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『分かれ道の前で』

先日、三十路を迎えました。

いざなってみると、数字のわりに随分と幼いものだなと感じます。小学生の時は中学生が、高校生の時は大学生が随分と大人に見てえていたけれど、いざそれになってみると全然そうではなくて、結局30になった今この時も、中身はまだまだ子供のまま。

さて、今年いっぱいで、新潟に帰ることにしました。

理由は色々。本当に色々あって、一概にこれがこうでと言う話ではない。たくさんのタイミングが見事に重なった、その結果というような気がする。

・僕が30歳という節目であった
・家の賃貸借が1月で切れる(※今後の居住地を考えるタイミング)
・奥さんの育児休暇が切れる(※世帯収入が2/3になる)
・子供を希望の保育園には入れられないということ
・家庭内パンデミックで一家が壊滅した(※私インフル嫁子供ノロウイルス事件)

とまぁ、ざっと書いただけでもこれぐらいの事が出てくる。

第一に、僕が30歳になるにあたり、人生の交通整理をするいいタイミンだったというのが1つ。できる仕事の幅も増えて、働くことの面白さ、関わっている人たちと何かを成し遂げることの楽しさや難しさをたくさん経験して、色々やってみたいな、違う場所でやってみるのもいいかなといった考えは、多分僕ぐらいの歳の人であれば一回や二回考えたことあると思う。その中にあって、新潟に戻るというのはあくまでも選択肢の1つであっただけで、自分にとっては既定路線という訳では全くなかった。むしろ消極的な選択、あまり取りたくなかった札とさえ言える一手、だったかもしれない。

それでも僕がこの決断をした一番の理由は、やっぱり家族の話が大きい。

家の賃貸借の話は読んで字の通り。更新する、買う、借りる、どの手段をとったとしても、正直あまりいい未来を想像出来なかった。のちに続く育休切れ、保育園入れないの話と合間って、都内に住みながら専業主婦としてやっていくというのは、僕のような一般会社員じゃやっぱり何かを大きく犠牲にしないとダメなのだということに気づいてしまったのだ。こういう事態を見越して財テクを磨いておくべきだったのかもしれないけれど、残念ながら株や仮想通貨が爆当たりするなんてことはなく、色々な見込みが甘かったのかもしれない。そうありたければ、千葉埼玉神奈川の都内から電車1時間以上のところに住んで満員電車にすし詰めにされ朝早く起きて夜遅い、今でさえ見えにくい家族の顔が、さらに見えない生活を覚悟するしかない。そう考えた時に、そんなのは、やっぱり嫌だった。

では奥さんが働くか?と考えた時に、都内はやはり保育園等々が非常にめんどくさい且つ入りにくい事この上ない。いつだったか、奥さんと保育園の見学に行った時、一応ネット等々での口コミを参考に「区内随一の広い園庭」があって、「ゆとりのある教育」という場所を選んだのだけれど、僕らが考えていた広い園庭なんてものはその場にはかけらもなく、ゆとりと言われる教育は、あくまでも【都内】を基準に考えたゆとりで、一般的には窮屈なものとすら感じてしまう、あまりいいものではなかったのだ。ここに娘を入れるのか?と考えた時に、どうやっても「お願いしたい!」と心の底から思えなかった。それは奥さんも同様で、都内で子育てをするこの上ない難しさを感じた瞬間の一つだった。

また今年の1月に、年明け早々一家全滅事件が起こったことも、今回の決断をする上では大きな出来事だった。僕がインフル、娘がノロにかかり、僕が治りかけのタイミングで奥さんも娘のノロをもらい家庭内パンデミック。二進も三進も行かない状態で、泣く泣く奥さんの実家に助けを求めた。僕が、一番取りたくなかった手段だったかもしれない。

もともと、僕が東京で働くにあたり、奥さんの両親は娘をこっちにやることに対して、あまりいい顔はしていなかった。僕が盆暮れ正月に顔出すたびに、「そっちはお金もかかって大変だろうな」「いつ帰ってくるんだ」「やれるのか」と、寂しい言葉の数々。義理の実家であることを差し引いたとしても、応援してくれている、と感じた事は、申し訳ないがこれまで一度たりともない。

だから、どうやっても僕は、ちゃんと家族が家族として、一人前の生活ができるようにしたかった。仕事を頑張って、一緒に子育てをしたいやっていきたいと思って育休をとり、3人で一生懸命に生きた。僕たちはちゃんとやっていけるよ、大丈夫だよと思ってもらいたかったから。けど、結果どうしようもなくて、大丈夫じゃない姿を泣く泣く晒すことになり、「ほらみろ」と言わんばかりの状況。正直、情けなかった。そして何より一番堪えたのは奥さん自身で、どん底のどん底みたいな状況にあって、ぽきっと心が折れていた。彼女とはもう10年一緒にいるけれど、「もう帰りたい無理だよ」と泣きついてきたのは、後にも先にもこれっきり。僕はそこで、帰ろうと決めた。

客観的に考えても、お互いに新潟出身で、両親の助けがすぐ近くにあって、住みなれた環境で、教育の機会や場所も十分にあって、ゆとりのある生活ができるというこの選択は、やはり魅力的だと思う。合理的だとも思うし、この状況にあってこれ以上最適な答えはやっぱり見つけることができない。

ただ、僕にとってはすごく苦しい決断であったことは間違いなかった。自分個人だけを考えたら、大学院を出て、たくさんの夢と希望と期待と不安を胸にここを選び、来たくて来たんだもの、ここ東京でどんどんやりたいことをやって、日本のど真ん中で、世の中の流れの中心で、好きなことをして、好きなものをみて、好きなところに住んで、好きなものを食べて、やりたいことをやりたいようにして、生きていたかった。ここで3人、もしくはこれから増えるかもしれない家族と一緒に、大好きなこの東京という街の中で、一緒に生きていきたかった。これが本音。

多分僕は今回のこの決断の100%全てを、どこか、ずっと納得出来ないんだと思う。この地に残していく思いは、本当に、無念だなと思ってしまうし、悔やんでも中々悔やみきれないところは、どうしたってある。もっとあそこに行けばよかったとか会いたい人に会っておくべきだったなとかはもちろん、僕がやってた仕事はここでしか出来ないこれからの世の中で絶対に必要になっていく仕事だったよなって本気で思っているし、浅草に住んで、毎日を浅草寺やスカイツリーに囲まれた暮らしをして、子供が大人になるまでに、この東京で見聞きして吸収する何もかもがきっと他では得難い特別な経験だっただろうし、色々と名残惜しすぎるものがたくさんあって、安安と手放すには、離れるには、どうやったってパッと切り替えてやり過ごせるほど、僕は物分かりのいい人間ではないのだ。

と、弱音を少し。少し、言いたかっただけです。それだけの思いがあったこと、頑張りたかったことややり遂げたかったことを、置いて帰るということを。

でも、もう1人で生きている訳ではないってことも、十分にわかっている。今僕が言った事は全部、僕のエゴで、ただの、つまらないプライドの話。自分の人生と、家族みんなの人生を天秤にかけたとき、捨て置くものは僕の思いを置いて他にあるわけがない。みんなが、みんなで幸せなのが、やっぱり一番いい。

僕は大きな決断をする時いつも、「10年後の自分に感謝される決断であるか」ということを考える。だけど今回は、この分かれ道の前に立った時、流石にこれ以外の、難しいあれやこれやを考えずにはいられなかった。たくさんの顔が浮かんだし、自分の気持ちをちゃんと整理するのに、時間もかかった。きっと、どの道を選んだとしても、少しの後悔や無念さってのはきっとあって、ただ一方でそっちを選んだからこその楽しさとか嬉しさも絶対にある。40歳の自分なんて想像もつかないけれど、自分のことはもちろん、奥さんのこと、子供のこと、親兄弟のこと、友達のこと、家のこと、お金のこと、健康のこと、環境のこと、全部を色んな方向から考えたときに、多分僕は、10年後に、今回の決断をちゃんと笑顔で感謝できているんじゃないかなと、思っている。感謝されるような決断にしたいし、そんな決断をした自分に恥じないように、この先の10年をちゃんと生きようと思う。

とはいえ、まだ半年は東京にいるのでね。残りの半年で、一生分の東京を楽しんでやろうと思います。こないだもね、娘と一緒にライブデビューしたんです。あとは三社祭も一緒に見たし、僕の誕生日の日は、みんなで快晴の鎌倉を散歩して、海を眺めました。そういう瞬間を、今この場所でしかできないことをたくさん詰め込んで、最後の思い出にしたいなって、最近はそんなことを思っています。

2017年の音楽

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今年も、好きなもを好きなだけ。

毎度毎度、面白く楽しい音楽がたくさん。

今年は20枚並べてみよかなと。ランキングではないんだけど、マストの1〜10枚目と、次点の11〜20枚目。特に大きな差もなく、一線を引くとしたらここかな程度。いうなら、めっちゃいっぱい聞いたのと、いっぱい聞いたの違いぐらい。毎度選ぶのは難儀な作業ですて。総評は一番下で。とりあえずどうぞ。

1.雨のパレード「Change your pops」
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2.TheSpringSummer「Trash & My Young Hearts」
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3.cinema staff「熱源」
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4.CIVILIAN「eve」
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5.ストレイテナー「PAUSE」
_SL1000_

6.ねごと「ETERNALBEAT」
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7.My Hair is Bad「mothers」
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8.YUKI「まばたき」
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9.米津玄師「BOOTLEG」
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10.LOSTAGE「In Dreams」
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〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
11.a flood of circle「NEW TRIBE」
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12.amazarashi「地方都市のメメント・モリ」
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13.Ed Sheeran「÷」
_SL1500_

14.Caravan「THE HARVEST TIME」
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15.Ghost like girlfriend「WEAKNES」
_SL1423_

16.Shout it out「青年の主張」
_SL1000_

17.Special favorite music「Royal Blue」
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18.haruka nakamura PIANO ENSEMBLE「光」
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19.RAq「アウフヘーベン」
_SL1000_

20.V.A.「AKG TRIBUTE」
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【一覧】
1.雨のパレード「Change your pops」
2.TheSpringSummer「Trash & My Young Hearts」
3.cinema staff「熱源」
4.CIVILIAN「eve」
5.ストレイテナー「PAUSE」
6.ねごと「ETERNALBEAT」
7.My Hair is Bad「mothers」
8.YUKI「まばたき」
9.米津玄師「BOOTLEG」
10.LOSTAGE「In Dreams」
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
11.a flood of circle「NEW TRIBE」
12.amazarashi「地方都市のメメント・モリ」
13.Ed Sheeran「÷」
14.Caravan「THE HARVEST TIME」
15.Ghost like girlfriend「WEAKNES」
16.Shout it out「青年の主張」
17.Special favorite music「Royal Blue」
18.haruka nakamura PIANO ENSEMBLE「光」
19.RAq「アウフヘーベン」
20.V.A.「AKG TRIBUTE」

どこからどう見てもわたし好みというか、結局のところ顔ぶれは毎年変わらないんだなと思います。特筆するならば、今年はLOSTAGEに色々やられたなというところ。彼ら自身の「In Dreams」も去ることながら、TheSpringSummerの「Trash & My Young Hearts」がとにかく良くて、THROAT RECORDSの底力、思いの強さ、腹の括り方にコテンパンにされた。行かなきゃ会えない音がある、どっかで聞いたようなコピーだけど、流通に乗せない、配信もしない、自分が見える範囲/守れる範囲の人に送る音楽。店舗と直通販、ライブ会場のみでしか売ってないから聞いている人もきっと少ないんだろうけど、それでもSNS等では聞いた人がもれなく全員「最高だ!!!」って言ってるあたり、届けられるべき人にしっかり届いている証拠なんだろうな。本当にいい音楽だと思う。

あとはいつものことですがcinema staffCIVILIANMy Hair is Bad。今年、3バンドともライブを見たんですけど、いい盤ができるとそりゃライブもいいよなぁなんて思いながら見てました。どれも極端で、ゼロか100かしかないんだけど、そこが好きだったから、一周回って戻ってきた感が逆に安心させてくれたかな。熱の生まれる瞬間を見たというか。各バンド、キャリアを振り返った時にキーになる音が満載だと思う。熱源、生者ノ行進、熱狂を終え。素晴らしいの一言に尽きる。そこでいうと雨のパレードについても同じ枠に入れてあげたいところなんだけど、2017年やり残したことの1つに彼らを1度も見れなかったことが結構ズドーンときてるところもあって。見たらまた印象は変わりそうだけど、単純音源として、この上なく素晴らしい。アルバムタイトルの通り、【POPS】の概念を根底から覆しそうなほど、楽曲の純度と強度が強め。めちゃめちゃ聞いたよこれ。そして、
ねごと。本当に不運というか、なんでこんなに売れてないのか、誰がどこで何を間違えたのか。ニッチなところをついているとは思わないし、むしろ王道を行ってるはずなんだけど。フロア浸透力がハンパじゃない。「SOAK」と迷ったが、パンチ力でこっち。

POPS繋がりで行けば、悪魔と契約したに違いない最強無敵の45歳YUKI、そして2017年音楽ランキング総ナメ状態の米津玄師。YUKIは、いつかのNHK『SONGS』で言っていた「わたしはいつも当事者でいたい」の言葉が印象的。だから「さよならバイスタンダー(※傍観者の意)」なんだろうし、JAMとしてのYUKI、ソロとしてのYUKI云々の話というよりか、今回は人1人としてのYUKIの積み上げがなせる技なんだろうなと思いながら聞いていた。本当「わたしはいつも当事者でいたい」ってかっこよすぎ。米津玄師は、もうこの1年あちらこちらで彼の音楽を聞いた。DAOKO共作の「打上花火」も有線じゃぶっちぎりの1位、菅田将暉との「灰色と青」もyoutubeの再生回数が恐ろしいほど。そして僕が大好きな漫画「僕のヒーローアカデミア」の主題歌も彼。読んでないけどMUSICAのベストもこれだったんでしょ?すげぇな本当話題に事欠かない。ただ、話題先行という訳ではなく、曲のよさがあってのこれだから本当にすごい。

あとは2017年はトリビュート盤が色々出てた。中でもやっぱりストレイテナーを推したい。アジカン、ウルフルズ、MUCC等々様々出てたけど、こんなに愛に溢れた盤もなかった。そもそもトリビュートという言葉には「称賛・賛辞・尊敬・感謝」といった意があるように、単なるカバー集で終わらせない熱いリスペクトの上に成り立っているということは、各バンド、ひいてはストレイテナーの作ってきたものの素晴らしさと正しさ故だと思う。そしてくどくて申し訳ないが、My Hair is BadのREMINDERがずるすぎるのでこれだけでもぜひ聞いてほしい。

というような感じの2017年。11枚目からについてはまたどこかで。楽曲編は気が向いたら。ツイッターでものぞいてください。

毎年毎年、「今年もいい1年だった」とこれを書きながら思ってる。初詣のおみくじは今の所3年連続『凶』なんだけど、それでもなんだかんだ振れ幅のある楽しい1年を過ごさせてもらってるし、一昨年より去年、去年より今年、今年より来年というように、毎年毎年が人生で一番楽しい一年であることを祈りまして。今年も大変お世話になりました!来年もどうぞおひとつ、よろしくお願いいたします。

My Hair is bad 〜Mothersに寄せて〜

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『一生ドキドキしようぜ』

時々、音楽を聴きながら、30も目前にして自分は何やってんだろうなぁと思う。眩しい言葉、超高速BPMにのせた轟音ギターフレーズ、実に瑞々しい音像の数々を目の当たりにして、「ウォー!」なんてまだ言っている。いつからだろう、ライブで拳をあげづらくなくなったのは。いつからだろう、新しく若い音楽の話を、周りがしなくなったのは。置いていかれたのか、置いていったのか、なんとも遣る瀬無い気持ちになる瞬間が、音楽を聴いていて、ここ最近実に増えた。こんな後ろめたい気持ちを感じながら音楽聴くことなんてあってはいけないはずなんだけど、それでも、あのとき一緒に熱っぽく語っていた声が少なくなったというのは結構くるものがある。もちろんあのときとは事情も違う。僕ら学生ではないし、家庭や仕事、新しい領域へのチャレンジ、忙しくて聴く暇がないあのときは良かった新しいものはよくわからない、etc。今を置き去りにしたまま、聞けば聞くほど、あのとき一緒に聞いていたサカナクションはやっぱりいいし、バンプもエルレもアジカンもストレイテナーも9mmもバックホーンもいいし、なんならこれらのバンドだけあれば僕も僕と同年代の周りも、多分結構生きていけるはず。新しい音楽に頼らずとも。あの時のまま、というわけには、どうにもこうにも誰もいかないのだ。

【なぁ親友、永遠て信じるか?必然て信じるか?】

何が違う?何かが違う。新しい音楽を聴くことに、そんな大きくて高くて分厚い壁があるのか、未だ僕にはあまりよくわからない。

【ロックバンドってなんだ?大事なものってなんだ?大事じゃないってなんだ?天才ってなんだ?凡才ってなんだ?先輩ってなんだ?後輩ってなんだ?1人ってなんだ?2人ってなんだ?いるってなんだ?いないってなんだ?外ってなんだ?中ってなんだ?ここってなんだ?ロックバンドってなんだ?ミュージックってなんだ?BGMってなんだ?芸術ってなんだ?数学ってなんだ?なんなんだ?】

あのフロムナウオンが、いつも僕に問いかける。

【君は俺を見て何を思ってるんだ?】

何時迄も椎木ともみの恋愛嗜好性に「女々しい!」なんて言ってる場合じゃない。「恋愛」を歌ってるんじゃなくて、「自分」を歌ってるだけ、問われているのは、どこまでも男臭いしみったれた弱すぎる中身のことじゃない、もうそんなんじゃない、生き様、人生、生き方の、ロックバンドの、それ。『Mothers』そうだろ。復讐すんのは誰だよ、熱狂終えたらどうだ、運命と幻は表裏一体、結婚したら関白宣言、噂は流れ、夏休みも終わる、シャトルに乗って。どこへ行く、どこに連れて行ってくれる?

時計は進む、そんなのは知ってる。いつか終わる、そんなのも知ってる。手に持った武器はなんだ、ギターかペンかPCかスマホかSNSかスコップかなんだ。「僕ら最高速でいつだって走れるわけじゃない」んだろ、それでも、靴紐ぎゅっと結んで、やれること全力でやって、かっこよくやって行くしかねぇんだろ。

いつまでも、いつの瞬間でも、ぼくら音楽に生かされ音楽で生きてきた人間は、音楽に、ドキドキさせられるべきで、ドキドキさせられていたい、ドキドキしていたい。ただ今は眠っているだけ、きっとそう。あの時音楽に魅せられた時の思いは、きっと消えない。ロックバンドって本当にかっこいいなと、My Hair is Badを聞いていると、これでもかと見せつけられる。このバンドの音を、そんな眠った思いを燻らせている同年代に送りたい。これが、僕の妬みと僻みとやっかみだってこと、百も承知。ただ、僕らが好きなロックバンドは、僕らを絶対に裏切らないから、あの時みたいに、このバンドの思いが指し示す先で、このバンド聞いて、ドキドキしようよ。何時迄も、ドキドキしていようぜ。ただ、それだけ。







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『バランス感覚を鍛える』

育児休暇が終わって、仕事に復帰してから3週間がたった。早いものだ。

休み中、毎朝PCを開く時間を取っていたので、思いの外復帰後はスムーズに仕事の波に乗れた。あぁそうだったこんな感じの時間軸だったよなとか思いながら、せわしなく動いていく東京のど真ん中、いつもの席でPCのディスプレイを目の前にカタカタと作業に入る。1ヶ月前の自分に戻るのは一瞬だった。けれど、仕事に対する思いの向け方は1ヶ月前のそれとは大きく変わっていて、これからの働き方、段取りの仕方、人との接し方、キャリアの在り方などなど、少し隙間と余裕を持って見れるようになった。育児をするために休んでいたはずなのに、どうやら仕事の部分にもいい影響を与えているらしい。

育児休暇をして面白かったのは、子供と一緒にいれたこと。本当にこれに尽きる。『何を当たり前なことを...。』という方はやっぱりいると思う。けれど、親になってみて、仕事ばっかりやっていた人間が、子供と1ヶ月30日24時間毎日一緒にいることができる。怪獣のような鳴き声も、おしっこやウンチも、ゴロゴロ転がって変なところにいくことも、抱っこ紐やベビーカーに乗ってお出かけすることも、おっぱい飲んだり離乳食食べたりしたことも、全部が強烈な瞬間ばかりで、どんどん人間らしい表情を見せる姿に、もう親としての責任と楽しみをこれでもかと見せつけられている気がして、恐縮しつつも『親』という立場で感じる特別な思いに浸っていた時間だった気もする。これまでは、朝起きる頃に出て行って、僕が帰ってくることには寝ている、1日のうち本当に数十分しか顔を合わせないような生活が一変、これだもの。楽しくないわけがなかった。

ただ、男だから感じる難しさというのはやっぱりあって。女性のようにお腹を痛めて云々といったようなことはないのだけれど、時々めんどくさい男のプライドという奴が顔を覗かせる。

まず一番感じていたのは、やっぱり金銭の話。この辺は結構シビアな部分だろうし給付金が出るとはいえタイムリーではない(※多分6月末支給。4月末〜6月末までの2ヶ月完全収入ゼロ)から、休みの期間、ずっとお金が減り続ける生活が続く。さらにいうと、こんなに3人で一緒にいる時間もなかったから毎日がハレの日的で、財布の紐がとてもゆるい。ちょっとしたことやものにぱっぱとお金を使いがちになるわけ。奥さんと2人同じ苦労を共有していた時間なだけあって、お互いの気持ちや体力の低下がわかるもんだから、労いの気持ちで少し高めのアイスを買う、ご飯は外食に行きがちになる、子ども用品や日用品をこの機会にと買いだめ、などなど、勿論ある程度は覚悟していたし準備もしてきたから無理やり納得はしていたけれど、ガンガン貯金が減り続けるっていうのは精神的に気持ちいいものではなかったし【働いて収入を得る】というごくごく当たり前の生活リズムがなくなるっていうのは、労働が男の本懐である中、僕にとっては結構なストレスだった。ただ、なんにせよ男性の育休取得にあたっては、ある程度まとまったお金を準備しておくことはかなり重要な話。

あとは、まぁ上記の話にも繋がる部分だけど、終盤、とにかく働きたくなった。働きたくなったというよりも、社会に出たくなった。

こんなことを言えば子育てを頑張っているお母さん方に怒られてしまうかもしれないけれど、社会的な繋がりが極端に少なくなって、家で生まれたての赤ちゃんと24時間ずっと一緒。嫌なことわからないことがたくさんある中で、東京のこんな狭い部屋でそれでも自分とずっと向き合い続けなければならない環境というのは、極度に閉鎖的で参ってしまう人が出るのも幾分しょうがないとさえ思えるほどやっぱり厳しかった。まして私なんかは、田舎が嫌で、世の流れが見えるところ、日本のど真ん中に強烈な憧れを持って上京してきたもんだから、この閉鎖的な環境はとにかく心に毒とさえ感じるぐらい、苦しかった。

奥さんとは付き合い始めてもう10年を迎えるところまできているので、良くも悪くもお互いのことはだいたいわかっているつもり。だし、そもそも大元にある心のポジショニング、スタンスの部分は共通しているところがあって、だから僕は彼女が好きなんだけど、でも違う人間だから当たり前に譲れない部分や物事に対するアプローチの仕方、考え方の違いは出てくるもの。お互いが会社にも学校にも行かずに24時間1ヶ月の期間一緒にいたことはなかった。だから、これだけ一緒にいると改めて本当ちょっとしたことに怒りがち、イライラしがちになることもあって、何回かお互いが爆発する事案も発生する。新鮮と言えば新鮮。毎度僕は学習しないというか、お互いが過ごしてきた10年の月日にあぐらをかきすぎている節がある。毎回僕は「君はどうしたいの?」と言う一方で、彼女は「2人で考えたい」という。まともな会話すら成り立たないなんてよくあること、一度奥さんはブチギレて子供置いて出てったことがある。1時間で帰ってきたけれど、お互いがお互いにストレスだったことは間違いない。こんなものほっぽり出して外に逃げたい!僕だってそう思った。だけど、コミュニケーションがそもそも取れない赤ちゃんに加えて、コミュニケーションが取れるはずなのに不全に陥っているこんな夫がいるんだもの、私の気持ち云々より奥さんの気苦労の方が何倍も酷かっただろう。

と、色々育休を取らなくていい理由みたいなものをつらつらと述べてきてしまったけれど、それでもとった方がいいと僕は全力で勧めます。それは子供が可愛いさで全てが帳消しになるから。おごりや惚気で言ってるわけではなく、子供への愛情は僕が述べた上の不満や負のエネルギーなんて補って余りあるほど強烈な思いの塊です。まして1人目の子供。うまくいくわけないのは百も承知。その中で、僕も奥さんも、子供自身も、人生の大事な局面の中で、それぞれがそれぞれのスタートをうまく切れたいい機会だったなと思います。育児休暇とは言いますが、自らを育てるための休暇だったかなとも。言い過ぎか。でもこれから子供の予定がある男性の方は、少し会社や身の回りと相談しつつ、前向きに検討してみることをオススメします。

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『離乳食スタート!』

今日からムスメの離乳食をスタートさせました。僕が休み中に始めようね〜って言ってたことを1つ達成。

赤ちゃんが食べる最初の離乳食って、『10倍がゆ』とかなんですよね。もはやおかゆって言うより糊だよあれは、美味しいのかな...。けど最初スプーンであげると、ちゃんともぐもぐと食べてというか口の中で確かめて、飲み込んでいました。食べたー!という謎の感動です(笑)

毎日見てると成長ってわかりにくいものですけど、こうやって寝返りしたとか、よく声出すようになったとか、離乳食食べるようになったとかっていうのがあると、本当に成長を実感します。僕らと同じことをだんだんとできるようになってきたんだなと思うとね、大人になっていくのだなぁ〜と。

本を見たりネットで調べたり、離乳食は奥が深い。小さじ1杯から!なんても書いてあるけど、こんなにたべれるのかね、謎だ...。奥さんは割とオーソドックスに「育児書によると...。」みたいな感じで教えてくれるから助かります。僕なんて「もういらなそうだから今日はここまでだな!」とか「いやそうだからやめるか」とかそんなフィーリングでやるもんだからよく怒られます。まぁどっちがいいとかはないと思う、というか彼女の方が絶対いんだけど(笑)、こんなちっちゃな子供でも、ちゃんと本人の気持ちは尊重してあげたいなと思うから(※その気持ちが実際わかっているのかは謎)、何も育児書やネットに書かれているやり方が全部じゃないなというのが私のスタンスです。奥さんと合わせてちょうどいい塩梅です。

だんだん色々食べれるようになるといいな。楽しみ。

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