしれません。
ここの会館は大きくありませんがしっかり整備管理されています。屋根に龍が乗っていない?!!かなり珍しいです。代わりに孔雀がいます。祭壇中央に鎮座されるのは「協天大帝」商売の神様関羽の別名です。右側には「天后聖母」毎度出てくる妈祖の別名で海運の女神。左側に「保生大帝」主に闽南(福建省の南部、現在の厦門付近)の道教のローカル神で生命の神様です。神様の並びからしてもまさに潮州からの華人が廟を作り管理していることがわかります。看板には1993年に再建されたと書いてありますので、クメールルージュ時代に壊されたのかもしれません。廟はある特定の有力者(家族)によって作られていることが多いのですがここではここに住む華人の他、香港、オーストラリア、アメリカ、インドネシアの華人からも援助を受けたようです。

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華人系のお店は何でもあるようです。レストラン、宝石店、ホテル、旅行会社、カフェなどなどそしてなんと蘭州ラーメンもありました。地元のおっさんに聞いたら「結構おいしいよ」と教えてくれました。まさか西安蘭州から来ているわけではないでしょうが、中国の懐かしい味として華人には受け入れられているのではないかと思います。1杯3ドル。ちょっと高い。。旅行会社はここだけ見たらこてこての中国。

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セントラルマーケットから徒歩5分のところにプノンペン駅があります。あまり本数も無いようで閑散としていました。デザインしたのはフランス人ではないかと思います。テイストがヤンゴンにそっくりです。

街中に大きなビルが建ち始めていますがその多くが中華資本のようです。新しく都市を開発するときにローカル化した華人が通訳として、資材の商社として、または政治的なまとめ役として関わることは間違いありません。(もちろんウラガネも。。)そう考えるとチャイナタウンは時代のマイルストーンのようにも見えてきます。

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