2018年06月16日

今も昔も庶民の見る夢は

この “草香” 自慢じゃ無いが、“博打” はした事は無い!


何てのは ‘’嘘” で、会社務めをしていた頃に “勝馬投票券” を何度か購入を致しまして、“ライスシャワー” から幾ばくかの ‘’臨時収入” を頂いた。

後、“草香” の誕生日で買った ‘’二枠” が “万馬券” になり “千円が二万五千円” になった事が有り、其を潮に “競馬” は止めた。



他には、ラスベガスでルーレットとスロットマシンを嗜んだ。


儲かったか?、ハハハ “草香” ぼんくらである。


‘’円からドル” に交換した時点で、自分が幾ら持ってるのか、勝ったのか負けたのか解らなく成った。


“スッカラカン” には、成らなかったので良しとして楽しく遊ばせて頂いた。




そんな “草香” だが “宝くじ” だけは、買った事が無いのです。


務めていた会社が銀座に在りましたので、一等が数多く売り出されていると有名な “チャンスセンター” が近かったのだが、とうとう買わなかった。



三千円が三百円になると解っていては、買えなかった。


どうしても、当たるとは思えなかったのだ。



あの頃は、当たって ‘’一億円” だっただろうか?



“宝くじ” が当たったらと想像しないでは無いが、当たる訳が無いと思うのだなぁ。


そうそう、取引先の方が “千五百万円” 当たったと大騒ぎになり、“営業マン” が “御利益” を貰いに行って肩を触って来たそうだが、“競馬も宝くじ” も当たらなかった。


ソンなモノだと思うたら “宝くじ” を買う気にはなれなかった。



と、‘’前置きが” 長くなりました。


“江戸時代” でも、“庶民の楽しみ” の一つに、“富籖 (くじ)” が御座いました。


“建前” は、寺社の修復等の費用を集める為に行われるって事だった様ですが、“区分は賭博” になるようです (笑)。


“寺社奉行の許可” が必要だったのだとか。


なので、“抽選会” には “寺社奉行の与力” が立ち合い公正に行われているよと示した様です。 


ま、其処に “時代劇” でお馴染みの ‘’役人との癒着” が有り、“抽選に不正” が行われ「そちも悪よのぉ~。」って “事態” になる “素地” が、有るって事で・・・。



でも、“抽選方法” にも色々と ‘’決まり” が有り、以外と複雑だったようです。


単純に “三番・二番・一番” と順番に選んだ訳では無く、“少額の当選金・高額の当選金” と、間を挟んで発表されて、結構楽しめたんじゃ無いか知らんって思います。 



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“抽選” は、先に針が付いた棒で、箱の中の ‘’番号札” を突き刺して、外に出して行われます。


何度かに一度 “抽選箱” を振って、“番号札” をかき混ぜる。


そして “一番くじ” を引き当てても、丸々 “当選金” が貰えた訳でも無い様です。


色々と “理由” を付けられて、差っ引かれたとか (笑)。


何か侘しいですねぇ~。


さて、当選金額が高い “富籖” は、一枚の価格が高い。


一枚が “一分” や “一朱” 等となると、数人で一枚を購入する事も常で有ったようです。


これも “時代劇” で、“ドラマ” にする良い “題材” でありましょう。




“庶民” と申しましても、“一枚が 一分・二分 後に一朱” が出せない “貧乏人” は掃いて捨てる程、“江戸の街” には居る。


そんな “庶民” の楽しみが “陰富籖” だったそうです。


それは、“一文” 出して、当たれば “八文” になるそうで、“貧乏長屋に住む住人” には、お手頃な “富籖” だったでしょうね。




「一番富、千両!松の組ぃ!」



一枚二枚の “富籖” を握り締め、“番号札” に書かれた番号を呼び上げるのを、必死に聞き逃すまいと背伸びする、“お江戸の庶民”。


「千両当たれば、お店を持てる。担ぎ商人から抜け出せる、神様仏様どうか、どうかお願いします。」そんな願いも有ったかもね?




















2018年06月09日

あれもこれも、吉宗&越前です

天下の名君の誉高き “吉宗” は、“紀州藩主” が “下女” に手を付けて産まれた “男子” でありました。


本来ならば、“出世” 等考えられない “出自” な訳です。


其れが、“天の配剤” でありましょう “才能” が有る人は、“出世” するんですねぇ。


“藩主の父親” と、その跡を継ぐ “兄” が、次々亡くなり、とうとう残ったのが後の “吉宗” だったのです。


“日の目を見るはずの無い男” の筈だった “吉宗” が、“紀州藩主” になる事になります。


そして “吉宗” は 、疲弊していた “紀州藩の財政” を建て直し、“質素倹約” の暮らしを ‘’旨” としておりました。


そこに、“将軍” が死亡する事態が出来します。


“跡継ぎ” に付いて “尾張家” 等の名前も上がったそうですが、“血筋の濃さ” と、また “吉宗” を支持する有力者も有り “吉宗” が、“将軍の座” に着いたのであります。


若い頃は “新之助” と呼ばれ、とても “暴れん坊” だったそうです。


「暴れん坊将軍」で、“徳田新之助” と言う変名を使っているのは、昔を懐かしんでいるからでしょう (笑)。


まるで “三段跳び” の様に “出世” した訳ですね。


その為に、“紀州藩” に居た時期に “吉宗” が手を付けて出来た “御落胤”、ぶっちゃけ “隠し子エピソード” は、付き物の様です。


「新吾十番勝負/国広富之 (以下敬称略)」 では、主人公 “葵新吾” は、“吉宗” が “紀州藩主” になる前の因縁で出来た “御落胤” が、活躍するドラマである。


荒唐無稽過ぎて、天晴れと言う気分で見させて頂いた。


話が逸れましたね。


“吉宗&越前” でございました。


“吉宗” が、“越前” を “町奉行” に据えたそうで、“吉宗&越前” が仲良く “治世” に付いて語り合っていても変ではありません。


“吉宗” が、“越前” に相談しても不思議では無い。


と言う事で、「大岡越前」と「暴れん坊将軍」では、“吉宗&越前のジーン” がちょくちょく出て来ます。



“時代劇専門チャンネル” で、両方を見てると何だか変な気分になります (笑) 。


BGM変わりに写しているので、チラ見な訳ですが・・・。


「大岡越前」の “加藤剛” は “越前の権現” の様な俳優だと思います。
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で今放送中の「暴れん坊将軍」で “横内正” 演じる “越前” は、“加藤剛” を彷彿とさせるモノが有ります。
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真面目で、率直で、お勤め大事で、でも情も有る。


日本人が想像する、“名奉行 大岡越前” を具現化していると思います。



さて “吉宗” ですが、「大岡越前」から。
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子供の頃 “家老の家” に養子に出されていた等と言う ‘’苦労” を感じさせない (笑) “吉宗” です。

時には、「えぇい!何故出来んのだ!」と、声を荒らげる事も有るのですが、其処は “加藤剛” 演じる “越前” 上手にあしらっていらっしゃいます (笑) 。








「暴れん坊将軍」の “吉宗”、ご存知 “松平健” が演じてます。
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“質素倹約” “目安箱” “薩摩芋の普及” “小石川養生所建設” “洋書の一部解禁” “新田開墾” 等々業績は挙げればキリが有りません。


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“徳田 (得田) 新之助” 姿の “吉宗” です。

“育ち盛り” を “家老の家” で過ごした為か、何処と無く ‘’人懐こさ” が有るような “吉宗” です。





どちらも、味わい深い “コンビ” だと思うのですよ。





“質素倹約” で “景気低迷” を招き、 “事実上の増税” の結果 “百姓一揆” の多発を招いた等の弊害をもたらしたとは言うものの、“幕府の財政” を改善させたのは流石でごさいます。 



それもこれも、“吉宗&越前の両輪” が有ったればこそでしょう。



“吉宗” の “出自” や “育ち” が、後の“将軍・吉宗” に大きな影響を与えたと思うのは、考え過ぎでしょうか?



“江戸時代” と“現代” では、“政治・経済” が違います。


でもねぇ、ダイナミックに “世の中” を変えてくれる “政治家” が現れないモノかねぇ。


期待する方が、馬鹿かしら?



























2018年06月02日

此処は地獄の一町目・・・

“時代劇” で ‘’小伝馬町” と言えば、名高い “牢屋敷” の事でございます。


「何処何処無宿、何の誰兵衛、入りませぇ。」


「へ~ぇぃ、お有り難うございます~。」


そんなやり取りの後に、柵の中に放り込まれたら、其処は “地獄の一町目” 。


辛い、辛い、“牢内” での暮らしが始まります。


ぐるりと周りを見渡す間も無く、ワッと囚人達に取り押さえられ “キメ板” で ‘’剥き出しの尻” を叩かれるのである。

これが “新人” への “儀式” でした。


その “儀式” が終わると、“牢名主様” から要求されるのが、 “ツル” であります。


“ツル” は、“牢内” の隠語で、“金” の事でありました。


しかし、“入牢” の時に念入りに ‘’身体検査” をしますから、“金” を持ち込むのは至難の技であったそうです。


中には、予め呑み込んで置いて、“牢内” で取り出すと言う、ま、お食事中の方には申し訳無い方法で持ち込むモノもいたそうな。


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『必殺仕置人』“天神の小六”

馴染み深い “牢名主” と言えば、『必殺仕置人』の “天神の小六” でしょうか?


“中村主水” と気脈を通じているので、無実でお仕置きされる囚人の “仕事” を請け負い、“主水” に繋いだり、“牢内の情報” を知らせたり。


“小六” は、時には夜の間外に出て、束の間の息抜きもする。


それも “金の力” である。 


“天神の小六” は、粋な “大親分” が成るべくしてなった “牢名主” って感じでしょうか?


“小六” は、時には “金” を使い、“囚人” だけで無く “牢番” にも “酒・寿司・鰻” 等を振る舞っている。


痛め付けるだけでは、“良い名主” とは言え無いのだ。


下手すると、結託してその立場を奪われる事にも成りかねない。


“鞭” だけでなく “飴” も必要なのだ。


“牢内での人身掌握” は、“牢名主” に必要な “スキル” であろう。





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『男と女のミステリー時代劇 : 牢の女』“おちせ”

“牢名主” が居るのは、“女牢” でも同じ事。


気に入った “囚人” に “身の回りの世話” をさせて、悠々自適で暮らすのは “男・女” 変わりは無い。


が、“御世話係” は、粗相をするとその立場を直ぐに無くす事になる。


“江戸末期” には “牢内の人口密度” は、それはそれは酷いモノであったそうで、寝る場所を作る為に、人には言え無い事も有ったのだと。


“草香” は、女なので想像するしかないのですが、“男牢” では “男の股間” を強打して、スペースを作ったようなのだけれど、そんなので人が減る (死ぬ) ものなのかしら?



それもこれも、“命のツル” が有れば、まぬがれたそうですが、“何時までも有ると思うな親と金” “金の切れ目が縁の切れ目” 。


“牢内” から、“肉親” に「金送れ。」と手紙を書かせるシーンを見た事が有ります。


現代でも “現金” まで可能かどうかは知りませんが、“刑務所内の身内” に “差し入れ” が出来るんだそうで、“差し入れ可能な商品” を売っているお店が、“刑務所” の傍に有るとか。


“江戸時代” でも、「おとっつあんに!」と “風呂敷包み” を抱えた娘が入り口で追い返されているシーンが有ります。


でも、差し入れ出来たかどうか?



“自分の身に覚え” が有れば自業自得、“無実” ならこんな理不尽は信じられない事であろう。


“人権意識” なんて、微塵も無い時代の “牢内” なのだ。



“小伝馬町牢屋敷” 此処は地獄の一町目。


“道理が通らぬ牢内” から、生きて帰れるかは、お釈迦様でも解りゃしない。


“牢内の床板” に染み込んだ “囚人の血と涙” の乾く暇は無い。



「成仏しておくれよと。」小さく呟く梅雨の夜。


あぁ、此処は “小伝馬町牢屋敷”、鬼も咽び鳴く地獄の一町目。

























caoxiang at 23:39|PermalinkComments(0)時代劇