今に始まった事じゃないんだけどね。

カピコは微妙な距離の人を道中、抜かすのが不得意です。出来ません。苦手なのです。
距離は物理的な話でなくて、心の距離です。

朝とかもそうなんですけどね、前に会社の人が歩いていたとします。目的地は同じです。

その人が全く別の部署なら問題ありません。
そのまま隣りを追い越します。
でも同じチームの人で、たまーに、極たまに、世間話をする程度の距離感の場合、途端にそれが出来なくなります。
同じ歩調で歩いてた場合意図せず、隣同士になるじゃないですか?
なにか会話をしなくちゃいけない?プレッシャーにかかるのです。

帰り道「お疲れ様でーす」
一言発して通り抜けるのも良しとしましょう。でも、隣同士にならないために不自然な早歩きをしなきゃ行けません。
そもそも、会社の外まで「お疲れ様です」とか、馴れ馴れしいしく無いですか?
人によっては会社から出たら完全プライベート空間になりたい人もいるんじゃないですか?
え、お前、会社の外で話かけられるほど仲良かったっけ??
馴れ馴れしく挨拶しないでよ。
って、思われません?

不自然に早歩きをしなきゃ行けないのなら、通り抜けること無くない?ずっと後ろで歩いてりゃいいんじゃない?
そう思うでしょう。
でも何故か、追いつきそうになるんです。
不思議ですねー。

いや、そもそもなんですけどね。
カピコは誰かと話す時、一緒になる時、気の利いた会話をしなくちゃいけないと思っているのです。
そうしないと、〇〇さんが良かったなー。てか、なんでいるの?他の子なら楽しい会話出来るのに、最悪、今日はハズレだわー。
と、思われそうな恐怖に包まれるのです。

少しでも接点が出来ると嫌われない様に必死になるのです。好かれるためじゃなくて嫌われなに為に必死です。だから距離を置きたいのです。距離を置いたら好かれはしないけど、嫌われるとこもないからね!

誰かに好かれてるとか、思ってなくて、カピコに話しかけられる事が迷惑と思ってて、それが心の底にあるから隣同士で歩いたらダメだと思うのです。

嫌われっ子あるあるですが、小学生位の頃「うわー〇〇に話しかけられたー!きもー」とか「うわっ、〇〇に消しゴム触られた!もう使えない!」ありませんでした?
自分の身の上になくても、話には聞いたことはあるでしょう。
その影響が響いているのかもしれません。
無邪気が小学生の仲間内お遊びですが、思春期に体験した事、された事って、こんなにも大人になっても、尾を引くんですよ。
大人になってからされるのと、思春期の頃、され続けるのとは全く違います。
経験者じゃないとわかりません。
それが尾を引いてて、こう思うようになったのかもしれません。


(長いので一旦切ります)