神田川金融ゼミ喫茶室

朝三暮四のプレミアムを探る

◆テスト

書き込めるかな?

◇遠い未来

そう簡単に所得収支が失われるとも思えないのですが、正直に言えば、これらの統計には、あまり興味が湧かないのです。というのは、さまざまな我々のチャレンジの結果に過ぎませんから。

国債の発行が難しくなれば、支出を削減せざるを得ないでしょうし、他方で外国から流入する人々も含めて、より社会基盤の整備を望むのなら、そのように税制は改正されるでしょう。

さまざまな数字を一旦横において、この土地で、海と山と季節に恵まれ、移動の手段も整備され、地震こそ多いものの、それすら乗り越えるための災害対策も進んだ場所で、遠い将来には一体誰が住んで、どんなチャレンジを続けるのか、想像してみませんか。

そのとき数字は、そのことに辻褄が合うように、うまいこと落ち着いているのだと思います。

◆経常赤字で困ることは何ですか?

 昨年2011年の日本は31年ぶりの貿易赤字になったのだそうです。原子力発電所が再稼働しないうちは、2011年と同じ程度のエネルギー資源を輸入する必要があるため、しばらく貿易赤字が続くという見方があります。そして円高で企業の海外移転が進めば所得収支も赤字になり、経常赤字が定着するという説もあります。

 ところで、日本が経常赤字になって最も困ることは何だと思いますか?

 よく言われるのは、国債が国内で消化できなくなるということです。しかし、それは政府の財政を均衡させることによって、理屈のうえでは回避ができる問題であるように思います。また日本人の人口が減るということのようですので、日本に住むひとりひとりが保有している(1人あたりの)「富」が変化しなくても、富の総量が減る→誰かに移転されるのだとすれば、経常赤字は不自然なことではないようにも思います。

 「経常赤字になると大変だぞ」と騒がれる割には、具体的に何にどう困るのかというのが、いまいちピンと来ないのです。政府や会社といった組織や個人で赤字(支出超過)が増えると、返さないといけない借金が増えるので、大変なことだというのは理解できます。しかし、国や地域といった範囲で区切ってお金の出入りを観察することがどのような意味を持つのか、というのを考え始めると、よく分からなくなってしまいました。

 そもそも世界は、国境に捕われずにマネーが移動するような、グローバル経済の時代になったのではなかったのでしょうか。あるいは簡単に家を引っ越せない個人は違うのでしょうか。経常赤字の国に住むということについて、具体的にはどのようなことをイメージすればよいと思いますか? お考えを伺いたいです。

 

◇逃げられません

資本主義の危機、もう率直に、何を言っているのか、さっぱりわかりません。馬鹿じゃないかと思う一方で、真面目に捉えようとしているこちらの方が馬鹿なのだと、考えざるを得ません。

ご指摘のとおり、「政府や中銀が何とかしろ」という意味なら、既に実行されていますから、あるいは中国がうらやましいのなら、よく現実を見ればよいだけだとも思いますが、ともあれ具体的でないと、面白おかしくケチをつけることすら難しいですね。

所有と経営を分離することから、チャレンジとリスク負担を分業することから、我々は逃げることはできませんよ。だって望んでいますから。そのことに正面から取り組む連中から先に、前へ進んでいくのだと思います。我々も進みましょう。

◆「資本主義の危機」について

 キャプテンこんにちは。
 オフラインでもお伺いせねばと思っていたのですが、今年は1月9日まで正月休みだったうえ、寒いから明日にしようとか、風邪をひいたから来週、とか思っているうちに1月も29日になってしまいました。すみません。今更ですが、今年もよろしくお願いします。

 さて、昨年の秋あたりから、欧米のメディアでは、Crisis of capitalismとか、Capitalism in crisisといった「資本主義の危機」みたいな言い方がよく使われています(検索すると山のように出てきます)。例のダボス会議でも、何やら、そんな話をしているようです。あまりピンと来ないのですが、いかがでしょう。どういう印象をお持ちですか?

 もともとはリーマンショックに端を発するというか、収縮したバブルのショックを抑制しようとするなかに「損失は国が肩代わりする」という、きわめて資本主義的でない施策がありました。これが諸悪の根源だということを思い出すと、いやいや資本主義を徹底することこそ危機の解決でしょ、と思ってしまいます。それができないのが資本主義の危機なのだ——という話でもなさそうです。

 一方で、いわゆるボルカールールも、分業を徹底することだ、と解釈することができるように思います(たとえば、プライベートエクイティ投資はベンチャーキャピタルの看板を掲げている人がやりなさいってことですよね。違っていたら指摘してください)。だとすると、やっぱり資本主義を徹底しろということになるように思います。

 「資本主義の危機」ということが話題になったり、議論のテーマになったりしていることについて、どういうふうにお感じになっているのか、お伺いできればと思います。
 

 

◇ひとりひとりがほしいもの

2人でつくり出すものよりも、3人でつくり出すものの方が多いことは、ほとんど自明と言ってもよさそうですが、一方で、1人当たりで考えればどうかといえば、そこは少なくとも、自明ではないように思われるわけです。人口が減ることによって、全体として、つくり出すものも、ほしいと思うものも減ることは、ほとんど自明と言ってもよさそうですが、一方で、1人当たりで考えればどうかといえば、そこは少なくとも、自明ではないように思われるわけです。

もちろん例えば年金のように、その制度が、そもそも世代間の移転を含むシステムについては、手直しが必要になるでしょうし、あるいは例えばインフラのように、そのキャパシティが利用人口を上回るともったいないようなシステムについては、別の地域から移ってくる方々にも使ってもらうことを考えてもよいかもしれません。

いずれにせよ、いまある資源を上手につかいながら、我々がほしいと思うものを上手につくり出していくこと、人口の増減(子どもがほしい等)も含めて、それは我々の毎日のチャレンジであって、あるいは人生そのものですから、その点を巨視的に見過ぎることには、「人はいつか死ぬ」くらいの意味しか見出せそうにないというのが、正直な感想ではありますね。
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