今回訪問する場所はこのブログのテーマである建築や開発とは少し違いますが日本の近代史上とても重要な場所です。

■203高地

旅順港の北西にある小高い山は日露戦争の歴史的激戦地203高地と呼ばれています。本当の名前は后石山と呼ばれ猿石山、大頂山の山頂がある小さな連山です。203高地の激戦については坂の上の雲などで紹介されていますのでここでは省き、山にある看板からどのように扱われているかをここでは紹介するようにします。
まず203高地という呼び名ですが、現地では「あーるりんさん」と呼ばれます。漢字で書くと「二零三」ですから同じ名前で呼ばれていることになります。ちょっとした公園で観光地になっていますが、日本人以外にはあまり意味のないところですので観光客もぱらぱら。大連から少し離れているので日本人もそれほど訪れません。10年程前まではここから軍港が見えるということで入山には規制がかかっていたこともあり大連の中国人の友人さえも「あそこは危険で立ち入れないですよ」と言っている場所です。
今は山頂付近に売店がある小さな観光地。山頂には売店がありおばさんはお土産をいつも勧めてきますが買うべきものもありません。私は数回行っているので「また来たの?」と言われてもう勧めてきませんけど。

山頂に行くためには入山料が必要で、タクシーに乗ると下のゲートで1台当たり40元ほど取られてしまいます。歩いて上がってもそれほど大変ではないので天気が良ければ歩いてもいいかもしれません。その場合はもっと安かったと思います。

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山頂付近の駐車場からいくつかの看板が表示されていますが珍しく日本語訳もあります。日本語があるときは予想通り反日満載の内容になっていてある意味うれしくなります。右上:山頂の慰霊塔の横の看板 左下:駐車場横の看板 その横:途中の看板 内容は読んでいただければわかりますね。そもそも訪れる人の多くは日本人なので日本語が無いと困るのですが。

左下の地図がこのエリアの概要です。右中央がメインゲートで左上のPの印が駐車場。タクシーもここまででここからは歩いて上がります。駐車場の右下に「203高地陳列館」という小さな博物館がありましたが最近は見かけなくなりました。改修中なのか撤去なのかはわかりません。

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陳列館の左側の小道を200mほど歩くと2つに分岐しています。右に行くと記念慰霊塔、左に行くと展望台と砲台です。まずは右に進みましょう。すぐに慰霊塔とロシア軍の砲台のレプリカがあります。その左横に小道があり100mほど下ると乃木大将の息子さん乃木保典の戦死した場所の慰霊碑があります。近くに50円玉がありました。日本人のどなたかが置いていったのでしょう。周辺にはロシア軍の残した塹壕などが生々しく残っています。この周辺の山々にはまだいくつか残っていますのでそれを見学するのもいいかもしれません。

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山頂から戻って今度は左に行くと実際の砲台跡が残り日本の280ミリ砲のレプリカが飾られています。この場所が現在の展望台で遠く旅順港を眺めることができる場所です。日露戦争時は今のように木々が生い茂ってはおらず禿山でしたので実際にはもっと開けていたでしょう。この場所に敵がいたとしたら、そこに向かって登りながら進撃するのは丸見えで本当に勇気の必要だっただろうとしばし感慨に浸ってしまいます。登って旅順港を眺めるとこの丘から旅順港まで結構遠いことがわかります。測ると3から4㎞。こんな長距離でも大砲では十分に射程距離だったのかとその威力を感じます。

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行ってみると本当に単なる小高い丘で何もありません。しかしながら日本人であればここで祖先の軍人さんたちが日本のために戦ってくれたことを感じることは十分できるでしょう。今の平和で豊かな日本があるのは祖先の戦いの遺産で決して天から与えられたものではありません。戦争はしてはいけないでしょうが、祖先の願いに背かないよう国を守り豊かにし次の代に平和を引き継ぐことは現在を生きるものとしての義務だと思います。平和は自分たちが願っていても隣の国も同じことを願っているとは限りません。今回紹介した看板からは隣国では日本に当時恥をかかされたと紹介され教育されていることがわかります。日本人は中国人はメンツを重んじることを知っていますよね。もしそうであったらメンツを無くされたことを簡単に引っ込める訳がないことも理解できるでしょう。ですからいつかは見返してやろうと思っていることも感じ取らなければなりません。こういった国から防衛をしなくて国を守ろうとするのであれば、軍縮を言うだけではなく看板の撤去や見直しを要求し双方で平和を願うようにしなけれなならないでしょうが、平和論者はなぜかそういう活動はしません。おかしな話です。

なぜか毎回天気がよく旅順港まで見ることができます。軍人さんたちがきっと迎えてくれているのでしょう。本当に私は日本人でよかった。先輩の軍人さんたち本当にありがとうございました。この山に登るごとにそう感じてしまいます。

ryojyun (59)ryojyun (2)この2枚の写真は2回に分けて行った時に撮影したものですが、牧歌的な旅順の街も電車が延びマンションができ始め急速に発展してきていることがわかります。少し寂しいことですが仕方がありません。



最初の地図に戻203 (2)203 (1)ます。上の駐車場ではなく地図のほぼ中央にも駐車場があるこがわかります。その右側には「樱花园」の表記があります。日本人であればわかると思いますが桜公園です。203桜公園(日本語では)と呼ばれ敷地面積50万㎡ 中国桜、朝鮮黄桜、カナダ、アメリアなどの桜の他、日本の早桜、ソメイヨシノも植えられているようです。(写真右2枚 百度から拝借)中国では日本の桜の花見は垂涎の的です。それを見に来るのでその時期は日本行の飛行機が取れないくらい。恐らくそういったことを意識し日本ともつながりの強いこの場所に誰かが花見の場所を作ったのでしょう。

中国のブログにいくつかの写真が出ていました。
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開花の時期(4月中旬)にはイベントがあり各ブースでは美食の屋台が出るとのこと。テキヤはいないと思いますが芸術学校の音楽イベント、コスプレ会なども開催されるようです。(大連人はスタイルが良くて美人が多く有名)。日本のサブカルに呼応するように中国でもコスプレは大流行。ここぞとばかりに思い思いのコスプレを楽しんでいます。そして多くが日本のアニメをモチーフにしています。この場所は日本軍人の激戦が100年前まさに行われていた鎮魂の場所。ですから日本人にとっては複雑な心境ですし軍人さんに申し訳ない。イベントを見る限り中国人の若者にとってはここで歴史的戦いがおこなわれたことなどどうでもいと言えるのではないかと思います。

ryojyun (50)map旧満州はそもそも反日が強いエリアではありません。最近まで日系企業の進出により潤ってきました。ただそれも中国政府の方針や米中貿易摩擦の影響を受けて湿りがち。冬は寒いですが夏は涼しく快適な場所ですのでもっと日本人が訪れてもいいところではないかと思います。

203高地まではタクシー以外に交通機関はありません。タクシーには203書いた紙を渡せば連れて行ってくれます。旅順駅からは20元くらいあれば行ってくれると思います。
←今でもロバが農民の農耕具の強力な助っ人です。武漢肺炎もこの延長にあることがわかる写真です。