2010年09月18日

千代の富士の53連勝に並んだ白鵬に物申す!!

白鵬が昨日17日、昭和の大横綱千代の富士の53連勝に並んだ。


このブログを書いている途中で、たったいま今日の取り組みが終わってしまい、54連勝の新記録を打ち立ててしまった!・・・が、


昨日から、いや、その前からずっと思っていた事なので、先日予告した9月のテーマを変更し、急遽この話題にしたのでご了承を!!





過去、長い大相撲の歴史でも、50連勝以上した力士は数人ほど。
俺が生まれてから知っている力士は千代の富士しかいない、ものすごい記録だ。


その千代の富士が作った記録に並んだ白鵬の記録にケチをつける訳じゃないが、
みな、手放しで喜ぶ風潮にひと言、物申したい。





相撲界は不祥事続きで、先場所はテレビ放送が始まって史上初めてNHKでの放送が中止された。

そのこともあって、明るい話題が欲しいので、白鵬の連勝の話題で盛り上げようというのは解るが、
みんな、あまりにも手放しで喜ぶところに違和感を感じる。


それは、白鵬の相撲内容だ!


内容自体は素晴らしいのかもしれないが、俺はどうしても気に食わない部分がある!



それは立ち合いの張り差しだ!!

立ち合いの瞬間に相手の頬を張り手でたたく事だ。



これは、朝青龍もよくやっていたので、その頃からずっと言ってるのだが、

横綱が立ち合いに張り差しをするのが、どうしても許せない!!





昭和の大横綱千代の富士が全盛時代、小錦と対戦したときの事、

小錦の突き放しを正面で受け、3発で土俵下に突き飛ばされた。




当時の小錦は力こそあったが、その巨漢を支える足腰はもろく、横に交わしたりされるとすぐに負けてしまうもろさがあった。

当然、他の力士は横に交わし、小錦は簡単に負ける相撲が多かったのだが、千代の富士はやらなかった。



千代の富士が真っ直ぐ受け止めて真後ろに吹っ飛ばされた後、支度部屋に帰って記者が千代の富士に質問した。


「横に交わせば簡単に勝てただろうに、何故、正面から受け止めて真後ろに下がったんですか?」



すると千代の富士が



「横に逃げて勝つのは横綱じゃないだろ。下の者のぶちかましを正面で受け止めて、そこから力でねじ伏せて勝つのが横綱だろ」



まさにその通りである!!



事実、その次の場所は正面から受け止めて、小錦を投げ飛ばしたのを覚えている。
それを見て心が震えたのは今でも忘れない。





猫だましや張り差し、立ち合いに横へ変化しての引き落としなど、どれも横綱がやるような相撲ではなく、小手先のせこい相撲だ!!


同じような事を、先々場所辺りに貴乃花親方も言っていた。
どうせなら、もっと強く、声を大にして白鵬を名指しで言えばいいのに、と思ったほどだ。



ま、それは置いといて。



そういえば、貴乃花のお父さん、初代貴ノ花が引退を決意したのは千代の富士に負けてからだ。


千代の富士に負けた一番、頭から思い切りあたった千代の富士に対して、胸を出し正面から受け止めて負けた初代貴ノ花は、引退を決意した理由をこう言っている。



「若い下の力士を正面から受け止めて勝つ事が出来なくなった」



その時の貴乃花の胸には、千代の富士の頭からの突っ込んだ痕が、大きなアザとなって残ったと言う。




そして何年かのち、奇しくも、千代の富士が引退を決意したのは、その息子である貴花田(二代目貴ノ花、現貴乃花親方)に負けてからだった。



貴花田の頭からの突っ込みを正面から胸で受けた千代の富士は、そのまま押し込まれるように土俵を割った。




支度部屋でインタビューを受ける千代の富士は、


「俺が負けた方が、みんな記事になって嬉しいんじゃないの
?」

と、軽口で冗談を言ったが、



その後、真剣な表情で



「若い、強い芽が出てきたね」



と言った言葉が感慨深かった。




さらに、自分が引退に追い込んだ初代貴ノ花との相撲で、頭から思い切ってあたり貴ノ花の胸にアザを残したのと同じように、
千代の富士の胸には、貴花田の頭の痕が大きなアザとなって残ったそうだ。
2日後、千代の富士は引退した。





さて、

それとは対照的に、下の者のぶちかましを横綱が張り差しをして止める相撲が俺は気に喰わない!!


朝青龍の時もずっと言っていたが、張り差しなんかしなくても勝てるだろうに。


横綱だったら、

正面から胸でドンと受けとめんかい!!





昨日、53連勝して千代の富士に並んだ白鵬は言っていた。


「負けてはいけない地位にいるし、色々あったから負けてはいけない立場という責任も感じている」と。


朝青龍が引退し、1人横綱となった立場と責任を一身に受けての自覚は立派だ。しかし、その責任感が違った方向に行ってしまってないかい?



「勝たなければいけない」

    が

「勝てばいい」

    に、


なってないかい!?





土俵の内外で素行が悪く、何かと問題だった朝青龍と違い、
横綱としての品格や相撲のスケールなど、
「お前は朝青龍のようにはなるな!」とずっと言われてきたであろう白鵬。

それは、反朝青龍派はもちろん、師匠、親方衆、後援会筋、タニマチ、ファン、マスコミ、と、近い人間も遠い人間もみんなから言われてきたであろう。

さらには、祖国モンゴルでは、日本人と結婚した事により、
「モンゴルを捨てた男、日本に魂を売った男」
とまで言われたらしい。

祖国で嫌われたなら、余計に相撲道に精進するしかないような状況だったかもしれない。


そんな環境の中、想像以上にプレッシャーと責任を感じ、
必要以上に「自分は負けてはいけない『横綱』なんだ」と言う思いが強すぎるんじゃないかい?



負けてはいけないからと、横綱らしくない張り差しをして勝つのなら、

「勝ったら何をしても許される」と、好き勝手やってた朝青龍と同じじゃないかい!?


朝青龍を反面教師に横綱の品位と責任を持って努力して強くなっったはずなのに、
それじゃ本末転倒じゃないかい?



確か、先々場所だったかと思うが、

張り差しをした白鵬に、すぐには負けなかった力士が張り手をやり返して応戦した。

土俵上で白鵬と張り手で何発も応戦する取り組みに館内は沸いた。


結果として白鵬は勝った後、支度部屋に戻ってからこう言った。

「横綱相手に分かってないなぁ」



分かってないのは白鵬、おまえじゃないのか!?



上の横綱相手に、そんな事をするのが分かってない行為だと言うのなら、
下の相手に横綱が張り差しをする方が、
よっぽど分かってない行為だろ!!



もし千代の富士だったらこう言ったね。


「下の者が元気がいいのはいいね。俺が顔を張られてお客さんも盛り上がっただろ?」


きっと言ったね。間違いないね。






先場所、テレビ中継が中止となった前後、白鵬はこう言った。



「大相撲つぶす気ですか!!」と。




先々場所前に、親方衆や野球賭博に絡んだ力士たち数十人が並んでテレビの前で謝罪していた。

白鵬自身も身内での花札などの賭け事などをやったという事で、
その謝罪した力士の中に白鵬もいた。


その後の「大相撲つぶす気ですか!!」では、謝罪の気持ちがあるのかないのか、
そんな状況になったのが自分たちの行動に端を発した自覚があるのかないのか、


それに加え横綱の責任ばかりを口にしながら、
毎日、張り差しばかりやる白鵬、



「お前こそ大相撲つぶす気か!
白鵬!!」



不甲斐ない他の力士もそうだが、その不甲斐ない下の力士相手に横綱が張り差しばかりやるようじゃ、
相撲が面白いと思わなくなっているのが俺の本音だ。

面白くなければ、お客もファンも離れていく。
人気がなくなれば相撲も衰退していくだろう。


横綱が張り差しばかりして相撲人気をなくして、

「白鵬さん、大相撲つぶす気ですか!?」



先にも書いたように、50連勝以上の力士は長い大相撲の歴史の中でも数人しかおらず、その力士の名前は記念碑だかに永遠と刻まれるとか、そんな話らしい。




つまらない相撲をみたいとは思わなかったので、3日目まではまったく見てなかったが、

白鵬が50連勝をした次の日から、
つまり4日目の豊真将との取り組みから毎日見たのだが、


4日目と昨日の6日目の53連勝を達成した取り組みはどちらも張り差しをした。



そんな横綱らしくない取り口で千代の富士に並んでも何か俺は釈然としない。





これを書いてる途中で今日の取り組みが終わってしまったのだが、今日も勝って千代の富士の記録を破り54連勝。


しかし、その記録を達成した今日も立ち合いに張り差しをした。


つまり、俺が見た4日間の相撲のうち、3回も張り差しをしている。
ほとんど毎日張り差しをしているという事か!?


そんなんで、マスコミやテレビで解説する親方衆みんなが手放しで喜ぶのに非常に違和感を感じる。


テレビ中継のなかった先場所はよく知らないが、
先々場所までは、解説の親方や貴乃花親方、またスポーツ新聞などのマスコミも張り差しに苦言を呈していたのに、
毎日のように張り差しをしているのにも関わらず、今場所は全くその話題が出ないのは、

この連勝記録を話題に、今までの相撲界の汚名返上という意図がありありと見える!


勝ち方や張り差しをする取り口に、誰も苦言を呈さないのが、


「盛り上ってきた今、水を差してはならない」


という思惑が見え隠れして、俺はどうしても気に喰わない!






記録というのはさまざまな要素が絡み合って生まれるものだと俺は思う。


千代の富士の時は横綱が3人いた時代だからもっと価値があるという人もいるが、
それでも記録というのはさまざまな要素と、目に見えない何か必然がそこにあったと俺は思うので、白鵬の記録が価値が低いとは思わない。


千代の富士ファンの俺が言うのだから、それは本当に価値があると認める白鵬の記録である。



しかし、それとは別に、横綱の自覚だ責任だと言う前に、


張り差しをやめろ!白鵬!!



横綱の相撲じゃない!見苦しい!!





それを分かってて以前は苦言を呈していたのに、記録が掛かって、明るい話題が欲しいから何も言わなくなり、白鵬を手放しで褒める相撲界やマスコミ!



とても違和感を感じるのは俺だけではあるまい。




それと・・・


とても不快なのは大好きな千代の富士の記録が破られたからじゃない。

せこい張り差しなんかせずに、相手の突進をドンと胸で受け止めて、強い勝ち方で勝って千代の富士の記録を破って欲しかったのだ!!






さて、不快だから飲みに行こうっと!


今日の取り組み前にチャチャッと書くつもりが、終わる前に間に合わなかったので、他の事をしながらダラダラ書いてしまった。

もう、こんな時間だ!!早く飲みに行かねば!!



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この記事へのコメント
5
管理人様初めまして!ブログの記事に共感します。
確かに張り差しは良くないですよね。俺も好きじゃないです。
相撲内容はほんと残念ですよね。
横綱なんだから小細工なしに正面から受け止めて欲しいですよね。
貴乃花は、200kgを超えるスーパーヘビー級を2人(曙、武蔵丸)を相手に正面から受け止めてたんですからね〜
貴乃花の大ファンでしたが、朝青龍が貴乃花の記録抜いたときも認めませんでした(笑)。精神力の強さ(ここ一番の集中力)は認めますが。
Posted by 寛之 at 2010年10月22日 07:37
寛之さん、はじめまして。

コメントありがとうございます。

すいません、しばらくブログほったらかしていたのでコメントに気づきませんでした。


朝青龍が張り差し横綱の元祖ですね(笑)
張り差しがなければ破天荒だけど、強くて魅力的な横綱でした。

最近、優等生横綱なのに貼り差しをやる白鵬が、つまらない横綱に見えて仕方ありません。張り差しさえなければ素晴らしい横綱なのに・・・どうにかならんもんですかね。

ちなみに、連勝が途切れた稀勢の里との取り組み。白鵬はまた張り差しをやりました。
残った稀勢の里が張り手を食らわして、カッとなった白鵬が負けたというオチでしたね。
初日の取り組も確か張り差しやってたなぁ。
自分はやるのに人にやられるのは怒るみたいです(笑)

15日間、白鵬と当たる力士、全員張り返したら面白いのに、と思ってしまいます。



>200kgを超えるスーパーヘビー級を2人(曙、武蔵丸)を相手に正面から受け止めてたんですからね〜

貴乃花は確かに立派でした。
その貴乃花は確かに自分もそうだったように、白鵬の張り差しに苦言を呈していたんですけどね。
今、相撲界は白鵬をヒーローにして相撲界を盛り上げようと必死です。
貴乃花に、水を差すようなことを言うな!と、緘口令(かんこうれい)を出したに違いありません。
その辺が見え隠れするから余計に気にくわないです。


また、遊びに来てください。コメントお待ちしています。
Posted by かんなぎ at 2010年11月30日 04:02
読破しました(笑)

このところ、相撲自体を一番一番じっくり見ていないので、大したコメントはできませんのでご了承下さいね。

まず、そこまで相撲好きというわけでもない友人の言葉に、やけに納得している今日この頃です。

「相撲って、もともとはスポーツやなくて、神事やもんなぁ」


あ、そうだ。


日本人力士も、最近の外国勢の台頭しているスポーツ相撲を見て育ってきた世代になりつつあり、かつてのような国技という相撲を忘れていってますよね。
スポーツ相撲と勝手に名付けましたが、このようになっていくきっかけだったり、流れは(ある意味)イコール相撲の歴史でもあるから、それに善悪的な判断はできません。

外国での相撲は当然、スポーツです。日本の国技(文化)ではありません。
いろいろな所作は所作として伝えられていますが、多分、そっちに意味はないと思います。

スポーツ相撲をやっていても、似たような競技をやっていても日本に来て相撲を学びます。相撲というより日本の文化でしょうか?


切り口がいきなりコレですみません。掘り下げて行くにはまだ知識や自分自身の考えがまとまってないので、この話はこのくらいにします。


話が広がりますね(苦笑)

小錦にはじまる外国人の相撲界参入。
旭鷲山にはじまるモンゴル勢の台頭。
琴欧洲を代表とした無国籍化。
スポーツとしか認識のない日本人。


また、時代背景や、個人の気質。


昭和の相撲は貴乃花(光司さん)で終わったも同然。
平成の相撲として、今のスポーツ相撲を受け止めていかねばならないのも正直な話でしょうね。

それこそ、立合に張り差しをする横綱がいる相撲です。


とりとめがなくなってきました…。

ここいらで一旦終わります。では。
Posted by あだ at 2010年12月01日 08:07
あださん、ありがとうございます。

確かに勝負事だから勝たなければ意味がない部分はあるでしょう。
加えて、時代の流れというのであれば、柔道がJUDOになったのと同じように相撲がSUMOになりつつあるのかもしれません。

しかし、それをやっていたのが朝青龍であり、周りはもちろん白鵬本人も、彼を反面教師としたはずだったのではないのでしょうか。
「朝青龍のようにはならない。伝統と格式を重んじる大相撲で立派な横綱になってやる」
白鵬は、そう心に誓ったのではないでしょうか。
日本人以上に日本人の心を持った横綱になる。神事として執り行った大相撲を、国技を、俺が守る!ぐらいの気持ちのようなことを白鵬はテレビなどでもよく言います。

しかし、そこまで立派な心構えと、それを普段から口に出して言ってるその白鵬が、朝青龍と同じ張り差しをやるのがどうにも違和感があるのです。

張り差しだろうがなんだろうが、勝負だから勝たなきゃダメ、勝てばいい。だって、これはSUMOなんだから。と、朝青龍が言ったかどうかは知りません。
しかし、少なくとも僕にはそう言ってるように見えました。それが、その象徴が、朝青龍だったかに思えます。

Posted by かんなぎ at 2010年12月03日 00:32
続きです(笑)

白鵬が同じように張り差しをやることには、どうせ同じなんだったら朝青龍の取り組みの方が見てる方は面白かったのでは?と思います。
土俵内外の言動や態度はともかく、
例えばK−1などの試合のように、どの試合が面白かったかという基準で、スポーツまたは格闘技の一つとして見たとすれば、
間違いなく白鵬の試合より朝青龍の試合の方が面白いでしょう。

しかし、それでは、
それでいいのか!?という疑問が残ります。それじゃダメだから白鵬が立ち上がったのではないのでしょうか?

そんな思いからも白鵬の張り差しが個人的にはどうにも納得できないんですよ。

なんか僕もとりとめがなくなってきました(笑)

この辺で。。。



Posted by かんなぎ at 2010年12月03日 00:34