消えた年金5000万件の解明に4000億円費やして未だに2000万件未解明とは。

(日々雑感)より

 厚労省は「消えた年金の解明に4000億円費やしたが2000万件は未だに不明のままだ」と発表した。消えた年金とは2006年6月の国会で徴収したものの誰のものか分からない年金記録が5000万件あると暴露されたことから大問題となったものだ。それから大量の人員を臨時に雇い、社会保険庁の倉庫などに眠っていた紙記録台帳の名寄せなどをしてを徹底的に調べ、3000万件は誰のものか解明できたというのだ。

 しかしそれでも2000万件は未だに不明のままだが、今後の取り扱いをどうするかと厚労官僚は国民に暗に(4000億円もかかって3000万件も解明したのだから、もういいだろう)と言いたいのだろう。だが掛け金を支払った国民が浮かばれるためには高額年金を受給している人はどうでも良いが、年金掛け金を支払った期間が年金受給資格に満たないため無年金者にとっては命にかかわるほどの重大事だ。

 いや、そもそも厚労省が発表した「消えた年金の解明に4000億円かかった」という数字自体が疑わしい。たとえば臨時に2000人年俸400万円で雇って、社会保険庁から消えた年金解明に年俸1000万円の高給取りが専従として200人ほど出向したとして、年間に掛る人件費は一体いくらだというのだろうか。簡単な数式だから計算して頂きたい。臨時雇いに80億円で出向職員の人件費が20億円だ。

 合計で年間100億円しかかかっていない。それが7年間で700億円だが、他に3300億円も何に掛ったというのだろうか。官庁が発表する数字を頭から信じない方が良い。その内訳を自分の目で確認し、自分の頭で考えることが必要だ。おそらく4000億円の中には社会保険庁から日本年金機構に改組する際にあらゆる社会保険庁時代の使途不明なカネを紛れ込ませていると考えられる。一種のロンダリングに官僚たちは看板の掛け替えの際にササッとやってしまうものだ。

 さて、残り2000万件をどうするのか。政治家は心して一人一人の考え方を纏めなければならない。費用対効果が悪いから後は「シーらね」と不明のまま放置するのか。それとも無年金者に消えた年金の加入期間の総月数を振り分けて救済するのか。

 消えた年金とはいえ、それらは国民の年金受給権の一部だ。それらの月数の裏には掛け金を支払った事実があることを忘れてはならない。それを不明なものにしたのは社会保険庁職員の怠慢によるものだ。つまりは厚労官僚の怠慢であり、彼らを指揮・督励すべき政治家たちの暗愚によるものだろう。まわりまわってそうした暗愚な政治家たちを選出した国民の責任でもある。

 民主主義制度の社会ではすべての責任は国民に帰す。官僚たちは怠慢であろうと手にすべき俸給を手にして不明な年金が発生していようと無罪放免されて高額な共済年金を手にして優雅な老後を送る。

 消えた年金を掛けた人たちは概ね食うや食わずの年金しか手に出来ないまま、あるいは掛け金の月数が足りないから年金受給資格がないよ、と年金窓口で冷たく言われて餓死寸前の困窮した晩年を余儀なくされている。消えた年金にこれ以上の「解明経費」を掛けるくらいなら、その月数を無年金者救済の月数として無年金者に加算してはどうだろうか。消えた年金解明のためと称する官僚たちの無駄遣いをこれ以上認めるわけにはいかない。